上弦の陸の鬼、童磨を相手に、創里は善戦していた。相手の血鬼術を悉く無効化、無力化しているのだ。術の一つ一つが鬼殺隊の隊士にとって、致命傷となりうるものも、創里の熱量によって無に帰す。
これ程にまで相性の悪い相手と戦ったことのなかった童磨は、揺れない感情で焦りを見せることはないが、冷静で回転の速い頭で不利と察知。すぐに逃げの一手に出た。
だが、それもすぐに追い付かれた上に、右腕を失うこととなった。本来なら一瞬後にでも回復するはずが、傷口が燃えるように熱く、再生する兆しが見えない。この熱が収まる頃には回復出来るだろうが、それを目の前の剣士が許してくれないだろうなと考えていた。
そこで、効果があるか分からないが、時間稼ぎとして血鬼術を発動した。
手札はまだまだある。しかし、それら全てを投入した所で、柱には届かない可能性がある。よって、逃げる為だけに術を行使した。
―― 血鬼術 結晶ノ御子
腰の高さ程度の大きさの、自分に似た氷人形が四体生み出される。現在ではこれが限界だが、いずれはより多くの人形が出せるだろう。その為には沢山の人間の血肉を食らわなければならない。そして、それに必要なのはこの鬼殺の剣士から逃げる時間。この氷人形の一体一体が自身と同じ力量を持っているとはいえ、どれだけの時間が稼げるか未知数である。
「それじゃあね」
そう踵を返す。その瞬間。
―― 炎の呼吸 捌ノ型・改 陽炎・摩利支天
創里の周囲には、彼の分身と思しき影が四体現れていた。
数には数である。
対童磨戦を想定して、その中で厄介であろう血鬼術、結晶ノ御子に対抗すべく新しく生み出した型。
炎の呼吸は、煉獄杏寿郎が使用した玖ノ型、煉獄の通り、九個の型がある。しかし、原作では陸ノ型、漆ノ型、捌ノ型が登場することがなかった。しかもこの時代は、まだ伍ノ型までしかないと来た。ならばと思い、作り上げたのだ。
この捌ノ型の陽炎は、元々熱量によって蜃気楼のように分身を生み出す技として作った。しかしそれではただのハリボテであり、童磨の氷人形に対抗出来ないと分かっていたので、完成と同時に発展型の開発に着手。そして出来上がったのが、今使用した摩利支天である。その効果とは……
「それって反則じゃない?」
「テメェがそれを言うんじゃねぇ」
氷人形一体に付き、一体の分身が戦っていた。
分身に攻撃力を持たせたのが摩利支天の効果である。とはいえ、あくまで実体のない蜃気楼が元であることから、氷人形と違って本人と同等の能力を発揮することは出来ないが、それでも少しだけ時間稼ぎをすることは出来る。
それぞれが戦っている隙間を縫うように駆け抜け、創里は童磨へ肉薄する。
―― 炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天
「あっぶない!」
日輪刀で切り上げるも、避けられてしまう。しかし気にせず創里は振り上げた勢いのまま、日輪刀を手放して天高く放り投げる。
「武器を捨てた?」
「武器ならあるぜ?」
それは殉職した隊士の遺品である三本分の日輪刀の残骸。刀としての役目は果たせないが、それ以外ならば活用法がある。
(まずはコイツが逃げられねぇように、周りを囲む!)
「回転数上昇!」
―― 蒸の呼吸 四速
―― 蒸の呼吸 参式 水蒸気爆発
握った刀身の温度を急上昇させ、赤熱から白熱。そのまま爆発させる。日輪刀の刀身に使われている金属を赫刀状態で粉末状にすることで童磨とはまた違った、熱い赤い霧が発生する。
この霧を突破するには、右腕の痛みと同等のものを覚悟して飛び込まなければならない。ただの痛みなら何の躊躇いもなく踏み込むことが出来るが、未だに治らない右腕の状態を見て、通り抜けて無事でいられる保証がないことで、迷いが生じる。
しかし、その迷いは焦りから来るのではなく、このまま戦い続けるのが勝率高いか、通り抜けた方が勝率高いかの計算をしていただけで、自身が死ぬかもしれないことに何の関心もなかった。
「困ったなぁ」
「テメェはここで行き止まりだ」
その時、天高く投げていた日輪刀が落ちてきて創里のすぐ右に落ちて地面に刺さる。それを引き抜いて、冷えた刀身を再び赫刀状態に持って行く。そして、姿勢を低くして刀を地面へ擦り付けるようにする。
響き渡るはギギギギという甲高い不気味な金属音。
―― 炎の呼吸 漆ノ型 星火燎原
鬼舞辻無惨を追い詰めた何回転もする斬撃が童磨を襲う。その加速した攻撃は、左手で防御しようとした扇を抵抗なく真っ二つに叩き切り、更に回転しながら前へ踏み込むことで刃を届かせた。
「あっ」
気が抜けたような声が出た時には、童磨の首が宙を舞い、雪積もる地面へ落ちる。
「あー……やられちゃったなぁ。熱いなぁ。死んじゃうのかぁ」
「トコトン最後まで空虚なんだなお前。人の感情を利用出来ても、自分自身に感情がないから理解が出来ない」
「そう言うお前だって、言葉こそ過激なのに、全然何も感じなかったよ?」
「これは修行の賜物って奴だよ」
透き通る世界は、究極的に無駄を削ぎ落として出来る、達人のみが到達出来る領域。それは動きや呼吸に限らず、感情の起伏すらも削り、敵意や殺気すらも消し去ってしまう。
