稀血をよこせ、人間ども 作:鬼の手下
少し力をつけたからって、実力差もわからずに〝血戦〟を挑んでくる鬼がいた。その鬼を吸収し、力を得たから、前々から考えていた、列車との融合に手を出すことにした。
「炭治郎! 好きよ? 好き!」
私たちは結婚した。
結婚と言っても、お役所に認められるような形のものではない。それは、年齢が足りずに無理。だからみんなに結婚したと挨拶にまわっただけだ。そこから一緒に暮らしている。
「なえ、俺も好きだぞ……?」
「……えへへ」
好きだと言ったら好きと返ってくる。
何度も何度もくどいくらい繰り返しているけれど、炭治郎は嫌な顔せずそう答えてくれる。私は幸せだった。
今は上弦の参の沙華さんから、住む場所を用意してもらっている。
沙華さんは私の気持ちを汲んでくれて、気が済むまでここに居てもいいと用意されたお
そしてそう。私たちが結婚するにあたってまずやったこと、それは墓参りだった。
「炭治郎ちゃん……? 炭治郎ちゃんなの?」
「あ……! お久しぶり!」
炭治郎の育ったお家に向かうときに、村落を通った。そうしたら、知り合いなのだろうか、すれ違った女の人に炭治郎が話しかけられていた。
「炭治郎ちゃん……。長い間、見なかったけど……帰って来たの……? 一家惨殺って……」
「今回は墓参りに戻って来たんです。報告しなくちゃいけないことがあって……」
炭治郎が私の方に視線を向ける。そうしたら話題が、炭治郎のことから私のことへと移り変わる。
「その女の子は?」
「なえです。俺たち、結婚することにしたんです。父さんと母さんに、伝えなくちゃならないから……」
「まあ!」
こんなふうにして、周りの人に伝わっていくとなると、なんだか恥ずかしい気持ちになる。
「炭治郎っ! 炭治郎なのか!?」
そうやって話し込んでいれば、炭治郎の名前を呼びながら、駆け寄ってくる男の子がいた。
「あぁ、そうだぞ。俺は竈門炭治郎だ」
「一家惨殺って聞いて……! 炭治郎も、もう炭を売りに来なくなったから、心配してたんだ……っ!」
そして寄って来たのはその男の子だけではない。
「炭治郎? 炭治郎がいるのか?」
「炭治郎! 本当に戻って来たの!?」
男の人に、女の人。老人に、若い子も……。
わらわらと炭治郎の周りに人が集まってくる。みんながみんな、炭治郎のことを心配していたようだった。
たくさんの人たちに、私たちはもみくちゃにされてしまう。
みんなが炭治郎が戻って来たことに喜んでいて、炭治郎の人の良さがよくわかった。なんとなく、私は嬉しくなってしまう。
炭治郎の家族の話から、今までなにをしていたか、だとかそういう話になる。
素直に鬼殺隊と答えるわけにはいかず、炭治郎は困ってしまっていたから、みんなを守る仕事と私が答えておいた。
「結婚するって、どうやって出会ったの?」
「仕事が一緒で……」
「どこで暮らすの? もう戻ってこない?」
「それは……なえの両親とよく相談して決めようと思ってます」
根掘り葉掘りと、私たちの事情も聞かれてしまう。
炭治郎は、丁寧に答えていった。私にも、家族事情だとか、いろいろと聞かれるから、頑張って答えていく。
半刻ほどすれば、その質問攻めも、ひと段落する。
「そうだ。何か手伝えることは……」
そう炭治郎がみんなへときいた。
「すまない。そうだなぁ……障子を張り替えてくれないか? 終わったら、お茶でもどうだ?」
「はい!」
「うちは今日人手がなくて……水汲みを手伝ってほしい。もらいものだけど、いいお菓子があるの」
「はい!」
そうやって、みんなの困ったことを炭治郎は手伝おうとしてしまう。
とても優しい炭治郎だ。
「炭治郎……私もやるわ!」
「なえ、なえは休んでていいんだぞ?」
「いいえ! やるわ! 私もみんなの力になりたい」
「そうか……ありがとうな、なえ」
「うん!」
炭治郎によくしてくれていたみんなだから、挨拶もかねて、その人たちのことを知っておきたかった。
一軒一軒、手伝いにまわるけれど、みんなからお礼に食べ物とか、手ぬぐいの一式だったりとか、生活に必要なものをいろいろともらってしまう。
たぶん、みんなは渡すだけだと断られると思ったから、何か手伝ってもらって、お礼にと渡してくれたんだと思う。
みんなとてもいい人たちだった。
「ごめんな、なえ。遅くなっちゃって」
「ううん。急げば日が暮れるまでには大丈夫そうだから。それにしても……みんな、いい人たちだったわね」
「うん、そうだな」
炭治郎と、笑い合って、話をしながら、私たちは歩いて行った。
お墓に参り、それから炭治郎の家にという予定だ。炭治郎の家は数年だれも使っていないという話だったから、掃除が少し大変かもしれない。
「……あれ?」
偶然目に入った。道を外れた場所だった。花畑と言っていいのか、一面に咲く花があった。
何というか、みたことのない花だった。
「この花、全然咲かないんだ……母さんは確か、年に数日、わずかな時間にしか咲かないって言ってた」
「青い……これは彼岸花……? 綺麗……」
花には詳しくないけれど、お話に聞いたことがある。
昔のことだから詳しくは忘れてしまったけれど、御伽噺のように私の村では青い彼岸花について語られていた。こんなところで目にできるとは思わなかった。
「なえ、少しここで休憩しないか?」
花に見とれていると、炭治郎がそんな提案をしてくれる。私のことをおもいやってだろう。
「ううん。ゆっくりしてたら日がくれてしまうわ。急いでいきましょう? 滅多に咲かないのでも、今度は墓参りのついでじゃなくて、この花を見に、また来年くればいいし」
「それもそうだな……」
時間に余裕があるときに、また。そうやって来年の話をする。
なんだか、今からでも楽しみだ。予定が先であるほど、ずっと、わくわくとできるから、嬉しい。
「来年、楽しみにしてるわ……っ」
「うん、そうだな。また一緒に来よう」
そうして、青い彼岸花の花畑から離れて、炭治郎の両親のお墓に向かった。
「あぁ、ここだここだ」
炭治郎の家の近く。
他の場所より一際目立って花が育っている。夕暮れの赤い光が悲しく花を照らしていた。埋められた死体が栄養となって、植物が育つ話を聞いたことがある。
「…………」
