「あーん? 死神だぁ?」
胡坐を掻いた少年は、慌てふためき部屋に入ってきた青年――――ガントの情報を耳にして、柄も悪くそう言った。
虫の居所が悪いらしいとガントは思い、特に気にせず先を進める。
「はい。どうも強敵らしくて」
「へえ」
「『戦乙女』と『ヒーローズ』の共同パーティが壊滅したらしいっす」
「へえぇ……!」
そりゃあいいことだ、と少年ことリーダーは言わなかった。
顔に出しただけだ。それだけで十分以上に伝わるものがあるが。
「で、なに?」
「今この時こそ、我がクランの名を上げるのに絶好の機だと思うんです。二つのクランが果たせなかった『死神』狩り。行きましょう!」
「勝手に行ってろよ」
意気込んだガントにリーダーは無下に言う。
ガントは出鼻をくじかれ、脱力してその場に座った。
「相手は次の層への階段を守る番人、『守護者』ですよ? 俺たちたった4人で守護
者狩りをしろと? リーダーは冗談が下手ですね」
「お前の性技には負けるよ」
なぜ喧嘩を売られているのだろうか。
少なくとも、恋人だったミレイはきちんと喜んでくれていたから、そんな事実は存在しないが。
険悪な仲である『戦乙女』の名前が出たのがまずかったのかもしれない。俺たち嫌われてるから……会うたびに酷いこと言われるんだ俺たち……。
そんなことを思ったガントだが、気づけばリーダーは上を向きながら腕を組み、何事か考えている。
「おや? これはもしや?」とガントはにわかに期待した。
「そもそも、俺らのクランの名前ってなんだったっけ? オナマグラ?」
「なんすかその奇妙な名前」
期待は裏切られた。一クランリーダーとは思えない発言。
オナマグラとか言うのは聞いたことはないが、しかしどこか卑猥さが滲み出ていた。
リーダーの手元のブツと何か関係があるのだろうか。
「『桃源郷』ですよ。忘れたんですか? リーダーが付けたのに」
「ああ……。いや、思い出すたびに胸が苦しくなるから……。なんかこの世界って世知辛いよね」
桃色ピンクのきゃっきゃうふふは夢のまた夢か……。
そう呟いたリーダーには悲壮感が漂っている。
数か月前の"ガント事件"からすっかり意気消沈してこの様である。
ガント自身、ミレイには振られるしランファンには「遊びの付き合い」と断られるし、散々だった。
すでにクランにおける異性は副リーダーしか残っていない。
……やるしかないか?
そう考えるのと同時に、
「いや……しかし……。子供に手を出すなど……。でも将来大きくなりそうだし……」
と葛藤する近頃。下衆は何を頑張っても下衆でしかなかった。
「死神ねえ……」
下衆の思考は別として、リーダーの思考は別の所を漂っていた。
具体的には、「
そろそろ強い武器が欲しかったというのもあるし、引き籠る理由もだんだん尽きてきた。
最近は
ランファンとミレイは最初から何も言ってこないからいいのだが、
副リーダーとしての自覚が芽生え始めたのが厄介だ。
――――自分がしっかりしなきゃこのクランやっばいッ。
そう思ってしまったようで、最近の
いや、実際やばいのだけど。
金銭管理その他雑用担当の
どこぞの馬鹿が風俗代を経費で落とそうとするなど、悩みの種は尽きないだろうし。
さてさて、いい加減赤字の収支を何とかする必要があるし、借金やばいし、自分も動くか。
そう、リーダーは結論した。
未だに副リーダーのことで悩むガントに視線を戻し、のたまう。
「クランメンバー全員集合。会議すっぞー」
唐突過ぎる言葉に、ガントは一瞬目をぱちくりとして呆けた。
しかし、続くリーダーの言葉ですべてを理解し、すぐさま他の面子を収集しに走り去っていく。
「議題は死神討伐な。あの名前負け守護神堕とすぞ」
死神討伐は会議の日から二日後。
当初は『桃源郷』のみで行われるはずだった討伐戦は、どこで嗅ぎ付けたか、『戦乙女』の団長と副団長、『ヒーローズ』のトップヒーローの三人を加えた総勢8人で行われることになった。
