いつも誤字報告してくれてるみんなありがとう。これからもよろしくおねがいします。
ネヴァ川河口。ペトロパブロフスク要塞のすぐ下流に位置するバルチック造船所。オラーシャ屈指の造船所として、戦前は商船軍艦ともに多くを供給してきた。今次大戦が始まる直前にも海軍の近代化に伴って設備の一新と共に多くの発注を受けていた。しかし、1939年の頃には既にネウロイの手に落ちその役目を果たさなくなっていた。
その後、人類の手に戻って以降は対岸のアドミラリティ造船所と同じく北方における貴重な大規模造船所としての役目を期待されていたのだが、今回のペテルブルグ包囲に伴って再度放棄されることとなってしまっていた。
「……で、こいつはその人類の手に戻ってからの数年間のうちに計画されたうちの一つってわけか」
目の前の軍艦を見上げながら菅野が言う。管野と現在のその相方である孝美は何十人かの技術者と共に脱出に使う空母を見に来ていた。現在の502で空母について少しでも知見を持っているのは扶桑海軍の5人だけ。が、下原と菅野、ひかり、西沢は基地航空隊の人間で空母乗りではない。唯一空母勤務の経験があるのが孝美であったため、その艦が本当に空母として使えるのかを確認するため孝美とそのペアの管野が技術者たちの護衛を兼ねてここにいる。
「菅野さん、戻りました」
「おぉ、どうだった?」
「致命的にまずそうなところはなかったです。というか、どことなく覚えのある作りがあって赤城型が参考に使われているのは間違いないみたいです」
「チッ、釈然としねぇなぁ。技術流出の塊だぜこの"リュッツオウ"は」
"リュッツオウ"
アドミラル造船所にて建造されていたオラーシャ初の航空母艦。原型はカールスラント製重巡洋艦リュッツオウであり、戦前に行われた2国間の取引により未完成の状態でオラーシャへと渡った。引き渡し後もオラーシャにてカールスラント技術者の指導の下、建造が続けられていたのだがネウロイの攻勢により一時中断。回航され放置されていた。
問題はその後である。リュッツオウが放棄されて以降、欧州の戦線ではリベリオン・ブリタニア・扶桑の空母機動部隊による縦横無尽の戦闘が行われた。それを知ったオラーシャも当然航空母艦の入手を画策するのだが、そこに手を差し伸べたのがカールスラントだった。
もともと扶桑から輸入した赤城型3・4番艦を運用した経験があるだけあっていくらかの知見を得ていたカールスラント。しかし、欧州撤退の際にその2隻を失って以降は大型の艦船を調達できずにいたため、得た知見を活かせずにいた。そこで、オラーシャ帝国の資金力と土地を用いてカールスラント式の空母建造技術の実証実験を行おうという契約を持ち掛けたのだ。もともとリュッツオウの姉妹艦であるザイドリッツの空母化が途中まで進行していたこともあり、その資材を流用することで早期に建造できるということであり、基礎研究の段階から一足飛びで空母の運用技術も建造技術も手に入れられるとあってオラーシャ側も飛びついた。
それだけで話が終われば単純だったのだが。
カールスラント式などと言ってはいるがその実態は輸入した扶桑空母の技術でありそれを勝手に第三国へと輸出しようというのだ。当然、公になれば国際問題となるため、計画は極秘で進められていた。さて、完成だというところで今度は本家本元扶桑からオラーシャへの空母を購入しないかとの打診があった。
カールスラントの微妙に信用ならない重巡改装空母とは違う正規空母の提案。オラーシャとしてはぜひ欲しいところであったが、その余波で完全に厄ネタとなったのが"リュッツオウ"である。購入直前で国際問題ともなれば購入計画は白紙、それどころか今ウラルの戦線を支える扶桑の陸軍撤退などということになったら目も当てられない。
