雪原に寝転ぶひかりの頭上で戦うウィッチ。相手の動きに合わせて常に一定の距離を保ちながら相手の死角を突こうとするその動きは502の誰とも航空学校の先生たちとも違う独特な飛び方だった。
しかし、対する相手のネウロイも次第にそれに対応しはじめている。ネウロイにとって致命傷にならない程度の深さの傷しか負っていない。その上、傷を負う場所も手足の末端など余り問題にならないような部位ばかりのようで、暫くすればそれも再生しきってしまう。ある程度の余裕をもったまま立ち回れている証拠だ。
いくらあのウィッチでもこのまま長引けばまずいかもしれない。ひかりはそう思った。何か状況を打開できる一手はないかとあたりを見回す。足の紫電改は調子が悪く浮かび上がるのがやっとだろう、戦闘機動など望むべくもない。銃は喪失、ユニット無しの状態では空中を飛び回る相手に扶桑刀で挑むのは無謀。なら、相手をこっちの領域に引きずり込む、そう考えたひかりはユニットを脱ぎ、背後の茂みに突っ込む。自らが突っ込んだ跡のある雪を簡単に均してカモフラージュとし、必要最低限の物として刀だけを持って森に駆け込む。
陰から、鼻より上だけを出すようにして空を確認すると、戦いの様子に変化はないように見えた。ウィッチは手に持った扶桑刀での攻撃に切り替えており、銃は背中に回している。どうやら弾切れか弾詰まりでも起こしたらしい。
よく、漫画の表現として戦いの様子を踊っているかのようだ、などと表現することがあるが空の様子は正にその通りだとひかりは思った。互いの攻撃に合わせて回るように体を滑らせ、次の己の攻撃につなげる。途切れることなく続けられる一連の動きは容易には成しえない物だろう。
ひかりは刀を鞘から少しだけ抜き出した。そのままじっと戦いの様子を観察する。一人と一体の戦いはとても高度なものだがひかりの"眼"ならば見切ることは可能だ。格闘戦の中、ネウロイがこちらに背を向け、ウィッチがこちらに正面を向ける瞬間、その瞬間にのみ刀身に日光を反射させる。ウィッチがこちらに気が付くように願いながら。
ひかりの見つめる先、斬った撃ったの戦いの中で突然ウィッチが突然大振りの一撃を放った。予備動作のあったそれは、黒いネウロイからすれば避けられないはずもない一撃。案の定、後ろに下がるだけでネウロイはそれを躱してしまったが、ウィッチは止まることなくそのままぐるりと半回転し背を向ける。よく見ればほんの少しずつ回転しながらネウロイへ向き直ろうとしている。
戦いの中で、突然相手が背をむけたことに対して、ヒトはどう反応するだろうか。あっけにとられるか警戒して動きを止めるか、距離をとるか。もしくは何もさせまいと打って出るか。
人型ネウロイは打って出た。果たして何か考えがあったのか、ネウロイ相手には無駄な考えかもしれないがとにかく打って出た。その時点でネウロイはウィッチの誘いに乗せられていた。打って出たのだ、つまり前進した。ここまで延々至近距離でやりあってきたその感覚のままに、再び距離を詰めにかかったのだ。その結果、その動きを読んでいたウィッチの動きが急加速。そのままの勢いで距離を詰め、振りぬかれた刃はネウロイの向けた銃身事その右腕を二つに裂いた。互いに仕留め損ねた。ウィッチはそれを見て即座に勢いのまま降下することを選ぶ。
腕を斬られたネウロイは再生よりもウィッチを追うことを優先、ウィッチの後を追ってネウロイも加速する。
ひかりは抜身の刀を手にじっと息をひそめて待つ。"絶"でその気配を絶ち耳を澄ませる。ひかりの隠れる木の裏は他の場所よりも木々の間隔が若干広く、ウィッチ程度の大きさでなら地表近い高さでも飛べる。
空中のウィッチが降下し始めたのを見た時点でひかりはその身を隠したが、間をおかずしてエンジン音が近づいて来たのを感じる。地面には目印として不自然にならない程度に枝が向きをそろえておいてある。根元から分かれた枝を矢印代わりに置いたのだ。ネウロイに矢印が理解できるかはわからないが、高速で森の中に突っ込んでしまえばもう後戻りはきかない。
