鬼滅の刃~蒸の呼吸~【完結】   作:木入香

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 あの子について考えます。
 そろそろ執筆が追い付かなくなってきました。ネタがあっても文章が思い付かないなど……


第拾壱話 もしかして……

 柱合会議(ちゅうごうかいぎ)から一ヶ月が経った秋の暮れ。その間、蒸柱(じょうばしら)に就任した創里(つくり)は新たに屋敷をもらい受け、そこにゆきと、数人の使用人と一緒に暮らすことになった。

 師匠である炎柱(えんばしら)遠藤虎恭(えんどうとらやす)の屋敷は、柱になったのを機に出ることに。虎恭の妻、りよからは引き留めの声が掛かったが、いつまでも世話になる訳にはいかないと独立することに決めたのだ。

 

(というか、りよさん絶対にゆきを可愛がりたいから渋ったんだろうな)

 

 孤児(こじ)の少女ゆき。両親に遊郭(ゆうかく)に売られた女の子。

 理由は(さだ)かではないが、当時はまだ飢饉(ききん)の影響が残る時期である為、恐らく口減らしとして両親に売られたと創里は予想している。教養もやる気もない上に、盲目(もうもく)ということもあって、屋敷の奥で(なか)軟禁状態(なんきんじょうたい)。遊郭側が持て余したのもあるだろうが、両親に売られたことを子供ながらも何かしら察したのか、そのショックで(ふさ)ぎ込んでしまっていたと思われる。

 その後は、盲目女(めくらおんな)が演芸を行って日銭を(かせ)ぐ集団、瞽女(ごぜ)の一座に引き取られて、近くの瞽女屋敷に連れて行かれる。しかし、そこでは何らかの(いじ)めがあったと見られ、屋敷の奥の古ぼけた納戸(なんど)にて引き籠もって物理的にも心理的にも壁を築いて生活していた。

 だが、そのおかげで鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)の手が伸びる前に創里が間に合い、救い出すことに成功したのである。

 鬼に襲われた当時の記憶(きおく)は、断片的(だんぺんてき)に怖い思いをしたということしか残っていないが、創里やりよの話を聞いて、人食い(・・・)鬼はいてはいけない存在だと教えられる。

 これまで彼女が関わってきた人間は、両親の他には、()れ物を扱うように接する遊郭の禿(かむろ)の少女達か、瞽女屋敷で自身を虐める少女達しかいなかった。それもあってか、乱暴な口調ながらも言葉の端々(はしばし)に優しさがみられ、また移動時に()(かか)えられた時の(ぬく)もりと心地良さ、手を繋いだ時のゴツゴツとした硬い手の奥にある()かさに触れたことで……ものすごく(なつ)くようになった。

 状況が状況だったこともあるが、ずっと引き籠もっていたのに強制的に外へ連れ出されて、そこに驚きや恐怖もあったが、何よりも優しい暖かいという感覚によって凍り付いた心が溶かされ、光の見えない(まなこ)でも何となく柔らかく穏やかな空気が見えるような錯覚(さっかく)を起こしていた。

 いずれにしても創里に懐くようになってからは、彼が屋敷の中を移動する時には「つくりー、つくりー」と呼びながら後ろを歩き、書類整理をしていたら背中に抱き付いたり、(ひざ)の上に座ったりし、そこそこ広い屋敷であるはずなのに、どこにいてもすぐに発見する“創里センサー”を発揮するようになった。

 見えていないのに場所が把握されていることに、もしかしたら本当に潜在的(せんざいてき)な才能があるから無惨に目を付けられたのではと思うようになった。

 

(まぁ、ゆきが鬼になったとして、上弦(じょうげん)は……どうだろうな。下弦(かげん)くらいならあるいは……でも、そこまで強くなるのかなぁ?)