「立派なお墓が建てられたら良かったんだけど……」
埋葬したのは炭治郎だ。
家族のみんなが殺された後、禰豆子ちゃんが鬼になって、その時の炭治郎は、とてもではないけれど余裕がなかったのだろう。
家族のことを思い出してか、炭治郎は切なげな表情をした。
「…………」
手を繋ぐ。
かけられる言葉はなかったけれど。
「……――っ」
炭治郎がこちらに顔を向ける。わずかながら驚いたよう。
「…………」
見つめあって、私は少しだけ微笑む。そうすると、炭治郎は柔らかい表情になった。
「父さん。母さん。……俺たち、結婚することにしたんだ。きっと、二人で幸せになるから……!! 禰豆子のことも、信頼できる人に任せてある。なにも心配いらない。竹雄、花子、茂、六太……兄ちゃん、お前たちの分も、ちゃんと幸せになるから……」
「炭治郎のことを、ずっと支えていきますから……! こんな不束者ですけれど……どうかお願いします……」
そうやって、亡くなってしまった炭治郎の家族へとお参りをする。
どうか、炭治郎のことは私に任せてほしい。寂しい思いはきっとさせないから。
私は誓ってそう言った。
お墓参りを終わらせて、やることは家の掃除だった。数年使っていない家だから、埃が積もってしまっている。
暗くて、全部はできなかったから、寝る場所を綺麗にするだけで一旦お終いになった。
「炭治郎……」
「なえ……ありがとう。本当にありがとうな……」
一緒の布団で、私たちは寄り添ってお話をする。
「そういえば、炭治郎、兄弟がたくさんいたのね……禰豆子ちゃんもだから……六人……」
「そうか……? 六人くらいなら、そうでもないと思うけど……」
「……そうなの……? 私の村では二人か、多くても三人だったわ……」
村から外に行くこともなかったし、子どもの数は、
それでもだいたい二人は兄弟がいたし、外から子どもを引き入れてきたりしていた。村の人の数は間違いなく増えていた。
たぶん、
そういえば、選別での
思い出して、村に戻るのが少しだけ不安になる。
「じゃあ、なえ……。俺たちはどうしようか……? 何人がいい?」
そう炭治郎に聞かれて、少し私は思い出した。
「炭治郎……炭治郎の痣は呼吸のせいかもしれないって、沙華さんが言っていたわ。もし、そうだとしたら、炭治郎は二十五までしか生きられないって」
呼吸を極めた先にあるものについて、私たちは教えてもらっていた。
鬼殺隊でそんな話は聞いたことがなかったけれど、人とは思えないほどの力に代償があるということに、納得する部分もあった。
「なえ、心配しなくても、きっと大丈夫だ。俺、まだ、冨岡さんや、真菰さん……柱の人たちみたいに強くなかったし……。それに、この痣も弟を庇ってできたものだろう?」
「でも……っ! もし、もしよ? そうだとしたら、炭治郎……私たちに子どもができたとして……ひぃ、ふぃ、みぃ……すぐにできたとしても十に足らずに……大人になるのを見届けずに死んでしまう……! それって、悲しいことよ」
「なえ、俺は大丈夫だから……」
「でも……っ」
炭治郎は私をあやすように撫でる。
言いたいことはいろいろあった。そんな私を見て、炭治郎は微笑む。
「たとえ二十五で死ぬとしても、今考えたってどうしようもない話だろう? だから、俺たちは……今を精一杯生きる。きっとそうすれば、長生きしたって、二十五で死んだって、後悔のないはずだから」
「炭治郎……」
あぁ……言われて、少しだけ冷静になった。
私たちは、今できることをやるしかない。そんな当たり前の話だった。
「なえ……?」
ぐっと、炭治郎に近づく。
この、今にも肌の触れ合いそうな距離は、とてつもなく恥ずかしい。
「ねぇ、炭治郎……好きよ?」
「俺もだよ、なえ」
「うん……。んぅ」
胸の高鳴りのやまないままに口づけを。
痺れるように血が巡って、ゾクリと身体が震えてしまう。
「なえ……」
「炭治郎……」
これ以上の幸せは、耐えられない。きっとおかしくなってしまう。
私は反射的に炭治郎のことを拒絶してしまいそうだ。
でも、私たちは、夫婦になるから。
拒むかわりに、強く抱きしめる。溢れた幸福に、頭がくらりと視界が明るく感じられる。
「……あぁ」
とても幸せに、溶けていくような夜だった。
***
「……んぅ……」
眠い。とても私は眠かった。
「なえ、なえ……。こんなところで寝てしまってはいけないわよ?」
「あ……
ハッとなって目を覚ます。
記憶がおぼつかない。私は今までなにをしていたのだろうか。
「まぁ、もう夜も更けってしまっているから、眠いのはしかたがないわ。おぶっていきましょうか……」
「い、いえ……そんな……!」
ようやく私は、今までのことを思い出した。
村には植物の一つも生えていないから、草花や、木、木に
悪戯心から、勝手に抜け出して……そんなことをしても、いつも
「そうね……ぇ。じゃあ、私は今日はおしまいって、こうじろうくんを呼んできましょうか。なえはちょっとここで待ってなさい」
「はい……!」
そう言って、
今日は満月だった。木々の隙間から差し込む月明かりで、昼間ほどではないけれども、夜はとても明るかった。
すぐに帰って来ると思ったのだけど、なかなか
待ちくたびれて、じっとしているのにも、少し飽きてきたところだった。
「…………」
「
がさごそと、草むらを掻き分ける音がする。
そちらを向く。けれど、違和感があった。
「ぐふふ……今日は運がいい……。稀血……稀血だ……」
「ひ……っ」
口からみっともないほどに涎を垂らした男だった。ただ、普通の人間とは違い、額からは一本の鋭い角が生えているよう。開いた口からは鋭い牙が覗く。
「はは……怯えろ……! 人間は怯えた方が
男の伸ばす手は何かに覆われていた。鱗だろう
「……く……」
とっさに腰に手を回す。刀を抜こうとするが、そこにはない。
――か……刀……?
私の触ったことのある刃物は包丁くらい。そもそも、そんな武器になるようなものは、村にはないはずだった。
なんにせよ、このままでは殺されてしまう。
鬼の手は、もう目前。人間の腕力では、鬼に敵わないことは知っていた。
「喰らってやる……ぅ!!」
「お前の相手は……こっちだ……!」
――『ヒノカミ神楽 円舞』!!
