倫理観等はすでに消えかけていますが元気です。   作:藤猫

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前回のバレットの目線。


それを人は何という?

 

「もう少し、彼女への接し方はなんとかならないのか?」

「あ?」

 

そんなことをダグラス・バレットに言ってきたのは、ゆったりと剣の手入れをしていたビスタだった。バレットは雑用を終わらせた後、個人的につけられている鍛錬の後のことだった。

特にバレットにかまっているビスタは、悠々と船の縁に腰掛けてバレットを見た。

バレットはむくりと起き上がり、じろりとビスタを見た。

こちらを見るだけで何の言葉も発しはしなかったものの、聞く姿勢は一応持つようになったのだからましにはなったのだろう。

ビスタは、港町で自分をじいっと見つめてくる野良猫を思い出した。

 

「もう少し、彼女へ優しくすることはできないのかと言っているんだ。」

「何故だ?」

「何故って、お前なあ。」

 

バレットは心の底から何故そんなことを言われるのかわかっていないという顔をしていた。

それにビスタは呆れた顔をした後、じいとバレットを見下げた。

 

「いろいろと世話になっているだろう?」

 

ビスタはじいとバレットのボタンを見た。バレットは確かに雑用はこなしているが、ほとんどは力仕事で、細かなものは全くしない。そうはいっても、得手不得手があるがそれは分担されている。

が、ボタン付けなど個々のものは自分たちで行うことになっている。

バレットは何をしてもメランにそれを頼んでいる。

 

(いっそのこと、メランが取れかけたボタンに気づいてつけてやったりしているが。)

 

何をしてもメランという少女はバレットに対してかいがいしいのだ。が、バレットというのは反対で基本的にメランに何かをしてやっているところを見たことがない。いつでも与えられることに甘受している。

 

「まあ、あの子が見返りというものを求めているとは思えないが。一方的な関係というのはよくないことだ。何かしら、礼でもしておいたほうが良いという話だ。」

とくに、どんな年齢であろうと女性というのは怖いものだからな。

 

言い含めるようなビスタの言葉にバレットはきょとりと子供のような顔をしている。それに、ビスタはなんとなく己の言ったことが全くといって良いほど響いていないことを察した。

 

 

返すとして、何を返すというのだろうか。 

バレットはぼんやりと雑用に励んでいた。荷運びを頼まれたまま、ビスタの言ったことを考える。

雑用自体は彼自らが買って出ている。彼自身、姉貴分の影響か何かしらをしている方が落ち着くため力仕事だけは細々と引き受けていた。

バレットは武器の整理で出た不要品を物置に運びながら、そんなことを考えていた。

 

(礼、あいつのうれしがること。)

 

仕事も終わり、やることもなく甲板で適当に体術に付き合ってくれそうな誰かを探した。そうして、ふと、海の果てに視線を向けた。

真っ青な、誰かを思い出す色だ。

バレットはそれに、なんとなしにビスタが彼女に贈り物でもしたらどうかと言っているのだと思った。以前、立ち寄った島で船の男たちが見目の良い女に何かしら贈り物をしていたのを見たことがある。

バレットとしては、何故あんなにも弱そうな女に高価なものをやるのか謎であった。

そうして、それに付随してその疑問を投げかけたマルコにガキだなと呆れられたことを思い出して、バレットの眉間に皺が寄る。

 

選んでもらいたいんだよ、自分をね。

 

バレットは結局の話、その話の意味を理解できていなかった。女に選ばれたとして、何があるというのだろうか。

メランもその意味をわかっているのか、苦笑してそう言うのだ。

詳しく話を聞いたバレットに、くすくすと笑ってやたらと老いた眼をする。

メラン曰く、バレットもいつか誰かに選ばれたいと何かを送る日が来るらしい。

贈り物を贈るのは、自分を望んで欲しいからなのだという。

バレットにはその意味がわからなかった。元より、愛だとか、恋だとかもピンとこない。

ただ、船の男たちは女に選ばれたくて、女とある程度の関係性を望みたくて代価を差し出していることだけはわかった。

昔、自分はダグラスに選ばれるために戦歴を上げ続けたようなものだろうか。

自分のそんな考えが正解はわからなかった。けれど、彼女がそう言うのだからそんなものだろうと納得した。

何よりも、今のところバレットには関係なさそうだと意識から外していた。

 

(俺は、メランに選ばれないといけないのか?)

