稀血をよこせ、人間ども 作:鬼の手下
べん、と、琵琶の音が鳴って、私たちは山の中に降り立つ。
「ここが藤襲山ね」
鬼殺隊の最終選別の場らしい。
ちょうど、頂上に連れて来てくれたみたいだし、さっそく私は結界の展開を始める。
「最終選別……。まだ数年前なのに、ずっと遠い昔のことのように感じる。とても懐かしいわ」
カナエちゃんは感慨に浸っているようだった。
「そういえば、カナエちゃん。最終選別って、なにをするの?」
最終選別の場とは聞いていたが、ここでなにを行うのかは教えてもらえていなかった。
どうせ鬼狩りたちだ。私には想像もつかないことをしているのだろう。
「ここには、数人しか人を食べていない鬼たちが閉じ込められているわ。この山の中で、一週間生き残れば合格で、やっと鬼殺隊の隊員になれるの」
「えっ……?」
過酷すぎる。
一週間も、いつ、鬼に襲われるかわからない状況の中に放り込まれて、まともでいられる人間は、おそらく少ないだろう。
私の里の子たちは、鬼にいつ襲われるかと気が気でなく、私から離れられないというのに。
「毎回、十数人は受けるけど、数人しか合格できないのよ」
「……そう。当然ね」
一週間も、そんな危ない状態が続けば、鬼とか関係なく死にそうな気がしないでもない。
こうして、異常者の集団が作られていると思えば、納得だ。
そんな試験に、うちの里の子が挑めば、血に惹きつけられて鬼が群がり、私ではない鬼に食べられて死んでしまうことは目に見えていた。
とっても美味しい実弥くんが鬼殺隊にいたのだから、もう少し稀血にも優しい試験だと思ったのだけれど、そんなことはなかった。
手を打たなければならない。
「ハツミちゃん……? どこに行くの?」
「どこって……ちょっと鬼を間引きに行くのよ。このままでは、私の里の子が、私が助ける前に死んでしまうわ」
結界で覆うのだから、里の子が来た当日に弱らせれば良いと思わなくもなかったが、何が起こるかはわからない。私が無惨様のもとに居る日かもしれない。
念には念を入れても、損はないだろう。
「待って……大丈夫よ。ちゃんと管理されているし……ここの鬼たちは弱いの。試験の難易度を下げるのはダメ……っ」
カナエちゃんはそんな私の手を引き、止める。
「離して……カナエちゃん……。私はやり遂げないとならないの」
鬼殺隊の風習はわからないが、私の里の子たちを危険にさらすわけにはいかない。
鬼殺隊がどうなろうが、私は知ったことではないのだ。里の子が、この意味のわからない試験で命を奪われないようにするためだったら、私はなんでもする。
「こればかりは、見過ごせないわ……。この試験は、鬼殺隊にとって、とても大切なことなの……っ」
「失敗したら、鬼に殺されるのでしょう! 物騒よ!」
「危ないと思ったら、山を降りればいいの。……ね。安全でしょ?」
危ないと思った時には、もう食べられちゃっている子が大半だと思うのだけれど、どうなのだろうか。
きっと、まず、引き際を弁える能力を身につけることから鬼狩りの養成が始まるに違いない。
「それにしたって、危険よ。私は死んでほしくはないの! 死ぬ可能性があるのなら、それを削ぐのが私の役目!」
「でも、ハツミちゃん。もし、簡単な試験にして、弱い子が隊士になって、その子を任務に向かわせるのなら、みすみす鬼に餌を与えて強くしてしまうようなものでしょう? そんなこと、許されない!」
その理屈はわからなくはない。
鬼狩りとしては、きっと正しいことをしているのだろう。
「それは鬼狩りの理屈よ! 私には関係ない。カナエちゃんがなんと言おうと……バレない程度に間引いてやるんだから!」
