倫理観等はすでに消えかけていますが元気です。   作:藤猫

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久しぶりの投稿。



お父さんはもういらない

 

 

ゆらゆら、ゆらゆら、揺れている。その揺れが、なんだかひどく心地がいい。

きっと、きっと、誰もがそれに笑ってしまう。それ程までに心地がいい。

まるで、幼いころに眠った腕の中のような、揺り籠のような。

 

(・・・・ああ、このまま。)

 

その時、心地の良い揺り籠は一気に荒れ狂う何かに変わる。メランは包まっていたシーツから放り出される。

 

「あだ!?」

 

メランは突然訪れた衝撃に思わず目を覚ました。視界に映るのは、古びた木の目の天井。

そうして、周りには数個のベッド。ベッドは清潔なシーツが掛けられており、人の気配はない。

メランはそれに夢現だった思考を一気に、無理やりに覚醒させた。体の奥から鳴り響く警告音に、彼女は素早く周りを見回した。

体は鈍く、酷く怠い。まるで散々泳いだ後のだるさだった。

人の気配はない。部屋には複数のベッドと窓、そうしてドアしかない。鼻につく薬の匂いからして、どうも医務室か何かであるらしい。

 

(・・・・つって、お世辞にも穏便なタイプの人間が乗ってはないな。)

 

部屋の中は手入れはされていたものの、床に沁みついた血痕らしきものから察せられた。

メランは素早くドア近くの壁に背を着け、廊下を伺う。すると、ぞわりと軍隊生活で慣れた大勢の人間の気配を感じる。

 

「・・げえ。」

 

なれていたとはいえ、バレットとの二人きりの生活で忘れていたその感覚にメランは頭をくらくらさせながら、鈍く痛む頭に手を添えた。

それに加えて死にかけたというか、久しぶりに懐かしいとさえいる死に近づくような感覚にいささか過敏になっているようだった。四方八方からする、自分よりも強者の気配に目眩がする。

 

(・・・・私は。)

 

メランはなんとか気絶以前のことを思い出す。そうして、ここが何となしに白ひげの船であることを察した。メランは冷や汗の流れることを認識して、うわあとため息を吐く。

 

(・・・・なんでさあ。ここで台風の中心がそんな。)

 

こんなにあっさりと原作の大物に関わっていいのか。というよりも、なぜ白ひげが自分たちを拾うのか分からない。完全に自分たちは彼に喧嘩を売っていたというのに。

 

(いや、違うか。)

 

白ひげという存在の在り方を考えれば、自分たちのような存在を拾う方がずっと理解が出来る。

メランとバレットは、確かに二人で生きているけれど、自分たちを不幸であると察しても満たされないわけではない。

二人は、確かに哀れな子どもだ。

メランがバレットに感じた、美しい未来を進む道さえ閉じられた、寂しい子ども。

メランはそれに自分がここにいることに納得してしまった、受け入れてしまった。

白ひげと言う大人が感じたかもしれない、子どもたちへの憐憫をメランは理解できる。

自分の体を見る。

あの戦いでそこそこのダメージや傷を受けたはずのそれは、きちんと手当てがされているし、拘束だってされていない。それに何となく丁寧に扱われたことは理解できる。

 

(んで、バレットは?)

 

メランはそれにさっと血の気が引く。メランが拘束されていないのは分かる。自分は確かに鼻は効くが、お世辞にも強いとは言えない。けれど、バレットは?

強い、あいつはどうなっている。

メランはそれに慌ててドアを開く、何も考えずに、必死にバレットの気配を探った。それ故に、彼女は廊下を歩く存在なんてものに気づかない。

がちゃりと、開いた扉の先。

メランと彼はそれぞれに目を真ん丸にした。考えてなどいなかったからこそ、驚いて固まってしまう。

メランは、自分の目の前にいる存在に固まった。まんまるの、愛嬌を感じる眼。まるでトサカのような金の髪。どこか、パイナップルを思い出させる頭のシルエット。

メランは、それに息を飲んだ。

普段の彼女なら、戦場での習慣通り構えの一つ、手ぐらいは出ただろう。けれど、それを上回る驚きがメランを襲った。

 

(マ、マルコ・・・・・?)

