この素晴らしい二度目の世界を生き抜く 作:ちゅんちゅん
「こ、この魔道具は、立体すごろくゲームといいまして……」
そういってウィズが申し訳なさそうに話してくれる。
曰く、匣の中に術式が込められていて蓋を開けると魔法が展開する仕組みらしい。難点として蓋がものすごく固く、上級職の前衛であっても開けられない人がいるらしい。ウチのお嬢様がすみません……
簡単な話が、日本のパーティーグッズで使われるような、すごろくでマスに書かれているお題をこなしつつ仲を深めていくゲームで、迷惑なことにゴールするまではこの空間から出ることができないらしい。
こんな発想が、この世界にあるとは考えにくいし、絶対に日本人がかかわってるだろ、これ。
「と、言うわけでして……説明も書かないものを棚に置いていた私の落ち度です。すみません……」
「いやいや、勝手に開けちまったこっちも悪い。気にしないでくれよ」
「そうだ、ウィズ。私が開けてしまったばかりに……すまない」
「そうですよ。ウチのダクネスが持ち前の馬鹿力で蓋を無理やりこじ開けただけです」
「ば、馬鹿力とか言うなっ!」
「ねぇねぇ、カズマ。なんかサイコロが出てきたんですけど」
アクアがいつの間にか転がっているサイコロを指さす。同時に空に協力プレイという文字が浮かぶ。
協力してお題をこなしていくってことか?
「まあ、物は試しです。投げてみては?」
「そんじゃ、俺が」
めぐみんに促され、サイコロを拾い上げ放り投げる。何度かバウンドした後、コロコロと転がり三の目が出た。
「……ん?」
「何も起こりませんね」
「三マス進まないといけないんじゃないかしら? さぁ、私に続きなサベッ」
アクアがそう言って先に進もうとするがスタート地点と一マス目の境で見えない壁にぶつかる。
「ちょっと! どういうことなのよ!」
「あ、その、これはサイコロを振った方がメインになって進むゲームでして、この場合はカズマさんがスタート地点にいるのでそれ以降には進めないですね」
「先に言いなさいよ!」
「すみません! すみません!」
アクアがウィズに詰め寄るのを止めつつ、ひとまず先に進む。
三マス進んだところで足元のマスが淡く光り、空に文字が現れる。
『この中で一番好みの女性を答えよ』
「「「「……んんっ?」」」」
「あわわわわ……」
思わず目を疑う。なんだこれは。これでは本当にパーティーグッズの類ではないか。
説明を求めるようにうろたえているウィズを見る。
「じ、実はこの魔道具、気が付いたら仕入れたものの中に混ざっていたものでして……説明書も紙切れ一枚しかなく……」
「はぁあ!? なんでそんなものを売ろうとしてるのよ!」
こればっかりはアクアに同意だ。なんでそんなものを店で取り扱おうと思ったんだ、このリッチーは。
まぁ、本当のことを言う必要もないし、濁しておくか。
「ゆんゆんです」
「えぇ!?」
「んなっ!?」
俺の言葉にゆんゆんは顔を赤らめ驚きの声をあげ、めぐみんがうろたえる。なんか騙してるみたいで悪いな。
『対象者の発言に虚偽があります。攻撃を開始します』
「「「「……んんっ?」」」」
「あ、あわわわわ……」
デストロイヤーが爆発するときにも聞こえた機械音声が淡々とそう告げて、空中に二つの魔法陣が展開される。
「まてまてまてまて! パーティーグッズなんだろ!? 攻撃してくるとかどういう了見だ!?」
「くっ、カズマ! 私の後ろに! アクアは支援魔法を頼む!」
「わ、わかったわ!」
「片方は私に任せてください! 『クリスタル・プリズン』!」
そう言ってウィズが片方の魔法陣目掛け、魔法を放ち、ダクネスが俺の前に出る。ウィズの魔法が直撃し、ほどなくして残った魔法陣から火の玉……中級魔法の『ファイアーボール』が放たれた。アクアが支援魔法をかけ、ダクネスが真っ向から受け止める。
「……くっ、だめだ! そんなに温度が高くなくて気持ちよくないぞ、カズマ!」
「一瞬でも感謝した俺に謝れ! あぁ、くそっ、顔と身体だけはダクネスが一番タイプです!」
『指示の完了を確認。次をどうぞ』
俺の発言に返してくれたのはそんな無機質な機械音声だけだった。
なんの罰ゲームだ、これは。
「……私の、顔と身体が……タイプなのだな……!」
「頼むから恍惚とした表情をしないでくれ」
はぁはぁと息を荒げるダクネス。なんでこれで好感度が上がるんだよ。根っからのドMだな、ほんと。
「か、カズマさん……」
「ぐっ、仕方ねぇだろ! 俺も男だぞ! 仲間とはいえ、そういう目で見るなってほうが酷だろう!?」
「うわっ、開き直りましたよ、この男! まぁ、……べつに私は、手を出してくれてもいいのですが」
「めぐみん!? わ、私はまだそういうの早いっていうか、まずはお友達からっていうか!」
「あ、いや……」
「カズマさんったら、見事に童貞拗らせてるわね」
「ど、童貞ちゃうわ!」
前の世界ではちゃんとこなしてるから! 童貞じゃないから!
