稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 染みついた考えを変えることは、容易なことではないと、私は身を持って知った。



ごまかしの

 童磨を懲らしめ終わったところで、カナエちゃんが頭を運んで胴体とくっ付ける。

 カナエちゃん。こんな奴に、なんて優しいのだろう。

 

「見ない鬼だけど、誰だい?」

 

「私は胡蝶カナエです。花柱の」

 

「柱……? なら、カナエちゃんは元鬼殺隊ってことかな? 鬼で呼吸を使うとなれば、黒死牟殿だが、それ以外に聞いたことはない。最近、鬼になったのかい?」

 

 童磨は、じっと、カナエちゃんを見定める。

 

「鬼になったのは、一週間くらい前だわ。それに、今も鬼殺隊に所属しているつもりです」

 

「ん……? ということは、鬼である俺も殺そうっていうことかい? やめておいた方がいいぜ。いくら柱が鬼の力を得たとはいえ、オレには敵うまい。俺は百年以上生きているから、呼吸があるとは言え、それで覆せる鬼の力ではないだろう?」

 

 上弦の参の位置につくくらいには、人を食べて、血鬼術を自由に操る鬼だ。今のカナエちゃんでは、倒すのも少し厳しいか。

 潜在能力はあると思うから、鬼の力が自由に使えるようになればいいのだけれど。

 

 空気が冷える。

 カナエちゃんが気まずそうだから、私は二人の会話に割り込むことにする。

 

「カナエちゃんは、鬼と人間が仲良く暮らせる世界を目指しているのよ。ね?」

 

「うん。そう……!」

 

 そうしたら、童磨は、肩の力を抜いたようだった。今まで、表情はずっと変わらず笑顔のままだ。それは今も変わらない。

 気持ち悪い。

 

「なんと、それは素晴らしいなぁ。俺は優しいから、協力してあげるぜ。これでも、俺は毎日、人間のために尽くしているんだ」

 

「……!? そうなの!?」

 

「あぁ、俺は〝万世極楽教〟の教祖なんだ。可哀想な人間たちを救ってあげてる。悩みを聞いて、それが終わったら、食べてあげるんだぜ」

 

「……えっ?」

 

 カナエちゃんの目が点になった。その気持ちも私にはわかる。

 

 何年経っても、こいつの言っている意味がわからない。生きている人を殺して、それが人助けだ。私には理解できなかった。

 誰しも、死にたいわけがないのに。

 

「カナエちゃん。この男と話しても時間の無駄よ。さっさと帰ってもらいましょう?」

 

(ハツ)()ちゃんは、いつも手厳しいなぁ。それじゃあ、遥々ここまでやってきた、俺が可哀想だ」

 

 童磨は額に手を当てて、涙を流す。

 嘘泣きに違いないのに、良く流れる涙だ。感心する。

 

 カナエちゃんに目を向けると、剣に手をかけ、今にも抜こうとしていた。

 

「童磨と、言ったかしら……。あなたの言っていることが正しいなら、私はあなたを殺さないといけない」

 

 いつになくピリピリとして、カナエちゃんは童磨と向き合っている。カナエちゃんにも、童磨のやつの考えは、理解できなかったのだろう。

 その気持ちはわかる。

 

「おいおい、カナエちゃん。鬼と人で仲良くしたいんだったら、まずは鬼どうしで仲良くするべきだろう? どうして、そんなこと言うんだい? オレはみんなと仲良くしたいだけなんだけどなぁ」

 

 童磨は、そんなことをのたまって、肩を竦めてしょんぼりとする。

 動作の一つ一つが大仰で、芝居がかって嘘くさい。こんな気持ち悪いやつが教祖だ。騙される信者は、酷く愚かだと思う。

 

「だって、殺すのでしょう? 罪もなく……殺す必要のない人たちを……!? 鬼だろうが、人だろうが、そんなの、私は許せない!!」

 

「なるほど、なるほど。でも、俺のところに来る人間は、死を怖がってる。だから、食べてあげるんだぜ。俺の一部になって永遠に生きる。こうして救ってあげなくちゃ、可哀想だろう?」

 

「意味がわからない……」

 

 全面的に、私はカナエちゃんの意見を支持する。

 私には人間のことはよくわからないけれど、生きることを望むのが普通だろう。

 食べて永遠に生きるって、わけがわからない。死んでるでしょ、それ。

 

