念能力者(?)なひかりちゃん(?)   作:シチシチ

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前話かなり話がぐちゃぐちゃな気がする いつか書きなおそ

ひかりちゃんの"念"について
 初期設定を破棄! 能力を別の漫画から持ってくることを検討!
まぁ、航空学校入学まで能力は出さないので本編が進んだらタグに漫画の名前追加します。

 この作品の根幹は現代日本で生きた一般ピープルが戦場で生き残るのにどんだけ小細工を労せるかなので初期設定のオリジナル念能力だといまいち楽に強くなれないかなって



学校入学/修行編 その3 ~原作始まるまでは全編修行編なのでは?ボブは訝しんだ~

 4月、春満開!な季節になってしばらく。 

 

 山を下り、しばらく行き、街に出る。 ついに小学生のスタートを迎えた"俺"は毎日そこそこの距離を、姉と二人で歩いていた。

 

 前に出す手と足に30、後ろの手と足に20の魔力割り振りを意識した"流"をしつつ、姉との絶え間ない会話をしながらと登下校は、なかなかの修行となっていた。 最初のころは、流と会話の両立がえらく難しく、無言になる、足がもつれて転ぶ、歩くのが遅くなるなどの問題が多発し、姉から「もしかして、学校行きたくない?」と心配されたりもした。

 

 「ひかり、友達出来た?」

 「ん、んーまぁ 休み時間とか、帰る前に会話する子は何人か作っといた」

 「つく…、まぁお友達出来たのならいいのかな?」

 

 正直、この年頃の女子の会話なんて微塵もわからないので、初日の休み時間、新しい環境に戸惑っている女子たちに片っ端から声をかけ、一か所に固めて自己紹介。印象付けたうえで、放課後に再度集めて全員から名前や家のことを聞く。 誰もかれもが話のタネを持っているわけじゃない以上、だれでも話題の中心になれるのは、家と家族の仕事ぐらいであり、それを強制的に話す場を作ること、また積極的に話を振る、質問をすることで疎外感が生まれにくいように配慮しクラスの女子を一塊とする。

 これにより、女子特有の話題についていけずともグループの中に入れるようにし、ケンカの抑止、メンタルケアにより、集団の頭としての地位を盤石とする。

 

 (なんで小学校で戦略SLGやってんだろうか)

 

 自分でもよくわかってないが、学校で孤立する状況を避けるべく、自発的にグループを作りにかかったことまではよかった。いやよくないが、そこに大学生のグループ維持のノウハウをつぎ込んだ結果である。

 

 これにより、授業中明らかに授業以外のものに集中してるくせに質問には正確に答え、休み時間にはグループの中心で女子たちのとりもちをやっている という教師的に非常に扱いにくい生徒が爆誕した。

 

 (授業中に"円の修行をしてる"以上、これに慣れるまでの間、はたから見れば不良少女でしかない。下手に親よばれたりして、修行に集中できなくなっても困るし、セーフティーとなる実績が必要なのは確定的に明らか)

 

 

 小学生として多数とかかわる身となった今、世間体というものは大切なのだ。たとえ小学生であったとしても。 

 そして、魔力を授業中に扱えている理由。過去、使い魔の耳と尻尾が出てしまう問題で断念した修行がなぜ行えているのか。 一言でいうのならば"発"に手を出したからだった。

 

 

 

 

 「ひかりちゃんおはよー」

 「おはよー」

 

 「おー、みんなおはよう!」

 

 姉と別れ、クラスにはいれば多くの子からは挨拶される。少数の自発的に挨拶できない子にはこっちから挨拶して回る。

 もはや日課となった"あいさつ回り"も終え、授業が始まる。

 授業開始=修行開始なのだが。

 

 ("円"がこれほど難しかったとは…)

 

