何故か江戸時代の日本に迷い込んだので、博覧亭のお世話になってます   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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ヴィヴィオと怪異と明烏 2

 

     1.

 

「はやてちゃん、これって……」

「せやな。茶袋(ちゃぶくろ)っぽいなー……」

 

 ティアナから見せてもらった映像を見ながら、なのはとはやては首を傾げる。

 

「日本の高知や長野辺りをメインに発生する怪異だよね……?」

 

 それがなぜミッドチルダなどにいて、あまつさえヴィヴィオを飲み込んだりしたのだろうか。

 

「とりあえず、知り合いの専門家に聞いてみるしかないかな」

 

 娘のことは心配だが、いくら心配したところでどうしようもない。

 故になのはは、今自分が出来ることを確実にやっていくしかないと、自分に言い聞かせている。

 

「神隠しの一種っちゅうはこういうのかもしれへんな。

 別の世界に飛ばされとる可能性もあるやろうから、こっちはその辺りを調べてみるな」

「うん。ありがとうはやてちゃん」

 

 とにかく、ヴィヴィオが無事であることを、今は祈るしかない。

 そう思いながら、二人はもう一度、ヴィヴィオが飲み込まれるシーンを再生する。

 

「はやてちゃん、止めて」

「ん?」

 

 一時停止された動画をじっと見つめながら、なのはが画面の一部を指さした。

 

「ここ。茶袋の表面――漢字で何か書いてない?」

 

「ほんまや。これ、何とか綺麗に拡大出来へんかな?」

 それがヴィヴィオを助けられるヒントになると信じて――

 

 

 

    ☆

 

 

 

「おびびちゃ~ん、そのお皿とって~」

「はーい。(よもぎ)ちゃん、これでいい?」

「うん、それ~」

 

 榊に拾われて数日。

 

 元々人見知りなどしないおびびは、すっかりここの住人達と仲良くなっていた。

 その中でも、博覧亭最年少の少女、蓬とは特に仲が良く、一緒に遊んだり、家事をしたり、内職したりと割といつも一緒にいた。

 

 そんな蓬とおびびが台所で仲良くドタバタしてるのを横目に、榊と、その幼馴染みで絵描きの蓮花(れんげ)がお茶をしていた。

 

「茶袋?」

「ああ。おびびから話を聞いた限りだとな。一番、近い怪異はそれだろう」

「茶袋ってあれでしょ? (ちゃ)(ぶくろ)とも呼ばれる――空からなんかお茶を煎じる袋がぶら下がってきて、さわると病気になっちゃうとかいう妖怪」

 

 聞いてくる蓮花にうなずきながら、榊は茶を啜り補足する。

 

「土佐なんかにいる茶袋はそう言われてるな。まぁそのあたりが有名すぎるんだが」

 

 もっとも、茶袋自体が非常に名前の通りが悪い妖怪なので、その中で有名と言われても微妙ではある。

 

「もちろん、土佐以外での目撃例もある。

 だがな、どうにも土佐以外で目撃されたものは、証言が一致しないんだよな」

「どういうコト?」

 

 羊羹(ようかん)をかじり、蓮花が首を傾げる。

 

「うーん……」

 

 榊は天を仰ぎ、一番わかりやすいだろう例をいくつか思い浮かべた。

 

「類似の怪異である薬缶吊(やかんづる)や、馬ノ首(うまのさがり)なんかの、見た目の不一致は除いた、あくまでも茶袋に限定した話な」

 

 そう前置き、蓮花がうなずいたのを見てから、榊は語る。

 

「曰く、触れたら大金持ちになったが長生き出来なかった。

 曰く、触れたら時間を逆行し過去をわずかな間、覗き見れた。

 曰く、自分の命と引き替えに死者が蘇った。

 ……とまぁそんな感じで」

「本気で、怪異の内容が一致しないのね」

 

 呆れたような顔をしながら、蓮華は羊羹を飲み込んで、お茶を啜った。

 榊は茶で口を湿してから続ける。

 

「だが、ここから察するに、茶袋という妖怪ないし怪異は、一つではないのかもしれないというコトだ」

「ああ、猫とかと同じってコト?

 茶袋という見た目はともかく、黒いのやら茶色いのやら、三毛やらがいる――みたいな?」

「そういうコトだな。とはいえ、恐らくだが、厄を与えるという部分は共通してるんじゃねぇかな」

「長生き出来なかったり、自分の命と引き替えに……って部分?」

「ああ。そう考えると、茶袋の中には厄と引き替えに願いを叶えてくれるやつもいるのかもしれない」

 

 榊がそう答えた瞬間、蓮花は自分の胸へと手を当てる。

 

「なるほど」

 

 自分で揉めるほどの質量すらないそこを撫でる幼なじみの姿を、見て見ぬふりしながら榊は続けた。

 

「願いを叶える種類の茶袋は、その願いの難易度に応じた厄を与えるんだろう。

 願ったものの命と引き替えに死者が生き返るなんていうのは、そのもっともたるやだろうな」

「……なるほど……」

 

 そこの脂肪は、命と引き替えにしても欲しいものなのか――という疑問は茶菓子に変えて、榊は茶と共に飲み込むと、天井を見上げるのだった。

 

 

     ☆

 

 

「お? 新しい奉公人(ほうこうにん)は異人さんか?