しかしどうしたことか、めぐみんはとにかく、ゆんゆんの好感度がそんなに下がってない感じがある。日々の積み上げって大事なんだな。
「……ウィズ? なんでちょっと距離とってるんだい?」
「うえっ!? い、いやぁ……あはは……そ、そうだ! サイコロ、降っちゃいましょう!?」
何かをごまかすようにウィズがサイコロを放り投げる。出目は五。
なんか慌ててるな。なんでだろう。あれ? なんか、視界が……
「私でよければいつでも付き合うぞ。今度、静かに飲もう、カズマ」
「急に優しくするなよ! ありがとう!」
このすば!
『所持金没収』
「なんでぇ!? あ、あぁーーーーーーーーーっ! 久しぶりの私の固形物のお食事代が!」
「……これ、友達同士で遊んで仲良くなれるのかなぁ」
「明確に好意を寄せあっている者同士以外では、関係が悪化すること請け合いでしょうね」
ウィズが出した指示はまさかの所持金没収。どこ行くんだ、その金。
というか容赦がなさすぎる。これに至っては回避する術ないし。
「ぷーくすくす! アンデッド風情がざまぁないわね! 見てなさい、ウィズ。この女神の力を見せてあげる!」
「なぁ、カズマ。もうすでに嫌な予感しかしないのだが」
「奇遇だな、ダクネス。俺もだ」
四つん這いで落ち込んでいるウィズを笑いながら、アクアがサイコロを放り投げる。出目は二。
あとはあれだ、マスに指示が書いているわけじゃないから意図的に避けるとかもできないのがキツイ。指示がわかれば、『ウインドブレス』とかで出目を変えることができるのに。
『所持品没収』
「なんでよぉ!? あ、だ、ダメ! それは絶対にダメ! みんなで飲もうと温めてた秘蔵の高級シュワシュワなのよぉ! 返してよぉ!」
どこに隠し持っていたのか、アクアの懐から高級シュワシュワが天へと昇っていく。なんだ、この絵面。
「う、うぇええええええ! かずまぁ、かずましゃんんんんん! わだ、わだじのシュワシュワがぁ!」
「あーよしよし、気持ちだけでもうれしいよ」
泣きついてくるアクアの頭をなでながら慰める。前だったら一人で飲もうとしてたのにな。こういったところがどこかうれしく思う。同時に、前も今も同じように泣きついてくるのだろうなと思うのはなぜだろうか。
「……つぎ、ゆんゆんが投げてください」
「えぇ!? め、めぐみんが先にどうぞ?」
「いやいや。友達に先に譲るのは当然じゃないですか」
「と、友達……! わかったわ!」
「ふっ、今日も勝ち!」
相変わらずのちょろいゆんゆん。めぐみんも勝ち誇ってるが、次お前だからな。
「い、行きます!」
意気込んでゆんゆんがサイコロを放り投げる。出目は一。
さっきから全然進まないな。
『誕生日おめでとう! 私!』
『チェックメイト! ……甘いわね、こっちに逃げるわ!』
『ご、ご飯でも行かない? もちろん私のおごりよ! と、友達だもん!』
『もう……悪魔が友達でもいいかな……』
「い、いやぁあああああああああああああ!」
「あっ……」
「これは……」
空にゆんゆんのぼっちエピソードの数々が投射される。
一人誕生日、一人チェスのようなこの世界のボードゲーム、食事をおごるためのバイト、悪魔召喚未遂などなど……やばい、泣けてきた。
「見ないで! 見ないでぇえええええええ!」
「ゆんゆん。次の誕生日はみんなで祝おうぜ」
「このボードゲームなら私も心得がある。相手をしてくれないか?」
「食事が今更何ですか。毎日爆裂散歩で外で食べてるじゃないですか」
「そうよ、ゆんゆん。もうあなたはぼっちじゃないわ! 私たちがいるのだもの!」
「み、みんな……!」
目に一杯の涙をためながら、ゆんゆんが俺たちを見る。