ひかりにとって零式の栄魔道エンジンの音は訓練時代から慣れ親しんできた。目で見ずに感覚で編隊を組んだりもしたのだ、音でどれだけの距離かを掴むことくらいは容易い。
ひかりの潜む木の裏をウィッチが通り過ぎた。その瞬間にひかりは"絶"を"円"に切り替え、ネウロイの位置を掴みにかかる。
予想外だったのはネウロイが思っていた以上に降下で速度をつけていたことだった。"円"に引っかかったと同時にコアを狙って刀を振り抜く。しかしその刀身は相手のコアのある胴を捉えることはかなわず、その右足を斬り飛ばしたに過ぎなかった。
「―――ッ!!」
耳障りな、金属がすれるような悲鳴を出したネウロイ。ウィッチの姿を模していることから片足とはいえ切り落とせたならバランスを崩す、とひかりは予想したが、もともと物理法則が通用するのかもわからない相手。バランスを崩すことなくそのまま急角度で上昇した。
「逃げる気!?」
反撃するそぶりも見せず、即座に撤退の意思を見せたネウロイにひかりは思わず叫ぶ。
何も出来ないひかりの目の前をネウロイは上昇していく。
そのまま木々の高さを超えたその瞬間、
「てやぁぁぁ!」
突然横合いからウィッチが斬りかかる。
過ぎ去った後、木々のてっぺんそのギリギリに潜んでいたのだ。狙いは一度切りつけ、今なお再生中の右腕。結果、半ばから切り落とせはすれど、相手は腕を犠牲に胴体までは刃をとどかせなかった。腕を落とされたネウロイはなお、こちらに目もくれず東へ向けて飛び去った。
「あっちゃー、逃がしちゃったかぁ」
そう言って降りてきたウィッチ。扶桑海軍の飛行服に白マフラー、扶桑刀を装備した彼女はひかりに目を向けた。
「や!大丈夫だった?」
「はい!助けていただきありがとうございます」
「いいよいいよ偶然通りがかっただけだし」
そう言って彼女は手をひらひらと振るが、ひかりは通りがかった、という言葉がひかりは気になった。
「通りがかった、ってもしかしてフレイヤ作戦に参加するつもりだったんですか?」
「そうそう!じゅんじゅん、って友達がねー?デカい作戦があるって言うからさ、参加したらうまい物食わせてもらえるかなーって」
ひかりはそれを聞いて内心ヨシッ!っと言っていた。以前、ムルマンに任務で行った際にうまく行ったら儲けもの程度に考えて校長にお願いしたこと。まさかほぼドンピシャりのタイミングで来てくれるとは思わなかったが。
扶桑海軍の遣欧艦隊はブリタニアを中心に世界のあちこちに戦力を派遣している。その中でも名のあるウィッチと言えば両手の指の数ほどいるが、その中でも特筆すべき二人。"零戦虎徹"と"リバウの魔王"と呼ばれた二人だが、どちらも師である北郷校長とその弟子経由で連絡が取れるのではないかと思ったのだ。
「ん?でも君もこんなところ飛んでたってことはもしかして?」
「はい、ペテルブルグ502部隊の一人として参加するつもりでした。あと、私は海軍337航空隊特設欧州支隊雁淵ひかり軍曹です」
「そっか!アタシ西沢!よろしく碇」
「ひかりです!」
ひかりと西沢のふたりはペテルブルグへ戻ることにした。ひかりが見たラドガ湖東岸に浸透していたネウロイ、なにより二人の交戦した人型ネウロイのことがあるからだ。加えて、気になることもあった。切り落とした黒い人型の右足、確認しに行ったそこにはひかりにとって見覚えのあるストライカーが落ちていたからだ。
「ネウロイがストライカーを履いていた…ねぇ。知ってる人の?」
「同じ部隊のクルピンスキーさんの機体です。ほら、ここにエンブレムが」
「おお、ほんとだ。あの、そのクルピンスキーさんていうのは…」
「生きてますよ!?もしかしたら、洋上に落ちたときに投棄した奴かも」