 "円"は"練"と"纏"の合わせ技であり、普段自分のまわりを数㎜から数㎝の厚さで覆っているオーラを、自分に必要な範囲まで広げるというものである。

 2m以上1分維持してようやく"円"と認められ、応用の中でもっとも難しいらしい。

 事実、原作キルアは使用できず、放出系より強化系のゴンですら、はっきり"円"と呼称されるものは使用していない。

 原作で放出系が"円"をつかったシーンは無いがノブナガで4m、カイトで45m、原作屈指の実力者であろうゼノ・ゾルディックは自称300mで少なくとも半径100mはあるセメタリービルをくまなく探れるようだ。

 

 ぶっちゃけ空戦を主体にするウィッチの交戦距離は銃次第で500に届いたりする以上、索敵目的で"円"は使えない。目視のほうが遠くまで見える。海の上の戦艦ですら2~30㎞の視界があるのだから。

 

 (でも、"円"の中のものは舞い落ちる木の葉の数さえ把握できるってかっこよくない?)

 

 とはいえ、かっこよさだけで修行しているわけはなく、実戦でも使いようはあると判断してのことだ。 

 "円"は全身からオーラを放ち、その中に入ったものを感知する技術であり、それは目では見えない背後や頭上、下方までカバーすることができる。 つまり、奇襲を受けたとしても、実際に被弾する前に察知することが可能ということであり、察知してから対処するまでの猶予は円がどれだけ広いかによって変わる。

 つまり、実はほかのどの念よりも、空戦で生き残るのに適した技術なのだ。

 

 しかし、

 

 ("練"や"堅"と違って全身から噴き出しはしてもそこまでの密度じゃなくていい…、てのはわかってても、全身からうっっっすら広げるって感覚がわかんねぇ…)

 

 ただ全力で噴き出すのに比べると、出力を限りなく弱に調整しながら、さらに全身から広範囲へと意識して広げるというのは難しいのだ。

 

 (長い目で見るしかないか…、あと数年でどれだけ広げられるかな)

 

 

 

 

 学校が終わり家へと戻った。 いつもどうりならば、夕飯ができるまであと二時間ほどだ。

 

 (今日も"発"の修行、始めますか)

 

 

 そう、できてしまったのである。

 これにより、"オーラ"と"魔力"が同一のモノであることがはっきりとしてしまい、多くの問題が発生する。 これからの立ち回りはかなり慎重なものが求められるだろう。"念"の詳細が知られればウィッチの戦力的価値を考えれば、下手をしなくても国単位で追われる案件だ。 そうなれば戦場には出られなくなる。それは原作に関与できなくなり、助けられた人を助けられず、失ってしまうかもしれない。

 

 (それでも、戦場で"念能力"を使わないという選択肢はない。 自分自身が生き残れるかもわからないというのもあるが、それ以上にはたして"俺"自身にこの戦争を戦い抜けるだけの力があるかどうか自信がない)

 (だから、出し惜しみはしない。使えるもの全部使って周りの人間救えるだけ救って、生き残ってやるんだ!)

 

 

 

 "発"を初めてやった時、分かったことは"魔力とオーラは同一の存在"であるということにつきる。

 しかし、それは多くの場面で影響する。特に重要なのは"H×Hの世界の住人はオーラを操作するのに使い魔を必要としない"という点。 つまり、

 

 (魔力を使うのに使い魔は必要ないはず、なのになんで最初使い魔の耳を出さないと魔力を感じられなかったのかといえば、"使い魔は精孔を開くのに必要なカギ"だからだ!)

 

 ウィッチが使い魔を出していない状態は、一般の人間と何ら変わりないといえる。

 ウィッチが人とどう違うのか、言ってしまえば使い魔の有無と魔力の有無である。

 

 (人のまま、使い魔を出さずに魔力を出す方法、人のまま"精孔を開く"!)

 

 そう思い立ってから魔力を使い魔なしで扱えるようになったのはすぐだった。

 とにかく片っ端から思いつくことを試し、最終的に、"練"を行いながら使い魔を引っ込めるという何とも荒っぽい技で無理やり精孔を開いたのだ。

 

 

 

 

 魔力を生身で扱い始めたあと、"発"の修行を開始した。その内容の関係から、家での"練"の修行はすべて"発"に置き換えられている。

 

 (台所からパクった湯飲みに葉をのせて、"練"!)

