唐突に止んだ吹雪とそれに次いで現れたサーシャ達によってもたらされた、ペテルブルグ解放作戦の報は閉じ込められていた者達にとっては正に寝耳に水であった。そもそも吹雪を単純に自然現象だと思っていた事もあり、止むまでの間は安全だろうと考えてられていたのだ。それが唐突に破られ、あげく吹雪はネウロイによって意図的に発生させられた物であり自由に操作ができた等と聞かされた臨時司令部の混乱には目を覆う物があった。
とにもかくにもペテルブルグを囲んでいた包囲網には今現在も穴が開けられている最中であること、解放と同時に脱出を開始しなければ成らないということで街中の人間が撤退準備に追われていた。
「急げ!持ち出す物は最低限だ!」
「班長、この際ストライカーの部品も幾らか放棄せざるを得ないかと」
「やむを得んな……」
502基地でも慌ただしく撤退の用意が始められ、格納庫でも整備員が右へ左へと走り回っていた。燃料節約の観点から半ば放置されていたトラックもかき集められ小さいながらも換えの効かないストライカーのエンジンパーツなどから積み込まれていた。かさばる外装や持ち出しきれない弾薬等は焼却するだけの時間も惜しくそのままとなっている。
「また派手にやりましたね曹長」
「わざとじゃないんだって……」
慌ただしい喧騒の中でニパは破損した自身のストライカーを整備士に見せていた。管野を拾うのに無理をした結果飛行不能となったbf-109Kが整備台の上へとのせられている。傍目にも分かる動翼の喪失、様子を見ようと整備士がハッチを開けた瞬間に魔道エンジンからの異臭があたりに漂う。
「エンジンはもうそのまま新品に載せ換えるしかないでしょうが、翼回りと合わせてとなるとそんな時間はありませんね」
「作戦はまだ続くんだ!何とかならない!?」
「無茶ですって曹長」
ニパが何とか食い下がろうとするが整備士のほうも首を縦には振ろうとはしない。本来なら今整備士も引き上げの作業に追われているところをどうにか見てもらえないかと班長に拝みこむことで回してもらっている。この上でさらに人員を割いての修理というのは無理筋というもの。
「じゃあ、ワタシのを使えよ」
「えっ、イッル!?」
ストライカーを挟んでのやりとりを続けるニパと整備士の間に横から割って入ったのはエイラ。周囲のあわただしい様子など気にしていないかのように、ようニパ、等と言っている。サトゥルヌス祭以来数か月ぶりに再会した二人。とはいえ、ニパのほうもエイラがペテルブルグにきているらしいということは聞いていたのでそのことについて過剰に驚くことはなかった。驚いたのは別のことについて。
「イッルのストライカーを使ったらイッルが飛べないじゃんか!」
「ワタシは代わりのがあるから良いんだ。もう組み上がったんだろ、アレ?」
「あぁ、あれですか。出来てますよ」
エイラに話を振られた整備士が近くを通った別の整備士に声をかける。かけられた整備士と二人がかりで別の整備台にかけられた布を剥ぎ取る。その下から現れたのはは真新しい無塗装のストライカーだった。
「間借りしてた基地の格納庫から持ち出してきた奴だ。よくわからんけどメルスではないらしい」
「ホントだ、木でできてるところがある。なんか懐かしいな」
スオムスで使われていたユニットには古い物も多く一部が木製のストライカーもあった。24戦隊が一斉にbf-109へと機種変更してからは見かけることもなくなっていた為ニパには少し懐かしく感じられた。
エンジンの積み替えを含めた改装を施されたその機体、Pyörremyrskyをエイラが使うということでニパがエイラのもともと使っていたbf-109を使うということで話はまとまった。
「ガワは元々使ってたG-6のままだけどエンジンはニパ達の予備に積み替えてるからそこまで違いは感じないはずだ」
