お久しぶりです。短めです。
目覚まし時計の音がした。それにドンキホーテ・ドフラミンゴは目を覚まして、慌てて起き上がった。そうして、隣で眠る弟を揺すり起こした。
「ロシー!時間!」
「・・・おはよう、あにうえ。」
「おはよう!」
ドフラミンゴは弟のロシナンテの目が覚めるように、できるだけ大きな声で挨拶をした。そうして、ぴょんとベッドから下りて着替えをする。ついでに弟の着替えも手伝ってやる。ちらりと同じ部屋の父と母のベッドを見れば、すでに二人の姿はなかった。
ドフラミンゴは転びそうになる弟を支えながら短い廊下を急いだ。
「おはよう!」
そう言って目的の部屋に飛び込むと、そこには先に起きていたらしい、父母。
「おはよう、ドフィにロシー。」
「母上、父上、おはよう。」
「おはよお。」
ドフラミンゴとロシナンテが間延びしながら返事としていると、横から声がした。
「二人とも、さっさと席に着け。朝飯だ。」
それにドフラミンゴは声の方を見た。そこにいたのは、一人の少女は。深い青の髪に、自分の髪と同じような金の瞳をしたそれは二人を食卓に呼び寄せた。
それを確認すれば、少女、メランの号令と共に食事が始まった。
ドフラミンゴがその船に乗ってから数週間ほどが過ぎた。
正直に言えば、その生活は以前の暮らしに比べればずっとましだった。
ドンキホーテ一家以外の船員達は、聖地から下りてから一番に優しくしてくれた。
特に、医師見習いのマルコという少年のおかげで、母の病気はすっかりよくなった。それだけで、ドフラミンゴの中でのマルコへの印象は悪いものではなくなった。
次にはバレットについてだが。バレットのこともドフラミンゴは気に入っていた。なんといっても強いのだ。一度だけ見た戦闘はまさしく、少年の心を魅了するには十分などほどに強かった。
それは、例えば、いつかに見た武人といえるような技術。それと同時に、まるで怪獣のような理不尽な強さ。それは少年の心を掴むには十分なものだった。
といっても、バレットは無口で正直に言えば非常に怖かった。曰く、そう年が変わらないと聞いていても怖いのだ。
暖かい食事や寝具も、以前に比べればずっと良い。
そうだ、ましになっている。残飯をあさることもなく、唐突な暴力に怯える必要も無い。
たった一人だけを除いて。
「ドフラミンゴ、手が止まっているぞ。」
「う、うるさい!」
目の前の、海色の女を除けばの話だが。
正直に言えば、ドフラミンゴはメランの船に乗ることには反対であった。また、お人好しの父親が騙されてしまったのだろう。
自分たちを取り巻く環境、そうして、自分たちの立場についてドフラミンゴは早々と覚っていた。
自分たちがすでに崇められ、恐怖される立場から引きずり落とされたのだと。その原因が父であることも覚っていた。
けれど、ドフラミンゴにとってそれでも父は大好きな人だった。
この男のせいでという気持ちと、それでも大好きだという気持ちは半々で。割り切れない気持ちがぐらぐらと揺れていた。
そんなとき、父であるホーミングから島を出るという提案があったとき、ドフラミンゴは反対した。母親は病気で、下手に動かしたくなかったのだ。
けれど、そんなのものはメランによって見事に打ち切られた。
「嫌もくそも、受け付けん。行くぞ。」
そう言ったメランはドフラミンゴとロシナンテを担ぎ上げて、そのまま船に放り込んだわけだ。
乗った船でドフラミンゴは例えば残飯をあさるような惨めな目に遭うことはなかったし、風呂にも毎日ではなかったが入ることも出来た。
それが破格の扱いであることぐらい、ドフラミンゴにだってわかっている。
天竜人というそれがどれだけ嫌われているのか、とっくに理解していたからだ。
「くそが!!」
「ドフラミンゴ、へばるには早い!」
その言葉にドフラミンゴは立ち上がった。目の前にいるのはメランで、彼らがいるのは水などの補給のために、そうして、メラン曰くもうすぐやってくる嵐に備えるために訪れた無人島の浜辺でのことだった。
ドフラミンゴの体はぼろぼろだった。打撲に、傷だってついている。何故って、簡単な話だ。
メランがドフラミンゴに走ってくる。それが、彼女の本気であることを悟り、ドフラミンゴは足に力を入れた。
振りかぶられた足をドフラミンゴは躱した。
「よし!その調子だ!」
ドフラミンゴはメランから体術というものを叩き込まれていた。
ドフラミンゴはメランが嫌いだ。
それは様々な理由がある。
例えば、彼女は父母を船でこき使っている。
特に、父であるホーミングには雑務の仕方を叩き込んでいた。
「・・・あの人が料理を覚えるのが先か、それともキッチンが全焼するのが先か。」
そんなことをメランがぼやいているのを聞いた。
