倫理観等はすでに消えかけていますが元気です。   作:藤猫

7 / 23
メランの同室の人と戦闘スタイルに関して。


血みどろの誇り

(・・・・寝てる。)

 

ホワイティベイは、自分の部屋に転がり込んできたそれをじっと見降ろした。

そこには、小さなベッドでまるで仔犬や子猫がするように丸まって眠る少女がいた。

 

 

ホワイティベイの部屋にその少女が転がり込んできたのは女があまりいない白ひげ海賊団では必然であった。

女の中でも一等に強いホワイティベイの部屋に割り振られたのは、少女の特異さゆえだろう。彼女にメランという名の少女を頼んだ白ひげはどこか苦い顔で、何かあればすぐに知らせる様にと伝えた。

親父の頼みに不満はない。彼女も、新しく船に転がり込んできた、けれど白ひげを親父と呼ばない少女のことは気にはなっていたのだ。

改めて話をしたメランは、別段おかしなことはない。礼儀も弁えており、よく働く。まともな子どもだ。いや、海賊にいるにしてはあまりにも真面すぎる少女だった。

 

ホワイティベイは、今、少女の領域として扱っている部屋の隅のスペースにいる。そこには、一人用のベッドに物入れ用の箱、そうして小さなサイドテーブルが置かれている。

仲間と少々遅くまで酒を飲んでいたホワイティベイは、夜も深まった時間に部屋に帰って来た。部屋には、小さな灯りだけが灯っていた。

見れば、メランの眠るベッド脇のサイドテーブルに灯りの灯ったカンテラが置かれている。どうやら、誰かしらに貰って来たのか、借りてきたようだった。

ホワイティベイはもう眠ろうと思っていたため、そのカンテラの明かりを消すために彼女に近寄った。

そうして、ベッドを覗き込み、改めて少女のことを見つめたのだ。

釣り目のせいできつい印象を持ちはしても、その顔立ちは中々に整っている。ホワイティベイは、生まれる場所さえ何とかなればいい人生が送れただろうにとお節介な事を考える。

 

(そういや、親父たちはこの子がどっかの貴族かもしれないなんて言ってたわね。)

 

ホワイティベイとしてもそう言いたくなる気持ちはわかる。

聞く限りでは、メランはバレットよりもいくつか年上であるらしい。けれど、だとしても十歳程度の子どもにしては少女はあまりにも賢しく、教育が行き届き過ぎている。

それ故に、白ひげたちはメランがどこかで高度な教育を受け、人さらいにでもあって軍事国家に売られたのではないかと予想されていた。

バレットはマルコなどと話していれば、時折身の上話のようなものを溢すが、メランはバレットに会う前のことは絶対に口にしない。

過去のことをわざわざ探りを入れるのもはばかられ、誰もメランのことを知らない。

ホワイティベイとて、話そうともしないことを探るほど無粋ではない。

 

(まあ、言う気がないなら別にかまわないけど。)

 

それはホワイティベイにとってその程度の事だった。彼女はそのまま灯りを消してさっさとベッドに横たわろうとした。その時、丁度、メランが書きつけている最中であったらしいノートがベッドから滑り落ちる。

ホワイティベイはそれを思わず拾い上げた。ぱらりと広げたページに視線が向かうが、ホワイティベイは思わず顔をしかめた。

 

「これ、なに?」

 

そんなことを呟いてしまったのは、ページに書かれていたのが見たことも無いような文字だったせいだ。

自分たちが普段使っている文字と言うものは、繋げ字の多い流線体だ。けれど、メランがノートに書きつけてあるそれは、個としてそれぞれが独立した文字だった。

どこかの島の古代文字か何かなのだろうか。

ホワイティベイはその考えに頭を傾げる。この文字が仮にどこかの島の古代文字だとしたら、この少女の生まれと言うものが余計に分からなくなる。

古代文字などという特殊な、それこそ一般的な家庭には必要のないものを教わる立場などあるのだろうか。

 

(いっそ、個人的に作った文字の可能性もあるけど。)