ブレイクウィッチーズは装備の一部を損傷・紛失・破壊することを繰り返していたがストライカーそのものを紛失することはまずない。もともと撤退戦を経験した三人は戦地で動けなくなれば死に直結すること、ストライカーは他のどの装備よりも替えが利かないことを知っている。
それ以前に502部隊には専属のストライカー回収班が存在し、スオムスから腕っこきの陸戦ウィッチを隊長がその悪名高い手腕で引き抜いて編成している。
よってストライカーそのものを紛失した事例、まして新型のK型メルスを丸々紛失した機会などあの洋上護衛の時だけだ。
「おお、なんだ生きてたのか…。じゃぁ、あっちは誰のなんだ?」
「あっち?」
触れるべきではない話題だったかと心配していた西沢がふと思った疑問を投げかけるもひかりには何のことだかわからなかった。
「あー、そう言えば見てなかったのかな?ほら、銀色の方もいたじゃん?アタシが墜としたけど」
「あ゛っ」
ぶっちゃけひかりは忘れていた。
西沢が先導し、銀色が落ちたであろう辺りを捜してみる。上から見ると枝がバキバキに折れている場所があり、木々の間に引っかかっていたそれは。
「私の紫電改です……」
「えぇ、ネウロイに自分のストライカー使われてたの?」
「そうみたいです…」
「わぁ……」
ペテルブルグへの帰路。ペテルブルグの空域に入る前に管制塔へ連絡を入れようとする。紫電改は飛ぶのがやっとといったところなため回収したK型と紫電改は西沢さんが持っている。
「あれ、繋がらない」
「ありゃ、壊しちゃった?アタシ無線機は置いてきちゃったからさぁ」
ひかりの無線機からはノイズが流れるばかりで声が返ってこない。
西沢は一度ペテルブルグに寄ってから向かっていたらしく、そこで自分の荷物を置いてから来たらしい。普段はラバか何かに乗って欧州のあちこちをふらついているらしく、通常の野戦無線機をそれに積んでいる使っているそうだ。ラバか何かというのは自分でもよくわかってないらしい。
「しょーがないしこのままいくしかないさ」
「いきなり撃たれたりしませんかね」
「あー、慎重にいこっか」
ペテルブルグまであと少しといったところまで来た所で西沢が気づいた。
「なぁ、あれ……」
「対空砲が、上がってる…!?」
ペテルブルグの南側から東側にかけての方面で対空砲火が上がっているのが見えた。高射砲弾が時限信管で弾ける黒煙や曳光弾の帯が伸びては空中で消える。よく耳を澄ませば大口径の野砲特有の響きも聞こえる。さらに南側では航空隊に寄る空戦も行われているらしく、それは東側も同じらしい。
「何が!?」
「敵が来てるってことでしょ!石狩はこれもって先に降りな!私は飛んでる奴だけでも切ってくる!」
そう言って西沢は例のストライカーをひかりに押し付けると、東側の航空戦に参加しに行った。
ストライカー自体が不調なこともあってひかりは素直に指示に従い、ペテロパブロフスク要塞へ戻った。
調子の悪いストライカーでふらつきながら滑走路へと強引に降り立ち、そのまま格納庫の中へ飛び込むと中では整備員たちが慌ただしく走り回っていた。
「使えるストライカーは何かありますか!」
「雁淵軍曹!?」
声を張り上げるひかりを見た整備兵が叫ぶ。格納庫内の整備兵たちの眼が一斉にひかりを向き、その顔に喜色の笑みが浮かぶ。が、すぐにどこかの整備班長に怒鳴られて仕事に戻った。
「軍曹!」
周囲の整備班から代表してひかりに話しかけていたのは扶桑から来た整備班の班長で特務大尉の人だった。
502の整備班は扶桑・カールスラント・オラーシャの3カ国から来ている。そのうちカールスラントは自国のウィッチに加えてニパのを、オラーシャの整備班はジョゼのストライカーを見ていて、規模もそれに応じた人数となっている。
「フレイヤ作戦に参加しに行ったんじゃなかったのか!?」
「道中でネウロイと遭遇して、や!それどころじゃない!戦況は?何が起きてるです?!」
