稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 花柱は鬼になり、上弦の弐に退路は塞がれている。ここは、俺が犠牲になるしかないのだろう。




明日への代償

 ――『水の呼吸・拾ノ型 生生流転』。

 

 ――『花の呼吸・弐ノ型 御影梅』!

 

 斬撃がぶつかり合う。

 鬼殺隊の男の人が繰り出した連撃を、カナエちゃんが捌いているという状況だ。

 

「冨岡くん。鬼殺隊の柱の仲間どうし、仲良くしましょう?」

 

「黙れ……。鬼と交わす言葉はない」

 

 カナエちゃんが出てきてから、間をおかずにこうなってしまったけど、私はどうしたら良いのだろう。

 

 カナエちゃんの妹だったか、地面にうずくまっている子にでも話しかけてみようか。

 

「しのぶちゃん……だったっけ」

 

 ――『水の呼吸・肆ノ型 打ち潮』!

 

 私の頸もとを刃が掠めた。

 少し反応が遅れたら、頸が斬られていたかもしれない。

 

 鬼殺隊の男の人は、私とカナエちゃんの妹の間に立ち塞がる。

 さっきまで、カナエちゃんと切り結んでいたのに……判断が恐ろしく早い。

 

「胡蝶……立て……! 逃げろ……」

 

「姉さんが鬼になんて……。嘘だ。絶対に嘘だ……。姉さんに限ってそんな……」

 

「胡蝶!」

 

 力なく地面に崩れ落ちるカナエちゃんの妹に声をかけるが、泣いているばかりで、立ち上がる様子はなかった。

 

「しのぶ……私は鬼になったけれど、そう悲しむことではないわ。姉さんは変わらずに姉さんよ? それに、姉さん見つけたの。まだ実現は難しいかもしれないけど、鬼と人間が仲良くする方法を!」

 

「嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ……」

 

 そうやって、現実を否定する様は、不憫にも思えてくる。

 鬼殺隊の男は、じりじりと自身の妹に近寄るカナエちゃんを目の端で警戒しながらも、私を近づけまいとしている。

 

「ねぇ、鬼殺隊の男の人……。名前、なんていうの?」

 

「鬼に名乗るような名は持ち合わせていない――( )

 

「水柱の冨岡義勇くんよ?」

 

「…………」

 

 カナエちゃんが教えてくれた。

 柱か。どおりで強いと思った。

 

「私は(ハツ)()。『上弦』の『弐』。『壱』ではないけれど、私があのお方の次に長生きしてる鬼よ? 私は強いわ? それでも、私に挑むつもり?」

 

 縁壱の居た時代に、あの時は他の鬼狩りも強かったから、たいていの鬼はやられてしまった。だから、私が無惨様の次に長生きなのも必然だ。

 

 二対一。圧倒的にこちらが有利なのは違いない。だが、私は血鬼術を使って消耗している状態だから、出来るだけ穏便に済ませたかった。

 だからこそ、私の強さを主張して、戦わずに降伏してもらいたい。

 

「…………」

 

 冨岡義勇は、目を見開いて、警戒を強めるように、剣を握る手に力を込めた。

 どうあっても、戦うつもりか。

 

 それにしても、ここがバレてしまったわけだし、カナエちゃんみたいに話し合って決着を付けるか、幽閉するか、殺すか……。あとはそうだ……不確実であまりやりたくないけれど、頭を壊して記憶を飛ばすという方法もある。

 

「ハツミちゃん! 殺さないでね……! 冨岡くんは、私の大切な仲間だから!」

 

 カナエちゃんは、殺すなと言う。

 その声に反応して、冨岡義勇の顔に一瞬だけ動揺が走った。

 

 この男をどうしようかと考える。

 殺したら、まずカナエちゃんの機嫌を損ねるから、それはなし。やはり、生け捕りか。

 

「カナエちゃん……! 手足の一本くらいは……」

 

「私のときもそうだったけど、あんまり、そういうのは良くないと思うわ」

 

「……ダメだよね。わかってた」

 

