メランとホーミング聖ノ話しになります。バレットたちはお休みです。
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メランは周りを見回した。
ああ、これが、神をかたるものたちの末路なのか。
メランの脳裏には紙の上で踊った、まるで神のように振る舞う人間程度。
「き、君は・・・」
「私が驚かせてしまったため、お子に怪我をさせてしまいました。詫びにと来た次第です。」
「あ、いいえ!こちらこそ、連れてきていただいて。」
それにメランの眉間に皺が寄った。ああ。嫌になるほどまでに、真っ当な反応じゃないか。
メランはロシナンテをそっと床に下ろした。幼い少年はてとてととホーミングのほうに歩いて言った。それにドフラミンゴも続いた。
「ちちうえ、りんごもらった!」
「そ、そうなのかい。」
ホーミングはロシナンテを抱き留めた。ドフラミンゴもまたその腕に抱きついた。三人は無表情で仁王立ちをするメランを警戒するように見ていた。
その時、部屋の隅に置かれたベッドからうめき声がした。それにホーミングたちはベッドに駆け寄った。
(・・・ああ、そうか。奥さん、まだ生きてるのか。)
まるで古ぼけた白黒映画を眺めているような気分だった。つまらない、オチを知っている映画の二回目を見ている気分だ。
(死ぬんだな、あの人。)
げほげほと咳き込む声がした。その夫と子供二人が縋り付くように女の背中を撫でていた。ああ、さっさと帰ろう。
関係ないのだ。
そうだ、さっさと帰ろう。待っている、この世よりも大事なあの子、優しい兄貴分。
こんなよくある悲劇、無視してもいい。
だってそうだ。天竜人が作り出した悲劇の方がよっぽど悲惨だ。
因果応報、そうだろう?
そうなのだ。
(そのはずなんだ。)
「母上!」
子供の、声がした。それに振り向いてしまった。ああ、泣いている。いつかに、国を滅ぼす男。いつかに、兄を止めるために死んでしまう青年。
そうして、己の善性によって息子に殺される男。
ああ、だめだ。
やっぱりだめだ。
メランは後ずさった足を、奥に向けた。
それはだめだと、遠い昔の自分が言った。
「おい、おまえら、どけてくれ。」
それにホーミングたちは驚いた顔をしてメランを見上げた。
ホーミングは固まっていた。唐突に息子達を連れてきたメランという少女は、まるで冬の終わりのような子供だった。
しんと静まりかえった雪原のようで、その下で春を前にした芽吹きのような苛烈さがその黄金の瞳から漏れ出ていた。
メランは三人をともかくどかせると、ベッドに横たわる女の手を取った。
「は、母上になにするんだえ!?」
「病状を診るんだ。ひっついててもいいから邪魔するな。」
ドスをきかせてそう言えば、ドフラミンゴは怯えたような顔をしたが、メランの腰に抱きついた。
後ろでホーミングがおろおろとしていた。
「・・・・あ、なたは。」
「しんどいならしゃべるな。」
(医療は怪我専門だが。勉強してて良かった。)
メランは脈を取り、喉などを見た。病状からして、風邪をこじらせた末の肺炎であるだろうと当たりをつけた。
(本当ならもっと本格的な医者に診せた方が良い。私も自信を持って診断を下せない。)
メランはそう思いつつ、応急処置のために、幸いなことに買った物資に入っていた熱冷ましの薬と、栄養のために果物をすりおろしてやった。
(・・・いや、ほんとになにやってんだろう。)
メランはゴミための中、適当に見つけてきた鍋を洗い、その場でせっせと簡単なスープを作っていた。メランはそれを器に装い、少しだけ冷ました。
「ほら、熱いから。気をつけなさい。」
ロシナンテとドフラミンゴは渡されたそれをきらきらとした眼で見つめた。クンと香る優しげな匂いによだれを垂らした。
それをメランは皮肉そうに笑った。
ああ、惨めな話じゃないか。
こんな、ゴミ溜めの中で。こんな、腐敗臭の漂う、この場所で。こんな貧相なスープに喜ぶ彼らは本当ならばこの世の宝のように、何もかもを与えられているはずだったのに。
彼らはすぐにスープを平らげてしまった。そうして、おかわりを要求した。メランは彼らの器にもういっぱいスープを装い、そうして、もう一つ器を手渡した。
「お前さん達の母君に持っていっておやり。薬のために腹に何か、いれておかないといけないからな。」
子どもたちは久方ぶりに母親にまともなものを食べさせられるとウキウキしながらあばら屋に入っていった。
メランは目の前で気まずそうにスープの入った器を見つめるホーミングを見た。それにメランは意味も無く鍋の中身をかき混ぜた。
「・・・・なあ。」
「え、あ、な、なんだい!?」
わたわたと慌てるホーミングにメランは淡々と言葉を投げかけた。
「なんで、わざわざ聖地を離れたんだ?」
「あなたは、私が何者であるのか、知っているんだね・・・」
「答えろ。あんた、わかってるだろう。自分たちがこの世界で、どう思われているのか。」
