感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。
「・・・ドフラミンゴ、私の側を離れるなよ。」
「わかってる!」
メランのそれにドフラミンゴは思いっきり顔をしかめた。
その日、そこそこの規模の島をドフラミンゴたちは訪れていた。なんでも、島の反対側は普通の町なのだが、反対側は繁華街で有り、海賊達の巣窟になっているそうだ。
ドフラミンゴたちは現在、普通の町の方にやってきていた。
「本当なら、出来れば寄りたくないんだが。」
その日の買い出しにはメランと、そうしてドフラミンゴしかいなかった。普段ならば、金の使い方や物価を知るために父であるホーミングや、荷物持ちとしてダグラス・バレットも同行するのだが。
その日はメランとドフラミンゴだけだった。
理由は、繁華街の方に悪名高い海賊が来ているそうだ。ドフラミンゴは誰のことなのか知らされていなかったが、メラン達が接触をひどく嫌がっていたために彼らと敵対している海賊でもいるのだろうと予想はしていた。
そのため、できるだけ身軽に動けるようにということと、あまり顔が売れていないらしいメランが行くことになった。
「最低限の物だけ買ってさっさと帰るからな?」
「わかってるって言ってるだろうが!」
「・・・そうだな、すまん。どうしても落ち着かなくて。」
メランの不安げなそれにドフラミンゴは本当に、その顔を合わせたくない存在というのが厄介なのかを理解した。
そのまま、買い出し自体は滞りなく進んだ。幾つかの薬と、調味料を買い、帰路につく。
今回、買い物の支払いなどはドフラミンゴが行った。金銭を使う練習を彼もしなければいけないだろうと、メランが行わせたのだ。
「これは、買った。これも・・・」
ぶつぶつと渡されたメモを確認するドフラミンゴにメランは少しだけ息を吐いた。
「・・・ドフラミンゴ。」
声をかければ、その少年は恐る恐ると振り返った。
「少しだけ、寄り道していくか?」
それは、幼い少年と、そうして生きることに真摯であろうとする竜達への甘やかしだった。長い間、船に揺られてストレスも溜まっているだろうと、メランは菓子でも買って帰ろうと提案をした。
それにドフラミンゴはにこにこと笑い、母と弟が好きな菓子の話をしていた。
そういった所は、心底、幼い子どもであるのだ。それに、メランはそっと視線を地面に這わせた。
(私は、いったい、どれだけを、変えているんだろうか。)
本来ならば、この子どもは今頃、ゴミ溜めの中で生きていて、その母である暢気な女は死んでいて、楽しそうに笑うその父は息子に殺されているはずだった。
後悔しているのか?
メランはぼんやりと、その己の中に広がる問いかけに首を振った。
そんなものはない。
それを救ったことは、メラン自身の肯定のために必要なことだった。ただ、ドフラミンゴは必要だった。それは、主人公達への問いかけで有り、この世の不条理をどこまでもエンターテイメントとして彩る存在。
(お前は、これからどう生きていくんだろうか。)
誰が言ったのだろうか。
子どもとは、誰にも称えられる聖者としての可能性と、どこまでも残酷に人々に唾棄されるべき悪党の可能性を孕んでいるのだと。それ故に、人生とは美しく、楽しいのだと。
弾むような足取りは、やはりどこまでも幼い子どもだ。けれど、それはいつかに、散々に誰かに嫌われるのだろうか。
それをやるせないと思う自分は傲慢なのだろうかと、メランは思う。
(私がいることでお前の先は変わるのか。それとも、私がいても何も変わらないのか。)
メラン自身、いわゆる原作を直接的に変えられたという自覚はない。彼女の知らない筋書きが確実に変わろうとしていても、知らないのだから当たり前なのだが。
「おい、どうしたんだ?」
「・・・いいや。なんでもない。」
メランのそれにドフラミンゴは不思議そうな顔をしたが、彼女はそれを無視した。今は、土産を何にするか、それだけを考えれば良いだろうと。
(くそが!)
「おい、急にどうしたんだ!?」
「黙ってろ!」
メランは慌てて路地にその身を隠していた。視線の先、大通りにはそうだ、赤い髪の少年がいた。
(赤髪だと?くそ、子どもだからこっちの町まで来たのか!)
