愛しい君に、空を捧ぐ   作:アジーン

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 修正を繰り返して一ヶ月が経過してしまいました。
 前日譚・第三話です。これで主人公の幼少期が終わり、次回からは遂に本編『Breath of FireⅠ 竜の戦士』が始まります。

 今回は主人公の下に、とある人物がやって来ます。



03:空の旅人

「――」

 

 ふらりふらりと当て()もなく荒野を彷徨う。

 

「――」

 

 旅の始まりなど覚えていない。

 気付けば『彼女』は、世界を彷徨って(旅して)いた。

 

 『彼女』は知らない。

 

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()

 

 『彼女』には分からなかった。

 

 ましてや、旅の目的(終わり)など――

 

「……ぁ」

 

 否、否、違う。あった、あった。()()()()()

 漏れた声は、蜘蛛の糸のように細く弱々しかった。

 

 

 

 

 

「 ■■■ 」

 

 

 

 

 

 脳裏に薄ぼんやりと蘇る、春の陽気のような甘く柔らかな『■■■(アナタ)』の声。

 いつもいつも、『■■■(アナタ)』はワタシをそう呼んでいた。

 

 そう、()()()も――……

 

「■■■! ■■■!」

 

「絶対に! 絶対に君を見つけ出す!」

 

「どんなに時間が経っても! どんなに離れていても!」

 

「俺は、君を――!」

 

 轟々と唸る風の中、激痛を伴って指先から崩壊していくワタシに、必死に『■■■(アナタ)』は叫ぶ。

 何度ワタシが見捨てろと言っても、何度仲間が危険だと体を押さえ付けても、『■■■(アナタ)』は最後までワタシの身を案じてくれた。

 

「……『■■■』……」

 

 長きに渡って摩耗し、ぼろきれと化した記憶の欠片から呼び起こした『彼』の名前を言う。……否、正確には『彼』の()()()()()()を零した。

 

「あぁ……ぁぁぁ……」

 

 当の昔に乾いた涙腺に熱が戻ってくる。そして間も無く乾燥した肌にぼろぼろと涙が滴った。忘れていた記憶を取り戻した喜びからではない。その真逆だ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 火照っていく顔。しかし一方で、指先は氷のように冷たく熱を失っていた。

 

 嗚呼、嘘。そんな、まさか。

 嘘でしょう?すぐに思い出すに決まってる。落ち着け。

 ほら、次の瞬間には思い出してる。ほら、ほら――!

 

「あぁぁ……ぁぁぁああああああ……!」

 

 恋しくなると思って思い出さなかった、かつての記憶。

 苦しくなると思って思い出さなかった、かつての恋心。

 だが、その防衛行為は――最も己の(ココロ)を蝕み、そして傷付けていた。

 

 嗚呼、ワタシは――……

 

「ごめんなさいっ……『■■■』っ……!」

 

 一番大切な、仲間(最愛のヒト)の名前を忘れてしまったようだ。

 

 

 

 

 

■□■□■

 

 

 

 

 

「……んん?」

 

 不意に聞こえてきた喧騒に、雑草を引き抜く手を止める。

 耳と傾けると声は村の入口の方から聞こえてくるようで、何やら「宴だー」やら「綺麗な人ね」といった村人たちの嬉々とした声が風に乗って聞こえてくる。

 ここ、ドラグニール村は大陸の端にある文字通り辺鄙(へんぴ)な所にある観光地でもなければ特産品もない本当にただの村だ。当然村目当ての観光客など来ず、故に訪れる人も限られる。この村に来る者は商人がほとんどだ。商人もここでの認識だと、最早 “支援物資供給部隊” といっても過言ではない馴染みの商人の彼一人だ。

 ……だが、この様子だと違うらしい。彼が来ても村はこんなに騒がしくはならない。だとしたら――

 

「ただいま、リュウ」

 

 ――と、そんな事を考えていたら表の玄関から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。姉が買い出しから帰ってきたようだ。

 

「おかえりー」

「……? リュウ、何処?」

「こっちー、畑の草毟りしてるー」

 

