地図作り直すのすごく大変だった...もうフリー素材の切り貼りはしたくない。
朝霧の中を進んできた十七米内火艇が埠頭に横付けされる。
水兵が架けた板をキャビンから出てきたウィッチ達が渡っていく。
「皆さんどうかご武運を」
「ああ、ありがとう」
送り出しを担当した士官の言葉にラルが礼を返す。本来ならば上陸の予定がない日なのだが、彼女たちを送り出すためだけに艇を出してくれたのだ。
ウィッチ達が全員陸に上がったのを確認した士官の一人が号令をかける。それに従い、着いた時の逆回しのように板が片づけられ、手早く撤収の用意が整えられていく。警笛を鳴らした後、ゆっくりと岸を離れていく。
「いよいよ野戦地行かぁ」
「しばらくはお布団もシャワーもお預けだね」
離れていく内火艇を見てニパが溢した言葉にクルピンスキーが反応する。
これから彼女たち502と507は東カレリア地方は湖畔の町ペテロザヴォーツクへと向かう。ネウロイ大戦がはじまって以降、一度は完全にネウロイの占領下となった街であり残された設備は少ない。奪還後はそのまま前線が押し上げられたことから軍が展開することも駐屯することもなく荒れるがままにされていた。しかし、数か月前"冷気放出型ネウロイ"の影響で町全体が完全に凍り付いたことから少数の監視部隊が屯するようになっていた。しかし、その程度ではこの人数のウィッチ達がまっとうな生活ができるような状態ではないだろう。
加えて、彼女たちがその地に駐屯する期間は決まっていない。主な任務はペテルブルグに取り残された将兵や工員などの非戦闘員を脱出させること。そのためにラドガ湖上とその周囲の確保、ペテルブルグを取り囲むネウロイへの攻撃が求められる。しかし、東カレリアは現在もその南側でネウロイの侵攻軍と戦闘を続けておりそちらへの対応も求められる上、北東の白海からは"グリゴーリ"がペテルブルグを目指している。
場合によってはペテルブルグ奪還後も東カレリアの防衛とグリゴーリから湧き出るネウロイの対処に留め置かれるかもしれない。
「さて、これより我々は任地へと向かうわけだが……下原」
「はい?」
「その荷物は何だ」
さあ移動しようというところでラルが指摘したのは下原の両手や背中には大きな布でくるまれた荷物。内火艇から出るときに水兵が数人がかりで運び出してきたそれがそのまま下原の装備へとジョブチェンジしていた。
キャンパス地のそれはハンモックで包んであるのだろうか。引っ越しか、あるいは
フレイヤ作戦からそのままの状態で乗艦した彼女らは何も荷物を持っていなかったので、この荷物は雲龍で手に入れたものということになる。
「色々ですけど、大体は食料ですね」
そう言って下原は手に持った荷物を前に出す。包んだ布の結び目の隙間からは扶桑語の書かれた缶詰。漢字で内容の書かれたそれはラルには読めなかったが『牛肉の大和煮』と印字されていた。ほかにも色とりどりの缶詰や袋がのぞいている。
「雲龍の主計科からか?」
「からも貰いましたけど缶詰の方は色々なところからです」
機関、被服、航空…と指折り数えながら上げていく。缶詰などはそれぞれの部署で隠し持たれていた物や銀蠅されたものであり、主計科からは主計科しか持っていないであろう調味料なんかを貰い受けてきたらしい。
「どうやったんだ?ウィッチだからってこんなにくれるもんでもねぇだろ」
「ジョゼ用に持ってたこっちの缶詰とかと交換したのよ」
どこに隠し持っていたのか、管野には全く分からなかったが下原は取引材料にできるようなものを持っていたらしい。
突然出た自分の名前に驚くような顔をしたジョゼが続く言葉に絶望したような顔をしたが、明らかに隠し持っていただろう缶詰以上の量の食料を持っているのを見て気を落ち着けた。それでもどこか惜しそうにしているが。
「数個の缶詰で交換してもらえる量ではないのでは?」
