何故か江戸時代の日本に迷い込んだので、博覧亭のお世話になってます   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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以前、コピ本で出したモノを公開。
結構なボリュームなので、数話に別けて、連載形式で公開します。
毎日更新予定なので、お付き合い頂けましたら幸いです。

読んで頂いた方々が、少しでも楽しんで貰えれば幸いです。


ヴィヴィオと怪異と明烏 1

 

 クラナガン郊外の道路で、次元犯罪者を追いかけていた執務官は、目の前で起こったことが理解できずに目を瞬かせた。

 

「……え?」

 

 だが、思考が空白となったのは一瞬だけ。

 即座に気を取り直すと、執務官ティアナ・ランスターは目の前の相手を組み伏せる。

 

「あの娘になにをしたッ!?」

 

 自分が追いかけていた、次元犯罪者。

 罪状は古代遺失物(ロストロギア)の盗掘及び窃盗。そして密売。

 

 だからこそ、この男が何かをしたのだろうと判断し、ティアナは怒鳴りつける。

 

「し、知らないッ、分からない……ッ!!」

 

 慌てた様子で、男が首を横に振る。

 嘘を付いているような気配はない。

 

「だとしたら、今のは何?」

「俺も聞きたいッ! あんなボロ布みたいな古代遺失物(ロストロギア)――俺も知らないんだ!」

 

 こちらから逃げる男の前に立ちふさがったのは、ティアナが良く知る少女。

 少女の意図を即座に理解したティアナは、咄嗟の連携でもってこの男を追いつめた。追いつめたのだが――

 

古代遺失物(ロストロギア)よね……さっきの?」

「俺には、それ以外の可能性は思いつかねぇよ」

 

 突如現れた、小さなボロ布。

 紐に括られたそれは、少女の目の前に降りてきた。

 

 だが、その紐は天へと延びている。何もない虚空にぶらさがっていたのだ。

 そして、その布袋はその口を大きく開くと、少女を飲み込んでしまった。

 

 それに満足したのか、その布袋は天へと戻っていくように、姿を消してしまったのである。

 

「だとしたら――誰がッ、何のために……ッ!」

 

 毒づいたところで仕方がない。

 小さく息を吐いて、気を取り直し、愛銃に訊ねる。

 

「ヴィヴィオが飲まれた時の映像データは撮ってある?」

《はい。問題ありません》

「それじゃあ、まずはこいつの移送。人員の手配をお願い。それから――」

《高町一尉とノーヴェへの連絡ですね》

「ええ」

 

 うなずき、天を見上げる。

 雲一つない晴天。そこには当然、ヴィヴィオを飲み込んだ布袋なんてものの姿は存在しなかった。

 

 

     ☆

 

 

「えーっと……」

 

 呆然としながら、ヴィヴィオは周囲を見渡す。

 

 いったいここはどこなのやら。

 どこかの河川敷であることは間違いないのだが、さっきまで自分は大通りにいたハズではなかったか。

 

「冷静になろう、うん」

 

 あえて口に出して見ることで、自分に言い聞かせる。

 

「ティアナさんが追いかけてた人の進行を、妨害しようとしたのは、確か」

 

 執務官であるティアナが追いかけていたのだ。

 こちらが、追いかけられていた男を止めようと動くと、それに併せて動きを変えていたのも見た。

 

「うん。そこまでは覚えてる」

 

 よしよし――と、一人でうなずきながら、続きを思い出す。

 

「その男の人とぶつかって――」

 

 おそらく、何らかの古代遺失物(ロストロギア)だったのだろう。

 

 宙を舞う小さな布の袋が見えた。

 それが自分の方へと飛んでくると、突然その口が大きく開いて飲み込まれて――

 

「そうだ。飲み込まれて、気がついたらここにいたんだ」

 

 だとしたら、ここはあの布袋の中か、あるいはどこかへ転移したのか。

 

「とりあえず、動いた方がいいよね」

 

 ここがどこであるのか分からないが、このまま川のほとりでジッとしていても、何も始まらないだろう。

 

「自力で脱出するにしろ、救助を待つにしろ、まずはここがどこか調べないといけないしね」

 

 口に出しながら状況を整理して、するべきことをイメージする。あとは、それを順番に実行していくだけだ。

 

「よし」

 

 ――と、気合いを入れると、ヴィヴィオはその場から動き始めるのだった。

 

「……の、前に――そうだ。クリス?」

 

 返事はなく、周辺にウサギのぬいぐるみの姿はない。

 

「仕方ない、か。とにかく、やれるコトをやろう」

 

 

 そうしてヴィヴィオは知る。

 この世界のこと――

 

