倫理観等はすでに消えかけていますが元気です。   作:藤猫

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久しぶりの投稿です。
ちょっと長くなりそうなので、きりの良いところまでです。


買い物回ですが、バレットはいません。


幸福の肯定

 

「次の町で買い物に付き合ってくれない?」

 

そんなことをメランから提案されたのは、ちょうど夕飯の時のことだった。食事の下ごしらえの当番が同じ日であった二人は早めの夕飯を食べていた。

その日は珍しくバレットは夜の見張りの当番で仮眠を取っており二人だけだった。周りの船員たちは珍しいトリオの内の二人きりを微笑ましそうに眺めていた。

 

「買い物?」

「そうそう、この前の戦闘で分け前もらったからさ。いろいろと必要なものも多いし。少し、相談したいことがあるから付き合ってくれよ。ご飯ぐらいはおごるしさ。」

「あー。」

 

マルコはそれに少しだけ考える。別段自分に損があるわけでもない。元より、次の町で欲しい本を探そうと思っていたのだ。

相談したいことと言うのもそこまで大事ではないだろう。そういった善良さに関しては信用ができる。

 

(まあ、どうせバレットもついてくるだろうしな。面倒ごとならあいつに押しつけりゃあいいよい。)

 

なんだかんだで、メランのことを押し出すとその時の機嫌は犠牲になるにしても押しに弱いのだ。

そう思って、マルコはそれに関して是とうなずいた。メランはそれに、ありがとうと機嫌良く笑い、食事を食べ始める。早めに食べて、バレットの分を確保するのだという。

マルコはそれにふーんと言いながら同じように食事を食べて、メランの後についてバレットを起こすために食堂を出た。

 

 

 

そうして、そのまま時間は過ぎ、目当ての島に着いたときだ。

マルコは早々とその日にやることを終えて、メランと共に出かけた。バレットはビスタに捕まっており、後から来るだろうとマルコは当てをつけていた。

そのまま町をあるくメランを見ていて、マルコは何気なく言った。

 

「なあ、メラン。バレットのことどっかでまったほうがいいんじゃないよい?」

「なんで?」

「あいつも買いもんあんじゃねえのか?」

「バレットは今日来ないけど?」

 

きょとりとした顔でそういったメランの顔にマルコは固まった。

 

「なんでだよい?」

「え、別に今日は私が買いたいものがあって。そのことで君に相談したくて誘っただけだけど。バレットは今日はどうするか、私は知らないよ?」

 

きょとりとしたメランのそれに、マルコの中でなんだろうか、非常に気まずい思いがこみ上げてくる。

別段、メランとバレットはそこまで常日頃から共にいるわけではない。それでも、雑用係らしく自分の仕事が終われば互いになんとなく互いの事を探していたし、食事だって当たり前のように隣に座っていたりする。

マルコはそれにくっついている立場であって、どちらかというと二つと一つという意識の方が大きいのだ。

その時、マルコの気まずさをなんと表して良いだろうか。

もちろん、別段この場にバレットがいる必要はないかもしれない。けれど、バレットのいない今、メランと二人で出かけているという事実が、なんだろうか。

非常に気まずい。マルコは、己の胸に湧き上がってくるバレットへの申し訳なさに思わず船に帰りたくさえあった。

 

「なんでそんなにバレットのこと気にするんだ?」

「いや、だって。そりゃあ。」

 

そう言われると苦しくなる。確かに、そう言われれば別にこの場にバレットがいる意味はない。ないのだが、バレットのいない場でメランと共にあることがなんとなく、だめな気がするのだ。何故かはわからないが。

 

「あいつも、買いたいもん。あったんじゃねえのかよい?」

「この前聞いたらないって言ってたし。なので、君を誘ったんだけど。」

「・・・今日、買い物に来ることはバレットには?」

「言ってないよ?」

 

マルコはうわあああと頭の中で声を上げる。

非常に気まずい。何故かわからないが、非常に気まずい。悩むマルコにメランは首をかしげたが、そのまま手をつかんだ。

 

「ほら、いくよ。今日は買い物に付き合ってもらうから。」

「いやあ、そうなんだけどよい。」

 