 少なくとも、私に食べられる子たちは、そんな思想を持っていない。

 里のみんなを私が食べれば、私は強くなって、長生きして、子々孫々に渡って、末長く守ってあげることができる。

 なんだか私が人間に生かされて、利用されているみたいで、こういう考えは好きじゃないのだけれど。

 

 自分たちの子孫が、私の庇護のもと、遥か未来に渡るまで繁栄するように、彼らは私に食べられるのだ。

 

「カナエちゃん。カナエちゃんの気持ちはよくわかるけれど、こいつのことは後で考えましょう? 今は力を借りるためにここに来てもらっているのよ」

 

「ハツミちゃん……!?」

 

 カナエちゃんは、裏切り者を見るかのような目で、私のことを見る。

 そんな目で見られてしまえば、私、泣いてしまう。

 

「いやぁ、さすが(ハツ)()ちゃん。話がわかるぜ」

 

「うるさいわね。黙りなさい」

 

 そんな私を知ってか知らずか、叩かれる軽口に、私は怒った。

 無礼にもほどがあるだろう。蹴って、粉砕しておいた。

 

 私は、『()』で、童磨は、『()』だ。多少、粗雑に扱ってもなんの問題もない。むしろ、このくらいの扱いが妥当だろう。

 

「それにしても、(ハツ)()ちゃん。血の在庫をだいぶん減らしたみたいだね。なにか、嫌なことでもあったのかい? 俺で良ければ聞いてあげるぜ」

 

 なおも、不屈の精神で、私に話しかけてくる。

 相変わらず、頭おかしいんじゃないかと思う。私は、こいつが、とても、とても、苦手だった。

 

 できれば、近寄って欲しくない。

 

「というか、なんで、貴方が蔵に……」

 

「いやいや、(ハツ)()ちゃんが留守のようだったから、一つ拝借させてもらったわけだ。いつものことだろう? 前より減っているから、なにかヤケになるような出来事でもあったのかと」

 

 私の許可なく立ち入ってはならないというのに、こうも簡単に。

 私は苛立ちで臓物が焼かれるような思いだ。

 

「減った血なら、私がいただいたわ。とても美味しかったわよ?」

 

 カナエちゃんはにっこりと微笑んで、童磨に向けてそう言った。

 微笑んではいるが、血管が浮き出て、尋常ではないほどに怒っていることがわかる。

 

 童磨はカナエちゃんを二度見した。とても、いい気味だった。

 

「なるほど、なるほど。じゃあ俺も、うかうかしていられないってわけか……」

 

 童磨はふところから扇を取り出す。

 なにか一触即発といった雰囲気だが、困る。

 

「とりあえず、武器は納めて……ね。ここは私の結界の中よ? 無用な戦いをするようだったら、罰を与えなければならないのだけれど」

 

「ハツミちゃん。やっぱり、生き埋めにする……? この男を」

 

 生き埋めなんて、あの場の思いつきだ。もう数日も前のことなのに、カナエちゃんは引きずっているようだった。

 私は少し考える。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……場合によっては、そうね」

 

「それは酷い。さすがは(ハツ)()ちゃんだなぁ」

 

 どういう意味で言っているのだろうか。

 まあ、こんなやつの言葉に、いちいち構っていられない。

 

「はぁ、ともかく……行くわよ」

 

「あぁ……いつものところだね」

 

「いつものところ……?」

 

 そういえば、カナエちゃんは知らないのだった。

 鬼にはあまり関係ないことだけれど、話しておいても別に問題はないか。

 

 移動しながら、説明を始める。

 

「ええ、この里の地下には、各家に繋がるように、私の作った肉の(くだ)が張り巡らされているの」

 

「管? なんのために……?」

 

「冷気を送るためよ」

 

「…………」

 

 これだけでは、わからないか。私は説明を続けようとする。

 

「だから――」

 

「そうなのね……。そこの鬼が、冷気を操る血鬼術を使うから、みんなに夏を快適に過ごしてもらうために、必要だったのねっ」

 

「理解が早いことは、いいことだと思うわ」

 

 得意になって、説明しようとしたけれど、立つ瀬がない。

 