「分かった、使わせて貰うね!」
「一応愛着はあったんだからなるべく壊すなよ」
「き、気をつけるよ。……あー、そういえばさ。イッル達はどういう経緯でここに?」
「あー、ほら。サトゥルヌス祭の頃にも言ったじゃんか、カウハバ行きをバックれてヘルシンキの司令部に行ったって」
「あぁ……。うん、その選択は正しかったってここ一月で改めて認識したよ」
「?そうか。まぁ、そういう訳だからペテルブルグが包囲されたって話は即座に耳に入ったんだ」
気を付ける、と口では言いながらも内心壊れるような気がしてならないニパが話題を変える。
ヘルシンキとペテルブルグは共にスオムス湾に面しておりさして離れていない。情報のタイムラグが少ない上、ペテルブルグはオラーシャの要衝と言うこともありスオムスには元々そこを注視する部署がある。
「で、いても立ってもいられなくなった我が妹は姉の元へと駆けつけてくれたと言うわけだ」
「ちょっ、ネーチャン!!」
「あ!アウロラ、さん!」
また新たに会話に加わって行ったのはエイラの姉であるアウロラ。酒瓶を片手に握りしめてはいるものの顔が赤らんでいたりはしない。エイラは照れ隠しのように少し大きめの声でアウロラの発言を遮るかのように声を上げ、ニパもまたアウロラの名前を口にするが少し詰まる。
「姉の危機に勇んで駆けつける、そんな良い妹を二人も持てて私は幸せ者だな」
「ハァ?」
妹が二人、という言葉を聞いたエイラが怪訝な顔をする。
「二人ってどういうことだよ。っ、まさかニパのこと言ってんのか!?」
「イッルとはまた違った感じだが、"アウロラねーちゃん"と名前付きで読んでくるのが新鮮でな」
「おいどういうことだニパ!」
「いや、これはその……。ご、ごめんイッル!」
「あ!まて、逃げんな!」
「あの人たちはもう……!」
格納庫を走り回るエイラとニパ。それを眺めて楽しそうに酒瓶を呷るアウロラの姿を見て、整備班の引き上げ指揮を執っていたサーシャは額に手を当てため息をつく。
「サーシャさん!下原さんたちが戻ってくるそうなので次は私と西沢さんで上がります!あと、扶桑班の積み込み作業はまだしばらくかかりそうです。カールスラント組もまだまだトラックの前に山積みでした!」
「そう、やはり急に撤退だなんて言われても手早くいくわけないわね……」
基地からの運び出しを手伝っていたひかりからサーシャに中間報告がされる。魔法力による強化で小回りの利く重機と化すウィッチをもってしても、引き揚げ作業は滞りを見せていた。
また、現在も戦闘が行われている戦域への上空援護にもウィッチを上げており、そちらにも人手をとられてしまっている。今上がっているのはジョゼ・下原組に加え管野と孝美のペア。弾薬損耗により先のペアと入れ替わりでひかりと西沢が上がる。
問題は他にもある。度重なる戦闘で基地の銃弾・砲弾の備蓄はゴリゴリ消費され、余裕があるとは言えなくなっていた。
「どうしたものかしら……。いざとなったら、弾薬くらいなら……」
「大尉!至急通信室の方へお願いします!」
状況を好転させる要素も見いだせず、手詰まりとなった。それでも少しでも早く撤退を成功させなければと頭を回転させるサーシャ。そんなサーシャへと声をかけたのは伝令の兵。
「相手は誰です?私がこの場を離れるほどの相手ですか?」
「前線司令部からの状況確認ですが、ラル少佐からです!」
「!、ちょうどいい時に。すぐに行きます」
サーシャが到着したサーシャは敬礼もそこそこに通信士と入れ替わるようにして無線機の前の席へと座り、受話器を耳にする。
「こちらはペテロパブロフスク要塞、第502統合戦闘航空団です」
≪私だ。そちらの状況は?≫
「502部隊の撤退は円滑に進んでいるとはいいがたいですね。現場に混乱も見られます」