 なら、と、治るくらいに筋肉や靭帯を壊していく方針にする。

 こっちの方が、大雑把に壊すよりも、より繊細で、集中力と時間が必要になる。

 素面でないとできないほどだ。だから、カナエちゃんを鬼にした時みたいに、酔っている状態では無理。私は何も間違ってなどいない。

 

 カナエちゃんもいるし、血の霧は、体力を使うから、今は使わず温存する。

 

 ――血鬼術『死覗風浪』。

 

 相手は、刀を構えた状態で止まっている。今が最高の機会だろう。

 

「……っ!?」

 

 咄嗟にと言ったように、冨岡義勇は地面から飛び退く。

 

「はぁ……気付くのよね……」

 

 私の血鬼術にかかる時、何か、気持ち悪いような感覚がすると言う。

 右足の指の筋を一本、動かないようにできただけ。今の一瞬では、それが限界だった。

 手加減なしなら、足首くらいまで崩せていたのに……。

 

「…………」

 

 私の攻撃の正体がわからないのか、動揺したようにこちらを見つめている。足を止めて。

 

「ふふ……良いのかしら? 足を止めて……」

 

 次は足首。

 身体を動かせば、体力を使う。体力を使えば、考えることに集中できなくなる。だからこそ、正体不明の攻撃を受けた時、足を止めてしまうのだ。

 

 今度こそ、行動不能に。

 

「……!?」

 

 気づかれ、また飛び退かれる。

 

「あぁ……もうっ……!」

 

 足首の腱を傷つけることには至ったが、切断まではいかなかった。手加減しなければ、こんなに手間はかかっていなかったのに……。ヤキモキする。

 やはり、冨岡義勇は、カナエちゃんの妹を守るように、その近くに位置取った。

 

 悲しみに打ちひしがれてか、まだカナエちゃんの妹は動こうとはしない。

 

「……胡蝶! お前にできることは、そうやって、惨めったらしくうずくまることか……!?」

 

 カナエちゃんの妹に、そう発破がかかる。私の血鬼術を受けて、焦ったのだろう。急いているのだろう。

 

「……嘘だ……」

 

「立て! 立て……胡蝶……! そのまま鬼になった姉に、そして姉を鬼にした(あだ)に食われたいのか!?」

 

「……うぅ……」

 

「冨岡くん……! 失礼よ? 私が、しのぶのこと、食べるなんて絶対にないわ!」

 

 ――『花の呼吸・伍ノ型 徒の芍薬』!

 

「鬼の言い分など、信用なるわけがない」

 

 ――『水の呼吸・拾壱ノ型 凪』……。

 

「く……っ。あ……っ」

 

 切り掛かったカナエちゃんだが、気がついたら、弾き返されている。

 いま、水柱が剣を振ったようには見えなかったが、カナエちゃんの攻撃は凌がれている。何が起こったのかわからない。

 

「……でも!」

 

 その正体不明の技の最中、足を止めた。今度こそ、足首の腱を完全に……。

 

 ――『水の呼吸・玖ノ型 水流飛沫・乱』。

 

 損ねた。

 さらに深く傷つけることには成功したが、もうすでにそこにはいない。

 

 水面を叩くような足音とともに、水しぶきを幻視するが、その冨岡義勇の移動速度に私の目がついていかない。

 

 ――『水の呼吸・参ノ型 流流舞い』。

 

 ――血鬼術『死血霧舞・(えん)(しょう)

 

 反射的に血を吹き出して、私に向かう攻撃に対応する。

 だが、相手は、私の出した血の霧の中、かまわずに、私の頸を斬りに迫る。

 

「……くっ……」

 

 私の血にやられ、肌が焼け、それでも刀から手を離さないのは称賛に値する。

 それでもダメだ。

 

「アナタの力では、私の頸は切れないみたいね……」

 

 水柱の日輪刀は、私の頸に少し食い込んで止まっている。

 私の血を浴びて、肌を焼かれて思うように力が出せない。だから、こうなる。

 カナエちゃんが、私の頸を切り飛ばせたのは、鬼の力があってこそだろう。

 

 ――血鬼術『死覗風浪・虫()み』。

 

 次いで、刀を通して術をかけ、腕の筋肉をズタズタにしてあげる。まあ、このくらいなら、きっと治るだろう。

 