マルコはこのまま帰るか、すぐにでもバレットを呼びに行きたい。けれど、それはそれで変な話だろうとも感じる。

はてりはてりと首をかしげて、マルコはそのままメランに引きずられていった。

 

そのままマルコはメランに引きずられて、町を回った。

さすがは、大物をあげたばかりのメランだ。懐は温かいらしく、買ったものの総量はなかなかのものだ。

マルコは自分の手にぶら下がった品々を見て、思わず前を歩くメランに言った。

 

「おい、メラン。お前、これ全部バレットのもんじゃねえのか?」

 

メランの買ったものは彼女が着るには大きすぎる衣服だ。メランはそれに対して間延びした声で返事をする。

 

「うーん?そうだけどー?」

 

メランは変わらず町の中をきょろきょろと見回して、何かを探していた。それに、マルコははあとため息を吐いた。

おかしいと思ってはいたのだ。

なんと言っても、どうして買い物に自分を誘ったのか。頼み事といって、深くは考えなかったが散々服のデザインについて聞かれていたのだ。

それに、マルコはなんとなく、同い年ほどの少年が好むデザインを彼女が聞きたがっていたことをようやく察する。

正直言ってバレットはそこまで極端に変な衣装ではない限りはどんなものでも気にはしないだろうが。

ちらりと見ると、買いそろえたものはほとんどバレットのものだ。それでも、なんだかんだでマルコの両手が塞がるものだ。

 

(古着やらなんやらつって結構買ったが。)

 

マルコは自分の持たされた量にいろいろと察してしまった。なぜ、今日バレットがいなくてマルコがいるのか。

 

(ぜってえ、荷物持ちに連れてこられたなよい。)

 

 

バレットの性格からして、自分のものだとしても買い物に大人しくついてくるとは思わない。マルコは確かに買い物に付き合う性格ではないが、そうはいってもこの状態で荷物を放り出していくような人間ではない。

マルコはげんなりする。

女の買い物というのがどれほどまでに長くて、かつ資金があれば多くなるのかは理解している。脳裏に浮かぶのは、船の女たちや、夜の町でなじみの女と買い物をする兄貴分たちの姿だ。

バレットの分だけでこの量なのだから、メランの分の量はどうなるのか。

 

(軍資金がどれぐらいあるか、きいときゃよかった。)

 

あーあ、なんてマルコは空を仰いだ後、店の中をのぞき込み品定めをする少女をちらりと見た。

そうして、ふっと少しだけ微笑んだ。

ああ、なんだ。悪くないじゃないか。

そんな風に、買い物をして、自分の欲しい物を探す彼女は本当にどこにでもいる少女のようだった。血の臭いも、鉄の鋭さも、煙幕の煙たさも知らないほどに、普通で。

その横顔を見ていると、まあいいかと、微笑みたくなるような気分になった。

 

「マルコ、こっち!」

「へいへい。」

 

渋々と言いながら、マルコは自分の顔に浮かんだ笑みを隠す。

和やかな、風が彼の金色の髪を揺らしていた。

 

 

「あーあ。」

「そんなに疲れた溜め息つかないで欲しいんだけどねえ」

「朝から散々買い物に付き合わされたんだから、当然だよい。」

「その代り、昼食と欲しがってた医術書おごったから赦してよ。」

 

丁度、昼も過ぎた頃、二人は少しだけ商店などが建ち並んだ道から離れた広場にいた。まわりには、猫ぐらいしかいない。ベンチに隣り合わせに座り、薄いクレープのような生地に肉や野菜が挟んである軽食を食べていた。

マルコの足下にある紙袋などには、メランが数時間選んだ服と、そうして一時間は散々に粘って選んだ、これまたバレットのためのピカピカのブーツが入っている。

マルコはなんとも言えない気まずさに襲われる。というのも、現在おごられている食事はとある露店で買ったものだ。そうして、購入時、気の良い店主は同い年ほどの男女のメランたちを見てにこにこ顔で言ったのだ、ああ、お若いカップルだなあと。

