何故か江戸時代の日本に迷い込んだので、博覧亭のお世話になってます   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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ヴィヴィオと怪異と明烏 3

 

  さて――時間は、少しだけ遡る。

 

 昨日、源一郎と共に杉忠がやってきた時のこと。

 おびびや蓬、蓮花が源一郎の話相手をしている間に、榊は杉忠を自室に呼んで、少しばかり二人で話をしていた。

 

「珍しく厄介事じゃねぇのかい?」

「まぁな。厄介っちゃ厄介だが、お前に頼めるような厄介じゃねぇさ」

 

 実際、杉忠が言うには本当にただ榊へ挨拶にきただけだと言う。

 

「少し話をしてわかったと思うがね、あの若旦那は堅物で有名なんだ」

「お前と正反対だよな」

「まぁな。そこに異論はねぇよ」

 

 言うと思った――と苦笑して、杉忠は肩を竦めた。

 

「女遊びなんてもってのほか。ただひたすら本を読むか、商いを覚えるか、あるいは神事を詣でるか――それ以外に興味がねぇときている」

「そりゃまた絵に書いたような御仁で。まるで日向屋(ひゅうがや)時次郎(ときじろう)さな。どっちの方が堅物だい?」

「どっちかといやぁ時次郎なのは間違いねぇが、多助(たすけ)役として俺に白羽の矢が立ったって言や、納得するか?」

「なるほど。納得以外の言葉がねぇや」

 

 呆れ顔でうなずきながら、榊は訊ねる。

 

「そんで日向屋から春日屋(かすがや)に鞍替えさせろと、大旦那からでも頼まれたってところか?」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。

 堅物すぎて世間知らずじゃ商いもままならねぇってんで、地元から少し離れた両国広小路(ここいら)で、遊びと絡んだ商売を教えてやってはくれってなもんさ」

 

 口ではそう言うが、顔は多助になる気満々である。

 

「甘納豆をヤケ喰いするハメにはならねぇように気をつけな」

 

 そう言ってから、榊は少し天井を見上げる。

 そのまま、ふと脳裏によぎったことを頼むべきか否かで思案した。

 

「んあー……」

「どうした?」

 

 杉忠に訊ねられて、顔を降ろした榊は言いづらそうに口を開く。

 

「明日の観光案内なんだがよ。おびびも一緒に連れていってはくれねぇかと思ってな」

「ん? そりゃ構わないが――なんでだ?」

「まぁここに来てから、まだロクに遊ばせてやってねぇってのが一つ」

 

 榊のその言い方に、杉忠の眉毛がぴくりと動いた。

 

「おびびはあの容姿だからな。ちょいと、周囲からよろしくない視線が集まってるんだよ」

「それがどうして、俺の観光案内と通じるんだ?」

「どうせ多助になるんだろう?

 なら、ちょいとおびびっていう葉っぱを、森へ連れて言って欲しいってな」

「なるほど。すでに手がついてるって印象付けるわけかい」

 

 実際は買い手がいる必要はない。

 ただ、特定の遊廓に出入りしている姿があれば、それだけで牽制になるのである。

 

「ま、手を貸してくれそうな見世もあるしな。そういうコトなら引き受ける」

 

 うなずく杉忠に、悪ぃなと礼を告げてから、榊は付け加える。

 

「ついで……って言うわけじゃねぇんだが、おびびは護衛として優秀だ」

「は?」

「ありゃ武芸の類を身につけてると、俺は見てる。教えてやらぁ軽業だってすぐに覚えちまいそうだ。

 そんなわけで力技で襲いかかるような輩なら、割と余裕で返り討ちに出来そうだ」

「なんだ、そこまで気づいてたのか」

 

 杉忠は無精で伸びた顎髭を撫でながら、苦笑する。

 その様子に、自分の考えが間違っていなかったと確信した榊は眼鏡を光らせた。

 

「二重の依頼なんだろう?