 各家庭に、冷気の出ずる管が設置されているのだが、ちなみに、ちょっと困ったことがある。

 管の中に物を入れてみる子がいることだ。

 

 もちろんのこと、私の力で作った管だから、物を入れてもすぐに吐き出される。

 子どもというのは、なにで楽しむかわからないもので、管に入れた物が吐き戻される様をキャッキャと喜んで見ているようだった。それが大抵の子供だった。

 

 それだけなら、まだいい。

 物なら、固形の物体なら、まだ許せる。百歩譲って、水を入れることも許そう。氷にした後、吐き出してあげるだけだ。

 だがだ、熱湯だけはダメだ。

 最初に注がれた時は、本当にビックリした。

 

 だって、夏の暑い日に、わざわざ沸かした熱湯を、冷気を出す管の中に注ぎ込むのだ。意味がわからない。

 その熱湯のせいで、吐き出す冷気が熱気に変わった。泣き付かれた。私も泣きたかった。

 

 幸い、一時間もしないうちに戻ったけれど、本当にどうしてあれほどの量の熱湯を注ぎ込んだのか、今も語り草だ。ちなみに、その子はまだ生きている。立派な親だ。

 

「確か、ここだったはずだよねぇ。(ハツ)()ちゃん」

 

「ええ……」

 

 そうこうしているうちに、着く。時間はかからない。

 私の屋敷は里の中心にあるから、効率を考えて、目的地は近くにあるのも必然となる。ほとんど庭先だ。

 

 手をかざす。

 

「……!?」

 

 地面に孔が(ひら)く。

 あとは童磨に任せればいい。

 

 ――血鬼術『結晶ノ御子』。

 

 小さな童磨が二体、氷でできあがると、孔の中に飛び込んでいった。

 

「これで今年は、もう用なしね。さっさと帰るといいわ。あぁ、一夏で砕けるのが、本当に残念ね」

 

 用がすめば、こんなやつを里に置いておく道理はない。

 永遠に砕けなければ、毎年、こんなやつに会わなくて済むのに。残念でならない。

 

「遠距離で、血鬼術を維持し続けるのも大変なのに……(ハツ)()ちゃんは無茶を言うなぁ」

 

「…………」

 

 早急に孔を閉じる。カナエちゃんが童磨のことを突き落とさんばかりの目で見ていたからだ。

 

「当然よ。分身を大して維持できないとなれば、上弦の名折れよ。死んで出直して来なさい」

 

(ハツ)()ちゃんの結界とは違うんだぜ、全く……」

 

 私の結界は、一度設置してしまえば、解かない限り残り続ける。

 血を消費するのは、主に血鬼術を使ったとき。結界自体を作るのには、それほど消耗もない。

 

「精進なさい。そうすれば、もう二度と会わなくて済むもの」

 

 一度、童磨から、お近付きの印にと、稀血の子をもらったことがある。

 最初は別に問題はなかったが、いつかから、よくわからない童磨の宗教を広めようとし始めたのだ。

 

 里には、里の風習がある。大抵はすぐに染め上げられるのだが、確固たる信念で、これに対抗してくる。

 手に負えず、童磨のところに返した、というか帰って行ったのだが、どうやらその後、すぐに童磨に食べられてしまったらしい。

 

 こんな変なやつのもとに返すなんて、悪いことをしたと思う。

 最後まで引き留めたのだけれど、教祖様にみんな救ってもらうと言って聞かなかったあの子も悪かったはずだ。

 

 確か、鬼殺隊に拐われた、なえの祖母だったか。

 思想があそこまで違うと、家族の仲も悪くなって、血の味も悪くなる。新しい発見だった。

 

 あの一件から、本当にこの男のことが苦手になった。それまでも、好ましいとは思っていなかったけど。

 

「あぁ……やっぱり我慢できない……!」

 

 なんの前触れもなく、童磨に向かって剣を向けて、カナエちゃんはそう叫んだ。

 

「急に、どうしたのかい?」

 

「アナタのような鬼は居てはいけないのっ! 命に替えても、ここで殺すわ」

 

 カナエちゃんが異常者になった……!?

