何故か江戸時代の日本に迷い込んだので、博覧亭のお世話になってます   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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ヴィヴィオと怪異と明烏 5

 

「これでお前はもう邪魔は出来ぬだろうよ」

 

 刺客はおびびを、茶袋へ向けて放り投げる。

 

 そこへ、源一郎が割って入ると、おびびを受け止めた。

 だが、その勢いまでは殺せず、源一郎は後ろへと倒れ込む。

 

 そんな中で、おびびだけは茶袋に触れさせまいと、強引に脇へと投げた。

 

「あ……」

「おびびさん。あっしなんぞの為にありがとうございました」

 

 源一郎の背中が、茶袋に触れる。

 

 次の瞬間――茶袋はその姿を大きくして、口を開くと、源一郎を飲み込んでしまった。

 誰もが呆然とする中で、おびびは即座に気を持ち直して、賊へと強烈な蹴りを見舞う。

 

「ちッ」

 

 彼はそれを舌打ちしながらも、後ろへ飛んで威力を散らした。

 

「源一郎さんは飲まれちゃいました。どうしますか、刺客さん?」

 

 相手の目的は源一郎。その目的が消失したなら、ここでお開き――と、そういう思いが、おびびにはあった。

 するすると、天へと登っていく茶袋と、おびびの間で視線を往復させる刺客。

 

「この状況で冷静なのだな」

「この状況だから冷静にならないといけません」

 

 その言葉にうなずくと、賊は構えた。

 

「小娘。お前の命はここで断つ。

 放置しておけば、やがて俺のような仕事をするものの障害になりかねない」

「賞賛と受け取ります。ちっとも嬉しくありませんが」

 

 二人が、再び睨み合いを始めると、

 

「茶袋ッ! (ゲン)サマと天へ登ると言うんなら、わっちも共にさせてくりゃれッ!」

「粉雪姉様ッ、何をッ!?」

 

 二階の窓から身を乗り出した粉雪と呼ばれた遊女は、他の遊女達の制止振り切って、茶袋に向かって飛びついた。

 直後、源一郎を飲み込んだ時と同じように、巨大化して口を開くと、粉雪もその口で飲み込んでしまう。

 

 やがて茶袋は、もはや誰も届かない高さまで登っていくと、ゆっくりとおの姿を消していく。

 立て続けの出来事で、睨み合いをしている二人以外は呆然としている中で、新たな声が割ってはいる。

 

「少しばかり遅れちまったか」

 

 声の主は博覧亭の若旦那。何やらその手にうさぎらしき人形を抱えてやってくる。

 

「榊?」

「行ってこい。ご主人様を助けてこいッ!」

 

 信じられないことに、その人形はこくりと一つうなずいた。

 

「おびびッ、お届けものだッ、受け取れぇぇぇ――ッ!!」

 

 榊は力の限りに叫んで、力の限りその人形をぶん投げる。

 当のおびびは、刺客から視線をはずさないまま、左手を人形の方へと向けている。

 

「クリス……ッ! セットアップッ!!」

 

 その手にくりすと呼ばれた人形が触れると、おびびは虹色の光に包まれて、視界が晴れた時には大人の姿へと成長していた。

 

「な……」

 杉忠も、遊女も、見物人達も、そして賊までもが――みな驚愕に包まれている中、おびびは自慢の俊足で刺客の背後を取ると、強烈な一撃を決めて、戦いは決着を迎えるのだった。 

 

 

 

     ☆

     

 

 

 事件の真相はさておいて。

 

 榊は刺客をその筋へと引き渡しに行き――ついでにちょいとイカサマつかって脅したら、雇い主やら色々吐いてくれたので、色々解決した。

 杉忠は源一郎の飲食代と、粉雪の身請け代を支払った。もっとも、身請け代に対しては、かなり甘めに見てもらえたので助かった――とは杉忠の弁である。

 

 おびびの大人姿への変身に関しては、おびびを気に入ってしまった楼主が、見世のみんなと共にうまいこと誤魔化してくれることとあいなった。

 その代わり、おびびは両国広小路へと来た際に、時間がある時には必ず楼主に顔を見せにくるようにと約束することとなったのだが。

 

 さて、そんなこんなでドタバタして、源一郎が茶袋に飲み込まれてから数日後の博覧亭。

 

「さて、どっから説明すりゃいいんだい?」

 

 居間であぐらを組み、両手を袖の中に入れた榊が、杉忠に訊ねる。

 