「……ぐ……っ、う……」

 

 痛みに呻きながら、水柱は刀を抜き、私から離れる。

 外側、内側に攻撃を受けて、もう腕もほとんど動かないはずなのに、刀を手放さず、まだ戦意も衰えない。

 

「諦めた方がいいわよ? 腕も……足首も……私の血鬼術で傷付いてる。これ以上、無理に動かしたら、二度と戦えない体になる!」

 

 冨岡義勇は、そう忠告する私を無視した。

 

「逃げろ、胡蝶……。ここは俺が時間を稼ぐ……お前だけでも生きろ……胡蝶!!」

 

 それは既に、この場を死地と決めている顔だった。

 なんとしても、カナエちゃんの妹だけは逃してみせると、一つの動作も見逃さないよう、私たちを睨み付けている。

 

「冨岡……さん……」

 

 そんな柱の男の姿を目に焼き付けてから、カナエちゃんの妹は、カナエちゃんの方に目を向けた。

 

「ねぇ、しのぶ……。別にとって食ったりはしないわ? 姉さん、しのぶとは戦いたくないの」

 

「…………」

 

「ううん。本当は、しのぶに戦って欲しくないの……。鬼殺隊を辞めて、素敵な人と結婚して、普通の女の子としての幸せを手に入れて欲しい」

 

「…………」

 

「大丈夫……。私が、人と鬼が仲良くできる世界を作るから……しのぶは安心して、好きな人と家族を持って、幸せに暮らせばいいのよ……?」

 

 ――『水の呼吸・肆ノ型 打ち潮』。

 

 私の攻撃をもろに受けたというのに、まだ動く。だが、動きには精細さが欠け、カナエちゃんには簡単に避けられた。

 本当に、自分の体のことをなんとも思っていないのだろうか。この異常者は。

 

「聞くな、胡蝶! 戯れ言だッ。……逃げろ! お前が死ぬのはここじゃない……! ……戦え! 戦い続けろ! ……お前は鬼殺隊の隊士だ」

 

「私が……」

 

 カナエちゃんの妹は立ち上がった。

 そして、きつく、カナエちゃんのことを見据える。

 

「しのぶ……」

 

「……鬼と人が仲良くなんて、できるわけがない……。私たちの親は……鬼に殺されたでしょ……っ!」

 

「しのぶ……。あのね、鬼になってわかったことがあるの……。人を食べたくなるこの衝動は……とても耐えられない」

 

「…………」

 

「鬼が人を食べるのは、仕方のないことなのよ……。だからこそ――( )

 

「黙れ……っ!」

 

 ――『蟲の呼吸・蜈蚣ノ舞 百足蛇腹』!

 

「えっ……」

 

「ごめんなさい……。姉さん……」

 

 カナエちゃんの妹の刀が、カナエちゃんの喉元に突き刺さった。

 いつ刀を抜いたのかもわからない、それほどに速い攻撃だった。

 

 ただ、カナエちゃんが反応できなかった理由は、攻撃が速かったからではない。妹から攻撃を受けるとは、まるで思っていなかったからだろう。

 

 カナエちゃんの喉元からは、刀が抜かれ、そしてカナエちゃんは地面に崩れ落ちる。

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい……。姉さん……。ごめんなさい……」

 

 カナエちゃんの妹は、まるで全てが終わったかのように、その場に泣き崩れた。

 今の攻撃は、突きだ。鬼は、日光を浴びるか、日輪刀で首を斬られるか、無惨様に殺されるかしないと、死なない。

 それなのに――。

 

「胡蝶……! 泣くな! 悲しむな! 鬼が待ってくれると思うな……!」

 

 ――『水の呼吸・捌ノ型 滝壺』!

