鬼滅の刃~蒸の呼吸~【完結】   作:木入香

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 ものすごく短いですが勘弁を。
 無惨の回です。
 相手視点の回想のような何かです。
 次回はゆきちゃんの回にしようかな。


第弐拾壱話 鬼舞辻無惨

 鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は今目の前で、否、目に映った光景にただ驚愕し、呆然とするしかなかった。最初こそ怒りを(いだ)いていたものの、次第に怒りとは別の感情が浮かんでいた。それを認めることを彼は拒否した。認めてしまえば、それに飲み込まれると恐怖(・・)したからだ。しかし、恐怖を抱くことを恐怖している時点で無意識で認知していることを無惨は知らない。そんなことに気付けるだけの余裕がなかった。

 猗窩座(あかざ)(やぶ)れた。十二鬼月(じゅうにきづき)でも更に優秀な六体の鬼で構成される上弦(じょうげん)。そしてその中でも二番目の強さを誇る猗窩座が死んだことは、彼の中では衝撃だったのだ。

 しかし一方で、実際にあの白黒頭で巨大な日輪刀(にちりんとう)を持った、左右非対称な(がら)の着物を着た鬼殺隊(きさつたい)の男と戦闘に入れば、猗窩座でも勝てないだろうとは予想していた。それ故に、少しでも遭遇確率を減らすことで戦力を減らさないようにすべく、十二鬼月、特に上弦には慎重な行動を求めた。

 だが、その思惑は童磨(どうま)の位置を突き止められたことで外れてしまった。

 鬼殺隊の剣士が扱う呼吸は、童磨の血鬼術(けっきじゅつ)と相性が悪く、相対(あいたい)すればまず負けないだろうとは思っていた。だが、あの剣士だけは例外で、もしかしたら負けるかもしれないという思いがあり、余り派手に動くなと注意だけしておいた。その結果がこれだ。

 どういう訳か、あの剣士は童磨の動向をほぼ正確に掴んでいたようで、潜伏先へ襲撃を掛けてきた。先に遭遇した三名の鬼殺隊は本当に偶然の邂逅(かいこう)であり、また瞬殺したことで援軍が呼ばれる前に移動が出来ると踏んで問題視していなかったが、あの剣士が現れたのはほんの(わず)か後で、行動に移す(ひま)もなかった。

 無惨の目から見ても、童磨の動きに特段不手際があったようには見えなかった。全ての動きを監視していた訳ではないが、現に彼が関わった失踪(しっそう)事件は全て、表の人間の犯行として見られており、法則性もなかったことから同一犯でもないと処理されていた。

 他の鬼の視界を覗いて、鬼殺隊の動きを見ても不自然なものもない。

 訳が分からなかった。何がどうして童磨の動きを察知されたのか。もしかしたら、無惨と同じように鬼の位置や、視界を覗くような特殊な力があるのではと疑ったこともあった。だが、実際に会い、戦った自分の感覚からあの剣士は普通の人間であった。確かに常軌(じょうき)(いっ)した身体能力や呼吸法であることは分かるが、継国縁壱(つぎくによりいち)を知っている身としては、まだ人間の範疇(はんちゅう)である。そして、無惨は自身の感覚を疑うことをしない。傲慢(ごうまん)であることに加え、そして二度も敗走するという失敗を犯したことから、視野狭窄(しやきょうさく)になっているのだ。

 童磨が敗れてからは、より一層鬼達には気を引き締めるように注意した。その甲斐(かい)あってか、一度遭遇戦に発展した下弦(かげん)が敗れることはあったが、(おおむ)ね順調にことを運ぶことが出来ていた。

 安心は出来ないが、ずっと気を張り続けていたことが知らず疲労となっていたのか、気が(ゆる)んでしまった。鬼であるから体力は無尽蔵、肉体は頑丈で傷付かず、仮に傷付いてもすぐに修復し元通り。当然疲れなどあるはずもないのだが、あの剣士は存在だけで精神をジワリジワリと(むしば)んでいたようだ。

 全体的に人間を食べる頻度(ひんど)が減ってしまっていることは危惧(きぐ)すべきことであったが、下手(へた)に大きく動くと捕捉(ほそく)されてしまう。鬼達には強くなってもらって自身の手足、武器、肉壁ととして使う必要があり、その為にはより多くの人間を食らう必要があるのだが、それをすると見つかる。そんなジレンマを(かか)えながらも我慢を続けた。

 それを自覚して、何故自身が我慢をしなければならないのかと怒りを覚えたが、かといって再び彼の前に姿を現せば、今度こそ殺されてしまうかもしれないという思いもあり、行動に踏み切れない。

 あの剣士と戦って以来、付けられた傷は未だに完治に至らず、血鬼術を行使したり感情が高まったりした時に全身に激痛が走った。十中八九あの剣士の仕業なのだろうが、それが何なのかが理解出来ない。毒等の(たぐ)いであれば、解毒や排出されるのだが、ずっと体内に留まり続け、ジクリと身を焼く感覚がする。それはまるで、赤く熱せられた日輪刀に斬られた時のような感覚である。

 無惨自身は経験がないが、とある死に方をした鬼達からするとそれは、正しく太陽に()かれる感覚だと言うだろう。最もその経験をした者は例外なく死んでいるのでそれを彼が知ることはないが。

 

「あの動き、あの時よりも速くなっている」

 

