稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 どうしようのない飢餓に、こらえきれない孤独。それが私の、人間だった頃の記憶。




親愛なる

「天然物ぉ? どういう意味だ」

 

「そのままの意味よ? 私の里では、稀血どうしを掛け合わせて、より、美味しい血の子ができるように、何世代もやって来たの」

 

「チッ、胸糞悪りィ……。家畜でも飼ってるつもりかいィ」

 

「ふふ、あなたとは、ちょっと異なるけど、匂いを嗅いだだけで頭が冴えておかしくなってしまう血を持つ子もいるのよ?」

 

 ()()のお婿さんにする。

 そう決めたが、どうやって捕らえようか。

 

 相手は風で攻撃をする風の柱。血の霧を吹き飛ばし、私を斬り付けないとなると、正直、結界の中に入れて、身体を壊すくらいしかない。

 

 ()()に苦労をかけたくはないから、手足をもぎ取るのはなし。

 苦労していると、血が美味しくなくなるのだ。

 

 だからというか、里の子が心労をかかえていれば、私にはわかる。

 悩んでいる子に、そっと声をかけて聞いてあげるのも、美味しい血を飲むために必要なことだ。

 まあ、これでも長生きをしているから、年の功で、悩みの解決もそれなりにはできると自負している。

 

 それはともかくだ。

 空を眺める。今から結界を貼るんじゃ、おそらく日の出までには間に合わない。

 

 里に誘い込むか……いや、そういえば、カナエちゃんと戦った時に貼ろうとしていた結界があった。これを使おう。

 

 逃げて行った冨岡義勇と、それに担がれて行ったカナエちゃんの妹の捜索にも使えるかとも思ったが、展開した時には範囲外か。

 それに、離れていては精密な身体の破壊はできないから、間に合ったとしても、カナエちゃんを怒らせてしまう。こっちはもう諦めよう。

 

 ――『風の呼吸・壱ノ型 塵旋風・削ぎ』!

 

 狙いは私ではなかった。私の横をすり抜けて、カナエちゃんの方へと風の柱は突っ込んでいく。

 私が蹴飛ばしてから、カナエちゃんは倒れたままだ。少しまずいかもしれない。

 

 ――『死血霧舞・水雷』!

 

 肉体変化で鋭い武器を作り出して、投げつける。

 

 ――『風の呼吸・参ノ型 晴嵐風樹』!

 

 風が巻き起こり、私の投げた武器の軌道を逸らす。

 もちろん当てるつもりはなく、足止めのために放ったのだが、しっかりとカナエちゃんの方へと向かう風の柱の邪魔をできた。

 これでカナエちゃんに余裕ができただろう。カナエちゃんが立ち上がる姿が見える。

 

「……不死川くん……。稀血だって知ってたけど……こんなに美味しそうだなんて……知らなかったわ。なんで、もっと早く言ってくれなかったの?」

 

 涎を垂らしながら、足取りはとてもフラフラして、戦えるようには思えなかった。

 

「チッ……すっかり鬼になりやがって……。花柱さんよォ……!」

 

「別に鬼になることは悪いことではないわ? 最初は少し戸惑ったけど、私にとっては、すごく素敵なことだったの。仲良くしましょう、不死川くん……ぅ。あはは……私、不死川くんの血が飲みたいわ……」

 

 カナエちゃんは、千鳥足で、すっかり出来上がってしまっている。

 そんなカナエちゃんに、風の柱は容赦がなかった。

 無慈悲に刀を頸に振るう。

 

「……死ね……」

 

「……嫌……っ」

 

 だが、カナエちゃんは酔いながらも自分の刀で身を守った。

 斬撃を防いで、覚束ない足取りで、後ろへと距離を取る。

 

「チッ……」

 

「酷いじゃない、不死川くん。冨岡くんもそうだったけど、同じ柱でしょ……? 私のこと、そんなに信じられないの……ぉ? 私、傷ついちゃったわ……ぁ」

 

「ああ、そうだぜェ? 鬼の言うことなんて、信じられねぇに決まってるだろうがァ」

 

 そんな風の柱に、カナエちゃんは酔って情動の制御がまともにできなくなっているのか、泣きながら言葉を返す。

 