 と、とめないと……。

 

「か、カナエちゃん。やめようよ。ね? こんなやつの相手をしても得なんてないよ?」

 

「ハツミちゃん。今、ここでこの男を殺さないと、多くの人たちが犠牲になる! それじゃ、私が私を許せないのよ!!」

 

 なにを言っても聞かない異常な状態だ。

 カナエちゃんも鬼殺隊だから……こうなってしまうのか……。鬼殺隊、あなおそろしや。

 この状態をおさめるには、なにか、ないか。そうだ。

 

「……カナエちゃん。言うこと聞かないと、あの琵琶の子の血鬼術で、里の外に放り出すよ?」

 

「……!?」

 

 この里の外に放り出してしまわれることほど、恐ろしいことは、カナエちゃんにはないはずだ。

 これなら、効くだろう。

 

 飢えて、人を襲う。それだけは絶対に嫌なのだから、こう言われれば、カナエちゃんは踏み留まざるを得なくなる。

 

「童磨くんも……なるべく人を食べないように、お願いできないかしら……。私の顔に免じて、ね?」

 

「いくら(ハツ)()ちゃんのお願いでも、俺はみんなを救わなきゃならないから、それはできかねるなぁ」

 

 嘘でもいいから、頷くべきだった。

 童磨は返答を間違ってしまった。残念だ。

 

「別にいいのよ? 私はあなたがどうなったって、知ったことではない。あなたの血鬼術が、有用だから、私はあなたに優しくしてあげてるの、わかる? 私が上で、あなたが下よ? それで、なんで逆らえると思っているの? 私を軽く見てる? 血戦を挑めば勝てる? 無理よ……あなたじゃ永遠に無理。せいぜい、這いつくばって、私の言うことを聞いていればよかったの。それができないって……」

 

(ハツ)()ちゃん。俺に人を殺して欲しくないというのは、そこのカナエちゃんの望みだろう? なぜ、(ハツ)()ちゃんが怒るんだい?」

 

「……なぜって、私もカナエちゃんと同じく、人と鬼が仲良くできる世界を目指しているのよ? そっちの方が絶対に良いもの」

 

「…………」

 

 どうすれば、人間と仲良くしていることになるのか、私にはよくわからない。

 カナエちゃんの望むとおりにすれば、きっと間違いはないのだろう。私にはカナエちゃんが必要だった。

 

「なに? 私の話を遮って、そんな自分で考えればわかるようなことを――( )

 

(ハツ)()ちゃん。少し良いかい?」

 

「……!」

 

 童磨は凄まじい速度で、私に、にじり寄った。

 何事かと思って、反射的に、童磨の全身を粉々にしてしまうところだった。腕一本で済んだことに感謝してほしい。

 

 残った腕で扇を使って、童磨は私に耳打ちをしてくる。

 

「おそらくそこのカナエちゃんの血鬼術は、相手の精神を操作するものじゃないかい? どうやら、(ハツ)()ちゃんは既に術中のようだ」

 

「…………」

 

「鬼同士は呪いで嫌悪感を抱くのが普通だが、それがない。始めは、いつものように(ハツ)()ちゃんが贔屓されていると思ったのだが、俺も大して嫌悪感が湧かないから、これは普通じゃないと思って、はたと気づいたわけだ」

 

 私の心が操られている?

 カナエちゃんに?

 

 冗談のような話だ。

 カナエちゃんはそんな素振りを見せたことはない。それに、上弦の弐であるこの私が、簡単に血鬼術にかけられて、操られるなんて、あり得るわけがない。

 

「ハツミちゃん。なに話してるの?」

 

 気がつけば、カナエちゃんに後ろから抱きつかれていた。

 童磨は、すでに離れたところにいる。

 

 頭がぼうっとする。記憶が飛んでいるような気がする。

 

「大した話ではないわ。それに……もう、覚えていないし……」

 

 童磨の話していたことなら、きっと、重要なことではなかったのだろう。私は忘れてしまった。

 

「それなら、いいのだけど」

 

 カナエちゃんは、私を抱きしめる力を強くする。いい匂いがする。心地良くて、もう、どうでも良くなってくる。

 

「いやぁ、参った。どうやら俺ではカナエちゃんには敵わないようだ。言うとおりに、俺は信者たちを殺さないようにしようか」

 

「……!?」

 

 私は目を丸くする。

 童磨がこんなにも素直だなんて、おかしい。

 

 なにか悪いものでも食べたのかもしれない。藤の花だとか。

 

「じゃあ俺は、お暇させてもらうぜ?」

 