それにホーミングは視線を下ろした。それにメランは腹の中でふつふつと怒りがわき上がってきた。
あの、まろい頬を思い出す。幼い少年二人。
彼らは確かに業の深い血統に生まれたのだろう。そうであるとして、彼らの罪は何だろうか。ドフラミンゴ、ああ、そうだ。
彼は良くも悪くも天竜人らしいあり方をしていたのだろう。けれど、それでも、彼らの罪とは、何なのだろうか。
生まれは変えられない、やってしまったことはなくならない。人はその中で生きていかなければいけない。
だとして、その業を支払う必要はあったのだろうか。
考えるのだ、いつだって、いくども、幾度も、考えるのだ。
「自分たちが何をしてきたのか、見てきただろう。ホーミング、あんたがしていなかったとして、それで他の天竜人は奴隷に何をした?あんたらのいう下々に何をしていた?どうして、わからなかったんだ。」
メランは顔を覆った。自分が何を思っているのか、わからなかった。何を言いたいのか、目の前のそれに怒っているのかさえも曖昧で。
「何故、下りてきた。そうだ、竜を騙る人間よ。己が人間でしかないとわかっているのならば。自分たちがした悪逆の意味を、なぜ、わからなかったんだ。」
掠れるような声でそう言った。その時、何故か、ホーミングが自分に近づいてくるのがわかった。それはひどくおろおろしていて、どうすればいいのかわからないのか、メランの周りを犬のようにうろついていた。
メランはそれに何か、馬鹿らしくなって顔から手を離した。
さすがはドフラミンゴとロシナンテの父親だ。彼は非常に大柄だった。それを丸めて、小さなメランを見ていた。
彼はなぜか、嬉しそうだった。本当に心の底から嬉しそうだったのだ。
(ああ、ああ、ふざけるな!)
見ろよ、この地獄を!
お前達が始めた地獄だろうに。お前達が嘲笑った末の悲劇だろうに。お前達が、お前達が、散々に上に立つという義務を放棄した結末で。
どうして、その地獄で、今まで散々なるものたちのツケを払うはずの、あんたが、どうして、笑っているんだよ。
ホーミングはメランの前に腰を落ち着けた。
「・・・・その、昔、とても綺麗な歌声の。ああ、奴隷を、父が買ってきたんだ。」
ホーミングはひどく落ち着かなさそうな顔で、ぽつりと言った。
「とても綺麗な声だったんだ。その声を皆が称えた。私もとても好きだった。好きで、とても、好きで。奴隷であった皆も彼女のことが好きだったんだと思うよ。その時、私は、思ったんだ。」
なら、私には何が出来るんだろうって。
ホーミングはまるで劣等生の子供がテストの点を誤魔化すかのような、そうして、不相応なものを抱えて苦しむように、胸を撫でていた。
「皆が皆、私を愛してくれていた。同胞の彼らは、たくさんの贈り物、食事、衣服に、宝石におもちゃ。与えられて私は、ふと、思ったんだ。こうやって与えられる私には、いったいどんな価値があるんだろうと。」
それは天竜人であるホーミングにはあまりにも突然生まれた感覚だった。
けれど、ホーミングは幾度も、周りによって価値があるものたちについて見せつけられた。
そうして、思ったのだ。
神であると名乗る自分たちは、結局の話、なにもできないじゃないか、と。
美しい歌声を持たず、何かを倒せる強さはなく、賢しき知性は無く、目が眩むような美しさは存在せず。
ああ、なんだ。
神なんておこがましい。
高らかに笑う同胞達。価値ある者を無下に扱うみんな。
自分たちは、どうしようもなく、醜いまでに人間じゃないか。
それを知って、ホーミングはなんとか周りを変えようとした。
自分たちは人間だ。だから、同じ人間を奴隷のように扱うなんておかしいじゃないか。
それを周りの人間は散々に無下に扱った。
何を言う。我らは神、人をどう扱おうと、神に逆らう方が間違っている。
ホーミングは疲れてしまった。
聞き入れられないことに、同胞達の傲慢さに、行われる非道に、重ねられる愚かさに。
自分たちは人間だ。
こんな悪逆は赦されない。こんな、愚かさは赦されない。
出て行こう、自分はここでは生きられない。自分はもう、自分たちが神であるなんて夢を見続けることも、その愚かさを背負い続けていくことも出来ない。
ただ、静かに暮らしたかった。ただ、誰の悲鳴も、誰の叫ぶ声も、下卑た笑い声も、聞かない生活を。
その、愚かな竜の名を放棄したかった。
ああ、人々が笑っている。
日々を生きている。
泥に汚れた手で何かを育て、生きるために戦い、誰かと共に、誰かを大事にして生きている。
ああ、自分たちは違う。
傷つけば血が流れ、腹を空かせ、眠る自分たちはどうしようもなく人間なのに。
なのに、どうして、神であるなんて名乗れるのだろうか。
そうだ、人になろう。自分を間違いだという同胞に、自分が人になることを示してみよう。
何かが変わるのかもしれない、そうだ、どうか、何かが変わるはずなのだ。