まるでそれは、太陽のように。
暗闇で閉ざされそうな人生を、救う日の出の光だった。
「あが……っ、鬼狩り……ぃ」
鬼の頚が飛ぶ。
そして、消えていく。太陽の光に燃やされてしまったかのように、灰になるように、鬼の身体は消えていく。
「そこの君。大丈夫だった……?」
耳に日の出の描かれた花札のような飾りがまず目についた。
黒と緑の市松模様の羽織。やや、赤みがかった黒髪に、同じ色の眼。
なんというか、みているだけで正直で、暖かい心になれるような雰囲気の少年だった。
「……うぅ。怖かった……ぁ」
「……え……?」
思わず私は抱きついてしまっていた。
鬼を倒した男の子は、困惑してしまっている。それでも、怖い思いをしたのだから、不安でたまらず、誰かに縋りたかった。
見ず知らずの人だけれども、こうして抱きしめていると、どこか安心できるような、そんな気分になれる。
「あら……? 私の出番はなかったようね?」
「
少し遅れて、
「お……鬼……!? 上弦の弐!?」
私を助けてくれた男の子は、
「え……その耳飾り……! ひ……っ。……あっ、私……なにも悪いことはしていないわ……!! ゆ、許して……」
なぜか、
そんな
「
私は二人の間に入って、仲をとり持とうとする。
二人が戦うなんてこと、私は嫌だった。
「なえ……。ありがとう……なえ……。とてもいい子……。こんなにもいい子に育っていただなんて……私、感動したわ……。今度、お願いをきいてあげる」
「
「稀血……。稀血なのに……襲わないのか……?」
私を助けてくれた彼は、困ったように私たち二人を見ている。
村で聞いた話だと、外にいる鬼は私たちのことを見るや、なりふり構わず襲ってくるそう。
そろは私たちが、村から出ずに暮らしている理由の一つでもある。
「それは、そうよ。血をもらってるのだから、ずっと、長生きしてもらって、永い年月をかけて味わい尽くすの……。この子の親も、その親も……そうね……なえは先祖を辿ると五百年以上になるかしら……? そうやって、私たちは生きてきたわ」
「え……?」
耳飾りの子は見るからに動揺していた。
もう一押し何かがあれば、説得できるかもしれない。
「そう! そうよ!
「……そうなのか? それだったら、それはとても凄いことだ。本当にそうなのか?」
「え……? まぁ、そうよ。お金を稼げるからやってるだけだけど……」
その
「俺は竈門炭治郎だ」
「私は
「えっと……私はなえ……!」
そんなふうに自己紹介をみんなでする。
張り詰めた雰囲気が、和やかになって、私はとても安心した。
「――それで、そこのあなたは誰かしら? あなたも鬼狩り?」
振り返って、
「……!?」
その
――血鬼術『死覗風浪・土崩れ』。
「あ……転んだ」
女の子は、足をもつれさせてしまったようで、前のめりに倒れこむ。とても痛そうな転び方だった。
「だ、大丈夫か……?」
すぐさま歩み寄る炭治郎だった。
手を差し伸べて、優しく転んだ女の子を助け起こしている。
「知り合い……?」
「いや、知らない子だ」
炭治郎が知らない子となれば、一般人がここに迷い込んでしまったのだろうか。
「……あら? あなたがその大事そうに握りしめてい
「な、なによ……! こんなの聞いてない……! 話が違うじゃない!!」
女の子はよくわからないことを言いながら、錯乱して騒いでしまっている。
私と炭治郎では、手をつけられないような状態だった。
「あら? これは……下弦くらい強い鬼……。ここを狙っているの……? 協力しているのなら、詳しく話を聞かせてもらおうかしら?」
「ひ……っ、知らないわ。知らない……! 私は何も知らない……! 鬼なんて知らない!」
「嘘だ……」
炭治郎が声を漏らした。
炭治郎は鼻が良くて、匂いで嘘かどうかがわかるから、その言葉は信用できる。
「……え?」
違和感があった。さっき出会ったばかりで、炭治郎が鼻がいいなんて話をした覚えがなかった。
いや、でも、そういう話をした記憶が、私にはある。きっと、どこかでしていたはずだ。これは間違いがない。
人生で一番大切な人のことを、忘れられるはずがないのだから。
「うーん、どうしましょうか……? ちょっと閉じ込めて、お話を聞いた方がいいかしら? 知ってることは全て正直に話した方が身のためよ?」
「知らない……! 私は知らない!!」
「ねぇ、じゃあ、私とその鬼、どっちが怖いかしら?」
「ひ……っ」
女の子は見てわかるくらいに震えて、怯えている。
でも、私のいつも見ている
「答えるのなら、早くしたほうがいいわ……ぁ? 殺しはしないけれど……ねぇ……。ちょっとくらいなら痛い目に遭ってもらうことになるかも……」
「ま、待って……! 言うわっ、言う! ここは夢の世界なの! そこの女の子の夢の……! でも、あの鬼にとって、都合の良い夢のはずでしょ……どうして私がこんな目に……!!」
「ふふ……残念だけれど、それは知っていることなの」
世界が溶けていく。その
残ったのは、私に
木々がなくなり、透き通った夜空が見える。満天の星々は輝いて、煌々と満月の光が私たちを照らしていた。
足もとは血の海。深く飲み込まれてしまいそうなほどの朱が波打ち、夜空との境まで続いている。
「…………」
「私のなえを摘み食いしようとする悪い鬼がいたのだから、この血鬼術に割り込ませてもらったわ」
そう喋っているうちに、いつも見る
「
「そうね……なえ……。そろそろ思い出さないかしら?」
そう言って、
***
「これが、列車なのか……?」
「ええ、思ったより大きいわねぇ……」
炭治郎のお家に泊まって、そこから帰るときのことだ。私たちは、列車に乗ることにした。
歩いても別によかったのだけれど、あるときふと列車の広告が目に入って、昔、
それを炭治郎に話したら、これを機に乗ってみようということになった。
鬼殺隊のときは余裕がなくてそんな話もできなかったけれども、今は違う。だから、こうして二人でやってきたわけだ。
「無限列車……。えっと、これに乗ればいいんだな……」
「ええ、そのはずよ。まぁ、間違っていても気長に旅をすればいいわけだし」
「それもそうか……」
炭治郎の後ろについて、私は汽車の中に足を踏み入れる。
「へぇ、中はこうなっているのね」
「たくさん人が乗ってるな」
「そうね……」
中にはいろんな人が乗っている。
若い夫婦だったり、学生さんだったり……視線をさまよわせていると、上の方にある棚に、少し背伸びをして荷物を置こうしているお年寄りの方が目に入った。
「あ……っ、手伝います」
「私も……」
すぐさま駆け寄って、手助けをする。
困っている人がいれば力になる。私は炭治郎のそんな優しいところがとても好きだった。
「すまないねぇ……」
「いえ……そんな」
荷物を棚にしまい終わって、そのお年寄りの人へと向き直る。
お年寄りの方は、少しだけ興味深げに私たちを見比べていた。
「なかなか若いようだけど……夫婦かい?」
「はい。ふふ、一緒になったばかりで……」
炭治郎の腕を掴んでぎゅっと抱き寄せる。
そうしたら、炭治郎は私へと顔を向け、微笑みかけた。そんな小さな触れ合いでも、とても私は嬉しかった。
