稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 最終選別を抜けて、生き残っていたのは、私と、手の鬼から助けた男の子だけだった。
 きっと、あの不思議な女の子は、死んでしまったのだろう。無理にでも、あのとき付いて行けば……きっと。


会議

 ――『水の呼吸・肆ノ型 打ち潮』。

 

 ――『水の呼吸・拾壱ノ型 凪』。

 

 来る斬撃を凪によって払い除ける。

 型で打ち負け、のけぞり、そのまま真菰は尻餅をついた。

 

「俺ていどを倒せぬようで、水柱になれるものか!」

 

「…………」

 

 不満げな様子で、こちらを真菰は見つめてくる。

 

 彼女は、鱗滝先生のもとで修行した兄弟弟子である。

 久しぶりに、鱗滝先生の弟子が最終選別を突破したと聞き、任務帰りにそのまま屋敷に連れてきた。

 

 あの上弦の弐との戦いで付けられた傷も、癒えて、マシにはなったが、蝶屋敷の者たちが言うには、もう前のように動くことは難しいらしい。

 ただでさえ、自分は錆兎の代わりだ。一刻も早く、本当の水柱が必要だった。

 

 だからこそ、屋敷に連れてきて、剣を持たせ、そのまま稽古をしている。

 立ち止まっている暇などない。

 

「立ち上がれ! 今の隙に何度死ぬ!? それで、どうやって、十二鬼月の上弦を倒す!? 呼吸を絶やすな! 足を止めるな!!」

 

「ちょ、ちょっと、まって……。私、なにか、冨岡さんを怒らせるようなことをしましたか?」

 

「……!! ……!? ……? 剣を構えろ」

 

 怒ってなどはいない。

 なぜ、そんなことを言うのかわからなかった。

 

 鱗滝先生のもとで修行をして、最終選別を突破したのならば、錆兎のようになれるかもしれない。きっと、真菰は水柱にふさわしい人間になる。

 その期待の一心に、こうして任務の合間を見て、鍛えている。

 

「冨岡……さん……」

 

「あの鬼の血鬼術は、足を止めれば、脚の筋が切られるものだった。頸に刃を当てられれども斬りきれぬのならば、腕がやられるものだった」

 

 だからこそ、必要なものは、どんなときにも足を止めぬ持久力。そして、あの鬼の頸さえ斬れる力と技術。

 

 あの鬼でさえ、上弦の弐なのだ。

 更に上の上弦の壱。そして鬼の始祖――( )鬼舞辻無惨。今のままでは、到底、敵いはしないだろう。

 

「冨岡……さん……?」

 

 あれから、もうすでに時間が経ってしまった。

 胡蝶しのぶを担ぎ、不死川を置き去りにし、上弦の弐のもとから、命からがら逃げ帰った後の話だ。

 

 すぐさま、蝶屋敷に向かうことになり、療養が始まった。

 怪我をして、尚、無理をおして剣を振り、走って帰ってきたからか、数日は手を動かすこと、歩くことさえ禁止された。

 

 そして、いくら待てども、不死川は帰ってこなかった。なぜ、こうなる。不死川が帰って来てくれた方が、鬼殺隊のためになったのではないか。やはり、あのとき、不死川の意見を跳ね除けてでも、自身が残るべきだったのかもしれない。

 

 だが、いくら後悔すれども、時は戻らない。また守れなかった。俺は人に守られてばかりだった。

 

 胡蝶カナエに、不死川実弥。柱を二人失ったこと。長年、掴めなかった上弦の弐の居場所が割れたこと。

 この事態に、柱合会議が開かれることになる。

 

 椅子に車輪をつけた手押し車のようなものに載せられて、柱合会議に参加することになった。

 押していくのは胡蝶だが、胡蝶はあれからおかしくなった。

 

「ハツミさんは、人と仲良くする善い鬼なんです。姉さんは、きっと、鬼と人とが仲良くできる世界を作ってくれるんです」

 

 事あるごとに、そう触れ回る胡蝶の行動は、心を壊した人のそれに見えた。

 

 不死川は帰ってこず、胡蝶はこうなってしまった。どんな顔をして、御館様に(まみ)えればいいかわからない。

 

「御館様におかれましても、ご壮健で何よりです。ますますのご多幸、切にお祈り申し上げます」

 

 芒洋と視線を彷徨わせていれば、そんな声が聞こえた気がした。

 本来なら、この会議にも不死川がいたはずだった。花柱も、鬼にならなければきっと……。

 失われたものは多い。だというのに、自分はこうして生き残っている。

 

「冨岡! 御館様が話しかけているというのになぜ答えない!」

 

「……!?」

 