それでも、少しずつであるが父の仕事ぶりは上がっている。今までの人生でまったく縁が無かったが故の経験不足は、回数をこなせばある程度慣れるのだ。何より、のんびりとしており、真面目で勉強が好きである彼はこの頃は栄養などについても勉強している。父は、そんな生活が楽しいらしい。
「きっと、私はこう生きていたかったんだ。」
そういってランプの光の中で微笑む父は、ドフラミンゴが見た中で一番に生き生きとしていた。
メランはホーミングになんとか手に職をつけさせようとしていた。それと同時に、世界的な常識も教え込んでいた。
病気が治った母にもメランは仕事を課した。それがドフラミンゴには気に入らない。元気な父ならまだしも、か弱い母に何をさせるのだろうかと。
それを、一度抗議したこともある。けれど、メランはそれをはねのけた。
「あの人も出来ることを増やした方が良い。生きると言うことはそういうことだから。」
癪に触るが、母はそんな生活を楽しんでいた。病気がよくなって、父と一緒に楽しそうに生活を学んでいる。
母は繕い物をよくした。元々、刺繍の腕のよかった母にメランはほっとした様子だった。
「緻密な刺繍が出来るなら、それだけで売り物になる。」
「こんな腕でもいいのかしら?」
「ああ、これだけ精巧なら十分だろう。」
母はメランと話すことを楽しんでいた、いいや、父もまたメランと話すのが楽しそうであったし、下手をすれば二人ともバレットとマルコにだって平気で話しかけていた。
ドフラミンゴは何故、そんなにもあっさりとメラン達を信用できるのかわからなかった。確かに、ドフラミンゴたちを苦しめるのなら、わざわざこんな、人として扱うような手間をかける必要も無いだろう。
それでも、ドフラミンゴは信じられなかった。だから、感謝だとか、好ましいと思っても、できるだけ距離は保っていた。
「ドフラミンゴ!」
そんな怒声が当たり前になったのはいつからか。
メランはドフラミンゴの大好きな父と母を容赦なく叱った。そうして、何よりも叱られるのはドフラミンゴだった。
怒声も上げたし、容赦なくげんこつも、果てには尻だって叩かれた。父母は慰めてはくれたけれど、やっぱりメランの味方だった。それも仕方が無い。
メランが怒るのは、ドフラミンゴが我が儘を言ったときだとか、いたずらをしたときぐらいだった。
ただ、諭すように叱るホーミングたちのそれに比べてメランのそれは暴力だって伴う。
はっきり言おう。
メランが、ドフラミンゴは怖かった。叱られると、思わず背筋が伸びて、うなだれてしまう。プライドの高いドフラミンゴには耐えられない事実だった。
そうして、もう一つ、メランのことが嫌いな理由があった。それは、メランはドフラミンゴに戦う術を叩き込もうとしていた。
島などの広々とした場所に行けば、メランはドフラミンゴを相手に組み手と言えるものとした。
「この世界の理不尽さは知っているだろう。だから、今度はあらがう術を持ちなさい。」
それがメランの言葉だった。最初はホーミングもさせられていたが、悲しいかな、彼には戦う才と言えるものが皆無だった。
そのため、今ではドフラミンゴ一人がメランの相手をしている。戦う術と言っても、ドフラミンゴが習っているのは何かあったときの逃げ方だとか、攻撃の避け方、受け身の仕方などだ。
バレットやマルコも講師役に考えられたが、二人とも手加減が下手くそで、ドフラミンゴを手違いで殺してしまうと早々に首となった。
ドフラミンゴはメランにそれはそれは痛めつけられた。
「いいか、まずは避けること、子どものお前じゃ立ち回りが難しい場合が多々ある。だから、避けて、死角から足下を崩すことを考えるんだ。」
何故、自分だけと思わないわけではない。ただ、ドフラミンゴ自身、家族の中で自分ぐらいしか闘争心といえるものを持っていないことは理解していた。
だからといって、己に厳しく接するメランが嫌いだった。
自分以外の家族がメランを慕っていたのも面白くなかった。
ただ、嫌いではある。嫌いではあるのに。
「よし、よくできたな。」
時折、そうやって褒めてくれることがあった。
メランは厳しい。それこそ、ドフラミンゴに対して容赦は無い。
けれど、そんなことをマルコに愚痴れば苦笑交じりに頭を撫でられるばかりだった。
「どっちかって言うと、あいつはお前さんのことが心配なんだろうよい。」
嘘だと言えば、やっぱりマルコは苦笑する。メランは自分の前ではあまりに笑わない。厳しく顔をしかめるばかりだ。
ただ、バレットやマルコの前では笑っている。だから、ドフラミンゴはその女が自分のことを嫌いなのだと思うのに。