 

思わず茫然と、遠いか近い未来にて不死鳥と言う二つ名を持つであろう少年の名を思い浮かべた。

 

メランはひたすら目の前の存在を凝視する。頭の中は混乱の極みだ。

だって、不死鳥のマルコである。

 

(・・・・アニメの時、オレンジ頭の死神の印象が強すぎて逆に印象に残ったなあ。)

 

グラグラ揺れる頭はひどく昔の記憶に浸る。現実逃避は自覚済みだが、そうでもしなければやってられないのだ。

 

「起きたのかい?」

 

その声はどこか弾んでいて、自分の思う印象よりもずっと幼かった。いや、目の前の少年も自分と同じほど、下手をすれば年下かもしれないのだから当たり前なのだが。

 

(ああああああ。でも、頭の中でダンディーになった君が邪魔して印象がめちゃくちゃだ。)

 

マンガ的に表現が出来るのなら、眼にぐるぐると渦巻きでも描かれていることだろう。

 

「あ、えと、その・・・」

 

メランはここで自分が何を言えばいいのか。というよりも、自分たちはこの船でどんな扱いを受けているのか。

 

「ついて来いよい。親父に会わせてやる。」

 

そんなメランの動揺など気にした風も無くマルコはくいっと指を差した。

メランはそれに理解が追い付かずにグダグダになりながら案内を始めようとする少年に話しかけた。

 

「え、あの・・・」

「何だよい?」

 

何だ、と言われても自分でも何を言えばいいのか分からない。そこで、何とか言葉を絞り出す。

 

「・・・そんな、その、あっさりとあわせーても?」

「お前みたいな弱っちい奴気にするだけ無駄だよい。」

 

ざくりと自分に何かが刺さる気がした。メランはそれはそうなのだけれど、そこそこの衝撃と言うか悲しみを覚えつつ視線を下に向ける。そんなメランのことなど気にした風も無く、マルコはため息を吐く。

 

「それに、さっさとあの馬鹿をとめてほしいねえ。」

 

マルコがそう言った瞬間、どこからかどーんと騒がしい音が聞こえる。

 

「・・・またか。」

 

呆れた声がする中で、メランはその音の方向にとっさに走り出した。

後ろから声が聞こえるが、それ以上にメランは無我夢中で走り続ける。なんとなく、その音の方に大事な昔なじみがいる気がした。

廊下にはいかつい男たちが往来していたが、メランはまるで彼らがどう動くか分かっているようにすいすいと進んでいく。そうして、辿り着いた先の扉をけたたましく開ければ、ちょうど甲板を一望できる二階のような場所にたどり着く。

さすがに久しぶりに動いたせいで息が上がっていたが、気にすることなく甲板に目を走らせる。そこには、嬉々とした顔で白ひげと戦う戦闘馬鹿が一人。

それにメランの動きが止まる。

 

「おい!お前!」

「・・・・バケツ。」

 

メランはぼそりと呟いた。

 

「バケツと、ロープってある?」

 

据わった目をした少女に、マルコは思わず口元を引くつかせた。

 

 

誰もが、とまではいかないがその日の仕事を終えた者たちの多くが甲板で起こる騒動を眺めていた。

甲板の中央には、この船の船長にして、船員たちの親父にして兄弟であるエドワード・ニューゲートと、そうして少し前に船長自身が連れて来た少年が向かい合わせにいる。

ニューゲート、白ひげは殆ど無傷に等しい。それに反して、当たり前と言えば当たり前のように少年はズタボロだ。周りには武器の破片が散乱しており、ぐらつく足を必死に踏ん張っている。

それでも、少年は不思議と笑っていた。

それに、白ひげは呆れたようにため息を吐く。

自分でも呆れてしまいそうなほどに、少年はまさしく戦闘狂であった。今でさえそうだ。白ひげが手加減しているといっても実力差は圧倒的だ。下手をすれば死ぬ。

だというのに、本当に楽しそうにそれは笑う。

 

(・・・どうしたもんか。)

 