≪やはりか≫
通信を切り出せば向こう側で待っていたラルが即座に返してくる。時間が押しと言わんばかりにそのまま話に入る。
サーシャの現状を伝える言葉に通信先のラルも少し考え込むようなそぶりを見せる。自分の手持ちの情報をいかに伝えるのかを考えているのだろう。
≪撤退の進捗が芳しくないことは臨時司令部からの報でも伝わっている。作戦司令部では全装備を投棄しての着の身着のままでの脱出が指示された。それこそ欧州撤退の時のようにな≫
「っ、そうですか……」
かつてのカールスラントやガリア等の欧州各国がその土地を追いやられた時も、脱出した軍隊はその装備のほぼすべてを放棄していた。都合できた脱出船には兵士だけでなく取り残された多くの民間人も載せねばならず、その数はあまりに膨大だったためだ。今回も人数こそ比較にならないものの脱出経路が限られることもあって戦車や榴弾砲といった重量物を持ち出すことはできないだろう。
≪ペテルブルグの東側にいた部隊で接触の図れたものから強引に脱出させてはいるが整然としているとはいいがたい。時間もあまりないというのにな……≫
タイムリミットであるグリゴーリの到着まで猶予はなく、なのに撤退はうまく進んでいない。現場も後方も、誰もが焦りを感じ始めていた。
焦る、ということは問題が発生したということ。人は、問題が起きればそれを解決しようとする。
≪む。サーシャ、少し離れる≫
その言葉と共に無線が途切れる。それが再びつながるのにいくばくかの時間を要した。
≪……悪い知らせだ。502に脱出部隊の援護が命じられた≫
「?、それでしたら当初の作戦計画のままですが」
≪殿軍として最後に脱出しろとのことだ≫
「それは!」
殿軍。最後に脱出するということはその後ろをネウロイに追われながらの形で進まなければならないということ。戦いながら下がるという行為は非常な困難な物であり、ましてそれが空中でとなればベテランであっても容易に死ねることを意味する。
≪あの指揮官、思っていた以上に"ハズレ"だったらしい。ウィッチは無敵でもなければ替えも利かないということをわかっていない≫
「かといって無視して脱出すれば抗命罪……。やるしかないというわけですか」
≪"現場での判断は任せる"≫
「了解」
"現場での判断は任せる"
はっきりと言葉にしたわけではないものの、その意味は明白だ。つまり、状況によっては502部隊の戦力維持を優先しろという命令に他ならない。
ラルの言う通りウィッチは最も替えの利かない部隊だ。絶対数自体が少ない上、さらに空戦ともなれば飛べるようになるだけでも本来なら数週間を要し、戦いまでとなると年単位で仕込まねばならない。ぶっつけ本番で戦えるような者などそれこそ"神"に愛されているとしか言えない。そして502はその空戦ウィッチの中でもさらに一握りのエースのみを集めた部隊なのだ。今後の作戦においても中核として用いられるであろう、ここで損耗させるわけにはいかない存在なのだ。
ラルとの通信の終了後、司令部から正式に殿を命じる電報が基地へと届いた。それを踏まえ502に属する各部隊は撤退作業を縮小し、ウィッチの出撃の規模を拡大すべくその支援体制に入った。つまり、出撃のローテーションが早まるのにあわせ、機体の整備などに人員を割り振るのだ。撤退作業はさらに遅れることになる。
作戦開始から3日目。
初日のリフリゲーター討伐後、順次動ける部隊から撤退が行われてはいる。司令部からのなりふり構わない命令により半ば強引に撤退させられたことにより当初の予定に近しいだけの人間が市を離れた。その分、穴の開いた戦線にはウィッチ達が回り、何とか維持を試みてはいた。