サーシャが聞く。確かに、制服に入れて持てるような缶詰は精々数個だろう。こっちの缶詰は扶桑から来た将兵にとっては物珍しいものかもしれないが、それでも隠し持っていける量でこれほどの量と交換してくれるわけがない。それ以前に、欧州にいる以上補給も欧州の食材となるためこちらの缶詰が珍しいのは今の内でしかない。
疑問を向けられた下原が答える。
「あとは、写真撮影の時にちょっと
「おまけってなに?!」
「ちょっとお話しただけよ?普段の502の様子とか」
「下原さん?友軍とはいっても機密とかありますからね?割とアウトな情報もありますよ!?」
焦ったようなジョゼの言葉に、誤解だと言わんばかりに軽く手を振りながら弁解する下原。誤解が解かれる代わりに余罪がついたが。
基地の普段の様子程度ならいいのではと思うかもしれないがどこにまずい情報が隠れているかはわからないものだ。出撃のサイクルや消費される物資の量などから隠してる事実なんてものが出てくるかもしれない。
「下原、話したのは問題ないと判断した範囲なんだな?」
「えぇ、日常での皆さんの絡みですとか、後、前にデビーさんが撮ってた写真や記事の載った雑誌なんかの情報です。ちょっと話盛りましたけど」
「よし、なら問題ない。よくやった」
「し、下原が隊長みたいになっちまった」
「ウチでもまともな方にいたのに……」
「いやそれはどうだろう?」
サーシャの問い詰める声に割って入ったラルの質問に下原が答える。問題ないと判断したのか褒めるようなことを言ったが、周囲の隊員達は戦々恐々としていた。ロスマンが常識人が……と嘆く一方で、クルピンスキーはんん?といった顔をしていた。先生は自分が管野と共に下原被害者の会、小さくてかわいいと抱き着かれ、抵抗空しくなるまで可愛がられていたのを忘れているのだろうか?とか思っていた。また、微妙に話題についていけていない孝美は、管野の発言やその後の周囲の反応から自然と流されているけど隊長も貶されてない?とか考えていた。
周囲からその変化を嘆かれる下原だったが管野の方を向いてなにやら語りだしていた。
「良いですか管野さん。人は食べなきゃ戦えないんです。そして食べるものが美味しいほど力を発揮できるんです。ウィッチともなればより多くを食べなくてはいけません」
「お、おう。そうだな」
「そしてジョゼは人一倍食べるんです」
「ん!?まぁ固有魔法の特性的に仕方ねぇからな」
ジョゼの固有魔法は治癒。出力はそこまででもないが燃費が悪く、使用後は強い空腹感に襲われる。
「いえ、使って無い時でも食べます」
「おい!?」
ジョゼの趣味は掃除と味見と称したつまみ食い。小皿くらいの量は普通に味見として言い張る、やせの大食いである。
「これからの戦地、毎日頑張るジョゼには少しでもおいしいものを食べさせてあげたいんです!だからこれは必要なことだったんです!仕方がなかったんです!」
「定ちゃん…!そんなに私のことを……!」
「おま、あれいいこと言ってる風だけど直前にお前、食い意地張ってる扱いされてるからな?」
「向こうの隊員さんすごいね」
「私たちも見習うべきなのかもしれないな。これまではずっとカウハバの基地にいたから、少なくとも食事の心配はしなくてもよかったが……。今から行くのは最前線だ」
「まぁ、ご飯の味は正直変わんないような気もするけどね」
502の喧噪を傍から見ていた507の面々。国土のほとんどが森林と湖に覆われたスオムスでは補給の滞る冬場ともなれば支給される食事は侘しい。味気ない麦粥にはもう慣れたというものも多い。
「扶桑海軍はどこか癖があるのがスタンダードな士官だったりするんでしょうか。もう一人はブレイクウィッチーズですしうちのもアレですし……」
「風評被害です!それに、雁淵大尉はまっとうです!」