 

そんな考えが浮かびはした。けれど、それにしたって、個人が使う文字にしてはあまりにも個々の文字が複雑すぎる。

何かしらの法則性が存在するようで、極端に簡素な形のものから極端に複雑なものまで多種多様だ。

 

(・・・・って、人の書き物勝手に覗くなんて悪趣味ね。)

 

何故、彼女が誰にも分からないような文字で書き物をしていたか分からない。けれど、少女が何かを企んでいるとは思わなかった。

何故って、白ひげ海賊団に悪意を持つほど、少女から関心を感じなかったせいだろうか。

少女は確かに良い子ではあったけれど。それでも、他への関心と言うものをこれといって感じなかった。

愛想よく振るまっても、結局のところ、彼女の関心の全ては共にあった少年に向かっている。それを不快に感じることも無かった。それは悪意があるわけでもなく、ただ、そんな風に生きた彼女の人生と地続きであるだけだと分かるせいだろうか。

少女が共にあった少年にひたすらに心を傾ける様を青すぎると気恥ずかしくなることはあっても不愉快だと断じるものはいなかった。それは、ホワイティベイも同じだ。

ホワイティベイはそんなことを思って何となしにそのベッドの端に屈みこみ、少女の顔をじっと眺めた。普段は気配に聡い少女だが、どうやら悪意や殺意に関してはまるで見えているように過敏でも、無害なものに関してはいささか鈍い。

 

(なんていうのかしらねえ。)

 

ホワイティベイから見ても、その二人は本当に不思議だった。

例えばの話、強い男に媚を売って庇護下に入ろうとする女はいる。それは男も女も変わらないだろう。強者の庇護下に入ることを望むものはいる。

それを蔑む気はない。そう言う生き方とて存在するだけだ。

メランは、弱いわけではない。けれど、強いわけでもない。

強者に構う美しい少女のメランは、はた目から見れば庇護を求める弱者の姿だった。

けれど、ふと、二人を見ているとどちらが守られて、どちらが守っているのか分からなくなる時がある。

バレットは大抵一人だ。構われることを嫌うならばと近づくものはあまりない。彼に自分からよっていくのはメランとマルコ、そうしてドクターにビスタぐらいだ。

逆にメランは人に囲まれている。愛想がいいことにも加えて小器用な為仕事を任されていることが多い。本人も動いている方が性に合うらしく船の中を駆けまわっているのをよく見る。

まあ、少々交戦時の戦い方に引いて距離を取るものもいたが。それでも、彼女は何だかんだで可愛がられていた。

そうして、時折、周りに誰もいないときのバレットは、ふと誰かと話すメランを見ていることがある。それは、まるで子どものように稚くて、寂しくなるほどに心細そうな顔なのだ。

どちらがどちらを守っているのか。

その二人組は、彼女に取っては本当に不思議で、よくわからない繋がりがあった。バレットはホワイティベイから見ても十分に強者だ。マルコと同い年にしてすでに武装色を会得している少年は、少女に関してだけその幼さを表に出す。それでも、その関係性は嫌いではなかった。

ホワイティベイはそう思ってノートを閉じようとしたとき、傾けたせいかページが一枚だけ捲れた。

開かれたページは今までと違ってホワイティベイも理解が出来る世界共通の文字だった。

そこには、幾つかのレシピが書かれていた。そうして、その脇には彼女が一等に大事にしているらしい少年の名前と、そうしてこの頃仲良くしているのを見る見習いの少年の名前だった。

そうして、それには簡単に、これはバレットが好き、これはマルコが好きなど、丁寧に書かれている。

それは、確かに少女の滅多にさらさない、心のうちの柔らかなものだ。

少女は確かに本心をさらすことも無く、愛想はあれども誰かに自分へ踏み込ませることはあまりない。それこそ、下手をすれば寡黙で愛想の欠片も無いバレットよりもはるかに人との距離を置く子どもだった。