 

 

 

 現地世界名称・地球。

 現地歴呼称及び年数・西暦1821年。

 現地国名・日本。

 現地国内歴・文政4年。

 

 

 

 

 つまり、ここは――

 

 

 

 

 

     ☆

 

 

 大川(すみだがわ)に掛かる大橋(りようごくばし)

 この時代、パリやロンドンよりも賑やかで景気が良いこの街に掛かる橋の一つ。

 

 人気の少ない朝の時間、そこへ向かって歩く男が一人。

 

 まだ若いのに総白髪。濃い深緑の着物に、それより幾分か薄い緑の羽織を纏い、草履をつっかけ歩いている。人の良さそうな顔をしてはいるものの、丸い眼鏡が、知的で油断ならぬ御仁の雰囲気を醸し出していた。この男の名前は(さかき)

 この景気の良い街で、ひときわ景気の悪い貧乏見世物小屋(みせものこや)『博覧(はくらん)亭(てい)』の若旦那だ。

 

 彼の日課である朝の散歩は、途中でここへと立ち寄るのが習慣になっていた。

 

《おはよう、榊ちゃん》

「ええ、おはようさんです」

 

 いつものように挨拶を交わすと、橋姫(はしひめ)――この橋の上で命を落とし、橋の守護者となった幽霊だ――が榊の横へとやってきて、耳元に口を近づけ、耳打ちをしてくる。

 

《榊ちゃん、あれ》

 

 元より幽霊。耳打ちせずとも、声を聞けるものは少ないのだが、それでも生前の慣習によるものなのだろう。

 ともあれ、榊は彼女が指差す方へと視線を向ける。

 

《しばらく前からずっとあそこで、ああしてるのよ》

 

 そこにいるのは、金の髪をたなびかせた異人の少女。

 まだ幼いだろう少女は、橋の縁に体重をかけるように川を見下ろしている。年端もいっていない少女がするには、寂しすぎるような顔をしていた。

 

 横顔から見える翠玉色の瞳には涙で滲んで見えるのは、おそらく榊の気のせいではないはずだ。

 

《声を掛けようかとも思ったんだけど、さすがに半透明(こんな)姿で声を掛けたら、不必要に脅かしちゃうかなって》

 

「なるほど」

 

 確かに、橋姫の姿は見慣れぬものが見たら驚くだろう。

 

《良かったら、話しかけてあげてくれないかしら?》

「そうさなぁ……行く宛がねぇってんなら、少しは面倒見てやってもいいしな」

 

 元々、そういう輩と縁のあるのが榊という男だ。

 この際、一人や二人居候が増えたところで問題はないだろう。

 

 中指で眼鏡の位置を直しながら、うなずく。

 

「とはいえ、異国の言葉なんざ、俺も分からねぇがね」

 

 幼少の頃に瀕死の重傷を負った影響で総白髪となった髪を撫でながら、榊は苦笑する。

 

杉忠(すぎただ)の奴が、吉原から猪牙(ちょき)で川を下ってきたら、捕まえておいてもらえます?」

《はーい》

 

 幼なじみの悪友であれば、異国の言葉も多少使えたはずだ。この大橋でなら、吉原帰りのあの男を捕まえることができるだろう。

 そんなことを思いながら榊は少女の元へと近づき、両手を袖の中へ入れたまま、気安い調子で話しかけることにする。

 

「おはようさん」

 

 とりあえずは、声を掛けてみるしかないだろう。そう思って榊が挨拶をすると、

 

「あ、はい。おはようございます」

 

 意外にもその少女は流暢な日本語(ひのもとことば)で返事をしてきた。

 

「異人さんのようだが、こっちの言葉は使えるんだな」

「はい」

 

 うなずくと同時に、良く手入れをされているらしい金の髪がサラサラと揺れる。

 見たことのない仕立ての洋服を着ているが、それも着古された様子はなかった。

 

(となると、結構な家柄のお嬢さんなんかね?)