会う士官がどれも色物なことに言葉をこぼしたヴェスナに三隅が反応する。なお、ヴェスナにとって管野・下原は昨年の作戦時に、迫水はヴェスナが507のに来てからの付き合いであるためその性格も知るところがある。が、雁淵は司令部の会議室で一言二言言葉を交わしただけであるため、実は少し疑っていたりする。
「む……、そうですね。偶然出会った士官がそうだったというだけでしょう。……ところでミヤ?その後ろ手に抱えた荷物は何です?」
「え!あの、その……。下原少尉がちょっと協力してくれませんかって、それで……」
下原の大荷物が目立って気にする者がいなかったが、内火艇から降ろされた荷物の一部は三隅の元へと渡り今もその腕に抱えられていた。ヴェスナの問う声に507からの視線が集まる中、三隅が広げたキャンパス地の中には缶詰。
「ここを逃したらもう扶桑の味はしばらく味わえない、ちょっと写真と部隊についてお話しするだけだからって、だから……」
「……あぁ」
「わぁぁしっかり、傷は浅いぞヴェスナ!」
自分が面倒を見ている子がちょっと目を離した隙に道を踏み外していたことに気が遠くなるヴェスナ。思わずよろけたところをブロイに支えられるが立ち上がる気力も沸かない。クッタリと脱力した姿をみてわたわたしながらつたない弁明をする三隅。
ウィンドとリーはそれを見ているだけだった。
「うーん、こっちも負けず劣らずかもしれないな」
「これは、張り合うようなものなのですか……?」
「どこ行ってたんですかぁー!」
移動のための所定の手続きが終わっていることを確認した一同が自分たちのストライカーユニットのある倉庫へと向かったところ、そこで待ち受けていたのは輝く第二種軍装にタヌキの耳尻尾。部隊員たちに撒かれ、一人所在が分からなくなっていた迫水ハルカ中尉だった。
曰く、三航戦内の艦艇に一晩の滞在の約束を取り付けてきた後、港に戻ってみれば誰もいなかったと。探そうにも時間はなく、かといって士官として約束した以上それをたがえることも出来ないと一人でその艦に泊まってきたのだそうだ。
「お風呂楽しみにしてたのにぃー!」
その艦は巡洋艦だったらしく、ウィッチなど乗り組んでいるはずもなく出会う相手すべてがムサいおっさんだらけの夜を過ごしたらしい。
とはいえ、置いていった側としても言い分はあるわけで。日ごろから被害にあっている以上、それ以上のことがあるとなれば当然それ相応の対処をするというもの。507も502も同情的なウィッチはいなかった。誰だってやけどはしたくないのだ。着任時からもてあそばれてきた隊員たちは成長し、後輩を守るようになり、隊長は元から受け流せる力を身に着けていた。
「全機異常はないな?」
「はい。あと、管制塔から現地の天気は
迫水の抗議を受け流し、両部隊ともストライカーのチェックを終える。倉庫から出て502、507の順で滑走路に侵入する。一応はオラーシャ領なためオラーシャに展開する502が先導する形だ。
ウィッチ達は全員が最低限の装備や荷物を身につけてはいるものの、その大きさはせいぜいが背嚢くらいの大きさだ。山のような物資を持っていた下原も背負うのは抱えられるくらいの大きさの物のみ。大きな荷物や食料などの消耗品はトラックや鉄道といった陸路で送られる。そのほかにもストライカーを運用するうえで替えが利かない整備士等も、スオムスから来た507付きの部隊や企業やら周辺部隊から引き抜かれた人材やらで構成された整備中隊やその他の支援部隊として送られている。
「総員、行くぞ! ――502部隊、発進!」
「さぁ出撃だ、行くよ!――507、発進!」
オラーシャの凍空に伸びる15本の軌跡。世界で初めて、二つの統合戦闘航空団が一つになって戦いへと望む、その証左であった。
「ひっ、ぷし」
「どーしたひかり。風邪か?リベリオンので良ければウィスキーがあるが」
「原液はちょっと……」
「そうか?」
ペテロパブロフスク要塞に建設された格納庫の中。ひかりとアウロラは何をするでもなく、時折一言二言言葉を交わすというのを繰り返していた。周囲では整備の人間がストライカーや機銃、どこから持ち込まれたのかわからない装置なんかをいじる音が響いている。