「おびびが二百年後から来たってのは本当か?」

「ああ、間違いなさそうだ」

「にわかに信じられんが……」

 

 榊の返答を吟味するように、杉忠はお茶を口に含む。

 

「ついでだから付け加えるが、おびびをこの時代へと呼び寄せたのは、中島屋の若旦那が残した願いだ」

 

 乾いた口の中をお茶で湿して、榊は続ける。

 

「先日の茶袋は病を撒く怪異ではなく、人の寿命と引き替えに願いを叶える怪異だったのさ」

「話が見えねぇな」

 

 訝る杉忠に、榊はゆっくりと語る。。

 

「あの瞬間の旦那の願いは、おびびの故郷を見てみたいってなもんだったらしい。

 見てくれからして異人さんだからな。海の向こうの子だって事くらいは漠然と考えていたんだろうよ。

 茶袋もそれを軽く考えて、願いを引き受けた。だが、茶袋からしても旦那にしても、それが大誤算だったわけなんだが」

「大誤算? おびびは海の向こうどころか、海どころか空の向こう生まれとでも言う気か?」

「ああ」

 

 冗談で言っただろう杉忠の言葉に、榊があっさりとうなずく。

 さすがの杉忠の動きも止まる。

 

「まじで?」

「まじで」

 

 平然と茶をすする榊の姿に、それが真実であると納得したのか、杉忠はうなずきながら、次の疑問を口にした。

 

「……それで、何が誤算だったんだ?

 空の向こうっていってもよ。おびびの故郷には行けたんなら、願いは叶ったようなもんだろう?」

「まぁな。一緒に飲まれた粉雪さんと、くらながんって(みやこ)で幸せに過ごしたそうだ」

「ますます分からん。誤算ってなんなんだよ?」

「あの茶袋は、自分の腹の中へと飲み込んだ相手の願いを叶え、その願いの料金分の寿命喰らうと、再び日本のどこかへとぶら下がる。

 そうして生きている(もの)()らしいんだが、困ったコトに、源一郎から代金としての寿命を奪った後で、日本に帰れなくなったらしい」

「跳べたのにか?」

「どうやって跳んだのかは自分でもわからないんだと」

「そりゃ難儀」

 

 だが、そこまで行くと杉忠も大筋が掴めてくる。

 

「だから若旦那は、願いを追加したわけか。

 おびびが生まれ、自分を助けてくれた頃の年頃になったら、この時代の両国へ連れていってくれ、と」

「そういうこった。

 鶏が先か、卵が先かって話になっちまうが、そうやって循環が始まっちまったらしい」

「……ん? 待てよ。だが、おびびはどうやって帰るんだ? 日本へ戻ることが茶袋の望みなら、おびびと一緒にここへ飛んできた時点で、茶袋は目的を達したわけだろう? いなくなっちまうんじゃねぇのか?」

 

 杉忠のもっともな疑問に対して、榊はくっくっくっと喉の奥で笑う。

 

「なんだよ?」

「いや、笑っちまう話なんだよ。そこんところはよ」

 

 残ったお茶を飲み干して、榊は告げる。

 

「おびびが生まれるまで、今から二百年は必要なわけだ。

 それまで茶袋は、中島屋の若旦那と一緒に生活してたそうだ。怪異ちゃ怪異だが、家の中でぶら下がってる分にゃ、不思議はねぇ。

 そうやって、二百年もの間、中島一族を見守ってるうちにな、愛着が湧いちまったんだと。

 だが、寿命は前払いで、日本へ帰る手段を与えられている。そういう存在である以上、願いは叶えなくちゃなんねぇ。

 だから、おびびは飲み込んだし、願いの力で、おびびと若旦那が出会えるこの時代のこの瞬間に吐き出した。

 さて、いざ元の時代の日本で何をしようかっていうと、くらながんに帰りてぇと思っちまったそうでな。

 旅立つ自分と、若旦那達を見送った後は、おびびの持つ妖力を寿命の代わりちょいと借りて、一緒にくらながんへと戻るんだと。

 茶袋はこれからも、くらながんで繁栄していく中島一族を若旦那夫婦の幽霊と一緒に見守っていくらしい」

「そりゃ、確かに笑い話だ」

 

 笑いながら杉忠は、お茶を一気に飲み干した。

 

「そんで榊。お前はどうして、そんな話を顛末まで含めて知ってやがるんだ?」

「さすが杉忠。そこに気づくか」

 

