鬼滅の刃~蒸の呼吸~【完結】   作:木入香

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 短いですが、キリが良いので。
 ゆきちゃん可愛いです。


第拾漆話 継子になる覚悟、育手になる覚悟

 現在、創里(つくり)はピンチを迎えていた。

 上弦(じょうげん)(ろく)である童磨(どうま)討伐(とうばつ)した夜が明けてから数刻。昼過ぎに自身の屋敷へ帰宅した彼を出迎えてくれたのは、半ば義理の娘か妹のような存在となっている(数えで)一〇歳の少女ゆきであった。

 門を(くぐ)った時には、創里の無事を確かめるように慌てた様子で屋敷から飛び出して来た。そのせいで周囲の認識が(おろそ)かになり、何度か()けた。目が見えないので当然だろうが、彼女は日々の訓練で屋敷の敷地内であれば全ての配置を把握しているので、それが分からなくなるくらい心配し、慌てていたのだろう。それでも彼の位置を誤認することなく真っ直ぐに走ってくる辺り、どれだけゆきの心の中を創里で占められているか分かりやすい。

 任務とはいえ何日も帰らず、また連絡をすることもなかった。柱になる前であれば定住地がある訳でもなかった為、ずっと全国各地を転々と移動していたことであまり意識していなかったが、柱となったと同時にゆきと同居するようになってからは、彼女を寂しい思いをさせないようにと、長く屋敷を()けることなく任務が終わればすぐに帰っていた。だが、今回は長期の任務となった。普通であれば上弦の鬼を探すだけで一〇日というのは早過ぎるのだが、そこの所の事情を知らない少女には関係ない。彼は約束を破ったのだ。

 走ってくる勢いのまま、再び地面に(つまず)いて前のめりに倒れそうになった所を創里に助けられ、知らぬ内に抱き締められる形となった。そのことに少女は最初こそその(ぬく)もりを享受(きょうじゅ)していたが、すぐに何かを思い出したようにハッとした表情をして離れ、創里の手を引いて屋敷へとズンズン進み、あれよあれよという内に今の状況となった。

 

「えぇと……」

 

 創里は戸惑っていた。

 広い座敷の中でポツンといる二人。正座する彼の前に置かれているのは、高級そうな羊羹(ようかん)(つつ)み。帰りに有名菓子屋に寄って買ったものだ。そしてその羊羹を挟んで反対側では、ゆきが(ほお)を目一杯(ふく)らませてそっぽを向き、私不機嫌ですオーラを全開に出していた。

 泣く子と地頭には勝てぬとは言うが、この場合の対処の仕方について、それなりの人生経験があるはずの創里も流石に分かるはずもなく、ただただ目の前に座る少女の機嫌が直ることを祈って、身を縮めることしか手段はなかった。

 

(俺、この屋敷の主人(あるじ)だよな?)

 

 心の中でそう思うも、今の状況を打破出来る手札を彼は持っていない。いや、持ってはいた。初手羊羹謝罪である。しかし、それが不発に終わったことは今の状態を見たら分かりやすい。

 どれだけ沈黙が続いていただろうか。この微妙な緊張感の中、ふと、ゆきが「はぁ」と息を吐く。その息に含まれるのは呆れか、怒りか、それとも安堵(あんど)か。それが何を意味するのか考えを巡らせるよりも早く、彼女の口が開いた。

 

「私を、継子(つぐこ)にして」

 

 発せられたその言葉に創里は固まった。

 それは、彼自身が何度も考え、何度も提案しようと思って、しかしそれは彼女の将来を考えると押し付けになってしまうのではないかという葛藤(かっとう)もあり、断念してきたことであった。

 だが、その言葉を教えた記憶はなかった。ならば何故知っているのか。この屋敷に住む人は、多少なりとも鬼殺隊(きさつたい)に関わり、事情を知っている者達である。よって、その中から話を聞いていたのだろうと予想出来る。

 とはいえ、それとこれとは別だった。

 