リフリゲーターが消え、顔を出した太陽によって大地が照らされている。街を覆う氷もその多くが溶け、流れ出した水が海へと流れ込む。流れ込んだ雪解け水により凍り付いたスオムス湾にも海面が時折顔をのぞかせるようになっていた。
「点火ァ!」
ズズンと地面が揺れ、下部を吹き飛ばされて崩れた建物が大通りを物理的にふさぐ。ペテルブルグの守備隊も撤退していることから、市内にも徐々にネウロイが侵入し始めている。それをトラップやこういった物理的な方法で強引に押しとどめている。
スリュムヘイム・スレファ作戦に当たって、ペテルブルグで最初に放棄されたのが北側の戦区。さらに北にあるVKT線での攻勢もあり最も圧力が低かったことから移動に時間のかかる重装備の部隊から優先して下げられ、その穴を機動力と火力を持つウィッチ隊で埋めた。南側においても同様に開放軍のウィッチや戦闘機隊によって遅滞戦闘が行われている中で現地守備隊が撤退を行っていた。
「隊長!3番目標が不発、そこだけ瓦礫に穴が!」
「予定通り空爆要請!動かない的くらいになら当てられるだろ、多分」
市内唯一の陸戦ウィッチ部隊である502のストライカー回収班も通常戦力として駆り出され、あちこちで戦闘を行っていた。ほぼ人間大の大きさでありながらその火力と装甲は戦車以上という特徴を生かし、トラップを起動しては迅速に撤退する行為を繰り返すという戦い方だ。
「ニパさんひかりさん、準備はいいわね?」
「はい!」「大丈夫です!」
臨時の爆撃飛行隊を編成するのはロスマンを首機とした三人によるケッテ。かつてのヒスパニアにおける怪異との戦いでウィッチによるあらゆる戦術に参加したロスマンが若手二人を指導する形での編成である。
「投下!」
「カタヤイネン投下!」
「雁淵投下します!」
使用する機材が空戦用ストライカーであることから爆弾を抱えての急降下はできない。そのため離れたところからの緩降下で勢いをつけ、強化した腕力で爆弾を放る。なお、ウィッチ用の爆弾懸架装置もなければ航空爆弾もないので放るのは守備隊が置いていった152mm榴弾に遅延信管をねじ込んだ急ごしらえのものである。
「破壊確認!」
「よしよし十分だ。我々も引き上げるぞ!次のトラップの設置がある!」
臨時爆撃飛行隊の放った砲弾は建物の側面に突き刺さるように着弾。えぐるように吹き飛ばされたことで建物は自重に耐え切れなくなり通りへ向けて倒れこむ。
工兵隊の設置した爆薬に誘爆こそ起こさなかったものの任は果たせたためロスマンたちも帰投する。
「ユーティライネン大尉から任務完了の報告、ロスマン曹長からも同じく!」
「南側戦区の状況に更新無し。未だ空戦が続いている模様」
パブロフスク要塞では司令部として各地の戦況が報告され、必要に応じてウィッチを割り振る。現在指揮下にいるウィッチは502よりサーシャ、ロスマン、ジョゼ、下原、ニパ、菅野、孝美、ひかり。そして臨時で入っているエイラ、サーニャ、西沢で計11人と奇しくも統合戦闘航空団の定員を満たしていたりする。なお、最高階級はサーシャの大尉なので隊長格がいないことになるが
「大尉、正門で厄介事です」
「報告は正確に」
「失礼いたしました。避難民、とでも言いましょうか、保護を求めて来た者らがいます」
指揮所で戦況の把握に努めていたサーシャの元に伝令の兵が駆け寄ってくる。軽い口調だが、これでも本来なら伝令をやるには不相応な階級の将兵であったりする。
人手不足故に誰でもどんな仕事でも任させるのが今の502だ。
「避難民?軍属ではないのですか?」
「一応は軍属の者もいます。すぐ隣のヴァシリエフスキーやその対岸の工業区画にいた工員等です」
「なんで非戦闘員がまだ市内に!?」
ペテルブルグ西側、ペテロパブロフスク要塞のさらに西側。ネヴァ川河口辺りにはオラーシャでも有数の造船企業が2つもある。保護を求めて来た者達はそこで作業に従事する者達で、かなりの人数がいた。