それにメランは何を思ったのか、マルコの腕に手を絡めてにっこりと笑った。見目だけは良い彼女が微笑めば、それ相応に周りから視線を向けられる。

嫌がるマルコを照れていると判断したらしい店主は微笑ましそうな顔をしていた。そうして、軽く話をしていたメランはいつの間にやら昼食におまけをしてもらっていた。

マルコは、言っておくがメランという少女にそんな感情を抱いたことはない。そういった感情を向けるにはメランという少女は複雑すぎた。

マルコの感じるむずむずとしたそれは、気まずさだ。

メランという少女とそういった扱いをされるたびに、マルコの脳内には何故かバレットの姿が浮かぶ。

マルコはぐったりとしながら、午後からやってくる本番のことを考える。

女の買い物とは、かくも長いものだ。

 

「んで、午後からどうするんだよい?」

 

マルコが何気なく聞いたそれに、メランはあっさりと応えた。

 

「え、今日はもう帰るよ?」

「は?」

「もう、買いたいものは済んだからね。あ、マルコ、ほかに用でもあったのか?」

「ない、けどよい。」

 

それならいいね、メランはそう言って持っていた軽食を食べ続ける。それに、マルコは慌てて買ったものに目を向ける。

そこには、やはりバレットのものしかなかった。

 

「でも、お前、自分の服とかはいいのかよい?男もんだろ、それ?」

「でも、まだ着れるしねえ。バレットは成長期だし。よく破るから。」

 

メランはあっさりとそういった。

マルコは、それにひどくもやもやした。もちろん、金の使い方なんてメランの自由だ。そんなもの、バレットが自分で買うものだろうと思いはしても、全てメランがそうしたいからするのなら、口を挟む理由はないだろう。メランの普段の行動を考えれば、それとて納得もできる。

けれど、それ以上にもやもやした。

早々と軽食を食べ終えたメランに、マルコは言った。

 

「・・・・てめえの欲しいもんぐらいはあるだろうがよい。」

「欲しい物って、別に。服は十分あるし。下着も、大丈夫だし。食事だって十分で、武器も正直使い慣れたやつの方が・・・・」

「そういう意味じゃねえよい!」

 

ぴしゃりと言い切ったマルコに、メランは驚いたような顔をした。それに、マルコはいらいらと頭を乱雑に掻いた。

 

「てめえの楽しみと欲の話を俺はしてるんだよい!女なら、服が欲しいとか、宝石が欲しいとか、そんなもん、こうあんだろうが!?」

 

マルコは自分でも何故そんなに苛立っているのかわからなかった。ただ、漠然とした苛立ちに、メランをにらみつけた。

彼女は、それにきょとりとした顔をした。

そうして、不思議そうな顔をした。

 

「じゃあ、どうするんだい?」

 

薄く浮かんだ笑みは、まるで無邪気な少女が友人に微笑みかけるもののようだった。

血の臭いなんて、欠片だってしない。

マルコは、自分が己の仲間と、家族とともにいることを忘れてしまった。

だって、その少女が瞬きの内に浮かべた笑みと、そうしてその場を支配した空気はまるで無防備な堅気を前にしたかのような、そんな居心地の悪さがあった。

メランはそう言った後、ぴょんと椅子から立ち上がりそうしてくるりとターンをした。

彼女は、くるぶしほどのブーツに膝丈のズボン、そうして簡素なシャツにベストを着ていた。全て、小柄な彼女が着れそうなものを船からかき集めたものだ。

そんな彼女は発育の悪さも加わって鈍い人間からすると、見目の良い少年にさえ見えただろう。

彼女は、自分のズボンを少しだけつまんで見せた。

 

「そうだな、真っ白なワンピースを買ってみようか?とっても素敵な、着るだけで心が躍るようなものを。」

 

それで戦うのか?せっかく素敵なそれでさえ血に染めることしかできないのに。

 

 

メランは次に己の頬に手を添えた。

 

「愛らしくなれるように、化粧道具でも買おうか?流行の、とびっきりのものを。」

 

その上に返り血で上書きされるなら、無粋が過ぎるさ。

 

メランは次にマルコに手の甲を向けてひらりと振った。

 

「指先を宝石で飾り立てようか。美しい指輪なんて。」

 

飾り立てるほどのそれを一体誰が見てくれるんだい?