 

 ふと書類整理の手を止め、考えに(ふけ)る。今日はまだゆきに襲われていない。朝餉(あさげ)(朝食)の後はトテトテとどこかへ行ってしまった。そのおかげで、創里は屋敷手配に関する手続きや、柱業務の一環(いっかん)である書類整理に集中することが出来ていた。

 

「早く終わったし、ちょっと休憩(きゅうけい)がてら鍛錬(たんれん)するか」

 

 (ひと)()ちて立ち上がった。その時に、屋敷のどこからか、ベベンと弦を(はじ)く音が聞こえた。

 最近、心に余裕の出て来たゆきは、琵琶(びわ)の練習を始めた。元々瞽女見習いとして三味線(しゃみせん)を習っていたが、ほとんど練習をしなかった。そして納戸に引き籠もっている時に古い壊れた琵琶を見つけ、気晴らしに日に数度、ピンと指で一回、二回弾く程度だが触れていた。だが、それが彼女にとっての唯一の()やしであった。

 毎日聞くことはなく、二、三日に一回程度。特に曲目や演目などもなく、ただ思い思いに指や(ばち)を動かすもので、練習というよりも遊ぶというレベルのものだ。しかし、都会の喧噪(けんそう)から離れた山の中にポツンとあるこの屋敷には、風で木々が揺れ、葉が(こす)れ合い、鳥達がじゃれ合うなどの自然の音くらいしかなく、その他にあるものとすれば、使用人がせっせと家事を行う生活音がある程度だ。その中に、時々混じるその音は、お世辞(せじ)にも上手いとは言えないが、音を出して楽しんでいる様子が目に浮かび、思わず笑みを浮かべてしまう。

 そこでふと思ったことがある。

 

(前髪で目が隠れるくらいに髪が長くて、引き籠もりの割には(さが)し物が得意な、琵琶を()く泣き虫な女の子。特に自身の住む屋敷の中のことは把握している)

 

 ここまで考えた時に、ある一体の鬼が頭に浮かんだ。

 

(泣く……女の子……いや、まさかな)

 

 仮にそうだとしたら出来過ぎである。そもそも、あの鬼が元々瞽女であったという話はなく、また鬼になった時代すらも明らかにされていない。

 頭を振って、その考えを消し去る。

 仮にそうだとしても証明する手段がない。(いな)、一応あるにはある。ただしそれは鬼にするしかない。この時点で鬼を人に戻す手段がない以上却下だ。その上に彼女に苦しみを与えてしまうことになる。それでは本末転倒(ほんまつてんとう)だ。

 

(ゆきが何であれ、絶対に鬼の手には渡さん!)

 

 決意を新たにした創里は、庭に出て竹刀(しない)を振っていつもの無意識の中の姿勢の意識を行う。

 しばらくそうして素振りを続けていると、屋敷の使用人の一人で、(かくし)も兼任している若い男性が近付いてきた。

 

「どうかしたか?」

「はっ。刀鍛冶(かたなかじ)の者が来ています」

「ようやくか。相分かった。居間に通してくれ。俺もすぐに向かう」

「はっ」

 

 そう言って音もなく去って行くのを見届け、創里は着崩した着物を整えて屋敷へと向かった。何刻も素振りをしていたが、汗一つかくことなかった為、そのまま縁側から上がる。

 

「久しいな。刀が仕上がった為、お届けに参った」

 

 座敷に入ると、既に鍛冶師と思われる大男が座って待っていた。そして、創里が正面に座った所で軽くお辞儀をして挨拶(あいさつ)をする。その顔には能面(のうめん)のような仮面が(かぶ)せられていることで、その表情は(うかが)えない。その男の背後には、とても大きく長い荷物が置かれている。

 名を鉄仞(てつじん)。鬼に対抗出来る唯一の武器、日輪刀(にちりんとう)。それを打つことが出来る珍しい鍛冶師の一人である。そのような立場であることから、彼等鍛冶師は、鬼に狙われやすい。それ故に普段からその正体を隠し、素顔を(さら)さないようにしている。常に仮面の下に表情を隠し、こうして鬼殺隊(きさつたい)へ武器の提供を行ってくれている。

 