「逃げ遅れた者や、最後まで仕事のあった者達のようです」
「……敷地内には入れて構いません。ただ、我々もいつ撤退を開始するかわからないためすぐに発てる状態を維持させてください」
「わかりました」
この状況で逃げ遅れてまでなさなくてはいけない仕事とはなんだろうか。万が一にでも他国に流出させられないような資料でもあったのだろうか。サーシャがそんなことを考えていると、またもや声をかけられた。
「た、大尉!」
「今度は何ですか!」
「東側戦区で異常発生!現地地上部隊との通信途絶!」
「なんですって!?」
「菅野さん!状況は!?」
「おう、ひかり」
爆撃を終えたロスマン率いる飛行隊はサーシャの命令により、通信の途絶した東側の確認に向かっていた。現地には既に菅野と孝美のペアも到着しており辺りを見回しているようだった。
「見ての通りだ……。小型が山ほど沸いて出てぼこぼこにやられたってとこか。撤退中だった部隊どころか、その護衛についていた奴らもう残っちゃいねぇ。俺達が付いたころにはもう飛び去った後ろ姿しか見えなかったぜ」
ラドガ湖の方へと続く道の中ほど。周囲を自然に囲まれた道の上は油と脂が燃える黒い煙によっておおわれ、その隙間からは赤い炎もみえる。路上は半ばで消し飛んだトラックや砲塔のみが転がる戦車、かつて人間だったナニかといったものから光線で蒸発してできたクレーターによって見るも無残な有様。道上のみならずその周囲にも撃墜された航空機の残骸が転がるその風景にひかりは言葉を無くす。
「これ、全部小型がやったの?」
「あぁ。それも、VKT線の方からじゃねぇ、もう少し東側から来た」
「待ちなさい菅野さん。航続距離の短い小型がそちらから来たってことは!」
ペテルブルグの北東側はラドガ湖の向こう側。つまり、先日まで管野達が守っていた東カレリア地方戦線の後ろ側だ。VKT線から来たのであればそのまま方向からくるだろう。他の戦線から流れてくるには遠すぎる。となれば答えは一つ。
「"グリゴーリ"がそんなに近づいて……!」
「小型の航続距離ギリギリってことはもうロイモラのあたりまで来てるはずだよね」
東カレリアの防衛線の後ろにいる唯一のネウロイ。ネウロイの"巣"、グリゴーリから発進したとしか考えられない。今回はまだ市内にまでその航続距離が届かなかった為撤退したようだが、それももはや時間の問題だろう。一刻も早くペテルブルグを離れなければならない、が。
「もう猶予は無いっていうのに、」
「道が……!」
唯一確保されていた脱出路はたった今残骸によって閉鎖されてしまった。
取り残された人間は数百人にも上る。それだけの人間を一斉に脱出させなければならないというのに車両が使えないのでは無事での脱出はほぼ不可能といえる。徒歩では市内から出ることすら怪しいだろう。その上、すでにグリゴーリからの攻撃圏内に入っている。他の道を開拓しようにも、未だ包囲は分厚く少なくとも502単独では突破出来るかどうか。市民を連れてでは之も不可能。
まさに八方ふさがりの状態であった。
「……ともかく。いったん基地へ戻りましょう」
「そう、ですね。ここに居てもできることはありません。手段を考えるのなら基地の人間も交えてのほうが良いでしょう」
管野達が言葉無くその場に留まる中、他より早く思考を切り替えたロスマンがここに居ても仕方がないと帰還を促す。孝美もそれに追従し、二人が身を翻したことで管野・ひかり・ニパもそれに続いた。
「ペテルブルグは再度包囲されてしまったと言うわけですな」
ペトロパブロフスク要塞にある施設の中で最も広いのは格納庫である。その格納庫の人口密度はこれまでになく高まっていた。