そう問われた大尉も何から話せば良いか判らないようで、口をつぐむ。その間に周囲にいた整備班に使えるストライカーが無いかと武器を二挺持ってくるよう伝える。ストライカーについての返答は、紫電改は使える物が無いそうで管野とひかりの予備機はひかりが一晩を過ごす予定だった廃屋に運び込んでしまったらしい。ニパと伯爵の分も運び込んでしまったそうで、予備機を使わない下原の分は半ば梱包されたままですぐには使えないらしい。
ひかりは下原が以前使っていた零式を借りることにし、すぐにいじれる範囲でセッティングを変えさせる。
そこまで行ってようやく大尉が口を開く。
「我々ペテルブルグの者も現状を把握できているとは言いがたい……。確実なのはネウロイの攻撃を受けていることと、最初南側だけだったのが東側にも戦線が拡がりつつあるということだけだ。何処の部隊が交戦しているかとかまでは判らない」
「そんな、連絡はつかないのですか?」
「信じがたい事だが、電波が妨害されているらしい……。そのせいで前線との通信はおろか、電探や航空機の管制もままならないらしい」
「軍曹!零式、準備出来ました!九九式もとりあえず20mmを二挺用意しましたが何故2挺も?」
「途中でウィッチと遭遇してね、西沢さんって1度ここに寄っているはずなんだけど今一人で防空戦に参加してて。あぁ、そこにある予備の通信機とって!このまま出ます!発進促進装置の前開けて!」
矢次早にかけられるひかりの声に慌てて掃ける整備士達。ゲートが半ばまで開かれた段階で、ひかりは待ちきれずに発進。零式の翼面加重からくる上昇力を活かして滑走路の半分までも行かずに滑走から上昇にきりかえる。
ひとまずは西沢との合流を目指して東側へ飛ぶ。
東の空には西沢どころかネウロイすらも見えず、戦いは陸上でのみ行われていた。マジで一人で制圧したのか……?と戦きつつペテルブルグの外周に沿って飛ぶ。さっきの東側もそうだが、どうやら1度持ち直した後らしく所々崩壊した塹壕からオラーシャの陸軍が射撃しているのが見える。また、地上攻撃機もちらほら空に見えるあたり、西沢は本当に制圧してから南の方へと移ったらしい。
南へ向けて飛ぶと、地上で戦っている者たちの中に見覚えのある制服を見つける。
空色に染め上げられたそれをまとう者たちは足に陸戦型のストライカーを嵌めており、ひかりはそれがスオムス軍の陸戦ウィッチ、502に派遣されているユニット回収班であると悟る。咄嗟に無線の周波数を回収班との物に合わせてコールする。
《んん?誰だ?航空ウィッチとの回線だぞ》
「502、雁淵軍曹です!」
《おおー、新人。こうして話すのはサトゥルヌス以来か?いや、回収の時にはよく話すからそうでも無いか》
通信に出たのは回収部隊の隊長。ひかりはブレイクウィッチーズとよく飛ぶこともあって無線でのやりとりは何回かしたことがある。サトゥルヌス祭の時にも話していた。
「ユーティライネン大尉、扶桑の航空ウィッチを見てませんか?」
《ああ、扶桑かは知らんが航空ウィッチを見たとかいう報告は聞いたな。てっきり飲み過ぎた奴がのたまったんだろうと思ってたんだが本当だったのか》
無線からほらー、だから言ったじゃないっすかー!などという野次も聞こえてきたが大尉が黙らせていた。
《ああっと、今のが見たって言ってたのだ。そいつから聞きな》
《よ、軍曹!刀持ってマフラーしてた奴だろ?それなら24番砲陣地の先で飛んでんじゃ無いかな。森があってこっからじゃよく見えなくってさ》
「それです!ありがとうございます!」
《良いって事よ。それよか私らの頭の上頼むよー?》
「だーいじょうぶです!まーかせて!」
そう返事をしたひかりはすぐに進路を変える。
ひかりが西沢を見つけた時には彼女は10を超えるネウロイの中にいた。周囲にはオラーシャの戦闘機も見えるが、そうこうしている間にも黒煙を吐いて落ちていく機体がある。
そんな状況でも西沢は口元に笑みを携えながら周囲のネウロイを切っては捨てていた。あれなら大丈夫だろうと判断したひかりは西沢から少し離れたところを飛んでいる小型に狙いをつけ撃つ。発砲した時の音でひかりに気づいたらしく西沢が距離を詰める。
