稀血をよこせ、人間ども 作:鬼の手下
非難の目を避けるためにも、仲の良い夫婦を演じる必要があった。
「
無惨様の手下の移動する術で里に帰った私を待っていたのは、泣き崩れる親たちだった。
子どもが行方不明になるという事件は、昔もあった。百年以上前が最後になる。無惨様に上弦の鬼が倒されたからと、無惨様のお城に呼ばれた後のことだった。
子どもの好奇心というのは際限がない。言いつけを守らずに、結界の外に出ようとしてしまうというのも、結構な頻度で起こることだ。
普段なら、里の外に子どもが出て行ったことも、私の能力で感知することができる。そうして、里の外へ出て、そこからさらに結界の外へ出て行かないよう、私の屋敷にいる大人たちに伝えて、連れ戻しに行ってもらう。
それがこの里でのよくある光景だ。
里の外に出ようとすれば、大人たちが駆けつける。
大抵の子どもは、勝手に里の外に出ようと試み失敗するか、里の外に出た子どもがすぐに連れ戻されるところを目撃する。私の力をそうやって実感する。
とはいえ、私が昼間、里にいないと、子どもが里の外に出てしまっても、伝えることができない。
結界の外に出たからと言って、そのままどこかに行く子はいない。ほとんどは帰ってくるのだから、そこまで心配はしていなかった。
私が一日中里にいないことは十年に一度もないし、普段なら、帰って来た後で私が直々にお説教をしてあげて終わる。
昼間なら、鬼に襲われはしないだろう。迷子か、あるいは獣に遭って殺されてしまったか。
最近は、こういうこともなかったから、私も気が緩んでいた。
「いなくなったのは……いなほと、なえの姉妹? あとは……こうじろうくん?」
「いえ、いなほは無事です……。なえが……」
「……こうじろうのやつ……なえちゃんを連れて……」
なんとなく事情は理解した。あの子たちは、味の質も近いし、仲も良かったから、将来は
こうじろうくんの親は、自分の子が、他人の子を巻き込んでしまったと思ったのか、罪悪感を持ってしまっているようだった。
これはいけない。味に響く。
「あなたたち。子どものことがとても心配なんでしょう。それだけで苦しいのに、自分のことを責めるなんていけないわ。……大丈夫。私に任せなさい?」
「はい……
「お願いします……」
「とにかく、あなたたちは休みなさい。私が帰ってくるまで寝てないのでしょう? もう十分だから、ゆっくりお休みなさい?」
迷子なら、ともかくとして、獣にやられてしまっている可能性を考えると、頭が痛い。
死体を、私の血鬼術で探すことは難しい。とにかく、新しく結界を張って、感知。それを繰り返すしかないか。
それはともかくとして、尋ねなければならない者がいた。
その者は、私が里に来てから、隠れるように私の様子を窺っていた。
無惨様のところに行く前に、洗濯はしたから、今は血に汚れていない綺麗な蝶の羽織りを着ている。
だから、私は、そっちへと視線を向ける。
「……私じゃ、ないわよ?」
「本当に食べてない? カナエちゃん?」
正直、不安だった。
私が見ていないと、カナエちゃんが里の人を食べてしまう。そんな可能性を考えなかったわけではない。
それでも、里に残して行ったのは、この子、人間の姿に擬態することが、まだ、できなかったのだ。
仕方ないから、蔵にある血を飲んでて良いと伝えて置いて行ったのに、里の子を食べちゃうとは……。
「……そんな目はやめて、お願い……。本当に私じゃないわよ? 本当よ?」
実弥くんに齧り付いたことを、私は忘れてはいない。とても、カナエちゃんは疑わしかった。
「やっぱり、血だけじゃ満足できなくなって……お肉も食べたくなっちゃったのね……。ねぇ、私の里の子のお肉は美味しかった? そうね、子どものお肉の方が、柔らかくて美味しそうだった? 女の子と男の子、どっちが美味しかった?」
「やめて……っ、ハツミちゃん。聞きたくない……っ。私は……食べて……ないの……」
カナエちゃんは耳を塞いで蹲ってしまった。これは、もう一押しかもしれない。