 上の空だった。

 そう言われて、ようやく御館様の姿を認識できる。

 

「冨岡!」

 

「誠に、申し訳ございません」

 

「いいんだよ、義勇。今回のことで、大変だったんだろう?」

 

「…………」

 

 返す言葉がない。

 

 胡蝶カナエだった鬼に、上弦の弐は、村で稀血を飼っていると言っていた。

 

 不死川が稀血だというのは、周囲に知れ渡った事実ではあるが、果たして、今、不死川はどうなっているのだろう。

 死んでいるのなら、まだマシかもしれない。自由を奪われ、生かされ、血を奪われるだけの存在に成り果てている可能性がある。

 

 アレらは、そういう残酷な鬼だった。普通の鬼ならば実際にやってみようと思いもしないようなことも、平気で出来てしまう。人の尊厳などを微塵も顧みない。

 だからこその十二鬼月。だからこその上弦。

 

 そんなモノたちに捕らえられている可能性のある不死川を差し置いて、自らが大変だったなど、口が裂けても言えなかった。

 

「おい、冨岡。なにか言ったらどうだ?」

 

「御館様におかれましても、ご壮健で何よりです。ますますのご多幸、切にお祈り申し上げます」

 

「……冨岡。御館様への挨拶なら……さっき」

 

「……!?」

 

 そういえば、そんな気もする。

 御館様の前で、どれほど無礼な振る舞いを自らがしているか自覚し、慚愧に囚われる。

 

 皆が痛ましい目でこちらを見ている。同情するかのような目だった。

 何故だ。

 向けられるならば、非難のはずだろう。

 

「本当によく帰って来てくれたね。義勇。しのぶ。二人が帰って来てくれたこと、たいへん嬉しく思うよ」

 

 胡蝶しのぶは、今回の柱合会議に、上弦の弐と対峙したゆえ、同席が許されていた。

 

「はい……」

 

 そう御館様は喜んでいるようだったが、きっと不死川が帰って来たほうがよほどに良かったに違いない。

 己の未熟さが嫌になる。錆兎ならば、きっと……。

 

「つきましては御館様。見つかった上弦の弐。そして、鬼化したそこの胡蝶しのぶの姉、胡蝶カナエについていかがいたしましょうか」

 

「居場所が割れているのなら、即刻、討伐に向かい、頸を刎ねるべし。どうか御館様……我々に御命令を……」

 

 そう話が進む。

 きっと、柱たる彼らなら、花柱を倒し、上弦の弐をも討ち取ってくれるだろう。

 

「まってください! 姉さんと、ハツミさんなら――( )

 

 まずい……!

 

「胡蝶!! 喋るな……!!」

 

「良い鬼なんです……!! きっと、鬼と人とが仲良くできる世界を作ってくれるはずなんです!!」

 

「…………」

 

 制止を振り切り、胡蝶がそう言い切れば、周りは静まり返った。

 そして、最初に口を開いたのは誰だったか。

 

「身内が鬼になって、鬼に情でも湧いたか?」

 

「鬼を庇うとは、隊律違反だ。即刻、断首を!」

 

「可哀想に……なんと哀れな……。早く殺して、鬼から解き放ってあげよう……」

 

 柱たちは、一同に、胡蝶しのぶの死を求めた。

 まずい。

 

「義勇。これには、訳があるんだよね?」

 

 救いの手を差し伸べたのは、御館様だった。

 さすがは御館様だろう。

 

 胡蝶は確か、鬼になった姉に刃を向けた。確かに、鬼になった肉親を殺める覚悟はできていたはずだった。

 だが、その後に、わずかに目を離した隙に、こうなってしまったのだ。

 

「はい……あれは、胡蝶カナエが行方知れずになったと聞いたときのことです――( )

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして、原因となった事象を、御館様や、柱の皆に誤解のないよう伝えなければならなかった。

 胡蝶の命がかかっている以上、妥協など許されない。

 

「――以上です」

 

 だいぶ長い話になったが、皆、黙して聞いてくれた。

 これで、胡蝶しのぶがどのようにして、今のようになってしまったのか、みな、理解できただろう。

 

「……上弦の弐の頸には、冨岡の派手な斬撃も通じないのか」

 

「俺の攻撃は、お前のように派手ではない。その方が強いことが、お前にはわからないのか」

 

「…………」

 

 音柱の使う呼吸は音の呼吸。

 派手な爆発を伴い、音を響かせる剣技だが、水の呼吸を使う自身は、その派手さとは無縁だった。

 

 水の呼吸の型には、派手なものがないわけでもないが、自信のある型は、派手と言うには憚れるものばかり。

 特に作り出した拾壱ノ型は、音の呼吸のように派手ではないだろう。

 