 

愛らしい少女はまるでダンスでもするようにマルコの前でくるりと回ってみせる。けれど、それに魔法をかけてくれるものはいない。

少年のようなそれがドレスに変わることもなく、彼女の手を取ってくれる王子様は現れない。

そうして、少女もそれを望んでいなかった。

メランは、マルコに対して苦笑するように肩をすくめた。

 

「求めているわけじゃないんだ。ただ、私にとって君のあげたものは今のところ、価値がないんだよ。なんと言えば良いのかな。今は、少女をやっている気分じゃなくてね。」

「・・・・なら、せめて、欲しいものぐれえあるだろう?」

「ないんだよねえ。これが。」

 

メランはそう言ってどこか悲しそうに拳を握ったマルコの隣にまた座った。

 

「・・・・私は、私の感じられる幸せってものが欲しくないのさ。私は、バレットが幸せならそれでいいんだよ。」

「意味がわからねえんだよ。」

 

それはマルコの本心だった。

痛々しいと思う。マルコの知る、普遍的な少女の望むものをあっさりと蹴り飛ばして、軽やかに微笑んだ少女。

己の幸福を、にべもなくいらないと切り捨てた少女。それを、いらないというそのあり方が、嘘ではないとわかるのだ。

嘘ではないと、そう言うにはあんまりにもその目は澄み切っていた。

包帯まみれの、下手くそな笑いをする子供のようだった。

傷なんて、かけらだってないのに。

それなのに、何故か、マルコにはそう見えた。

 

「なんて言うんだろうなあ。ただ、なあ。」

 

私は私だけの幸福を追い求めたら、きっと獣になるんだ。

 

その言葉の意味がわからなかった。思わずメランの方を見たが、彼女はどこかぼんやりとした眼で自分の足下を見ていた。

 

「・・・・自分のために生きるなら、それは結構簡単だったんだ。戦場で、自分の利益、自分の出世。追い求めれば、立ち回れたんだ。でもさあ、それは嫌だったんだよ。」

 

人は、弱者を是としたからこそ人だ。私は、強者だけが生き残るあの場所が嫌いだった。弱者が贄としてくべられる地獄を嫌悪した。

 

「だから、弱い子たちを大事にしたかった。大事にしたかったのに、なんでだろうねえ。みんな、死んでしまった。弱者であることを笠に着て、強者である無害な誰かを害そうとして。そんな時さあ、嫌になってしまったんだよ。」

「・・・・何にだよい?」

 

マルコはそう聞いた。それに、メランは肩をすくめてなんてことないように困ったように笑った。

 

世界に、かな?

 

前方、なんてことない町並みを見て、メランはやっぱり笑っていた。

 

「私は、私でありたかった。私は、人間として死にたくて。周りにも、贄としてでも、駒としてでもなく、人として生きて欲しくて。その願いは、私を私たらしめるよすがだった。私は、私であることを放棄したくはなくて。でもねえ、どうしてか守りたいと思った存在から裏切られるようで。」

 

ぶらんと、メランはまるで子供のように足を振った。

 

「獣のように生きてしまおうかとも思ったんだ。それはきっと楽だった。でも、私は人であることを忘れたくなかった。自分を忘れるのは怖かった。でも、生きることにはことごとく、疲れてしまって。人を殺して、血にまみれて、泥をかぶって、大人に飼われて。なら、生存活動と同じかと思った。」

 

でも、バレットがいた。

 

メランはその単語と共に、朗らかに微笑んだ。その笑みは、白ひげがマルコに時折向ける笑みにそっくりだった。

優しい、笑みだった。泣きたくなるように、優しい笑みだった。

 

「あの子の幸せは願えた。あの子だけは、獣のように生きても、それでも、生きたいと願って息をしていた。自由になりたいと願っていた、幸せになりたいと思っていた、誰かを好きでありたいと手を伸ばしていた。」

 

あの子の幸せを願うと、私は安心するんだ。あの子の幸せを願っている間は私は人間であることを忘れない。私は、私でいられる。獣ではないんだと、自覚していられる。

 

メランはそう言った後に立ち上がる。そうしてマルコに背を向けたまましゃべり始める。

 