「しっかりと、自分の胸に手を当てて、自分自身に聞いてみなさい? 私のことは騙せるかもしれないけれど、自分は騙せないわよ? 決して、なかったことにはならないの」
「ひ……っ」
カナエちゃんは、人を殺すことを良しとしない性格なのは知っている。人間だったときは、鬼とも仲良くしたいと言っていたカナエちゃんだ。
そんなカナエちゃんが、もし里の子を殺して食べていたとしたら、それはもう、とても罪悪感に囚われてしまうことなのだろう。こうして、ワナワナと震え、みんなを騙して無かったことにしたいくらい。
「ねぇ……カナエちゃん?」
「……わからないの……」
「えっ……?」
「……わからないの。酔って、記憶がなくなっちゃってて……。気がついたら、血を飲んでた場所と違うところに居て……。それで、村の子が居なくなってるって村の人たちが騒いでて……。だから、私かもって思うと……とても怖くて……」
ポツリポツリと、己の罪を告白するようにカナエちゃんはそう語る。
なるほど、記憶がなくなるくらいに飲んじゃったか。
「ねぇ、カナエちゃん……。そんなにお腹が空いてたの?」
「不死川くんの味が忘れられなくて……。酔うだけの血を少し飲むんじゃ……足りないの……っ」
「…………」
その酔うだけの血も稀血なのだけれど。実弥くんは、カナエちゃんをこんなに我慢ができない体質にしてしまったのだ。恐ろしい子……。
実際、酔うと言っても、お酒じゃないから人間で言うところの二日酔いもない。体に悪い影響はなく、むしろ酔いが覚めたら調子が良くなって強くなるくらいだ。
やめ時がわからなくなるのも必然。というか、貯蓄を考えなければ、そこにある限り飲んでも全然問題はない。
私は我慢のできる鬼だから、日々の楽しみに毎夜少し飲むくらいで大丈夫なのだが、このままでは貯蓄もカナエちゃんに飲み尽くされてしまう気がした。
「ハツミちゃん……っ」
「カナエちゃん。ねぇ、とりあえず、我慢を覚えようね……」
「……うぅ」
我慢させると言っても、やり過ぎれば食人衝動で暴走しかねない。
閉じ込めるか……でも、カナエちゃんの力では、大抵の物は破壊できてしまう。動かないように、結界で体を壊し続けるというのは、私もカナエちゃんも消耗して、良い結果を生まないだろうというのは想像がつく。
「そうだ。地面に埋めてしまえば……」
「ハツミちゃん……?」
いくら鬼といえども、地面に埋められてしまえば、それなりの深さは必要だろうが、体を動かすこともままならないだろう。カナエちゃんの場合は、身体強化の呼吸も封じられる。
「今、埋めて、みんなが騒動を忘れた百年後くらいに掘り返せば……きっと里の人たちにも示しが付くわ……?」
「ハツミちゃん……っ!?」
目印に、〝明治何年、何月、何日、胡蝶カナエ〟と石に刻んで置いておけばいいかもしれない。
ギュッと掴んで、私はカナエちゃんのことを逃さない。
「ね……?」
「……ひっ……」
まあ、それでも、まだカナエちゃんが食べたと決まったわけではない。
子どもが私の不在に気付いて、今なら怒られずに済むと里の外に行ってどうにかなった可能性もある。
親たちが子どもがいないと気がついたのは、日が沈んで少し経ったころ。その時まで帰ってこないのは、おかしいと、里の中を探し回ったらしい。
私の結界の中の人数も、数えれば減っているから、居なくなったのは間違いない。
惜しむらくは、無惨様との一日に浮かれていて、いなくなったことに私が気付けなかったことか。これは、仕方がない。
無惨様が近くにいるだけで心が穏やかになり、私は幸せになれる。
無惨様が隣に居るというのに、無惨様以外に意識を割くという不届きな行為は、私にはできない。
「ねぇ、カナエちゃん。とりあえず、里の外で迷子になっていないか、結界を新しく広げて探してみるから、少し付き合ってね」
「……うん……」
いま、一番疑わしいのはカナエちゃんだ。この子の監視はとりあえず、続けていかなければならない。
私の結界の中では逃げられないだろうが、万が一がある。自暴自棄になって、暴れられても困るし。
結界を展開するため、里の端へと向かう。
子どもの足では、そう遠くには行けないだろうが、念のため、広く。
