この素晴らしい二度目の世界を生き抜く 作:ちゅんちゅん
「予約していたサトウです。あ、これ、チケットです」
「お待ちしておりました。当店四階のVIPフロアのご予約ですね」
幾多の問題を乗り越え、俺たちはアルカンレティアの宿泊施設までやってきた。受付で事前に連絡していた自分の名前を伝えて券を渡すと、受付のボーイが丁寧に対応してくれる。
結構豪華なデザインのタダ券だとは思っていたが、普段は使われていないフロア丸ごとの貸し出しとはお義父さんも粋な計らいをしてくれるものだ。
「受付横の専用階段をご使用ください。失礼ですが、お連れ様は……その、大丈夫でしょうか?」
ボーイが心配そうに俺の後ろのみんなに視線を向ける。
「石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤……」
「ふふふ……めぐみん……そんなに連呼しても全身に染み付いた匂いは消えないわよ……ふふふ……」
紅魔の二人は全身びちゃびちゃの洗浄剤まみれとなっており、
「もうやだぁ……帰るぅ……」
水の女神様は全身ボロボロのびちゃびちゃで泣いており、
「ほぇぇえー……」
リッチーは半透明になって今にも消えそうで、
「いやはや、着くなりこの仕打ち……この街は素晴らしいな、カズマ!」
変態は興奮していた。
「いや、ダメかもしれないですね」
「えぇ!?」
わかってはいたが、この旅行、前途が多難すぎる。
このすば!
「ほとんどなかったが、みんなの荷物は寝室へ運んだぞ。さぁ、カズマ。私たちは外を回ることにしよう!」
「するか」
五階ロビーの椅子に座り休んでいると、荷物を運び終わったダクネスが向かいの椅子に腰を下ろし、鼻息荒くそんなことを提案してくる。こんな中出ていこうとするのはこいつくらいだろう。
「思い返せば、出発してすぐの走り鷹鳶の件からずっと問題続きだ」
「あぁ、あのぶつかりそうでぶつからない焦らしプレイ……興奮したな!」
「まったく隠せてはいなかったが、もう隠す気もゼロだな、お前」
「カズマは、そのままの私を受け入れてくれるからな」
「お、おう……」
少しほほを赤らめながらしっかりと俺の目を見て言い放つダクネスにこっちが照れてしまう。疲労はたまりにたまっているし、みんなもいる。まったくそんな雰囲気ではないのに俺とダクネスとの間の距離が自然と縮んでいき……
「なーにをいい雰囲気になりかけてるんですか!」
間にめぐみんが降ってきた。
「まったくもって二人のツボが理解できません。あれですか、バカップルですか。周りが見えないんですか。そんなカズマはこうです! 一緒に洗剤まみれになるがいい!」
「ちょっ、やめっ! てか、いい雰囲気とか別になってないし。なぁ?」
「そうだぞ、めぐみん。カズマ相手には雰囲気など気にしてたら何も発展できないから押しの一手が重要だ」
「ダクネスさん!?」
びちゃびちゃのまま、めぐみんと取っ組み合いながらダクネスに同意を求めたがまさかの返しが来た。俺、そんな風に思われてたのか。いや、ヘタレなのは否定出ないけどさ。
「まぁ、そんなことより、問題なのはアクアではないですか?」
「それなー……てか、なんで俺の膝に座る」
べちゃべちゃのまま俺の膝の上にめぐみんが座り、アクアのことを口にする。
べちゃべちゃな服がお互いの体温でやんわりあったまっており、何とも言えない感覚がある。というか膝に伝わる女の子特有の柔らかさに内心気が気でない。
「高価そうな家具ですし、べちゃべちゃにするのはしのびないじゃないですか。半面、カズマはすでにべちゃべちゃなのでいいかな、と」
「こう、見せつけられるのも、それはそれで……いいな!」
「ツッコまないからな」
「つっ、ツッコむ!?」
「何度目ですか、そのやり取り?」
あきれ気味にめぐみんがいう。その様子を見るからにここから降りる気はないらしい。
「んっ、んんっ! 話は戻すが、しばらくアクアはそっとしておくしかないのではないか?」
「そうだな……夜のアンデット騒ぎで気落ちしていたところへの、アクシズ教徒からのまさかの粛清。全身洗剤まみれの上に教徒の証の経典まで没収されてたからな。無理もない」
「アクセルでの悪評が、ここまで届いているとは思いませんでした。やっていることは全く悪くないのですが」
めぐみんの言葉を最後に場が静まり返る。頭によみがえるのは思い返すのも憚られる仕打ちの数々と泣き叫ぶアクアの顔。
教祖が教徒に粛清されて経典取り上げられるって悲惨すぎないか?