 水の呼吸はその場その場に対応できる技を出すものである。だが、習熟度を加味すれば、自身の用いる技は、派手ではない方が強かった。

 

 自身が使う呼吸以外に造詣が深いというのは珍しい。自身も他人の使う呼吸を、それほど理解していない。音柱が水の呼吸の型についてわからなくとも、何も不自然なことではなかった。

 

「義勇。つまり、しのぶは、鬼になった胡蝶カナエの血鬼術でこうなってしまったというわけかい?」

 

「はい……」

 

 掻い摘んで話せば、御館様の言う通りだ。あの変化は、もはやそうとしか思えない。

 

「御館様! 姉さんがそんなこと、するはずがありません! 姉さんはとても優しいんです! そんな姉さんが、酷いことを……!」

 

「…………」

 

 柱たちが殺気立つ。

 止めなければ、口を塞がなければ。痛みを堪え、体を動かし、胡蝶の口を手で押さえる。

 

「むぐ……っ」

 

「……!?」

 

 噛まれた。

 

 少し怯むが、それでも、口を手で蓋をすることに成功する。これでもう喋れまい。

 

「しのぶ。カナエが優しい子だというのはじゅうぶん知っているよ。鬼と仲良くできないかと憂いていたくらいに……」

 

「うぐ……むがが……」

 

「……その結果が、これか」

 

 鬼になった胡蝶カナエが得た血鬼術は、その望みを無理に叶えるものだった。

 立派な柱だった。そう思っていた。あの鬼は、胡蝶カナエの成れの果て。

 

「御館様、胡蝶しのぶの処遇はいかがに……」

 

「少し隔離をしておこう。その血鬼術が、時間が経てば解ける類いのものか、確かめる必要があるからね」

 

「わかりました」

 

「むぐぐっ……!」

 

 そして、胡蝶しのぶは幽閉される運びになった。

 柱たちを納得させる、でき得る限りの寛大な処置。さすがは御館様だった。

 

 一つ、決着がつき、もう一度、皆が御館様に視線を直す。

 それを見計らってか、御館様は口を開いた。

 

「それで……上弦の弐についてなんだけどね。調べてみたら、その鬼のような特徴を記した、鬼についての文献が見つかったんだ」

 

「……!? 本当ですか、御館様!!」

 

「本当だよ。その文献によれば、ある剣士が稀血の人間を村で飼う鬼に遭遇したそうだけど、その鬼を倒したら、その村の人間たちが滅んでしまう。だから、討伐を諦めたそうなんだ」

 

「…………」

 

 皆が一様に黙り込んだ。

 

 確かに、あの鬼が言うには、村で稀血の人間を飼い、食料にしているということだった。

 

「御館様。村の人間は稀血ゆえ、鬼に狙われやすい。冨岡の話では、それを守るという道理で人の信頼を得ていると。ならば、こちらで保護をすれば、村が滅ぶことなど……」

 

「いや、文献で書かれていた内容では、そういうことではないみたいなんだよ。村にいる人たちは、その鬼が死んでしまえば、もうわずかな寿命で、すぐに死んでしまうとね」

 

「寿命を握るとは……なんと、悪辣な術を使う鬼だ……!?」

 

 通常なら、血鬼術は、鬼が死ねば効力を失うはずだ。

 けれども、鬼が死ねば寿命が尽きる。なにか違和感のようなものを覚える。

 

 御館様の言い方。そして、術の性質を考慮すると、鬼が術で、無理に人間の寿命を伸ばしていると、そう感じとれてしまう。

 

「ああ、なんということか……。早く鬼を倒さなければ、哀れな犠牲者が増えるばかりだ……」

 

 だが、誰もそれを指摘する者はいなかった。そう考えた自分が、きっと、おかしいのだろう。

 

「だから、この鬼を倒すことは、その村に暮らす人を殺すことにつながるだろう。業を背負うことになる。無理にやらなくても構わないんだよ?」

 

「やります! 御館様! 鬼を助け、鬼の助けを得る者たちも、また同罪。我々にできることは一刻も早くその悪鬼を倒し、犠牲者を減らすことに他なりません」

 

「あああ……鬼を助けるのも罪……。その村の者たちも皆、早く救わなければ……」

 

 柱たちは満場一致で上弦の弐を倒すことに同意をした。

 

「御館様。どうか、ご命令を……胡蝶カナエに、上弦の弐を今すぐにでも……」

 

「わかった。上弦の弐は、今、この世代で倒すことにしよう。でも、少し待ってくれないかい? カナエに、実弥に、柱が欠けたばかり……上弦は柱三人に相当する。胡蝶カナエが上弦ほどの力があるのなら、柱が少なくとも六人。居場所が割れているのなら、大事をとって、八人で挑むべきなんだよ」