 

 苦し紛れの攻撃だった。

 私を寄せ付けまいとするため、大味で範囲の広い攻撃での牽制。私の頸を斬ることを既に諦めているとわかる一撃だった。

 

「冨岡さん……。すみません……」

 

 カナエちゃんを残して、カナエちゃんの妹は走り出そうとする。どうやら、一人で逃げるつもりのようだ。

 

 ――『水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き』。

 

 追わせまいと、水柱は、私にしつこく攻撃を仕掛けてくる。

 絶対に私をこの場所から離さない。そんな気迫が感じられる。

 今にも、カナエちゃんの妹は逃げてしまう。

 

「待って……しのぶ……。お願いだから……姉さんの話を聞いて……?」

 

「……え?」

 

 カナエちゃんは、立ち上がって、追いすがり、妹の腕を掴んだ。

 

「しのぶ……」

 

「…………」

 

 振り返って。妹は、まるで幽霊でも見るかのように、カナエちゃんのことを見つめる。

 

「しのぶ、姉さんね。人の血を飲んで……とても穏やかな気持ちになれたの。ちゃんと、満たされていれば、人を食べたくもならない。そうすれば、人間とも仲良くできるって、そう思ったの」

 

 和やかに語る姉を、妹は理解できないものを見るような目で見ていた。

 

 しばらく間を置いて、状況を理解して、ようやく、彼女は口を開く。

 

「人を食べたな……! 何人食べた……ッ!? 私の毒が効かないなんて……! 十や二十じゃ利かないでしょう……! この短期間に……ッ! 食べておいて、仲良くだなんて……! 狂ってるッ!」

 

 そうして、カナエちゃんの妹は、気でも違ったかのように、大声で喚き出した。

 

 それにしても、毒……?

 鬼に効く毒だなんて聞いたことがない。

 そんな方法で鬼を殺しているなんて、少し驚きだ。

 

「……違う……。私は……血を飲んだだけよ……!」

 

「血を飲む? いったい、何人分……!? 何人の血を飲めば、私の毒を分解できるの?」

 

「あのね、しのぶ。ハツミちゃんの村では、稀血の子を、他の鬼に襲われないように匿ってる。だから、みんなが血を分けてくれるのよ」

 

「…………」

 

 そうして、カナエちゃんは私の里の内実を話す。あんまり、言いふらされたくない情報なのだけれど。

 

「ハツミちゃんは良い鬼よ? 私の考えにも、賛同してくれたもの」

 

「……姉さんの……考え……?」

 

「そう……この村をずっと広げて……! 鬼が飢えないように、みんなから血を分けてもらうの。そうすれば、みんな、きっと仲良くできるわ」

 

「……!?」

 

 カナエちゃんの妹は、まるで理解を超えるものに出会ったかのように、絶句して、止まる。

 

 私の行動を妨害していた冨岡義勇も、それを聞いて、動揺した。

 

「どう? しのぶ。とても良い考えでしょう?」

 

 カナエちゃんは、まるで屈託のない笑顔を浮かべる。

 それを見て、カナエちゃんの妹は、カナエちゃんに掴まれた手を振り解いた。

 

「……鬼が……人間を、支配する……?」

 

「結果的に、そうなっちゃうのかもしれないけれど……鬼に殺される人間もずっと減るはずよ? ハツミちゃんも、むやみに人を食べたりしない。仲良くしているの。ね?」

 

 そう私に会話をふった。

 なんとなく、ここは話を合わせた方がいいと私は思った。

 

「そう! 私に血を分けてくれる子たちはみんな守ってあげるのよ? ちょっと、不自由はさせるけど、それでも、みんな平和に暮らしているの」

 

 私のためと、里にやってきたカナエちゃんに武装して襲いかかるくらいの子たちだ。

 私がいなければ生きていけないと、彼らは知っているから。

 

「どう、しのぶ?」

 

 そんなカナエちゃんに、カナエちゃんの妹は、後ずさって首を振る。

 

「姉さん……。姉さんは勘違いをしている……。鬼は……鬼さえいなければ、悲劇も起こらない……。守ってもらう必要もない。血を分ける必要もない! 姉さん……あなたは……あなたはここで倒さなきゃいけない……!」

 

 そう言って、カナエちゃんの妹は、カナエちゃんに向かって剣を向ける。

 

「……そう」

 

 カナエちゃんは、悲しげな表情をして、涙を流す。

 実の妹に否定をされて、悲しいのだろう。それがとても伝わってくる。

 

 それはそうとだ。

 