「酷いわ……。そんなの思い込みよ! 良い鬼か、悪い鬼かもわからないなら、柱なんてやめちゃえばいいわ……ぁ」

 

「なら、テメェは、人を喰らう悪い鬼だなァ! オレのことも、食うつもりだろうがァ。とっととくたばりやがれ」

 

「私は、血を飲むだけだものぉ……っ!」

 

 言い争いながらも、カナエちゃんは、風の柱の攻撃を捌いていた。

 

 酔っていても、対等に戦えているのは鬼の力のおかげか、ああ、それに加えて、素の実力ではカナエちゃんの方が上、なのかもしれない。

 そうでなければ、ここまで互角には戦えないだろう。それくらい酷い酔い方だった。

 

 それにしてもだ。

 私たちの足止めで、この風の柱は残ったはずなのだが、相手にしているのはカナエちゃん一人。私は放置されている。

 カナエちゃんの妹たちを追いに行っても良いのだけれど……いや、私は是が非でもこの風の柱を捕まえたい。()()のお婿さんにしたい。

 

 なるほど、私がこう思ってしまうことを、この風の柱は読んでいたのか。憎らしい。

 そんなに、()()のお婿さんになりたいのか。なりたいのか。

 

「ねえ、風の柱の不死川さん。私の里で暮らさない? 里の中だけで暮らすことになるから、少し不自由かもしれないけど、一生、食べるには困らせないわよ? 私の血鬼術で、害獣も襲って来ないし、流行病の心配もない……なにより、鬼は私が退治するから里には来ないわ! お嫁さんも、とても気立ての良い子よ? 私、とても良い提案だと思うのだけれど?」

 

「……くだらねぇ。テメェらの御託に付き合う気はねぇよォ」

 

 風の刃が飛んでくる。カナエちゃんと戦いながらも、こちらに牽制をいれるくらいの余裕はあるのか。

 

「不死川くん……。不死川くんは、とってもいい血を持ってるから、協力してくれれば、私たちの夢にも、とても近付くと思うの……ぉ。えへへ……私が味見しちゃうわ……ぁ」

 

 カナエちゃんはもうダメだった。

 風の柱の血にやられて、酔って理性がほとんど利いてなさそうだ。目の前の男を食べたくて仕方ないのだろう。

 

「花柱……。テメェはこれでぇ、終わりだぜ……ェ!」

 

「あっ……」

 

 風の柱が、カナエちゃんの刀を弾く。

 酔って、握力も落ちていたのか、カナエちゃんの刀はそのまま手からすっぽ抜けると、飛んで行った。

 

「鬼は殺す。それが昔の仲間であってもォ……絶対だァ」

 

「酷い……っ! 不死川くんの分からず屋ぁ!」

 

 丸腰になったカナエちゃんに、無慈悲な一撃を風の柱は与えようとする。

 少しまずいかと、私は援護を加えようとした。

 

「……!?」

 

 だが、その一撃を与える寸前に、風の柱はタタラを踏んで攻撃を中断する。

 

 その隙を突いて、カナエちゃんは風の柱を押し倒した。

 鬼の力に、呼吸での身体強化が組み合わさっている。呼吸だけを使う風の柱では、どうしたって力負けする。

 

「ふふ……とっても良い匂い……。食べちゃいたいくらい……。少しくらいならいい……?」

 

「テメェ……!?」

 

 言うが早いか、カナエちゃんは風の柱に齧り付いた。

 風の柱の肩口に傷ができるが、カナエちゃんはないような理性でも加減をしたのか、肩の骨まで砕けている様子はない。肉にギリギリ届いている感じだ。

 

「……んぅ。……ふぅ……」

 

 噛み切った肉をゴクリと飲み込むと、自分で付けた傷口に、カナエちゃんは口をつける。そのまま、ずるずると血を啜る。

 とてもずるい。

 

「んぐ……がぁ……。テメェ……離しやがれ」

 

「ん……はぁ。んんぅ……ふはぁ……」

 

 もがく風の柱の言葉なんか無視して、カナエちゃんは傷口に吸い付いて離れない。このまま放置すれば、ずっとくっ付いていそうだった。

 カナエちゃんを離さないと、少しまずいか。止血もしないといけなさそうだし。

 

 そうこう考えているうちに、結界が完成した。

 

 ――『死瘴結界・蝕害』。

 