里の縁をぐるっと一周して、等間隔に結界を展開。一周できた頃にはちょうど一時間。最初に作った結界が出来上がる頃だ。
「ねぇ、ハツミちゃん……。これで見つけられなかったら、本当に私のこと、埋める?」
「当然よ。犯人には罰を与えないとでしょう? 冤罪だったらごめんなさい」
結界の外で獣にやられている可能性もあるけれど、そしたら私には見つけることが難しい。
嘘でも、犯人が裁かれた方が里のみんなは納得するわけだ。
そのときは、カナエちゃんに犠牲になってもらおう。
「ハツミちゃん……」
「大丈夫。百年なんて、わりとすぐよ? 掘り起こしたら、その間に貯蔵した分の血を飲ませてあげるから……」
百年、なにも食べていなければ、当然、飢餓状態になる。暴れられても困るし、ちゃんと飲ませてあげないと。
カナエちゃんは、ゴクリと喉を鳴らした。
「や、約束よ? ちゃんと血、ちょうだいね」
もう、カナエちゃんは覚悟を決めていた。潔きことだ。私はカナエちゃんを称賛する。
この子、血を餌にすればなんでもしてしまうような気がする。
いや、鬼なんてそんなものか。私だって、良い血を手に入れるために、こうして人間たちを里で育てているわけだし。
今よりも素晴らしい血が手に入るのなら、無惨様の意に
そういう意味では、とてもカナエちゃんに、同感する。
「ん? 人? でも……」
結界が続々と、出来上がっていくのだが、おかしい。
「ハツミちゃん……。見つけられたの?」
「……何人も、私の結界に引っかかってる」
「何人も……?」
なんというか、これは……。
「見張られてる?」
「見張る……?」
まだ、全ての結界を展開し終えたわけではないから確かなことは言えないが、里をぐるっと囲むように、人がまばらに存在する。
私たちがいる場所の近くに関しては、包囲する円が欠けているあたり、もしかしたら、私たちを警戒して、気づかれないようにしているのかもしれない。
結界も張ったし、とりあえず一人、行動不能にして事情でも聞いてみようか。
「見ていたなら、子どもたちが出て行ったかどうか知っているかもしれないわ? いきましょう、カナエちゃん」
「手荒な真似はダメよ。ハツミちゃん」
「えぇ……わかってるわ」
ともかく、動けなくした一人のところに私は向かった。その最中、他の人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったから、やはり私たちは彼らに警戒されていたのだろう。
見つけたのは、目、以外を口に当てた布と頭巾で隠した黒づくめの格好の怪しげな男だった。
私の術で足をやられて、座り込んでいる。
「怪我をしているのかしら……。近くに里があるの……休んで行かない?」
「お……鬼が……」
私が声をかければ、そう言って、後ずさってしまう。どうやら、私のことはバレてしまっているようだ。
「ハツミちゃん……このひと、
「隠……?」
「そう……鬼殺隊の事後処理班……。鬼殺隊の隊士になれなかった人たちが、それでも役に立ちたいから就く役割ね」
「へぇ……」
鬼狩りもどきというわけか。
なんで、そんなのが私の里の周りをウロウロしているのだろう。
その、隠とやらは、カナエちゃんの姿を認識すると、表情を怒りに変えて、すぐさま叫んだ。
「胡蝶カナエ……! この、裏切り者……! 聞いたぞ、その、イカれた思想……お前は、鬼殺隊の膿だったんだ! お前なんか、地獄に堕ちてしまえ!」
「……っ!? どうしてそんな、酷いことを言うの? 私は、裏切ってないわ」
罵声を聞いて、カナエちゃんは酷く悲しんでいるようだった。
まだカナエちゃんは、鬼殺隊の隊員であることを捨てていないし、当然だろう。
「ねぇ、聞きたいことがあるのだけれど……」
「鬼と会話するつもりはない……」
「私の里の子で、行方がわからなくなった子がいるの。私の里、ずっと見てたあなた達なら、何か知っているかもしれないと思って……どうかしら?」
「…………」
だんまりだった。
私のことを間近で見て、汗が滲んでいるのがわかる。怯えているのがわかる。
それでも、目には意志が灯っていた。