「ねぇ、水柱の冨岡義勇くん……。そろそろアナタも限界じゃない? ふふ、筋肉も皮膚もだいぶ傷ついて、それでも動いて……もう、カナエちゃんの妹の方に援護に回る余裕はない」

 

「…………」

 

「カナエちゃん……強いわよ? 私が、保存してた血をたくさん飲ませてあげたから、もう『上弦』くらいの力はある。それを、柱でもない妹一人が、倒せるのかしら……?」

 

「……!?」

 

 夜明けが近いのだけれど、その前に、この人は倒れるだろう。

 カナエちゃんの妹の方も、カナエちゃんがなんとかして終わりだ。少し、時間はかかったけれど、私の里もバレずに済む。

 

 いや、やっぱり……鬼殺隊の人がここ周辺で何人も消えたら不自然だろう。実際、カナエちゃんの妹たちも、カナエちゃんの消息を辿ってここに来たわけだし。

 

 でも、そうか。

 里の人たちと口裏を合わせて、私とカナエちゃんが、少しの間、雲隠れすれば、バレずに済むかな。

 

 そんな風に考えている時だった。

 

 ――『風の呼吸・壱ノ型 塵旋風・削ぎ』!

 

 私の目の前を、突風が削る。

 

「ひでぇ様じゃねぇかァ。冨岡ァ……!」

 

 その男は、理性も知性もなさそうな、粗暴な面構えをしていた。

 身体中の至る所、顔にまで、沢山の傷痕を持つ、まともな生き方をしていないと一目でわかる男だった。

 

「不死川か……。逃げろ。胡蝶を連れて逃げろ。お前の相手になるような鬼ではない」

 

「チッ……御館様に言われてきてみれば、『上弦』の『弐』かァ?」

 

 新手だ。本当に、この場所を誤魔化せるか怪しくなってきた。

 

 でも、今更、この地を捨てて移転というのも……。

 結界内に籠城するのも手か……ちょうど、無惨様のところに、転移できる血鬼術を持つ子が居たし、外に出る時は、その子を頼りにさせてもらおう。

 

「不死川くん!」

 

「花柱……無事だったのか? チッ、鬼化してやがるのかァ」

 

 カナエちゃんを一目見て、粗暴な面の男はそう吐き捨てる。

 

「不死川。ここは俺がもたせる。花柱を倒せ、そして胡蝶を連れて逃げろ」

 

「気に食わねぇ。まずはコイツを殺すぞォ、冨岡ァ」

 

 そう言って、私に刀を向けてくれる。

 熱烈でいいことだ。

 

「不死川ッ! 足を止めるな!」

 

「冨岡ァ? 急に何言ってやがる!?」

 

「遅い」

 

 ――『死覗風浪・虫喰み』。

 

 もう精密にやるのはやめた。

 片足に注力して、適当に治りそうなくらいに足の筋肉を傷つける。治らなかったらごめんね、カナエちゃん。

 

「……!? チッ、そういうことかよォ」

 

 私の攻撃から、一拍ほど遅れて男が飛び退く。

 いい動きだ。カナエちゃんに、この水柱、短期間に戦って、私もだいぶわかってきた。この男、きっと、柱くらいの強さはあるだろう。

 

「『上弦』の『弐』。私は、(ハツ)()よ? アナタは?」

 

「風柱――不死(しなず)(がわ)(さね)()……テメェを殺す、男の名前だァ!」

 

「ああ、怖いこと……」

 

 水柱の冨岡義勇とは違い、この子は私と話してくれる。冨岡義勇は、私が話しかけても、まるで無視だったから、少しだけ嬉しくなる。

 

 ――『風の呼吸・肆ノ型 上昇砂塵乱』!

 

 と、余裕ではいられないかもしれない。

 振られた刀は避け切った。

 だが、刀を振ると同時に巻き起こった風、それに私の肩が削がれる。

 

「『上弦』ってのも、この程度かァ?」

 

 血を舞わせても、風に吹き飛ばされることは目に見えてわかる。相性が悪い。

 

「なら、私の頸に刃を当ててみなさい。それでわかるわ……ぁ?」

 

「上等だァ! ゴラァ!」

 

「ふふ」

 

 ――『風の呼吸・捌ノ型 初烈風切り』!