ウィッチの他に、臨時の最高司令官であるブロホノウ大佐や整備班からの人間も集まって机を囲み、地図を前にしていた。また、格納庫内には収容しきれなかった避難民の一部もいる。
「一番有力な脱出路は尤も危険と化した。此方の戦力では到底突破は不可能だろう」
話を切り出したのはブロホノウ大佐。
「一応、此方の戦力についても確認しても良いですかな?」
「502の空陸ウィッチに、元々ここを守ってた防空部隊や歩哨やらが一中隊といったところでしょうか」
「整備兵や収容した避難民に銃持たせたところでたかがしれているな」
状況の打開策たり得はしないだろう。ネウロイというのはどれもが兵器のような物であり、歩兵に相当する物がない。素人の持った小銃や機関銃では蟷螂の斧でしかない。
「救援を待つと言うのは?」
「グリゴーリかそれ以外か、どちらを攻撃するにしてもそれだけの戦力があるか……。あったとしても再編が必要でしょう」
整備班から来たカールスラント軍人の言葉に司令部要員が答える。
~作戦に参加している部隊は言ってしまえば敗走したような物。戦線が維持出来なくなった以上今度は取り返せるだけの戦力を集約する必要がある。当然、再編には時間がかかる。
「救援よりも私達が磨りつぶされる方が先、か」
「生き残るにはグリゴーリが来るより先に脱出するしか無い事に変わりは無いわけだ」
「結論、じゃあどうやって脱出するのか、って話に戻ってきちゃう訳ね」
机の上には地図と共に戦闘詳報の写しも並べられており、各戦区において最後に行われた戦闘と確認された敵戦力が記載されている。
「何処も万遍なく敵が囲んでいるわね」
「何処を攻めても相手の規模は同じってことだね」
ロスマンとニパの言うとおりどの位置からの詳報も敵の規模に関しては同等であり、言い換えれば包囲としては完璧ということでもある。
「北を抜けりゃあそのままVKT線に合流できんじゃねぇか?」
「確実にグリゴーリの勢力圏に入るから一長一短ですね」
「いや、それ以前に北への主要道路は陸戦型の足止めに瓦礫で塞いだばかりだ。それを除けないことには通れないぞ」
「そうでした……。自分達で逃げ道を潰してしまうだなんて」
管野が指を指し示したVKT線はペテルブルグ北方に位置する防衛線。現在の主防衛線でもあり、今回の作戦でも戦力の誘因のため攻勢に出てくれている。
が、市内を北へ抜けるための道はアウロラ達によってネウロイの北からの侵入を防ぐ為の破壊工作によって塞がれてしまっている。数百人が通り抜けれはしない。サーシャの言ったとおり自分達で逃げ道を塞いでしまっていた。
「どのみち南はない。抜けたところでネウロイの勢力圏だ」
「北か東か……」
会議は紛糾する。
東に抜ける派の主張は勝ち目のないグリゴーリと戦うのは避け、通常のネウロイを相手にするべきと言うもの。反対意見としてはグリゴーリを確実に避けられると言うほどの物ではないこと。何より抜けた先はラドガ湖であり、数百人を運べるだけの船がまだそこにいるかは分からないことがあげられる。
一方北に抜ける事を主張する者達は抜けた先は確実に味方の陣地であり、地続きであることをあげる。それに対する反論は先にも述べられたグリゴーリからの攻撃を避けられないという物。
どちらにも利と損があり、明確な意見を出すことは出来ない。強いて言うなら先行きの不透明具合の強い東側が劣勢であるがかといって北と決めきれるほどでもなかった。
「なぁあんた、ちょっと聞いてもいいか?」
互いの主張が平行線のまま言い争われる中、その輪の中から外れ、自分の考えを纏めようとしていたサーシャに声をかける者がいた。
その男は取り残された工員であり、ペテロパブロフスク要塞に避難してきた者たちのまとめ役であった。今、基地区画内の開いているところにバラバラに押し込められた避難民達の面倒を見て回っている男はその過程でこの格納庫での会議のことを聞いていた。