 まず、風の柱を捕まえているカナエちゃんを無力化する。

 

「あ……」

 

「このォ……。鬼がァ……」

 

「や……」

 

 力の緩みを見逃さず、風の柱はカナエちゃんを突き飛ばした。傷ついた肩を押さえながら立ち上がる。

 

「テメェ……。やりやがったなァ……」

 

「あはは……不死川くん……。今、私、とっても気持ち良いの……」

 

「チッ……今度こそ、終わりだ……」

 

 そうして寝そべっているカナエちゃんに、風の柱は刀を振るおうとする。だが、ダメだ。

 

「そう、終わりね……」

 

 ――『死瘴結界・(ちょう)(きょう)』。

 

「が……」

 

 そうして、風の柱は剣を手放し、頭を押さえる。

 私の提案に乗ってくれなさそうだったし、こればっかりは仕方がない。

 

「…………」

 

「テメェ……何……しや……がった……」

 

 苦しみながら、風の柱はそう尋ねてくる。まあ、これから私の里で暮らしてくれるよしみだし、教えてあげようか。

 

「ん? 頭を壊しているの。これから、記憶を失ってもらうわ」

 

「記憶……だと……」

 

「今のままじゃ、私の里で暮らしてはくれなさそうだし……」

 

 今付いている傷は、()()に看病させてあげるんだ。そうすれば、自然と二人の仲も深まって、祝言をあげた後も、滞りなく子どもができる。

 

「ぐ……まだだ……まだ……」

 

「ふふ、もうちょっとよ? もうちょっと。余計なところを壊さないように、私、今、頑張ってるんだから」

 

「……ク……あ」

 

 地面を這いつくばりながらも、落とした刀に手を伸ばしている。

 なかなかに根性がある。見直した。

 

「危ないから、これは私が預かっておくわ」

 

 私が刀を拾うと、怖い顔で私を睨む。

 元気なことだ。

 

「ぜってぇに……テメェは……オレが……殺して……やる……」

 

「そう。頑張ってね」

 

 そう言い捨てたのを最後に、風の柱は地面に力なく伏す。これから、この子には、()()と幸せになってもらわなければいけない。

 

 もし記憶が戻ったとしよう。()()は私を信奉しているが、果たして、そんな()()と結ばれて、私を倒すという選択ができるのかどうか、見ものだ。

 

 記憶を失くしたこの子を担いで、次はカナエちゃんに声をかける。

 

「カナエちゃん……動けそう……?」

 

「ふふ、ハツミちゃん……。とっても気持ち良いの……。ずっとこうしてたい……」

 

「…………」

 

 地面に寝そべったままカナエちゃんは動こうとしなかった。意識を手放そうとしている。

 このままでは、もうすぐ昇る太陽の光により、焼き殺されてしまう。

 

「ハツミちゃん……ぅ」

 

「……はぁ」

 

 どうせ、酔ってるだけだし、頭がスッキリとする血でも飲ませれば、少しはまともになるだろう。

 とりあえず、記憶を失っているこの子を置いてきて、血を持ってこようか。

 

 ああ、後で無惨様のところに報告に行かないと。

 

 

 

 ***

 

 

 

 私は変装をした。人間への擬態である。

 ちゃんと髪も黒くしたし、今は眼に刻まれた『上弦』の『弐』の文字もなく、人間と同じ黒い瞳になっている。

 ()()に着物を着せてもらい、大人っぽくおめかしもした。

 

「月彦さん……!!」

 

 目当ての男性がやって来たから声をかける。

 ちょっと大きいお家の客間で、私は待たせてもらっていた。使用人たちは、私にとても親切だった。

 

(ハツ)()か……。何の用だ」

 

「報告があって参りました……」

 

「わかった。……部屋を移るぞ?」

 

 ついでに使用人に、寝室には誰も近付けるなと命令をなされた。

 使用人も、大した言及はしない。

 

 そうして私は寝室に連れられていく。扉を閉め、密室に。声を潜めて会話をする。

 

(ハツ)()。用件はなんだ……。くだらぬ用件で来たわけではないのだろう」

 

「はい……無惨様……」

 

 現在、無惨様は月彦と偽名を使って、小さな貿易商を営んでいた。日光を鬼が克服する道への資金集めに情報集めが主な狙いだ。

 