「待って……」
カナエちゃんを振り切って、私は走る。
すぐにカナエちゃんが追いかけてくると思ったけど、そんなことはなかった。
カナエちゃんは、きっと私の言い分を理解しているのだろう。
優しいカナエちゃんのことだ。この試験で死んでしまう子たちのことを気に病んでいないわけがない。
けれど、カナエちゃんも鬼殺隊であるのだから、私の行動に苦言を呈さざるを得ないというわけか。
難儀なことだ。
「でも、どうしようかしら……」
鬼をどうやって殺すかが問題だった。
日輪刀を持っているわけでもない。まあ、持っていたとしても、私には刀を扱う技術がないから、頸に打ち付けても刀の方が折れてしまうか。
最悪、丸呑みにすればいいのだけれど、あれは下品だからやりたくない。
なにか、いい方法はないのか。
「俺は安全に最終選別を合格したいんだよ。あんな、でかくて強そうな鬼となんて戦ってられるか!」
「……!?」
咄嗟に身を潜める。
頃合いが悪く、試験の途中だったのか。
私に気付かず男の子が走り去って、闇の中に消えていった。
誰かに向かって喋っているわけでもないのに説明口調。なぜ、そんなことを言いながら走っていたのか、あからさまに不自然だった。
まあ、言った通りに強い鬼がいたのなら、間引くのが私の役目だ。その子の逃げて来た先に向かってみる。
一応、バッタリ試験を受けている子に会っても大丈夫なよう、人間に擬態をしておくことを忘れない。
「おい、狐小娘。今は明治何年だ?」
「明治……何年だったっけ……えっと……」
そこでは、手が身体中から生えているでっかくて強そうな鬼と、花柄の着物に、狐のお面を頭につけた女の子が対峙していた。
「まあいい。お前は鱗滝の弟子だろう? その面、目印なんだよ」
「……どうして、鱗滝先生のことを!?」
「知ってるさ、俺を捕らえたのは鱗滝だからな。あれは、忘れもしない四十三年前……。慶応……江戸時代、鱗滝の奴がまだ鬼狩りだった頃のことだ」
人を一人、二人食べただけでは、この鬼のように、体からたくさんの手を生やすような変化はできない。せいぜい、死なずに、傷の治りが早い程度。
この狭い中、四十三年も生き残って、人間を食べ続けてきたのだとわかる。
こんなのがいれば、私の里の子は、きっと一溜りもないだろう。
「……そんなに、長く」
「この、藤の花の牢獄で、俺は生き残った。五十人は食ったさ。鱗滝の弟子も含めてな……ァ」
「……っ!?」
女の子の表情が、目に見えて怒りに染まる。
手をたくさん生やした鬼は、讃えよとばかりに自らの行いを笑いながら語っている。その言葉に、女の子は今にも我を失いそうだった。
「前の狐は、一番強かったな……
「……錆兎っ!?」
「十一、十二……お前で、十三人目だ。鱗滝の弟子は、みんな食ってやると決めている」
「許さないッ……。お前は……っ、お前だけは……っ!?」
女の子は、涙を流しながら、怒りに任せて鬼へと向かっていく。
拙い動きだった。呼吸で身体強化をされているとは思えないほど、ゆっくりだった。怒りで呼吸が乱れているのだろう。
「クフフフ……厄除の面とか言ったか? 鱗滝の天狗の面と同じ彫り方……。それを付けているせいで、お前も俺に食われる。鱗滝が殺したようなものだ……」
「あ……っ」
鬼は、女の子の足を増やした手で掴み、逆さに吊し上げる。
足を掴んだ腕からさらに手を生やし、女の子の腕を掴んだ。
「このまま、バラバラにして食ってやる……」
「うぅ……ごめんなさい……。鱗滝先生……」
そこで私は閃いた。
この女の子を使って、この山の鬼を倒して回ればいい。名案だと思う。