実際には陸軍撤退などしたら国際社会からの非難もあるだろうからありえないシナリオではあったが、とにかくオラーシャはこのことの隠蔽を決定。リュッツオウの建造は完成直前で中断されてしまった。折を見て解体まで進めようというところで、今回のペテルブルグ包囲戦が発生してしまったのだ。造船所に最後まで残っていた人間たちはこのことが露見しないよう、関係書類の焼却や船体への偽装が命じられた者達だった。
「当人たちも拙いとは思っていたみたいですけど」
「あの如何にも事務方ってオッサンも空母の事問い詰めたら今にも自殺しちまいそうな顔してたからな」
基地格納庫での脱出作戦の場。サーシャが持ち込んだ案を検討するべく呼び出された避難民の一人は、空母について聞かれた瞬間に顔色を青を通り越して白くさせてしまった。国家間の問題もそうだが彼個人の進退ももはや風前の灯火となったからだ。
「まぁ、俺たちはとにかく使えりゃいいんだ。サーシャ達にも報告しねぇとな」
管野が乗っているジープ。その後部荷台には大型の無線機が積載されている。軽い身のこなしで座席を乗り越えた管野は無線機の電源を入れ、基地司令部をコールする。出たのはサーシャだった。
『待っていたわ管野さん。それで、どうでした?』
「孝美が言うにはこれといったまずそうな点は無いそうだ。空母と言っても格納庫から下はほとんど普通の船と変わらねぇからな。そっちは技師連中の領分だろ。そういうわけだから下原達はもうこっちに寄越していいぜ」
『甲板部分がウィッチの発艦に耐えられればいいわけですからね。それから下原さん達についてだけど、実は、もうとっくに出した後だったりします』
サーシャの言葉に管野が眉を顰めようとしたとき、遠くからのエンジン音が耳に入ってきた。そちらに目をやると、下原とジョゼに加えエイラとサーニャが飛んでいるのが見える。
「技師連中の護衛にしたって多すぎねぇか?つか、確認の意味ねぇじゃねぇか」
『それについてはごめんなさい。どのみちその艦が使えなければ同じだと思ったので、それなら早いほうが良いだろうと思いまして』
「あぁ、そう」
『それから、護衛が多い件についてだけど南側はあまり長く持たないかもしれないの』
それはつまり敵が迫っているということ。二人は顔を険しくする。
『外延部はもう破られてたみたい。南側の哨戒に出たロスマンさんとニパさんのペアがそのまま残って遅滞戦闘を始めたわ。じき、陸戦ウィッチ隊もそれに加わるはず』
「どう考えても守り切るには足りねぇじゃねぇか」
『わかっています。南側からバルチック造船所までの間には数本水路が通っていますから、そこの橋を落として防衛線にするつもりです。貴方達にもそちらに合流してください』
「こっちは下原達だな?ユーティライネン少尉達と空中合流して向かう」
『お願いします』
受話器を乱雑に放り投げ、跳ね上がるようにして駆け出す。
「行くぞ孝美!」
「えぇ、これからおよそ2日。何としてでも守り抜かないと!」
この時代、船の動力と言えばその種類は現代よりも少ない。こと、戦闘艦とあっては蒸気タービンかディーゼルエンジンを何らかの形で使う物がほとんどだ。なお、リベリオンは除く。あそこは船の作りすぎでエンジンが足りなくなって輸送船用のレシプロエンジンまで積んでいる。ジ〇リばりに鉄のアームがガッションガッション動くもはや時代の遺物だ。
閑話休題。
このリュッツオウもラモント式と呼ばれる蒸気タービンを積んでいるのだが、この蒸気タービンという代物は起動にえらい時間がかかる。諸々省くがとどのつまり、水を沸かして作った蒸気を羽根車にぶつけるという設計上、大量の蒸気を作るところから始めなくてはいけないのだ。