「おおー、今井。戻ってきたか。結構結構」
「ですからひかりだって……、やっそれより」
ひかりは背負っていた九九式を投げ渡し、制服のポッケに入れていた無線機を手渡す。
「いやー助かる。流石に小型にいちいち近づくのも大変でさ」
「そんなそぶり全然見せてなかった癖に……」
「あ、ばれた?わはは、まいっか!それよかいくぞ日巻、敵はたくさんいるぞ!」
また名前を間違えられたことにひかりが反応するよりも早く飛び出し、西沢は空戦の中に飛び込んでいく。
その日の空戦は6時間以上続き、燃料が尽きた方から基地に戻っては再出撃、を繰り返した。最後に二人が帰ってきた頃には日もとっぷり暮れ、辺りは真っ暗になっていた。滑走路の誘導灯の光を頼りに着陸する。格納庫へ戻れば整備士達からの喝采を浴びることになった。
「軍曹、飛曹長。よくやってくれた!」
特務大尉がそう言って水の入ったカップを二人に手渡す。二人並んでそれを飲み干しカップを返す。ユニットを発進促進装置に固定し降り立つとひかりのほうはふらつき膝をつく。対して西沢の方は余裕の表情で整備士と会話している。
二人の下にコートをまとった比較的年配の軍人が近づいてくる。
「両名ともご苦労だったな」
そう語りかけてきた彼の階級章は大佐だった。西沢が敬礼する横でひかりも何とか立ち上がり敬礼をする。苦笑した大佐が整備士に椅子を持ってこさせた。
二人が席に着いたのを見て大佐が話し始める。
「マルティン・プロホノウだ。ここの高射連隊を率いている。そして、今現在このペテルブルグに存在する全部隊の指揮もな」
全部隊、というところに驚いたひかり達が事情を聴くとなんともな事情であった。ペテルブルグの部隊は最前線の後方ということもあってフレイヤ作戦にいくらかの部隊が引き抜かれており、士官が減っていたこと。そしてペテルブルグ守備を担当するオラーシャ陸軍の将官級が今日の最初の襲撃で戦死していたこと。
「昔、ペテルブルグがまだネウロイの勢力圏にあったころにだ、解放したオラーシャの将軍が前線に自ら立って指揮したという戦場伝説があってな。それに肖ったのだろう」
という理由で死亡。また、塹壕にいる前線の佐官級も固辞したため最終的にお鉢が回ってきたらしい。
「君たちはどうやら詳しい状況を聞いていないようだからな。さて、なにから伝えるべきか……」
大佐が悩むそぶりを見せると代わりに西沢が口を開いた。
「包囲されてるんでしょう?上から見てたんですからわかりますって」
「むっ、そうか」
どうやら大佐が言いよどんでいたのはこのことらしかった。既にペテルブルグ北方側でもネウロイが確認され、ペテルブルグに駐留する万に近い部隊は完全に取り残された形になるらしい。これが春以降ならばフィンランド湾から脱出する手段もあったのだが2月の凍り付いた海をペテルブルグに残された船で脱出するのは不可能とのこと。
そんな絶望的な状況にあることを伝えることをためらったそうだ。
「まぁ、アタシは前にもこんなことあったから平気だけどさ罷は新米だろ?大丈夫か?」
「502じゃいろんなことがありました、だから今度もきっと何とかなると信じてますよ。あとひかりです。熊じゃ無いです」
二人の言葉を聞いた大佐は強いな、っとだけつぶやいて立ち上がった。
「現在502の大部分が出払っておりペテルブルグに残された航空ウィッチは君たち二人だけだ。何かと頼ることも増えるだろう。よろしく頼む」
「おっけーまかせて!」
「了解!」
格納庫で整備班とストライカーや装備についての相談をしていると、ゲートから陸戦ウィッチが6人入ってくる。カールスラント製Ⅲ号戦闘脚を履いた彼女らは日中みかけたストライカー回収班だ。
「ん?よお新人、ひかりだったか?」
「ユーティライネン大尉!」
煤で汚れてはいるものの怪我をした者たちはいないようでがやがやと騒がしい。