「ドフラミンゴ、すぐに船に帰るぞ。」
「はあ、なんでだえ!?菓子は?」
「・・・・それは次の機会だ。」
(子どもとは言え海賊だ。保護者の存在は薄いが。警戒するに越したことはない。)
「やだ!」
「はあ!?」
メランは己の腕の中で珍しく暴れて自分を睨む少年に驚いた。
メランがドフラミンゴにわかりやすく威圧的に、そうして、厳しく接してきたのは、少年の生意気な在り方を正すのと同時に、上下関係を叩き込むためだ。
咄嗟の時、ドフラミンゴの傲慢さは彼の命を危うくすることぐらい、メランにだってわかっていたことだ。
それ故に、ドフラミンゴがそうやって己に反抗したことに驚いてしまった。
「ロシーと母上に土産を買って帰るんだ!」
「今はそんなときじゃないんだ!」
「お前が言ったんだろう!」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ、私の言葉が聞けないのか?」
わざと圧を出すように言えば、子どもは怯えた様子を見せる。そんなとき、メランはぞわりと、背筋に寒気を覚えた。
(・・・やってしまった。)
メランの見聞色の覇気は高いレベルを有しているのは確かだ。けれど、それはあくまでメランにとって敵意を持っていたり、常時殺気でも放っていたりする者が対象になる。
メランは理解する。まるで、猛獣を前にした幼子のような精神で、近づいてくる存在に足がすくんでいた。
「メラン?」
「おい、ドフィ・・・・」
歯が鳴る、体がすくむ、一言を発するのも辛い。路地裏をのぞき込むように、何かが自分たちをのぞき込む。
目の前で自分の背後を見て、怯えるドフラミンゴの姿が見えた。
「おお、なんだあ。聞き慣れねえのが聞こえてきたと思ったが。」
メランは上手く動かない体に渇を入れて、切実に、そうでないことを願った。
けれど、後ろにいたのは、ここには絶対来ないであろうと思っていた、偉丈夫。
「へえ、なんだ。変わったのがいるな。」
(なんで、いるんだよ!)
ゴール・D・ロジャーがその島に滞在しているのは知っていた。けれど、今後の航海を考えれば、どうしても買っておかねばならない物があった。
(こちらに来る可能性なんてないと思ってたのに!)
「あ、あ、なん、で・・・・」
「うん、ほう、こいつは、また。だが、このノイズみてえなのの正体は。」
メランはその、目が己に向けられることを理解した。直接的に己に向けられたその瞳に、メランは目の前の男の脅威といえる感覚を理解した。
ロジャーの目的は?なぜここにいる?自分たちをどうするんだ?いいや、ドフラミンゴの正体はばれているのか?目の前のそれを刺激しない方法は?白ひげ海賊団に迷惑がかかる可能性は?
頭の中でぐるぐると駆け回る懸念事項。けれど、それよりも先に、メランは自分が何をすべきか判断し、行動に移した。
メランは何のためらいもなく、ドフラミンゴの服を掴み、そうして放り投げた。そうして、叫ぶ。
「振り返るな!走れ!!」
足音が聞こえる。
(ドフラミンゴは逃がした。後は・・・・)
「おいおい、んな逃がさなくてもいいじゃねえか。」
「・・・残念ながら、あんたを前にしてびびらねえ奴なんざいないと思いますがね。ゴール・D・ロジャー殿。」
皮肉交じりにそう言えば、何故かロジャーは驚いたような顔をした。それにメランが何故だと眉間に皺を寄せるが、ロジャーは愉快そうに笑った。
「はっはっはっは!お前、その名前をどこで知ったんだ?」
「何を・・・・」
「政府はな、俺の名前を間違えて、ゴールド・ロジャーつって公表してんだよ。」
おい、がきんちょ、どこでそれを知ったんだ?