けれど、それでも少女に対して好感を持ってしまうのは、ノートからも垣間見える誰かへの情を好ましいと思うからだ。

メランと言う少女は、非常に大人びた子どもだった。

人との距離の取り方も、当たり障りのない扱いが上手い。それでも、そんな彼女が自分よりも歳の幼い少年に構っている様を横目に見るのは嫌いではなかった。

少女が少年に注ぐそれにつけるべき名前など分からずとも、柔らかで甘ったるいそれを誰かへ向ける様を見るのは何ともむずがゆくて。

それでも、汚い世界で子守唄のような柔らかで不器用なやり取りを愛おしいと思わなかったと言われれば嘘になる。

ホワイティベイには、その感情を理解には至れない、そんな甘ったるい感情を持つことだって想像できない。

それでも、どうか、その甘ったるい感情が穢されることも、汚されることも無いようにと祈ることぐらいはしたくなったのだ。

今だって、少女の世界はきっと広がっている。

共に会った少年以外に、もう一人、己の領域に受け入れかけている見習いとのやり取りを思い出した。

ホワイティベイはそのノートを閉じ、そうして明かりを消す。

 

「おやすみ、いい夢を。」

 

戯言のように柔らかな言葉を呟いて、彼女はそのままあくびをした。

 

 

 

たんと、まるで飛ぶように軽やかに、その少女は勢いよく船の上位部分にあるテラスの手すりから飛び降りた。

 

(・・・・恐れしらず、というか。)

 

恐れ多くも、そうして、恐れしらずな事に白ひげ海賊団に交戦を仕掛けてきた存在に対して、メランは飛んだ中、空中にて敵の背負ったどくろマークを見る。

海賊として、どこに出しても恥ずかしく無いような、右を見ても左を見ても強面だらけの集団にメランはぼんやりと思った。

丁度、戦闘自身が始まったばかりで上に意識を向けるものがいない中、甲板の上に降り立った。

 

「はっはっは!白ひげもこんなガキを乗せてるのか!なんだ、慰めるにしちゃガキじゃねえか!」

 

下卑た声を出した男にメランは無表情のまま向かっていく。ワンピースの世界に出ても恥ずかしくない、二、三メートルの大男だ。メランはそのままに男に近寄る。そうすると、男は彼女に向けて拳を振りかぶった。

己の、培ったそれが告げる。メランは心の内で数を数えてタイミングを見計らった。そうして、メランはざっと足を滑らせて止まった。そうすると、男の拳はメランの真ん前に振り下ろされた。メランは、その腕を梯子にして、男の懐に入り込む。

メランは、この頃よく使っている大振りのナイフを男の首に突き立てた。

ぐずりとした、肉に刃を突き立てる感覚。男のカエルが潰れた様な声。そうして、まるで噴水のように飛び散る鮮血。

少女の美しい顔を赤い何かが染めた。

 

「おい、何だ!?」

「あいつ、やられたぞ!」

 

始まって間もない争いの上で大男の首から飛び出るそれは、周りの意識を掻っ攫う。血しぶきを浴びるのが、可憐な容姿の少女であるならば尚更にその眼には恐れが宿る。

 

(掴みは上々。)

「こ、の、がき!」

 

流石というのか、首から血をドバドバ流しても男は闘志を燃やしたままメランに向かって叫ぶ。メランは、男の抵抗よりも先にナイフの反対側に小さめのレイピアのようなそれを手に持つ。そうして、男の目にそれを上に向けて突き刺し、脳をかき混ぜる。