その上、この艦は海上公試前、つまり、船に積んだうえでのエンジンテストを一度もしていないのだ。
「定ちゃん、大丈夫かな……」
「正直私も不安なのだけど、やるしかないってのも確かだから」
船の運航を行う要員を基地から護衛してきた下原とジョゼ。もしも防衛に当たっているウィッチ達を抜けてきた場合に備え、岸壁の一部を滑走路として使えるようにして待機していた。
「どのみち、エンジンが始動するまでの二日で脱出する手立ても思いつかないし、勝算があるっていうのもわかるしね」
「待つだけってのはやっぱり辛いね。ダカールの時を思い出しちゃう」
「ダカールってアフリカの?」
ダカールはアフリカ最西部、ヴェルデ岬の街。元はガリア共和国が所有する植民地の一部であり良港であった。ガリア喪失後は南方ガリア政党政府という、世界中に何十と散ったガリア政府の一つが根拠地としていた。
「うん。ガリアの次はそこにいたの」
「直接リベリオンに行ったわけじゃなかったんだ」
ジョゼはガリア空軍に入隊後、アフリカ・リベリオン・オラーシャと世界を転々としておりその戦歴はエースに見合うものだった。
「ダカールの街にネウロイがやってきて、ウィッチが私一人しかいなかったから海軍の艦艇と協力して戦ったの。港中の砲という砲全部と協力したこともあったんだよ」
「へぇー。さすがジョゼ!」
「って言っても全部は守り切れなくて、リベリオンからの援軍に助けられちゃったんだけどね」
そう言ってジョゼは自身の脇に吊ったホルスターをなでる。彼女の体躯には不釣り合いなほどに大きなそれからは同じく大きなグリップがのぞいている。
「なんだかすごいの吊ってるなーとは思っていたけれど、それは?」
「ダカールでお世話になった整備士さんがくれたの。差し上げますって。これで撃墜したこともあるんだよ」
おもむろに引き抜かれたM1911拳銃で狙いを定めるようにして腕を伸ばすジョゼ。下原もそれを見てほほえましそうに笑う。
「……ジョゼ、抱き着いてもいい?」
「えっ、い、今ストライカー履いてるよ?」
「今のすっごい可愛かった。抱きしめたい。ほおずりしたい」
「い、今待機中だからー!」
埠頭がにわかに姦しくなっているころ、往復を繰り返すトラックの一つに乗ってサーシャも港湾部へやってくる。
「!、大尉」
「ご苦労様です。積み込みはどうなっていますか?」
「最優先とおっしゃられた機関砲弾から急がせていますが、電力の問題でクレーンが使えないのが痛いですね。トラックの往復の方が速くて岸壁に積みあがってます」
燃料も人員もない今のペテルブルグでは発電所が止まり、その供給を受けていた設備も多くが機能を停止している。ペトロパブロフスク要塞程度の規模なら自前の発電機で賄えたが、造船所の規模となるとそうはいかないらしい。数少ない造船所自体の設備は燃料の供給や暖房に回されていたりする。
「最悪ヘルシンキまでたどり着ければいいですから食料等も最低限で構いません。機関部要員はどこにいますか?」
「始動に必要な人間は中ですが一度出てきた連中がどこかにいるはずです」
「なら、そちらにも話を聞いてきます」
道行くものに居場所を聞いて回ったサーシャは最終的に港湾部の倉庫として使われていた建物に行きつく。
「機関部の状況がわかる者はいますか?」
「ああ!隊長さん」
避難民からは隊長だと勘違いされていたりするサーシャ。方々に指示を出している姿がよく見られたためだ。
「いえ、私は戦闘隊長であって……。いえ、今はいいです。機関の方は?」
「缶への点火はもう済みました。あとは蒸気を発生させるのと暖機運転ですから待つだけですね」