 

 そして、彼は私の頸に切りかかってくる。素直なことだ。

 周りに風を纏っているが、その風ていどでは、私の頸の硬さを超えられない。やっぱり、刃を当てないと。

 

 そして、やはり、私の頸が完全に落とされる前に、間接的な接触で、私の術がかかりきる。最初に、片足を傷つけたから、万全の状態からは威力も落ちているだろうし。

 私には、勝てない。

 

 ――『水の呼吸・拾壱ノ型 凪』。

 

 瞬間、風が凪いだ。

 

「冨岡ァ、なにしてやがる?」

 

「不死川……。この鬼の頸を斬るな」

 

 一度、受けた冨岡義勇は、私の目論見を看破し、仲間の攻撃を止めたのだった。

 

「テメェ……! 鬼を庇うってのかァ!」

 

「そんなつもりはない」

 

「なら、どういうつもりだァ! 冨岡ァ!」

 

「……不死川、俺のようにはなるな」

 

 その言葉に、風の柱は、目を白黒させる。

 言葉自体はなにも間違ってはいないのだろうが、それでは意図が伝わらないだろうと、私は思った。

 

「邪魔しようっていうならァ、押し通る!」

 

 私の目の前で、二人はケンカを始める。

 茫然と立ちすくんで、私はそれを見つめた。

 

 なんだか、私は蚊帳の外だ。

 少し暇になったから、カナエちゃんの方を覗き見する。

 

 携帯していた血はあげたけど、飢餓状態になって、妹のことを食べていないか少し心配だった。毒は、よくわからないけど、克服するのにも体力を使っただろう。

 

 飢餓状態になって家族を食べたら、鬼にした相手を逆恨みすることがある。私は、カナエちゃんに恨まれたくはなかった。

 

「しのぶ……やっとわかってくれたのね……」

 

「……姉さん」

 

 二人は、涙ながらに抱き合っていた。

 経過がまるでわからないが、仲がいいのは良いことだった。

 あれだけ否定されていたのに、どうやって、仲直りしたのだろうか。少し気になる。家族の絆とか、そこら辺かな。

 

「どけェ、冨岡ァ!」

 

「不死川、剣を収めろ。無駄な戦いはやめるべきだ」

 

 こっちはこっちで、なぜ戦っているのか。

 この、『上弦』の『弐』の私の目の前で……ちょっと、心配になる。ただ、どちらとも私の行動には目を光らせているから、油断ならない。

 

 カナエちゃんと言い、この人たちと言い、個性が強くないと、鬼殺隊って、柱にはなれないのだろうか。

 

 そう考えていると、ふらっと、カナエちゃんの方から、カナエちゃんの妹がやってきた。

 

「ふふ……あはは……。冨岡さん……。不死川さん……。姉さんに、ハツミさんは良い鬼です。帰って、御館様にそう報告しましょう? ああっ……きっと、姉さんたちが、ふは……鬼と人と仲良くできる世界を作ってくれるんです!」

 

 争っていた柱は、二人、それを聞いて手を止め、ぎょっとした表情で、カナエちゃんの妹を見つめる。

 

「頭でもおかしくなったのかァ? アイツ」

 

「……正気じゃない」

 

 二人とも、カナエちゃんの妹に起きた変化に、戸惑いを隠せない様子だった。

 

「酷いじゃないですか……ぁ。二人とも……ぉ。ふふ……私がおかしいみたいに……ぃ。私、二人のこと嫌っちゃいますよ……ぉ?」

 

 カナエちゃんの様子を窺えば、やり遂げたように、とても満足そうにしている。

 わけがわからなかった。

 

「……あっ」

 

 この混沌とした状況で、いち早く動いたのは、冨岡義勇だった。

 独特な歩法でカナエちゃんの妹のもとに近寄ると、一瞬でカナエちゃんの妹の意識を奪う。

 冨岡義勇が速かったというよりも、カナエちゃんの妹の動きが鈍かったように感じられる。

 

「冨岡くん、酷いじゃない。もうちょっと、女の子は丁寧に扱うものよ?」

 

「花柱……胡蝶になにをした……?」

 

「なにって、話し合いをしたのよ?」

 

 カナエちゃんは小首を傾げる。ジッと二人は見つめ合った。

 

「よそ見してるんじゃねェ!」

 

 ――『風の呼吸・弐ノ型 爪々・科戸風』!