 間延びした声を上げるも手は眼下の雑草をブチブチと引き抜く。畑の作物に運ばれる栄養を奪う害虫や雑草は、農薬が存在しない世界(ここ)だとかなりの難敵だ。たった一日放置するだけで早く木が齧られて育たない――なんて事もザラだ。だからこうして定期的に草を引っこ抜いたり、虫を駆除したりしている。定期的……というか、作物の世話はもう一日のルーティンに刻まれている。

 

「ここに居たのね」

「ん。おかえり、姉さん」

 

 サクサクと草を踏み締める足音に顔を上げると、大きな買い物袋を危なげに抱えた姉が経っていた。抱えられた袋からは野菜やらチーズやらが窮屈そうに顔を出している。

 

「遅かったね」

「ちょっと目利きに時間が掛かってね」

 

 苦笑気味に話す姉に、俺はそうかと頷く。袋からはみ出た食料はどれも色艶が良く、品質も最高のものばかりで暫く食事には期待出来そうだ。最近は調味料も切らしていて味気ない食事だったから尚の事、美味しく感じられるだろう。

 今日は香草スープでも作りましょう、と上機嫌に言う姉。その姿は在りし日の記憶の母によく似ていた。

 

 母とは二年という短い付き合いだったが、未熟な体に詰め込まれた精神が成熟済みの大人だったお陰か、忘れたり色褪せる事なく彼女を覚えていた。

 今年で十五となった姉は見目麗しい美女となった。前世だと花の女子高生にジョブチェンジする歳だが、世界観が世界観なだけにそういった兆しが見受けられず、浮ついた話も何一つ聞かなかった。

 

 そんな姉は、年々は母に似てきている。世話焼きで優しい、けれど甘やかしたりはしない性格もそうだが、とにかく容姿が瓜二つなのだ。

 ふとした仕草、ふとした物言いが、在りし日の母と合致するのだ。

 

 味見する時の髪を耳にかけるその行為が、

 知り合いの商店で品物を吟味するその視線が、

 洗濯籠を抱えて澄んだ空を見上げるその笑顔が、

 

 いつかの母を彷彿とさせる。

 

 彼女の言動の一つ一つに母の面影を見てしまい、遂には「母さん」と声を掛けそうになるくらいだ。母の愛情を求める行為は年月が変わろうが “母の子” である限り、それは仕方のない事らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば姉さん」

 

 草毟りを終え、昼食の時間。新鮮な食材で作られた香草スープは労働後の俺の胃をガツンと刺激した。大鍋の中で煮込まれたそれは、まるで宝石箱のようにキラキラと輝いて見えた。

 お疲れ様、と労いを込めて多めによそられたスープを、偶にパンに染み込ませながら食べていると、ふと午前中の事を思い出した。

 

「なぁに?」

「さっきさ、村の入口の方が騒がしかったけど何かあったの?」

「んーと……あぁ」

 

 外に出ていた姉なら知ってるだろうと聞いてみれば、案の定姉は頷き一つで答えてくれた。

 

「旅人が一人、来たらしいわよ」

「こんな田舎に?珍しいね」

「そうね。しかもその旅人、女性よ」

「えっ」

 

 予想外の言葉に言葉を詰まらせる。女性の旅人……それはまた珍しい。この世界には人間や獣の他にモンスターと呼ばれる、文字通りの化け物が存在する。ここら辺はいわゆる「旅の始まりの地」なのでそこまで強力なモンスターはいないのだが、魔法も剣も使えない一般人からしたら彼等は充分脅威だろう。

 弱いモンスターとは言え、そんな彼等の目を掻い潜ってここまで辿り着いたのだから、その女性の旅人とやらはそれなりの腕っ節があるとお見受けする。

 

「この村に何のようかな?」

「うーん……多分、偶々ここに来たんじゃないかしら」

 

 この村の先には何もない。ただ崖と海が広がるだけだ。村目的でないとしたら、ただの世界探索だろうか。

 