そうと決まれば、やることは一つだ。
――血鬼術『死覗風浪・灰降ろし』。
「……なにが!?」
鬼のたくさんある手を全部崩す。
逆さ吊りにしていた手がなくなってしまったことで、女の子は地面に頭から落ちてしまう。
その衝撃で、頭につけた狐のお面が割れ、女の子は動かなくなった。
血鬼術で感知すれば、死んでいないことがわかる。気絶しているだけだろう。
利用すると決めたのに、危うく殺してしまうところだった。不用意だった。
「ねぇ、あなた。この山で、強い鬼を知らない?」
「……!?」
女の子が気絶している間に、お話をして、この山のめぼしい鬼にあたりをつける作戦だ。
私って冴えてると思う。
「ねぇ、知らない? 稀血の子を食べれば、五十人分くらいの栄養にはなるだろうし、あなたより強い鬼が居てもおかしくはないと思うのだけれど」
「お、お前はなんだ……。人間か……?」
「ふふ、十二鬼月の上弦の弐よ? 今は、訳あってこの山に来ているの」
「……十二鬼月? 鬼なのか……なら、さっきのは術? だが、この藤の花の牢獄に、術を使う鬼は……。まさか……!? 鬼でも、出入りできる方法があるのか!」
驚愕に染まった表情で、鬼は私のことを見つめる。
そして、何故か、その表情は喜色に変わった。
「…………」
「頼む……俺をここから出してくれ! もっと人を食って、強くなって、鱗滝の奴を殺しにいく……! フフフ……弟子を食ってやったことを教えてやるんだ。どんな顔、するんだろうなァ……」
「私に命令するつもり?」
「……!?」
不快だった。気持ち悪かった。
私にそんな感情を抱かせた時点で、この鬼に未来はなかった。
「なに様のつもり? 鬼なら、知っていて当然の私のことも知らない。まあ、それは、こんな狭いところに閉じ込められているのだから、大目に見ないこともないけれど、態度がダメね。私の訊いたことにも答えない。少なくとも四十三年は生きたのでしょう? 質問されて答えるなんて、子供でもできることよ。わからないならわからないと言えばいい、それなのに、あなたはできない」
「…………」
「それに、もっと、こうべを垂れてへりくだるべきよ。口を開けば鱗滝、鱗滝。別に、私はあなたのこと、興味ないの。死んでほしいとも思ってる。まず私を見たら、こうしたら貴女様のお役に立てますと、おもねるべきだったわ。平伏して、どうかお役に立ちますからと心の底からこいねがうべきだったの。怖いわね、こんなところに閉じ込められていると、そんな簡単なこともわからなくなってしまうくらい、頭がおかしくなってしまうのね。同情するわ。死になさい」
――血鬼術『死覗風浪・河零れ』。
「アアァアァアアア!?」
鬼の全身から血が滲み、こぼれていく。継続的に傷付けて、血を全部、吐き出させる血鬼術だ。
同時に頭も壊しているから、意識なんてなくなって、決して逃れることもできずに沈黙する。
血だまりを作って、干からびた鬼が残った。
「はぁ、こんな干物を食べるのは、趣味じゃないのよね……」
そもそも、鬼は美味しくないし、血がないからさらに食べにくくなってる。
これなら、獣の肉の方が、まだマシだろう。
まあ、今回は無理に食べる必要もないけど。血は後で、結界を通して回収しておこうか。
倒れている女の子を揺さぶる。
「……ん、んん」
「大丈夫?」
女の子が目を開ける前に、再度、擬態ができているか確認する。
感情の変化で、気づかずに解けてしまうことがあるから、度々、確認しなければならなかった。
うん、ちゃんと擬態できている。
「うぅ……ん。ここは……」
「最終選別の試験会場よ?」
「……!! あの、手の鬼……異形の鬼は!?」