『戦乙女』参戦の報を聞かされたリーダーは、「なじぇえぇ」と心の底から嫌そうに呻き、トップヒーロー参入には「あのナルシスト、あふろヘアーにしてやろうぜ」と嬉々としていた。
そんなことがありながら、着々と準備は進み、ついに当日。
『桃源郷』本部こと中級クラン施設に集まった面々に向け、リーダーはのたまった。
「皆の衆、43層の"燃える豚"から性的興奮を高める唾液の採取に成功したので、俺は暫くそっちの研究で忙しくなる。今日は俺抜きで行ってくれ」
当然、喧々諤々の騒ぎとなった。
トップリーダーはナルシーゆえの楽勝発言。
団長は男嫌いゆえの罵詈雑言。
ガントはミレイと副団長に連れられ部屋の隅で正座である。
十八番の土下座が披露されるのも遠い話ではないだろう。
そんなカオスとしか言えない室内で、冷静に対処できたのはたった一人だった。
「みんな、集合!」
我らが副リーダーである。
彼女は小さい身体に似合わない大声を室内に響き渡らせ、すぐ隣で早すぎる晩酌と洒落込んでいたランファンをぶん殴って一潮吹かせる。
「いい? 今日はとても大切な日です! なにせ戦乙女とヒーローズが手も足も出なかった階層守護に立ち向かうんだから!」
「ふざけるな! 我々は善戦した! 正々堂々正面から挑み、接戦の上惜しくも敗れたのだ!」
「そうよ! 男と組んで本来の力の半分も出せなかったから負けたんです! 断じて私たちが力不足だったわけじゃないの! それだけは分かってください!」
そう、団長とトップヒーローが異議を唱える。
しかし、副リーダーは知っていた。
今この場に居る面子こそ元気で在るものの、それ以外は屍鬼累々の凄惨たる様であると。
立て直すのに、かなりの時間を要することを。
この三人が今日ここに居るのは、実力未知数の『桃源郷』を警戒し、万が一を考えてのことであると。
ゆえに副リーダーは二人を無視する。
かつては憧れの君で、見るたびに頬を染める対象だった二人のことを、副リーダーは無視したのだ。
なんたる成長か。
そうしなければならないほど『桃源郷』の現在は散々な物なのだろう。
不覚にも、リーダーはホロリとくる。
「リーダーもリーダーだよ! なんで当日になって……と言うか何で泣いてるの!?」
ずびびとリーダーは鼻をかむ。
「なんでもない」の声はかすれていた。
「え、えぇ……?」
「続けてください」
「ああ、うん、それ拭いてよ……? ――――とにかく、今日と言う日を忘れられない日にしようってみんなで誓ったでしょ? なんでよりによって当日に士気折る様なこと言うのかなあ?」
「俺は昨日と言う日は絶対に忘れないよ」
「それあの虹色に光る豚から唾液採取した日でしょ!? そっちよりこっち忘れないでよ!」
そもそも、と副リーダーは問い詰める。
「会議の時言ってた物、ちゃんと用意できてるの? 昨日ずっといなかったけど」
「燃える豚捕まえるのに手こずっちゃって」
「まさか昨日一日燃える豚と遊んでたの!? 馬鹿なの!? 死ぬよ!! わたしたち!!」
遊んでたとは人聞きが悪い。
誰が好き好んであんな光り輝いている物を追い掛け回すものか。
あいつら見てたら目が痛くなるんだぞ。夜中でも昼間かってぐらい輝くし、攻撃したら二足歩行に切り替わって徒党組んで襲ってくるんだぞ。わかってんのかあの怖さ。
「まあ、ちゃんと最低限用意してるから安心しろよ」
「……最低限?」
不満そうな副リーダー。
それには応じず、リーダーは無色透明の液体で満たされた瓶をいくつか取り出す。
それを見て、今まで黙していたランファンが目敏く言った。
「ほう、酒かね?」
「そんなわけないでしょ、会議で言ってたやつだよ。ね、リーダー?」
「実は酒」
「リーダー……!!!!」
胸ぐらをつかんで叫ぶ副リーダー。
その横で我関せず「どれ一口」と舐めるランファンが顔を顰めた。
「む、きついな」
「これが一番なのだ」
「そうか、まあいい、乾杯といこう」
「かんぱーい」
「っざけんな!!」
とんでもなく口が悪くなった副リーダーは二人の持つ瓶を叩き落とす。