「カンタベルで引き返せばいいのに」

「そんな事言わないの、皆凄く嬉しそうなんだから」

 

 平和と共存を望む白竜族は、お人好し種族と呼ばれる程に他種族との壁がほとんど無いに等しい。そんな彼等は旅人……つまり外部の者を、こよなく愛する。さっき「宴だー」なんて聞こえたから、今晩辺りは本当に宴が催されるだろう。

 

「気になるの?」

「んー……女性ってのが、気になる」

「あら、お年頃ね」

「そんなんじゃないよ。だって女性って、それこそ商人の娘でない限りは村や町から出ないでしょ?なんで旅してるのかなーって」

 

 この世界の男女の価値観は、簡単に言うと「男は外、女は(なか)」だ。男は外で汗水垂らして働き、女は家の中で炊事洗濯子育てを頑張る。俺のいた世界でもあったものだ。原典は中国だったか。

 

「きっと理由があるのよ」

「……ま、そうだよね」

 

 動機(理由)が無ければ、行動には移さないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポチャン、と自作の浮き球が波に煽られる。俺は糸とその先に取り付けられた餌が岩に引っ掛からないように、時折竿を正しながら目の前にある大海原を無感動に眺めていた。

 

 久しぶりの豪勢な食事を終えた俺は、食後の散歩と称して村の門を潜った。俺も、もう十三だ。十歳を迎えると正式に村の外へ出る許可が貰える。今までは人目を盗んでこそこそ脱走を企てていたが、もうそんな事をする必要がないのだと思うと罪悪感に駆られていた心が少しだけ軽くなった。これで村の誰かに言伝を残せば、大手を振って村の門を潜れる。

 そんな訳で散歩に出たのだが、装備品に護身用の他に釣り具一式を持たせられた。

 

「今日は宴は開かれるだろうから、材料を調達してきてちょうだい」

 

 家を出る間際、そう言う姉から手渡されたのは俺手製の釣竿とバケツだった。魚の餌が見受けられないのは、途中で採取してこいという事だろう。散歩として外に出た俺だったが、現在――絶賛今夜開催されるであろう旅人の歓迎会の食材調達に駆り出されていた。俺としては時間までのんびり過ごしたかったのだが、にこやかな笑みで道具一式を差し出されては断りづからった。

 

「んっ」

 

 ぼんやりと波立つ沖を眺めていると、竿の先が僅かにしなるのを確認した。試しに数回腕をスナップさせて様子を伺うと、根がかり(釣糸やルアーが海底の障害物に引っ掛かってしまう事)とは違う、明確に反発した力が感じられた。柔らかめの木の枝に釣糸を縛っただけのリールすら無い竿を引っ張り、徐々に糸を回収していく。少しするとバシャバシャという水の跳ねる音が聞こえ、最後にマグロの一本釣りのように思い切り竿を引っ張ると海面から一匹の小振りの魚が姿を現した。

 

「よし、十匹目」

 

 手早く釣針から魚を外し、傍にある海水を溜めたバケツに放り込む。バケツの中には同じ種類の魚がハクハクと空気と餌を求めて口を開閉させていた。

 『短剣(イワシ)』と呼ばれる海水魚で、名前の通り体長二十~三十センチの短剣サイズの小型魚だ。小型といっても前世の世界の鰯の二倍の長さはある食べ応えのある魚である。調理法は至って簡単な塩焼きが一番ベストだ。

 

「それにしても、釣れ過ぎだよなぁ」

 

 釣針に道中で採ったミミズを通しながら呟く。釣りなんて前世の幼少期以降しておらず、成人後は自然に触れる機会がすっかり少なくなったせいか生き物に触れる事に対して激しい抵抗感があったというのに、今世は前世の抵抗など何のそのという感じで虫や魚に触れては釣りを楽しんでいた。

 