ちょっと、この男の思惑を考える。動けなくしたのは一人だけだから、仲間に伝えて運んでもらえれば逃げられたのに、逃げなかった。
いや、そもそも他の仲間は、私がこの男を動けなくした後、すぐに逃げたような。
なら、この男の目的は……。
「ああ、わかった……足止めね。他の仲間が逃げる時間を稼ぐことがアナタの役目ね……。なら、そう、アナタは失格ね。足止め失格。アナタ、喋らないし、いいわ。他にもたくさん居るみたいだし、そっちに聞こうかしら」
「ま、待て……! は、話す……だから、他の仲間は……」
「ふふ、物わかりがいいわね……」
「……くっ……」
正直に話すつもりになってくれたようだ。歩き回るハメにならずよかった。
「里から出た子はいなかった? 大切な子ども達なのよ? 居なくなって……親もとても悲しんで……大変なの。私もとても、悲しんでいるわ……」
「どうせ家族ごと食べるつもりだったんだろ……。この、鬼めっ!」
相変わらずこの男は悪態しか吐かない。まあ、最後には食べるつもりだから、この男の言い分も間違ってはない。
でも、これでは話が進まないではないか。
仕方がないか。違う人たちを捕まえよう。
「…………」
「おい、待て……話す。話すから、行くな……!」
「次に無駄口を叩いたら、仲間の命はないと思いなさい?」
これだけ脅せば、ちゃんと喋ってくれるだろう。
そうしたら、カナエちゃんが耳打ちをしてきた。
「ハツミちゃん……」
「なに、カナエちゃん」
「命がないって……」
「ただ、ちょっと脅しただけよ?」
「なら……いいのだけど……」
と、小声で二人で会話する。
鬼狩りもどきの男は、怪訝な目で私たちの動向を窺っていた。
「それで、そう。子どもたちのことは知らない?」
「ふん……。子どもなら、鬼殺隊で保護したんだ。そういう話なら聞いた。鬼の縄張りからちょうど出ていたそうだ。だから、救えた」
「え……?」
善行を語るかのように男はそう言う。私は理解ができなかった。
確かに、私は里の人たちを食べるために育てているが、これはそういう話ではない。
「鬼めっ……。はは……っ。思い通りにならずに、残念だったな……っ!」
「今すぐ場所を吐きなさい! 早く迎えに行かないと……!」
「そんなこと、俺が知るか……。うまく取り繕っていたみたいだが、今ごろ、お前の本性を知らされているだろうなぁ……! くくっ、いつか、お前を殺しにやって来るぞ!」
そうして、鬼狩りもどきは勝ち誇ったように笑った。
その態度に、私は狂気を感じてしまう。やはり鬼狩りは異常者の集団だった。
「そうね……じゃあ、アナタを人質に交渉をしましょうか……」
応じるかどうかはわからないけれど、私が思いつく限りで穏便な方法はそれだった。
「ハハ……そうはいかない」
そう言って、男は小太刀を取り出した。なんの変哲もないただの小太刀のように見える。
日輪刀でもない武器で、私のことは殺せはしない。
「そんなもの効かないわ? 諦めなさい」
「フン……こうするのさ……」
男は、
「え……っ?」
「ガッ……ハ……」
血を大量に流しながら、男は地面に倒れ伏した。
「ハツミちゃん……止血……!?」
「間に合わない……」
たとえ心臓を貫こうが、すぐに死ねはしないのが人間だ。男は血を撒き散らしながら、苦しみに悶え、のたうち回る姿を目の前で見せる。
そうして数分後、完全に息を引き取った。
鬼殺隊というものが、すごく恐ろしく思えてくる。大人しく捕まっていれば生きられたものを、なぜ、こうして自刃を選ぶのか、私にはまるで理解ができなかった。
しばし、放心してしまう。
気がついた時には、他に居た仲間は、もう撤退している。早い。この短時間に私が少し広めに展開した結界から抜けるのは、常人には無理な速度だから、身体強化の呼吸くらいは使えるのかもしれない。
連れ去られた子どもの手がかりを失ってしまっている。ムシャクシャする。
死体から、服を剥いだ。
「ハツミちゃん……なにするの?」
「なにするって……食べるのよ?」
目の前に食べ物があるなら、粗末にしてはいけないだろう。