そのまま、男はぐにゃりと体から力が抜け、倒れ込む。メランは男を土台にしてたんとまた飛んだ。

血みどろの少女に敵側の数人は恐れをなして、そのまま力に任せて剣や銃を向ける。

メランは体を屈めて、彼女の見聞色の覇気が教えるままに最低限の動きで攻撃を避ける。

振り下ろされる刀を体をねじってさけ、銃弾を剣ではじく。

それは、身体能力のおかげでも、かといって技術の賜物でもない。少女は、今までかいくぐりぬけてきた死線によって研ぎ澄まされた勘によって全てを避けていく。

そうして、攻撃をかわした隙に男たちの首を搔っ切り、脳を抉る。小柄な体を使って、足元を崩していく。

するり、するりと、少女が甲板を駆けていく。そうして、少女が駆けた後には、確かな数の人間の死体が転がる、血だまりが出来る。

真っ白な肌に飛び散る鮮血は、どんな人間が見ても悍ましいほどに鮮烈であった。

けれど、大抵の人間は自分が可憐な少女に恐れを抱いたことを認められず、メランに向かってくる。

メランはまるでそれを踊るように、軽やかに、飛んでは跳ねては、人を容易く殺していく。

 

(それでいい、よし、それで。)

 

メランにとっての目的は敵の数を殺すことではない。一人一人丁寧に殺していくことしか出来ない自分が出来ることなど微々たるものだ。けれど、見目の良い年端の行かない少女が淡々と人を殺していく様は動揺と言うものを誘うのだ。

男の多い海賊の中では尚更にメランの姿は目立つのだ。

メランが欲しいのは動揺だ、隙だ。メランに気を取られた瞬間に、敵は容易く味方に打ち取られていく。

囮こそがメランの目的だ。そうして、その殺し方は派手であればあるほどにいい。

少女の顔には特別な感情など乗ることはない。それは、どこをとってもメランにとっては馴染んだ日常であった。

 

 

 

「だあああああ!てめ、バレット、てめえもうちっと周りを見ろよい!」

「うるせえ!だったら俺に近づくな!」

「ちくしょう、反抗期のガキみたいなこと言いやがって!」

「てめえも俺と同い年だろうが!」

 

船の一角、そこにはやたらと騒がしい二人組がいた。

一人はそろそろ二メートルを超えようしている青年、に見える少年。そうして、もう一人は少年には劣るがそれでも背は高い少年だ。

バレット、と呼ばれた少年はくすんだ金の髪を乱雑に伸ばしている。そうして、その年にしてすでに武装色の覇気を会得していた。もう一人の少年は、まるで綿毛のようにふわふわとした金髪だ。少年、マルコは文句を言いつつもバレットの剛腕を軽業師のようにひょいっと避ける。そうして、バレットの攻撃を利用して、相手に一撃を食らわせる。マルコは、純粋な戦闘力ではバレットには劣っていたものの、その動きには目を見張るものがあった。

互いはけして認めないが、中々に上手く行動を取っているように見えた。

 

「つーか、バレット、お前悪魔の実の力つかわねえのか?」

「覇気に慣れるまで使うなってビスタとくそじじいに言われてんだよ!」

「お前、教えを受けるぐれえならもうちっと礼儀をしれよい!いつもなら、それ相応のことできてんだろう?」

「知らん!」

 

ぎゃーすかと騒ぎに騒いでいるのだが、二人の猛攻は止まらない。ある海賊は吹っ飛ばされて海に落ち、ある海賊は腹に重たい一撃を叩きこまれて動かなくなる。

けれど、二人はそんなこと気にも留めずにまるでそれこそ気心の知れた古なじみのように口喧嘩をする。

悲鳴が上がる、断末魔が響く、血しぶきが上がる。

けれど、その口喧嘩だけはやたらと高らかに、響いていた。

 

戦闘はあっさりと終わった。元より、相手の数も少なく、そうして早々と相手の船長が打ち取られたせいだろう。

 

「誰がやったんだよい?今日はやたらと早いねい。」

「ちっ。」

「拗ねんなよい。お前ばっか手柄があっちゃあ他が素寒貧だろうが。」

 

不機嫌そうなバレットを連れてマルコが呆れたようにそう言った。バレットは不完全燃焼のままのためかしかめっ面のまま甲板を歩く。そうすると、甲板の片づけをしていた数人たちが何かを見ていることに気が付く。

大方、その視線の先に今回の主役がいるのだろうと。

 

「なあ、おい。誰が相手の船長取ったんだよい?今回の主役だろう?」

「・・・ああ、マルコか。いや、そのな。」

 