「そうですか。では、出発予定は変わず明後日1400ということで問題ありませんか?」
「えぇ。その時間には確実に動けるよう、しっかり見ておきますとも」
蒸気の発生も、機関部の暖気も人の手でどうこうできる段階にない。まさに、人事を尽くして天命を待つ、だ。
一晩が明けて翌日。
リュッツオウを用意する港湾部の人間に大きな動きはない。しいて言うなら、船で出られるのだからと暇を持て余した整備班が持ち出す予定の無かったものまで持ち出そうと港湾倉庫に山積みにした物資を運び込み続け、兵士たちは甲板の張り出しに設けられた機銃座の確認に勤しんでいた。
一方、大きな変化があったのは南方だ。空陸戦ウィッチ6人ずつではやはり守り切れず、水路を超えられた先から包囲されぬよう後退を繰り返していた。現在はマリインスキー劇場から更に北側へと下がっていた。
「クソったれ。ついに20㎜も13㎜もカンバンだ。おい、なんか武器くれ」
南側から進攻する敵は空陸どちらからも攻めてきており、その中で管野の持つ九九式は弾切れを迎えてしまった。やむを得ず、管野はその場を孝美に任せて一度下がることとした。とはいえ弾が切れることは管野も孝美も事前に察しており、援護役の弾が尽きる前に孝美の固有魔法・絶対魔眼を利用した連続射撃でもって敵の数を減らすことで隙を作ったうえでの交代だ。
「んじゃぁこれ使え。使い方はわかるか?」
「おう。これの使い方ならロスマンさんから、って」
管野は横合いから突き出された銃を受け取る。陸戦ウィッチ用のサドルマガジン付きのそれの動きを確かめるように槓桿を引きながら渡してきた相手を見る。そこには四号陸戦ストライカーを履いたユーティライネン、の少尉の方がいた。
「なんであんたが陸戦ストライカー履いてんだ!?」
「仕方ねーだろ燃料切れだ!補給が来るまで上がれないんだよ!」
市街戦ということもあり、空戦機動が限られるためどうしても燃費の悪い戦いを強いられることとなる。エイラはサーニャの援護だけでなく陸戦隊の援護も積極的に行っていたことからいち早く切れてしまったらしい。よく見るとペアのサーニャが上空で孝美と合流していた。
「じゃぁこれアンタのか」
「そーだよ。ほれ、予備マグも入れてけ」
「おう、サンキュ」
ユーティライネン少尉が履いているストライカーはどこから出てきたのだろう、と考えて目線をずらすと、鉄骨に瓦礫をワイヤーで巻きつけたようなものをストライカーなしでぶん回す姉の方を視界に入れてしまった管野はそっと目をそらした。
受け取った弾薬を格納し、スリングを頭に回して肩にかけた管野はそのまま垂直に上昇し飛び立つ。比較的燃費のいい扶桑製ストライカーであるためエイラよりは余裕があるが、それでも残燃料は半分を割っている。
「孝美!リトビャク中尉!」
「ああ、管野さん。事情はききました?臨時でケッテを組みましょう」
「よろしくお願いします。それから、私の事はサーニャと読んでください」
「ああ、よろしく。機位は…」
『皆さん聞こえますか!?』
管野達の会話に通信で割り込んできたのはサーシャだった。
「サーシャさん?いったいどうし」
『北側で人型が出ました!今、ロスマンさん達をそちらに向かわせましたので交代でこちらに戻ってきてください!』
「なんだと!」
人型のネウロイ。それは、世界で501と502、504、507のウィッチ達のみが接触したネウロイ。ただでさえ謎の多いネウロイの中にあっても一際異彩を放つそれは、ウィッチの動きを模倣すること、そしてウィッチを連れ去るという点で危険な存在だった。
「北にロスマンさんたちを向かわせればいいじゃねぇか!そのほうが、」
『南側もけっしておろそかには出来ません、これが最速なんです……』