服を剥いた後は、頭から齧りつき、頭蓋骨を咀嚼する。あんまり、美味しくない。食べても苛立ちはおさまらない。
「ハ、ハツミちゃん……」
「カナエちゃんも、要る?」
脚をもぎ取って、差し出す。
おそるおそる、カナエちゃんは受け取ると、逡巡するが、ゆっくりと口に運んだ。
「思ったより、味……薄いものなのね」
「仕方ないでしょう? 稀血ではないもの……」
カナエちゃんの舌は完全に肥えてしまっているのだろう。人間の肉なら、普通の鬼はありがたがって食べるのに、カナエちゃんにはそういう素振りが全くなかった。
「ねぇハツミちゃん……。血、持ってる?」
「持ってるけど、飲むなら、それ、食べてからに……」
「ううん。そうじゃなくて……ちょっと貸して?」
意図が読めない。だけど、カナエちゃんの言葉を聞くと、渡した方が良い気がしてくる。
昨晩、無惨様に納めたものは、出発前に特別に用意したものだから、いつ呼ばれてもいいよういつも常備していた血は残っている。
私は血の入った水筒をカナエちゃんに渡した。
「……なにするつもり?」
「ふふふ……こうするの」
水筒の血を、カナエちゃんは手に持った食べかけの脚にふりかける。
そして、美味しい血をかけた肉に、カナエちゃんは満足そうに齧り付いた。
「え……っ」
「うーん。美味しい……」
私には考えもつかない食べ方だった。カナエちゃんの食に対するこだわりに、私はとても感心してしまう。
ともかく、頭はもう食べ終わった。
両方の腕と、残った脚はカナエちゃんにあげて、私は胴体を食べる。
「はぁ……それにしても……子ども達、連れて行かれたなら、もう諦めるしかないかもしれないわ……」
「えぇ……どうして?」
私の里で生まれ育った二人だ。私の里で育ったからには問題がある。
「流行り病はなにが原因で起こるのかはわかる?」
「疫病の原因なら、細菌やウイルスよ? 鬼殺隊で医療や看護もやっていたのだから、そのくらいなら、わかるわ……」
〝さいきん〟や、〝ういるす〟がなんのことかは、私にはわからないが、なるほど、最近は人間も流行り病の原因がわかるようになったのか。
私のように血鬼術も使わずに、どうやってその正体を見破ったのか少し気になるところだけれど、今は、それはいいかな。
「まあ、要するに、小さい生き物が、人間の中に入って、生気を奪って増えていってしまうというのが、病気の原因。だから私の血鬼術で、その小さい生き物を壊してしまえば流行り病にはかからないわ。治すこともできる」
「やっぱり、ハツミちゃんの血鬼術は便利よねぇ……っ」
血鬼術で、跡形も残らないくらいにボロボロに崩してやる。
「全部壊してしまうから、私の結界の中には、その病気をもたらす小さな生き物がいない。だから、流行り病の心配もない。だけど、どういうわけか、私の結界の中で育った子達は、その小さな生き物に弱くって、外の世界に出た時、すぐにやられてしまうの……」
「感染症にかからないから、免疫を得ることができな
「…………」
なんだか、私の話をカナエちゃんはとても理解しているようだった。得意げに説明してみたが、大して驚かれることもない。少しだけ寂しくなった。がっかりした。
なにか、難しいことも言っているし……。
「ハツミちゃん……それって、いつ頃から気がついていたの?」
「だいたい四百年くらい前から……かな」
それまでなんとなく察していただけだが、ちょうど、縁壱に襲われる前の時代くらいに、結界の中で育った子は病に冒され倒れやすいことを、私ははっきり認識した。
流行り病の原因が何かということなら、血鬼術に使えるようになったすぐ後に気がついた。
物を腐らせる原因が小さな生き物ということを知り、そこから、生きている人間にも小さな生き物が取り憑いてしまうことを知ったのだ。
「ハツミちゃん……。やっぱり……鬼と人間が仲良くできたら、素晴らしい世界が待っているわ……!」
確信を得たようにカナエちゃんはそう語る。
私との会話で、なぜそうなるのかはわからないが、カナエちゃんはとても嬉しそうだった。
嬉しいのなら、いいことだろう。