話しかけられたウィルは何とも言えない顔で、また元の方向に視線をやる。マルコは遠巻きに見つめる人だかりでよく見えなかったため、それを押しのけて行く。

そうして、気づいたのは生臭さと鉄臭さだった。

それに、マルコはまたかと息を吐く。

家族の視線の先にいたのは、敵の船長だったらしい男の死体の傍らに立つ、メランだった。

その姿は、まるでペンキでもひっくり返したように赤に染まっていた。

彼女が朝に着ていた、誰かのお古であるという白いシャツがどす黒く染まっている。

ぴちゃんと、水音が立つほどにメランは血を浴びていて、そうして床には血だまりが出来ている。マルコ達に背を向けているせいでメランの後ろ姿しか見えなかった。それでも、彼女の柔らかな紺の髪が、赤黒く染まっているのは見えた。散々暴れたせいでその髪からはぴちゃんと、赤黒い何かが滴り落ちた。

それが、何となく、マルコはあまり好きではなかった。その少女が赤黒く染まるその絵が、好きではなかった。

いつもは戦いの後の熱に浮かされているというのに、その場には奇妙な沈黙が現れている。

マルコも、理解が出来る。

メランの纏う空気に触れていると、自分が海賊であることを忘れてしまいそうになる。

血の臭いも、戦いの熱気も、痛みも、刹那の悦楽も、その少女からはあまりにも遠いところにある気がした。

メランには、誰かを思う柔らかさがあった、眠たくなるような安寧があった、呆れてしまいそうなほどの善性があった。

だから、白ひげ海賊団の人間は、その安寧に微かな憧れがあった。

誰もが、寂しさを抱えている。別れの、孤独の、空しさと、明日には潰える命への、切なさと寂しさを抱えている人間が白ひげ海賊団には多い。

そんな風に生きれなかった、海賊になることでしか命を繋げなかった。

ならば、後悔したって仕方がない、帰る場所も、思い出す故郷がなくとも、それこそが生きる手段であったから。

だからこそ、その寂しさに手を差し出してくれた白ひげに、皆が感謝している。言葉に出すことはなかったとしても、世界から爪はじきにされた白いクジラを皆が愛していた。

そんな寂しさを知っているからこそ、白ひげの船員はメランとバレットの関係性に奇妙な羨望を抱いていた。

遠い昔、きっと求めていた、確かに自分にだけ寄り添ってくれる優しい温もりへの微かな憧れ。

別段、それを奪いたいというわけでも、欲しがっているわけでもない。居場所も、愛も、温もりも、与えてくれた男がいた。

自分にはそれがある。

けれど、自分たちが失った何かを、大事に大事に抱えた少女と、戸惑いがあってもそれから離れない少年の稚さを見守るのは好きだった。

そうして、そこにもう一人の少年が加わって騒ぎ出す無邪気な喧噪に、騒がしい青春を見出すことだってあった。

だからこそ、メランの血にまみれた姿に戸惑いを覚える、固まってしまう。

優しい何かが、悉くけがれてしまったようで。

マルコがどうしたものかと悩む中、バレットは戸惑いも無くさっさとメランに近寄った。

 

「おい。」

 

簡素な言葉にメランはふらふらと体を揺らして振り返った。

何もかもが抜け落ちた様な、能面のような顔がマルコ達に向けられた。

 

(・・・・嫌だねい。)

 

感情と言う感情が削げ落ち、まるでそこにあるのがメランでないかのような無機質さが目の前のそれにはあった。

いつもならば、まるで海のようにくるくると変わる表情はそこにはない。飛び散った血が、その白い肌と紺の髪を染めている。いつもならば風に靡く、光を反射して輝く青はどす黒く、濡れている。

そうして、その眼が、マルコがひどく苦手だった。

いつもの柔らかで優し気な光はどこかに消え失せて、金属のように無機質なそれは人のものでなかった。まるで、命のやり取りの上に洗練され、研ぎ澄まされた刃物のような輝きがある。