ランファンは器用に宙で捕まえなおし、リーダーは「ああん」と嬌声を上げながら盛大にこぼした。
「はあ、はあ……」
肩で息をする副リーダーは、すでに疲れが見える。
これから守護神退治なのに大丈夫だろうかとランファンは心配したが、それよりも酒の感想をが大切だった。
「ふむ。なかなかいい酒だ」
「もうやだ……」
崩れ落ちる副リーダー。
そんな彼女を憐みの眼で見る団長。
ランファンが団長の方に声をかけた。
「カトレアもどうだ、一杯」
「結構よ。それより、どうするの。行くの? 行かないの?」
「無論行くとも。だろう? リーダー」
「おれ、行きたくない」
「おやおや、リーダーも冗談が上手い」
はっはっはと笑うランファン。
リーダーは一つ溜息を吐いて、服の埃を叩き落としながら立ち上がる。
「はいはいやりますよやればいいんでしょやれば……おいてめえら集中しろっ!」
その場のガントを除く全員が即座にリーダーを見た。
誰もが真剣な目をしていた。何人か据わっている者もいた。
「今日の作戦を通達する」
言いながら石を二つ取り出した。
一度、それらを擦り合わせると摩擦で火花が散った。
「作戦名……えっと……『効かぬなら、マント取り去れ、それぶっぱ』」
言いながらもう一度擦り合わせる。
散った火花が、零れた酒に引火し炎となった。
「じゃあ、行くか……えぇ、ほんとに行くのぉ?」
「行くのっ!」
嫌がるリーダーを叱咤する副リーダー。
リーダーの視線の先には箱がある。その中には火炎瓶が三十本ほど入っていた。
「……これ足りるの?」
副リーダーが不安そうに尋ねるのを、「たぶん」とリーダーが答えた。
――――44層の最奥に奴はいる。
そこまで行くのにガイコツやらゾンビやらと非常にグロテスクなモンスターたちを蹴散らさねばならないが、そこは腐ってもトップクラン。
何の苦労もなく目的地である最奥までたどり着いた。
死神の待つ広場に入る前に『桃源郷』の面々にはそれぞれ4本ずつ例の瓶が渡される。
リーダーが腰に10本以上の瓶を下げるのを見ながら、団長は不満げに言った。
「わたしたちの分はないの?」
「欲しいならあげてもいいが、高いぞ」
「お金取るんですか……」
「そもそもパーティーメンバーじゃないしー」
リーダーの言う通り、団長他二名は勝手についてきただけであり、守護神狩りにしても『桃源郷』に続いて勝手に入ってくるだけである。
そんな連中になぜ秘蔵の酒をわたさにゃあかんのかとリーダーはうざい表情でのたまった。
団長は歯ぎしりしながらもそれ以上は何も言わず、てめえの顔なんか見たくもねえと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。
あきれ顔の副団長が慰めに入る。
「まあまあ、あの子のあれはいつものことでしょう? 少しは慣れないと」
「でも、ローズ! あの子すごくむかつきますっ」
忌々し気にリーダーを見る団長。
その視線を受けて、リーダーは唾を吐き捨てる真似をする。行儀が悪かったのであくまで真似である。そこのところに何者にもなり切れぬ小物臭さがある。
「勝手に言ってろ。じゃあもう行くぞ。先頭はガント。お前行けや。そんで死ね」
「死にませんけど一番やり行ってきますっ!」
ガントは元気いっぱいに扉を押し開いて単身突撃した。
そのすぐ後を俊敏な動きでランファンが続き、副リーダーが走り、トップヒーローと団長、副団長が我先にと行き、最後にリーダーが渋々嫌々不承不承やむを得ず入った。
扉の先は広間のように円状の空間があり、壁には光る鉱石が明かりを灯していた。
その中央に、奴はいた。
5メートルはあろうかと言う巨体は宙に浮いている。
全身をすっぽり包む黒いローブ。手にはその巨体以上に巨大な鎌。
44層守護『死神』である。
死神は赤い眼をいからせて侵入者たちを捕捉すると、音もなく近づいてくる。
奴が通った後には黒い靄が残り、それに触れた者はHP減少の状態異常となる。