しまった。
メランは己の失態を恥じた。いいや、恥じる暇など無い。メランはその場に持っていた煙幕を叩きつけた。辺りに煙が立ち上る。それに乗じてメランはその場から離れようと足を動かした。
今、自分を捕獲しようとしてか、ロジャーの動きは確実に彼女の見聞色に反応していた。
侮っていたのだ、予測できれば避けられるなんて、そんな甘ったれたことを。
体に衝撃が走った、叩きつけられる感触が体にまざまざと広がる。
「やべ!」
そんな声と共にメランの思考はブラックアウトした。
(ああ。)
珍しいなと思った。メランはぼんやりと夢うつつでそんなことを考えた。
父の背中に、背負われている。暖かくて、大きな背中にメランは前世の夢を見ているのだと思った。
もう、顔も、名前も、どう呼んでいたのかも思い出せない父なのだと、何故か思った。
だって、その背中はひどく安心するものなのだ。
きっと、守ってくれるのだと、きっと、なんの憂いも抱かなくていいのだと、そんな確信をくれる。
(・・・・今まで、見なかったのになあ。)
意外だと、掠れた思考で考えて、それでも久方ぶりの父の気配にメランは淡く微笑んだ。
おとうさん。
ぼんやりと、そう呼んだ。それに、その背中が大げさに震えた。その仕草が可笑しくて、メランは笑いながらもう一度言った。
おとうさん、だいすき。
それにやっぱりその背中は動揺するように強ばった気がした。けれど、その不器用さが愛おしくて、メランは淡く微笑みながらまた眠りに落ちていった。
「・・・だから、ダメに決まってるだろうが!!」
「いいじゃねえか!」
何かの怒鳴り声に眼を覚ました。体中がずきずきと、全体的に痛んでいた。ゆっくりと目を開くと、まったく知らない天井があった。
「お前な!」
「お!眼を覚ましたぞ!」
メランは自分が何やら、上等なソファか何かに寝かされてることを理解した。ベルベットの、肌触りのいいそれにメランは起き上がり、声の方を見た。
「よしよし、体は大丈夫かあ?」
「お前が吹っ飛ばしたんだろうが!」
目の前にいたのは、メランには見覚えのある男が二人。一人は、先ほど会ったゴール・D・ロジャー。もう一人は、その相棒であるシルバーズ・レイリー。
メランはそれに痛む体に鞭を打ち、二人から離れた場所に飛んだ。そうして、腰に差したはずのタガーに手を伸ばそうとしたが、そこにはあるはずのものがない。
「すまないが、お嬢さん。武器に関しては取り上げさせて貰っている。」
「・・・・ほう、歓迎と言うにはなかなか手荒なことをしたな。」
メランが周りを見回すと、どうも船長室のような部屋であることを理解した。それにメランは自分がオーロ・ジャクソン号にいることを理解した。
「それについてはすまないな。だが、こちらとしても不本意で。」
「おい、お前、名前なんていうんだ?」
レイリーのそれに被せるようにロジャーが言った。メランは顔をしかめた。
「名乗る理由もないはずだ。何よりも、あなたは私をどうする気だ?」
メランが白ひげ海賊団に滞在している間、目の前のそれを接触する機会はなかった。そうして、未だ手配書も作られていない。ならば、彼らにとって自分をわざわざ船に招き入れる意味は何だ?
そう思っていたメランにロジャーが楽しそうに言った。
「何言ってんだ、娘の名前を知らねえ親なんていねえだろうが。」
メランははあ?と顔に書かれていそうな表情でロジャーを見た。そうして、それにレイリーが頭を抱えてため息を吐いた。
「娘?」
「ああ!俺の娘だ!」
メランは完全にしらけた目をして、無言で二人に背を向けた。
「おつかれっしたー。」
やる気の無いバイトのようなそれに、ロジャーが慌ててメランを引き留める。
「おい、どこ行くんだよ!」
「どこでもねえよ!帰るんだよ!」
「俺の娘なんだから、お前の家はここだろうが!」
「娘じゃねえよ!何をどうしてそんなんになってんだよ!?私は、あんたと縁もゆかりもねえんですよ!!」
目の前のそれへの警戒心なんて放り捨てて、メランは己の腰を掴んだ大男に怒鳴った。そうして、レイリーに矛先を変えた。
「シルバーズ・レイリー。あんたの船長だろうが、なんとかしてくれ!」
「はあ、お嬢さん。何とかしようと、今まで話をしていたんだがね。それがどうしても聞かないんだよ。」
「何言ってんだ。お前が言ったんだろうが。」
「何を・・・・」
「お前が。俺のことを。お父さんってよ。」
それにメランは目を見開いた。
あの夢、そうだ、あの夢は現実で。自分はこの男の背に揺られていたと言うことで。
目の前の破天荒なそれを父と間違えたことにメランはどうしようもなくショックを受けてしまい。思わず固まった。
「だからって本当に娘にするなんて出来るはずがないだろうが!」