「アウロラでいい。お前らも大変だったな」
「アウロラ大尉たちだって今帰りじゃないですか」
「ああ、市内の部隊を巡ってきたんだ。電話が使えなくなって孤立しているとこもあってな」
曰く、市内の部隊の再配置の伝達と電話線の敷設に倉庫の物資運び出しと便利に使われていたらしい。
「昔を思い出す一日だった。問題はこれが後どれだけ続くかわからないってことだ」
「回収班の方は大丈夫なんですか?」
「私らは元からスオムスで戦ってたんだ。言ったろ?昔を思い出すって」
そう言うとアウロラはひかりから離れ、部隊の方へ行く。部隊の方では既に酒瓶をもって顔を赤くした者もいた。
「ま、長い戦いになるのは確かなんだ。ひかりも早いとこ寝ちまいな」
そう言って背を向けた彼女はまだ21でありながらひかりが今日に見たどの軍人よりも頼りがいのある大人のように見えた。
翌日、ひかりはサイレンで目を覚ました。薄暮の時間帯からネウロイが出たため空に上がったのだ。まだ完全には日が昇っていないというのにひかりも西沢も既に一度補給に戻らされる有様であり、ユニット回収班の面々も出撃したまま二人と顔を合わせていない。
南側の戦いに1度ある程度のケリがついたころ、地上部隊を経由して管制塔から次の目標についての指示が二人に下される。
「えっ?西ですか?」
≪スオムス湾上空から接近する機影がおよそ10機。2機先行している模様です≫
「急がなきゃまずいかもな。菱刈よ続けい」
「いい加減覚えてくれません!?」
ペテルブルグを襲う敵はこれまで南から来て、徐々に北へと浸透していった。結果包囲されたのだが西側から敵が来たのは初めてだった。氷に覆われた海上は人類にとってもネウロイにとっても危険だったからだ。
ペテルブルグからフィンランド湾に入ってすぐに、空に黒点がぽつりぽつりと見え始める。ところが、
「なーんか変な動きしてんね。あれ」
「もしかしなくても戦ってますかね。あれ」
ほとんど一つに重なり合った点を他の点が追っかけ回しさらには光線まで放っている始末。だが、避ける方には一発も当たっていない。
「おおー、すっご。何であれ避けれんの?後ろに目でもついてんのかな、あのウィッチ」
「やっぱりウィッチですよねあれ。しかも見覚えある動きなんですけど」
「え、なに。知り合い?」
ウィッチを追いかけまわす集団の内、一番手近にいた2機を二人が同時に墜とす。それによってできた包囲の穴に目ざとく気付いたウィッチが抜けてくる。ひかりと西沢は追われていたウィッチを先に行かせ、追ってくるネウロイを墜として回る。西沢が最後の一機を墜としたところでウィッチを見れば、片方に背負われて一つになっていた二人のウィッチ。
「こんなところでなにしてるんですかエイラさん」
「よー、ひかり。元気にしてたか?」
そこにいたのはサトゥルヌス祭にスオムスから支援物資を届けに来て以来のエイラ、サーニャの二人だった。
どちらも大荷物を背負っており、エイラの方に至っては自分が履いているものに加え両脇にストライカーらしきものを抱えている始末。サーニャがエイラにしがみつき、予知の固有魔法でここまで来たのだろう。
「ペテルブルグが包囲されたって聞いて、居ても立ってもいられなくなっちゃって」
「んで、一晩で詰め込めるだけ詰め込んで夜間哨戒にかこつけて来たってわけダ!」
そう言ってエイラは指を立てるが脇に抱えているのもあって大変そうだ。
「おー、無茶するねぇ」
西沢が茶化すように言うとエイラが答える。
「だってよー。502はフレイヤ作戦でいないんだろ?でも私らスオムス軍は戦略予備ってんで出られないし。それどころかフレイヤ作戦の司令部とも連絡が取れないとかでもうどこもてんやわんやデ」
「フレイヤ作戦司令部の方も繋がんないんですか?」
ひかりが聞くと今度はサーニャが答える。
「ええ。無線が通じないからって連絡機も出したらしいんだけど帰ってこないらしくて。そっちにはカウハバの507が向かうそうだから私たちはペテルブルグにってエイラが」