 着物姿も結構似合ってるじゃないか」

 

 坊主頭に筋肉質のガッチリした体躯の男が、気さくな様子でおびびに話しかけてくる。

 

「ありがとうございます。ヴィヴィオって言います。呼びづらかったら、榊さん達みたいにおびびと呼んでください」

「ああ、よろしくなおびび。

 俺は杉忠(すぎただ)(コイツ)の幼なじみで親ゆ……」

「悪友だ」

 

 自己紹介の途中で、すかさず榊が口を挟む。

 

「……だ、そうだ」

 

 それに苦笑してから、今度は一緒に連れてきた若い男を呼んだ。

 

「榊達も初めましてだったよな。

 俺ンとこの店のお得意先、中島屋の次期旦那。源一朗だ」

「どうも、源一郎と申します」

 

 紹介されて、彼はペコリとお辞儀をする。

 

 綺麗な身なりをきっちり着こなしたような、立ち姿だけで生真面目さがにじみ出ているような――源一郎はそういう男のようだ。

 やや痩せぎすで、ひょろりとした印象を受ける堅物――ある意味、杉忠の真逆を行く出で立ちである。

 

 ただ、不思議とおびびは、彼をどこかで見たことがある気がする。

 

 そんな彼に、杉忠は榊達を紹介する。

 

「ここ博覧亭は貧乏な見世物小屋だがな。若旦那の榊は、かなり知恵が働くし、妖怪や怪異に造形が深い。

 顔を覚えておくと、ここらで商売する際に、厄介事が起きてもで相談に乗ってくれるし、内容によっちゃゼニ次第で解決してくれぜ」

「杉忠。もうちょいマシな紹介の仕方は出来ねぇのかい」

 

 そう言って榊は苦笑はするが、否定はしない。

 

「とりあえず、杉忠も源一郎さんも、あがっていくといい。元々、何か用があるんだろう?」

 

 榊が二人を招き入れ、二人も履き物を脱いで居間へとあがある。

 そんな中で、おびびがじーっと源一郎の顔を見ていた。

 

「おびびさん……でしたか。あっしの顔に何か?」

「あー……いえ。少々、知り合いの横顔に似ていたものでして」

「そうでしたか」

 

 とりたてて、気にはしない様子で、彼は招かれるままに中へと入っていく。

 

(何となくゲンヤさんの若い頃って、こんな感じだったのかなーって思ったけど……そういえば、ご先祖様は日本人なんだっけ?)

 

 中島屋の次期旦那と言われていた。

 それが彼の家のことを示すのだとしたら、案外、この人がナカジマ家のご先祖様なのかもしれない。

 

「おびびちゃ~ん、どうしたの~?」

 

 それから、蓬ののんびりとした声を聞いて顔を上げた。

 

「ううん。何でもない。ちょっとした考えごとが湧いただけ」

「そっか~。私で相談に乗れるコトがあったら、相談してね~」

「うん。ありがとう」

 

 おびびと蓬は二人ではにかみ合いながら、仲良く居間へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 杉忠が源一郎を連れて、博覧亭に来た日の翌日。

 

 見返り柳を左手に見る、衣紋坂(えもんざか)の入り口で、着物の衣紋(えり)を正した(のち)に、衣紋坂(そこ)より続く五十間道(ごじっかんどう)を進み行く。そうして道を名前の通りに五十間(約九十一メートル)ほど歩けば、辿り着くのは大きな門。その門の名はその名の通り大門(おおもん)だ。

 

「江戸観光っつったら、やっぱここだろ」

 

 そう言って、杉忠は頭を撫でながら笑う。

 

「ここの入り口はここしかないから、中島の若旦那にも、おびびにも忠告しとくな」

 

 門をくぐりながら、杉忠は二人へと告げた。

 

「色々と決まり事の多い遊び場でな。

 帰り方もちゃんと後で教えてやるから、途中で勝手に帰ろうとしないでくれよ。決まり事を守らず帰ろうとすると、ここの門でひどい目に遭うぜ」

 

 その忠告を聞きながら、おびびは胸中で苦笑する。

 杉忠の表情は、いたずらを仕掛けている時の八神司令の顔そっくりなのだ。

 

(これは、源一郎さんへのいたずら、かな?)

 

 チラリと、源一郎の横顔を見る。

 真面目な顔でうなずいている辺り、恐らくは信じている。

 

(まぁいいか)

 

 せっかく杉忠が観光案内をしてくれているのだ。

 

 イタズラや冗談を含めた案内であろうとも、そこに悪意もないだろうし、陥れるようなことをする人ではないだろう。

 そんな人であれば、そもそも榊が友人――悪友と言っていたが――付き合いを続けているハズがない。

 

 最終的にはネタバラシをしつつ、笑って終える落としどころまで考えていることだろう。

 

 ならば、おびびとしてはそれを楽しむだけである。

 そうして、杉忠に連れられて二人はその遊び場とやらに足を踏み入れる。

 

 ここは吉原(よしはら)――現代であったのならば、十八歳未満の立ち入りは制限されること請け合いの遊び場所。現代風の俗っぽい言い方をすれば風俗街。

 

 おびびを連れてくること自体が間違っている場所であった。

 

 

 

 

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