「何で……?」

 

 震える口から出たのは、それだけであった。何故突然そんなことを言ったのか、彼には理解出来なかった。

 経歴から何の知識も教養もない彼女であったが、それでもこの屋敷に来てからの月日で学んだことは数多く、それまで奪われていた期間を取り戻すように吸収していった。創里は気付いていないが、彼女の空間認識能力は、透き通る世界に半歩踏み入れることが出来るかもしれない状態にまで成長している。

 

「私は、ずっと、ひとり(・・・)だった。大好きだったととさん(父さん)かかさん(母さん)に売られてからずっと……だから、ととさんとかかさんをさがしてくれるって、言ってくれて、うれしかった。でも、ここでみんなといっしょに住むようになって、たくさん色んな話をしてくれて、遊んでくれて、やさしくしてくれて、甘えさせてくれて、本当にうれしかった」

 

 彼女の独白をジッと聞く。室内にいるのは創里とゆきだけであったが、その外では、屋敷の中で一緒に暮らす(かくし)や一般の使用人も含めた全員が聞き耳を立てていた。そのことに二人は当然気付いているが、創里は、彼女が彼女自身の覚悟を示したいのだと察し、放っておくことにした。そしてそれは正しく、ゆきの前髪で隠れている開かれない目には、誰にも分からないが、熱い何かが(とも)っていた。

 

「つくりが、お仕事に行く時はさみしかった。お仕事はいつも夜で、夜はこわい。時々泣いちゃって、りつ(使用人の一人)と一緒に寝ることもあった。見えないけど、生まれた時からずっと見えなくて、暗くて、こわくて、さみしいけど、それでも、だれもいない、夜はこわい。こわいの……」

 

 子供ながらに一生懸命に話そうとしている。だから様々な想いを(つむ)ぐ結果、要領を得ないものとなってしまうが、それを何も言わずに真剣な眼差しで聞き続ける。

 

「つくりがいない夜はいや。つくりがいない家は、いや。つくりが、つぐりが、いっしょに、いてくれないと、いや」

 

 ずっと(こら)えていたのだろう。彼女は震え、言葉が詰まり、両頬には、(しずく)(すじ)を作っていた。

 

「もう、び、いとり、ひとり、は、いや、いや、なの……」

 

 (うつむ)き、声が小さくなるが、それでもこの場にいる全員には、彼女の言葉は、想いは確実に伝わっている。

 

「でも……でぼ……わだじには、まつごど、じか、でぎない……もじが、じだら、このまま……このまま、いなぐ、なっぢゃうがも、じれない。かえっでこない、がもしれな、い、ってだがら……だがら……だがら……」

 

 彼女の叫びを聞く彼等の手に、自然と力が入る。

 

「おには、ごわい、とおもう……でも、でも、ぞれよりぼ、づぐりがいなくなっちゃうことが、いぢばん、いやだ!」

 

 想いを全て受け止めた創里は、少し置いてゆっくりと話す。

 

「それで継子か?」

 

 それに静かに(うなず)く。

 

「死ぬかもしれないんだぞ?」

 

 それも何も言わずに首を縦に振る。

 

「俺と、(はな)(ばな)れになるかもしれないんだぞ?」

 

 それにはビクッと身体が跳ねるが、それでもビクビクと首肯(しゅこう)する。

 創里は、その様子を見続ける。継子にしたいとは考えたことは何回もある。しかし、今の彼女の言葉を受けて、彼の心を占めるのは、手放したくないという思いである。

 鬼殺隊は厳しい。修行もそうだが、最終選別で隊士になることすら叶わずに死んでいく者が大勢いる。無事に合格して隊士になったとしても、最初の任務で死ぬかもしれない。その戦いを(くぐ)り抜けても次がある。次々と死がやってくる。

 この問答で、揺らいで欲しいと心の中で願っていた。もし、躊躇(ちゅうちょ)することがあれば、それを理由に断ることも考えてすらいた。だが、彼女はどこまでも真っ直ぐで見えない(まなこ)でこちらを見つめてくる。