「だったら、こんな老ぼれになんか構ってないで、二人で旅を楽しむんだ。行った、行った」
呆れたような顔で、お年寄りの方は私たちのことをシッシッと追い払う。
惚気たようなものだから、少し悪いことをしてしまったかもしれない。
「行きましょう、炭治郎?」
「あぁ……」
空いている席を探して、前の車両へと移動する。
一両、二両と混んでいるようで見つからなかった。
そんなふうにして歩いていると、突然、揺れが起こる。
「きゃっ……」
完全に油断していたから、体勢を崩して倒れてしまいそうになる。
とっさに転ばないよう身を捩ろうとしたけれど、その必要はないようだった。
「おっと……大丈夫か? なえ?」
「うん……ありがとう……炭治郎」
気がつけば、炭治郎に体を預ける格好だった。こうして密着すると、私たちの関係を思い出して、少しだけ、恥ずかしさを感じてしまう。
そのまま、体を起こす。
また、転びそうにならないように、炭治郎の羽織の裾を摘んだまま、歩いていく。
そこから大して時間も経たずに、座れそうな席も、すぐに見つかった。
「あら……? なえじゃない……!」
「え……っ!」
小さな女の子が、一人座っていた。覚えのある顔だった。
いつか見た小さな
「うぅ……なえ……っ! 探したのよ!! どこかに行ってしまったから……私……私……」
泣きながら私の胸に飛び込んできた。
よしよしと頭を撫でる。この
「えっと……どうしてここに……?」
「なえを探してふらふらしていたわ……。でも……もう見つからないと思ったから、こうやって汽車に揺られてうちひしがれていたの」
「そ、そう……」
別れたのはあの蜘蛛山での任務の時。あれからも、この小さな
悪いことをしてしまったと胸が痛んだ。
「なえは……? 鬼殺隊のお仕事?」
「そうじゃなくて……今日はちょっと列車に乗ってみたくなって……」
「そう……。そうよね……。私も、そういうときあるわ……ぁ」
そう言いながら、どこか遠い目だった。
私が乗ってみたくなったのは、
「でも、こんな偶然あるなんて……」
同じ列車に乗り合わせてしまったわけだけれど、私たちも今日たまたまこれに乗ったわけだし、普通ならこんなことない。
「それでなんだけど……その耳飾りの子は、なえと一緒なのね……」
若干、気まずそうにして、小さな
そんな仕草に、
「はい、俺たち、結婚することにして」
「結婚……!? なら、里のみんなでお祝いしなくちゃじゃない……! なえのお家は古くからあって、里の中でも立場の高いほうだから……里を挙げてかしら?」
「いや……でも……私……みんなに合わせる顔がないから……。ひっそりとでも……」
出て行って、
こんな私が、みんなに祝ってもらえる資格があるとは思わなかった。
「里のみんなは、なえのことを心配していたし……きっと、幸せになるなら祝ってあげたいと思っているはずだけれど」
「……うぅ……」
「なえ……俺は、沢山の人に祝ってもらえるのなら、それはきっと、すごくありがたいことだと思うんだ。きっと、なえのこと、みんな悪く思ってないと思うから」
「炭治郎……」
私が嫌だと言えば、炭治郎はきっと頷いてくれるであろう。
だから、これは助言なのであって、決めるのは私なのだ。
「それに俺は、禰豆子が結婚するのだったら、そのときは、全力で祝ってあげたいぞ?」
少し切なげに微笑んで、炭治郎はそう言い切る。
炭治郎は、本当に家族思いだ。その家族には、これからきっと私のことも含まれるのだと思うと、胸が暖かくなる。
「――切符を拝見します……」
ふらっと、鉄道の従業員の制服を着た男の人が、私たちの話しているところへと、近づいてきていた。
どこか体調が悪いのか、顔色が良くないよう。
「あ……はい……。切符ですね……」
炭治郎はしまっていた切符を取り出し、車掌さんへと手渡す。
そういえばと思って、私は小さな
「
「ちゃんとあるわよ……? これ……! 落としてないわ!」
「……へぇ」
見れば、子ども用の切符のよう。子どもの姿だから、仕方ないのかもしれない。
地面に溶けてやり過ごす可能性も考えたけれど、
少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。
「見て……! なえ……! ほら……、これが前に乗った列車の切符で、これがその前……」
窓枠の縁に、楽しげに切符を並べ始めた。
私たちを見失ってから、ずいぶんといろんな列車に乗っていたことがわかる。その子どものように無邪気な姿に、気が抜けてしまう。
「すごいな……。でも、お金はどうやって……?」
炭治郎は、興味深げに並べられた切符を覗きこんでいた。
たしかに、この小さな
「ふふ、鼓を叩いてみたわ。夕方あたりに影の中でね。みんながおひねりをくれたの。意外な才能があったみたい」
「そうなの……?」
「えぇ……」
私と炭治郎が思い出した記憶は同じだろう。鬼の屋敷で、この小さな
今度は鼓が良いように使われてしまっている。
人を喰らって殺した鬼に同情するつもりはないけれど、それでもこんな不条理なら、あの鬼が浮かばれないと私は思った。
「切符を……」
「あ……はい」
話が長くなってしまっていたから、その切れ間に車掌さんが切符をと、催促をする。すぐに手渡した。
待たせてしまって申し訳ないばかりだった。
「……あれ……なえ?」
そうして、猛烈に眠気が襲ってくる。
昨晩はあまり眠れなかったのと、疲れが原因だろうか。そのまま私はうたた寝をし
***
――目覚める。
女の子から、
「た……炭治郎は……」
起きて、すぐに炭治郎の姿を探す。
周りを見渡せば、私にかけられたものと同じ血鬼術によるものか、車両にいる皆が眠っている姿が見えた。
「なえ、なえも起きたんだな……!」
「炭治郎……!」
私は
共に鬼の血鬼術から抜け出せたことを、ゆっくりと喜び合いたかったところだが、そうもいかない。
「私は、夢を見せてもらうの! 幸せな夢を……!」
大きな声で、自然と目がそちらを向く。
私の夢の中に入っていた女の子だ。
夢で持っていたのと同じ、錐のような何かを持って、私たちを威嚇していた。
捕まっていた夢の中では、私たちの質問に素直に答えてくれていたけれど、自由を取り戻した以上はと、武器を持って私たちに立ち向かっているのだろう。
「やめなさい! そんなことをしても、あなたが怪我をするだけ!!」
彼女は一般人。身体能力では、『呼吸』を使える私たちに敵うわけがない。
怪我をさせないために、なんとか言葉だけでの説得を試みる。
「あんたも起きたのなら、加勢しなさい! 結核だか、なんだか知らないけど……! 幸せな夢を見せてもらうんでしょ……!!」
「俺は……」
座席の影から姿を
その青年の立ち姿は弱々しく、覇気がまるで感じ取れない。病気というのは本当なのだろう。
「ねぇ、炭治郎……。結核って、風邪の仲間……?」
「……結核……? ごめん、なえ……俺にはなえの聞きたいことがよくわからない」
医療の話だから、炭治郎は詳しくなくても仕方がない。むしろ、蝶屋敷でお世話になっていた私が知っていなくちゃいけないことだ。
あのときは、鬼を日輪刀で倒すことばかりが頭にあって、あまり詳しく普通の病のことを私は学ばなかった。