今朝からペテルブルグには少し時期を外れた猛吹雪が到来している。本来なら12月あたりに吹くような強さで、2月も後半に入ったあたりには珍しい天気だった。
この猛吹雪はネウロイの動きすらも鈍らせた。水を苦手とするネウロイ。大雨となれば完全に動きを止めることから戦場ではしばしば戦況を変える要因ともなり、この猛吹雪は十分に苦手な範疇に入るらしかった。当然人類側の動きも鈍る。ペテルブルグ外周の防御陣地の人間は寒さに耐え切れず市内の建物へと避難し、ウィッチ達も身動きが取れずにいる。ありていに言えば暇なのだ。
「そういや相方はどうした?」
「西沢さんですか?レーションが受け付けなかったみたいで寝込んでます。おなか弱いんですって」
さすらいのウィッチを自称し、動物に乗って欧州の戦線をふらついている割に西沢はおなかが弱い。食材の鮮度には気を使わないとすぐ痛むのだそうだ。そんな状態でよく回れてたなとひかりは思ったが現地調達の食材の方が鮮度はいいのかもしれないと思いなおした。水は大丈夫なのだろうか。
「なに?そういう時こそウォッカだ。酒が消毒してくれる」
「酒飲みの理屈だぁ。西沢さんがお酒飲んでるイメージないしなぁ」
「なに、飲めばわかるさ。どのみちこんな状態じゃ飲むくらいしかやることが無い。まぁ、こんな状態だから体調を崩していられるともいうが」
この吹雪が振りだすまで、空陸問わずウィッチは出撃詰めだった。数十分、時には数分のスパンで空へ上がることもあり、対空対地と大わらわだったのだ。毎日限界ギリギリまで魔力を絞りつくして眠り、警報で起きてまた出撃する。夜間の警戒も受け持つサーニャは消耗が激しく、体力の問題もあって共に飛んでいるエイラよりも状態は悪かったため、昼の活動は抑えられた。結果的に自然と昼夜専従の区別がつけられることとなり、昼組夜組は昼組にとっての夕食夜組にっては朝食の時間のみとなっていた。そのため、この吹雪で夜間組が早々に切り上げて戻り、休みについたことから今日の夜は久しぶりに余裕をもって会話する機会になることだろう。
「しかしレーションで当たるのか。ここにそれ以上に上等な食い物なんざ残ってはいないだろうな」
食堂の日持ちしない食材は早々に使い切られ、今は残された物資の中から大丈夫なもので食いつないでいる。
「吹雪が止んだ後にどうするかだな」
「……そうですね」
また、元の激戦の日々に戻ったときに西沢が動けないのは不味い。この状況で一人抜ければもう持たないだろう。一人では戦局を維持できず、かといって夜戦組から引き抜くわけにもいかない。
ひかりにできることがあるとするならば西沢にいろんな意味で
「……この吹雪の間にどこまでやれるかな。アウロラさん、ちょっと西沢さんの様子見てきますね」
「ん?あぁ、そうだな。
ひかりが西沢を見つけた時、西沢は食堂でお茶をもらっていた。スオムスの女性部隊である
ひかりが入ってきたのを見て西沢の方から声をかけてくる。
「よぉー、ひかの字。お前も飲むか?」
「もらいます。あと、ひかりです」
相変わらず、真面目な時以外まともに名前を呼べない癖は直っていない。ひかりが戸棚からカップを取り出すと西沢がそれにお茶を注ぐ。緑茶でも紅茶でもないあたり、下原が作った謎の葉茶だろうとひかりはあたりをつける。
カップの半分ほどを飲んだぐらいで、今度はひかりから口を開く。
「西沢さん、お腹が弱いのどうにかできるかもって言ったら信じます?」
いきなりそう切り出された西沢は驚きからか口に含んでいた分をカップに吹き戻してしまう。その時に鼻にも入ったのかすこしえづく。
「あ゛ー、それホント?薬とか按摩じゃダメそうだったんだけども。薬って言っても正緒丸だけどさ」
「あぁ、正露丸モドキ……。いえ、そうじゃなくて魔力で直接内臓を強化するって方法なんです」