創里の場合は、そこから更に先へ進み、感情を動かさずに暴言を吐けるようにした。本人としては、敵は煽ってナンボという謎の思考回路からである。
「じゃあ一足先に地獄で待ってるね」
「うっせ。さっさとくたばれ。テメェは八熱地獄で踊り腐ってろ。俺は八寒地獄で遊ぶ予定があるんだよ」
「はぁ、死ぬってつまらないんだね」
そう言い残して、灰のようにボロボロと崩れ、消えていった。
それを見届けた創里は、他に鬼の気配がないことを確認し、体温を下げるべくギアを落とし、「フシュゥゥゥゥゥゥ」と息を吐き出す。その息は蒸気となって白き結晶舞い散る虚空へと立ち上る。その様子をぼんやりと眺めながらボソッと呟く。
「それは、テメェが心から生きたいと叫ばなかったからだよ」
創里は鎹鴉の権三郎を呼び付け、隠の派遣の依頼と戦闘報告へと向かわせた。そして残された彼は、のんびりとした歩みでその場を後にする。その道中で、先程の戦いを振り返る。
(やっぱ、想定していたよりも弱かったな。霧氷・睡蓮菩薩も使ってこなかったし。使わなかったのか、使えなかったのかは知らんが。結晶ノ御子だって四体だけだったし。まぁそんなもんか)
何せ原作の時代よりも二六〇年も昔なのだ。この頃に既に原作と同等の能力だったとは考えづらい。鬼は人間を食らう程に強くなる。その成長がないということは一人も人間を食べないことになってしまうからあり得ない。
(まぁ仮に全盛期の力を発揮されたとしても、対処する自信はあったがな。何せ、切り札の五速を使っていない。ただ、これを今使っても体温が軽く五〇度行くから制御が難しいが……)
人間の体温は四二度で危険域となり、四五度ともなればほぼ即死となる。だが創里は、その体温を五二度まで上げられる。炎柱の下での修行を終えた直後は五一度が限界だったが、それを引き上げた形となる。しかし、五四度で生死の境を彷徨うことは変わっていないので、より体温管理がピーキーになったことになる。
(まぁそれに、相性が良かったしな)
氷の血鬼術を扱う童磨に対して、肺を使わなくても呼吸が出来る上に、冷気に触れても凍らない程に熱暴走している体温を持つ創里は、正しく天敵と言える。
「とりあえず腹減ったなぁ……減った水分はそこら辺の雪食えば良いけど、体温下げられるから丁度良いし。でも消費したEnergyは補給しないとな……」
そうブツブツ言いながら、人気のない夜の雪道を歩いて屋敷まで戻るのだった。
そして、彼の下を飛び立った鴉は次々と情報の伝達を行い、創里の想像を遙かに超える速度で広がっていく。
「カー! カー!」
その報せは、遠く離れている産屋敷家にもすぐに届いた。
「カー! 蒸柱! 創里! 上弦ノ陸ト遭遇シ、コレヲ撃破! 上弦ノ陸ト遭遇シ、コレヲ撃破! カー!」
「真ですか?」
「カー!」
産屋敷家の当主である産屋敷守通は、その報告を受けて笑みが零れる。
「やりましたね。創里。遂に精鋭中の精鋭である上弦の一角を崩しましたか」
口調こそ穏やかであるが、彼をよく知る人が見れば、とても興奮なさっていて珍しいと言われたことだろう。しかし幸いなことに、彼の感情を目にする者は今この場におらず、一人静かに喜びを噛み締めるのであった。
そして、その報告は柱にも届く。
「うむ! 我が弟子がやりおった!」
炎柱、遠藤虎恭は、ただただ継子であった創里の活躍を喜び、酒を煽る。
「素晴らしいことです! わたくしも負けぬよう、より一層罪深き鬼達に神のお裁きを与えましょう!」
裁柱、作吉は二本の直剣を横たわる鬼の死骸に突き立て、天を仰ぐ。
「ぐひひひひ……流石……ぐひひ」
土柱、二兵衛は相変わらず不気味な笑みを浮かべながら、死神の大鎌のような両手持ちの鎌を肩に担いで、闇深き森の中を歩く。
「私の方が先輩だったのですが、あっという間に後輩に追い抜かれました。若輩な私では先人として未熟でした。後人を行くのは私。進め若人よ」
雫柱、たえは、束の間の休息として藤の家紋の家で湯を浴びる。
「目出度いわね。あ、一句浮かんだわ」
水柱、唄は珍しく辞世の句ではなく、普通の句を詠むべく道具の入った箱を開ける。
「僥倖!」
岩柱、三助は鬼の頸を斬りつつ鎹鴉の報告を聞き、テンションを上げる。
「次は私が上弦を仕留めてみせる! 特にあの吉利支丹よりも先に!」
鳴柱、釋縁連は座禅を組んで煩悩を追い出していたはずが、仲間への競争心から心が荒れる。
「貴公の力は、大時化のように雄々しいのだな。我も負けぬように頑張らなければな」
波柱、九十九連滋朗は、鬼の討伐へ向かう道中で胸の内を明かす。
「あぁ、一〇日も屋敷空けていたからな……ゆき怒っているだろうな」
そんなお館様や柱達の反応があることなど知ることなく、創里はただ帰ってからのことを心配していた。任務とはいえずっと屋敷に寄ることすらもなかった為、きっと寂しさで泣いているか、腹を立てているだろうと思われる。
朝までに帰宅することは難しそう。早くても昼過ぎか夕方になるだろうから、どこかでご機嫌取り用のお土産でも買うかと検討する。
(アイツ、何が好きなんだろう? 羊羹かな? 団子かな? 桜餅かな? 桜餅沢山食べさせたら髪の色変わるんかな? まぁあれは体質だろうから変わらないか)
いつの間にか、上弦の鬼を狩ったことよりも、屋敷に住む少女のことを考えている柱であった。