 私の里も、わずかばかりだが金銭的な支援をもらっている。表向きでは、私が妻で、単身、東京へと出稼ぎに向かった中、置いて来た家族のいる故郷へと仕送りをしている、ということになっているそうだ。

 

「…………」

 

「まずは、これを……」

 

 小瓶に入れた血を無惨様へと差し出す。()()のお婿さんの実弥くんの血だ。

 

 無惨様は無言で受け取る。

 まず、瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。

 

「……!? これは……!?」

 

「先日、捕えました柱の血でございます」

 

 平伏して、そう告げる。

 

 そう答えると、無惨様は瞠目して私をみつめながら、血を口に運んだ。

 まず一口、舌の上で転がして味をゆっくり堪能すれば、次は喉を鳴らして、瓶の中身を一息に流し込んだ。

 

「ふ、ふはは……。よくやった(ハツ)()! やはりお前は特別な鬼だ……。私が見込んだだけはある……」

 

「身に余るお言葉……光栄の極みにございます……」

 

 私は涙を流してしまう。こんなに褒められるだなんて、とても嬉しくてたまらない。無惨様に仕えていた今までが報われるような気分になる。

 

(ハツ)()。それはそうと、いつもの血だ。持って来ているのだろう?」

 

「はい、ここに……」

 

 私はもう一つ、小瓶を無惨様に差し出した。

 これには()()の血が入っている。

 

「フン……」

 

 私から血を受け取ると、これまた一気に飲み干した。

 目を瞑り、数秒、飲んだ血が精神にもたらす効能を楽しんでいるようだった。

 

「…………」

 

「……打ち消し合うと思ったが……なかなかに合うものだな。……(ハツ)()。お前は今まで通り、村の稀血の人間どもの、質の向上に努めるのだ」

 

「はい……無惨様」

 

「私が太陽を克服した暁には、お前の村に居を構える。(ハツ)()、昔のように穏やかに暮らそう」

 

「はい。その時を楽しみに待ち望み、日々精進に励みます」

 

 昔、縁壱にやられた後の話だ。

 無惨様を私の里に匿ったことがある。その時の暮らしを無惨様はいたく気に入ってくださり、度々、太陽を克服した後の展望を語ってくださるのだ。

 

 そうして、まだ立ち去らない私を、無惨様は訝しげに見つめる。

 

「……まだ、なにかあるのか?」

 

「無惨様……ご報告がございます……」

 

「言ってみろ」

 

 失望されるのが恐ろしい。もし、そうなら、私の命はここまででいい。

 それでも、伝えるしかない事実だ。

 

「私の里の位置が、鬼狩りどもに把握されました……」

 

「なに……っ!? なぜ、今になって見つかった……! なぜだ? お前の存在を知った者は全員殺せばよかっただろう?」

 

 無惨様は怒りをあらわにならせらるる。

 私は涙を流して釈明をする。

 

「最初やって来たのは柱でした……。鬼にして、ことなきを得たと思ったのですが、その柱を探して、また別の鬼狩りが……。倒せども、やつら、蛆虫のように涌いてくるのです……っ」

 

 私の言葉を聞いて、無惨様はその表情を怒りから同情に変えた。

 そして、おっしゃった。

 

(ハツ)()。柱は何人倒した?」

 

「はっ……。二人でございます……」

 

 カナエちゃんに、珍しい稀血の子。一応、これは倒したということでいいのだろう。倒したというよりは、味方にしたと言った方が正しいか。

 

「ならば、そのまま柱を引き付け倒せ……。なに、私の次に古い鬼のお前ならたやすいことだ」

 

「無惨様……。鬼狩りどもに、縁壱のような者がおらぬとも限りませぬ。あの男は覇気もなく、殺気もなく、一目見ただけでは強さもわからない。私は、あの男が恐ろしいのです……。もうすでに場所は割れているようで、次は確実に私を殺そうとするに違いありません……」

 

 カナエちゃんに聞いた限りでは、そんな隊士はいないということだったが、無惨様を倒すためにも、小狡い産屋敷の奴らが存在を隠している可能性があった。

 聞いた話では、私たちを倒すために、奴らは手段を選ばないそうじゃないか。今まで散々鬼を追い回して来たあの産屋敷ならやりかねない。おのれ、産屋敷……。

 