 童磨はこちらに向かって背を向けると、里の外に歩いて行こうとする。

 そういえば、この里を鬼殺隊が囲んでいる可能性があるんだっけ。まあ、伝えなくても問題はないか。

 

「まって……!!」

 

 引きとめたのは、カナエちゃんだ。

 

「なんだい?」

 

「本当に人を殺さないの! 本当?」

 

 確かに童磨はすごく怪しい。

 ここで約束をしても、平然と人を食っていそうだ。

 

「あぁ、本当だよ。これからは、(ハツ)()ちゃんの真似をして、慎しやかに血だけを貰って生きていこうと思うぜ」

 

「そう……!」

 

「ただ、(ハツ)()ちゃんの真似をしても、稀血の子たちを増やすのは難しい。この里のように質の良い稀血の子は滅多にいない。俺には無理だ。ましてや、質を上げるなんて、到底……。血だけで今まで通りの強さを保てるかどうか」

 

「…………」

 

 なんだか、雲行きが怪しかった。

 これから童磨はロクでもないことを言うに違いない。

 

「きっと、人間を食べずに、力が衰え、あの方の逆鱗に触れ、俺は殺されてしまうだろう。それじゃあ、俺が可哀想すぎるぜ」

 

「さっさと、死ねば良いわ」

 

 死んだら死んだで、夏の快適さが失われて困るが、それはそれとして、こんなやつ、死ねばよかった。

 

 そういえば、無惨様も、この男は苦手だとおっしゃっていた。

 強くて、実績もあるから殺すにも殺せない。だから、口実さえできれば、きっと殺すに違いない。

 

「ねぇ、(ハツ)()ちゃん! 人を殺さないなら、血を分けてあげてもいいんじゃない?」

 

「嫌よ、こんなやつに。今でも、役に立ってるから、しかたなく年に一回だけ分けてあげてるっていうのに……」

 

「えぇ……。血を分けてあげたら、人間を食べる必要もなくって……。鬼と人が仲良くできるって……」

 

 カナエちゃんは、困った顔をした。

 確かに、その話に賛同した覚えはあるけれども、童磨は別だろう。絶対に別だ。

 

 だが、このままでは、カナエちゃんを悲しませるだけだ。仕方がない。

 

「わかったわ。月、一万円で手を打ちましょう」

 

「えっ……!?」

 

「少し高いが……お安い御用だ」

 

「えっ……!?」

 

 お家なんて、軽く買えるようなお値段なんだけど……童磨くんのところって、儲かってるのかしら。自動車とか、持ってるかもしれない。

 私も宗教で儲けてみようか……。

 

 いや、でも、今の資金調達でも忙しいし、それに加えてとなると難しい。やっぱり、あれこれ手を出すのは、私一人では無理だ。諦めよう。

 

「次に来たときは、お金を持ってくるとしようか。では、俺は帰らせてもらうよ」

 

 そうして、今度こそ童磨が帰っていく。

 もう、カナエちゃんは引きとめない。

 

「ねぇ、ハツミちゃん。本当に、払えると思う……?」

 

 童磨の後ろ姿に、そうカナエちゃんはこぼす。

 

「知らないわよ。でも、もし払うとなれば、信者が大変ね……」

 

「…………」

 

 カナエちゃんが、青い顔をする。

 人でいようが、鬼になろうが、世の中はお金だ。世知辛い。無惨様も働いていらっしゃるし……。

 

 それにしても、童磨が、また近いうちに来るのか。来ないで欲しかった。

 琵琶の子を通じて、物のやり取りをできたら良い。そうしてもらおう。

 

 

 

 ***

 

 

 

(ハツ)()様、さゆに赤ちゃんはできましたか?」

 

「……ちょっと待ってね」

 

 ()()のお腹に手を当てる。

 私の血鬼術で、つまびらかに感知をして、新しい命を探り出す。

 

「…………」

 

 緊張が走る。

 

「残念ながら、赤ちゃんはいないわ」

 

「……そんな……!? あんなに頑張ったのに……」

 

 ()()はガックリとうなだれる。

 私も、とても残念だ。一緒になって悲しんでしまう。涙が出る。

 

「昨日もやってたがァ、一日二日で出来るものなのか?」

 

 お相手の実弥くんは、氷を削って砂糖をかけたお菓子を、お匙でつつきながら、呆れを見せて私たちにそう尋ねた。

 

「出来るときは、出来るわ!」

 

 大抵は、どういうときに出来るか、周期性は決まっているものだが、ときおり、思いもしないときに出来ることがある。

 毎日の行いも、無駄ではないはず!