 

 胸中で首を傾げながらも、まずは話をしてみるべきだろうと、榊は彼女へ笑い掛けた。

 

「さっきからずっとここから川を見てたんでね。ちょいと気になったんだが、何か見えるんで?」

「いえ、そういうワケじゃないんですけど」

 

 彼女は首を横に振って、困ったような笑みを浮かべた。

 

 よく見れば、左右の瞳の色が違う。

 先ほど見た翠玉色の瞳と逆の目は、紅玉色をしていた。

 

 その双眸と金の髪、ついでに容姿とも相俟って、神秘の一つでも幻視しそうなほどべっぴんである。

 

(金の髪の異人さんってだけで珍しいのに、左右で色の違う目となりゃ……声を掛けたのが、俺で良かったな、これは)

 

 妖怪や動物のみならず、見目(みめ)珍しい姿の人間をすぐに見世物として展示しようとする商売敵の顔を思い出しながら、胸中で苦笑する。

 異人さんであることを差し引いても、その見た目の麗しさは、見世小屋連中のみならず吉原界隈からも引く手あまたであろう。

 

(もっとも、それらに手を引かれりゃ、まともな最後は待っちゃいないだろうがね)

 

 世知辛い世の中に、榊が胸中で苦笑していると、少女が小さく口を開く。

 

「気がつくと、この橋の近くにいたんです――って言ったら信じます?」

 

 異人の少女は、そう告げる。

 

「ん? そいつは、どういうことだい?」

「ですよね」

 

 聞き返されるのは覚悟の上であったようで、少女は言葉を選ぶようにしながら、榊に答える。

 女性(にょしょう)伊達らに岡っ引きなんぞをやっている知人が、罪人の追いかけていた。それに手を貸すつもりで、罪人の前に立ちはだかったところ、罪人が持っていたと思われる布袋が大きな口を開いて少女を飲み込んだという。

 

 飲み込まれたと思ったら、今度はこの橋の近くにいたそうな。

 

「信じて、もらえないかもしれないですけど」

 

 寂しそうにそう付け加えるのを聞きながら、榊は下顎を撫でた。

 

「その布袋。もしかしたら、罪人の持ち物(モン)じゃ無かったかもしれねぇな」

「え?」

 

 少女が置かれている状況を漠然と理解した榊は一つうなずく。

 

「ま、なにはともあれだ。こうやって俺が声を掛けたのも何かの縁だろう」

 

 彼女を元の場所に返す手段はまだ思いつかないが、だからとて、榊は彼女をこのまま放っておく気もない。

 

「腹は減ってないかい?

 大したもてなしは出来ねぇが、朝飯を一人分くらい増やすのは問題じゃあねぇからな。

 お前さんの話、飯でも食いながら、もうちょい詳しく話をしてくれねぇかい?」

 

 出来るだけ警戒されないように気をつけた態度で告げたたつもりだったが、少女は目を凝らしこちらを吟味するような顔をしている。

 

(知人が岡っ引きって話だかんな。まぁこういうクセも身に付くか)

 

 ましてや、突然見知らぬ土地に飛ばされたのだ。小さな親切すら、疑って掛かってしまうのも無理はないだろう。

 だから――というわけではないが、榊は名乗る。

 

「俺はしがない見世物小屋、博覧亭(はくらんてい)の榊って(もん)だ。

 ああ――見世と言っても警戒しねぇでくれよ。別にお前さんを見世物にする気はねぇからな」

 

 まだ二十になってから数年しか経っていないのに、完全に真っ白にな自分の髪の毛を撫でながら、榊はからからと笑う。

 

「人と変わった姿してると、奇異に見られるのが世の常だが、見られてる方は気分よかねぇもんな」

 

 それがきっかけになったのだろう。

 少女の(かげ)っていた顔に、ようやく明かりが灯った。

 

「私はヴィヴィオです。その、お言葉に甘えてよろしいでしょうか?」

「ああ、遠慮なさんな」

 

 一つうなずき、それから苦笑する。

 

「しかし何だな、お前さんにゃ悪いが、異人さんの名前はどうにも発音がし辛ぇな」

 

 呼べなくはないが言いづらい。何か良い呼び方はないものか、と榊は思案する。

 

「えっと……人によっては、私のことをヴィヴィって呼びますが……」

「んー……びび、びびか。そうだな。そっちのが幾分か呼びやすい」

 

 何度かそれを口に出し、納得するように榊は笑う。

 

「それじゃあ、うちの見世に案内しようか。腹が減っちまうと人間悲観的になっていけねぇ」

 

 そう言って榊は歩き始める。

 

「ちょいと歩くが、ついてきてくれ、()()()

 

 少しだけ彼女はキョトンとしてから、ややして自分が呼ばれたのだと理解したのだろう。

 

「はーい。よろしくおねがいしまーす」

 

 ようやく見せた年相応の笑顔でうなずくと、榊の横に並んで歩く。

 

こうして、おびびの博覧亭での生活が始まりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法と怪異が作り出した奇妙な出会いの物語

 

 

 

魔法少女リリカルなのはViVid

 

×

 

怪異 いかさま博覧亭

 

 

 

『ヴィヴィオと怪異と明烏』

 

 

 

ヴィヴィオのお江戸生活――はじまります

 

 

 

 

 

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