「ともかく、里の周りを鬼殺隊がうろついて、拐おうとしてるって、みんなには知らせておかないとね」
「…………」
私の言葉に、一転して、カナエちゃんの表情は曇る。
私の里の子ども達を拐って、親もとから離すばかりか命の危機に追いやってしまった組織が自身の所属するところだったのだから、命を大切にするカナエちゃんは責任を感じてしまっているのかもしれない。
「カナエちゃん。カナエちゃんはなにも悪くないわ。それに、子ども達も、小さな生き物に弱いってだけで、本当に死んでしまうとも限らないし……」
「いえ、もとはといえば、私がここに来てしまったこのが原因のようなものだし、鬼殺隊を代表して、私から謝らせてもらいたいわ」
カナエちゃんは、そう言った後、手に付いた血をペロペロと舐めた。血をかけたりしていたから、どうしても汚れてしまったのだろう。
かくいう私も、内臓をほじくり出したりしながら食べたから、手が汚れてしまっている。このまま帰るのも見た目が少し良くないから、舐め取っておく。あまり美味しくない。
一応、骨も残さず食べ切っておいた。
剥いだ衣服は……持って帰ろうか。なにかの役に立つかもしれない。
食べ終わった後、カナエちゃんは血の後の残る地面にそこら辺に生えていた花を添えて、両手を合わせて目を閉じ、冥福を祈るようだった。
私も、里の人が死んで食べるときは、里のみんなの前で、食前と食後に祈りを捧げるのだけれど、今回はやらない。里の人じゃないし、やる意味もないだろう。
里の子がいなくなった苛立ちと悲しみを、私はまだ消化し切れていない。
最初にカナエちゃんに辛く当たっていたのも、苛立っていたからだ。本当に……本当に、なんでいなくなってしまったのだろう。
もう今日は夜明けが近い。
これから人間の街に探しに出ることはできない。陽が昇っている間に、遠くへ行ってしまうだろう。
「帰ろ、カナエちゃん」
「うん。そうしましょう」
私たちの足取りは、とても重かった。
***
誘拐事件から、翌日のことだ。
帰ったらすぐに私は里の大人達に伝令を出して、集会を開いた。各家の代表を集め、私の話を聞かせる場だ。
「今日集まってもらった理由は、昨日、起こった行方不明の事件のことよ?」
みんなが集まったのを確認して、さっそく私は話し始めた。
「行方不明……ィ?」
「なえちゃんと、こうじろうくんのことか……」
「見つかったのか?」
ゴソゴソと、近くの人と小声で話す声が聞こえてくる。
みんな、心配をして気になっていたのだろう。
「行方不明になったのは、私の結界を出たときに、誘拐されたからだったわ」
「そんな……じゃあ、なえは……」
「誘拐だとォ?」
「一体どうして……」
里の人たちの、騒ぐ声が大きくなる。
これを聞けば、不安が高まってしまうことが目に見えていた。
「それについては、私が説明するわ」
そうして、登場したのはカナエちゃんだ。
「だれ……?」
「確か、あれは、
「屋敷に居たやつだなァ……」
突然の登場に、里のみんなは困惑している。カナエちゃんは、ここに来てから日も浅いし、里の人たちがよくわかっていないのも理解できる。
一応、この場のことも、少しは話し合って決めたし、大丈夫だとは思うのだけれど。
「まずは謝らなくてはいけないわ。ごめんなさい。この事件は、私がここに来たせいで、私の組織が起こしたことだから、心よりお詫びするわ」
カナエちゃんは、そうして深く頭を下げる。
「…………」
「どういうことだ……こうじろうくんたちは……」
「本当に、テメェのせいなのか……ァ? だったら、許せねぇな」
やはり、ここでも困惑の声が上がる。
カナエちゃんは、そんな里の人たちを前にして、ゆっくりとよく透る声で話す。
「私たちは鬼殺隊――その名の通り、鬼を殺す組織なの。そして、鬼殺隊の役割は、鬼から人を守るということも含まれている。だから、ハツミちゃんから、子ども達を守ろうとしたのだと思うわ」
「守る? 私たちは、
「そうだ! そうだ!」
「ずいぶんと勝手な言い分じゃあねぇかァ」
里で暮らす人たちからの非難を、カナエちゃんは一身に浴びる。わかっていたことだ。
それでもカナエちゃんが、たじろぐことはない。
