秋雨、冬の寒さが足元からしっとりと近寄ってくる寮への道のり。一つの傘に身を寄せ合う二人。
「芳乃さんは天気予報が何パーセントだったら傘を持っていくのか、そこそこ気になりますけど…」
傘は芳乃のものだった。乃々も曇りの予報でも傘を持つ方ではあるのだが今日はちゃんと晴れの予報だったはずだ。こうして時々芳乃に助けられていると段々芳乃がそういう不思議なちからを持っているのではないかと思えてくる。そんなことを考えながら何気なく言ったつもりだったのだが、芳乃は困ったような顔をしていた。
「今日はたまたま持ち合わせていただけでしてー」
まさに茶を濁すというような答え。その理由を話してくれる様子はなかった。
「芳乃さんはいつもなんでも知ってますよね」
乃々もそう当たり障りのない返事をしたつもりだったのだが、芳乃の釈然としない表情は変わらなかった。これ以上何かを尋ねるのはやめておくべきだろう、乃々は直感的にそう思った。
傘地を叩く雨音と流れていく見慣れた景色を眺めるふりをする。淀んだ空気を吸うのは苦手だった。
「もし―――」
言葉を選ぶように芳乃が口を開いた。が、続く言葉はなかった。否、かき消された。
乃々の頭上にあった傘がふわりと、けれども俊敏に動き、すぐ真横を通った車が水溜りを踏んで跳ね飛ばした水を払う。
「……すみませぬー」
芳乃のおかげで乃々の服は濡れなかったものの、ローファーにはしっかりと水がしみ込んでいた。
「いえ、えっと、芳乃さんが居なかったらそもそも気が付きませんでしたし、その前に傘がなかったですし……えっとその……ありがとうございます……」
乃々の礼も耳に入らないといった様子で、芳乃は考えこんでいた。
「……本当にすみませぬー」
「いえいえ、芳乃さんが謝ることではないので……こちらこそ……」
芳乃は寮に着いた後も心配してくれた。いや、気にしていたと言った方が正しいのだろうか。靴下を洗濯機に放り込み、新聞紙を貰ってきて靴に詰める。これで明日には乾いてくれると良いのだが、この湿度ではそうもいかないかもしれない。
「と、ところでなんですけど……」
「はい、なんでしてー?」
「あの時、何か言いかけていたような気がするんですけど……」
ああ、と今しがた思いついたような顔をしているが乃々の目にもそうではないことは見て取れた。
「えっと、嫌だったら別にいいんですけど、その、何かあるのなら気にしないでほしくて……だから……」
言葉が出てこない乃々を見て、少し安心したように芳乃が笑う。
「もし、仮にわたくしが何でも知っているとして、そなたはそれを知りたいと思いますかー?」
芳乃は目を瞑っていた。それでも今どんなことを考えているのか見透かされているような気がして、どきりとした。
「もちろん、便利だろうなって思いますけど」
乃々は首を横に振る。答えは一つだった。
「芳乃さんとああやって一つの傘で帰るのは…その、す、好きなので……、たまには間違うのも悪くはないかなって……あの…‥恥ずかしいのでやっぱ無しでいいですか……?」
「だめでしてー」
手元にあった新聞紙で顔を隠しても、やっぱりその表情も知られていることはわかっていた。けれど不思議と悪い気持ちはしない。くっくっと笑う芳乃が、いつもの調子に戻っていたからかもしれなかった。
「そ、それでところで、本当に天気がわかるんですか……?」
「ふふー、空を見ただけでしてー」
照れ隠しの質問は飄々と流される。