それでも、メランがドフラミンゴを褒めるときがある。そんなとき、メランは笑いはしないのに、己の父や母と同じような、ひどく優しい眼をするときがある。
だから、嫌いだと思うし、見返してやると思うのに。その目を見ると、なんだか、そわそわしてしまう。
暖かな湯に浸かって、体を温めているような、そんな感覚がした。
ドフラミンゴは、メランがわからない。
彼女は船に乗ってからドフラミンゴにすぐに、天竜人であったことはけして言わないようにと釘を刺した。
「ばかにしてんのか?そんなこと、言うはずがないだろ!?」
「お前はプライドが高いし、時々、語尾にえがついてるときがあるぞ。お前がその年で弟を守るように立ち回れる程度に頭が良いのは知ってる。ただ、自覚はしておきなさい。」
そう言われると、ドフラミンゴも覚えがあるために黙り込むしかなかった。マルコとバレットはドフラミンゴたちを没落した貴族だと思っているようだった。
けれど、だからこそわからない。
マルコとバレットに話をしていないことから、おそらく彼らは天竜人に対して良い感情は持っていないのだろう。
けれど、それならばメランはどうなのだ?
彼女の言動からして、メランは最初からドフラミンゴとロシナンテの顔を見て、自分たちが天竜人であることを知っていたはずだ。
彼女は、いったい、いつから自分たちの顔を知っていたのだ?
もちろん、ドフラミンゴとて一度だって聖地の外に出たことがないわけではない。だが、子どもであるドフラミンゴの警備は厳重で、そう、多くの人間に出会ったことはないはずだ。
けれど、メランは一目で、自分たちの正体を見破った。
いいや、彼女はドフラミンゴの父親の名前さえも事前に知っていたのだ。
それよりも、ドフラミンゴには気になる発言があった。
私は天国のような場所から、転がり落ちたことがある。
その発言は?
そうして、メランは何故かやたらと父に対して同情的な振る舞いが見える。いいや、自分たちを抱え込むのがどれだけリスキーなのか、わかっているはずだ。
マルコたちの発言を聞く上で、父母は彼らが海賊なのではないかと言っていた。海賊なんて、世界政府側である自分たちのことはひとしおに憎いはずだ。
ならば、なぜ、メランは自分たちと活動し、そうして、衣食住を提供するのだろうか。
何よりも、信用できる存在に預けに行くと彼女は言うが、どうして、そんな手間をかけるのだろうかと考える。
(・・・もしかしたら。)
ドフラミンゴは扱き倒された後、べたりと地面に転がって女を見た。その静かな瞳に、ドフラミンゴは少しだけ予測を立てた。
(こいつも、もしかしたら、俺たちと同じ・・・)
天に座した竜が転げ落ちたというのだろうか?
「なあ、メラン。」
「なんだい?」
その日、ドフラミンゴはメランと共に芋の皮むきを行っていた。食べ盛りのマルコとバレットのためにせっせとかさ増しのための芋を剥いていた。
その日は、大分料理になれ始めた父親が一品任せて貰えたのだと喜んでいたのを思い出す。
そうして、母親は今、マルコと共に洗濯物を干していて。その横ではバレットが食事の足しにと釣りをしていた。
自分と弟はメランと共に食事の下ごしらえをしていた。弟はまだ幼く、ドジなため、洗濯したらしいタオルをちまちまと畳んでいた。
「じょうず?」
「ああ、じょうずだな。」
あまりにも穏やかな空間だった。外で、バレットにも臆さずに話しかける母とマルコの声がした。それが、あまりにも、たくさんに場違いで、今までのことから逸脱していて。
だから、思わず、ドフラミンゴはその女に聞いた。
「なんで、俺たちのこと、助けたんだ?」
それにメランの手が止まった。ドフラミンゴは慌ててメランを見た。彼女は、いつも通り厳しい顔をしていた。厳しい顔をしていたけれど、怒っているわけではなかった。
彼女はそっと芋を置いて、体をドフラミンゴに向けた。それにドフラミンゴも持っていた芋を置いた。
不思議と、その時、メランの怒りを買っただとか、ひどいことをされるなんて思わなかった。
彼女はゆっくりと口をあけた。
「・・・・ドフラミンゴ。私はな、この世界の正しさって言うのは、暴力だと思っている。誰よりも腕っ節が強いこと。それは、お前にもわかるだろう?」
それにドフラミンゴは頷いた。
ドフラミンゴの世界が今まで優しかったのは、偏に彼が強いものに、権力に守られていたからで。
そうして、それを肯定しているのはどこまでも武力であった。
自分を傷つけた存在の言葉を聞いていれば、その程度のことは察せられた。
「この世界の権力も、そうして、海賊達の影響力も全てが強さによって保証されている。それを間違いだとは思わない。たとえ、人間達が理性的に動いても、それ以上の脅威がこの世界にはたくさんあるから。」
お前は、父が憎いかい?