 榊がそう苦笑すると、彼の着物の懐がもぞもぞと動きはじめて――

 

「うおっ!?」

 

 そこから、うさぎの人形が顔を出した。

 

「そりゃ、おびびのだろう?」

「こいつの頭の中には色んなものを記録できるらしくてな、二百年後の旦那の言伝(ことづて)で真相が全部記録されてたんだ、俺宛にな」

「なんだよ、本人からのネタばらしかい」

 

 面白くなさそうに嘆息してから、杉忠は顔をあげた。

 

「待て。人形がいるなら、おびびはどうした?」

「いますよ?」

 

 杉忠が首を傾げた時、ひょっこりとおびびが台所から顔を出した。

 

「帰れるんだろう? 帰らなかったのか?」

「いつでも帰れるんだったら、もう少し観光していこうと思いまして」

 

 無邪気な笑顔を浮かべるおびびに、杉忠は毒っ気を抜かれたような心地で、肩を竦めた。

 

「親御さんに心配はかけるなよ?」

「大丈夫です。二人いる母、どっちにもちゃんと許可はもらいましたから」

 

 そこまでしてるなら、もう杉忠は何も言えない。

「そんな訳で、博覧亭でもう少しお世話になりますので、クリス共々よろしくお願いしますね」

「おう。こちらこそよろしくな」

 

 ぺこりとお辞儀するおびびとくりす。

 それに杉忠は笑って手を振る。

 

「あ、そうだ。源一郎さんの幽霊から、杉忠さん宛に贈り物があったんでした」

「お?」

 

 おびびがくりすに何かをお願いすると、何もないところが波打って、そこから一つ袋がでてくる。

 

「これがかい?」

「何だいそりゃ?」

 

 取り出した袋をおびびから手渡されると、しげしげと杉忠は見る。

 触ったことのない感触の袋に、見慣れない文字が書かれた何か。

 

 袋の中身はどうにも見慣れたもののような気がしないでもないが……。

 

 興味があるのか、榊も脇からそれをのぞき込み――

 

「甘納豆だそうです」

 

 おびびが快活な調子で告げた。

 瞬間、榊は思い切り吹き出した。

 

「あの旦那……冗談を言えるようになったんだな」

「まったくだ。わざわざ未来から届けてくるんじゃねーよ。こうなったら、ありがたくヤケ喰いしてやるよ。このやろう」

 

 言葉の割には、楽しそうに杉忠はうめくのだった。

 

 

 こうして、博覧亭のにぎやかな日常に、少しだけおびびが混ざることにあいなった。

 もっとも、その少しの間に、毎度毎度騒動が起きるわけだから、おびびもおびびで大変なのかもしれないが。

 

 まぁ、そいつはまた別のお話。

 

 ちなみに、クラナガン製の甘納豆は、杉忠と博覧亭のみんなで美味しく頂いたそうな。

 

 

 ――ってなところで、おあとがよろしいようで。ここいらで〆といたしやしょう。では。

 

 

《Vivio in Hakuran-tei - closde.》

 

 





=コピー本当時のあとがき=

 毎度お手に取って頂きありがとうございます。北乃ゆうひです。今回は博覧亭のおまけページに倣い、ちょいとばかりうんちくをば。

 明烏(あけがらす)。元々は浄瑠璃の新内節演目で正式なタイトルは「明烏夢泡雪」。遊郭が舞台の心中モノのラブロマンス。時次郎ってのは、その主人公の名前です。

 あまりに人気だったもんだから、文政2年頃にエロパロが流行りまくったそうな。遊郭モノなのに浄瑠璃中じゃ濡れ場がねぇってんで、絵なり文章なりで書いてやろうじゃねぇかって連中がいっぱいいたらしい。

 その後でエロ以外のコメディ系のパロも流行し、そのパロネタをベースに作られたのが、八代目桂文楽が得意として有名な落語「明烏」。多助はこちらの登場人物の名前ってわけだ。

 昔から日本人は日本人だったという話。本書作中の年代だとコメディ版明鳥が流行ってるかどうか微妙な時期ですが、歴史的観点よりネタを優先した次第。

 そんな感じで今回は、時間もページもギリギリなので、この辺りで失礼します。
 読んで下さった皆様に、最大級の感謝を(ありがとう)
《20:38 / 11 / 10 / 2015 / End Roll - closde.》

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 そんなワケで、ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

 最後まで読んで下さった方々が、少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。

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