「ま、ねーちゃんもいるし大丈夫かなとは思ったんだけど航空ウィッチがいないなと思ってサ。そういやなんでひかりはここにいるんダ?作戦は?」
その質問にひかりの肩が跳ねる。ひかり502残留作戦はあまり表に出せない。その上目の前の二人はスオムスに滞在してる身でカウハバともつながりがあるかもしれない。何より完全な部外者も横にいる。
「本当は参加の予定だったんですけど……」
「道中でピンチになっててさー。墜ちかけたのをアタシが助けたのさ」
「そういや誰ダ?」
エイラが問いかけると、西沢はお決まりのポーズをとって口上を述べる。ひかりは話がそれてほっと一息。
「ふふん。人呼んでさすらいのウィッチ!西沢義子とはアタシのことさ!」
「さすらいのウィッチ~?」
胡散臭いようなものを見るような目でエイラが見るが、対するサーニャの方はその目を少し見開いている。
「もしかして、リバウの魔王?」
「そうともいう!」
「ノリは軽いですけど本物ですよ?腕の良さはさっき見た通り」
「サーニャ知ってるのか?」
初めて知りましたと言わんばかりの態度にサーニャが驚く。
「欧州の初戦で活躍した人よ?エイラ。わかりやすく言うなら坂本少佐の戦友の方でもう一人と併せてリバウの三羽烏とも呼ばれた人なの」
「いやぁー、アタシってば最強?みたいな?」
ホントかー?などと言って疑うエイラにどう説明したものかとひかりが頭を捻っていたところに無線が入る。また、別の戦線にネウロイが出たことにより迎撃するよう命令が来たのだ。
「んじゃー、私らは先にペテロパブロフスク要塞の方に降りてから行くから。じゃーなー」
「またね、ひかりちゃん」
そういってスオムス組と扶桑組は別れ、それぞれの目的地へ向かう。
航空ウィッチが2組になったことから、ペテルブルグの制空権は局所的になら優勢を作れるようになり、地上攻撃機が使えるようになった事もあってペテルブルグの防衛線はなんとかギリギリのところで維持できていた。
その日の夜、格納庫に戻ってきたひかりたちは同じく戻ってきていたユニット回収班と出会った。
「イッル!」
「ねーちゃん!」
姉妹の感動の再開。周囲で作業していた整備班も思わず一瞬手を止めてしまうが他の陸戦ウィッチは囃し立てる。二人はそれを意に介さない。
「なんでここにいる?」
「ねーちゃん達がいるところが襲われてるって聞いてさ。しかも航空ウィッチがいないって話だったから」
「まったく、よくできた妹だよお前は」
そんな姉妹の会話を横目にひかりと西沢、サーニャの三人は各国整備班の班長を集めた会議を行っていた。
議題はストライカーユニットについて。
ペテルブルグ脱出の目処は立たないまま、出撃を繰り返している現状。補給も見込めないまま、今のペースで出撃を続けた場合、いずれ何かしらの問題が生じる事だろう。状況の打開がいつになるか判らない為、今のうちから出来る対策をしておこうという会議だ。
話の主題は扶桑組から。基地に残されたストライカーのうち扶桑組が使えるのは西沢の零戦21型とひかりの紫電改。そこに下原の使っていた21型と孝美の予備機の紫電改。そして扶桑からひかりが持ち込んだまま忘れ去られていた零式練戦が一機。ひかりと管野の零式はムルマンスクで紫電改を受け取ったときに扶桑へ送り返されてしまった上、予備機は例の小屋に運び込まれてしまった。
「私が紫電改を、西沢さんが零式を使うのがいいんですかね?」
「我々整備班としては西沢飛曹長にも紫電改に乗ってもらいたいんですがね」
「えー、アタシは零式がいいんだけど」
機種の転換自体はそう難しいことでは無い。現場判断でストライカーを乗り換えるウィッチもいるし、その中には他国のストライカーに乗り換えた者もいる。しかし、長く同じストライカーで戦ってきたものの中にはそれにこだわるものもまた多い。