「昔は色々あったかもしれないが、アクアの言う通り、今は俺たちがいるだろ?」
「か、カズマさん……! あ、ありがとうございましゅう!」
「うおっ!? ちょ、ちょっと、ゆんゆん! 今は! 今は父性全開にはなれないから! ありがとうございます!」
ゆんゆんが感極まったのか俺に抱き着いてくる。色々と柔らかいものが体に当たる。
「えぇい、カズマから離れるのです!」
「な、なにするのよ、めぐみん! さぁ、次はめぐみんが投げる番よ!」
「うぐっ……か、カズマ……?」
「一人だけ逃げるなんて許さないぞ?」
「うわっ、すごい笑顔……」
アクアが若干引いている気がするが、めぐみんに笑顔でサイコロを手渡す。
「……そぉい!」
めぐみんがあきらめたように息を吐くと、全力で投擲する。大きな放物線を描いたサイコロの出目は六。
「見ましたか! カズマ! 六ですよ! これでゲームも終わりに近づいて――」
『魔力吸収』
「あぁーーーーーーーーーっ! 魔力がぁーーーーーーーーっ! まだ、まだ今日は爆裂魔法を撃っていないのに! ぐへっ……お、おぶってください、カズマ」
わずか数秒で魔力を吸いつくされたのか、その場でめぐみんが倒れる。
こちらを無力化しようと思えばいつでもできるってことか。
「……最後は私だな。しかし、今までのを見ている限り、私の望む辱めは期待できそうにない」
「今、なんて言った」
「しかし騎士たるもの、逃げはしない! どのようなことが起きようとも、私の心は折れはしない! さぁ、やれるものならやってみろ! いや、やってみせろ!」
「あいつ無敵か?」
「ダクネスはいつも平常運転ですね」
そう意気込み、ダクネスがサイコロを投げる。出目は四。
それはそうと、背負っているめぐみんがいつもよりも体を押し付けてきている気がする。自意識過剰だろうか。
『デバフ付与:痛覚無効、効果時間七十二時間』
「……ぐはっ!?」
空に現れた文字を見て、ダクネスはショックで気を失った。
「まぁ、たしかにダクネスには一番効くな、これ」
「み、みっかも……痛みを感じることが……?」
「おい、大丈夫かよ」
「もう、だめだ、カズマ。いま、受け身もとらずに倒れたのに、まるで何も感じないのだ……」
ダクネスは目からハイライトを消して消え入るようにそう言った。そんなにショックだったのか。
これ、もしかしなくても、当人が嫌だなと思うことを優先的に出してないか?
そして俺は、こういったことが大好きな奴を知っている。
「アクア、『セイクリッド・ブレイクスペル』使ってくれ」
「え? でも何が起こるかわからないわよ? ましてや魔道具なのだし……」
「信じてくれ」
ただ一言、俺はアクアに伝える。最初は不安そうだったアクアは軽くため息をつき、ほほ笑んだ。
「仕方ないわね。任されたわ! 『セイクリッド・ブレイクスペル』!」
アクアの魔法により、この空間が割れるように崩壊し、周りの景色がいつものウィズのお店のものに戻る。
そしてその中央には、よく見知った仮面の男が立っていた。
「フハハハハハハハ! 流石に指示でのヒントを出しすぎたかな? 諸君らの悪感情。実に美味であった!」
「ば、バニルさん!?」
「あーーーーーーーーーーっ! あんた、クソ悪魔!」
見通す悪魔ことバニルが、まるで最初からそこにいたように気さくにそう言ってくる。その額にはⅢの文字。
「久しぶり、でいいのか?」
「ふっ、愚問だな。忌々しい神どもにできて、地獄の公爵である吾輩にできない道理はない。このとおり、バニルさんMark.3である」
額を指さしキメポーズをとるバニル。懐かしくも感じるが、とりあえずいつもの言っとくか。
「なめんなっ!」
ようやくバニルを出せた……