少し短め、次で進展します。前回の続き、ではないです。
感想いただけましたら嬉しいです。
ダグラス・バレットはその日も船の甲板で体を鍛えていた。さすがに狭いそこで実戦と同じということは出来ない、
だからこそ、簡単なトレーニングを行っていたのだが。
「バレット君。」
それにバレットはびくりと体を震わせた。その様はまさしく怯えているという表現が似合っていた。バレットが振り返ったその先にいたのは、ゆるくふわっとした印象を受ける夫婦がいた。
「ご飯の時間ですよ。」
「今日のは自信作だよ。」
バレットはそれにううと心の中で呻きながらこくりと頷いた。
バレットは正直に言うのならば、そこまでメランが執着するというのならばてっきり、そうだ。自分のような少年でも連れてくるのかと思った。
けれど、連れてきたのはどう見てもそれからは乖離した4人組だった。
マルコもマルコで驚いていたが、夫であるらしい男が背負っていた女を見てすぐに思考を切り替えた。
幸いなことにその女、ドルネシアは軽い肺炎だったそうで、そこまで重症ではなかったらしくすぐに落ち着いた。
夫の方のホーミングという男はオロオロしており、なんともまあ情けない印象を受けた。
(すぐに死にそうだな。)
戦場を生き抜いてきたバレットの感想なんてそんなものだった。
「いいか、バレット。あの一家がお前さんのことを怒らせることはないだろうから。ああ、ドフラミンゴのことで何かあったら私に言ってくれたらいい。ただ、一つだけ、覚えていてくれ。」
お前は絶対に、彼らに触れるなよ。
おかしな事を言われていると自覚のあったバレットははてりと首を傾げた。それにマルコも不思議そうな顔をしていた。
「お前、もう少し言い方なんとかならないのかよい?」
「・・・そうだね。悪かったよ。でもなあ。なあ、バレット。君、時々、激励とかの意味で他人の肩とか背中とかを叩くときあるだろう?」
「・・・ああ。」
バレットはこくりと頷いた。白ひげ海賊団に入ってから学んだ関わり方だ。バレット自身、メランやマルコのように言葉を尽くすことは苦手だが、そう言った手荒い方法ならばなんとか出来た。
「お前さんがそれと同じぐらいの勢いであの人たちの肩を叩いたら、たぶん骨が折れる。」
それにバレットの目が点になった。
確かに当初は海賊団の人間を吹っ飛ばすこともあったが、今ではそんなことはない。確かに痛がられることはあるがその程度だ。
マルコがそれに恐る恐るという体でメランに問うた。
「いや、待て。んなことはねえだろう?」
「あのな、マルコ。この子、戦場育ちプラス私以外とまともに関わってこなかったプラス物理的な接触が戦闘ぐらいしかしてこなかった。その答えは?」
「一般人と、関わったことが、ない?」
「話したことはあっても、一般の人を殴ったりとかはなかったから。」
二人は顔を見合わせて、バレットを見た。バレットは二人のその顔に恐る恐る聞いた。
「・・・そんなに、脆いのか?あの程度で骨が折れるのか?」
その問いに二人は渋い顔で頷いた。それにバレットは思わず背後に宇宙を背負った。
え、人間ってそんなに脆いのか?
それからバレットはその家族が恐ろしくて仕方が無い。
自分が軽く小突いただけで骨が折れるかもしれないような生物と共同生活をしているのだ。常に足下を子猫が動き回っているかのような緊張感がある。が、幸いなことにバレットが彼らに関わる理由は無い。
彼はそれならばといつも通りにすごそうと思っていたのだが、そうはいかなかった。
「バレット君、おはよう。」
「ご飯、出来てるよ。」
「・・・・ああ。」
その家族の両親、つまりはホーミングとドルネシアは非常に人なつこかった。
バレットが来るとニコニコしながら話しかけてくる。
マルコなど、普通の人間なら裸足で逃げ出すお前に寄っていくのだから大したものだと言っていた。
非常に失礼だが、バレット自身、そんなにも人に好かれる見目ではないことぐらいは自覚している。だが、二人はバレットはもちろん、マルコにもメランにもニコニコと笑いながら寄っていった。
バレットに話しかけてくるのも偏にくだらない雑談だ。
会ったことがない人種だった。こんな人間がこの世にはいるのだろうかと思った。
善良そうで、優しげで、他人の言葉を聞いて、否定することも無い。
バレットはそれに、なんとなく、もしも、メランが戦場だとかそんなところではないどこかで生まれればこんな風になっていたのではないかと、そう思えるような二人だった。
彼らには悪意はないし、世間知らずであるが故の無礼があっても、彼らは基本的に善良だった。
メランに育てられたバレットはそんな彼らを邪見に扱うことも出来ず、さりとてなんと答えて良いのかわからず、軽く頷くぐらいで対応している。
けれど、バレットとしてはそれらと向き合うだけで緊張するし、ハラハラする。自分が何気なく動かした手とぶつかって怪我でもしたらどうすればいいのだろうか?