 多助になるだけでなく、助けになってくれってな。犯人に目星はついてるんかい?」

「それがまったく。怪しい候補はいくつかいるが、こっちからは手を出せねぇってところか。

 まぁだからこその吉原だけどな。武器の類は持ち込めねぇあの場所は、そういう輩に対しては安全だ」

「違ぇねぇ」

 

 そう苦笑しあった後で、榊はひとつうなずいた。

 

「それじゃあ、明日は予定してる調べ物のついでに、お前さんの方の調べ物もやっておくとしますかね」

「いいのか? 怪異じゃねぇんだぞ?」

「お互いさまってな。ほどほどで手を引くさ」

 

 榊は小さく息を吐く。

 

「それに、そっちの調べ物の方が、予定してる調べ物よか簡単に片づきそうではあるんだよな」

「そうか。そんじゃあ頼むわ。おびびの観光案内は引き受ける」

「ああ、頼む。

 そんでまぁ頼んでおいてなんだが、あくまで預かってる余所の娘だかんな。悪い遊びは教えねぇでやってくれ」

「さて、どうだろうな」

 

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる杉忠。

 

 それを見て、頼む相手を間違えたかもしれない――と、榊は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

    ☆

 

 

 

 

 ――現代。ミッドチルダ。

 

「正直、先祖代々のお墓って言われても私にはピンとこないんですけどね」

 

 ノーヴェは頭を掻きながら、墓地の歩道を歩いていく。

 その後ろを歩いているのは、なのはとはやて、それからヴィヴィオのデバイスであるウサギのぬいぐるみクリス。

 

「そら、そうやろな」

 

 彼女の過去を考えれば、そういう反応も仕方はないだろうと、はやてはうなずく。

 

「それでもそれがヴィヴィオがどこへ行ったのかを調べるヒントになるっていうなら、どこへだって案内しますけど」

「ありがとう」

 

 そうして、ノーヴェの案内で、彼女の家の墓前へとやってくる。

 

「……さて」

 

 まずは、お参りをしてから、墓石に書かれた代々の名前を確認していく。

 一つ一つ丁寧に読み上げていくなのはを見ながら、ノーヴェがはやてに訊ねた。

 

「でも、本当に書いてあったんですか?

 ヴィヴィオを飲み込んだ布袋に」

「間違いあらへんよ。

 ミッドチルダに和名の名字は少なくはないと言うても、そう被るコトはあらへんからな。

 中島と書かれてたら、高確率でノーヴェの家の関係やと思ったんよ」

「はやてちゃん、あったよ」

「ほんま?」

 

 なのはが指さす、墓石に彫られた名前。

 それは――

 

「ゲンイチロウ・ナカジマ。この人だね」

「せやね。この人が、ヴィヴィオを飲み込んだ原因の一つなんは間違いない」

 

 あとは、この人がどうしてヴィヴィオを飲み込むような原因を作ったのかを調べる必要がある。

 

「なんか、すみません。うちのご先祖様が、今になって、なのはさん達に迷惑かけてるみたいで」

「別に、ノーヴェが謝るコトじゃないでしょ?」

「そうかもしれませんけど……」

 

 何やらバツの悪そうな顔をするノーヴェに、なのはは苦笑する。

 そこへ――

 

《その通りです。全てはあっしが原因です》

「……え?」

 

 聞きなれない男性の声が、割って入って来た。

 

 

 

 

     ☆

 

 

 

 

 杉忠に連れられて通りを歩いていると、すれ違う人の多くは綺麗な女性だった。

 建物の二階の窓などから顔を出してる人も、みんなめかしこんでいる女性ばかりだ。

 

「なんだかここは、綺麗な人がいっぱいいるんですねー」

 

 などと、のんきな感想を口にしながら、おびびはこの場所がどんな所なのか、だいたい想像がついてきた。

 

(はやてさんとか好きそうだけど、ヴィヴィオはここに来ていいのでしょうか?)