「私は、私の幸せを求めてない。私は、自分の幸福だけを思った瞬間、獣に戻ってしまう気がするから。大事にしたいと思った誰かの死んだ世界で、自分の幸福に微笑んだら、私は私でいられなくなる。」

 

でも、バレットのために笑っているとさあ。あの子の幸せを願っている間も幸福なんだ、幸せなんだ。本心から。何よりも、その幸福だけは、赦される気がする。

 

メランはそう言って、くるりとマルコに振り向いた。そうして、まるで可憐な少女のように笑った。

 

「それだけ!ただ、それだけの話!ごめん、湿っぽい話をしたね。そろそろ帰ろうか。」

 

にこやかにそういったメランを見て、マルコは立ち上がった。

歯を食いしばって、そうして、ぎっとメランをにらみつけた。

 

「ここで少し、待ってろよい。」

 

そう言い捨ててマルコはその場から走り出す。メランは返事も聞かずに走って行ってしまったマルコの後ろ姿を呆然と見送った。

 

 

どれほど経ったことだろうか。

マルコは何かを握りしめて、ベンチに座って待っていたメランをに近づいた。

そうして、メランの前に拳を突き出す。

 

「君、何してるのさ。急に・・・・」

「やる。」

 

ぶっきらぼうな言葉と共にメランの手に何かを無理矢理に握らせる。それは、真っ白な紐だった。先には赤いガラス玉のようなものが添えられている。

 

「前に、頑丈な髪を括る紐が欲しいって言ったろ?やるよい。」

「え、いや。別に、適当な縄で足りるんだけど。」

「・・・・メラン。おれあよ、お前の言葉に納得できないよい。」

 

マルコはまっすぐにメランを見た。その目には、怒りが宿っていた。

 

海賊船に乗る人間というのは、どこかで何か、痛々しくて寒くて、暗いものを抱えている。それをほじくり返すものではないし、癒えるまではそっとしていくようにマルコは周りの兄貴分たちから教わっている。

それは、メランだって同じなのだろう。

自分の幸せではなく、誰かの幸せを見つめていたいという願いは別段否定されるものではないだろう。

けれど、けれどとマルコは思う。

 

「俺は、お前が何を言ってんのかよくわからねえよい。ただな、これだけは言えるよい。てめえの幸せも、不幸もバレット一人に押しつけんのは、あんまりにもあいつに対して押しつけすぎだ。」

「・・・・・その責をバレットに問う気もないし。私の幸せがどんなものか、言われる筋合いだってないだろう。私は。」

「俺は、お前の兄貴分だ!」

 

ぴしゃりと言ってのけたマルコにメランは驚いたように固まった。マルコは、メランの腕を掴み無理矢理に立たせた。そうして、鼻先がくっつくほどまでに顔を近づけた。

 

「お前は、どれほど言おうと、たとえ一時のことだとしても。俺の後に、あの船に乗ったお前は俺の妹だよい。」

 

揺るがぬ青い瞳が、黄金の瞳を見つめた。

 

マルコにだってわかる。

メランにはメランの痛みがあるのだと、癒えてはくれない傷があるのだ。メランとバレットにしか共有できない何かがあるし、自分が踏み入れてはいけないものがあるのだ。それでも、マルコは言葉を続ける。

 

「かわいくねえけど、バレットだって同じだよい。弟だ、俺の、弟だ。不器用で、無愛想で、それでも素直な弟だ。下の幸せを願わねえ兄貴がいるかよい!いいか、メラン。俺の妹に、一時期でもなったらな、お前は俺のために幸福になる義務があるんだよい。」

 

ああ、だってそうだろう。

白ひげの船は、幸せになる方法だってわからない、そんな誰かのための箱庭だ。

マルコだってそうだ。ゴミための中で生まれて、どこにも行けずに、獣のように生きていた。

獣のように生きたって良いじゃないか。人として半端でも、それでも、自分を幸せにしてやらなければ。

だって、自分だけは自分を幸せにできる。人の幸せは、当人がそうだと決めたものでしかないのなら。

 

「この世は地獄だよい。俺だって知ってる。だからよい、それなら、せめて自分だけは自分を幸せにしてやらなくちゃ。自分だけは、自分を救わなくちゃあよい。」

 

そうでなければ、あんまりにも生まれてきたことに対して不誠実すぎるじゃないか。

自分たちは、人として生まれたとして、人として生きる理由なんてどれほどある?