「なんでしょうか」
「なぜ、海から脱出しようとしないんだ?」
「我々の中に船を動かせる人間はいませんし、何よりペテルブルグにもうこれだけの人間を載せられる船舶は残っていませんから」
冬になればスオムス湾が凍り付くのは周知の事実である。砕氷船でなくては航行できなくなる上、使い勝手の悪い代物だ。故に冬季が来るより前にペテルブルグの港湾施設からは大型船は姿を消し、せいぜい湾内で使われるタグボートぐらいしか残されてはいなかった。
他ならぬサーシャ自身がその手の物資搬入に関する処理を一手に引き受けていたからこそ、今のペテルブルグに輸送船がいないことをよく理解していた。
「じゃあ、乗せられる船と動かせる人間がいれば選択肢に入るのか?」
だからこそ、目の前の男の提案にサーシャは己の耳を疑った。
「……あるんですか?」
「厳密には未完成だがな。だが動く、そうだな!」
男が振り返って声をかければ、格納庫の隅で押し込められるように固まっていた避難民の中から声が上がる。船体は完璧、燃料もある、人手もある。口々にそう伝えてくる。
「未完成?と言うことは造船所の……」
「ただの船じゃねぇ。軍艦、それも空母だ!飛行甲板はもう据え付けられてるからウィッチも飛べるだろ!」
「え、いや、そう簡単な話ではないのですが……」
垂直に飛び上がれるからと言ってウィッチなら誰でも空母に乗れるというわけではない。空母乗り込みのウィッチとして他と区別されるくらいには専門技術の習得が求められる。
移動し続ける空母へ垂直に降り立つにはそれなりの技量が必要かつ魔力や燃料を大量に消費する。その為、空母乗り込みのウィッチはアレスティングワイヤをつかんで着艦する方法を習得するし、その際の衝撃に耐えられる頑丈な艦載ストライカーを使用するのだ。閑話休題。
「動かせるんですか?」
「とっくに進水は終えて今は艤装中だ。だが、搭載予定のレーダーや着艦装置の一部が遅れていて就役が先延ばしになっているんだ」
動かせるのか、という問いに動かせる、と返ってくる。進水とは船のドンガラ、つまりガワのみが完成した状態で海に浮かべることを言う。それからエンジンなどを取り付けていく事を艤装工事というが、既にそれも殆ど終わっているらしい。
それを聞いたサーシャは一言断りを入れ、口元に手を当てて考え込む。
「……数百人を1度に運べて守りやすく、かつ堅牢。ストライカーでの離着艦は難易度が非常に高いけど未完成でも飛行甲板が据えてあるならその心配も無い、か」
陸路での移動となれば数百人からなる長蛇の列ができ、それを守るの為にはある程度戦力を散らさなくてはならない。襲われれば、そこで足が止まるか散り散りになって逃げることになるためどのみち犠牲は避けられない。しかし、軍艦でひとまとめにしてしまえば広範囲に散らばる避難民全体ではなく艦その物のみに気を払えば良い。移動速度も20ノットも出れば37km/h、もし30ノットともなれば55km/hの速度で逃げられる。荒れ地をトラックで走るよりよっぽど速いだろう。まして保有するトラックは全員が乗れるほどの台数が無い。
その他、高射機関砲で自衛が出来る等々利点は多い。
サーシャにとってこの提案はまさに暗闇の中の一筋の光のように思えた。
『まずはこの案を皆に提示してみよう、問題があってもきっと解決できる、そうに違いない』
そう考えたサーシャは机へと向き直り、議論に熱中して此方の様子を気にも止めない連中に対して口を開いた。
本編の大幅リメイクを考えています。具体的にはこれ憑依要素邪魔だなって思ったからです。このまま新作と置き換ええるか新しく連載とするかはまだ悩み中です。
発信します。の502回とてもよかった……。でもガチャは普通に買わせてほしい……。