 

バレットはそれにはてりと首をかしげた。それでは、順番が逆ではないだろうか。

メランがバレットを選ぶのではない。バレットがメランを選ぶのだ。

選択肢はいつだって、バレットに委ねられていた。

選ばれたいから何かを与える。それについては納得できる。

メランも、いつだってバレットに与え続けていたから。だからこそ、ビスタの言葉について考えていた。

バレットは誰だって選べる。今まで、海を渡ってきてバレットの強さに媚びも畏れもはては憧れさえも浴びてきた。

求められたことなど幾度もある。バレットは別にメランでなくとも良いのだ。

あの日、バレットに手を差し出してきたのはメランだった。バレットは、それを惰性で続けているだけだ。

あれだけが、絶望の淵でバレットの味方であり続けた。あれだけが、まだかろうじて信用ができる。それだけだ。

バレットがそんなことを考えていると、やけに顔色の悪いメランが甲板に出てきた。それに、バレットはなんとなしに声をかけようとする。

けれど、その言葉をバレットは飲み込んでしまった。

 

「・・・・あー。日光がまぶしい。」

「まじで誰だよい。領収書後から提出したやつ。」

「知らねえよおおお!つーか、朝飯食った後からぶっ通しで昼飯食いそびれたんだけど。」

「飯なあ。食う気分じゃねえよい。」

 

メランの隣にはマルコがいた。おそらく、経理部での仕事が立て込んでいたのだろう。

二人で肩を並べてそんな風に話をしているのを見ると、何だろうか。

声をかけられなかった。別に、躊躇をする理由などないというのに。

何故か、言葉がごくりと飲み込まれた。

メランはあーあと、疲れた顔をしても、それでも穏やかに笑っていた。

だから、だろうか。

まるで、切り離されたように全てが遠く感じられた。

バレットが葛藤している間にメランがいつものようにバレットを見つけて寄ってくる。そうして、その後にマルコが歩いてきた。

そのまま、メランが話をして、マルコが茶々を入れ、バレットは頷くだけだ。

いつも通り、そのままに、時間は進む。先ほどの、奇妙な断絶など何もない。そんな風に三人で話していると、幾人かが挨拶をしたり、軽く話しかけてくる。

メランはそれに、にこりと笑って返事をしていた。

メラン以外の声がする。メラン以外の誰かが自分を見ていた。メランと自分以外の誰かが、ここにいる。

それに、バレットはああと思った。

もう、とっくに、二人きりではなくなった。ただ、それだけの話だ。

 

 

 

自分のベッドに横になってぼんやりとバレットは考え込んでいた。

別段、やることがない時のことだ。雑用もあらかた終わってしまっている。

誰かしらを鍛錬に巻き込もうと思ったが、丁度そこそこに大きな島についたためにほとんどが外に出ていたり、船の整備のために忙しなく動き回っている。

かすかに耳を澄ませば、誰かの足音のようなものが聞こえる。

思えば、とっくに自分の生活にはメラン以外の誰かが入り込んでいる。久方ぶりの共同生活は以前に比べればだいぶ快適であった。

戦闘が不定期であることは不満であったが、やることをやれば何をしようとさほど文句はなかったし、誰かしらに声をかければ鍛錬はできた。

バレットは功績もあるが、その体格の良さもあり与えられた一人部屋の天井を見上げた。

以前ならば、そんな風にしているとメランの足音と波音だけが聞こえていた。

ぱたぱたと、そんな軽やかな足音とかすかな鼻歌。

けれど、今はどうだろうか。

がやがやと、がやがやと、たくさんの音がする。

別に、選ぼうと思えば、選べてしまうのだ。

自分は。そうして、きっと。

 

(あいつも。)

 

何故だろうか、ひどく、もやもやする。頭の中がぐるぐると回るようなおかしな感覚だった。

バレットはそれに起き上がる。なんとなしに、メランの顔をみたくなったのだ。

あてどなく、船の中を歩き回る。普段、メランの入り浸っている場所を回るが、とんと彼女の姿も、そうしてマルコの姿も見えなかった。

何故かと最後に甲板に出るが、二人の姿は見当たらない。

 

(どこに行きやがった?)