「いつまでもべちゃべちゃでは風邪をひいてしまいます。温泉に行きましょう」
「そうしたほうがいい。ゆんゆんは私が呼んでこよう。アクアは……そってしておいてやろう」
いまはこのやるせない思いを何でもいいからごまかしたい気分だった。その思いは二人も一緒のようで、俺に続いて、足早に温泉へ行く用意をする。
専用の階段を下りつつ、部屋に置いてあった館内案内を確認する。
「温泉は一階か。地味に階段の上り下りがしんどいな」
「ここは混浴もあるらしいですよ、カズマさん」
「へぇー……、まぁ、わざわざ入る奴なんて下心丸出しの男ぐらいだろうな」
「カズマがそれ言いますか?」
「どういう意味だロリっ娘」
「誰がロリだ! 誰が!」
「二人とも、あんまり騒ぐと周りの迷惑だぞ」
四人で温泉へと向かう途中、めぐみんと戯れるが、ダクネスにたしなめられてしまう。こういう時は常識人なんだよな、ダクネスって。浴衣も似合ってるし……浴衣? こんなところにも日本人の残したものが……
「か、カズマ。そんなに見つめられては……照れるぞ」
「あ、悪い……」
「ん……」
なんとも言えない空気が流れる。結婚しているわけだし、ひょっとしたらそういうことも……
「あーあー、私たちは蚊帳の外ですよ、ゆんゆん」
「う、うえっ!? 私に振るの!?」
「そんなつもりはないのだが……」
「あ、あぁ! 温泉はこっちみたいだぞ!」
めぐみんの声で我に返り、慌てて視線を前へ向けると、『温泉はこの先』という看板が目に入ったので、ごまかすように大きめの声を上げ指さす。
「はぁ……このもやもやはお湯につかって癒すことにしましょうか」
「あ、俺はいったん受付に部屋の鍵を預けてくるわ。万が一盗難にでもあったら面倒だしな」
「それならばついでに私たちの部屋の鍵も頼む。ゆんゆん、めぐみん。私たちは先に温泉に入ろう」
「ふっ……先に高みで待っていますよ、カズマ」
「よろしくお願いしますね。カズマさん!」
いつものようにふざけているめぐみんをスルーして、みんなから鍵を預かり俺は受付を目指すのだった。
このすば!
「さて……」
鍵を受付に預け、温泉の入り口まで戻ってきた俺を待っていたのは、男湯、混浴、女湯の暖簾だった。
「これは非常に重要かつ難しい問題だ」
この温泉は仕切りでふさいでいるだけで温泉自体は一つだ。混浴に入れば、みんなのキャッキャウフフな話を盗み聞きできるかもゲフンゲフン。聞こえてきてしまうかもしれない。
「落ち着け、落ち着け、佐藤和真。ここの選択肢を間違えてはいけない。今まで積み上げてきたものがここの選択一つで崩れ去ってしまうぞ。俺は断じて下心丸出しの男ではない。紳士だ。そう、紳士なんだ、佐藤和真。ここは紳士としてとるべき行動など一つに決まっている。何を迷う必要がある。目の前の正解をつかみ取るだけだ。簡単なことじゃないか。とはいえ冷えるな。すぐにでも温泉に入りたい。最短距離で温泉に入りたい。そう最短距離で温泉に入ってから考えることにしよう」
心は決まった。俺はとにかく最短距離で温泉に入りたいんだ。そう、最短距離で。
俺は迷うことなくまっすぐに進み、混浴の暖簾をくぐった。まったく、これっぽっちも、やましい気持ちはない。当然だ。俺は最短距離で温泉につかって温まりたいだけなんだから。
その勢いのまま脱衣所へと駆け込み……
「か、カズマ……」
「だから言ったでしょう、ダクネス。この男は絶対に混浴に入ってくると」
「か、カズマしゃん! お、お背中流させてください!」
流れるように無言で三人に土下座をしたのだった。