どう答えるべきか。
この近くには干物になった鬼しかいない。異形の鬼なんていなかった。
「そんな鬼、知らないわ。でも、鬼ならあそこに干からびたのが一匹いるけど」
「干からびた?」
「ほら、あそこ」
そうして私は指をさす。
全身から体液が抜けて、カラカラになった鬼が、そこには横たわっていた。
酷い。いったい誰がこんなことを。
私は用心のため、心の中まで演技する。
「……!? なにが……あったの……」
「それは、私にもわからないわ。私はただ、倒れているアナタを見つけただけだから。私にはわからないの。わからない」
鬼と戦って、気を失ったと思ったら、こんな状況だ。気の毒だと思う。
でも、あのままでは死んでいただろう。命を救ってあげたんだから、少しくらい騙されてくれてもバチは当たらないと思う。
「ねぇ……。あれって……本当に鬼……?」
「え……っ?」
鬼を見て、女の子がそんなことを言い出した。理解できない。鬼じゃなきゃあれは、なんだと言うんだ。私はどうすればいいのだろう。
「だってだよ? 鬼なら、治らないのがおかしいし……人の死体なんじゃ……」
「……生きてるわよ、あれ。人間はあんな状態で生きてはいけない。日輪刀で頸を刎ねてみましょう? ね。……そうしたらハッキリするわ」
こんなところで往生しているつもりはなかった。
この子に、そこそこの数の鬼を倒してもらわなければならない。そのために、一匹あたりにかける時間は少なくしたい。
「…………」
おそるおそる、女の子は干物になった鬼に近づいていく。
そして、刀で数回つついて、そこから、頸を刎ねる。
私の血鬼術にやられた後だから、硬さもたいしてなかっただろう。あっさりと、頭と胴が離されて、跡形もなく消えて行った。
「ね、鬼だったでしょう?」
「う、うん」
私の言葉に、女の子はあまりいい表情はしなかった。なぜだろうか。私はそんなに怪しいのだろうか。
まあ、いいや。
「ねぇ、私、刀をなくしちゃって、不安なのよ。少し、一緒に居てもらえない?」
「えっ……刀を……? じゃあ、わかった。麓まで見送ってあげるね」
「…………」
麓には、藤の花が咲いているんだ。
あれは匂いを嗅ぐだけでとても気持ち悪くなる。そんなものに近づきたい鬼などいない。
「どうしたの……? 行こう?」
「いえ。私は感覚が鋭くて、鬼の居場所はある程度わかるの。数日生き残るだけなら、不足はないわ」
「えっ?」
「それに、この山の鬼も日が経つごとに狩られて少なくなっていくだろうし、今日、少し、付き合ってもらうだけで十分よ?」
適当に理由をでっちあげと、最悪の展開を回避する。一番いけないのは、私が上弦の弐だとバレてしまうことだ。
そうしたら、試験の会場が変わって、本当に拐われた子を見つける手がかりがなくなってしまう。
「でも……降りた方がいいと思うよ……?」
親切心か、女の子はそう言うが、私も退くわけにはいかない。
「大丈夫、こっちよ?」
「えっ……。えっ!?」
手を引いて無理やりに連れて行くことにした。
一分の隙もない完璧な計画だろう。
私の血鬼術は、生きている物を感知して、感知したそれを壊す術だ。
感知の主体にできるものは三つで、私の血に、私自身、それに結
だから、結界がなくとも、間接的な接触さえしていれば、私単体でも感知は可能だ。
探してみれば、一匹、二匹と鬼が見つかる。
「肉だァ……。人間の肉だァ」
「助けて!! 鬼よ!」
「えっ……」
――『水の呼吸・壱ノ型 水面斬り』。
「食わせろ……ォ。食わせろ……ォ」
「キャッ。やっつけて……ぇ!!」
「あ、うん」
――『水の呼吸・弐ノ型 水車』!