「やだ!!」
「子どもか!」
「そう決めたんだ!いいじゃねえか!お前も言われてみろよ。」
ロジャーは鼻の下をこすりながら、良い笑顔で言った。
「お父さんって女の子に言われるの、いいぞ。」
「言ってることが気色悪い親父みたいだぞ?」
そんなことを無視して、ロジャーは上機嫌でメランを俵担ぎにした。
「うおっ!?」
「そうと決まりゃあ、船の奴らに紹介するぞ!」
「おいいいいい!離せ!私は受け入れていない!父親なんて何言ってるんだ!?」
メランは必死に暴れるが、海賊王なんて呼ばれる男の拘束から逃れられるはずもない。レイリーはそれを呆れた顔でついて行く。
「おい!お前ら!」
メランは甲板に着くまで、これ以上無いほどに暴れたが、ロジャーはどこ吹く風でそのまま歩き続ける。息切れの中、出た甲板には多くの船員達がいた。
その中には、メランもよく知る未来の四皇もいた。
暴れすぎて息切れをしている中で、ロジャーが言った。
「見ろ、こいつ、俺の娘にするからな!今日から船に乗るぞ!」
「はあ!?」
「おいおい、まじか!」
「いつの間に娘なんて作ってたんだよ!?」
その言葉にわらわらと群がってくる船員に、メランは等々かちぎれながら、ロジャーの耳を引っ張った。
「おい、ごら放せ!」
「いててててててて!!暴れんなよ!」
「暴れるわ!急に攫われて、娘にするとか意味のわからんこと言われて、キレん奴がいるなら連れてこい!大体、お父さんって呼ばれたいだけなら他に適任がいるだろうが!!」
船員達は、ロジャーにそこまでする少女を恐れるものや、笑う者など様々だ。ロジャーは耳を引っ張られながら言った。
「いいや!俺はお前が気に入ったんだよ!」
「何を・・・」
「お前は。俺が見てきた中で一番、聞いたことのねえ声がする。」
それにメランは動きを止めた。
「いいじゃねえ、おもしれえ。ここまで旅を続けて、こんな、知らねえことに会えるなんて思ってなかったぞ!俺は、お前がなんなのか、気になるんだよ!」
Who are you?
それは、何よりも、メランにする問いの中で彼女にとって知られることを恐れているものだった。
お前は何だ?
「私は、そんな、何者でも。」
「いいや、わかる。何かが、お前にノイズをかけてやがる。お前が何かであることを隠そうってな。」
目が、己を黄昏色のそれが、己を見ている。
知らない、自分が何者であるのかなんて、そんなこと、知るはずがない。教えて欲しいぐらいだ。
どうして、自分は生きているのかを、メランが誰よりも。
唐突に、ずっと恐れていた、胸の内をのぞき込まれ、メランはその男を見つめた。けれど、ロジャーはにっかりと笑って、そうして言った。
「何よりも、だ。お前はこんなにおもしれえのに、なんでそんなにつまんねえ顔してんだよ。」
そういって、ロジャーはメランのことを持ち上げた。まるで、幼い子どもをあやすように、ロジャーはメランに笑いかけたのだ。
「安心しろよ、娘。俺もさほど時間があるわけじゃねえが。こんなにも面白そうなお前が、そんなしらけた顔して、死にそうな顔してるなんざ間違ってるだろう?」
ロジャーのそれを理解できる船員はいなかった。ただ。彼がそう言うのなら、きっと、意味があるのだろうと、船長を信頼する彼らは黙って聞いていた。
「なあ、お前、俺と一緒に来いよ!せっかくそうやって息してんだ。そんな退屈な顔してねえで、俺と来い!」
メランはそれに黙り込んだ。だって、どんな顔をして良いのか、わからなかった。
間違っている?そんな死にそうな顔で?
「そんなこと、許されるはずがない!」
叩きつけるように言ったそれに、甲板に沈黙が走った。
「許されるはずがない!何を持ってそれが許される!?退屈な顔?退屈を感じることだって、私には許されるはずがない!」
前世の善性が、彼女にがなり立てる。
血の染みた手が、彼女を嘲笑っている。
どんな権利がある?何を持って許される?獣のごとく、生きたいと、それだけのために、大義もなく、ただ、ただ、人を殺し続けた己に。
「自分の幸せなんて、私に許されるはずがない。」
茫然と、まるで、今にも泣き出しそうなメランにロジャーは不機嫌そうな顔をした。そうして、ずいっと顔をのぞき込んだ。
そうして、笑うのだ。
「いいじゃねえか!」
何故って?
「そっちのほうが、楽しいに決まってるだろう!?」
メランはそれに、ああと思う。
それは、ダグラス・バレットのようなメランのことを慰めた蝋燭の光ではなく。
それは、白髭のようなメランの冷え切った体を慰めるたき火の熱ではなく。
それは、マルコのようにメランに寄り添ってくれるカンテラのささやかさではなく。
まるで、何もかも、燃やし尽くして、全てを新しく変えてしまうような豪火のような熱だった。