 

 その疑問を口にしないのは、一緒に歩いている杉忠と源一郎を思ってのことだ。

 

「あの、杉忠さん。ここは……」

 

 生真面目でこういうことに疎そうな源一郎も、さすがに堪付いてきているようだが――

 

「お、あそこだ。あそこ」

 

 こんな感じで、杉忠は上手いこと源一郎の声をかわしていく。

 

「邪魔するぜー」

「…………」

 

 何やら難しい顔をする源一郎の横顔におびびは苦笑する。

 それから、入るのをためらっている源一郎の手を取り、

 

「行きましょう。源一郎さん」

 

 おびびは子供だからよく分かりませんという顔で、その手を引きながら杉忠の後に続いた。

 

「おや、杉サマじゃないかい。いらっしゃい。今、狭霧(さぎり)を呼ぶね」

「いや、ちょいと待ってくれ」

 

 キセルを吹かしていた女楼主(おんなろうしゅ)が、杉忠が贔屓している花魁(おいらん)を呼ぼうと腰を上げようとするのを、杉忠は制した。

 

「実は仕事のお得意様から、多助役を頼まれてね」

「へー」

 

 楼主の顔色が変わる。

 

「そっちの嬢ちゃんが、時次郎様かい?」

「いやいや。こっちはまた別件。

 時次郎役は、その子に手を引かれてる旦那さ」

「あの、杉忠さん……」

「いらっしゃい、旦那。杉サマの紹介だっていうなら、うんと良くするよ」

 

 源一郎が何か言おうとしたのを遮って、楼主が威勢良く笑う。

 

「若旦那は先に遊んでてくれや。

 俺はちょいと、楼主と話があるんでな。おびびもちょいと俺につきあってくれ」

「いや、あの……」

 

 綺麗な女性達が三人ほど、彼を囲んで微笑する。

 

「さぁ、そうぞ」

「二階にご案内しますわ」

「まずは杉サマが来るまで楽しみましょう」

 

 ぐいぐいと、押されて引かれて(あゆ)まされ、源一郎はそのまま階段の上へと消えていく。

 そうして、源一郎が二階の一室まで通されただろう頃合いに、楼主がキセルを口から離し、紫煙をくぐらせた。

 

「いくら杉サマの頼みでも、厄介事は勘弁だよ?」

「さすがの嗅覚。つってもまぁ、多助役を頼まれたってのも本当なんだけどな」

「なら、若旦那は上手いこと骨抜きにしてやらないとね」

「骨抜き役の稼ぎ頭が引き抜かれちまっても知らねぇぜ?」

「そん時はそん時さね」

 

 二人して悪い顔をする姿を、おびびは困ったような笑顔で見守っていると、杉忠が親指をおびびに向けた。

 

「それで、本題はこの子なんだけどな」

「ああ。べっぴんな異人さんだねぇ……こりゃ、将来絶対良い女になるよ」

「ありがとうございます」

 

 掛け無しの絶賛に、おびびは思わず照れてしまう。

 

「この子がどうしたんだい?」

「知り合いがちょいとワケあって親御さんから預かってるんだが、この容姿だろう?」

「ははーん……ロクでもないのに目を付けられたんだね」

 

 合点がいったと、楼主がうなずく。

 

「なのでまぁ……悪いんだがちょいとここで禿(かむろ)のフリをさせて欲しいってワケだ」

「禿?」

 

 杉忠の横で、おびびが首を傾げると、楼主が説明してくれる。

 

「まだ客を取る許可が出てない花魁の見習いのコトさ。まぁ仕事は主に雑用だけどね。

 お嬢ちゃんくらい見てくれが良いなら、引込禿(ひきこみかむろ)としても充分通用するだろうね」

 

 ちなみに、引込禿とは、将来的に稼ぎ頭になるだろうと見込まれる禿のことだそうである。雑用よりも、花魁としての英才教育が施されるのだとか。

 

「それがどうして、私を守るコトになるんですか?」

「その辺りはちと説明が難しいんだが……」

 

 杉忠は頬を掻きながら、どう説明したものかと思案していると、おびびの表情が急に鋭くなった。

 

「おびび?」

 

 一瞬、訝しむが、杉忠は即座にその意味を理解する。

 

「おいおい。まさか、大門を越えてきた奴がいるのか?」

「……たぶん。大門をくぐった時に怪しい気配のほとんどは消えたんですけど、諦めてない人がいたみたいです」

 