 

「…………」

 

 御館様の言うことはもっともだった。

 この場には、柱が足りない。

 

「ですが、御館様。柱へと育つには時間が……。それでは逃げられてしまうのでは!」

 

「大丈夫だよ……。義勇の話では、村を覆う大規模な術で守られているということだった。その強大な血鬼術に驕って、上弦の弐は()()()()()()()()()。そんな気がするんだ」

 

「…………」

 

 御館様の自信に溢れる表情に、誰も反論ができなかった。

 上弦の弐は村の場所を変えないに違いない。

 

「御館様……冨岡の話では、あの鬼は術で縄張りに踏み入るものを殺すことができます。如何様に……」

 

「隠を向かわせて、行動の規則を把握して、外に出た瞬間を狙うのが確実だろう。それを第一に……それが駄目でも、その鬼の術を破る方法は思い付いているんだよ。出来るだけ、やらせたくはないんだけれどね」

 

「…………」

 

 さすがは御館様だ。

 どうやって破るのか、まるで見当がつかないが、きっと、間違いのない方法を思いついたのだろう。

 

「できるだけ、上弦の弐の村の人たちのことを、他の剣士(こども)たちには伝えないで欲しいんだ。この業を無闇に背負わせたくはないからね」

 

「わかりました……」

 

 そうして、柱合会議は終わった。

 

 そのすぐ後に、上弦の弐の村から、二人の子どもが連れてこられた。

 同じ日に、上弦の弐たちの動向を監視していた隠たちのうち、一人が死んだ。鬼に監視が見つかり、皆が逃げるために囮になった勇敢な男だったそうだ。

 

 その場所には、おおよそ、人一人が死んでしまうだろうほどの血の滲みに、花が添えられていたそうだった。

 殺しておいて……。花を添えたのは、おそらく胡蝶カナエだろう。そのちぐはぐな行動は、鬼になるということの痛ましさをひどく見せつけてくる。

 

 その後のことだ。これは、上弦との戦いでついた怪我での療養中、蝶屋敷でのことだった。

 

「この屋敷から、出るつもりか……?」

 

「……っ!?」

 

「どこへ向かうつもりだ? まさか、あの鬼のところではないだろうな……」

 

 子どもたちだった。

 あの上弦の村から連れてきたという子どもたちだった。

 

 女子が、男児をおぶっている。

 二人とも、村から連れられてすぐに熱を出し、蝶屋敷に連れられてきた。ただの風邪、ということだったらしいが、これが治らず、こじれた。二人ともだった。

 

 話を聞けば、今まで風邪など引いたことがなかったそう。

 一人、女子の方は、今は安定し、快方に向かっているが、男児の方はまるで治る気配がないと話に聞いた。

 

「……(ハツ)()様に治してもらうんだ。このままじゃ、こうじろう()ぃは……」

 

 鬼の呪いと……。

 そう結論付けるしかないほどに、一度、小康状態に落ち着いても、すぐに悪化する。

 

「駄目だ。鬼のもとには行かせられない……」

 

 戻ったからと言って、受け入れられる補償はない。どんな罰が待っているかもわからないだろう。食べられてしまうかもしれない。

 行かせるわけにはいかなかった。

 

「やだ……っ。こうじろうにぃが死ぬなんて、やだっ……! 絶対に、絶対に……(ハツ)()様は助けてくれるんだ……!!」

 

「鬼に、助けを求めるな!! 奴らは平気で人を騙し、尊厳を踏みにじる。鬼が都合よく、こちらの意見を受け入れると思うな!!」

 

「うぅ……」

 

 辛いだろう。苦しいだろう。大切な者が目の前で死ぬ。その痛みは決して癒えることがないのかもしれない。

 だからこそ、目の前で、涙を流す少女の気持ちはよくわかる。

 

 自身もまだ、完全に病気が治っていない。だというのに、自身の背丈を超える男児を背負って、屋敷の外に出ようとしている。

 鬼に逢いに行くのでなくとも、止めていたところだ。たどり着く前に力尽きることは必定。

 

「いいんだ……なえ……。(ハツ)()様の……言いつけを守らなかった……俺が……悪い……。お前が……無理をする必要は……ないんだ……」

 

「こうじろう、にぃ……」

 

「本当に、ごめん……。巻き込んで……俺のせいで……。辛い思いをさせて……ごめん」

 

「嫌だ。嫌だ……! 助けてください…… (ハツ)()様! なんで、こうじろうにぃだけ……。(ハツ)()様! (ハツ)()様! (ハツ)()様……っ!」

 