なんの機微も見受けられない人形のような凪いだ少女の中で、爛々と輝く金の瞳は獲物を見つめる獣のように自分を観察していることが分かる。

それが苦手だ。何か、少しでも、何かが違えば、その少女は自分の血で体を染めることに躊躇しないのだろうと、そんなことが分かる目が苦手だ。

 

「ああ、バレット、かあ。」

 

ぼんやりとした声でも、その声は、確かにいつもの少女の声だった。無機質であった黄金の目に、ゆるゆると、ようやく熱が通っていく。

 

「何してんだ?」

 

バレットは普段と同じように淡々とした声で少女に問いかけた。メランは、ぼんやりとした目のまま自分が殺した海賊の船長に瞳を向ける。

 

「ああ、少し、不思議で。」

 

海賊でも、今際のきわに助けを求めるのかってさあ。

 

「何に助けを求めたのかなって。」

「さあな。」

「神様かな?」

 

沈黙の中で、バレットの淡々とした声と、そうしてメランはやけに無邪気な声音が響いている。

そんなことを呟いた後、メランはゆるゆると微笑んだ。

 

「神様なんていなかったのにねえ。誰に、助けを求めたのかな。」

 

心の底から不思議そうな声だった。

そこにのしのしと見上げる様な大男が近づいてくる。

 

「派手にやったな。」

 

メランとバレットを見下げた白ひげはどこか寂しそうな声で言った。

それにメランは白ひげを見上げた。無防備な、夢を見ているような眼だった。

 

「船長。」

「・・・・今日も汚れてきやがったなメラン。さっさと洗ってこい。」

「ああ、はい。そうですね。」

 

メランはこくりと頷いて、たったと軽い足音と共にその場から去っていく。ふらり、ふらりと、まるで幽霊のような足取りだった。

 

「あいつの戦い方はそろそろ止めねえといけねえな。」

「何故だ?」

 

白ひげの台詞にバレットが不思議そうに問いかけた。白ひげはその言葉にバレットの方を見た。

 

「あいつの戦い方は、あいつが生き残るために足掻いたすえだ。あいつにとって戦場で何よりも生存効率を上げるための方法だ。なら、それを止める理由があるのか?」

 

そう言ったバレットの顔は、剣呑さも敵意もない、心のそこから不思議そうなものだった。

 

あいつが生きるために築き上げた、磨き続けた技だ。誰に恥じることもない、誰に否定される理由もない。メランが生き残った、誇るべき武器だ。

 

事実を語る少年の目は黙り混んでしまいそうなほどに澄んでいた。

 

「そうだな。」

 

白ひげはそれにゆっくりとうなずいた。

バレットの言葉通り。メランの戦い方は間違っているわけではない。

誰も彼女を助けなかった、生き残るためにあがいた末のあり方がそうならば、間違っているなどと言えるわけがない。

 

それでも白ひげは、その少女の戦い方を哀れだと思った。

少女の戦い方はまさしく、どれだけ効率的に人を殺すかという事に尽きる。

躊躇も、悲しみも、死への恐怖も、全て削ぎ落とし続けた、人を殺すという事への無関心さの象徴の様だった。

白ひげとて、人を殺した、物を盗んだ、悪行など笑えるほど積み上げた。けれど、メランの削ぎ落とされた能面のような表情を見ていると、あんまりにも悲しくなるのだ。

それを、言い表すことは出来ないけれど。

でも、徹底的に心を殺し続けた子どもの姿を、その少女に見出すのだ。

否定されて良いわけはない。

戦って、汚れて、奪うことでしか生きられなかった誰かに倫理のために死ねなどと白ひげは言えない。

それでも、無機質な黄金の目を、痛々しいと思わないわけではない。

 

「お前は、メランの戦い方は好きか?」

 

その言葉に、いかめしく顔をしかめた少年はきょとりと瞬きをした。白ひげもどうしてそんな言葉が口から転げ落ちたか分からないけれど、思いのほかその言葉は胸にしっくりと来た。

バレットは、口をかぱりと開けて、ぽつんと呟いた。

 