「紫電改には余裕があるんですよ。使用者が4人もいるだけあって部品も豊富な上、梱包されていた下原少尉と雁淵中尉の予備機も出して来たんで、完品のユニットだけで3機もある」
整備班としては使うユニットはなるべく統一したいのだろう。
「しょーがないかぁ。でもなぁ、速いのは確かに魅力的なんだけど斬り合うってなるとやっぱり零戦なのよ。ピカリもそう思うでしょ?」
「そう…なんですかね?」
名前を間違えられることについてはもう諦めたひかり。言われたことについては特に実感は無かった。
「んん、自覚ないの?ほら、例の銀と黒にいいように振り回されてた時のこと思い出してみ?」
そう言われて思い返す。ひかりの脳裏に思い浮かんだのは必死に切ろうと動くこちらの内を常に飛ぶ忌々しい黒。
「あれってさ要するに零式とか九六式とかでやるような動きを紫電改でやろうとするもんだからうまくいかなくてふらふらだったわけだよ。全部そのせいって訳じゃ無いけどね?なんて言うかなー。機体にあった動きじゃ無かったんだ」
ひかりの剣術は2人の人物の動きが基になっている。映画から写しとった物と直接師事した物。前者は九七式を履いていて後者は現役時代は九五や九六式だ。
直系といえる一式や零式ならともかく紫電改はその性格が余りに違う。旧式機の機動性ありきの剣術そのままではちぐはぐなのだ。
「だからさ、ひかりも剣つかうなら零式のほうが良いんじゃない?少なくともあの太刀筋なら」
「……」
思っても無い指摘にひかりは口をつぐむ。
扶桑組の会話が途切れたところで話は他の2国の整備に移る。
「MIGもbf-109も、どちらもうちで使ってるユニットですから部品も整備も問題ないでしょう」
「えぇ、ただ問題は…」
そう言ってカールスラント勢の整備班長が目を向けた先にあるのは見慣れないユニット。ユーティライネン少尉が小脇に抱えて持ち込んだそれを。
「あー、リトヴャク中尉?」
「それは、エイラがあった方が良いだろうって持ってきたもので……。その場にあったのを持ってきたからてっきり24戦隊の機体だと…」
24戦隊はエイラの古巣。スオムスにいる間、エイラとサーニャはそこでお世話になっていたのだ。
「スオムスの機体ってことは輸入品か?見た目は殆どbf-109だが?」
「ぱっと見そう思ったんだがよく見たら一部が木製なんだよ……。全体で見ればこれはメルスじゃあない」
カールスラント整備班長の結論にじゃあなんなんだこいつ……、という目が注がれる。わからない物はバラすに限ると分解してみれば。
「エンジンはカールスラント純正のDB605エンジンですね」
「なんかピカピカの機体に対して年季入ってんな……中古か?」
「そもそもこれ旧式の、K型じゃなくてG型のエンジンじゃ……」
さらに訳のわからないことに。
ああでもないこうでもないと話し合われていた。やがて、その輪の中にいつの間にか混ざっていたユーティライネン少尉の一言に視線が集中する。
「そういや、なんか国産で作った機体がどうとかって話ラウラから聞いたナ」
スオムス=輸入品と考えていた整備班の間に微妙な空気が漂った。
「で?結局こいつはどうすんだ?」
「貴重なユニットに変わりは無いので……予備機、ですかな」
結論、正体の怪しいユニットも含め概ねのユニットや装備の纏めが出された。
燃料を抜きに部品交換のみで考えれば現状のストックで戦えるのは二ヶ月に満たない。二ヶ月後にはウィッチによるエアカバーには期待出来なくなる。
また、その事を伝えられた。ペテルブルグ防衛軍の臨時指揮官たちは別の見方もしていた。その頃には気温も上がりだしネウロイにとってより動きやすくなるだろうということを。
二ヶ月、それがペテルブルグに残された将兵達にとってのタイムリミットであると言うことを。
ユナフロ君半年持たなさそうとか言われてて悲しい。軌跡の輪舞のころはまだ面白かったんだけど。
あと、アニメ本編の影響もあってかウィッチーズの二次が増えてて嬉しい。もっとふえろふえろ……。