 ……ここまでなら生き物を克服した美談で終わるのだが、転生後の肉体は清々しいまでに “釣運” に恵まれていた。釣りは魚が引っ掛かるまで辛抱強く待たねばならない長期戦だ。それは村人の釣りに同行した時に再確認した。しかし俺が実際に竿を握ると、阿呆みたいに魚が次々と餌に引っ掛かるのだ。早い時は海面に落とした直後、遅くても数分以内という速さだ。それに釣果も村人が釣った魚とは別格ものになる。例えば脂の乗った高品質であったり、今までに発見されていない最大サイズだったりと――釣った本人の俺ですら唖然とする才能を発揮した。

 

 これは “俺” の才能なのか、はたまた “俺” が『リュウ』だからなのか。

 まあ、何となく察しがついているが恐らくは後者だろう。BOFシリーズの作品のキャラには「固有アクション」という戦闘とは別の、そのキャラクターにしか出来ないフィールドアクションが存在する。五作品目を除いた主人公の『リュウ』は総じて「固有アクション」に『釣り』が設定されており、その名の通り『リュウ』は『釣り』の才能に恵まれているのだ。その才能は海底に眠るお宝をピンポイントで狙って釣り上げる程だ。

 

 恐らくだが転生して成り代わったとしても、『リュウ』である(主人公が存在する)限り能力は身に付くらしい。“俺” という異物が混入しても変わらない世界に安堵を覚えたが、“俺” は本当に『リュウ』(主人公)に成り代わったのだと――これからの事を考えるとゾッとした。

 

(……これから、か)

 

 運命は刻一刻と近づいている。この平和もあと数年、もっと言えば三年で崩れ去るだろう。波打ち際の砂絵が波に流されるくらいの、いとも――簡単に。ここ数年は戦闘訓練の他に情報収集にも精を出した。といっても村の大人や偶に訪れる商人の話を聞くだけの些細な行為だが、確かな収穫はあった。

 

 例えば、本編では既に荒城となっている近隣の『カンタベル』という中規模の国だが、現在はちゃんと一国として統治されているという事だ。何故本編ではモンスターの巣窟となる程の廃国になってしまったのかまでは設定になかったが、少なくとも本編が始まる数年前まではそれなりに繁栄している事が窺えた。

 もう一つの収穫は、ここ十年に渡り――元同胞の『黒竜族』が各国にプレッシャーをかけ、支配の手を伸ばしているという嫌な事だ。かつては同じ竜族として世界の頂点に立ち、そして女神大戦を機に思想の相違から分裂してしまった()()()だ。黒竜族はいわば武力や一族共通の『竜の力』で世界を牛耳ろうとする “過激派” で、今も俺達 “穏健派” の白竜族と真っ向から対立している。

 そんな彼等は現在、商人の又聞きだが遠き地で大昔に滅んだ古代文明を利用した軍事国家を築いては他国を次々と掌握しようと動いているらしい。

 

 BOFシリーズの最初、Ⅰの初代は主に “同族戦争” をベースに作られている。ラスボスは別に存在するのだが、ラスボスの下に到達する為には、ラスボスを守る “元同胞” を倒さなくてはならないのだ。

 黒竜族は、俺達と元同族という事もあり不老長寿性を生かして長期的に支配を行っている。反面、繁殖力には乏しいようで彼等の総本山こと『黒竜帝国』の人口のほとんどは侵略した国の国民や他国から攫ってきた者が多く、半ば奴隷のように日夜働かされているという。黒竜族の者は全体の数パーセントしかおらず、彼等は国の上層部として立場や権力を持ってた種族や他国籍の人間を虐げているそうだ。これは本編に入っても同じ事だった。

 

「うーん……前途多難だなぁ」

「何が多難なの?」

「そりゃあ俺の人生……って、ん?」

 

 今、自分以外の誰かの声が聞こえたような。辺りを見渡しても誰もいない。

 

「気のせい……?」

「そんな訳ないでしょ。上よ、上」

「上?」

 

 前方は海で誰もいないのは分かっているのだが、何故後方でも左右でもなく()なのだろう。

 上という事は……空……?