「魔力で内臓を?ひかぴの固有魔法とか?ああでも魔眼だっけひかるの固有魔法って」
この世界の魔力の運用体系は基本術式か物に魔力を込めるといったものに限られる。他の世界に見られるような体に纏っての強化や魔力そのものの形で扱うような技術は確立されていない。あるいは存在したのかもしれないが古代ウィッチの技法は現代まで続いているものが限られ、あるいは秘伝として隠匿されているのかもしれない。
「訓練で身に着けるん技術ですよ。502で戦力強化にってみんなでやってたんですけど、私はもうばっちり使いこなしてるので教えられますよ!」
「まー、することもないしやってみるか!」
教えられるどころか502に持ち込んだのはひかりなのだが。
ひかりは食堂から自分の部屋へと場所を移さないかと提案し、西沢もそれに頷く。部屋にはひかりの持ち込んだこたつがおかれており、おおっ、という声と共に西沢がこたつへと滑り込む。ひかりもそれに続く。
念について、ひかりは手始めに念が魔力を操作する技術であることやこれからそれを扱うために必要なこと、その際に注意しなくてはいけないことなどについてを西沢へと伝えた。強引に精孔を開くがすぐに"纏"を、魔力を纏うように意識しなくては魔力切れで倒れてしまうことを伝えた後、覚悟はいいかと聞くといつでも、と返される。
いざ、実践とばかりにひかりが己の魔力で西沢の精孔をこじ開ける。
「はぁーなるほど。これが魔力か、目で見えるなんて坂本みてぇだ。あいつが魔力も見えるのか知らんけど」
眼球の精孔までもが開かれたことにより西沢は自らの魔力を視認できるようになる。
ひかりは魔力の放出をとどめられるようになるまでに西沢ならそこまで苦戦することなく数十分で負えるだろうと思っていた。しかし、西沢の魔力は精孔が開かれた瞬間こそ溢れるように大きく噴き出したが直後に体表から吹き出す量が抑えられた。
精孔を開いた直後はうまく魔力を抑えきれずそのまま消耗でぶっ倒れるか、辛うじて一回で成功しても全身汗まみれになるのが普通なのだ。西沢はそれをほんの一瞬で成功させてしまった。かと思えばその上、
「で、これで内臓を強化すんだっけ。えーと、こう?」
「これ、体の外に出してんの無駄じゃない?押さえた方が節約できそう」
西沢は"纏"をすっ飛ばして感覚で"凝"と"絶"までを身に着けてしまったのだ。
本来、精孔を強引に開く方法で念を覚え始めた場合、最初は体から吹き出す魔力を体に纏わせて消費を抑える"纏"を覚える。しかし、西沢は魔力を体表に留めるという過程をすっとばしてそのまま内臓の強化に魔力を振ったのだ。あげく体表から漏れ出る分は不要と考え閉じ切ってしまった。"凝"と"絶"の合わせ技、内臓を魔力で覆っていることも考慮すれば"纏"も使っていると考えると内臓に対して"硬"を行っているようなものだ。"練"が抜けてはいるがそれでも体表の魔力をすべてつぎ込んでいることに変わりはない。
502のメンバーに教えた時の経験からウィッチとしての才能のある者、とりわけ感覚的に戦う面を持つ者は念の覚えが早いのではないかと考えていたひかりも唖然とする結果だった。
なお、502内では四大行でも応用でも感覚的なクルピンスキーか魔力操作の練度からロスマンの習得が早かった。それ以外の習得の速さは団栗の背比べ、ただしラルのみが何時の間にかサラッと出来るようになっていてタイミングがよくわからず、管野とニパは互いに煽り合い切磋琢磨する関係であった。それでも、開いた直後に何事もなかったかのように"纏"をした者はいない。
「これで腹壊さなくなんの?」
「そ、そうですね。ちょぉぉっと待ってくださいね?」
吹雪のこともあり数日かけて"纏"を習得、"練"を覚え始めるくらいを想定していたひかりには完全に予想外の出来事となった。内臓、というか体機能の強化だけなら"纏"だけでも問題ないとひかりは考えていた。そのため、吹雪が止むまでに"纏"を修めてもらい、その間に他の四大行や応用、引いては"発"についてを知ってもらうことでペテルブルグが危機を脱した後も念の修行を続けてもらい、あわよくば502に引き留めてしまおうと考えていた。