「・・・・くせえし、きたねえとは思う。」

 

バレットは目を伏せて、幾度も、口を開けては開いてと繰り返した。そうして、まるで自分でも何を言えばいいのか分からないというような顔をした。

 

メランには、赤は似合わねえと思う。

 

それは、どんな意味を持つ言葉だったろうか。白ひげには、その少年のどんな思いがそんな言葉を吐き出させたか分からない。けれど、少年だってきっと分かってはいなかったのだろう。

 

「そうだな、あいつには青が似合う。」

 

白ひげも、青い空の下で末っ子たちが騒ぐ風景を見るのは好きだった。少女の髪が、潮風に靡いて、太陽の光で青く輝く光景を好ましいと思っていた。

白ひげはすでに事切れた、血さえも流し切った死人を見る。

 

神様なんていないのだと、少女が言い切ったその言葉を思い出す。

神様なんていないことは知っている。自分だって、思い知らされた。それでも、人が救われるのには神様が必要でないことだって白ひげは知っている。

 

 

 

 

ざあああああ、とシャワーから流れ出るお湯にメランはほっと息を吐く。凹凸の少ない少女の体はすっかりと綺麗になった。ただ、髪についた血はかぴかぴになっており落とすのに苦労したが。

 

(・・・・血、あんまり浴びない方がいいんだけどなあ。)

 

メランは一応女性用にと隔離されているシャワー室で体を洗い流し、脱衣場に出る。体や髪を軽く拭き、用意していた服に着替える。そうして、髪を乾かしてぼんやりと考える。

メランとて、体液を経由する感染症はいくつか覚えがある。ただ、元の世界と血液型に関して違ったりするため元の世界の知識がどれほど役に立つかは分からないけれど。

それでも、血を避けるよりも次の敵を殺しに行った方が効率的であることを考えると、止めるのも惜しいと思ってしまう。

元より、メランは狙撃手を主にしていたため、近距離であるとどうしても見聞色に頼った急所狙いが一番に生存が高いこともあるが。

 

(・・・・銃はなあ。弾丸の経費とかを考えると使いにくいし。やっぱ、居候のまま金を食いつぶすのはどうかなって思うし。)

 

そのため、メランはこの頃銃を使わずにナイフで戦闘を済ませている。いっそのこと、ウソップのようにパチンコを使うのも考えている。

 

(あれなら手数が増やせるしなあ。私の場合、避ける以外に才がないから攻撃には手数を増やしたほうがいいか。にしても散々、いろんな部隊をたらいまわしにされてたおかげかな。どんなことでもある程度できる。)

 

その順応能力を鍛えてくれた国に感謝すべきだろうか。いや、結局子どもを戦争に出してる時点でくそだと考えを改めた。

 

(・・・・でも、肉弾戦に関してはスイッチの切り方を上手くしないとなあ。)

 

メランははあとため息を吐いて、タオルを頭に被せて蹲る。

ガルツバーグでは長距離射撃を担当していたものの、近戦での戦闘だってしていた。

引き金を引く軽さも、遠くにある人影が倒れ込むのも、案外あっさり慣れはしたけれど。

それでも、直に肉を切り裂く感覚も、血しぶきを浴びるのにだって、自分に向けられる肌で理解できる憎しみにも、死にたくないと叫んだ断末魔にも、慣れることはなかった。

それは、まざまざと、メランの中で降り積もって、遠い昔の当たり前と善性を責め立てる。

どれだけ、誰かを大事にしていても。どれだけ、誰かに優しくしても。どれだけ、それがまちがっているのだと知っていても。どれだけ、どれだけ、そこに憎しみがなくても。

自分が人殺しの、罪人なのだと責め立てる。

まあ、そんなものは積み上げ続けた死体の上で悉く放り出してしまったけれど。

それでも、しばらくの間、心が死なない様に、麻痺するまでの間スイッチを切れるようにもなったのだ。

 

「今回は戦いすぎたのと、血を浴び過ぎたなあ。スイッチ切るの癖になってる・・・・・」

 