 

別に用があるわけでもなく、ひと目顔を見れば満足するはずだった。

 

「あん?バレットじゃねえか。珍しいな、一人か?」

 

バレットが声のする方を向くと、金髪の男が立っている。それに、バレットは頭の中からばらりと記憶を探る。

 

「・・・・ユージーンか。」

「え、意外だな。お前さん、俺の名前覚えてるのか?」

「は?一回なのりゃあ誰だって覚えるだろうが。」

 

そんなことを言えば、ユージーンはあーあなるほどと頷いた。その後に、世間話のように肩をすくめた。

 

「まあいいがな。それよりも、お前さんは行かなくて良いのか?メランとマルコの奴ら、二人で島に出かけてったけどよ。」

 

それにバレットの眼がゆっくりと見開かれた。

その時、ユージーンは世間話のようにそんなことを言ったことをひどく後悔した。その時のバレットは、怒るわけでもなく、ただ、子供のように傷ついた顔をしていた。

 

 

別段、おかしな話ではない。

バレットは広い、一日でじっくりと見て回るのは難しいだろう島の繁華街に当たる場所を見回した、人のごった返した場所は、何でも他の船からも多くの人間が物資の補給だとかにやってくるらしい。

その中を練り歩きながら、バレットはぼんやりと考える。

メランがマルコを誘って買い物に行ったのもわかる。前に、メランもバレットに個人的に必要なものがないかと聞いていたことがあった。

自分はそれを断った。だから、彼女もマルコを誘ったのだろう。

わかっている、そのぐらい、わかっている。

けれど、何故だろうか。

ひどく、ひどく、まるで全てが遠いように思えてしまった。

人の波をぬって歩く。体格が良く、お世辞にも柄の良くないバレットではあるが、海賊になれているらしい島民や同業者は気にすることもない。

いつだって、遠いのはメランの方だった。軍隊でも、人の輪に入っているのに、薄い笑みをたたえているだけで一歩下がった場所にいた。

バレットには、そのあり方がとんとわからない。

関わりたくないのなら関わらなければいい。望みさえも口にできないのなら、一人でいればいい。

そういえば、メランは困ったように肩をすくめた。

 

「私は弱いからね。」

 

そう言われれば納得しかできなかった。

バレットは、望んで一人だった。一度拒絶すれば誰も近くにいなかった。

それでも、メランだけが近くにいた。誰もと距離を取る彼女だけがバレットの側にいた。だから、それはきっと、例えば彼女が裏切るだとか、そんなことがない限りはずっとそうなのだと思っていた。

ずっと、二人きりで、弱い奴らの群れを眺めているのだと。

メランが集団の中にいても、自分を選んで駆け寄ってくるのを眺めているのだと、ずっと思っていた。

だからこそ、だろうか。近しかったメランが、ひどく遠くに感じられた。

バレットの庇護がなければ死んでしまうメラン。バレットを助けるために命をかけた女。

互いしかいなかった、国を滅ぼしたあの日。

だから、二人きりで過ごした。それで納得していた。信用できるのは、メランしかいなかった。

けれど、そうだ。

とっくのとうに互いを選び続けるような理由は、なくなってしまっていて。

自分じゃなくても船にはたくさんの庇護者がいる。彼女じゃなくても船を動かす存在も医者もコックもいる。

とっくに、二人きりは終わっていた。

 

どん、と。何かが自分の足にぶつかった。バレットは自分がそんなことにも気づかないほどに考え込んでいることに驚きながら足下を見る。

そこには、小さな子供がおもちゃを持って震えていた。遠くには慌てた様子の母親が走ってきている。

周りから小さなざわつきが生まれた。けれど、バレットはそんなこと気にもとめずに、少年に手を伸ばす。

身を固くした少年の襟元を掴み、立たせた。

 

「きいつけろ。」

 

