手に取った櫛をじっくりと眺める。艶やかな水色のそれはあたしがバンド結成記念にほわんに贈ったものだ。
今日もお風呂を上がったらそれで髪を梳くのだろう。そう考えていると段々むず痒いような気持ちになっていって。
少しだけ迷ったけれど、それを軽く自分の髪に通してみる。何の意味もないことはわかっていても、今はそれで満足だった。
「ヒメコちゃーん!」
「わわぁっ!?」
さっきお風呂に向かったばかりじゃなかっただろうか。それとも考え込んでいたら時間が過ぎてしまったのか。見られてはいなかっただろうか。あわてて櫛を元の場所に戻し、着替えを持ってお風呂へ。自分の着替えを持ったほわんが、何故かお風呂の前で待っていた。
「まだ入ってないじゃない」
「ねね、ヒメコちゃん。一緒に入ろ?」
「いやいやいやそれはその」
確かに二人くらい大丈夫そうな広さだし、ついこないだ海に行ったし、ゆくゆくはみたいなことを考えないでもなかったけれども―――!
瞬く間に巡った思考はほわんの笑顔に全て押し流され、「しょうがないわね」とだけ呟いた。
湯舟はいつもより一人分狭くて、溢れるお湯がほんの少しだけ心地よかった。
「それでね、それでねっ」
ほわんはいつもと変わらない調子だ。バンドのこと、バイトのこと。楽しいをたくさん知っていて、それをお裾分けしてくれる。
羨ましい反面、聞き手に回ることしかできないあたしを少し悔しく思ったりもする。
もっとほわんと、楽しいを共有したい。
「ヒメコちゃんは知ってた?」
「なに?」
「お風呂で歌うとね……楽しい!」
「知ってるわよ」
ほわんが歌を口ずさむ。合わせてハミングしていると、そんなこともどうでもよくなってきた。
もう少しだけこうしていたい気持ちもあったが、のぼせてしまうのも良くない。またいつか一緒にお風呂に入れば良いだけなのだ。
―――問題は、ほわんの提案により何故か髪を乾かしあいっこすることになったことだけど。
「えへへ、次はヒメコちゃんねっ」
先程までほわんの髪を乾かしていたドライヤーを渡して椅子に座る。よくわからないけど悪くはない、不思議な気分だった。
あらかた乾いてきたら、次は櫛。お風呂に入る前にほわんの櫛で自分の髪を梳いたことが思い出されて、意味もなくドキドキしてしまった。
「ほわん」
「なーに?」
「ありがとね」
「えへへ」
ほわんの手が、まだ少し湿気を含んだ髪に触れている。いつまでも、こうしている仲で居たかった――
――あれ?
髪を引かれるような感覚に違和感をおぼえる。そもそも櫛も通し終わったのでは、そう思い振り返ると、
「見つかっちゃった」
ほわんがあたしの髪を、自分の髪と編んでいた。照れ笑いをするほわん。その紅潮した頬は、のぼせたわけではなさそうだった。
「なにやってんのよ」同じくらい真っ赤になっていることに、気付ける余裕は残っていなかった。