「えぇっとそう、ですね。あのう西沢さん、西沢さんは念についてはしっかり修める気ってありますか?」
西沢の習得に繋がる動機は弱かったお腹をどうにかできないかというもの。苦戦することなく"纏"を覚えてしまったためその動機がすでに失われてしまい、これ以上覚える必要はないと判断してしまうかもしれない。"纏"を覚えるまでの工程で魔力の操作がどういった物かを実感してもらい、念の魅力も苦労も知ってもらった上で習得したいと自分から言わせる計画がパーになってしまっていた。
「んー、魔力を纏うのも集めるのもできちゃったじゃん?あと何ができんの?」
「いろいろ!いろいろできますから!刀自体を強化するとか!」
「あーそれはなんか聞いたことあるな。陸さんにそんな剣つかうのがいたような」
ひかりが西沢を引き留めるべくさらに言葉を重ねようとする。なお、ひかりは詳しくないのだが魔力を物に込めるのは扶桑のお家芸である。剣やら槍やら人によって物は様々だが、ある者は爪楊枝に魔力を込めて飛ばし壁に大穴を開けダーツボードを粉砕したりもする。
「あぁ、ここか」
突然、前触れもなくひかりの部屋のドアが開け放たれ、大きな音を立てる。驚いたひかりが目を向けるとそこには酒瓶を片手に掴んだアウロラ・E・ユーティライネンが立っていた。
「ア、アウロラさん!?」
「言ったろ早く戻れって。イッルとあのオラーシャの娘も呼んどいたぞ」
「???どういう?」
ひかりが聞くとアウロラはニッと笑って答える。
「502でなんかやってたのは元々知ってたんだよ。ちょうどいい、私らもこの機会に教えてもらおうじゃないか」
曰く、何時ごろからか502内でそれまでと様子が違うと思うことが多々あったそうでラルやニパに探りを入れてその反応から何かやっているということは掴んでいたらしい。具体的に何をやっているかは知らないがあのラルが部隊を上げてやらせようってんだから何かあるのだろうと考えていたそうな。ポーカーフェイスなラルはうまくごまかしたのだろうがニパの方はそうはいかなかったのだろう。
アウロラに手を引かれる形で格納庫へ連れていかれるひかり。西沢はニコニコ顔で面白そうなものを見る目でそれに着いてくる。格納庫に着くと、端に置かれた作業用の大机が空陸両方のウィッチ達によって占拠されているのが目に入る。アウロラ率いる陸戦ウィッチ隊の6人にエイラとサーニャ、そこに3人も加えて11人のウィッチが机を囲んでいた。格納庫の窓から差し込む日光は朱く染まり、時刻がすでに夕刻に入っていることがわかる。
「なんだよねーちゃん呼び出しっテ。せっかくネウロイが来ないんだからゆっくりさせてくれたっていいじゃないカ」
「そうだー!隊長は部下をいたわろうという精神が足りていなーい」
「大尉は部下をもっと大事にしろー、戦場で暇を見つけては妹さんの自慢話をしていることを妹さんに暴露するぞー」
「!?」
格納庫に入ったところでアウロラが口を開く前にその姿を見た隊員やエイラが勝手に騒ぎ出す。
「元気があるようでなによりだお前たち」
「ねーちゃん!?何を話したんダ?!」
「それはもういろいろだ。そのおかげでうちの隊の連中はすっかりお前のファンだ」
「あったこともない人間について詳しくなっていく自分が怖かった」
「あれは洗脳教育」
アウロラは会話に混ざりにいくがそのまま話が盛り上がってしまう。本題に移る気配が見えなかったのでひかりは会話の輪から外れていたサーニャの方へ寄る。
「アウロラさんに呼び出されたって言ってた?」
「うん。起きたところでアウロラさんの部下の人から格納庫に集まるようにって。でも、格納庫に着いてもアウロラさんがいなかったからエイラもむくれちゃって」