 

 

「――こっちよ!」

「……え」

 

 声をした方――上空を見上げる。その先で見た光景に、息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 甲高い鳥の(さえず)りが、鼓膜を震わせる。

 ()()は太陽を背に、優雅に――そして大胆に現れた。

 

 

 

 

 

「御機嫌よう、可愛いボク。随分釣りの腕がよろしいのね?」

 

 金糸のような髪は太陽で煌々と輝き、薄い化粧を施された顔には勝気な笑みが浮かんでいる。その人は十代半ば程の女性だったのだが――本来であれば相反する筈の女性の艶やかさと少女の慎ましさをバランス良く併せ持った、とても不思議な人だった。

 

 そして何より目を引いたのは――

 

「その翼……」

「ん?あぁ、これ?まあ、ここら辺じゃ見かけないわよね」

 

 モンスターじゃないから安心してね。そう言う女性の細い体からは純白の鳥類の翼が一対生えていた。確かにここら辺では見かけない見た目のものだ。人には変わりないのだが、如何せん風が吹く度にひらひらと揺れるそれに目を奪われる。……何気に、初めて見たのではなかろうか。

 

「もしかして……飛翼(ひよく)族、ですか?」

「あら、私達の事知ってるの?」

「昔、オババ様から聞いた事があります。……ここより山二つ先に、背中に翼の生えた人の国があると」

「うんうん、それで当たりよ。私は飛翼族」

 

 飛翼族。BOFシリーズで知らない人はいない亜人にして異種族だ。

 山岳地帯や丘の上など高地、もしくは風が吹き荒れる場所に住むと言われており、そこに建てられた彼等の国は全作通して『ウインディア』と呼ばれている。

 人間の肉体に鳥の翼が生えた見た目をしており、『大鳥化』という名の通り大きな鳥に変身出来る能力を持っている有翼人種だ。

 巨大な民族国家を形成している公式でもかなり優遇されている事でも有名で、何故かと聞かれればそれはただ一つの理由に限る。

 

「もしかして、知り合いとかいたのかしら?」

「……昔、飛翼族との出会いの機会がありまして」

 

 俺が成り代わったBOFの主人公のヒロインが、()()()()()()だからだ。

 

 勿論出会いなどプレイヤーだった頃の、ゲーム内での話だ。そして、あと数年後に起こるイベントでもある。だが、その出会いすらも――作られたシナリオと画面を隔てた先での事だ。

 

 何を言いたいのかというと――

 

「凄い……本物の羽毛だ……」

 

 初めての明確な異種族に、滅茶苦茶緊張してしまった。この世界が “剣” と “魔法” と “亜人” と “モンスター” 溢れるファンタスティックな世界だという事は既に理解していたのだけども、その生活はモンスターとの戦闘を除けば味気ないものだった。

 魔法だって認知はされてはいても、姉やオババのような「魔法適正」がないと見る事もなく、見た魔法と言えば姉の回復魔法という、言っちゃあ悪いが神秘的ではあるが地味なものだ。

 残った “亜人” 要素については、まだこの世界では未発見だった。一応、俺を含むドラグニール村の皆は『白竜族』という、いわゆる人間ではない亜人に分類される種族なのだが、竜に変身する機会など村にいる限り一度たりともなく、見た目は普通の人間なので俺の中ではノーカウントとして扱っていた。

 

 故に目の前の彼女は、実質初めての異種族(亜人)とのエンカウントだった。

 

「あ、えと……すみません、じろじろ見て……」

「いいのよ、珍しい事には変わりないし。“モンスターだ、逃げろー!” ってよりかはマシよ」

 

 長時間観察していた事にハッとして謝れば、気にしていないと彼女は手を振って笑った。エメラルド色の碧眼がゆるりと弓形に(しな)る。

 と、そこでお互いに自己紹介をしてなかった事を今更ながら思い出した。

 

「あ、えと……俺、リュウって言います。初めまして……」

「こちらこそ初めまして。私は……あー、んーと……イーナって呼んでね」

 

 握手として差し出した右手が温もりに包まれる。女性らしく柔らかな手だが、姉の者と違って少しかさついていた。身内以外の女性に一種の関心を得ていると、ふと今言った彼女の自己紹介に違和感を覚えた。