 猗窩座の足を斬り飛ばし、背後へ移動したあの一連の動き。一年半前よりも確実に強くなっている。勿論(もちろん)、技のキレや全体的な動きでは縁壱に届かない部分が散見されるが、最後のあの動きだけを注目すると、瞬間的な爆発力だけは縁壱を超える実力があることを(うかが)わせる。

 

「アイツは、一体何者なんだ! ……ぐっ」

 

 思わず怒りを覚えてしまう。それに気付き、すぐに感情を制御しようとするも一瞬遅く、チリチリとほんの少しだけ熱による痛みが走った。いつか(みずか)らの身体に焼き殺されてしまうのではないかという恐怖を(いだ)きつつ、今後の方針を定める。

 

(すぐには上弦の補充は出来ない。アイツ等は貴重な、まだ(・・)使える戦力だ。となると、他の有象無象(うぞうむぞう)の鬼達に(おとり)となってもらおう)

 

 無惨は決して無能ではない。あらゆる面で沸点が低く、感情に左右されやすいだけで、自身の経験と(たくわ)えてきた知識、そしてそれらを(もち)いての予測はとても高度なものとなっている。

 

(恐らくあの剣士は、人間の減り方を見て、どういった手段かは分からないが、その中で法則性を見出(みいだ)すことが可能な奴だ。特定の鬼のみを狙うことが出来るのかに関しては定かではないが、出来ると仮定して対策を()る必要がある)

 

 見た所、あの剣士の年齢はまだ若い。縁壱の例を考慮(こうりょ)すると、数十年は無惨の前に立ちはだかることになる。

 

(より完璧な存在となるべく、一刻も早く青い彼岸花が必要だと言うのに……ほとんど期待は出来ないが、他の上弦にもやってもらおう。黒死牟(こくしぼう)にもな)

 

 だが、下弦以下の鬼には捜索を命じない。下弦は強さこそあるが、その強さも柱相手となると心許(こころもと)ない。何らかの拍子に口を割る可能性を(かんが)みれば、出来るだけ情報を与えるのは少ない数に絞っておきたいのだ。

 

(さいわ)い、血を分け与える行為に関しては特に制約はないようだ。これで少しずつでも戦力の拡充を(はか)る)

 

 しかし、人間を鬼に変えることが出来るのは現時点(・・・)では無惨のみ。彼自身がそれなりに見所のある人間の(もと)(おもむ)き、血を入れる必要がある。これ自体が影響(リスク)(ともな)うことであるが故に、より一層鬼殺隊の動向を注視し、行動する必要がある。

 

裏切り者(・・・・)の捜索もしなければならない)

 

 無惨の(のろ)いを外して、どこかに潜伏している珠世(たまよ)のことを思う。彼女の動きは鬼殺隊以上に読めない。だが、彼女も同じ鬼だ。寿命のない永遠を生きる者同士、いずれ必ず見つけ出し、始末するつもりである。

 

(そしてあの剣士……)

 

 現時点であの剣士を倒す算段は付いていない。上弦の鬼を複数体同時にぶつける案もあったが、もし敗北したとなれば、たちまちに戦力が足りなくなってしまう。ただ、全く攻略法がないとも言えない。あの剣士が人間である以上、いずれは寿命で死ぬ。鬼と違って永遠の存在ではないのだ。その時まで待てば良い。

 

(そう、何も今すぐ行動する必要はない。こちらには時間はいくらでもある。焦って墓穴を掘ることもない)

 

 気を落ち着かせる。怒りがない訳ではない。あれだけ虚仮(こけ)にしてきた存在はあれが初めてだ。如何(いか)なる手段を(もっ)てしても殺したい相手であるが、目的を履き違えてはいけない。

 

(私の計画は止まらない。如何に強かろうと時には勝てない。時を超越した存在である私は残る)

 

 怖い物などないのだと言い聞かせるような心の内だが、彼は気付かないし、仮に気付いたとしても認めず、拒絶する。弱さに目をやることはない。弱さとはかつて人間だった頃の自分。今の自分はあの頃とは違う。強さを手にした自身は全てを手にすることが出来る。

 こうして無惨は、姿を変え、人間のいる世界へ足を踏み入れる。

 弱い存在である人間に擬態(ぎたい)するという矛盾に気付かないまま、人間の生活へ溶け込む。街の中を堂々と歩く姿は、()れ違う人々の誰もが、彼が人外であるとは思いもせず、そのまま通り過ぎていく。

 そしていずれは街の闇の中へと入り込み、何も知らぬ者がそこへ吸い寄せられるように近付き、餌食(えじき)となる。

 

雑魚(ざこ)でも戦力は戦力だ。贅沢(ぜいたく)は言わん。まぁ、(にぎ)やかし程度にはなろう)

 

 こうしてまた一人、鬼となった者が現れる。

 しかし目立つ為すぐに人を襲わせない。見つかってしまえばまたあの剣士と戦うことになるかもしれない。それが心の奥にトラウマとして(きざ)まれてしまった彼は、見えない影に(おび)えつつも、いずれ来る時の為に着実にことを進め、その牙を()ぐ。

 この創里(つくり)の呪いとも言えるそれは、時代を通り越して体内に散りばめられた猩々緋(しょうじょうひ)の金属粉を全て除去した明治時代の終わりまで続いたという。




 江戸コソコソ話

 鬼に対する外出自粛要請(命令)
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