重たい気分のままそう呟いた。

スイッチを切っている間、思考が少々ぼやける。外からの情報に対して鈍くなるせいか、思考もお花畑とは言わないがぼんやりするのだ。

今ではもう、そんな必要も無い。

肉の感触だって、血の温もりだって、臓物の匂いにだって、断末魔にだって、ちゃんと慣れた。死体に居続けるのにだって慣れた。

もう、心を遠ざける必要はないのだ。それでも、癖と言うのは厄介で、どうしても戦闘が永くなるなどするとスイッチが切れてしまうのだ。

 

メランはぼんやりと覚えている、白ひげの顔を思い出した。

憐れみと悲しみを持った目だった。メランはそれを、その感情に至るまでのことを理解できる。その男の悲しみと苦悩を知っている。だからこそ、その眼には納得できる。

けれど、どうしろと言うのか。

 

(別にあんな顔をしなくてもいいのに。)

 

メランにはもう、救いも願いも、この地獄を生きていくための灯を得ている。憐れまれるほどのことはない。メランの抱えた地獄なんてよくある話なのだから。

腹の底にある罪悪感がずしりとメランの中にある。白ひげという男が善人であることをしっていればなおさらに。

 

(・・・・ああ、早めに上がらないと。バレットの奴、怪我して放置してるかもなあ。)

 

そんなことを思っても、どうしても傾いた気分のせいか、座り込んだままぼんやりと考えてしまう。

 

(何か、何か、楽しいこと考えて。あー、そう言えば今回の戦闘で船長を殺したから略奪品の取り分、貰えるかも。)

 

そんなことを思い出すと、もしかしたらもらえるか知れないお小遣いについて考えが湧き始める。

 

(お小遣い。次の島、結構大きい町があるって言ってたし。買い物でもしようか。)

 

そう思うと、思い浮かぶのはバレットが着ている服がこのごろいろいろと小さくなっていることだった。

 

(そうだ、今の服、国からかっぱらった奴だからそんなに新しいのじゃないし。旅の間に身長とか筋肉量も多くなったし。シャツとか。そうだ、お金が足りるなら軍服みたいな服を仕立ててあげようか。そうだ、靴もきつくなったって言ってたし。出来る限り、揃えてあげようか。)

 

そんなことを考えると気分が浮き立ってくる。うきうきとして、頭の中にその少年に似合いそうな服について考える。自分はあまりそう言ったセンスがないためマルコを連れて行くのもありかもしれない。

メランは立ち上がり、洗濯する服を抱えて、タオルでわしゃわしゃと髪を拭きながらシャワー室から飛び出した。

そうすると、口元には勝手に緩やかな笑みが浮かんでいた。

 

(そうだ、そうしたらマルコにもお礼をしなくちゃ。パイナップルが好きらしいから。そういうケーキとかあったら奢ってもいいし。あのくらいの年なら、お肉とかもいいかもなあ。バレットをつれて買い食いとか?でも、パイナップルがあるなら、保存の効くジャム作れるかも?膨らまし粉があれば、ホットケーキとか?パイナップルのジャムで食べたらマルコも喜んでくれるかも。そうだ、バレットにも甘いものを進めてやろうか。好みに合うかもしれない。)

 

心が弾み、彼らが喜んでくれることを考えれば、自然に気分が浮き立った。

それに、メランはほっとする。無意識のうちに安堵する。

誰かのために笑えている間は大丈夫だ。自分はきっと、そんな風に笑えている間は確かに人間なのだ。

今はまだ、自分は獣ではないのだと。

 




バレットの戦闘スタイル
基本的に殴る蹴るとかなため能力を使わない限りはそこまでスプラッタにならない。
勝つための戦い方。相手を屈服させるための戦い方。

メランの戦闘スタイル
銃とかナイフのどんなことでもある程度は出来る。出来たから生き残った。
急所狙いの暗殺術に近い。
相手を殺すための戦い方、生き残るための戦い方。
大抵血しぶきが上がるので血みどろのスプラッタ。

という感じです。


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