 

「さゆがいけないんです。さゆが、母親に向いていないから……。きっと、赤ちゃんも、さゆのことを選んでくれないんです……」

 

「まだ、そこまで落ち込む時期じゃねェだろ……」

 

「だって……さゆのお母さんは、さゆを産んで死んでしまったんです……。さゆのせいで……」

 

 あそこまで出血が酷いことは、そう滅多にない。運が悪かったのだと思う。

 

 ()()にもう両親はいない。二人とも、私に食べられた後だ。

 父は、母親が死んだすぐ後に、後追い自殺をした。止められなかった。

 

 ときおり人間は、精神に多大な負荷がかかると、心配りをする間もなく、自らで自らを死に至らしめる。

 ちなみに、男の子の方が、そうなる可能性が高い。

 

 防げずに後悔することは、たびたびだ。忘れた頃にやってくる。

 その度に悔しい思いをする。寿命で死ぬのとはわけが違う。本当ならばもっと楽しめていたはずなのに……。

 

 ()()の両親は、どちらともに質の良い血で、居なくなってしまったことに、私はたいへん悲しんだ。

 

()()。あなたが責任を感じることはないわ。あなたは私にとって、とても大切な存在なの……。あなたが生きているだけで、私はとても嬉しい……」

 

(ハツ)()様……」

 

 だから、()()には生きているだけで価値があるのだと、言い聞かせて育ててきた。

 里の子の中でも、特別に手厚く扱ってきた。

 

「実弥くんも……自分を、よく労りなさい。無茶は私が許さないわよ? 具合が悪くなったらすぐに言うの。悩みがあるのなら、()()や私に相談するの。一人で抱え込まないで……。血の味で、幸せかどうかはわかるのよ?」

 

「……はい」

 

 実弥くんは、真顔で私を見て、うなずいた。

 実弥くんも、里の仲間で、もう私にとってはとても大切な存在だ。失われたら、私は、とても悲しい。

 

「さねみさん、さねみさん。さねみさんも、さゆと同じく、とても質の良い血なんです。仲間なんです。家族になれて、さゆは嬉しい限りなんです」

 

 実弥くんの隣に座ると、()()は実弥くんの腕を胸元に引っ張って、寄り掛かった。

 

「本当に良かったのか? 俺みてェなよそ者と一緒になって……。他に惹かれてた相手はいなかったのか?」

 

 ()()の頭を撫でながら、そう実弥くんは問いかける。

 それに、()()は首を傾げた。

 

「別に……(ハツ)()様の言った相手と一緒になるのが、さゆの天命でしたから、特に他の殿方に、思い入れはありません」

 

「…………」

 

 実弥くんが、こちらを見た。

 その目付きの悪さから、睨んでいるようにも思えたが、きっと、そんなことはないのだろう。

 

「強いて、わがままを言うのなら、さゆは(ハツ)()様のように、鬼になりたかった……」

 

「鬼に……」

 

「えっ……それは、初めて聞くわね……」

 

 そんなこと、()()は一度も言っていなかった。

 稀血の子が鬼になったら、美味しさは、鬼になる前に比べて劣ってしまうから、そんなこと、考えたこともなかった。

 なんというか、雑味が入って、嫌な感じになる。不思議だ。

 

「さゆはご先祖様から、ずっと(ハツ)()様に守っていただいている……。(ハツ)()様は、ずっと格好よくて、ずっと綺麗で、さゆの憧れでした」

 

「そうか……ァ」

 

()()、とても嬉しいわ」

 

 ()()は私のことを持ち上げる。思いもよらないことを言うものだから、私は機嫌が良くなってしまう。

 

「今からでも、鬼にしてもらえば良いんじゃねェか? (ハツ)()様、確か、鬼殺隊のあの女は、(ハツ)()様が鬼にしたという話でしたよね」

 

 言っているのはカナエちゃんのことだろう。

 鬼殺隊だった頃の記憶のない実弥くんだ。軽く、そう提案した。

 