元々待機していたロスマン達は管野達の交代要員としての役割があった。それを北に向かわせてしまえば、補給や休息を必要とする管野達の代わりがいなくなってしまう。それを防ぐには管野達を一度戻し、補給と整備を受けさせるしかないのだ。
管野とてそれはわかっている。しかし、それでもなお管野が焦るほど人型は危険な相手なのだ。
『管野さんの懸念もわかります。ですから、一足早く私が北への援軍に向かいます』
「一人で大丈夫なのかよ」
『既に人型との交戦に入ったひかりさんからは敵は人型だけとの報告を受けています。勿論、警戒はしますが』
「……わかった、気ィつけろよ」
通信を終えた管野が造船所の方を向けば、すでにそちらから近づいてくるウィッチの姿が見えていた。
ひかりと西沢のペアは初日からペテルブルグの北側への哨戒を担当していた。瓦礫による妨害こそあれど、何時までも持つわけではない。幸い。造船所は市街南西側にあり、北側からは距離があるが警戒は怠れないというわけで毎日必ず4度は北側から東側へ街を時計回りに哨戒するようにしていた。
そんな彼女らが人型と出くわしたのは、数日前ネウロイの集団によって破壊されつくしたラドガ湖へと延びる道の近くであった。彼女たちの巡回路を把握していたというかのように進行方向空中で佇むソレをひかり達はほぼ同時に察知した。
「リベンジってことかな?」
「それはこっちも同じです」
現れたネウロイは以前ひかり達がとり逃したものとよく似ていた。否、不ぞろいの両足はさながら片方にのみストライカーを履いているかのようであり、また、以前は銃器のような物を生やしていたその右手には鍔の無い刀のような物が伸びていた。
「ひがし、これ持ってな」
西沢は自分が持つ九九式をひかりに押し付け、背中の刀を抜く。押し付けられたひかりも素直にそれを受け取る。
「……」
邪魔にならないようにとひかりは少し距離をとる。対して西沢は刀を晴眼で構え、呼吸を整える。ネウロイも正面へと移動し睨みあう形となった。
ネウロイの方は構えをとらず、棒状のものをつけた腕をだらりと下げている。
どちらかともなく姿勢を動かし、前へ進む意思を見せる。しても即座にそれに反応し同じく突撃の構えをとる。ほぼタイムラグなしで飛び出した両者がその中間で交差する。
甲高い音が鳴り響く。
互いに傷をつけることなく終わり、背を見せ合う。互いにすれ違ったままの勢いで降下することを選択したため、旋回の後今度は地表近くで交差が発生する。
「前よりも戦えてる……?」
二機の戦いを上から見下ろす形になるひかりはその攻防を見てそうこぼした。
フレイヤ作戦の時に時と明確に違う点は、もみ合いになっていない所だろう。攻撃を加えた直後、互いに相手の攻撃を捌くことに精一杯になることなく離脱することが出来ている。それはつまり相手の剣線を見切る余裕があるということだ。
「っ、雁淵ひかりより臨時指令所応答してください。繰り返す、雁淵ひかりより臨時指令所応答を……」
『こちら指令所、ポクルイーシキンです。問題発生ですか?』
ふと思い出したひかりは無線機に手を伸ばしコールする。管制の人間が出るかと思ったが、ウィッチからのコールということでかサーシャが直接出てくれたのは幸運だった。人型の情報は国家機密どころか国際機密であるため、サーシャに代わってもらうには手間がかかったかもしれないからだ。
「ペテルブルグ北東、東経60北緯30.5の地点にて人型と接敵。現在西沢飛曹長が交戦中」
『な!くっ、すぐに援軍を送ることが出来ません。時間稼ぎに徹して距離をとって戦ってください』
「……じ、時間稼ぎですね?わかりました、通信終わり!」
『ひかりさん?ちょっ』