静かな声だった。凪いだ、冬の海のような声だった。それにドフラミンゴは考え込んでしまう。
散々に苦労した。母は病に倒れ、そうして、家は焼かれた。弟は残飯をあさった。
それが全て父のせいであるのだと、ドフラミンゴにだってわかっている。
守る盾を失い、散々に恨まれている自分たちはこの世界で死ぬことを望まれているのだと、散々に思い知らされた。
「わからない。」
ドフラミンゴは呟いた。それでも、それでも、やっぱり、ドフラミンゴは父のことが好きであると思ってしまっていた。
それは最悪を体験する前にメランに助けられたと言うこともある。けれど、それでも、ドフラミンゴには愛されていたという自負があったものだから。
憎いのだと、嫌いなのだと、堂々と言うことが出来なかった。それに、メランが小さく頷いた。
「・・・・お前の父は、そうだな。敗北者だ。人間の全てが平等で、それを証明しようとして、悉く敗北した。お前の父は弱かった。世界にそれを認めさせる強さを持たなかった。でもな、私は、お前の父の、素朴な善性こそ。正義なのだと信じたいんだ。」
「違う、父上は、ただ、愚かなだけだ。」
ドフラミンゴは歯を食いしばって、吐き捨てた。ロシナンテはメランとドフラミンゴの間に漂う、冷たい空気を感じ取って、オロオロする。
けれど、メランはドフラミンゴの頬を両手で覆った。
「・・・そうだ。ああ、そうだ。愚かなことだ。強者であるというのに、自分の正義の証明に弱者のもとに下りたって。そうして、味方になりたかった弱者にお前達は散々に迫害をされたな。」
「なら、間違ってるえ!そうだえ!父上の、せいで、母上とロシーは死にかけた!」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。」
ドフラミンゴの怒りにメランは真っ向から言葉をかけた。
「そうだな、愚かだ。そのせいで、お前達はとても危険な目に遭った。だからこそ、お前の怒りは正当だ。愛した誰かが死んでしまうかもしれない。その危機を見て、お前が父を蔑むのは当たり前だ。それでも、な。」
私は、お前の父の善性を正しいのだと思いたいんだよ。
掠れた声だった。なんでそんなことを言うのだろうか。
ドフラミンゴは父が敗北者であることを理解している。
強くなくては正しさを貫き通すこともできない。ドフラミンゴの父は、自ら強さを放棄したから。
だから、自分たちは不正義であり、そうして、どこまでも間違っているのだ。あの日、自分たちに憎悪を向けた下界と蔑んだ誰かのそれにドフラミンゴは悟ったから。
なのに、どうしてだと思う。
その、ドフラミンゴを見つめる強者は、自分よりも強いそれは父の不正義を正しいと言うのだ。
「お前には理解できないのかもしれない。私の、この、肯定も、祈りもお前にはわからないかもしれない。でも、これだけは覚えておいてほしい。
お前を地獄に突き落としたのがお前の父の愚かさ、そうして弱さであるならば。
私がお前たちに差し出した手はホーミングという男の願いへの敬意である。
それだけを覚えておいてくれ。」
そんなことを女は言った。まるで、祈るように、そうであることを心底信じているように言うものだから。
ドフラミンゴは何を言えばいいのかわからなくなってしまった。
その言葉の意味をドフラミンゴは理解できなかった。
ドフラミンゴはメランにどう接すればいいかわからなかった。メランはドフラミンゴへの接し方を変えることはなかった。
だから、どうすればいいのかわからなかった。
その日も、ドフラミンゴはメランと共に買い出しに行った。
「へえ、なんだ。変わったのがいるな。」
その顔を、ドフラミンゴは知っていた。
ゴールド・ロジャー。
この世で最も有名な海賊がドフラミンゴの目の前にいた。