あの手の鬼への苦戦は何処へやら、鬼のもとへ連れて行けば、バッサバッサと女の子は頸を刎ねる。
だいぶ、倒したと思う頃だった。
「ねぇ、わざとだよね? さっきから、やたらと鬼と会うんだけど……」
「……気が付いたのね」
「いや……。だって、さっき、言ってたよね? 鬼の居場所がわかるって」
「そう……だったかしら?」
「…………」
とぼけてみれば、女の子は、すごく呆れたような目で私のことを見つめてくる。
あの時は、口から出まかせだったのだが、それを本気にするなんて、本当に困った子だ。頭は大丈夫だろうか。すこし心配になる。
「あっ……」
結界が完成した。これで私はこの山の全てを把握することができる。
さっそく、鬼の数を数える。
えっと……壱、弐……減らしすぎたかもしれない。
「どうしたの?」
「うん。鬼もだいぶ斬ったし、ここの近くには、もういないわ。これで、あなたといる必要もないと思ってね」
「……え?」
減らしすぎたということは、もうこの子の利用価値がなくなってしまったわけだ。
私の正体に勘づかれる前に、姿を消すのがよいだろう。
この子を、もう、殺してしまおうかとも思ったが、私がなにもしなければ、あの手の鬼にも殺されるような子だ。長くは生きない。
どうせなら、カナエちゃんの言うように、私以外の鬼の成長の糧にでもなってもらった方が、無惨様もお喜びになられるだろう。
選別の残りの日数で死ぬなら、それまでだ。
「そうだ……」
「ひゃっ!?」
鬼との戦いで、女の子の頬についた擦り傷をペロリと舐める。稀血ではない。普通の血だ。
里に連れて行く必要もないだろう。
「それじゃあ、私は行くわ?」
「えっ……。えぇ……。一緒に居た方が安全だと思うんだけど……」
私に舐められ、頬についた唾液を拭いながらも、女の子はそう言った。
しごく真っ当な意見だと思う。
どうしたものか。とにかく、怪しまれないよう、言い訳をするしかない。
「別に……。鬼も減ったし、ここから生き残れないくらい弱いのなら、鬼殺隊になっても食べられて、鬼を強くしてしまうだけよ。だったら、ここで死んだ方がまし。わかったら、私に関わらないで」
「……!?」
なかなか、異常者な感じが出ていてよかったと思う。
女の子が、私の言動に目を白黒させているうちに、私は離れて行くことにする。
「じゃあ、頑張ってね」
「まって……!」
「…………」
まだ、なにかあるのだろうか。
引き止められて、離れられず、私は少し苛立ってしまう。
「私は真菰!! あなたは!?」
そういえば、名前を言ってはいなかったか。
だが、私は正体をバラしたくない。この子が私の正体がわからずとも、誰かにここでのことを喋ったとき、バレてしまうのはいただけない。
「なら、そうね……。あなたがこの最終選別を抜けて、もう一度会えたなら、教えてあげるわ」
名を偽るという策も思い浮かんだが、なぜ私が、この子のために偽りの名を考えるなんて面倒なことをしなくてはならないんだ。
はぐらかすくらいが丁度いい。もう二度と会わないだろうし。
「……!? わかった! 一緒に合格しようね! 約束! 絶対だよ!?」
「ええ……」
別れ際に見た彼女の表情は、一片の曇りもない、満面の笑みだった。
女の子と別れて、カナエちゃんのところへと向かう。結界の感知を使えば、すぐに居場所が割り出せる。
喧嘩別れみたいになってしまっていたから、少しだけ顔が出しにくい。
見つければ、カナエちゃんは木陰に座り込んでいた。
「カナエちゃん!」
「あっ……ハツミちゃん」
私のことを見つけると、カナエちゃんはにっこりと微笑む。
「カナエちゃん。ずっとここに?」
「うん。試験の途中みたいだったから、見つからないように隠れてたのよ」
「そっか……」
カナエちゃんのことだから、きっと、私みたいに手出しはしなかったのだろう。
カナエちゃんの意にそぐわないことをしていたから、話している今も気まずさを感じる。
だが、カナエちゃんのその表情に、私と別れる際に見せた反感はなかった。
「帰ろう?」
「そうね」
待ち合わせの場所に向かう。
来た時と同じ場所で、そこに行けば、転移の血鬼術を使える子が里とを繋いでくれる。
後で、血を分けてあげよう。
「あ……っ」
「ん? ハツミちゃん、どうしたの?」
「ううん。帰る前に、私の結界を使って、血を集めておこうと思ってね!」