ここのとこ出撃詰めだったところをようやくゆっくりできるということで起きた直後は上機嫌だったのが呼び出された先で待たされたのもあって一気に急降下したらしい。
その後もひそひそ二人で話していると向こうの話がいったん切れたらしくその瞬間にアウロラさんが本題を思い出したらしい。ひかりは名前を呼ばれ、近くの席に戻る。
「そうだそうだ。本題はこっちの方だった」
「ひかりがどうしたんだ?」
「ひかりというか502に関係することなんだがな。こいつらがなんかこそこそやってたことを教えてもらおうと思ってな」
そう言った後、ほら、といってひかりの背を叩き話をするように促す。促されたひかりは立ち上がって話始める。
「え~と、502内でっていうとですね魔力の操作訓練が流行ってて。"念"っていう技法なんですけど」
そう言って話すのはどういう原理でなるものかと何ができるか。魔力を感覚的に感じ取れるように精孔を開けること、その魔力を制御することで自分自身を強化したり物を強化したりできるということ。
「なんかよくわかんないナ」
「なにか見てわかるようなものはないか?」
簡単な概要の説明が終わったところでユーティライネン姉妹から一言。要は何かデモンストレーションを見せろというもの。ひかりは502に教えた時にもやったようなと考え同じことをすることにした。
格納庫の端には物資が積まれている。そのなかからひかりは扶桑の弾薬包に使われている紙と何かの缶を見つける。缶は物資の箱の上に乗せて紙だけをもって机へと戻ってくる。
「えー、こちらにございますは種も仕掛けもござらんただの油紙にござい」
「なんだっテ?」
「エイラさん確認してくださいな」
囃子言葉のような物を言うが扶桑語なので西沢にしか通じていない。ごまかすようにエイラへと紙を押し付け何の変哲もないただの紙であると確認してもらう。ちなみに西沢には受けたのか顔を疼かせてくつくつと笑う声がした。
「んまぁただの紙ダナ。てゆーか抜き取るとこ見てたシ」
「様式美って奴ですよ。じゃ、見ててください」
紙は長いことそこに置かれていたのかしわくちゃでくたくたになっている。格好つけに人差し指と中指で挟んで持つと重力に負けて垂れさがる。顔と体は缶に向けたまま視線だけで机の方を見れば全員の視線が紙に集まっているのを確認する。視線を戻し紙に魔力を込める。魔力をどう纏わせるかを意識し実行に移す。途端に紙は起き上がり皺の一切見えないピンッと張った姿になる。
紙というよりはガラス板のようになったそれを見て驚く気配を横顔に感じながらそれを放る。腕の運動量に見合わない高速で紙が飛び、缶をすり抜けてその奥の壁に突き刺さる。刺さって一拍置いた後、突き刺さったままに紙が再び皺くちゃになりヘタる。それと同時に缶の端が弾けるように飛んでいき紙の軌道に沿って開かれた断面からは塗料がこぼれ出る。
「あっ」
気づいた時にはもう遅い。缶から流れ出た塗料は全体の1/3程度だったが濃い緑色の液体は缶がおかれていた木箱を緑に染め上げ滴り落ちる。
「何やってんですか軍曹!」
「ちゃうねん」
蟀谷に血管を浮かべた整備部隊の人間にひかりがドナドナされていくのを横目に見ながら、残された者たちは視線を見合わせる。
「で、どうだった。あれを見た感想は」
アウロラが切り出すと口々に感想を述べてくる。
「紙が缶を斬っちゃった」
「同じことをやれって言われてもまぁ無理ですね」
「正直曲芸の域かなって」
「曲芸ではないだろう。デモンストレーションとしてやったんだ。念とやらが使えりゃ誰でもできるってことだろうさ」
アウロラなりの見解を述べると、そのまま視線は西沢へとシフトする。ひかりが連れていかれた時、西沢は斬られた缶と斬った紙に駆け寄りそれを検分していた。
「どう思う。西沢」
「うーむ正直予想外だったかな。固有魔法とか専門に訓練していた連中ならともかくこういう芸当ができるようになるってのは」