「私は鬼と人が仲良くできる世界が欲しいの。私はこの村のこと、とても好きよ? 素敵だと思う。だから……鬼殺隊のみんなにも、きっと認めてもらえるから……一度、ちゃんと話し合うから」
「拐われた子達はどうなる……?」
「里の外じゃ……長くは……」
「よく、のうのうと……言えるなァ、テメェ」
旗色が悪い。
まあ想定の内だ。この非難一色の場でも、私が発言をすれば、どうにでもなる。
里の人たちは、程度の差はあれ、私にとても忠実なことには違いないのだから。
「みんな落ち着いて……確かに病には弱いけれど、まだ死ぬと決まったわけではないわ。カナエちゃん……生きていたら、子ども達は鬼殺隊でどうなるの?」
「普通に暮らすこともできると思うのだけれど、たぶん、鬼と戦う鬼殺隊の隊士を目指して修行をすることになると思うわ」
あの自害をした男の言い方からして、子ども達の考えが、そうなるように仕向けられてしまうことなど目に見えていた。
私は、そう出来ることをよく知っている。
「そんな、得体の知れないものに……っ」
「チッ……子どもを拐って戦わせるとはァ、鬼殺隊ってのは、ずいぶんと外道じゃねぇか」
「
拐われた先に迎えに行くというのも、考えなかったわけではない。
そのために、カナエちゃんに、連れて行かれるならばどこかと尋ねてみたが、返ってきたのは、わからないという答えだった。
鬼殺隊から鬼が出たとき、情報を奪われて壊滅しないように、基本的には鬼殺隊になる前、どこで修行していたかはあまり話さないらしい。
そもそも、カナエちゃんが鬼になったのがバレているのだから、カナエちゃんの心当たりのありそうな場所には、もう誰も居ないと想像がつく。
「出来る限り、私も探すわ……。けれど、難しい……」
「
ただ一つ、カナエちゃんから聞いた場所で、可能性のある場所があった。
鬼殺隊、最終選別試験の
そんな場所、他には、そうそうにないだろうから、簡単には場所を変えられない。
そして、藤の花は鬼が苦手とするから、この場所だけは変えない可能性があった。
望みは薄いが、そこを狙わせてもらう。その山の頂上に、空間を移動できる血鬼術の子から転移させてもらって、結界を展開、引っかかるまでひたすら待ちだ。
干渉するのは、あくまでも拐われた里の子の反応があったときに留める他ない。勘づかれて試験を変えられてしまえば、もうなんの手がかりもなくお手上げになる。それだけはダメだ。
「出来る限りのことは、私もするわ。だから、子どもたちが間違っても里の外に出ないよう、いつもより注意していてほしいの。これ以上、拐われないためにもね」
今、出来ることと言えば、気を張って注意喚起をするくらい。やるせない思いが込み上げてくる。
いっそ、人間の集落一つを人質にとれば、とも思うが、カナエちゃんに怒られるだろうし、鬼殺隊は交渉に乗らずに私を殺すことだけを考えて動くかもしれない。
隊員が自刃するような、恐ろしい人間たちの集まりだ。どんな行動を選ぶか、私には見当がつかない。
「わかりました。
「ウチも気をつけないと……。ああ、恐ろしい……」
不安が燻る。
里の中が安全ということは変わりがないのだが、それでもよろしくないことだ。
ここ数百年、何事もなかったけれど、こうして脅威が身近にあるという状況は、味を悪くする可能性があった。
「とりあえず、今日は解散ってことで……いいよね、カナエちゃん?」
「う、うん」
鬼殺隊について、今、できることはこのくらいしかない。
これでカナエちゃんの気が済んだら、いいのだけど。
「
やはりと言うか、カナエちゃんに反感を持った者がいた。
そう進言する人がいても仕方がないだろうことは、予想できていた。
「カナエちゃんはね……私が鬼にしたから、鬼殺隊に戻れないのよ。大丈夫……ちゃんと役に立ってもらうつもりだから。この里のために働いてもらうのよ。……ね?」
「私、頑張るわ……ぁ!」
正直、このまま血を消費させるだけの生活をさせるつもりはなかった。
里の維持費を稼いでもらわないと、私は困る。
カナエちゃんは、なにを考えているのか、少し張り切っている様子だった。