大まかな知識ばかりで、個々の病気の詳細について、まるで覚えていない。それが今になって、どうしても悔やまれる。
「えっと、結核は悪い生きものが取り憑いて起こる病だから、うつるわよ?」
小さな
「
「……え? たしかに私の血鬼術なら、治すこともできるけれど……」
やっぱりだ。
沙華さんの話によれば、
ずっと
「治る……!? この病気が治るのか?」
「あなたに命令をしている鬼は夢を自由に操る鬼でしょう? 鬼は特別な術を使えるの。その特別な術に、病気を治す術があってもおかしくはないでしょう?」
「不治の病だって……。この病気が治るなんて……」
信じられないといった顔で、青年は膝から崩れ落ちていた。感極まってか、目からは滂沱の涙を流している。
「な、なによ! そんな……っ、そんなの……っ、私が馬鹿みたいじゃない……。病気が治るなら、幸せな夢はもう必要ないってこと……っ? 私が……私だけが……。どうして……?」
声を荒げて、女の子は自身の不幸を嘆いていた。
そんな、一人だけ取り残されてしまった姿は見るに堪えないものでもある。
「ねぇ、今確認したのだけど……夢を見せる鬼って、下弦の鬼でしょ? 目に下と数字が刻まれている」
「たしかに目には文字があった……」
小さい
「そうねぇ……」
そうして頷いて、錯乱していた女の子に目をやる。
「な……なによ……!!」
「あれは、人を騙したり、約束を破ったりするのが好きな鬼よ? 正直、私にはなんでそんなことをするのかわからないけれど、きっとあなたも騙されているのじゃない?」
「ふ……ふざけないで……私が騙されている……? た、たしかにあの男は……、そう……、だけれども。いえ……そうかもしれない……。わ、私は騙されていたの? 騙されているの……? でも、騙されているとしても、私は……。私
錐のような武器を堅く握って、女の子は私たちを強く睨みつける。
もう自棄になっているとしか思えなかった。
なんとなく、その表情からわかる。
この先の人生には、楽しいことなど待っていないのだから、幸せな夢を見せてもらえなくても、ダメでもともと。
自分の身など、未来など、もうどうでもいいと思っているのかもしれない。
「ダメだろうっ、それは……! そんなに悲しいことはやめるんだ……!!」
炭治郎が叫ぶ。
炭治郎は、匂いで感情まで察せられるから、彼女の考えていることが、私よりも深くわかったのかもしれない。
「うるさいわ……!! あんたになにがわかるの……っ!!」
女の子は、当たり前のように炭治郎の言葉を撥ね付ける。
だから、伝えなければならないことが、私にはあった。
「いい加減にしてよ……もう……。炭治郎はねぇ……家族を鬼に殺されたの……! 炭治郎の家族は惨殺されて、唯一残った妹は鬼になった……!! それでも、炭治郎は……復讐のためじゃなくてっ、妹を人間に戻すために! なによりも……っ、自分と同じで悲しい思いをしてしまう人を少しでも減らす為に……その刀を取ったの……! あなたにはわかる? その気持ちが……っ!」
「なえ……」
炭治郎はわずかな間だけ振り返って、切なげな顔を私に見せる。
炭治郎なら、自分の不幸を引き合いに出したりはしないことはわかっていた。
「う、うるさい……うるさいわ……!!」
「みんなが立派に生きれるわけじゃないって、私にはわかる。でも……でもよ……!」
どうしても、過去に引き摺られてしまう。辛くて前に進めなくなる。
人生というのは、たまにそういうときがある。それに誰しも、悲しみを糧に、そこから前に進んで行けるとは限らない。
私はそれをよく知っていた。
そんなときに、救いがわずかでもあるのならば、それを信じるしかなくなってしまう。進んでいる道も見えなくなる。
「な、なによ! なんであんたが泣いているのよ!」
「だ、だって……! あなたがそんなふうに辛そうな顔をするからよ! 悲しいじゃない! 痛いじゃない。見ているだけでわかってしまうくらいなのよ?」
目の前の女の子の顔を見ていると、胸が痛くなってどうしようもない。
苦しさが、込み上げてくる。
「だ、だったら……私の幸せな夢の為に……っ!」
女の子は、私に向けてか、錐のような武器を振り上げる。
すぐさま私を庇うように炭治郎は前に出ていた。
当然のように、私を守ろうとしてくれていることが嬉しかった。
「なえ……!」
「いいのよ……炭治郎」
そんな炭治郎を制止する。それは必要のないことだと、私は直感していたから。
じっと、真っ正面から、女の子の目だけを見つめる。それだけで、よかったのだから。
「はぁ……馬鹿みたい……」
手放された武器は、カランと床を転がる音を立てる。
女の子は、呆れたように肩をすくめて、脱力したまま床に座り込んでいた。
「ふふふ……ごめんなさい」
目の前の女の子にも、炭治郎にも、
いろいろな意味を含めての謝罪の言葉だった。
「……よかった……」
女の子の仲間だった青年が、安堵をしたような表情で、女の子の肩に軽く手を乗せた。
それを嫌そうに女の子は振り払って、立ち上がる。
「それで、あの男を倒しに行くの?」
鬼殺隊として働いていないとはいえ、日輪刀は隠し持っていた。
法律で帯刀はご法度だけれど、私は稀血だ。血の匂いが鬼を誘ってしまう以上、自衛のために日輪刀を持つしかない。
日輪刀があるのだから、今から人を喰い殺そうとする鬼を私たちが放っておけるわけがなかった。
「そうよ。きっと、このままでは、たくさんの人が殺されてしまうから……」
「なえ! じゃあ、行こう! 他の車両がどうなってるかわからない。きっと急いだ方がいい」
「あ……ちょっと待って……」
小さな
「どうしたんだ?」
「そこの結核の人……私、今、治せないわ」
「え……?」
さっき病も治せるって、言っていたはずだし。
「ちょっと今は体力が足りないのよ。病気を治す血鬼術は繊細なの。十分に余力がなければ、間違えて身体をボロボロにしてしまう可能性があるわ。今の私は小鼓を叩くことしかできないと思ってもらって構わない」
「じゃ、じゃあ、後で本体にあってもらうなら……」
「それでもいいと思うけど……。なにが起こるかわからないでしょ? もしかしたら、明日急変するかもしれないし。可能性は少ないけれど、ありえないことではない。それでいいかしら? 私は責任を取らないわよ?」
たしかに、
今日大丈夫だからといって、明日も無事でいられる保証なんてない。
「じゃ、じゃあ私の血を使って……! 私の血なら……!」
私一人で、人間数百人分だったはずだ。
この小さい
「ふふ……なえ。そんな必要はないわ……。あの
悪戯っぽい笑顔を浮かべて、
***
「おはよう……。まだ寝ててもよかったのに……」
「お前が……っ!!」
炭治郎が鬼と向き合う姿が見える。第二車両の屋根の上に二人はいる。
眼に『下参』と刻まれた鬼。十二鬼月の下弦の参だ。
小さな
「せっかく、幸せな夢を見せてあげてたのに……。幸せだったよね? 死んだ家族が生き返って、結婚の祝福もされて……。それとも、家族が惨殺される夢の方がよかった?」
「お前は許さない……!! 人の心を弄ぶようなお前は……っ、絶対に!!」
――『ヒノカミ神楽 円舞』!!