 その言葉に、楼主が眉の溝を深くする。

 

「どこの馬鹿だいそれは。おびびくらいの歳の子が、吉原に来るってのは、身売り先が決まったってコトだと理解出来るだろうに」

「え? 私、売られたんですかッ!?」

「落ち着けおびび。売ったフリだよ。それでお前さんを(かどわ)かして金にしようって連中は振り落とせたハズだったんだが……」

 

 杉忠の言葉に小さく安堵してから、改めてその言葉を吟味する。

 

「それってつまり、私以外を狙ってるってコトですか?」

 

 おびびの疑問に対して、杉忠はすぐに答えない。

 難しい顔をする彼と、眉間に皺を寄せている楼主の顔を見比べながら、おびびはもう一つ、思いついたことを口にする。

 

「最初から、吉原(ここ)で事を起こすのを目的にしてたりして……」

 

 それで何かピンと来たのか、楼主が皮肉げな笑みを杉忠に向けた。

 

「杉サマ。あんた、お得意さまにハメられたんじゃないのかい?」

 

 チッと杉忠は舌打ちをする。

 

「狙われてるって話は聞いていたが、まさか吉原でやらかそうとするなんてな……俺より、良い賄賂握らせてるやつがいたってコトか」

 

 杉忠は禿頭をガリガリと掻いて、うめく。

 

「杉忠さんは、源一郎さんのところへ」

「おびび、お前さんはどうするんだ?」

「屋根に上がります。

 あの……無理を承知でお訪ねしますけど、源一郎さんがいる部屋を見てる人から、気づかれないように屋根に上がれる場所とかあります?」

 

 その言葉に、楼主が目を見開く。

 

「正気かい?

 お嬢ちゃんにあの旦那を守る理由でも?」

「だいたい二百年後くらいに、あの人の子孫とその関係者のみなさんに、命を救ってもらう予定ですので……その義理と、お礼ですかね」

 

 殊更に面を食らったような顔をするが、何か気づいたように楼主は笑った。

 

「お嬢ちゃんを預かってる御仁ってのは、博覧亭の若旦那かい?」

「はい。そうですが?」

「納得したよ。あの旦那にゃ、二度も世話になってるからね。ちゃんと礼はしとかないといけないねぇ……」

 

 うんうんと、うなずくと、楼主は立ち上がる。

 

「杉サマはお嬢ちゃんの言う通り、さっきの旦那のところへ行きな」

 

 楼主は近くにいた禿を呼び、杉忠を案内するよう指示をする。

 

「お嬢ちゃんはこっちだ。

 暴れるのは構いやしないが、見世の中でってのは避けてくれ。ついでに――」

「建物を傷つけるのも極力気をつけますね」

「ああ、そうしておくれ」

 

 何やら楽しそうに、楼主はうなずく。

 

「いやぁ勿体ないねぇ……。

 絶対に美人になるだろうし、誰に対しても物怖じはしない。

 頭もキレるし、口もうまそうだし、腕までも立つってんなら、花魁兼用心棒としてうちに欲しいくらいだ。

 通常の引込禿を買う額の倍を出しても惜しくはないねぇ」

 

「えっと……買いぶりすぎかと……」

 

 大絶賛されているというのは分かるのだが、人身売買の価格を引き合いにだされるというのは、些か複雑な気持ちである。

 

「人の見る目には自信があるんだがねぇ」

 

 ニヤリと笑って、楼主は告げる。

 

「良い女になれるってのは保証するよ。

 今のままの生き方を貫けるってんなら、お嬢ちゃんは本当にね。

 女として綺麗なまま、下手な男よりも格好良くなれる」

 

 それは本当に確信を持った言葉のようで、おびびもうれしいような恥ずかしいような、何ともいえない顔をする。

 

「照れる必要はないさね。胸を張って生きていきな」

 

 そうして――

 

「ついたよ。この部屋さ」

 

 おびびが指定した条件を満たす部屋へと、辿り着いた。 

 

 

 

 

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