 名前を言う前の僅かな間。名前を言うだけならば普通に言えばいいものを、彼女――イーナは少しだけ悩んだ素振りを見せたのだ。……まるで自分の名前を誤魔化すかのような。

 

「イーナさん、ですか?」

「言いにくい名前でごめんね」

「ええと、良い名前だと思います」

「ありがとう。ね、君ってそこの村の子供でしょ?」

「えぇ、まあ、はい」

「やっぱり!私ね、昼頃にここの村の着いたの。そしたら宿屋の女将さんが、私と同世代の男の子がいるから機会があったら話せるかもねって!村の中に居なかったから外にいるかもと思って出てみたけれど、すぐ見つかってよかったわ!」

「お、おう……」

 

 ノンブレスで言い切った彼女の気迫に思わず怯む。名前を誤魔化す素振りを見せるものだから、てっきり警戒心が高く他人と交わらないのかと思っていたのだが……。

 

「あ、あの……」

「んん?何かな、少年?」

 

 何処かおどけた様子で首を傾げるイーナに、俺はつい言ってしまった。

 

「 “イーナ” は、本当の名前じゃないですよね……?」

「!」

 

 三日月のように撓っていたエメラルドが、今度は満月のように真ん丸になる。今まで細く撓っていて見えなかったが、よく見ればイーナの名を持つ女性の目は、両目とも上辺がエメラルドで下辺が金色という何とも不思議な虹彩を持ってるようだった。これがファンタジー要素からくるものなのか、何かの身体的異常なのかまでは分からない。

 目を見開いて暫しの間息を呑んでいた “イーナ” は、やがて諦めたように大袈裟に息を吐いた。

 

「参ったなぁ……」

「あ、ご、ごめんなさい……!そっちの事情も考えず――」

「あー、いいのいいの!こちらこそ困らせてごめんね、やっぱり気になっちゃうよね!」

 

 やっぱり私ってば誤魔化し下手だなぁ、と言って額に手を当てて天を仰ぐ彼女を見て、口を滑らせた事への罪悪感を感じる一方で、やはりあの物言いは裏があると悟った。

 

「……うん。気付いちゃったのなら仕方ない。……えっと、リュウ君?」

「あ、はい。何でしょう?」

「――少し、話をしよっか」

 

 太陽を背にして笑う“イーナ” は、一瞬だけ誰かと被って見えた。

 

 

 

 

 

■□■□■

 

 

 

 

 

 温暖で気候の変動も少ないこの地域は昼ならば太陽光が、夜ならば月光が大地を照らしている。かつて生きていた世界・日本と比べて四季のような明確な季節の変わり目はないが代わりに程良い雨季と乾季が交互に訪れる為、質の良い作物に無恵まれ、今世の故郷・ドラグニール村は今に至るまで細々とだが生き永らえてきた。

 

 今日も空は清々しいまでに澄み渡っていて、時折吹く風が汗ばんだ体を冷やして心地良い。近隣に故郷以外の集落がないせいか、ここ一帯は海原の(さざなみ)の音以外とても長閑で静かだった。

 

「あのね、私ね。……記憶がないの」

 

 そんな争い事などとは無縁の、安穏を体現したかのような世界の中での彼女の言葉は、俺の呼吸を一瞬止めるには容易な程に重く、残酷だった。

 

「……それって」

「お察しの通り、記憶喪失ってやつね」

 

 手元の草花に慈愛の込めた眼差しを送った “イーナ” は、他人事のように言った。

 

「目が覚めた時には森の中で倒れてた。そして自分に関する事のほとんどが記憶から消えていたの。出生・経歴・趣味・特技……特にこの四つ。魔法とかマナーは覚えているのにね。狙ったように自分の事だけ」

 

 でもね、と “イーナ”は続ける。

 

「その四つも綺麗さっぱり消えた訳じゃないの。99%の記憶は消えたけど、残りの1%は残ってた。その残った1%っていうのがが『私の名前らしき言葉の音』と『自分が旅をしてる』って事の二つ。今、名乗ってる “イーナ” は()()()()の名前から取ったの」