怒りのままに、炭治郎は刃を振るった。
強い感情のこもった斬撃を、鬼は、宙に飛び、悠々と躱
――血鬼術『強制昏倒睡眠の囁き』。
鬼の伸ばした手から、口が開く。
その手の口から、声が
どうやら、あの手の口の声を聞くと、眠ってしまうよう。
覚醒のための条件は、夢の中で死ぬこと。列車の座席で眠ってしまっていたときと同じだった。
おかげで血鬼術にかけられたことに気がつければ、すぐに目を覚ますことができる。
とりあえず、戦闘をしていない私は、不要に眠ってしまわないよう、耳を塞いだ。
戦闘を、一つ一つの鬼の動作に注意しながら観察する。
何度も繰り返し、鬼は手の口から、眠りに誘う血鬼術を使っているようだけれど、炭治郎はものともしない。
血鬼術を使われた瞬間、たしかに眠り、たたらをふむ。けれども、すぐさま覚醒し、次の瞬間には刃を振るう。夢の中では、一瞬で夢だと気がつき、炭治郎は自害しているのだろう。
「……っ!?」
自身の血鬼術が通じない絡繰がわかったのか、鬼がたじろいでいるとわかった。鬼は信じられないといった顔で、炭治郎を凝視している。
私も夢の中で、自死したからわかる。連続であれをやるのは、相当な胆力が必要だ。本当に炭治郎は凄いのだと思うと共に、心配になる。
炭治郎の勢いに押され、鬼はジリジリと後退している。
「今だ! なえ……!!」
「しまった……稀血の……」
「もらったわ!!」
刀を握り、躍り出る。
鬼の背後から、力を込めて、刀
――『破鏡の舞 厭忌月・銷り』!
「ぐ……っ」
舞うような二連撃に、三日月のような形の刃。鬼の足に腕が切断される。
かろうじて、鬼は上空に逃れ、私の間合いから離脱することに成功した。
だが、その先には、すでに炭治郎が待ち構えている。
「幸せは、これから……っ、俺たち自身で掴むものだ……っ! 俺たちは、そう信じられる!! だから、お前の夢なんて必要ない!! 人の心を、なにもかも思い通りにできると、お前は間違っていたんだ!! だから、絶対に、俺たちはお前に負けない!」
――『ヒノカミ神楽 碧羅の天』!!
鬼は、私と炭治郎の二人に対応しきることはできなかった。
炭治郎の振り下ろした刃により、胴体が真っ二つになる。
手、足と、胴体、バラバラになって、鬼は車両の屋根の上に落ちる。
落ちた鬼のその首に、炭治郎は刃を添えた。
身動きの取れない鬼は、その刃に、焦りの顔をまるでみせない。うすら笑いを浮かべて囁く。
「別にいいよ? 特別に教えてあげよう。俺は頚を斬られても死なないんだ」
「あらあら? 本当にそうかしら?」
ズズっと、車両の屋根に、小さな
「……上弦の弐……!?」
「愚かね……ぇ。列車と融合しようとしたのでしょう? まぁ、でも、そういう術については、私の方が、
「分身のはず……そんなものに俺が……」
「分身とは言っても、私は結界そのものでもあるわけだから……ねぇ……。ふふ、列車との融合は中途半端で私が阻止。融合しようとしていたから、こっちの戦闘にも全力は無理だったのでしょうね。ねぇ、本気を出せずにやられるって、どんな気持ちかしら? ねぇ、ねぇ、相当に未練よね? 残念よね? あぁ……せめて最後は、自分に向けて幸せな夢の血鬼術でもかけるかしら? そのくらいの時間なら、待ってあげてもいいわよ? いい術を持ってよかったわね? 可哀想に……ぃ」
「……っ!? 分身だろうと……お前だけはぁ……! お前だけは……道連れにでも……!!」
「〝血戦〟ね? 今、あのお方に許可をもらったわ? あなたは私が吸収していいって……」
「……あ……」
大きな花びらのようなものが、列車の屋根から、鬼を囲むように生える。鬼の近くにいた炭治郎は、飛び退いて逃れるが、バラバラになった鬼は、抵抗もできずに囲まれてしまう。
その花びらの内側には、小さな歯のようにも見える出っ張りが連なり、ひたすらに不気味だった。
「いただきます」
がばりと閉じて、中に鬼を閉じ込める。
そのまま、蕾の形のまま、ズブズブと列車の屋根の中に、そのなにかは溶けていった。
「終わったの……?」
「ええ……終わったわよ。いま、結界の中であの男の鬼の力を吸い取ってるところ。でも、流石は下弦ね。このままだと、ちょっと頭にあれの考えが影響してきそう。後で絞りかすは捨てておいた方がいいかしら」
小さな
姿は自由に変えられると思うのだけれど、下弦の鬼を吸収して得た余力を見た目に使ったのだろう。
「
「じゃあ、私はあの男の人を治してくるわ?」
そう言って、小さな
もう戦いは終わりでいいのだろう。力を抜いて、一つ落ち着く。
「なんというか……思ったより、弱かったわね……」
十二鬼月という話だったが、あれでは、あの蜘蛛山の鬼の方が強かったかもしれない。
あれから強くなっとはいえ、あのときは、伊之助くんと、私、炭治郎、それに善逸くんに禰豆子ちゃん……たくさんで挑んでも倒しきれなかったから。
「きっと、列車と融合できていたら、俺たちの手に負えないことになっていたのかもしれない……」
「そうね……」
小さな
もし、全力だったら、もっと苦戦してしまったはずだ。今回は小さな
「あの分身……この列車で最初にあった時に思ったけど……血の匂いが濃くなってた。前に別れたときよりも、強くなってた」
「強く……? 人を食べているということなの?」
「いや、多分、鬼を取り込んでいっているんだと思う。そういう匂いだった」
鬼は共食いをする。
鬼舞辻は、鬼が群れることを嫌い、そういう呪いをかけているという話だった。
小さな
「そういえば、炭治郎。炭治郎は、どんな夢を見せられたの?」
気になってしまった。
炭治郎へとあの鬼の見せた偽りの幸せに、少しだけだけれど、興味があった。
「俺たちの家族が殺されていなくて、禰豆子も鬼じゃない。それで、俺たちは炭売りをしたまま暮らしていて……。そう……なえも居たんだぞ? 俺たちのことを手伝ってくれていて……それで、結婚することになった。みんなから、祝福されるんだ」
「…………」