 それは無意味な懇願だった。

 できることなら、助けてやりたい。今、あの上弦の弐を斬れば、この男児は助かるのだろうか。

 それとも、御館様の言うように、村の人間だった二人とも、寿命を迎えて死んでしまうのだろうか。

 

 だが、柱が揃わない限りはどうにもならない。これが現実か……。

 

 その男児が死んだのは、そのときから、数日過ぎたときのことだった。

 

 ――『水の呼吸・壱の型 水面斬り』。

 

 ――『水の呼吸・拾壱の型 凪』。

 

「ぐっ……」

 

「この程度で、呼吸を乱すな! もう一度、修行をし直せ戯け者! ……む?」

 

 空から、カラスがやって来た。

 どうやら、任務のようだった。

 

「冨岡さん……」

 

「まず、常に呼吸を絶やさぬように訓練をすることだ。今日はここまでだ」

 

「今日は……?」

 

「…………」

 

 隊士に成り立てと言い訳ができるといえど、まだ、練度が足りない。

 早く水柱になってもらわなければ困るのだ。時間がある時に、みっちり扱かなくては……。

 

 不死川でさえ駄目だったのだ。あの上弦に、柱の資格のない自身では、おそらく敵わない。

 だが、なにもしないわけにはいかない。少しでも、刃を届かせるためにも、鍛錬は怠れない。

 

 走りながらでも、全ての型を滞りなく繰り出せるようになる必要があった。

 

「私が……冨岡さんの、継子に……」

 

「お前を俺の継子にするわけなどない」

 

「…………」

 

 柱の資格のない自身が継子を取れるわけがない。当然だろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「このままでは、二年と生きられないわね」

 

 病気に罹っていたのは、男の子だった。

 骨の中にできた悪いものが、悪い血を作り、小さな生き物に取り憑かれたやすくなったりして、死んでしまう病気を患っているとは、私の血鬼術の感知の結果だ。

 

 男の子は、私から隠れて、母親の後ろで着物にしがみついている。

 

「お金は……」

 

 母親はそう言う。

 こうして子供が病気であることを親に告げれば、親はまず間違いなくお金のことを心配してくる。

 

「そうね……今の月の支払いのままいくと……今までの分も合わせて、七十三年というところね……」

 

「……七十……三年」

 

「そのくらいになれば、アナタは死んでいるだろうから、その子が払うということになるわね。まあ、自分の病気なのだから、自分が払うことになるのも、なにも不自然なことではないと思うのだけれど」

 

「おねがいします。どうか……息子を……」

 

「まあ、でも、よく考えた方がいいんじゃあ、ない? 私が嘘をついているかもしれないのだし」

 

 この女性の兄は、病気と言った私のことを信用せずに、死んだ。

 病気で弱った後にでも、泣いて縋って、月々にいつもより多くお金を払えば、治してあげないこともなかったのだけれど、ついぞ、私を頼ることはなかった。

 

「……滅相もございません」

 

 そんな末路を見ているからか、そんな私の軽い冗談にも、丁寧に答えてくれる。

 

「そう、じゃあ、その子をこちらへよこしなさい? すぐに済ませるわ」

 

「はい……。ほら、行きなさい……」

 

「うぅ……」

 

 おそるおそる、男の子は私に近寄ってくる。優しい笑顔を浮かべてみるが、なぜか男の子は警戒を解かなかった。

 

「……緊張してるの?」

 

「おねぇちゃんたち、くさい……」

 

「…………」

 

 くさい?

 私たちが……?

 

 着物の裾を鼻に当てる。

 うん、鬼の鋭敏な嗅覚でも、そんなくさいと言うほどの匂いは感じ取れない。きっと、この男の子がおかしいのだろう。

 

 そう思っていると、私の代わりにカナエちゃんが前にでた。

 

「あのね。病気の人を見て回るから、血の匂いがついてしまうのよ。ごめんなさい」

 

 そう言って、カナエちゃんが男の子に微笑みかけると、男の子は、顔を赤くして頷いた。

 あらあら。

 

 それにしても、血の匂いか。私にとっては、美味しそうな匂いにしか感じられないのだけれど、人間には嫌な匂いだったっけ。

 あまり、指摘されることもなかったから忘れていた。

 

「いい? 今から病気を治すわよ?」

 

「うん……」

 

 そして、私は祈りを捧げるみたいに両手を合わせる。格好だけだ。

 

 私、医者じゃない。祈祷師ということで通っている。

 

 日の光に当れないから、医者の試験は受けられない。医者の試験は、学校に行く必要があるらしいし、私には無理だった。

 もうすぐ、すごい大学や、お国の作った医者の専門学校やらを出ないと、お医者様にはなれないようになるそう。世知辛い世の中だ。

 