そのまま少年を通り過ぎてバレットは道を歩いて行く。

慌てて涙目の少年に駆け寄る母親を見て、バレットはぼんやりとまた考え出す。

 

(あれは、“親子”)

 

そのまま歩いて行けば、男女の二人組、同性の二人組、老婆の手を引く子供。

たくさんの人間とすれ違う。それを見ながら、バレットは以前メランに教わったことを思い出す。

 

(恋人、家族、友人、兄弟・・・・・)

 

戦場を出てから船に飛び乗ったバレットは少々一般的な常識というものを欠いていた。そのため、メランは根気強く一般的なことをよく話して聞かせた。

この世には良くも悪くもたくさんの関係性があるらしい。

家族と一言に言っても、血のつながりがあったり、なかったりする。兄弟だってそうだ。血がつながっていたり、つながっていなくても兄弟であるらしい。

そこらへんの線引きに関してはよくわからない。

ただ、家族というのはひどく複雑なものらしい。家族という枠組みの中に、兄弟だとか、夫婦だとかそんなものが括られている。

バレットはふと、腕を組んだ男女を見て、恋人というものがあることを思い出す。

バレットは白ひげの船に乗って、なんとなしに家族というあり方を理解できる気がした。

互いに望んで、どこかに集う。

そういうものだろうか。

答え合わせをメランにしたこともある。けれど、彼女は苦笑交じりに肩をすくめた。

曰く、家族というのはそれこそ人の数ほどあり方というものがあるらしい。

 

まあ、ここのように互いに望んで、幸福のために寄り添うのだって家族だけれど。それと同時に、断ち切りたいと願いながら引きずり、縛られることしかできないのだって家族なんだよ。

 

意味がわからなかった。矛盾に満ちたその言葉にバレットは顔をしかめた。それに、メランはまた苦笑を漏らした。

 

わからないならそれでいいよ。お前さんがいつか、家族を欲しくなったら、また考えれば良いよ。なかなか出る答えではないから。

 

家族というのは複雑で、バレットにとっては無理解でありすぎた。だって、家族なんてものをバレットは知らないから。

恋人というのもよくわからない。

それの間には、恋というものがあるらしい。

 

(恋、恋、恋・・・・・)

 

人は恋人になってから、夫婦というものになり家族を作っていく場合が多いそうだ。

が、夫婦になるとその間には愛があるらしい。

 

(恋、愛・・・・・)

 

恋と何だろうか。

バレットは昔、二人きりの時、船に揺られて子守歌のように聞いていた女の言葉を思い出す。

 

恋ねえ。そうだねえ。恋とは他を求めることかなあ。己のエゴに振り回されて、それでも求め続ける心かな。

 

それにバレットは首をかしげた。

他人を求める心ならば、自分が強者を求めるそれを同じなのだろうか。それはどうも違うらしい。

ならば、愛とは何だろうか。

それも、メランは苦笑交じりに微笑んだ。

 

愛か。愛ねえ。そうだねえ。愛は、他人に与えることかな。願うように、祈るように、他人のために何かをなしてあげたいと、幸福であれという心かな。

 

それだって、やっぱりバレットにはとんとわからなかった。

顔をしかめたバレットの頭をメランはそっと撫でていた。

 

まあ、いつかわかるよ。お前さんにだって、そんなものを抱える日が来るよ。

 

バレットはただ、道を歩いて行く。道を歩いて、幾人も寄り添って歩いて行く誰かを見る。

人は関係性を基準にして、相手へのあり方を変える。

例えば、見ず知らずの誰かにしないことを、人は家族へ向ける。

白ひげの船員たちは、躊躇もなく同じ船の人間を頼る。他人を頼って、誰かと共に生きていくことを前提にしている。

その甘えこそが、家族であり、愛というものを建前にしているのだろうか。

家族とは、ある意味での共同体の名称なのだろうか。軍隊では、それぞれに役割があり、それをこなすからこそ食事や寝る場所を与えられる。

けれど、白ひげの船は確かに仕事は求められるが、それでも、そこにはどこか自分でやるという自由意志がある。

義務ではなく、意思をもつのが愛なのだろうか。

 