「これはご足労感謝する。して、後ろにあるのがそれか?」

「はい。ただ、何をどう使えばあのような状態になるのか。説明して頂いてもよろしいか?」

()いた所で理解出来るか分からないが、一応言うならば、俺の呼吸の影響だ」

「呼吸?」

 

 仮面でその表情の動きは分かりづらいが、身体の節々の微妙な動き、気配、呼吸から、創里の言葉に興味を示したことが分かる。

 

「あぁ、詳細は話せない。だが、その呼吸によって刀が損傷してしまうことは、最初から分かっていた。普通の大きさの刀では耐えられない。だから、あの大きさの刀が必要だったのだ」

「詳細は」

「話せない」

 

 キッパリと言ったことで、少々ムッとした表情になったのが分かる。仮面で見えないが。

 

貴方(あなた)が正体を知られないようにしているのと同様に、こちらも知られると良くない事情を(かか)えているということだ」

「それを言われてしまうと、こちらも言うことがなくなってしまう。しかし、これだけは聞いておきたい。その呼吸によってあのような状態になるということは、今後もその呼吸を使えば必ず壊れるということか?」

「可能性はある。あれは、そもそも刀を壊すことを前提とした()だ」

「なっ!」

 

 それまでどうにか感情を抑えていた鉄仞が立ち上がった。力強く握った(こぶし)はプルプルと震え、体温も心なしか上昇しているように感じられる。鍛冶師として打つ刀一本一本に魂を込めている。それに、材料となる金属等は貴重だ。にも関わらず、堂々と破壊する発言を受ければ怒りが込み上げるのも仕方のないことである。

 だが、創里は動揺することなく真っ直ぐに鉄仞を見つめ、告げた。

 

「あれは、猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)を粉末にして鬼の体内へ送り込む技だ」

「何……?」

「鬼の弱点は日の光だ。そして、同じように日差しを取り込んだ金属によって打たれた日輪刀も弱点となる。それを粉にして鬼の体内に送ることで、戦闘能力を低下させることが出来る」

「……それは(まこと)か?」

 

 少し息を呑み、静かに問う。

 

「分からない」

 

 しかしすぐに否定する。

 その返しは想定していなかったのか、若干(じゃっかん)であるが再び怒りのボルテージが上がっているようにみられるが、創里はどこ吹く風である。

 

「分からないだと?」

「あぁ。だが、何が突破口になるのか分からないのも事実だ。もしかしたら、日の光や日輪刀、鬼舞辻の(のろ)い以外に弱点となるものが、今後出てくるかもしれない」

「そのようなもの……」

「ないと何故言い切れる? 日輪刀がなかった頃は、死に物狂いで日の出まで戦って、日に晒して倒すのが定石だったのだ。今後も日輪刀に代わる武器が出てくる可能性だってある。例えば、()とかな……」

「毒なぞ……」

「証明出来るか?」

「……」

 

 咄嗟(とっさ)に否定の言葉を(つむ)ごうとした鉄仞だが、すかさず切り込んだ創里の問いに思わず黙り込んでしまう。その動揺に付け込んで、「まぁ座れよ」と促す。静かに腰を下ろした彼からは先程までの怒気は感じられず、何かを考えている様子である。

 

「時代は進む。何か少しの切っ掛けで、これまでの常識が(くつがえ)る。我々人間は、考えもしなかった所まで辿(たど)り着く」

 

(例えば、今はまだ天動説(てんどうせつ)が主流だが、もう後数十年もすればあの『(あば)れん坊将軍(ぼうしょうぐん)』で有名な徳川吉宗(とくがわよしむね)の時代が来る。そうなると、より多くの西洋の書物が流入するようになって、地動説(ちどうせつ)が日本に広まるようになる。それこそ天地がひっくり返る大事(おおごと)だ)

 

「今の移動はまだ馬か(かご)だが、それもいつかは煙を吐き出しながら数百もの人や物を運ぶ巨大な絡繰(からくり)が、陸や海を支配する」

「何?」

「技術の進歩は早い。いずれは風を掴み、雷を従える。火を制し、水を操る。光を手に入れ、闇を照らす。夢物語と(わら)うか? それとも狂人(きょうじん)(あざけ)るか?」