「あんな男が、そうそう居てたまるものか……。だが、場所が割れているのなら……柱が複数やって来るということもあり得る……のか。同時に相手をすれば、さすがのお前でも厳しいか……」

 

「はい。四人ほどまでならおそらくは……ですが五人以上となると……」

 

 縁壱以前に、結界の外でたくさんの柱に虐められたら、私だって生きているかはわからなかった。

 場所が分かっている以上、そうなる可能性もある。

 

 頸さえ斬られなければ、複数相手でも結界で時間切れを狙えるところが私の強みでもあるが、常に攻撃を受け続ければ地面を通した間接接触は狙えず、血の霧も風を使われれば無力。

 能力がバレている状態で、私の頸を斬れるような力を持った柱が、連携をして襲ってきたら、たいぶ怪しい。

 

「お前が死ねば……お前の村は鬼狩りどもに押さえられる……。ならばお前は結界の中に篭るのだ……結界の中ならば襲われる心配もないのだろう?」

 

「はい。無惨様……。ですが……結界の中に居るだけでは……里を維持する資金の調達がままならないのです……」

 

「…………」

 

 里の人たちに配る食糧だって、服だって、お金を払ってもらっている。

 お金の調達ができなければ、貯蓄したものでも、たかだか十数年しか里を存続できないのだ。

 

「無惨様……ぁ。私に、長距離を一瞬で移動できる能力でもあればよかったのですが……そんな能力もなく……」

 

「白々しい。鳴女を貸してほしいのだろう?」

 

「……はい」

 

 私の目論見は、心を見透かせる無惨様にはお見通しだった。

 そんな私を見て、無惨様は少しお考えになっているようだ。

 

 不興を買っていないか、私はソワソワしながら待った。

 そして、無惨様は結論をお出しになられる。

 

「……分かった。鳴女はあとで手配する。用件はそれだけか?」

 

 無惨様に、良い血が手に入ったから飲んでもらいたかったのと、遠くまで簡単に行ける血鬼術を持った鬼の子を貸してもらうの、用件はこの二つ。これで全てだ。

 

「はい……以上でございます……。では私は、これにてお暇を……」

 

「待て、(ハツ)()。血を啜り、肉を喰らい……前にも増して強くなったようだな……?」

 

「は、はい……。無惨様……」

 

 毎日、血を飲むことを欠かしていないし、里の人に死人が出れば、私はそれを喰らう。鬼として、強くなっているのは当然だろう。

 

 無惨様は、満足げに微笑んだ。

 

「ならば、前よりは耐えられるだろう……」

 

 そっと、無惨様は私のことを抱きとめる。

 

「…………」

 

 私は緊張をして、言葉が出ない。

 無惨様は私の胸元に手を入れて来る。

 

「私の血を与えてやる……」

 

「ん……あ……」

 

 心臓が潰された。

 そして私の心臓を潰した無惨様の手から、血が溢れて私の全身に流されていることがわかる。

 

「気分はどうだ……? (ハツ)()

 

「……ああ……。む、無理……。い、痛い……。痛いです」

 

 全身が悲鳴を上げていた。無惨様はいつにも増して私に血をお与えになっている。

 会うたびに無惨様は血をわけてくださっているが、今日ほどではない。

 

「いつもは加減をしてやっているのだ。その分だと思え……」

 

「うう……。死んで……しまいます……ぅ」

 

 全身が痺れるように言うことを聞かない。

 無惨様の血により、体が作り替えられていることがわかる。より鬼らしく。

 鬼になる前から、人間らしさなど捨てていた。無惨様に鬼にされて、私は救われた。だから、そうやって体が作り変わることに恐怖はない。

 

 だが、いつもよりも多い血の量に、私の本能は危機感を訴えて来る。私の身体は、肉体操作で、私の血ごと無惨様の血を排出しようとした。

 

「一滴も溢すな……」

 

「は……い……。ふぅ、はぁ……。う……ぅ、んぐ……」

 

 すんでのところで、無惨様の声かけにより愚かな行動を理性で抑え込んだ。

 大丈夫……この量の血でも、人間から一番多く栄養を摂っている私なら耐えられる。無惨様は私に与える血の量を決して見誤らない。

 