そう語る炭治郎は、どこか寂しそうだった。目には涙を溜めているようにさえ見える。
「でも……夢の中でも、なえは凄かった。夢ってわかったら、こんなところにいるなって、俺のことすごく強く引っ叩いたんだぞ? 夢の中のはずなのに、すごく痛かったんだ」
「なによ、それ……」
「夢の中のみんなも、俺のことを頑張れって送り出してくれたから、俺は夢から醒めることができた。そういう夢だった。みんな暖かかったなぁ」
手を繋ぐ。
温もりを伝えたかった。
「あの鬼の血鬼術は、夢の中に引き留めるためのものだったから、炭治郎の心の中の家族が、きっと、炭治郎のことを守ってくれたのね」
「うん、そうだな……。そうだといいな……」
たとえそばに居なくたって、心の中で支えてくれている。そんな炭治郎の家族は、とても素敵だと思った。
「ええ、きっと」
だから、私も、そんな家族になりたいと思った。
「なえ、じゃあ、なえはどんな夢を見たんだ?」
当然のように、私の夢の話になる。
聞かれるのに、抵抗はない。むしろ、炭治郎になら、話しておきたいくらいだった。
「そうね……村の中での暮らしが続いていて、村の外に出た時に、鬼に襲われるの。そこを、鬼殺隊の炭治郎が助けてくれて……
「そうなんだな……」
「もし、なにかが掛け違えていたら、ありえたかもしれないって……そんな悲しい夢だったわ」
「…………」
けれど時間は巻き戻らない。
これからある未来を大切にしていくことしか、私たちにはできないのだから。
「帰りましょう、炭治郎」
過去に想いを馳せた後には、立ち上がって、歩いていく。
***
沙華さんに会って、炭治郎と将来を誓い合ったところにあったお屋敷は、沙華さんの所有していた建物で、中では昔罪を犯して捕まった人たちが、罪を償った後に働いているそうだった。
そこで、私たちも仕事をさせてもらっていた。
私が定期的に血をあげれば、私の血は鬼にとっては万金に値するから、仕事はしなくていいという話だったけれども、なにもしないのは忍びなかった。
だから、私たちは働かせてもらっている。
今は休憩している時間だった。
「鬼になれ、炭治郎」
「ならない」
「人間は、弱い、脆い、儚い。強い鬼こそが人間を守るものだと俺は悟った。共に鬼となり、人を守り続けよう。強くなければ、大切なものさえ守れないのだから……」
「たしかに、人を守るのは立派だ。鬼じゃないとできないことがあることもわかる。でも、俺は鬼になるつもりはない。鬼になったら、きっと大切な人に置いていかれるばかりになってしまうから……。それに、人間だって、そんなに弱くないんだぞ?」
炭治郎に、鬼にならないかと、しつこく誘ってくる鬼がいた。
そこそこに中途半端な人間への擬態の鬼だ。相当な強さの武人だと、気配や、普段の足運びからもわかる。
ちなみに、今は小さな
「炭治郎、お前は人を守るために戦っていたと聞いた。だが、人は死ぬ。お前がいなくなった後、だれが人を守っていくというのだ? 炭治郎、お前はその志のままに、不死の鬼となるべきだ」
「別に俺じゃなくてもいいんだ。俺がいなくなっても、きっと、俺の意思を受け継いでくれる人がいると思うから……。人は不滅ではないけれど、人の思いはいつまでも生きているから。……うん。そんなに心配をしなくても、きっと、大丈夫だ」
その炭治郎の言葉に、鬼は不満げな顔をしていた。
「俺はお前が頷くまで、何度でもやってくるぞ?」
「うん、また」
「…………」
鬼の脚力で、颯爽と去って行った。
炭治郎は、それを笑顔で見送っている。
正直、しつこいように思うけれど、あの鬼のことを炭治郎は悪く思ってはいないようだったから、別にいいのだろう。
「さて、俺たちも仕事に戻ろう……」
「そうね」
私たちは立ち上がった。
ちょうどその時だった。
「なるほど、耳飾りの剣士が沙華の血鬼術で捕らえられたという話だったが、やはり大したことなどなかった。やはり、あのような男の再来などではなかった」
「お前は……っ!?」
仕立ての良い西洋の男の人がよく着ている服の男が、いつのまにか、近くの椅子に座っていた。
「わざわざ、私自身で出向く必要もなかったか……」
「む、無惨……!! 鬼舞辻無惨……!」
声を張り上げて、炭治郎は叫んだ。
炭治郎の家族を殺し、禰豆子ちゃんを鬼に変えた張本人だった。
「…………」
「俺たちの家族を……! たくさんの罪なき人を殺しておいて……っ! お前は罪を償うべきだ……!」
炭治郎のその声に、鬼舞辻は、帽子を目深に被る。
「私のことをだれが罰する? 鬼である私を……。神や仏は、この千年生きてきて、見たことがない。これでどうして私が罰せられる?」
「……無惨、お前は……! 鬼である限り、お前は人間だったはずだ!」
「私は完璧な生物だ。人間などではない」
「完璧な……っ?」
「大災に家族を奪われようと、それに罰を与えようとするものなどいないというのに。自分の命が助かったのならそれでじゅうぶんだろう。死んだ人間が蘇ることなどないのだから、大人しく日銭を稼いで暮らせば良い」
炭治郎は、不快感を顔へと露わにしていた。
対して、鬼舞辻は、特になにも思ったような素振りもなく、冷徹な表情のままだ。
「でも、大災っていうのなら、河が溢れないために、堤防を築いたり……地震だったら、それに耐えられるお家を作ったり……対策はすると思うわ……?」
「……その対策が、私を殺そうとすることだとでも言うのか……? 鬼狩り程度に殺されるほど、私が貧弱に見えるというのか?」
鬼舞辻の雰囲気が一気に剣呑になる。
特になにも考えずに、思ったことをつい言ってしまったが、まずかったかもしれない。
「な、え……駄目よ? 言葉が足りないわ? なえは、これ以上鬼を増やされて、人間が死んでしまうのは悲しいから……このお方の日光の克服のお手伝いをしたいと言いたいのよね? ね?」
「ふん、
鬼舞辻の後ろから、
その
「ね? そうでしょう? なえ?」
「え……っ」