「・・・・私は、人が好きだったよ。自分が人だとわかって、私は、君達の輪に入りたかった。ただの人間として、人間の輪に入りたかった。同じように善き者を称え、美しいものを賛美し、優しい誰かに微笑みたかった。そうだ。なのに、私は。私たちがしたことを理解していなかった。その悪逆を自分で見ておきながら、私は、私だけは違うのだと、変わる事なき傲慢さで、家族を巻き込んでしまった!」
ホーミングは自分の愚かさを、その少女に懺悔した。今、少女が自分たちにとって何者であるのか、わからない。
けれど、ホーミングは、少女に感謝したかったのだ。
「・・・ありがとう。」
掠れた声でホーミングは言った。
「・・・なんで、礼なんて言うんだ。」
苦悶の顔をした、メランにホーミングはそれでも微笑んだ。
ああ、だって礼が言いたかった。ありがとうと言いたかった。
ああ、だって、そうだろう。
「君は、私を人間だと言ってくれたからだよ。」
メランはそれに目を見開いた。
地上に降りてきて、ホーミングは自分の愚かさを理解した。ホーミングは誰のことも虐げたくなかった。だから、天竜人を止めた。
けれど、人々はそうでなかった。彼らは自分たちに怒りを向けた。それは当然だったのだろう。
けれど、ホーミングはずっと思っていた。
人々はホーミングを天竜人とした。天竜人はホーミングを愚かな同胞であると嗤った。
ただ、ホーミングは人間でありたかった。人間として、人と共に生きていたかった。
メランは初めて、ホーミングを叱ってくれたのだ。人間として、ただ、その愚かさを叱ってくれた。
ホーミングはおそるおそる、メランの、その、堅くなった手を握った。
「ありがとう。私を人間と言ってくれて。天竜人たちの行いを、間違いだと、私に言ってくれて。」
ああ、本当に、ありがとう。
ホーミングは微笑んだ。自分の家族を不幸にしてしまった。自分の行いがどれほどまでに愚かであったのか、ホーミングは確かに理解していた。
けれど、ホーミングは嬉しかったのだ。
ずっと、抱えた違和感、己の世界に対して抱いてしまった疑心はずっとホーミングを苦しめていたから。
彼女がきっと初めてだった。
ただ、真っ向から、彼女は天竜人を人だと言ってくれたから。彼らの行いを悪逆だと、ホーミングを人として怒りを向けてくれたから。
ホーミングを人だと言ってくれた。
それは、いつかに、その違和感に苦しんだ、ホーミングへの確かな救いであったのだと。
ああ、何故に泣く、天に座したるはずだったもの!
メランは己の手を取ったその男を見つめた。どうだ、どうだ、見るがいい。
この愚直なるまでの善性を!人に憧れた、神になれなかった、素朴なる善性を!
メランの中でガンガンと頭痛がした。
帰らなくてはいけないのだ。そうだ、自分を待つ人たちがいる。ならば、こんな愚かもの、さっさと放り出してしまえば良い。
なのに、なのに、メランの中で、メランがいつかに生きた前世がその男を見てがなり立てるのだ。
これは善なる者だ、これは良き者だ、これは肯定されるべきあり方だ、これは、これは、自分が、メランが是とするべきものである!
わかっているのだ。確かにそのホーミングは愚かであったはずなのだ。
けれど、けれど、その善性は、弱者を弱者たらしめるこの世界の構造を否としたあり方は肯定されるべきものであるはずなのだ。
メランの中で、前世から積み上げた、善性がメランを見ていた。
これの死を許容すべきではない、これの否定を赦してはいけない、これのあり方を罵倒などするものか!
わかっている。あのとき、ドフラミンゴとあった時、あのとき、自分はその場を立ち去るベきだった。だって、わかっていたはずだ。
彼らの過去を知っている自分、それを見捨てたその瞬間、メランは自分を自分たらしめる善性を放棄する。
それは自分にとって紛れもない破滅に他ならないのだ。
(ああ、だめだ。わかってる。こんなものを背負い込む資格も、強さも、余裕もない。)
わかっている。けれど、メランは目の前で、自分の愚かしさに後悔し、人であることへの肯定をうれしがる男に、死んで欲しくないと思ってしまった。
ドフラミンゴたちのはしゃぐ声がする。
ああ、子供だ、子供なのだ。彼らだって、いつかに、傷つけられた、子供であったのだ。脳裏に自分が死んで欲しくないと考えた、一人の少年の姿が思い浮かんだ。
メランは目の前の男の手を、そっと握った。
決意するように、怒るように、そうして、何もかもに諦めるように。
自分の腰にあるポーチに入れたいくつかの海図。とある場所への道順がかき込まれている。
以前、とある島で手に入れたものだ。
賭けだ。これはどうしようもない、愚かな賭けだ。けれど、ホーミングを救うために後ろ盾になってくれそうな存在を、メランは数人、検討をつけた。
「・・・・ホーミング、あんたは賭けに乗れるか?」
「賭け、かい?」
ポーチからメランは一つの行き先を告げるそれを取り出した。それはゴア王国と書かれた海図。
「破天荒な、げんこつ野郎なら、希望ぐらいは抱けるだろうさ。」