そう言えばそんなのもあったとリーダーは今更思い出していた。
あれ、やばくね? ……ま、いいや。
「随時瓶ぶん投げろぉー。瓶なくなったら適当に攻撃。魔法でも良いよぉー」
指示を出しながら、リーダーは瓶を投げる。
死神は躱すことなく、むしろ「これが何か?」とばかりに当たりに行った。
瓶は割れ、中の液体が漆黒のローブを濡らす。
「おい、こいつ俺らの事舐めてんぞ。たぶんあれだ。そこの負け犬三人の顔覚えてやがんだ。『雑魚がこないだより少ない手下引き連れて戻ってきやがったっ。うけるんですけどぉ!』って言ってるぞたぶん」
「ぶっころ」
いの一番にトップヒーローぶちぎれ。
鞘から抜かれた黄金に輝く剣は、40層代全てのモンスター共通のレア武器。
彼はこれをよりにもよって43層階層守護者でドロップしてしまったため、特別強い剣であると思い込んでいる。
まあ、強くはあるけど、死神相手には魔法光が意味を成さないので威力が半減してしまう相性最悪の武器である。
「よっしゃ、囮が行ったぞ。今のうちに投げろ投げろ! 余すところなくびしょ濡れにしてやれ!」
一人で突貫するイケメンのトップヒーロー。
それを援護する美女の団長、副団長。
美男美女の戦う姿は勇ましく、同時に美しくもあり、まるで物語の中の様な光景である。
しかし彼らに向かって酒を投げつける『桃源郷』のせいで、ファンタジー世界の1ページは一瞬にしてテレビ向こうのナイター中継に移り変わってしまうから現実とはシビアなものだ。
死神は遠くから何か投げつけてくる5人は無視して、果敢に向かってくる3人に狙いをつけた。
ピカピカ輝くヒーローは正直鬱陶しいだけであまり脅威ではないが、それを援護する女二人は脅威となりえる。
高い攻撃力と俊敏性を併せ持つ団長と、ローブの隙間に狙いを定め魔法を撃つ副団長。
連携も巧みで、これを無視すると手痛い攻撃を浴びてしまいそうだ。
一振りでヒーローを薙ぎ払い、死神は二人を殺そうと迫る――――!!
「これ、今度『桃源郷』うちで売り出す新商品」
約10分。
死神が団長と副団長を相手に戦った時間は、己の額に液体が零れてくるのにかかった時間でもある。
魔法を弾き飛ばすローブに染み込む液体。
死神はそれをただの水だと思っていた。
外の世界に出たことのない死神にとって、液体とはイコール水で結ばれるものだった。
まさか酒などと言う物は見たこともないし、酒に含まれるアルコールが高い引火性をもっているなど知りもしない。
だから、いつの間にか自分の頭の上に居た少年がなぜそんなものを取り出すのか、理解が出来なかった。
「ジッポ」
シュポッと火が付く。
ゆらゆら揺れる火。
その火はふたを閉めることであっけなく鎮火した。
「大ヒット間違いなしのこれを売り出すにあたって、ダメ押しに一つキャッチコピーを付けようと思います」
リーダーは蓋をあけて、もう一度火を灯した。
「題して、死神殺しのジッポ君」
こんどは消すことなく、手の中から手放す。
重力に従って落ちたそれは、死神のローブで一度弾み、あっけなく燃え移った。
「――――――――!!???」
「あっつうううううううううううう!!!!???????」
声にならない声が二つ響き渡る。
一気に全身燃えて転がるリーダーはすぐに魔法で鎮火された。
何をやっているんだとガキンチョ副リーダーが怒鳴った。
対して、ぼうぼうと燃える死神は中々鎮火しない。
リーダーの眼には、ぐんぐん低下するHPバーがしっかりと見えていた。
「よっしゃ畳みかけろ! 火を消さないように総勢魔法攻撃だ! 俺の犠牲を無駄にするんじゃねえ!」
自称犠牲者の指示に従って、皆魔法の詠唱を始めた。
「おいランファン」
「なんだいリーダー? まだ熱いのかな? 水が必要かい?」
「腰のポーチ見せろ」
「嫌だな、ここには何も入ってない。ましてや酒など――――」
「見せろぉ!!」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