(なら、それなら。)

 

バレットは、ただ、人の合間を歩き続ける。ぼんやりと考えて、少年少女が自分の横を走り去っていく。そこで考える。

 

メランと己のあり方というのはいったい何なのだろうか。

 

 

メランに何かを与えられることや世話をされることに対して無自覚であったのは、彼女を守り続けていたのが自分であったからだ。

戦場でも、そうして船上でも、彼女を守り続けたのはバレットだ。たとえ、彼女を戦闘に巻き込んだとしても、死なせるような下手を打ったことはない。

海に出たときの約束を覚えている。

自分の強さを彼女は買った。自分は、彼女への信用を買った。

それで自分たちの世界は回っていた。自分たちのあり方に納得していた。

けれど、けれど。

白ひげの船に乗っている間、彼女を自分は守っていただろうか。その与えられたものに納得できるものを与えていただろうか。

ビスタの言葉で、それをようやく自覚した。

白ひげの人間は、彼らの関係性によって成り立った甘えによってその不平等に納得している。軍隊の人間たちは、報酬を得ていたからこそ何かを差し出した。

自分は、なぜ、メランに与えられているのだろうか。

ビスタの、礼をしておいたほうが良いという言葉を思い出す。

何も差し出せない自分。強さを求められない自分。メランに、選ばれない自分。

マルコと買い物に行った彼女。

二人で、自分の知らない話をする、彼ら。

それに、腹の底がぐるぐるとする。

メランが、己の利益だけで何かを判断するような存在ではなくとも、自分の強さを求められないそれがひどく落ち着かなくなった。

ふと、そこである店にショーウィンドウが眼に入る。それは、雑多に物が詰め込まれており、どうやら骨董品の店であるらしかった。

そこで、ふと、飾られていた装飾品に目が行った。

銀色のそれはどうも小鳥が彫り込まれており、その目には青い宝石がはめ込まれている。それに、何故か紺碧色の髪をした彼女のことを思い出す。

価格もそこまでではない。戦歴のおかげで金は十分にある。

そこで、ビスタの言葉を思いだす。

バレットは少しの間それを眺めた後、無言で店の中に入っていった。

 

 

(・・・・まあ、価値としても報酬と考えりゃいいか。)

 

バレットは小さな箱に入れられた指輪を見る。

昔、上の人間が女に装飾品を与えていたことを思い出す。といっても、彼らは何故か指輪という物をあまり与えていなかった覚えがある。首飾りだとか、そういったものが多かった記憶もあるが。

 

(まあ、これなら置き場所にも困らねえだろう。つけてりゃ、武器にもなる。)

 

バレットはそれを送ったときのメランのことを考える。

きっと。きっと、メランは眼を見開いて、驚いた顔をするだろう。そうして、黄金の瞳をきらきらさせて、大声でありがとうとはしゃいだ声を上げるはずだ。そうして、バレットが嫌になるぐらい周りに自慢して、それを肌身離さずつけているだろう。

そんなことを考えると、不思議と心が浮き立つ気がした。

自分たちは家族ではない。自分たちは良くも悪くも、与えられるからこそ、与え返しているだけだ。

それでいい。愛も、恋も、自分には理解できない。それを、未来で出会う誰かに求めたいとも欠片だって思わなかった。

自分には、与えられ、与えるだけの誰かしかいない。それでも、幸せだ。そうだろう。そうじゃないか。

自分の手の中にある、銀の指輪がやけに重く感じた。

 

