少年が目を覚ました時、そこはどこかの屋敷の一室であった。少なくとも、兄と一緒に暮らしていたような年季の入った長屋ではなく、またかつて家族四人で暮らしていた家よりも上等そうな造りの建物のようだと感じる。幼い頃に亡くしたとはいえ、大工の次男である。父の職場へは何度も足を運んで建築風景を眺めていたことで、何となく良い建物だという印象を持つ。
「夢じゃ、なかったんだよな……というか、ここどこだ?」
そう呟き、少年は自身の記憶を探る。そして、いつの間にか着替えさせられていて白い着物を身にまとっていたこと、それと全身のあちこちに施された治療の跡を見て、あの時の出来事が夢でも何でもなく、現実に起こったことだと認識したことで、やはり“鬼滅の刃”の世界に来てしまったのだと、改めて思うのであった。
彼には前世の記憶がある。この時代よりも
(でも、アレって
一人
現代人がイメージするような時代劇で登場するような髷は、江戸時代中期をモデルにした『
「気が付いたようじゃの」
「は、はい。ありがとうございます。あの、つかぬ事を聞きますが、ここはどこなのでしょうか?」
「ふむ。ここは、かつて鬼に襲われながらも生き延びた先祖様から、その感謝と記憶を脈々と受け継ぐ家系の家じゃよ」
「それって……」
(藤の花の
何度も自問自答して出した答えを、第三者の言葉によって裏付けが取れた。そのこと自体は良いのだが、素直に喜んだり安心したりすることは出来ない。前世の記憶が
そこに、年配の男性の後ろから一人の青年が入室してきた。
「男児よ。目覚めたか。もう少し寝ているものと思ったが、意外と早起きなのであるな。まだ昨夜の傷も
「はい。大丈夫です。助けて頂き、ありがとうございました」
「うむ。動けるか?」
「はい!」
「うむ! 良い返事だ。腹も減ったろ? 丁度
「はい」
青年に手を引かれて部屋を移すと、そこには二人分の食事が用意され、先程の年配の男性が
(え、俺ついさっき目覚めたよな? なのに準備出来てるの? というか
藤の花の家紋の家の住人の対応能力に
本来なら食事をしながらの会話はマナー違反なのだろうが、何より青年の方から話し掛けてくるので、少年もそれに釣られてついつい口を開いてしまう。
「私の名前は
名を名乗られただけでなく、身の上話もされてしまえば少年も話さない訳にはいかず。自己紹介をする。
「俺の名前は
「む、そうなのか。傷が癒えれば家に帰すつもりであったが、男児……いや、創里と言ったな。お
そこで治忠が何か考える仕草をするも、すぐにまとまったのか、口を開いた。
「ふむ、もし、お主に覚悟があるのであれば、
「やります!」
「む?」
創里の話を聞く時には食べる手を止めて真剣に聞いていた治忠も、自身が話す時には食べるのと同時に話をするという器用なことをして、ペースを落とさずに話し続けていた。しかし、創里がすぐさま返答をしたことで、再びその手が止まった。
「歳は?」
「(数えで)
「ふむ……即決するとは思わなんだ。では聞こう。お主に命を賭けて鬼と戦う覚悟があるか?」
「あります」
「鬼殺隊は厳しい。入隊試験で命を落とし、隊士にすらなれずにこの世を去る者も多いが?」
(この頃にはもう、あの七日間の
「何の保証にもなりませんが、覚悟はあります」
「ふむ。相分かった。では、私の方から
「ありがとうございます!」
「うむ! ではまずは
「よろしくお願いします!」
それからは二人共
食後に一息入れた後、治忠に続いて創里は屋敷の庭へ出る。太陽が
「まずは基本だ。呼吸法というもので、戦う際に全集中の呼吸という特殊な呼吸を用いて身体能力を向上させて戦う。どうやら、昨夜にその
「いえ。あの時はとにかく
「無意識というものか。それで時間が
(本当に才能があるのかもしれんな。この指導の様子を見てからになるが、炎柱様の
治忠は、創里に期待しつつもそれを表に出さないようにし、静かに告げる。
「では、呼吸法を伝達する。しかと見よ」
「はい!」
それからは、治忠の真似をしてただひたすら全集中の呼吸を繰り返すだけ。技所か身体を一切動かすことなく、互いに向き合って息の仕方を見る。
(うむ。
一方で、創里は何度も繰り返すことで肺が痛むが、とにかく少しでもヒントを得ようと食らい付く。
(想像以上に苦しいし、痛い! でも、これを身に付けた上で、更に年中無休で睡眠時も休まずに続ける、
全集中の呼吸は、
一足飛びで身に付く技術ではない。常中は今の段階では未熟過ぎて無理だ。まずはしっかりと全集中の呼吸を、安定して出来るようにする。その為には……
(その為には、口から取り込んだ空気が気道を通って肺へ送られ、
前世があり未来の知識がある創里は、理科などの授業で人体の構造についても当然学んでおり、その
(……っ! ここだ!)
何かが
昨夜のような危機的状況からの無意識のものではなく、教えられた直後の荒いものでもない。ほんの一瞬とも言える時間ではあるが、明らかに
(これ程とは……)
治忠は、ただただ驚愕するしかなかった。僅か半日にも満たない者が、少し指導しただけで基礎の基礎の基礎とはいえ、形にしてしまった。
元々炎柱に送ってちゃんとした指導をしてもらうつもりで考えていた。その中に才能があれば継子として推薦するのも良いと思っていたことも間違いではない。ただそれは、自身が見極めることではなく炎柱がいくらかの期間を設けて様子を見、判断するものと勝手に思っていた。
(開花と言うには言葉が過ぎるが、それでも、ただの種の状態からいきなり地面から芽を出しよった! これは、
そう決意する治忠の目の前で、いきなり何の
(ふむ。まずは基礎体力からだな。これも、炎柱様の指導があれば必ず伸びるはずだ)
満足そうに
(ぐおぉぉぉおお! 苦しい! 痛い! 疲れる! マジか! 全集中の呼吸ってこんなヤバいのか! 舐めてたつもりはなかったけど、甘かった! これは基礎体力もちゃんとやらないと、肺だけでなく身体がもたない! でも、一歩……いや、半歩だけど……前に、進んだ!)
その後は、創里の回復を待ちつつ治忠も仮眠を取り、夜に治忠が鬼狩りへ出掛けるまで、時間の許す限り指導を行い、更なる前身とそれに
江戸コソコソ話
主人公の名前は、大工の家の男児であることから、物作りに関連しそうでかつちょっと洒落た感じの名前ということで決めました。新しい呼吸を生み出すという意味も込められています。蛇足でした。