そうして、何よりも困り果てるのが。
(また来やがった。)
バレットは背後からする視線に居心地の悪さを覚える。
(なあ、すごいだろ?)
(うん、すごい。)
そう言ってバレットの背後で楽しそうな声を上げるのは、ちんまりとした子どもが二人。
いいや、子どもと言うよりも幼児というのが正しい。
バレットはその二人、ドフラミンゴとロシナンテが特に苦手だった。
何と言っても彼らは小さく、そうして脆い。大人であるホーミングたちがそれぐらいであるなら、その子どもである二人はもっと脆いはずだ。
バレットは彼らを間違えて蹴飛ばして、内臓が破裂する想像を幾度もするぐらいにはドフラミンゴとロシナンテの近くに行きたくは無かった。
何よりも、その目だ。
なんというか、その目で見られると、背中がむずむずするのだと。
すごいだとか、かっこいいとか、そう言った含みが背中にばしばし当たっているような心地がした。
バレットの強さを白ひげ海賊団は認めてくれたけれど、そんな真っ直ぐな視線を寄越してくるものはいなかった。
故郷では妬みの含んだものがあっても、意味合いなど察してしかるべきだろう。
バレットはそのため二人に関わることは滅多に無かった。何と話しかけて良いかもわからないし、理由も無かったのだから。
「・・・おそらく、没落した貴族だろうねえ。」
「貴族?」
「そういや、お前さん、貴族になんて会ったことねえよなよい?」
それにバレットは頷いた。メランからもちろん、言聞かせられていた。この世には、世界政府に認められた特権階級、例えば加盟国の王族などがいるのだと。
「なんだあ、天竜人ってのもいるんだろう?」
「・・・いっとくがねえ、バレット。そいつらには絶対に近寄るなよ。」
「そんなにか?」
「前を横切っただけで死刑確定だ。抵抗すりゃあバスターコール。わかるな?」
それにバレットは眉間に皺を寄せた。彼でさえも、なんとなく横暴であるように感じられた。
「そいつら、そんなにつええのか?」
「天竜人自体はそこまでじゃねえよい。ただ、あれだ。政府にたてつけねえって話だ。」
それにバレットは不満そうな顔をした。なんだか納得がいかない。
優秀な存在は多くのものを得るべきだ。それは良くも悪くも実力主義の戦場で理解したことだ。
けれど、バレットの知るホーミングというそれはお世辞にもそういった優秀さは感じられなかった。バレットはその日、洗濯物を干しているホーミングを見た。小さな甲板だ。すぐにそれのことは見つけられた。
自分を見つめるバレットにホーミングは心の底から嬉しそうに微笑んだ。それにバレットは思わず顔をしかめた。
バレットを信用しているのだろう。当たり前だ、そうでなければこれがこの船に乗っているはずがない。
バレットは見れば見るほどにその男をなぜそんなにもメランが気に入っているのかわからない。
メランは今まで、バレットが最優先だった。何をしても彼女は己を優先していた。けれど、そこで疑問が残るのは、目の前のそれ。
何故、それをメランが助けようとしているのかわからない。
(・・・あいつは、ただ。)
メランにマルコとバレットも問うたのだ。何故だと、そう。
それにメランはどこか苦い顔をして、囁くように言った。
似ていたんだ。
何に似ていたのだろうか。
何を、そんなに気になるのだろうか。バレットは目の前のそれをじっと見た。それにホーミングは不思議そうな顔でバレットを見る。
確かにそれは善良だ。けれど、それ以上でも以下でもない。それには、何の価値があるんだろう?