「……そうだったんですか。俺はてっきり身分を隠してるもんだと……」

「普通はそう思うよね」

 

 ――私も初対面ならそう思うよ。

 草花への弄くりが一通り済んだ彼女は、今度はその眼差しを虚空へと向ける。視線は合わせてくれなかった。

 

「それからはその記憶を頼りに旅してるって訳。勿論、世界中。旅してたなら何処かの町で()()()()を見た人もいるかもしれないでしょう?元々の旅の目的も、その他の記憶も芋蔓式で出てくる可能性もあったから……周るしかなかったんだ」

 

 そう彼女は声を少しだけ声を震わせた。世界を旅する――それは彼女にとって重要な事だったのだろう。今も、昔も。記憶の大半を失っても尚、使命(呪い)のようにこびり付いている所から察するに……きっと目の前の飛翼族の少女(女性)にとって『旅』とは、切っても切り離せない大事な関係があるのかもしれない。

 そこまで考えた時、俺は「あっ」と声を漏らした。

 

「あそこには行きました?」

「あそこって?」

「イーナさんって飛翼族でしょ?なら飛翼族の故郷には――」

「あぁ、ウインディアね。勿論行ったわよ。……でも残念、収穫は無し。人の出入りが激しい酒場や商店、往来の激しい大通りにも姿を見せたけど、誰も私を呼び止めてくれる人はいなかった」

「うーん……。大国って言われるウインディアでも情報がなかったとすると、イーナさんはウインディア生まれじゃないのかな……」

 

 作中で最も優遇されているヒロインの生まれ国・ウインディアは登場作品全てにおいて「大国」と設定されている。大国という事はそれだけ国力が高く、それを支える政策や人員に恵まれている事に繋がる。治安も良く、他種族ならまだしも同じ飛翼族なら多くの同胞に囲まれながら育ってきた筈だ。なのに、そういった情報が無いとすると一つの案が頭に浮かんだ。

 

「私もそれ考えた。これだけ探し回っても噂の一つも無いなんて絶対おかしいもの」

 

 イーナは種族の故郷とは別の、何処かの場所で暮らす飛翼族との間に生まれた子供という事になる。誰にも認知されない秘境で生まれ、ある日何らかの理由で森に向かい記憶を失ったか。それとも別の場所で記憶を失い、第三者の手によって森に投げ込まれたか。本人による記憶にない為、謎は深まるばかりだ。

 

「イーナさんが目覚めた森って、何処の森ですか?」

「んー……。あの時は意識も曖昧だったし、あちこち彷徨った末に近くの村の人に助けてもらったからなぁ」

「その村の名前、覚えてます?」

「ごめん、覚えてない。でも村の規模はあんまり大きくなかった……ってのは覚えてる」

 

 若干不機嫌な面持ちでに吐き捨てた彼女が木漏れ日から差し込む太陽光を睨む。鳥のような見た目のヒトなのに、その姿が何処か虚勢を張った猫のように見えるのは気のせいだろうか。

 

「そ、そういえばイーナさんって世界各地を周ってるんですよね?せっかくなら聞かせてくれませんか?その、色々の体験談とか」

 

 からりとした心地良い季節の中、この場だけ雨季の如く雰囲気が湿っていた。どうにか話題を変えようと咄嗟に口にしたのは、今までの会話の内容からさして遠く離れてもいない話題だった。しかし彼女は俺の意図を察したようで、ようやくその碧玉をこちらに向けた。

 

「気になるの?」

「まあ、はい。俺、今はこうやって外で魚釣りをしてますけど村の規則で他の町には行けないんです。だから……」

「ふーん……」

 

 見下すように降りてくる彼女の視線。その居た堪れなさに俺の視線は段々と下がる。そんな俺を暫く見ていた様子の彼女だったが、やがて溜息一つ吐いた。

 