もうすでにインファイトを始めているなどとはいいがたかったためひかりは通信を打ち切る。あとでまた問い詰められるのだろうなという思考を頭の隅に追いやり、西沢の戦いを注視する。万が一などとは思いたくないが、もしその時が来た場合には介入できるように。
戦いの中で西沢は違和感を感じていた。なんだろうか、と思いはするが明確な答えは思い浮かばない。気のせいだ、些事であると切り捨てるには惜しいような。いや、むしろそれを捨ててしまうことにこそ危機感を感じる。そんなモヤモヤとしたものを抱えながら幾度目かの交差を交わす。
「あっ、なに?」
人型の振り上げるような剣筋に柄を押し当てることで軌道をずらし、出来た空間に体を捻じ込ませて振り向きざまに剣を凪ぐ。我ながら上出来と思ってしまうほどによくできた一連の動きだと思った。しかしてその結果はというと、降りぬいた刀身に手ごたえは無く、代わりに視界に入ったのは下から迫る黒。
「っ、おお!」
弾かれるかのように頭を振り上げれば、鼻先をストライカーのついた左足が掠めていく。完全に不意を突いたと思った一撃は、完全にかわされ、逆に西沢の方が不意を突かれる形となってしまった。
互いに渾身の一撃を外した一瞬。硬直した姿勢から持ち直し、再び建造物の間へと紛れる。低い屋根のそのさらに下の高度を高速で飛び回りつつ、西沢は斬り合いを始めて以来触れていなかった無線へと触れる。
「ひまり、聞こえてる?」
『西沢さん!聞こえてます』
「アタシが落ちたらあんたは逃げなよ」
『はぁあ!?』
無線から響いてくるひかりの声からそらすように首を傾げるが、無線は耳にはめているので意味がない。
『何言ってるんですか!西沢さんらしくもない』
「アタシだって柄じゃないってのはわかってるよ。でも言っちゃうくらいあいつは強い。間違いなく最強のネウロイだ」
今の攻防で西沢には気づいたことがあった。距離を取り、相手の動きに思いを巡らしてこそ気づいたことがあったのだ。
『最強って、互角に戦えてるじゃないですか!』
「アタシで互角なんだ。アタシだから互角なんだ。あいつはアタシの動きをコピーしているんだ」
西沢は伊達や酔狂で最強を名乗っているわけではない。その実力は扶桑で一、二を争い世界でも5本の指に入ると言っていい。
「アタシと同じ動きをするネウロイなんて最強だよ、驕りでもなんでもなくね」
そして、それを模倣した存在。模倣するにとどまらず、今なお成長を続ける化け物。それがあの人型ネウロイだった。
「ま!アタシだって負けてやるつもりはないさ!ひさりはそこで決着を待っていればいい」
そう言って西沢は無線を切る。また、直に人型と一戦交えることになる。何か確証があるわけではない、けれど確かに感じていた。
道沿いに角を左に曲がった西沢。路地の正面を塞ぐようにして建物があったことから、それを避けて再度左へ回る。
瞬間。
その角の先は少し開けた通りとなっており、見通しが良かった。今まで掛かっていた影が晴れ、上からの日光とそれを反射した雪の光に視界が明るくなったことで、ああ、これはくるなと察した。手足を振って、体を強引に回し、迎撃の姿勢を整えんとする。その途中でこちらへと迫る黒点を視界の端で捉え、そちらへ相対するようにして体を向けなおす。
迫りくるネウロイ。それに対しこちらからも加速をかけて突っ込む。互いに速度をつけての正面からの突撃。不利なのは西沢、早退するべく姿勢を変えるのに運動エネルギーを消耗させられた。軽量な零戦故の加速の良さで幾分持ち直しこそすれど、高度を味方に位置エネルギーを加えた攻撃をしてくるネウロイの方が重い一撃を放てる。
二機の衝突は正面からの単純な形とはならなかった。