「お前、貴族だったんだよな?」
「・・・・そうだね。そんな、ものかな?」
苦みの走ったそれに、バレットは気にしなかった。貴族というのは成るのも無理ならば、止めるのも難しいものらしい。ならば、嫌なことでもあるのだろう。
「なんつーか、お前みたいなのでも貴族になれるなんて不公平だな。」
それは何の悪気も無い言葉だった。素直な、バレットの本心だった。それにホーミングは目を見開き、そうして、そうだねと頷いた
「私も、そう思うよ。」
そう言ったときの男は、なんだか、いつものにこにこと笑う男とはまったく違えて見えた。なんだか、見つめるのが恐ろしくなるような、そんな深い目を、していて。
ホーミングはそのままとつとつと語り始める。初めて会ったときには背中まであった長い髪は、メランによって切られて肩ほどまである。
「それでもねえ。私は、どうしても、自分たちのことが間違っているように思えてならなかったんだ。」
「間違い?」
「そうだなあ。バレット君。バレット君はとても強いよね?」
「?ああ、強いぞ。」
バレットは何を当たり前のことを聞いてきたそれをふしぎに思いながら、頷いた。それにホーミングはそうだねえと頷いた。
ばさりと、洗濯物を干しながらホーミングは言葉を続けた。
「でも、出来ないことだってあるだろう?例えば、メラン君のように航海術は出来ないし、マルコ君のように医術も出来ない。誰だって、きっと、宝物のように美しいものを持っている。」
でもねえ、と男は悲しそうに笑った。
「以前の私は、何も、輝くものなんて一つだって持っていなかった。なのに、私の周りにいた人も、そうして、同胞達はそれでいいと言うんだよ。存在するだけで、価値があるんだと。私はね、私は、きっと。」
それをとても恥じていた。
掠れた声で言った男の瞳は、少しだけ、白ひげに似ていた。
とても、苦くて、悲しそうで、その瞳は何かを見たことのある瞳だ。何かを、何か、空しいものを見た、瞳をしていた。
「何者にでもなれたんだ。望めば、なんでも手に入った。なのに、なのに、私たちは愚かで、怠惰だった。ただ、何者にもならずにそこにいて。私たちは人間だったのに。どうしようもなく、人間だったのに。なのに、よりよきものであることを放棄した。私は、そんなことを恥じたんだ。」
だから、とホーミングは愚かなほどに悲しそうに微笑んだ。
「私は彼らと同じになりたくなかった。宝物のようなものを、持つ努力もせずに、己に価値があるのだと。自分たちがよきものであると思う、彼らと。」
その言葉の意味を、バレットはよく理解が出来なかった。ただ、彼がそれを血反吐を吐くような思いで言っているのだと思った。その、悲しそうなそれに、バレットはなんだか男のことを慰めたくなった。
「・・・・お前の、作る飯、この頃はうまいと思うぞ。」
「ふふふ、それは嬉しいなあ。」
ホーミングは顔をほころばせて頷いた。そうして、バレットの顔をのぞき込むように見ながら言った。
「バレット君、私はね。人間は独りでは生きていけないのだと思うよ。」
「一人で?」
「そうだよ。この船だって、メラン君やマルコ君がいるからこそ、そうして、君が守ってくれるからだと、私は思う。誰もが、自分の役割をなして、欠けながらでもここにいる。私は、そんな輪の中に入れて、嬉しいんだ。」
ホーミングは笑った。よかったと、間違えていなかったと。それを、心底嬉しそうに笑った。それにバレットは、男の言葉があまりにもすがすがしいものだから。
だから、それに頷いてやりたくなった。
何故だろうか、ホーミングのその様に、バレットは、ホーミングというそれを強いと思ったものだから。
「お前の、あれだ、嫁の作った服は見事だった。」
「そうだろう?彼女の刺繍の腕は昔から、見事でね。」
とつとつと、バレットがそう言えばホーミングは心の底から嬉しそうな顔をして、頷くものだから。
バレットはぼんやりと考える。
(俺が、ここにいるのは、メランがいたからなのか?)