「……この先にある中堅国家の『カンタベル』は武具としての品揃えは悪いわ。だから()()()()()()精々宿屋だけにしときなさい。そうね……品揃えは海一つ挟んだ反対側にある『ナナイ王国』の方がいいわ。物流も激しいみたいだし、タイミングが良ければ掘り出し物が見つかるかもね」

「え」

「ここから南東にある『光の町』の人はプライドが無駄に高いわ、そこで生きていくにはとにかく褒め千切って機嫌を取る事ね」

「え」

世界()の話、聞きたいんでしょう?ただし、今の私が言った所に限るけど」

 

 急に饒舌になった彼女に俺は視線を上げる。見上げた先には先程までの険悪な雰囲気を完全に消した彼女が、悪戯っ子のように歯を見せて笑っていた。

 水の張ったバケツで泳ぐ今晩のおかずが、ボチャンと大袈裟に水を蹴った。

 

 

 

 

■□■□■

 

 

 

 

 

「短い時間でしたが、お世話になりました」

「なんのなんの。こちらも久方振りの客人故、大いに騒ぎ立ててしまった。お疲れの所すまんかったのう」

「いえいえ!料理美味しかったです。近くを通ったら、また寄らせていただきますね」

「イーナさん、またいらして下さい!」

「えぇ、それではまた」

 

 翌朝。飛翼族の彼女は宿の朝食をいただき次第、村人達の惜しむ声を背に村を出立した。昨晩は遅くまで村の皆に囲まれ酒を注がれていたが、ケロッとした爽やかな顔で朝日を拝んでいた所を見ると案外彼女は酒に強い体質なのかもしれない。

 女性と一括りにしても、町中で伴侶を支える女性とは違う。どんな苦境にも耐えられる忍耐と状況を瞬時に判断する考察力。そして強大な敵に引けを取らない屈強な男並の強さを持つ彼女は、まるで御伽噺やRPGに登場する『勇者』のようだと朝日をバックに空へと舞い上がる姿を見て、ふと思った。

 

 彼女が話してくれた旅話は、男であり閉鎖的空間で退屈に殺された今世の俺の心を揺り動かした。

 町の話、道中の話、ダンジョンの話、人の話、世界情勢の話。鈴を転がすような美しい音で紡がれるそれは、どれも興味深いものばかりだった。勿論、全てが良い話題ばかりではない。危険なモンスターやダンジョン、旅において気を付けなければならない暗黙の了解等も彼女は語ってくれた。

 もしかしたら彼女は、俺の()()()を何となく予見していたのかもしれない。田舎村の少年相手に懇切丁寧に話す彼女の顔は真剣だった。

 

「もし将来、俺が旅に出る事があったら……何処かで会えますかね?」

「さあ、それはどうかしら。世界は狭いようで広い。予期せぬアクシデントなんて外じゃあ当たり前よ。運良く再会するかもしれないし、一生会わないのかもしれない。でも運良くまた会えたら……そうね、その時は今度はあなたの話を聞かせてほしいわ。あなたの目で見た世界をね」

「はい。今度は俺の番ですね、絶対にあなたを見つけますので覚悟しといて下さい」

「……あなた、それ……」

「ん?」

「……いえ、何でもないわ。それじゃあお元気で、ご機嫌よう」

 

 またいつか会いましょう。そう言って俺の頬にキスを落とした彼女は、村を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今世に生まれて十三年。二つ上の姉は十五を迎えた。

 生まれ故郷のドラグニールは普段通りの活気を見せている。

 

 運命の日まで、あと三年。

 

 ヤケにつめたい木枯らしが吹いた今年の年末。

 それなりの賑わいを見せていた近郊の中堅國『カンタベル』が一夜にして滅び、そこにいた国民は全員姿を眩ませた。

 




 前日譚はこれで終わりとなります。
 サブタイトル「空の旅人」には、二つの捉え方があります。

 「 “カラ” の旅人」→記憶を失くして世界を放浪する彼女。
 「 “ソラ” の旅人」→風の民と呼ばれ、空を駆ける飛翼族の彼女。

 果たして彼女の正体は一体誰なのでしょう。
 今後、彼女と再会する日は来るのでしょうか。


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