だからこそ、船へ帰る途中にある広場に座るメランを見つけた。バレットは思わず立ち止まって考える。

手の中のそれを、今渡してしまうか。それとも、船で渡すか。

どうせばれることを考えればどっちも同じだろうが。そうはいっても、相当に騒がれることを考えると今渡した方がリスクが低い気がする。

バレットはそんなことを考えながら、彼女が自分を見つけて駆け寄ってくるのをいつも通りに待った。

けれど、何故だろうか。

メランは一向に立ち上がることもなく、呆然と座り込んでいる。

確かに、建物の物陰に隠れたバレットと広場の真ん中にいるメランとの距離はそこそこにあった。けれど、いつもならば、メランは自分を見つけてくれたはずだ。

こちらを向かない彼女、自分を見つけてくれない彼女。

それが、何故か、朝と同じやたらと落ち着かない感覚を呼び覚ます。

出て行って、おいと声をかけられなかった。それは、嫌だった。

彼女が自分を見つけなくてはいけないのだと、意地のようにそこに立っていた。

その時だ。

どこからか、マルコが走ってくる。そうして、彼はメランの前に立って何かを言っている。

声は遠くてよく聞き取れない。

けれど、マルコはそんなことも知らずにメランに何かを差し出して、そうして手に握らせた。それは、白い紐の髪飾りのようだった。

メランは、自分の前に立つマルコを見ていた。バレットを見ずに、マルコを見ていた。

バレットはそれを見ていた。

自分よりも先に何かを送って、与えたマルコ。自分で彼女に走り寄り、そうして彼女に見てもらえているマルコ。

ここで、一人で指輪を握りしめている自分。そうして、彼女に駆け寄れもせず、その瞳に見てもらえない自分。

何か、落ち着かない。落ち着かなくて、それでもこちらを見ないメランをただ、見ていた。

そこで、ふと、思い出す。

考えていたことだ。

自分は、メランにとって何者だろうか。自分とメランとは何だろうか。

なら、ならば。

マルコとメランとは何だろうか。

自分たちの間に、愛はない、恋はない。それ自体を、バレットは理解していない。

ただ、あるのは利害関係と腐れ縁だけだ。互いに互いでなくともあり得たはずだ。メランは自分を大事にしたいと言った。けれど、それだって意味がわからない。それでさえも、幼い頃の戯れ言だ。

今あるのは、ただ、庇護を求めた彼女と術を求めた自分たちのあり方だけだ。

不確かで、曖昧な、それ。

名前さえもない、二人きりの繋がり。

けれど、向かい合って、何かを話す二人を見る。

彼らの間にあるのは、愛なのだろうか、恋なのだろうか。

メランの言葉を思い出す。

人は、一般的に、恋や愛を抱いた誰かを一番に優先するのだという。

 

お前も、いつかそんな誰かに出会えれば良いのにな。

 

くだらないと切り捨てた彼女の言葉を思い出す。その言葉通りならば、彼女もいつか、見つけるのだろうか。己の一番、優先すべきもの。

利害関係ではなく、感情によって選ぶ誰か。バレットよりも、違う誰かを選ぶときが、来るのだろうか。

名前さえもつけられないようなあり方しか、繋がりしかない自分たち。

バレットは急激に腹立たしくなってきた。

 

(何だ、お前もか。)

 

いつか、彼女でさえも、自分を選ばないときが来るのかもしれない。彼女でさえも、自分を裏切る日が来るのかもしれない。

けれど、今まで積み重ねてきた日々と信頼が、その怒りを冷やしていく。

半端に膨れ上がったそれのまま、バレットはその場を立ち去った。そうして、唐突に、自分の握りしめた指輪の存在が惨めになる。

バレットは、帰り道でふと、海に視線がいった。

 

 

帰ってきた彼女は、変わることなく自分に微笑んだ。そうして、嬉しげにバレットのために買ってきたという服を見せてきた。

それを見て、バレットは腹の底にたまった何かがあふれ出した。

自分を置いていったメラン、自分を見なかった彼女。そうして、メランの髪をまとめている白い組み紐に視線が行った。

いつか、いつか、彼女も自分ではない誰かから何かを与えられて、どこかにいくのだろうか。自分を裏切るのだろうか。

その、白い紐がひどく不快だった。彼女に何かを与えられることが、ひどく嫌になった。

 

「お前なんて嫌いだ!!」

 

ほとばしった声に目を見開いたメランに、バレットは少しだけほっとした。まだ、彼女にとって自分は重要な位置にいることに少しだけほっとした。

 




ビスタは純粋にバレットのことを心配してました。今回は、ちょっと墓穴を掘っただけで。
バレットはそこまで細かい常識を知らない。
指輪に関しては一番小さくて持ち運びに便利そうだったから。

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