 一度、無惨様の伝手で今の医者の試験の問題を見せてもらったことがあるが、ちょっと私にはよくわからなかった。

 無惨様は、問題をよくお分かりになって、すごいと思った。

 

「いくわよ……?」

 

 男の子のおでこに手を当てる。

 

 ――血鬼術『死覗風浪・(こやし)抜け』。

 

「……っ!?」

 

 身体の中の悪いものを探り出して、消滅させる。まあ、体を傷つけるわけだから、それなりの負担がかかるのは当然だ。

 

 倒れかける男の子を抱きとめて支える。

 

「終わったわよ? 今日はゆっくり休みなさい?」

 

「…………」

 

 無言だった。子どもなんてこんなものだろう。

 母親のもとへと返す。

 

「来月もよろしくね……?」

 

「……はい」

 

 カナエちゃんのことは話し終わっている。お金も既に貰っているから、もういいだろう。

 カナエちゃんを連れて、私たちは外に出る。今日はこの家が最後だった。

 

 琵琶の子と待ち合わせした場所へと、夜更の人のいない道を通って進んでいく。

 

「カナエちゃん、評判良かったわね」

 

「そう……?」

 

 私の血鬼術での治療を受けたことのある家々をまわり、お金を集めてきたのだが、カナエちゃんを紹介するなり、男の子は顔を赤くしたり、ソワソワしたり、しまいには求婚までする始末。

 

 カナエちゃんは、気づいていないのか、慣れているのか、まるでそれを大したことのないように受け流していた。

 

 私だって、時に前任者の姉妹や子ども、親戚という設定で、顔を変えたり背丈を変えたりしながら、お金を集めているから、求婚をされることくらいある。

 けれど、カナエちゃんの破壊力は、私よりも凄まじかった。なぜだろうか。私だって、別嬪さんとよく褒められるのに。

 

「……うーん」

 

「ハツミちゃん。ハツミちゃんって、顔がとても広いのね。大きなお家にも診察に行っているのだもの。驚いたわ」

 

「まあ、当然でしょう? 私は長生きなの」

 

 この治療してお金をせびる事業は、だいたい戦国の世ではもうすでに始めていた。

 その頃から、代々私のお世話になっているお家もある。

 

 金払いの良いところを主に標的にしているから、自ずとそういうでっかいお家になるということだ。

 

「ねぇ、ハツミちゃん。いっそのこと、診察に行っているところの人たちには、鬼ってバラしてみたらどう? そうやって、鬼と人とが仲良くできる世界に協力してもらうの」

 

「……それって、面倒にならない?」

 

 鬼だとばれて、噂でも立てられれば、鬼狩りがやって来るのが必然だ。

 

「大丈夫よ。黙っていてって、お願いすれば良いの。私に任せて……? そうすれば、お金ももっと貰えるかもしれないし」

 

「……そう」

 

 カナエちゃん。人間を恫喝でもするつもりなのだろうか。

 

「それで、それで、他にもお金を分けてくれそうな人を紹介してもらうのよ。みんなから、稀血の子たちを沢山育てられるお金を貰うの!」

 

 上手く行くとは思えなかった。

 大抵、お金をもらうには何かしら、相手の利益になることを行わなければならない。それか脅して奪い取るか。脅したら、鬼狩りに密告される可能性が高くなるから、私はそんなことしないけど。

 

 カナエちゃんの言っていることは、よくわからなかった。

 

「カナエちゃん。お金を分けてくれそうな人って……? 簡単にお金が貰えるとも思わないのだけれど」

 

「私たちの目指す世界は素敵な世界でしょ? お金なんかじゃ簡単に手に入らないわ。だから、よく話し合えば、支援には、きっと、全力を尽くしてくれるはずよ?」

 

「……!?」

 

 私は衝撃を受ける。

 確かにカナエちゃんの言う通りだ。

 きっと、私たちの望む世界のためならば、みんな、私財を投げ打って、協力してくれるに違いない。

 

「ハツミちゃん。私に任せて! きちんと成功させてみせるわ」

 

「ええ。カナエちゃんなら、きっとうまくできるわよ!!」

 

 私には確信があった。

 そして、カナエちゃんのおかげで、カナエちゃんが減らした分の在庫の血もすぐに元通りになるに違いない。

 

「ねぇ、今日はもう終わったのでしょう。私、疲れちゃったわ。早く帰ってご飯食べたい……」

 

「え……?」

 

 挨拶まわりをしただけだ。

 屋敷を出る前もカナエちゃんは血を飲んでいた。

 そこから、疲れるようなことしてはいないはず。歩くくらいじゃ鬼は疲れない。一応、人間に擬態しているけど、それくらいじゃ、そんなにお腹は空かないはず。

 