正直言って、白ひげも少年への扱いを悩んでいる部分があった。

白ひげの船には多くの船員がいる。そんな中に放り込めばある程度、誰かとの交流や喧嘩だってする。けれど、その少年、バレットは滅多に他人と口を利くことはなかった。

まるで警戒心に満ちた獣のように他との距離を測り、声を聞くことなど滅多にない。

唯一分かるのは、少女が叫んだ名前ぐらいだ。

どんな過去があるのか、なぜ海賊になったのか。バレットは語ることはなかった。

まあ、自分の生い立ちを語るものはあまりいないためいいのだが。

バレットはまだ船に乗ってそれほど経っていないということもあるだろうが船には余り馴染んでいなかった。

そんな無愛想で、無感情極まる子どもであったバレットを何だかんだで周りは気にかけていた。

それはバレットが時折、ひどく幼い顔をするときがあったためだ。

バレットと共に連れてこられた少女、メランと言っただろうか。

それを前にすると、少年は年相応の顔をするときがある。

バレットは起き抜けにまず暴れようとしたものの、隣りのベッドで眠る少女の姿に動きを止めた。

少年はひどく焦った様子で彼女の現状を尋ねた。一応、命の別状がないことを伝えればひどく幼い顔をした。安堵に満ちた、顔をした。

白ひげ自身は、少年のそんな顔など見ていない。ただ、自分とそう変わらない年齢の船医はひどく穏やかな老いた目をしていた。

バレットは白ひげにさえも滅多に口を利かなかった。自分が何故船に乗せられたかと言う理由さえも頑なに聞こうとしなかった。

 

「・・・・あいつがおきてから聞く。どうするのか決めるなら、あいつとだ。」

 

淡々とした言葉は少年の中での絶対的なルールの様だった。白ひげはその言葉を尊重することにした。それは、おそらく少年にとって心の奥の柔らかな部分に相当するのだろう。

そうはいっても、バレットはお世辞にも良い子とは言えず、自分が負けたことがよほど悔しかったのか、白ひげを見つけるたびに挑みかかって来る。

かといって、反抗心の塊かといえば違い、食事などの分は働くとある程度の雑用もこなしている。

ちぐはぐな印象を受けはするものの、見る限りでは別段問題はない。

けれど、その熱狂に満ちた目に白ひげは嫌な感覚を覚える。

殺し合いへの熱、戦うことへの渇望。

楽しいと、さあ、もっとだと叫ぶようなその表情に危うさを覚える。

自分と同じ、何も与えられず、何も求めなかった、自分が何が欲しかったか分からない故の熱狂を少年に見出す。

別段、戦うことを好むこと自体は否定する気はない。

所詮は、白ひげだって人殺しの人でなしだ。自分とて、強者との戦いを好む感情自体がないわけではないのだから。

それでも、危ういと思うのだ。憐れみと、今にも下へと、一人で落ちていく者を眺める様な寂しさを、覚えるのだ。

白ひげは今にも崩れ落ちそうなくせに、どこか喜悦を瞳に浮かべる少年を見る。

その時だ、少年の頭にバケツがヒットした。

 

 

マルコは目の前で起きている風景に目を瞬かせた。

彼が親父と慕う男が二人の、同い年ほどの少年と少女を連れてきて少しが経った。

少女は眠り続けているため何とも言えないが、少年の方ははっきり言ってあまり好きではなかった。愛想なんてほとんどなく、いるだけで空気が辛気臭くなるようだった。

何よりも、最初は白ひげのことを殺しにきたくせに船に乗っているということ自体も面白くはなかった。

少年、バレットと言うそれは表立って白ひげに反抗することはなかったが、暇さえあれば戦いを挑む。

生意気だ、面白くない。けれど、周りの年かさ連中はバレットを気にかけている節があった。

マルコには何故、その少年を気に掛けるのか分からなかった。

そんな時だ、偶然医務室の前を歩いていると、ぴょんと少女が飛び出してきた。彼女は廊下に自分がいるなど分からなかったのだろう。驚いて、体を固めている。

それに、何となく、彼女があまり強いとは言えないことを察した。

マルコは改めて少女を見た。

青味がかった黒い髪に、満月のような金の瞳。人目を引きそうな、中々に整った容姿をしていた。目を真ん丸にして固まるその様は、お世辞にも害がありそうには見えなかった。

話しを少しすれば、明らかに人の良さそうな人間だった。

マルコは正直言って、彼女のことをそこまではっきりと見たわけではない。そんな暇がなかったというのもあるし、医務室にはバレットが入り浸っているせいでもあった。

雑務をこなすか、白ひげに戦いを挑む以外、バレットは医務室にいた。そうして、彼女の眠るベッドの横に座り込んでいるのだ。

別に、何かをすることも無い。ただ、そこにいるだけだ。

最初は船医でさえも近づくことを嫌がったが、慣れたのかそんなことは今はない。

そのせいか、船医はバレットのことを可愛い所があるという。

それ故に、マルコにとって彼女は好奇心をくすぐられる存在だった。あんなにも捻くれた男の側にいる少女というものに興味が湧いた。だからこそ、突然走り出すという突拍子もないような行動に思わず固まった。