刀の間合いに入る直前。西沢は左右のユニットを別々に動かし、さらに吹かした。いつもひかりがやっている燕返し、海軍では捻り込みと呼ぶそれの変形。あくまでそれっぽくつけているだけのネウロイでは模倣できない、体とは別の機械だからできる動き。瞬間的に相手の視界から消えた西沢は天地逆転の状態で自身の頭上、機位的には下方にいるネウロイに向けて刀を振る。
甲高い音と共に腕へと伝わる手ごたえを感じる。普段はやらない無茶な軌道に狙いがずれたのか脳天を狙うことは叶わなかったものの、相手の右腕を根元から斬り飛ばした。
このままトドメを。そう考えた矢先、反射的に体が動く。何を見たわけでもないが背をのけぞらせ、少しでも距離をとろうとした。その結果、西沢の手からは使い慣れた昭和12年制定海軍制式軍刀が離れていく。
(あー、柄にもなく焦っちゃった)
ネウロイのあまりの強さと感じた手ごたえから、一刻も早くその脅威を排除しようと気が急いてしまったが故の隙だった。ネウロイの切り飛ばされた右腕には刀のような物が付いておらず、左腕の方から伸びていることに気づけなかった。それでも、無意識で刀を相手との間に割り込ませ、身代わりと出来たのは西沢だからこそでしかない。
西沢の刀をはじいた際に腕を振りぬいたネウロイ。もはや相手に武器は無いと見てか、頭上へと刀を振り上げ首をはねようとしてくる。
そのネウロイの頭上から弾丸が浴びせかけられる。サッと身を翻して躱すネウロイと、流れ弾をシールドで受け流す西沢。両者の間に降り立ったのは九九式を二丁、小脇に抱えることで強引に保持したひかりだった。
「まだです、まだ終わってません!」
「素直に聞くとも思ってなかったけどさぁ、逃げろって言ったじゃん?」
突然のことに目を見開いていた西沢だったが、降り立つひかりを見て気を取り戻し声をかける。
「まだ負けてない!たかが一回不意を突かれただけです!まだ戦える!相手が西沢さんと同じくらい強いなら二人がかりなら絶対勝てます!」
そう言ってひかりは抱えていた九九式を西沢に押し付ける。視線はネウロイを見据えたままに、左腕だけで押し付けてくるひかりには、恐れも怯えも、まして諦念の色などありはしなかった。
「ふっ、フフッ。そうだよな、後輩が認めてないのに先輩が負けを認めてちゃいけないよな」
機関銃を受け取り、負い紐に腕を通す。魔道エンジンに魔力を叩き込んでひかりの前に立つ。
「ひとつ人の世の生き血を啜り」
「ふたつ不埒な悪行三昧」
「みっつ醜い浮世のネウロイ退治してくれよう……西沢義子・再度見参ってね!」
拾い上げた軍刀を背に、芝居がかった口調で見栄を切る。
「そうしてかっこいい感じの方が絶対似合ってますって」
「うんうんアタシもそう思う。それじゃぁ、格好つけで終わらないようにあいつを退治しに行くとしますか!」
「はい!」
二人は同時に体をかがめ、勢いよく飛び出した。
えー、軽い気持ちでリメイクと言ったために混乱させてしまったようなのですが、書き始めたころに比べて書き方がだいぶ変わったこともあり、ぶっちゃけ今あの文体で一から読み始めたいかと言われたらNOな感じだなーと思ってたんですよ。また、最近では三人称となったこともあり憑依要素がごっそり薄れたこともあり、念周りの設定さえどうにかなるのなら原作通りのひかりちゃんの性格の方が筆が進みやすく、キャラ付けもできるということでリメイクを計画していると書きました。
即座にどうこうするということもないのですが、書き換えるのはおおよそ扶桑にいたころ辺りまでと、それ以降の憑依描写のある部分の改変(原作第10話辺りまで)を考えていました。とりあえず作中内4月・グリゴーリ戦終わりくらいまではこのまま書こうと思いますん。