 

 遮る相手がいなくなったからか、風の柱は私に攻撃をする。

 迫る風の刃を避ければ、その先には構えの動作をした風の柱がもうすでにいる。

 

「さすが柱ね」

 

「不死川……!? やめろ!」

 

 ――『風の呼吸・陸ノ型 黒風烟乱』!

 

 私の頸に刃が到達する。

 風により頸の周りの肉が削がれ、血が舞う。だが、私の頸の硬さは『上弦』で一番だ。そんなに、簡単に斬られはしない。

 

 そして、私の血鬼術が届――

 

「チッ、面倒な術だなァ!」

 

 ――かない。

 

 私が術をかけきる前に風の柱は跳んで離脱した。

 

「不死川……気付いていたのか」

 

「冨岡ァ。テメェは、もう少し、わかりやすく伝えやがれ。それと技のキレがねェ。もう限界なんだろォ?」

 

「お前の強烈な攻撃を受けたのがトドメだった」

 

「それはテメェが……」

 

 売り言葉に買い言葉と、口論が続くと思ったが、風の柱は言葉を飲み込む。

 

「…………」

 

「もういい。テメェは、そいつを連れて逃げろ。ここは俺がァ、引き受ける」

 

「だが……」

 

「俺の風なら触れずに削れる。こいつの足止めなら、俺以上はいねぇだろうがァ! それに、今のテメェは足手纏いだ」

 

 そう言い切って、私の前に立つ。

 なるほど、風の刃だけを使って、私のことをちまちま削ろうって魂胆か。確かに、足止めならこれ以上はない。

 

「すまない。不死川……」

 

「チッ……さっさと行きやがれ……。それとも、まだなにかあるのか?」

 

「……不死川。必ず生きて帰ってこい」

 

 そう言って、カナエちゃんの妹を担いだ冨岡義勇は走り去っていく。

 

「……当たり前だろうが」

 

 風の柱が睨みを利かせて、私は追うことができない。

 カナエちゃんはというと、呑気に手を振っていた。

 

「カナエちゃん、カナエちゃん! ここがバレるのは嫌だから、追って欲しいんだけど」

 

「ハツミちゃん。しのぶもわかってくれたし、御館様は物わかりの良い素敵な人だから、きっとわかってくれるわ? だからなにも、心配いらない」

 

「……そう……なんだ」

 

 おのれ、産屋敷……。

 カナエちゃんは完全に信頼している。きっと、動いてはくれないだろう。

 これが終わったら、無惨様に空間を移動する血鬼術の子を借りられるよう頼みに行こう。

 

 もう、こうなったら、この風の柱も逃しても良いのだが、どうしよう。もう帰ろうかな。

 

「チッ、『上弦』は殺せなくともォ、花柱――( )胡蝶カナエ、テメェだけは殺していく。これはァ、ケジメだ」

 

 そう言うと、風の柱は自身の腕を、刀で傷付ける。だらだらと血が流れる。

 自傷だなんて、頭がおかしくなってしまったのだろうか。傷痕が残ってしまうくらいには深い傷に思える。

 

「なんのつもり……?」

 

「猫に木天蓼、鬼には稀血……」

 

 匂いが漂う。()()の血とは毛色が異なるが、とても良い匂いだった。

 

「あ、あれ……?」

 

 なんだか、頭がフワフワとして、飲んだわけでもないのに酔っているような気分になる。

 

「俺の血の匂いで、鬼は酩酊する。稀血の中でもさらに希少な血だぜ。存分に味わえ!」

 

 カナエちゃんを見る。凄い形相で、流れる血を凝視して、今にもかぶりつきそうだった。

 とりあえず、蹴り飛ばして、匂いの届かない遠くに追いやる。このまま襲って殺してしまうというのはとても困るからだ。

 

「あぁ……とても良い、あなた……とても良いわぁ……。天然物でこれほどなんて、思ってもみなかった……ぁ」

 

 ()()のお婿さんにしてあげよう。

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