 

 "発"修行は言葉の通りで、グラス(昭和の一般家庭にはない)に水を表面張力で盛り上がって見えるくらいに入れ、葉っぱを浮かせる。 それを触らない程度に手で挟んだうえで"練"をするというものだ。

 正直、"練"の修行以外の何物でもないのだが、"発"で自身の固有の念能力を作るまではこれが"発"の修行とされている以上他にできることはない。

 

 

  (…始めたばかりの時に比べて、増えたな、"溢れる水")

 

 "念"には個人の適性が、タイプが存在し、6つに大別される。 

 物事の働きや性質を"強化"することに向いた"強化系"

 オーラを別の物質や性質へと"変化"させるのが"変化系"

 シンプルにオーラを"放出"するのが得意なのが"放出系"

 オーラを介してナニかを"操作"するのが得意なのが"操作系"

 オーラを"具現化"してモノを作るのが"具現化系"

 

 そして、

 どれにも当てはまるしどれにも当てはまらない"特質"をもつ系統が"特質系"

 

 以上6つであり、自分の資質を見分ける方法が今やっている"発"の修行である

  "水見式"

 なのだ。

 

 系統ごとに水見式では違った"現象"がおこり、"水の量が増減する"のは"強化系"の証である。

 

 (そういえば、性格分析的に"強化系"は"単純一途"だっけ。…、そうかなぁ…?)

 

 自分の性格なんてものは自分が一番わからないものだが、お前は"単純一途"だといわれて納得できるかといわれても納得できるものでもない。

 

 (…、考えても仕方ないか、別のこと考えよ…)

 

 (念能力、どうするかなぁ…)

 

 "自分だけの念"は念能力の集大成であり、"奥義""必殺技"といえるもので、"発"が基本四大行に含まれることもあり、これを習得してようやく一人前といったところであろう。

 

 (必要な力は"原作キャラを死なせない力"!"原作をたどった場合に生き残れる力"!)

 (ひかりちゃんの戦いをなぞったときに命の危機は多い、特に最終決戦)

 (生き残れる力といっても一体、二体に有効じゃダメなわけで、汎用性が必要)

 

 "念能力"はいくつも無制限に作れるわけではなく、作れる量には制限があり、容量(メモリ)と呼ばれる。 能力が強力であればあるほど容量の消費は多くなり、また、無駄な能力を作っても容量の無駄遣いとなり、強力な能力を作れなくなる。

 

 実戦で使えるだけの性能を維持しつつ、容量に収まるように作るには、多くても2つか3つであり、応用の利く能力一つに絞る者もいる。中にはちょっとした小技を使うことで、5つもの能力を使うものもいるが、"念能力"の修行は、一つ能力を作るだけでも多くの時間がかかるため、いくつも能力を作ればそれを使いこなす手間がさらにかかるわけで現実的とは言えないだろう。

 

 (空戦で生き残れる力かぁ…、難しいな)

 

 空中戦はウィッチも戦闘機もほとんど変わらないものと考えた場合、交戦距離は500mを想定される。 ウィッチが人型大であることから近接しての戦闘をするものはいるが、生き残ることを志向するなら、近づくのは避けたほうがいいだろう。

 

 (かといって、距離をとった戦闘をするとなれば"念"を使って直接攻撃するのはほとんど無理筋…、原作にもそこまでの射程を持った能力は少ない。 龍星群くらいだろうか、あそこまでの威力なら十分役に立つだろうが、あれは間違いなく長年の研鑽によるもの…、やっぱり直接攻撃系は切り捨てるしかないんだろうな)

 

 (空戦で使える力なんて飛んだことも無いのに判るわけ無いじゃん…)

 

 考えても答えが出せるはずも無く、これからの課題とする以上のことは出来なかった。




 今作ひかりちゃんは"単純一途"というよりも"頑固で我が道を行く"といった構想なのでオーラ別性格分析道理です。
 ただし、作中の行動からオーラ別性格分析すると…?
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