「え……結界?」
空の小瓶を地面におく。
鬼の血を搾り尽くした時に、集めて持って帰れるように、用意しているものだ。
「ええ、結界よ。私の結界は、まあ、わかりやすく言えば、私の分身を地面と融合させることでできているの」
「へぇ……」
私の血鬼術は感知した生きている物を壊す術だ。結界の分身は、感知専用に作り出したものだから、血鬼術の範囲に、速度は段違い。
私自身の場合は、感知に、物体を間接的に通さなければならないけれど、結界ならば、間になにもなくとも、その上を通り過ぎた生き物を感知、そして壊すことができる。
血鬼術だから、日の光に感知が遮られるのが玉に瑕だが、大抵の場合、対象物は地面に影を落とす。なんら問題はない。
「だから、こんなふうにも使える」
小瓶に血が溜まって行く。
地面に染みた鬼の血を、結界に吸収させて、集めさせた。
当然のことに、濾されて、集まるのは無惨様の血だけだ。
「そんなこともできるのね……」
マジマジと、瓶の中に集められる血をカナエちゃんは見つめていた。
「これは肉体を変化させる応用だから、頑張ればカナエちゃんにもできるわよ?」
「え……っ」
訝しげな目をして、カナエちゃんは瓶から私に視線を移す。
栄養価の高い血をたくさん飲んだカナエちゃんなら、きっとできると思うのだけど。
「そういえば、五十人以上、人を食べたという鬼が、この山の中にいたわ。あの鬼は、手をいっぱい生やしてたっけ。カナエちゃんなら、もっといろいろできるはずなんだけど」
思えば、あの鬼は不思議だった。
外に出たいなら、地面を掘って進めばよかった。そうすれば、藤の花を避けて、ここから抜け出せるのに。
やっぱり、頭がおかしくなってしまっていたのだろう。可哀想に。
「そんな鬼が……? この山の鬼は、共食いや、選別で斬られるので、たいして生き残れないはずなのに……」
「でも、カナエちゃん。よく考えてよ? たとえば、実弥くんくらいの稀血が試験を受けるじゃない。まかり間違って鬼に食べられちゃったら、強い鬼もできるわ」
「……そうねぇ。言われてみれば、そういう鬼もできるわね。御館様も、きっと何か、考えがあったんだわ!」
そして、カナエちゃんは納得した。
それでいいのかとも思ったが、これ以上、つつかないことにした。
産屋敷がなにを考えているのかなんて私にはわからない。ただ、鬼殺隊が私の里の子の命を脅かしているのは間違いがなかった。
命を粗末に扱う奴らなんて、縁壱に斬られてしまえばいいのに。
嫌な思い出が蘇った。ちょっと、気分が悪くなってきたかも。
「帰りましょう……。琵琶の子も、待ちくたびれているかもしれないわ」
約束の一時間から、許容範囲ではあると思うけれど、過ぎてしまっていた。
少しだけ、申し訳ないことをしてしまったと思う。
そうして、待ち合わせ場所に行けば、一瞬で、里とを繋げてもらえた。
待ち構えていたのかもしれない。後でちゃんと血を渡しておこう。
「…………」
私たちが、ちょうど里に戻ってきたところにだった。空間が繋がった、私の屋敷にだった。
そいつは何故か、私に向かって平伏していた。
「お客様ね」
そいつは、私の声を聞いてか、
血を頭からかぶったような鬼だった。
「……あれ、
目に刻まれたのは、『上弦』の『参』の数字。
鬼としての格は、私の一個下。
「ねぇ、童磨くん。どうして、平伏なんてしていたのかしら?」
「いやはや、
「…………」
頭を蹴り飛ばす。
胴体から頭が別れて、部屋の隅に転がった。
「ハツミちゃん……!?」
カナエちゃんが、オロオロとしている。
だが、今はカナエちゃんへの説明よりも、突然現れた、この上弦の参へ罰を与える方が重要だった。
上弦の参は、頭が胴体から離れた、こんな状況だというのに、笑顔を崩さない。
「いきなり手厳しいなぁ。
上弦の参の頭が転がった、部屋の隅に行く。
「私と無惨様を間違えるなんて、無礼にも程があるわよ。八つ裂きにしても足りないわ」
「どのように詫びた
「誰が喋っていいと言ったの?」
頭を踏み潰す。
まあ、鬼だから死なない。この程度なら、簡単に回復する。
上弦の参が里に訪れると共に、私は夏の訪れを感じるのだった。
こんなのでも血鬼術は有用だ。
たまじ様から推薦をいただきました。
この場を借りて、お礼を申し上げます。誠にありがとうございました。