 傷を治すか、血鬼術を使うかしないと……。

 

 カナエちゃんは、いつも人間を食べたくてどうしようもないように感じる。やっぱり、不自然だ。

 

「ハツミちゃん? どうしたの?」

 

「カナエちゃん。カナエちゃん。こっそり、血鬼術を使っていたりしない?」

 

「……? どういう意味?」

 

 その顔は、まるでなにもわかっていないというようだった。後ろめたくて何かを隠している様子ではない。

 

 カナエちゃんは、嘘を平気でつけるような性格にも思えないし、私は何年も生きて人間を見続けて来たから、ある程度の嘘は見抜ける。

 カナエちゃんは、本当になにもわかっていないようだ。

 

「カナエちゃんがそんなにお腹が減るのが、少しおかしいと思ったからなんだけど……」

 

「……おかしい……? 私が……? 鬼って、こういうものではないの?」

 

「……違うと思うのだけれど……」

 

 普通の鬼と比べれば、カナエちゃんは食べすぎだろう。まあ、たくさん食べることは無惨様も推奨しているし、悪いことではないのだけれど。

 

「……でも、私の倒して来た鬼たちは、たくさんの人間を食べていたわ。それに比べたら私なんて……」

 

「カナエちゃんは稀血の子の血を飲んでいるけど、計算したら一日に五人くらいの人間を食べる栄養と同じになるわ。一日でそこまで食べる鬼は、ほとんどいないと思うのだけれど……」

 

「……そうなの?」

 

「……そうよ?」

 

 一日に五人の調子でいなくなったら、人間たちは、かなり騒ぐと思う。一週間で三十五人、一年で千人は優に超えるわけだから、無理がある。

 

「でも、ハツミちゃん。私、人間を襲わないか、とっても不安なの。血を飲めば、お腹も満たされて、安心できて、とても幸せな気分になれる……。そうじゃなきゃ、私、生きて行けないわ……」

 

「そう」

 

 その気持ちはわからなくもない。私だって、血を飲んで忘れたい嫌なこともある。

 縁壱とか、縁壱とか、縁壱とか……。ああ、全部忘れてしまいたい……。

 

 だが、もう一度、縁壱のようなやつが現れたときのために、完全に忘れるわけにはいかなかった。

 縁壱……。

 

「村が大きくなれば、大丈夫でしょう? 私、頑張って、とっても大きくするわ! だからいいでしょう? ねぇ、お願い!」

 

「……うーん」

 

 カナエちゃんが居れば、里が大きくなるのも早そうだけれど、どうしたものか。

 ここは、やっぱり、カナエちゃんの能力開花のためにも血を飲ませ続けた方がいいのか。里の子たちが食べられないためにも、血を飲ませ続けた方がいいのか。

 どちらがいいのか私は悩んだ。

 

 なんだか、選択の余地がないような気がしてきた。

 

「だめ?」

 

「わかったわ。そのかわり、ちゃんと働くのよ?」

 

「もちろんよ! みんなが仲良くできる世界を作りあげて見せるわ!」

 

 そうして、カナエちゃんは機嫌を良くする。

 

「ちょうどかしら……」

 

 琵琶の子との待ち合わせの場所にたどり着いた。

 帰っても、里の子たちから血を貰ったり、悩みを聞いたり、私にはやることがたくさんある。

 全ては美味しい血のため。妥協なんて許されない。

 

 美味しい血が採れれば、私も満足だし、なにより、無惨様にも認めていただける。なによりの喜びで、無惨様から血を分けていただく瞬間の幸せといったら、他にない。

 

 ああ、私はなんて、幸せな鬼なのだろう。

 

 琵琶の音が鳴って、私たちは空間を移動する。

 

「……!? ……!! ……!?」

 

 縁……壱……!?

 

「…………」

 

 気付けば私は尻もちを突いて後ずさっていた。そんな私は神妙な顔で、『()()()()』に見つめられている。目が六個あるから、間違いがない。

 そうだ。縁壱が生きているはずがない。

 

「久しぶりね、巌勝くん」

 

「黒死牟だ……。無惨様より賜った尊き名……ぞんざいに扱うことなどまかりならぬ……」

 

「いいじゃない? 毎回注意されるのも億劫だから、前に無惨様に尋ねたのだけれど、別に構わないと言っていたわよ?」

 

「……そうか……」

 

 上弦の壱は、そうして黙り込んだ。無惨様が許したとなれば、指摘する必要もないのだろう。

 