 

(・・・・いや、すごいねえ。)

 

マルコの目の前でバケツに入った海水を徹底的にバレットにぶっ掛けている少女がいる。

 

「てめ、メラン・・・・・!」

 

力の抜けた少年は甲板にべたりと倒れている。が、その少女、メランは真顔でひたすら海水をぶっ掛け続ける。問答無用にびしょびしょになったことを確認するとメランは周りの人間など気にした風も無くその場に屈む。

 

「楽しそうだね?」

 

お世辞にも優しそうというのか、険のない声とは言えない台詞だった。マルコには背を向けているせいでメランの顔は見えないが、引きつったバレットの顔が全てを物語っている。

 

「いやあ。約束破って?人のこと巻き込んで?目が覚めてこちとらお前のことめちゃくちゃに心配してる中、本当に、楽しそうだね?」

 

棘の付いた言葉にバレットの顔は少しだけ気まずさを感じている、マルコからすれば情けなさの漂う表情をしていた。白ひげを含めてその場にいた者がメランとバレットを見つめている。

 

「約束、覚えてるよね?それは君だって・・・・」

「そろそろ勘弁してやってくれるか?」

 

上から聞こえて来た声にメランは視線を向ける。そこには、少々の埃や細かな傷のついた大男がいた。メランはそれに素早く立ち上がり、敬礼をした。

 

「止めろ、気に入らねえ。」

「失礼、軍の出なもので。上のものへの挨拶は基本的にこうなのです。改めて、感謝します。傷の手当等、色々と。」

 

メランはにこやかにそう言った。マルコはそれを目を丸くしつつ眺める。

今までの年相応さはなくなっていやに大人びたしぐさであった。

 

「・・・・来い、いろいろと話さねえといけねえことがある。」

「分かりました。ほら、バレット行くぞ。」

「てめえのせいで体に力が入らねんだよ!」

「あ、そうだ。じゃあ。」

 

メランは一番近く、追加の海水の入ったバケツを持たせたマルコに視線を向けた。

それにマルコはごめんだと口を開こうとするが。

 

「マルコ、おぶってやれ。」

「え、親父!?」

「病み上がりのそいつに途中でへばられてもごめんだろうが。」

 

そう言って背を向けて歩いて行く白ひげを見送ったマルコはでろんと転がるバレットと申し訳なさそうな顔をしたメランに視線を向けた。

そうして、逃れられないことを察して不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「あーごめんな。」

「謝るぐらいならさいしょからするなよい。」

 

不機嫌そうなマルコにメランは苦笑する。バレットは無言でされるがままだ。

白ひげの後を追いながら、メランは掠れたことで囁いた。

 

「ご飯、食べてた?」

「・・・・ああ。」

「怪我の手当てもしてもらったんだね。」

「・・・・ああ。」

「仲良くやれてるかい?」

「・・・・慣れ合いなんてがらじゃねえ。」

「お礼は言ったかい?少なくとも、彼らにはそこまでする義理はないしね。」

「・・・・仕事はした。」

「そうか。それは、いいことだね。」

 

ぼそぼそと、声がする、二人の声がする。マルコはそれにそっと担いだバレットの顔を伺った。

その声があんまりにも幼くて。だから、どんな顔でそんな声を出しているのかと気になった。

一人でいいのだと、このままでいいのだと、そんな風に振る舞うバレットが気になった。

幼い、顔だった。

なんだか、ひどくほっとしたような、安堵した顔だった。

 

 

 

 

連れてこられた先の部屋は、その男のサイズ通り全てのスケールが違う。規格外なサイズの椅子にどかりと座った男を、メランは見つめる。

 

(・・・・でかいなあ。)

 

メランはまるで人ごとのようにそう思いながら隣りのびしょびしょの少年の隣に立った。

少年に不機嫌そうな顔でじとりと睨みつけられる。いや、分かる。

何と言っても、びしょびしょの原因は自分なのだ。

 