 血が体に馴染んでくる。

 こうなると、痛みもほどほどに、順応を果たし、生物としてより完全に近づけたという超越感にまどろみ、酔いしれ、興奮を感じる。

 ああ、これでまた一つ、無惨様に……。

 

「どうだ? (ハツ)()

 

「心地いいです。ひゃ……。とても幸せ……です……」

 

 こうして与えられた血の量は、鬼から搾り取った血から得られる無惨様の血の量を遥かに超える。

 人から栄養を摂るたびに、私には無惨様が血を注いでくださる。その度に無惨様は、強い鬼を作るとき以上の血を注いでくださっている。

 

「意外と耐えられるものだな……。いや、死なれても困るが……」

 

「無惨様ったら……」

 

 死なれても困ると言われて、私はとても嬉しかった。

 無惨様が、私の生死を、気にかけてくださっている。なんて私は幸せ者なのだろう。

 

「お前は、あの珠世と違い、呪いがなくとも裏切らない。私が信頼する者などお前だけだ。お前は特別な鬼だ。私はお前に期待している」

 

「そんな……私には勿体ないお言葉です……」

 

「ほう、私の言葉が間違っていると言うのか?」

 

「……間違ってなどいるはずがありません。無惨様にお褒めいただき舞い上がり、私がおかしくなったのです!」

 

 平生ならば、無惨様の言葉を否定するなど有り得ない。

 おののいて、過去の自分を振り返る。

 

「まあ、いい。だからこそ、不満なのだ……なぜ、お前ではなく、あの黒死牟が上弦の壱なのかと……」

 

「…………」

 

「お前が私を匿っていた間、あの男はどうしていた? 私のことなど気にもかけず、縁壱から逃げ回っていたそうではないか……」

 

「…………」

 

「問えば、無惨様が……巧妙にお姿をお隠しになられていたゆえ……だ。私の部下なら、私を見つけられて当然だろう……?」

 

「はい」

 

 当時を振り返る。

 私は、必死に散らばった無惨様を見つけて、安全なところまで運ぶという大役を果たしたのだ。

 

 一度は、縁壱と戦った身。

 あの男が私の里に再び襲来すれば、少し危うかった。だが、私が死ねば私の里の人たちがタダでは済まないと分かっている以上、下手な動きをしないだろうと、無惨様を里で匿ったのだった。

 

 最中、私と同じく無惨様の(そば)で仕えていた珠世ちゃんがやってきて、無惨の呪いが弱っている、一緒に無惨を倒しましょうと持ち掛けてきたが、私は本気にしなかった。

 そしたら後で、無惨様の呪いから逃れて、無惨様を倒すために活動をしていると言うのだから驚いた。

 

「早く強くなれ、(ハツ)()。そしてあの黒死牟を『上弦』の『壱』から引き摺り下ろせ……」

 

「はい、無惨様。あの『上弦』の『壱』も、縁壱も倒せるくらいに強くなって……私、無惨様のお役に立ちます……!」

 

「…………」

 

 私の宣言を聞いて、なぜか無惨様は微妙な表情をした。なぜだろうか。

 無惨様のためならば、私、どこまでも強くなれる気がする!

 

「では、無惨様。そろそろ私、お暇します」

 

 夜明けまでにいかなければならないが、ずいぶんと話し込んでしまった。

 

「待て、(ハツ)()。一日は留まっておけ……」

 

「はい……?」

 

 今まで、そんなことを言われたことはなかった。無惨様の仰ることだ。きっと、私にはおよびもつかない理由があるのだろう。

 

「血を与えたばかりだ。あまり体調が優れないだろう? その状態で帰せば、私の外聞が悪い……。最近、気がついた」

 

「なるほど……」

 

 このままなら、少し、フラついた状態で帰ることになる。通うたびに、いつもそれが続けば、無惨様が要らぬ誹りを受けるわけか。

 

「いいか? お前は私の妻だ。くれぐれも疑われることのないように振る舞え」

 

「はい、月彦さん」

 

 そこから一日、私と無惨様は仲の良い夫婦を演じた。

 使用人たちに、とても良くしてもらえたのだが、結果、帰る時間が予定よりも先に伸びてしまった。

 

 だからだろう。帰った時には、里の子どもたちが数人、行方不明になっていた。

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