 名前、一回覚えちゃうと、新しい名前になっても忘れて前のまま呼んでしまうのよね。

 里の子たちは、下の名前で呼ぶから、一生変わらなくて、なんともないのだけれど、お金をせびりに行く家の人は、結婚した女の子だと旧姓で呼んでしまう。

 

 問題はあまり起こらないのだから、いいのだけど。

 

 上弦の壱は、継国巌勝って、覚えたから、違う呼び方で呼ぶのも今更しっくりこない。

 

「ハツミちゃん……。ここは……どこかしら?」

 

 きょろきょろとカナエちゃんは、周りを見渡している。確かに、ここは私の屋敷ではない。

 

「ふふっ、カナエちゃんは、来るのが初めてでしょう! だから、教えてあげる。ここは、まことに偉大なる御方である無惨様の本拠地! その名も、()()()よ!」

 

「無限城?」

 

 正直、この城がどうなってるのか良くわからないけど、鳴女ちゃんが頑張っているらしい噂は聞いたことがある。

 

「ここでは、十二鬼月の鬼たちが集められて、無惨様の有り難いお言葉で、お説教されるのよ」

 

「……鬼って、大変なのね」

 

 そうかもしれない。けれど、私は鬼になって、とても満足な日々を送っている。

 

 また、琵琶の音がする。

 

「やあやあ、カナエちゃんじゃあないか。ということは……グハッ!!」

 

 面倒だから、私の血鬼術で粉々にしておいた。これで当分は喋れないだろう。

 

 次々に鳴る琵琶の音に、上弦の鬼が現れる。

 

「…………」

 

「猗窩座殿。いやはや元気そうでなにより……。八十年ぶりでございましょうか?」

 

 そして現れた肆と陸が会話を始めた。というより、陸が肆に一方的に語りかけているのか。

 仲が良いのは良いことだ。

 

 その会話に伍が割り込む。

 

「九十九年ぶりじゃ……。九の揃目、不吉の丁……。奇数! 恐ろしや、恐ろしや」

 

 そんな伍を、参も、陸も無視。伍も、あまり話す気はないのか、一人で恐ろしやと言っているばかりだった。

 前に集められた時から、百年以上経っているような気がするのだけど、気のせいだろうか。

 

「前に集められたときは、上弦が欠けた時……猗窩座殿が欠けたと思って、胸が躍……いえ、心配して……」

 

「…………」

 

 そういえば、そうだった。

 でも、見た限り、上弦は欠けていない。なぜ、呼ばれたのだろう。それはそうとだ。

 

「カナエちゃん。見て、玉壺よ? 玉壺はね、壺のお化けなの」

 

「えっ……?」

 

「きっと、無惨様が壺に血をお分けになったから、ああなったに違いないわ」

 

「キョキョ!?」

 

 まるで、同じ人間から鬼になったとは思えない面妖な格好を玉壺はしている。きっと、そうに違いない。

 

「ハツミちゃん。私のこと、からかってる?」

 

「え? 違うけど……。玉壺……ねぇ、そうなんでしょう?」

 

「キョ……? キョキョ……ッ」

 

 なんだか、玉壺は冷や汗を流して狼狽えていた。

 つまらない反応だった。絶対、壺のお化けなのに、どうして頷かないのだろう。

 

「欠けたのは童磨か……」

 

 上弦の『肆』がそう漏らす言葉が聞こえた。感傷に浸るような声だった。

 

「おいおい、猗窩座殿。勝手に殺さないでくれるかい? 俺はこの通り、生きているぜ?」

 

 その声に、上弦の肆が、驚いたように振り向く。

 いつの間にか復活した童磨が、上弦の肆の背後に忍び寄っていた。

 

 それにしても、こんなに話しかけられるなんて、猗窩座は上弦のみんなに人気だった。

 

「猗窩座くん。猗窩座くん。今度、私の里に来ない? 美味しい血をご馳走するわよ?」

 

「……二度と誘うなと言ったはずだ」

 

「つれないわね……」

 

 私も話しかけてみたが、この通りだ。つまらない。

 私、嫌われているのかもしれない。

 

「だったら、俺が代わりに……」

 

 血鬼術で、頭を潰した。

 

「アナタには言っていないわ」

 

 童磨には、お金払わなきゃあげないんだから。

 

「無惨様が……御見えだ……」

 

 その言葉に、上弦の皆が控える。もちろん、言われずとも、私は気付いていた。

 カナエちゃんも、ちゃんとみんなに合わせて控えている。

 

 そうして、無惨様が御目見えになって、口を開いてしまったのは、カナエちゃんだった。

 

「……御館様……?」

 

「誰が喋っていいと言った?」




 次回、胡蝶カナエ、十二鬼月に……!? 襲いくる圧迫面接……!

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