(いや、だって、今回はバレットが悪い。)

 

約束を破ったのは、あっちなのだ。だからといって、一応は味方とは言えない船でやるには軽率な行動だったという自覚はある。

それでも散々な目に遭ったのは事実なのだから、謝りたくはないという思いはある。

 

「・・・・・で、どうして俺たちを船に乗せた?」

 

バレットは唐突にメランを睨み付けるのを止めて、椅子に座る白ひげに聞いた。白ひげはどこか、思いつめる様な顔をした後にため息を吐く。

 

「・・・・・そうだな、要件だけを言うが。お前ら、俺の息子にならねえか?」

 

その言葉にメランは目を見開き、バレットを伺った。バレットは変わることなく不機嫌そうな顔をしていた。

 

「下らねえ。」

「くだらねえとは、ずいぶんな言い方だな。」

「くだらねえだろ。息子だ?わざわざ群れるなんざ意味のねえことしてるだろが?」

「そう言うてめえは一人じゃねえんだな?」

 

揶揄うようにそう言われ、バレットの顔が強張った。

 

「こいつは便利なだけだ!」

 

顔に羞恥の浮かんだバレットに白ひげは何故かひどく嬉しそうに笑う。

 

「グララララララ!恥じることはねえだろう。」

 

そう言って、白ひげは笑った。なんだか、ひどく楽しそうで、喜ばしいと言っている様な表情だった。

 

「そんな顔をするんじゃねえよ。恥ずかしいことなんざねえ。一人で生きるにゃ、この海は広すぎる。」

「何が言いてえんだ?」

「てめえよりもつええはずの俺も、一人で生きてなんざいねえよ。」

 

バレットはそれに目を真ん丸にした。まるで、子どものように、ひどく、ひどく、不安げな眼だった。

バレットはそれ以上に何かを言おうとするが隣に立ったメランはばっと口を塞いだ。バレットはそれにぎろりとメランを睨む。

 

「馬鹿野郎!何たてついてんだよ!?こちとら圧倒的に不利すぎるだろ!?」

「邪魔を!」

「お前は負けた!」

 

ぴしゃりとメランにそう言われ、バレットは黙り込む。不機嫌そうにそう言ったメランはバレットから体を離した。

 

「それでも生かされてる。海の上で計算外の食料を分けられてる。そこら辺はわかってるから君だって雑用なんかをしたんだろう?」

 

バレットは苦みの走った顔をした後に、くるりと白ひげに背を向けた。

 

「え。ちょっと・・・」

「・・・・雑用の時間だ。話はてめえが聞いとけ。」

「えー、それだと、話の殆ど、私の視点が入るから情報としては濁るよ?」

「かまわねえよ。」

 

慌てて引き留めるメランにそう言い捨てて、バレットはその場を去っていく。

 

「すいません。その、この手の話、あいつ苦手で。」

「いや、かまわねえよ。上品に断りを入れる奴なんざそうそういねえからな。」

「・・・・あの子は、上手くやっていましたか?」

 

思わずそんなことを聞いてしまったのは、メランの脳裏に軍で一人である少年の姿を思い出させていた。

白ひげはそれにどこか呆れた顔をする。

 

「そんな顔をするな。」

「え、そんな顔って。そんなにひどい顔してますか?」

「情けねえ顔だ。」

「ははははは、まあ。すいません。」

 

メランはそんなことを言いつつ、どうしたものかと考える。

父親、そんなものとバレットは皮肉なほどに相性が悪い。

 

(・・・・そうあってほしかった存在は、結局自分たちを裏切って。)

 

バレットがあの男を父親と思っていたかなんて知らないが。それでも、そう言った存在を男に求めていた部分があったのは事実だろう。

メランは考える、どうしたものか。

おそらく、目の前の存在は自分たちに害になることはないだろう。

白ひげと言う存在が優しいことを知っている。

信頼だって出来る。というか、あのくそみたいな原作で数少ないまともな人物だ。

 

(後でバレットと話し合うとしても。ここに居続けることにデメリットはないけれど。父親か。)

 