「いいんですよ。さねみさん。さゆはもう、さねみさんと一緒に生きて、死んで行くと決めたんです。子どもたちの成長を見守ったら、孫たちのことは(ハツ)()様に任せて、さゆたちはいつでも、安心して、人生の幕を引けばいいんです」

 

 笑顔で()()は実弥くんにそう説く。

 なんだか、実弥くんは呆気に取られたかのような表情で、さゆを見ていた。

 

「……本当に……良いのか……?」

 

 そう尋ねる実弥くんに、()()は少しもじもじとする。

 

「さゆはもう、さねみさんのことが好きなんです……」

 

 実弥くんは、それを聞いて、苦々しい表情をした。

 そんなことを言われて、普通なら喜んでもおかしくないはずなのに。

 

「……本当に、そうかァ? ……そう、思い込もうとしてるだけじゃねェのか?」

 

「本当にそうですよ! どうして、信じられないんですか!?」

 

「…………」

 

 ()()の抗議にも、実弥くんは納得し切れていないようだった。

 私は、一つ溜息をつく。

 

「実弥くん。あのね、()()の血の味は、アナタが来てから、前よりもとても良くなった。これは、とても幸せを感じている証拠。幸せなら、血の味が良くなるの。()()がアナタのことを好いていないなら、これはどう説明するの?」

 

 まあ、()()は、私と居るだけでも幸せを感じていたようだが、やはり人生の伴侶と育む幸せは、質が違うのだろう。

 血の味も、とても良くなった。私はとても嬉しい。

 

「……嘘じゃ――」

 

「――さねみさん……! いくら、さねみさんでも、(ハツ)()様に無礼を働くのなら、許しては置けません!!」

 

「そういうことじゃ……」

 

「あらあら……」

 

 そこからは、二人の軽い言い合いに発展する。

 これでも()()は、我が強い方だから、こうなったら一歩も引かない。

 

「だいたい、さねみさんは――( )

 

「そうじゃねぇ。だからなァ、さゆ――」

 

「――そう思いますよね、(ハツ)()様」

 

「思うわぁ。そうね……ぇ」

 

「……!? ……すみません……でした」

 

 論理的に説得を試みた実弥くんだが、適当に相槌を打っていたら、なぜだか最後には、実弥くんが悪いということで決着した。なぜだろうか。

 

「ともかく、二人とも……仲良くね」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

 二人揃って返事をする。

 きっとこれから、二人は穏やかに暮らしていくだろう。私はそれを祝福するだけだ。

 

「さねみさん。明日も来ますよ!」

 

「さゆ、(ハツ)()様も暇じゃねェだろ? 頻度を落とした方が……」

 

「いいのよ。私もとても気になるもの……。子ども、楽しみにしているわ!」

 

 本当に楽しみでならない。

 早く出来て、産まれてくれないか。これから、どんどんと血の味の良い子が増えていく未来を想像したら、浮き足立つような気分になる。

 

 きっと、無惨様もお褒めになってくれるだろう。

 

「では、(ハツ)()様。失礼いたします」

 

 実弥くんが、あまり手を付けていなかった氷を削ったお菓子を一気にかき込んだ。

 そして、すぐに頭を抑える。

 

 その様子に、私たちはクスリと笑った。

 

「ええ、大事ないとは思うのだけれど、気をつけて帰りなさい?」

 

「わかりました」

 

 里の中には大した危険はないけれど、段差につまづいて、頭をぶつけて死んだとか、冗談にもならない。

 そんな事例があるにはあるから、馬鹿にできないところが憎い。

 

 二人を見送る。

 空になった器を片付けてもらって、私はカナエちゃんのところに向かった。

 

「ハツミちゃん……! すごいわ……世の中って、こんなにも素晴らしかったのね……っ! あぁッ、とても幸せで、全部が新しく見えるの……っ」

 

 着くや否や、カナエちゃんはそんなことを語った。

 何事かと思ったが、凍らせた血をお匙で掬って食べながら、カナエちゃんは目を輝かせている。

 いつものカナエちゃんだった。

 

 まあ、あれだ。

 この状態は、毒(きのこ)にあたって頭がおかしくなったようなものと思えば良い。吐き気もなく、体にもまるで害がないところは違うけれども。

 