「あら、バレット君。」
「ああ。」
バレットは目の前の女にぐったりと息を吐きたくなった。何故って、バレットはその女、ドルネシアというそれが何よりも苦手だった。
自分の腕ほどしか無いような胴体だとか、それは殆ど彼にとってのひ弱さの象徴で、自分がぶつかるとバラバラになるのではないかと密かに疑っていた。
「バレット君はやんちゃねえ。ほら、あなたの服を縫っていたところなの。」
「そうか。」
自分に臆さず話しかけてくるそれのことがバレットは苦手だ。けれど、それと同時に、無下にも出来なかった。
その女のことを、メランは何よりも気に入っていたようだった。
柔い女を前にすると、メランもまた姦しくなる。自分にはよく理解できない、雑談と言えるものを何時間も手仕事と共にするのだ。
マルコ曰く、女とは本来そんなものらしい。そう言ったとき、メランはひどく、朗らかな顔をしているときがある。
それはバレットにとって、あまり見たことがない類いのそれだった。それを羨ましいと思うことはない。
何故って、それはメランが庇護に置くべきものを前にしたときに浮かべる笑みだった。
柔らかくて、弱い存在を前にしたとき、少しだけ緊張を解くような瞬間のそれ。
「なあ、楽しいか、今?」
「あら、どうして?」
「あんたって、前はいろんな奴らにかしずかれて苦労もしなくてよかったんだろう?なら、今って大変じゃねえのか?」
それは当たり前のような疑問だった。だって、そうだろう。バレットは、ホーミングの言葉に納得しても、疑問だった。
誰だって、苦労のない生活を望むのが当たり前だ。だって、辛いのも、苦しいのも、嫌だろう?
それにドルネシアは手を止めた。そうして、淡く微笑んだ。
「ねえ、バレット君。確かに、前の方が楽だったわあ。でもね、私、今の生活の方が気に入ってるの。」
人の悲鳴を、聞かなくていいから。
その言葉にバレットは顔をしかめた。何を言っているのだろうか。目の前のそれは、それからもっとも遠い場所にいるはずなのに。
「私のいたところはねえ。自分たちが一番えらくて、そうして、尊いと思ってる人ばかりで。だから、自分たち以外を人だと思っていないから。ひどいこともたくさんできるのお。」
散歩をすると、誰かの泣き叫ぶ声を聞いた。鞭で打たれることが怖くて人形のように笑っている不気味なそれを知っている。痛めつけるのが楽しいと、血の臭いがどこからかしていて。
「私ねえ、耐えられなかったのお。」
間延びした声はどこまでも生々しい。生々しくて、疲れ切った女はただバレットを見ていた。バレットは夢でも見ているんじゃないかと思った。
その女からは、何よりも、遠いもののように思っていたものが、それから語られるものだから。
へんてこな夢を、見ている気分だった。
それに女は、ドルネシアは、バレットに微笑んだ。
「だから、ほっとしてるのお。もう、ね。人を遊びで撃つことを止めてもいいしぃ、誰かの悲鳴を滑稽だって笑わなくていいしぃ。私ねえ、ずっと、苦しかったから。」
生まれてから、ずっと。私の周りに、人間なんていなかったの。
とても、凄絶なそれを、女は淡々と語った。語って、静かに言った。
「感謝しているわ。メランちゃんには、とても言い様がないほどに感謝しているの。あの子はね、私たちのことを笑わなかったわ。私たちを、人間と言ってくれた。夫のことを、愚かだと言わなかった。」
私、ようやく、楽しいと思うことで笑えるの。悲しいことで悲しいと言えるの。怒っていいの。だから、嬉しいわ。
夢を見るような赤い瞳を細めて、ドルネシアは笑った。そうして、バレットに言った。
「あなたは優しい人ねえ。」
私のためにそんな顔をしてくれて。
バレットはその時、自分がどんな顔をしているのか、とんとわからなかった。
ドンキホーテ一族はバレットにとって不思議で仕方が無かった。幼すぎるロシナンテと、そうして、警戒心の強いドフラミンゴは置いておいても。
二人の両親は、時折、ひどく、深い瞳をするのだ。深くて、ぞっとするぐらい静かな瞳をする。
それはバレットにとって会ったことがない人間だった。
毛並みが良いというのはこう言ったものなのだろうと。けれど、その瞳の奥にある、奇妙な苦さは彼にとってよく知らないものだった。
ただ、なんとなくではあるけれど、ホーミングという男と、ドルネシアという人間はどうも、弱くは無いのだろうとそれだけは理解した。