 最後の問い。しかしその問いは、問いではない。覚悟を決めている彼女なら、察することが出来るだろう。だから最後の質問を口にすることが出来ない。だが、それではゆきの思いを踏みにじることになる。それは、絶対にする訳にはいかない。

 そして、彼も覚悟を決めて聞く。

 

「修行は、厳しいぞ?」

「……っ! うん!」

 

 張り詰めていた空気が霧散し、彼女の両頬を流れるものが嬉し涙に変わったことが分かる。

 

「もう一度、覚悟を聞かせてくれ」

「うん! わだじは、ぐすっ、わだしは、つぐりと、わたしのかえる、この家を守る!」

 

 鬼を倒す。鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を倒す。悲しむ人を救う。多くの人を守る。そういった言葉でなく、帰る場所を守ると迷いなく言ったことに創里は思わず笑みが(こぼ)れる。

 

「そうか……」

 

 それで良いのかもしれない。

 あの時は成り行きで拾ってしまい、そのまま一緒に住むようになってしまったが、いつの間にか、立派なこの屋敷の一員、家族としていたことに遅く気付かされる創里であった。

 

「ようかん食べる!」

 

 そして忘れられていた羊羹の包みを手にしたゆきは、包装を()がして中身を出し、そのまま(かぶ)り付く。

 

「おいおい」

 

 呆れつつも、ずっと部屋の外にいたであろう使用人に向けて「お茶をくれ」と言う。お菓子にはお茶が必須だ。しかし、切ることなくそのまま鷲掴(わしづか)みにして食べるとは思わなかった。

 

「食べながらで聞いてくれ。明日から修行を始める。それはとても厳しいものだ。だが、生き残る為に必要なことだ。だから、やると決めた以上は、絶対に諦めずに付いてきてくれ」

 

 本当は今日から始めたいが、創里はこれから上弦の鬼を討伐したことに関する報告書を作成しなければならない。鬼殺隊が結成され、十二鬼月(じゅうにきづき)が誕生して初めての上弦の討伐に、しかも単独で成功した者なのだ。産屋敷守通(うぶやしきもりみち)からも、出来るだけ詳細に書いて欲しいと(ふみ)(手紙)が鎹鴉(かすがいがらす)を通して届けられる程に重要な案件なのである。

 

(報告書とついでに、継子を取ったことも報告しておくか)

 

 目の前で手と口周りをベタベタにしながらも食べるのを()めない姿を見て、先程の涙の覚悟を叫んだ人物と同じか疑わしいが、暗く沈むよりは明るい方が断然良い。

 年配の使用人である(りつ)がお茶を持って現れ、無我夢中で羊羹を口に運ぶゆきの姿を見て驚き、呆れ、溜め息、そして静かに微笑みながら、手拭(てぬぐ)いでモチモチとしたきめ細かい肌の頬の汚れを拭いていく。

 そんな平和な光景を守る為にも、頑張るかと気合いを入れて立ち上がる。

 

「お館様に提出する書類を作るから、その、あまり邪魔をしないように」

「うん!」

 

 そう言い残して、部屋を出る。

 戸を閉じていた為に気付かなかったが、すっかり夕刻である。空は茜色(あかねいろ)に染まり、降り積もった雪もキラキラと輝いている。その雪を見て、ゆきの未来もこうして輝いていると良いなと思う。

 ちなみに、羊羹一本を丸ごと食べてしまったゆきは、その後の夕餉(ゆうげ)(夕食)をお残ししてしまい、栗に怒られて涙目になるのであった。




 江戸コソコソ話

 炎の呼吸 捌ノ型・改 陽炎・摩利支天
 摩利支天とは、仏教の守護神である天部の一柱。日天の眷属です。摩利支天は陽炎を神格化したものとされています。
 陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付きません。
 隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされています。
 これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があったとされています。
 ※参考文献wiki
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