苦みを纏った感情が喉の奥にへばりつく。

目の前の存在は、バレットの心を癒してくれるだろうか。

彼女に取って何よりも重要なのはそれに尽きる。メランにとって一番に気にすべきなのは、バレットの幸福だ。

戦う以外、もっと別のものにも目を向けてほしい。バレットの楽しみを否定したいわけではないけれど。それでも、メランは自分にとっての幸福な人生と言うものを送ってほしいという思いを捨てきれていない。

 

(・・・・だってなあ、寂しいじゃないか。)

 

人は幸せになるために生まれて来る。

何処で聞いた言葉だろうか。けれど、それこそメランにとって何よりも考える生きる上での命題だ。

それ故に、この理不尽のくそ極まる人生で出会った、強かっただけの少年の幸福を何よりも願っている。

その幸福を、戦い続けることだと形容したくない。

美味しいものを食べて、美しいものを見て、恋だってして、家族だって作って。

そんなことを願いたくなる。

 

「てめえはどうするんだ?この船に、息子として、船員として乗るか。」

「・・・・自分は娘にはなれますけどね。」

「そこら辺はどうだっていい。てめえがどうするかだ。」

「無理やりに乗せといてこっちに選択権ってあるんですか?」

「望まねえ奴を乗せたってしかたがねえからな。」

 

メランとしては願うならこの船には乗りたくない。なんといっても、かの白ひげの船だ。それに乗ればメランの願う平穏から遠ざかるだろう。

けれど、バレットのことを考えればどうしたものか。

家族と言える存在は、バレットの痛みを癒してくれるだろうか。あの、まるで走り続けなければ死んでしまうのだと思っている様な生き方を止めてくれるだろうか。

黙り込み、考え込んでいるメランに向かって白ひげが口を開いた。

 

「・・・・軍育ちって事は、どっかの国にいたのか?」

 

世間話かは分からない。ただ、メランは素早く考える。自分たちの過去、それを話すか、話さないか。

メランは戸惑いなく、自分たちの過去を、といっても隠す部分は隠したが話した。

おそらく、その過去を知れば白ひげはより、自分たちを害する確率は下がるだろう。

案の定、白ひげはそうかと返事をしたものの明らかに眉間に皺を寄せる。

優しいなあと、そんなことをぼんやりと考える。

 

「・・・・・あなたと、もう少し早く出会えればよかったんですかね。」

 

何となし、そう言った。

その声音には、強者への恐ろしさなど欠片だってない。そこにあるのは、無邪気な賛美だった。

 

「どういう意味だ?」

「バレットはどうか知りませんが。でも、私は父親はもういらないなあと思っていまして。」

「何故だ?」

「・・・・父親が、ほしいと思ったことはありました。誰か、誰でもいいから縋りつきたくなって。悲しい時、辛い時、助けてと言える誰かが欲しかった時はありましたけど。でも、もう、それは遅いんです。」

 

助けてほしいと叫びたかった言葉は、とっくのとうに枯れ落ちて、擦り切れてしまっている。メランの救いは、もう、助けてほしいという願いも、祈りもとっくに手遅れに成り果てて。

親が欲しかった。守ってくれる人が欲しかった。

でも、それはきっと今ではない。もう、遅い。

 

(・・・・バレット、はどうだろうか。)

 

優しさでは救われないことがある。撫でられても引かない痛みがある。知らないうちに膿んで手遅れになることがある。

少なくとも、メランはとっくに諦めている。もう、それはいらないのだ。彼女に、父親はいらない。

 

「もう、私たちは諦めて大人になってしまったので。」

 

気安く朗らかにそんなことを言った。

微笑むメランに、白ひげは無言で、けれどその瞳に憐憫が宿っていた。それに、メランは優しいなあとぼんやりと思った。

 

 

白ひげはどうしたものかとため息を吐いた。

考えるのは、危ういと思った少年の側にいた少女だ。

けれど、蓋を開ければどうもなかなかに曲者であるらしかった。

彼女の眼には恐れがない。名の知れた海賊であり、なによりも少なくとも一瞬でも殺す気であった自分へあそこまで無防備に振る舞えるのは何故か。

そのくせ、どこか目の奥に冷たいものがある。

白ひげは、自分が非常に厄介な何かを拾ったと察してため息を吐いた。

 





話を書きながら、この時代ってモビーディックあったけ、マルコはまだ悪魔の実食べてないよねと確認しながら書いてます。

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