「……お主は一体……いや、お主の目には、何が見えているのだ……?」

 

 鉄仞の疑問の言葉に、創里はどう表現すれば良いか迷うも、短く単純に答える。

 

「そうだな……現実(いま)願望(みらい)とでも言っておくか」

「……」

 

 仮面の下ではどのような表情になっているのかは分からない。ただ、創里の行為に鍛冶師としてのプライドを傷付けるような意図(いと)がなかったことは伝わったようで、大きく溜め息を吐くと同時に、一緒に体内にあった怒りの感情も霧散(むさん)させる。

 鬼殺隊にとっても、鍛冶師にとっても、そして、日の下で生きる全ての人間にとっても、鬼、そしてそれを従えている鬼舞辻無惨の討伐こそが何よりの願いで最優先事項だ。それを成し遂げる為なら容赦(ようしゃ)をしないという創里の気持ちを汲み取ったのか、鉄仞は自身の背後にずっと鎮座(ちんざ)されていた大荷物を重そうに創里へと差し出してきた。

 

「注文のあった新しい刀だ。また壊すようだったらタダじゃおかないと言いたいが、聞く耳を持たぬのだろう?」

「俺を殺して鬼が死ぬならやってみろ。刀だけがあった所で鬼は死なん」

「とことん生意気な(わっぱ)だな」

「口が悪いのは元々だ」

「本当に気に入らん」

 

 口ではそう言いつつも、どこかにやついているのではないかと疑いたくなるような声色をしていることに気付くも、あえて知らない振りをし、受け取った刀の布を(ほど)いていく。

 (あら)わになった(さや)から刀を抜くと、そこにあったのは、元々使っていた太刀(たち)、もしくは大剣(たいけん)のような巨大な刀。だが、若干の形の微修正が行われてあった。その形に創里は見覚えがあった。

 

(これって『FFⅦ』のクラウドが使っているバスターソードじゃね?)

 

 これまでは、何となくバスターソードに見えなくもないようなというレベルのものであったが、今回受け取ったこれは明らかにその形をしている。厳密に言えば、細部のデザインや装飾(そうしょく)がまるっきり違うが、ぱっと見で半数以上がそれだと答えられるだろう。

 

(まぁいいか)

 

 そして、刀身に(きざ)まれた“悪鬼滅殺(あっきめっさつ)”の文字。これを見て、改めて自身が柱になったのだと実感する。

 

「ありがたく頂戴(ちょうだい)する。より多くの鬼を狩れるよう一層奮励(いっそうふんれい)努力(いた)す」

 

 その後は特に会話らしい会話をすることなく、鉄仞の帰りを見送った。そして、初めての刀の感触を手に馴染ませるように素振りを始める。

 半刻後、鎹鴉(かすがいがらす)権三郎(ごんざぶろう)が鬼の情報を持ってきたことで、素早く準備に取り掛かる。その際、ゆきに鬼を狩りに行ってくる(むね)を伝えると、大泣きされ駄々をこねられたが、これが仕事だ、ちゃんと朝には帰ってくることを伝え、約束をする。

 

「絶対に、お前を残して死なん。まだ約束を果たしていないからな」

「ぜったいに帰ってきてね?」

「任せろ」

 

 ゆきを屋敷の使用人達に任せて屋敷を出る。赤く染まる空を見上げ、冷える空気を感じ、そろそろ産卵時期だろうなと周囲を飛ぶ赤トンボを眺めながら歩く。

 柱としての初めての任務が、今始まる。




 江戸コソコソ話

 この時代、女性が演奏するとしたら三味線や琴がほとんどで、それは瞽女でも変わらないそうです。琵琶を演奏していたという記録はほとんどなく、琵琶の演奏者と言えば盲僧琵琶という、盲目な僧侶が演奏するのがメジャーなようでした。

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