腕を組みながら答える。魔法を物に込めるのはウィッチなら大なり小なりやっている事だ。それこそ武器や弾薬、ひいてはストライカーユニットだってそうだ。しかし、それらは術式としての補助があるか、なくても出来るように一部の訓練した熟練者だ。何の変哲もない紙きれに殺傷能力を持たせることなどできない。
「それと同じ事、
「ん、見たからな。
西沢にとって、念による魔力の操作がそこまで応用の効くものだということが予想外だっただけだ。蒙が開いた、というかそういうものだと理解した今ならやろうと思えば同じことができるだろう。いきなりそんな芸当ができると言い切れるのも彼女の才能故なのだが。
「西沢さーん。内臓強化を自分の手に使ってみてくださーい」
「雁淵軍曹!!もしや話聞いてないんですか!?」
離れたところからひかりの声が飛んでくる。整備班の間でも広まっているのか処罰として正座させられた状態でお叱りを受けているのだがその状態で声をかけてきた。
言われるままに西沢が腕を強化する。右腕に対して弱い"硬"。密度の高まった魔力によってほのかに光るのをみてウィッチ達からも驚くような声が上がる。
「そのまま机に手を当ててみてもらえますかー?」
「こうか?」
西沢が手を机の上に押し当てた瞬間、格納庫中に響き渡る音と共に大机が砕け木片が宙に舞う。
「えっ」
「西沢飛曹長!?」
大音響の炸裂音に格納庫中の眼が集まる。その大机は各国の整備班が共同で作業に使っている机なのだ。それがほぼ中央から砕け散り、足の周りの4つだけが残るのが整備士達の目に映る。
「あ、あんたもかぁぁ!!」
「ちょ、待て、ひかりが言ったの聞いてただろあんたも!」
ところが西沢の訴えは整備士には?という表情で返されてしまう。訳が分からないと否定を続けていると、西沢や他のウィッチの耳にもひかりの声が聞こえてくる。
「ふふ、魔力に指向性を持たせて音を載せるちょっとした小技です。念に習熟すればこう言ったことも出来るのです……!」
「アタシを巻き込む必要なかっただろ?!」
「貴様の魂も一緒に連れていく……」
「道連れかよ!?」
ひかりとおなじようにドナドナされていく西沢とそれを見送るウィッチ達。机が弾けた時、とっさに飛びのきシールドを張ったのは彼女たちが皆歴戦の戦士だからだろう。なお、エイラだけはいち早く机の周りから離れておりサーニャもつれていた。
「バルクホルン大尉と同じ固有魔法ってワケじゃないよナ……」
「多分そのはずだけど……」
彼女たちは501部隊の同僚にいた怪力の固有魔法を持った大尉を思い出していた。しかし、その大尉は普段から自らの肉体もアスリート並みに鍛えていたのに対し西沢にそのそぶりもなく戦闘でも怪力を見せるようなことはなかった。
確かに強力な力になるかもしれないが、それが自分たちの空戦に生かされる光景が想像できずにいた。
「アタシもまだまだ強くなれるってことか……。最後まであがいてみるのもいいかもしんないな!」
西沢は決意を新たに念に対してさらに向き合うことを決め、
「ふふ、なるほど。腕力を鍛えているわけでもない空戦ウィッチがこの力か……。欲しいな」
「えぇ。これはどちらかというと我々向きの力でしょう」
「決まりだな。整備兵!私の秘蔵のボトルを2,3本くれてやるからそいつらを寄越してくれ!」
アウロラ達陸戦ウィッチは念を自分たちに向いた強力な力だと判断し、それを取り込むことに決めた。強化された肉体は直接ネウロイを相手に戦うことができる彼女たち向きだろう。
まずは講師を哀れな整備士から取り返さねばなるまい。アウロラは部下を自室へと走らせ、その間に整備士達に話をつけることにした。
一行程度のプロット段階でならこの先6~8話程度できてるんだけどそれを文章に起こすのが難しい。
最近好きだった二次小説が復活してすごくうれしい。勝手にライバル視してたりする。