ランファンの隠し持っていた火炎瓶を奪い取り、死神に投げつけるリーダー。
「あぁ!?」と悲痛な叫び声と時を同じくして、それぞれの魔法が発動し死神にぶつかった。
ほとんどの魔法が火属性の魔法だった。
一部風魔法を唱えた団長に限ってはリーダーに煽られ、「火を大きくしようと思ったんですっ!」と釈明を余儀なくされる。「断じて火系統の魔法が不得手なわけではないのです!」と墓穴を掘ってしまう程度には効いたらしい。
それから戦いが終わるまで、結局火は消えることなく、死神のHPが0になる瞬間まで8人を照らし続けた。
死神のHPが0になった瞬間、その姿は塵もなく砕け散り、この世から姿を消した。
各々に経験値と討伐報酬が与えられる。
そのほとんどが素材。
レア武器はドロップしなかった。
倒したことによる緊張感の欠如から、団長はその場にへたりこむ。
普段クールさを売っている副団長でさえ息を荒げて汗を拭っていた。
そんな二人に近づいたリーダーは、ジッポを取り出して見せびらかした。
「『死神殺しのジッポ君』明日から発売予定。火の魔法が苦手な方はぜひどうぞ」
シュボッという音が辺りに響き、団長が顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
死神討伐から数日。
44層攻略のニュースは国中を轟かせた。
同時に、リーダーの作ったジッポ君は死神討伐に多大に貢献したとして、なぜか王様に献上されていた。
そうでなくても、魔法なしに火を手軽に起こせる道具である。
安価に買えると言う事もあって、民衆に爆売れした。
おかげで『桃源郷』は二度と赤字に転落しないぐらいの収益を得た。
これにはリーダーもにっこりで、ついついガントと風俗初体験を決め込もうとしたほどである。
残念ながら、彼の初体験はガントの修羅場ついでにお流れになってしまったが。
そんな出来事の翌日。
リーダーは燃える豚の唾液の研究を始めていた。
「リーダーは何を作っているのだ?」
「媚薬」
暇を持て余したランファンが、リーダーの研究室で酒盛りに洒落込み、リーダーの邪魔をする。
「ほう」と興味なさそうにランファンは酒を仰いだ。
「媚薬など、必要かね」
「絶対に需要はある。男の夢だ。見たことないとは言わせねえ」
「ふっ。夢ねえ」
嗜虐に満ちた笑みを浮かべたランファンは、リーダーに顔を近づけて囁くように言った。
「一つ、いいことを教えておこうかリーダー。天然の媚薬についてだ」
「え、あるの?」
「あるともさ。当然」
カラカラ笑ったあと、ランファンは色っぽく科を作って耳元で囁く。
「――――恋だよ、リーダー」
「惚気なら一人でやれや阿婆擦れが」
機嫌が急降下してしまったリーダーは唾液の研究に戻る。
「おやおや」とランファンは少し驚いた。
まさかこの程度で怒るとは思わなかった。
予想外の反応でがあったが、それはそれで面白いとランファンの軽口は止まらない。
「よもや恋をしたことがないのかな? リーダーは」
「もうお前出てけ」
ガントの所で盛ってろと首根っこ掴まれ部屋の外にたたき出されてしまう。
自分よりかなり年下の少年につままれるのは初体験だった。もう少しその奇妙な感覚を味わってみたくもあったが、残念なことにそれ以上の軽口は閉じられた扉に遮られる。
しばし扉を眺めて、ゆったりと立ち上がったランファンは、服の汚れを叩き落としつつ一人呟く。
「己の与り知らぬところで、仲間が恋愛に興じるのが気に入らぬと見た」
ま、それで己が巻き込まれているのだから無理からぬこと。
理不尽な仕打ちを受けているのだからそう考えもしましょう。
「しかし、女もムラムラすることはあるのだよ。リーダー」
こんな職業ならなおのこと。
命の危険は生殖本能を刺激する。第二の媚薬と言えよう。
「ま、リーダーもそう悪い男ではありませんが」
最後に扉を一撫でして、ランファンはその場を立ち去った。
呟き声は、残念なことにリーダーには届かなかったようで、扉は開かれることなくランファンの背中を見送った。