高尚に生きるために、くそったれな神様が自分たちに試練でも与えたというならば、人はそれぞれ平等にゴミための中から生まれてくるべきだろう。

けれど、世界はそうではない。神様なんて、いやしない。英雄は確かにいたけれど。

マルコは、人として理性を持って生きるために、善性を肯定するために生きるというならば、神というものの説いた正しさのために生まれてきたというならば、自分たちの生に意味なんてないだろう。

 

「俺たちは、幸福になるために生まれてきたんだ。そうだろう、そうじゃなきゃ、それぐらいを赦されなきゃ、あんまりにもむなしいだろうよい。」

 

たとえ、他人のことを踏み台にしたとして、他人の不幸を巻き起こしたとすれば、報いはやってくるのかもしれない。因果応報の言葉通りに、しっぺ返しはあるだろうと思っても。

それでも、せめて、幸福になりたいと願って、あがき続けることを肯定されなければ、あんまりにも人は救われないじゃないか。

 

「メラン、俺はお前が誰かの幸福を足蹴にでもしなけりゃあ、獣のように生きたとしても、お前のことを肯定するよい。獣のように生きることになっても良いからよい、お前が幸せであって欲しいよい。俺は、俺の妹に、幸せになって欲しい。」

 

お前がお前のために生きることを厭うなら、俺はお前を幸せにしてやる。バレットのことだってそうだ。俺は、お前の兄貴なんだ。

 

「帰るよい。俺たちの、家に帰るよい。」

 

マルコはそう言って、ベンチの辺りにあった買い物した品々を持ち上げた。そうして、片手でメランの手を握った。

引きずられるように、マルコの後ろを歩くメランは、かすれた声で言った。

 

「・・・誰にも、言わないで欲しい。」

「言わねえよい。だから、お前も兄ちゃんの言葉を覚えておけよ。」

「年なんて、ほとんど変わらないくせに。」

 

皮肉気なそれに、マルコは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと、ただゆっくりと元いた道を歩いて行った。

 

 

(馬鹿な子だ。)

 

メランはそう思ってマルコの後ろを歩いた。彼女が、今日、本音ではあるとはいえそんなことを話したのは、結局の話、彼の同情を買いたかったからだ。自分の味方を増やしたかったからだ。

なのに、そんなことを言われてしまって、ことごとく自分の醜さを思ってしまった。

 

(いや、違う。)

 

自分は、きっと傷つけたかったのだ。だから、あんなことを、バレットにさえも言わなかったむき出しの感情を口にしたのだ。

 

愛らしいワンピースはいらない。柄でもないし、趣味でもないから。化粧なんていらない、過敏になった感覚では匂いがきつすぎる。綺麗な宝石だっていらない。動きにくいから。

薄れた記憶の内では、そこまで女であることを楽しんでいたわけではない。

動きやすい服が好きで、化粧よりも身軽な今が好ましく、宝石も欲しいとは思わない。それは、メランの純粋な趣味だ。

ただ、普通の、どこにでもいる普通の誰かの感覚さえも放り出した事実を突きつけられたことに、腹が立ったから。

メランは、手ひどいまでのしっぺ返しである真っ白な、それを握りしめて重くため息を吐いた。

 

 

メランはその日、今まで一番に心を砕かれた。

マルコとのやりとりのこともあったが、それ以上のことがあった。

 

「お前なんて嫌いだ!!」

 

買い物から帰ったメランは、早速と気を取り直してバレットに買ってきたものを差し出したのだ。けれど、とうのバレットはその買ったものを彼女の手からはたき落としたのだ。

何故と聞いた彼女に言い返したのが、その言葉で。

メランは初めて、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えたのだ。

 





バレット自身、あんまり自分の幸福を理解できてない感じなため、他人の幸福も理解できてない。
次回は初めての喧嘩回です。バレット側の話はその時です。

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