空回りにならなければいいのだけど。
「…………」
私がそう言えば、皆は何も言ってこない。
この村の決定権は全て私にあるのだから、当然のことだ。
「それじゃあ、解散。子どもたちのことを、しっかり面倒見ておきなさい……?」
そうして、里のみんなはバラバラに帰っていく。
そこで私は思い出した。
みんなが帰って行く中、
「
隣には、ギョッとした表情でこちらを見る実弥くんがいる。
二人には、一緒に住んでもらっているから、こうして二人で行動しているのだろう。もしかしたら、もうそれ以上の関係かもしれないけれど。
「ふふ、ちょっと気になっちゃってね。実弥くんの調子はどうかしら……?」
「
「私は、
「すみません」
粗暴な顔に似つかわしくない恭しい喋り方だが、
私の前ではそういう喋り方をするように、口酸っぱく注意しているのを見た。
「
「わかったわ。まだ、血を抜くのはなしね……」
無惨様に持っていったあれは、傷口からちょっと貰ったものだから、まあ……。
本人ではなく
私は正確な情報が知りたいのに。
それにしても、実弥くんの身体は人間にしては、なかなかに頑丈な方だと私は思った。カナエちゃんに噛まれたところの血だって、わりとすぐに止まったし。
「
「いいのよ? ああ、それと、もうあなたたち、子どもを作ってもいいから……。本当は祝言の後って決まりだけど、今は祝い事っていう雰囲気じゃないし……もちろん、後でちゃんと盛大にやるわよ?」
本当は明日にでもやりたかったのだけれど、拐われた子の親の傷が癒えないうちにやるのは、少し憚られた。
今は、慰めてあげないと。
「は、
「俺たちが……!?」
「一緒に住まわせたのは、そのためよ? 私は、お似合いだと思うのだけれど……」
どっちも美味しい血を持っているし、すごく美味しい子どもができるに違いない。考えるだけでも、よだれが出る。
あぁ、みんなの前では、そんな、はしたない姿を見せられないから、我慢しないと。
二人はとてもお似合いだ。
「
「さゆ、なんでテメェは納得してんだ……」
私の言うことに忠実な
「さねみさん……。話は帰ってからじっくりしましょう……!」
「じっくり……ってェ、話すまでも……」
そして、
「さねみさんは、逞しくて、男らしくて、かっこよくて、とても素敵な殿方だと思いますよ? そんな人と結ばれるなんて、さゆは幸せ者です」
「なっ……!?」
はにかんで、そう言う
「さねみさん……さゆは嫌ですか?」
「……っ!?」
そして、
「私はお邪魔みたいね……。失礼させてもらうわ」
その光景に安堵を覚えて、私は退散させてもらった。
〝おい、待て〟とか聞こえた気がするが、気のせいだろう。
そうして私は、カナエちゃんのところに戻って来たわけだが、カナエちゃんは無言で彼らのことを見つめていた。
「…………」
「カナエちゃん……。カナエちゃんは、実弥くんに私が術をかけたこと、正直、怒ると思ったんだけど……」
今のカナエちゃんは、どういうわけか、実弥くんと距離を取って、なるべく近づかないようにしているようだった。
私にはそれがよくわからなかった。
「最初は、どうかと思ったのだけど……私の知っている不死川くんは、あんなふうに幸せそうに笑わなかったわ……?」
「…………」
カナエちゃんの答えはそれだった。
なるほど、
「きっと、鬼に襲われた過去を引き摺っていた……。鬼と仲良くできる世界にするのは私の務めだから、実弥くんも、もう、全部忘れて、鬼殺隊には関わらず、幸せになればいいのよ」
「それに、カナエちゃんは実弥くんの血を飲みたいのよね……っ?」
「ハツミちゃん……。意地悪言わないで……」
カナエちゃんの容疑は晴れたのだが、それでもこたえているようだった。
あれは、まあ、疑われるような状態になったカナエちゃんが悪いわけだし。
どうせ一石二鳥と思っているのだろう。私を欺こうと言ったって無理だ。あの、飲み過ぎて記憶を失ったという、惨めな告白も、私は忘れてはいない。
ともかくだ。
空間の転移できる血鬼術の子、その子に最初に移動させてもらう場所は、藤襲山になりそうだった。