「日光を克服さえすれば、貴方様は鬼を増やしたりしないと、前、カナエちゃんは、なえに教えていたんです」
カナエ……蝶屋敷にかつていた、蟲柱のしのぶさんのお姉さんの名前だった。鬼になったって話だったけど、そんな名前の鬼とは会ったことがない。
「
「無惨……! お前は存在してはならない生物だ!」
語気を強めた炭治郎の言葉を受けて、動揺もせずに鬼舞辻は私を指さした。
「そこの稀血の女は、
「確かに……なえのことには感謝する。だけど、俺の家族を殺したこと……今まで、たくさんの人を殺してきたことは絶対に許さない!! 罪を償うまで……絶対にだ!」
鬼舞辻の主張を受け入れながらも、炭治郎は譲らなかった。炭治郎は、必ず、一歩も退かないとわかる。
「……罪を償うって、なに? 具体的にはどうすればいいかしら? 私にできることなら、私が代わりにやってあげるけど……」
「えっ……?」
割って入った
「ふん。これ以上、話を続ける意味はないな。私は忙しい。話は終わりだ」
炭治郎の言葉には答えず、鬼舞辻は、背中を向ける。もう、こちらを見てはいない。
「ま、待て……っ!」
「この方はお忙しいの。お話の相手なら、私がするけれど?」
鬼舞辻に追い縋る炭治郎を、
そうやって
「鬼舞辻無惨! そうやって、自分の罪を人に押しつけて……! そんなことで、許されると思うな……! お前は必ず、報いを受ける!!」
届いているかどうかもわからない虚空に向けて、炭治郎は叫ぶ。
炭治郎の気持ちはわかる。けれど、
この場から、鬼舞辻がいなくなり、
「なえ……久しぶりね……」
「…………」
気まずい。
改めて
「耳飾りの子……炭治郎くんだったかしら? 貴方も……。できれば、うん、できれば仲良くしたいと私は思っているわ?」
「俺も、仲良くできればと思っています」
「そう……! そうね、仲良くしましょう? 仲良く。……仲良く」
今ひとつ、
「…………」
私からも、何か言い出さないといけないことはわかるが、勇気が出せずに言葉が出ない。
「カナエちゃんが、こそこそしていたから、不審に思って問い詰めたら……。はぁ……なえのこと、私に言わずに独り占めにしようとしていたのだから、困ったものだわ……。なんにせよ、もう、危険な目に遭わなくて済むのだから、安心ね……帰りましょう?」
「え……っ?」
分身から、聞いたのではないようだった。
あの分身は、列車でのんびりしていくとは言っていたが、本体への連絡ものんびりしているとしか思えないセリフだった。
「……ふふ、帰りましょう。なえのこと、連れて行ったら、みんなきっと驚くわ。こんなに大きくなったし、綺麗になったのだから、ね?」
「ま、待ってください……。急に言われても、まだ、心の準備が……」
村にはどうしようもなく帰りがたい。
それではいけないのはわかるけれど、できれば、ここで一生を終えたいくらいの心持ちだ。
「みんな待ってるわよ?」
「で、でも……今更私が帰っても……」
埋めようのない、時間の空白がある。
私がいなくなってから、そのままというのもあり得ない話だろう。このままでいた方が、いいのではないかとさえ思ってしまう。
「わかったわ。ちょっとだけ待つ。覚悟ができるまで、毎日様子を見に来るから、いい?」
「毎日……?」
私のために、そこまでしてもらえるのは、嬉しかったけど、心苦しくもなった。
「じゃあ、私も帰るわ。最近は忙しくてね?」
手を振って、にこやかな顔を私に見せる。
それを見ると、どうしても私は心が痛んだ。
「
ずっと、私は先延ばしにしている。それはわかっている。
「またね、なえ」
だけど、きっと、次があるから。まだ、人生は続くのだから。
いつか、ちゃんと向き合って、伝えなくてはならないことがたくさんある。
「なえ、よかったのか?」
隣で見届けていた炭治郎は、そう尋ねてくる。
「きっと、大丈夫……今度は、ちゃんと、ありがとうって言えるから……」
まずはお礼から、たくさん迷惑をかけてしまったけれど、まずはそこから始めなければいけなかった。
***
朝。
隣では炭治郎が眠っている。
いつもは炭治郎の方が起きるのが早いけれど今日は私の方が早かったようだった。
「炭治郎……朝だよ?」
耳もとで囁く。
こんなふうに起こすのは珍しいから、少しだけ心が湧き立ってしまう。
「うぅ……なえ……」
「う……?」
寝起きの炭治郎に、その隣には、禰豆子ちゃんが眠っていて……。
「え、禰豆子ちゃん?」
ここには、いないはずの禰豆子ちゃんだった。禰豆子ちゃんは、沙華さんに任せていたはずだった。
「うー」
禰豆子ちゃんが起き上がる。私の声で、目を覚ましてしまったようだった。
そのまま、おもむろに、炭治郎へと禰豆子ちゃんは両手を乗せる。
「…………」
「……むー!!」
燃えた。
炭治郎が、燃えた。
「……えっ?」
この炎は、蜘蛛山のときの禰豆子ちゃんの血鬼術……。一度しか見ていないし、あのときは意識が朦朧としていたけれど、多分そうだ。
その炎で、禰豆子ちゃんは炭治郎を燃やしている。
「むぅ……。むー! むーぅ!!」
「ね、禰豆子ちゃん!? どうして……!? 炭治郎は禰豆子ちゃんのこと、とても大切に思っているわ? どうして……? あ……っ、私にばかり構って、禰豆子ちゃんに構ってあげられなかったのがいけないの? でも、だったら、燃やすなら、私にして……!」
あんなにも、仲のいい兄妹だったのに、わけがわからなかった。
「うー……」
火が収まる。禰豆子ちゃんは、力を使い果たしたようで、眠たげな顔になる。
「なえ……!!」
「え……っ、炭治郎?」
炭治郎が起き上がった。
無事だった。無傷だった。
「帰ろう。鬼殺隊に」
小ネタ
炭治郎にかかった魘夢の血鬼術は、魘夢が原作よりも少しだけ弱いのと、小さな
魘夢がなかなか再生しないのは炭治郎に斬られたからと、
ちょっとプロット変えました。無限列車編じゃなくて下弦掃討編をやろうとしてましたけどなくなりました。ご容赦ください。
次回、猗窩座。