 襲うといけないから、さゆに、実弥くんが、来ている間は席を外してもらっている。

 好きなようにしてもらっているけど、この有様だ。

 

「ねぇ、カナエちゃん。血、飲み過ぎじゃない?」

 

 まだまだ在庫はあるのだが、このままの消費具合では、百年後くらいに、本当に在庫がなくなってしまう。

 

「そう……かしら? でもハツミちゃん……なぜだか、とてもお腹が空くの……」

 

「え……っ?」

 

 不思議だ。

 傷を治しているわけでもないし、私みたいに血鬼術を常時発動しているわけでもないのに、そんなにお腹が減るなんて。

 

 ちなみに私は、宵、夜半(よわ)、暁に、それぞれお猪口一杯分ずつ飲むだけで済ませている。

 普通なら、それだけでも足りるはずなのだけれど。

 

「ハツミちゃんも食べない?」

 

「え、あ、うん」

 

 カナエちゃんは、笑顔で私の口もとまで、お匙を持って来る。そして、凍った血を私の口の中まで運んだ。

 

 シャリシャリと冷たい。

 これはこれで、(おもむき)があるのだと思う。

 

 飲み込めば、不思議な気分になる作用がやってくるが、私は慣れているから、それほど影響は受けない。

 

「どう?」

 

「おいしいわ。それはそうとカナエちゃん。そろそろ、働いたら良いと思うのだけれど……。人間への擬態はできるようになった?」

 

 働くと言っても、鬼の格好のまま人間たちの世界を出歩くのは普通にまずい。

 まず気味悪がられるし、なにをしていようと鬼殺隊がやってきて、悪鬼滅殺だ。鬼に厳しい世の中だと思う。

 時代によっては縁壱みたいなのが来るし。おちおち正体をさらすこともできない。

 

「ええ、ハツミちゃん! できるようになったわよ!」

 

 そう言うと、カナエちゃんの眼は普通の人間と変わらないものになる。牙も短くなって、これなら見分けがつかないだろう。

 

「すごいわ! カナエちゃん! 完璧よ!」

 

「ええ、鬼と人間が仲良くなるための活動をするためにも、避けては通れないもの。私、頑張ったわ!」

 

「カナエちゃん……偉い!」

 

 これで、カナエちゃんと私との夢に、一歩近付いたに違いない。

 

「それで、私は何をすれば良い?」

 

 当分は、簡単な仕事から任せるべきだろう。その間に、カナエちゃんにしかできないような仕事を探して、後からそれをして貰えばいい。

 

「そうね……お家をまわって、お金を集めてもらうわ」

 

「お金を……集める?」

 

「私が、どうやってお金を稼いでいるかは知っているわよね?」

 

 確か、最初にカナエちゃんがこの里を訪れた時に、カナエちゃんにそれは話したと思う。

 

「ええ、血鬼術を使って、人間ではまだ治せない病気を治してまわってるって……」

 

「そうよ!」

 

「すごいことだと思うわ。人助けだもの」

 

 別に、人間を助けているつもりはなかった。

 たかだか寿命が数年や、数十年伸びただけで、人間たちは喜んで大金をくれる。

 

 里を維持するためのお金を稼ぐには、それが一番効率が良かった。

 

「まあ、私の要求した分のお金をすぐには払えない人もいるから、その人たちから、お金を徴収してもらおうってこと」

 

「そうなのね。わかったわ」

 

 大抵は、お金を払い切る前に、別の病気にかかって、また私のお世話になる。

 そのために、目敏く身体を診たりもするが、カナエちゃんには、お金を集めてもらうだけにとどめようと思う。

 

 私の治す病気の代表は、小さな生き物によるものと、体内に栄養を吸い尽くす悪い瘤ができるもの。

 どちらも、私の血鬼術で消滅させたらどうにかなる。

 特に後者は患いやすさが子に受け継がれるようで、子々孫々にわたり、私の里の維持に貢献することになりやすい。

 

 他にも治せる病気もあるのだが、治せない病気も多くある。

 私の噂を聞いて、なんでも治せると勘違いする人間もいるから困りものだ。

 

「さしあたっては、紹介をしてまわるから……よろしくね、カナエちゃん」

 

「私も、診察なら経験があるもの。頑張るわ!」

 

 なんだか、勘違いをしているようでならなかった。

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