創里が炎柱の下に来て、早六年が経った。
そう、六年も経った。
炎柱の継子となったのが数えで一一歳。実際は一〇歳の頃。それから六年となり、創里も数えで一七歳となって立派な青年へと成長した。身長は約五尺三寸程度と、決して高くはないが、年数を重ねて修行を行ったことにより、その身体付きは見違える程である。
しかし、本来ならば早ければ一年、もしくは二年程度。遅くとも三年で鬼殺隊の最終選別へと、藤襲山という山一つを丸ごと試験会場へ赴き、生死を賭けた戦いを行わなければならない。義務ではないが、常に多くの殉職者を出す危険な仕事である為、優秀な人材はすぐにでも欲しいものなのである。
大正時代と違って、まだまだ人材に乏しい組織。例え子供であろうともそれは関係なく、一つの戦力として求められていたのだ。
創里は才能があり、すぐに炎柱である遠藤虎恭に継子として認められ、若手を育成する育手(師匠)として、弟子である創里の育成に尽力している。
才能があるのならすぐにでも最終選別へ行って、鬼殺隊に入るべきであり、また周囲からもそのような声があった。また虎恭本人からも、直に一度だけ最終選別へ行かないかと問われたが、創里は首を縦に振ることなかった。それからも、ただひたすら修行を行いつつ日々の生活を送ることに集中していたし、そのことに虎恭が口を挟むこともなかった。そして、遂に目標へ到達出来たのであった。
その日の夜。虎恭の下へ向かった創里は、時間を掛けてしまい申し訳ないことをまず告げ、謝罪した。
「私の所へ来たということは、遂に行くのか?」
「はい」
「時間を掛けたな」
「見捨てられても仕方ないと思っておりました」
「いや、一度引き受けたことだ。ならば最後までやり通すのが武士として、そして柱としての私の覚悟だ」
静かだが、重みのある声。それによって紡がれる言葉。創里の目の前の三十代とは思えない程の貫禄を持つ男性、虎恭は、一度も創里を軽蔑した目で見ることも、諦めるような目で見ることも、ましてや嫌うような目で見ることもなく、ただ、創里の思い、言葉の奥にある本当の考えを見通そうと向き合い続けてきた。
二年経った頃、最終選別へ行くことを勧めたものの本人には断られた。それから彼は創里に最終選別へ行くように言わなくなった。
それを周囲は諦めたのだと捉えたが、虎恭は、創里が何を考えて行動しているのかを何となく汲み取って、容認するようになった。決して覚悟が揺らぎ、臆病風に吹かれて最終選別に行かない訳ではないことは、目を見れば分かる。むしろ、今すぐにでも鬼殺隊へ入って鬼を狩り、人々を救いたいと思える程の熱量を感じていた。
熱く滾る程の思い。これこそが、炎の呼吸を扱う者として、最も大切なことである。
「しかし、まさか柱でもなければ隊士ですらないお前が、新しい型を作る所か、新しい“呼吸”すらも身に付けてしまうとはな。これ程の優秀な人材を継子にすることが出来て、私は柱冥利に尽きるというものだ」
「恐縮です」
そう、この創里という男は、この時代の時点では伍ノ型までしかなかった炎の呼吸の剣技を、更に陸、漆、捌を作ってしまったのである。
(原作では、参ノ型に加えて三つの型は明かされていなかった。だけど、煉獄杏寿郎は玖ノ型を使っていた。ということは、陸、漆、捌も存在するはず。でも、どんな技か分からない。ならば作るしかないだろう)
そう考えた彼は、日々の修行に加えて型の研究も行うようになった。修行開始して一年が経った頃である。その頃には既に全集中の呼吸・常中を身に付け、生活を送っていた。
そして修行開始して二年半で三つの型の原型を作った創里は、それを虎恭と何度も試行錯誤しながら練り上げ、四年目に入る前に遂に完成に至った。次に取り掛かったのは、オリジナルの呼吸の製作だ。むしろこちらが本命である。
本命であるなら、先にそちらを取り掛かるべきだとも思えるが、先に炎の呼吸の型を増やしたのは以下の理由がある。参考にするべき資料は多い方が良いというと、技のバリエーションを増やす為に、元となる呼吸の技そのものを増やすということからであった。
オリジナル呼吸の作成は熾烈を極めた。
何度も身体を壊し、何度止められようとも掴む手を振り払い、一心に修行に打ち込んだ。見た目では分からない体内の改造を行い、左の肺を潰してしまったことで一時期呼吸が出来なくなる弊害があったが、それも新しい呼吸法で解決させた。
(というか想定内だったしな。出来るかどうかは分からなかったけど、もし出来るとしたら、確実に左の肺が死ぬことは分かっていた。だから、そうなっても良いように予め対策も同時に行っていた)
隊士生命を脅かす程の修行である為、恐らく、この呼吸法を使える者は自分以外現れないだろうと創里は想像している。このような手段を執らずとも、まともな修行を行えばいずれ到達出来るかもしれない。その領域へ、呼吸そのものを改造して無理矢理そこへ手を伸ばして掴んだ。
寿命を縮めてしまうその行為だが、それを可能とすべく修行開始の頃からずっと続けていたこと。それは……
(“透き通る世界”……これが、“継国縁壱”が見ていた世界か)
継国縁壱とは、現代よりも昔、戦国時代に活躍していた鬼狩りの名である。呼吸による身体強化の手段を編み出した先駆者で、後の世に、その呼吸を基礎として様々な派生が生まれたことから、始まりの呼吸と呼ばれている。
創里の修行とは、最初からほぼ一貫して同じことの繰り返しであった。
季節関係なく、朝は同じ時間に起きる。時計などないが、起床時間から睡眠時間までの活動時間を自身の中で正確に分割して割り出し、それに沿って動く。むしろ、この時間を決めた行動には時計は余計な情報として邪魔である為、ない方が良い。
体内時計を完全にコントロールし、決まった時間に起き、決まった姿勢で、決まった歩幅、決まった速度、決まった道順で行動する。食事も座り型、姿勢、箸の持ち方、食べる順番、咀嚼回数、速度、嚥下、一回で口に運ぶ量まで事細かく決めた。一日にトイレに行く回数とその時間も決めた。身支度を調える順序や時間も決めた。生活のありとあらゆる動作をほぼ変えることなく、ひたすら繰り返す。
長年住み続けた家の中では、例え目を瞑っていたとしても、ある程度簡単な動作、部屋の行き来が出来た。そのような経験はないだろうか。創里が行っているのはまさしくそれである。動作を統一することで、例え目を瞑っていたとしても、同じ行動を取れるようにする。そして、それを考えることなく、完全に無意識の中で出来るようにする。
しかもそれらを、正しい姿勢を維持したまま行う。身体に負担のない、無理な力が入らないように意識しないように意識し、それも無意識の制御下に置けるようにする。
呼吸や剣技の修行も同様だ。内容は多少変わることもあるが、必ず欠かさないのが、素振りである。剣道のように構えて、ひたすら振り続ける。何十回、何百回、何千回……
(『HUNTER×HUNTER』のアイザック=ネテロの一日一〇〇〇〇回の感謝の正拳突きではないけども、精神を統一しての同じ動作を正しい姿勢、正しい形で素早く、キレ良く、元気良く行う。地道だけど、これが一番の近道だと思う。何事も努力を無視した近道なんてないんだ。才能があろうがなかろうが、身体の随まで染み込んだ技を繰り出す為には、とにかく繰り返すしかない! というか、呼吸法も『ジョジョの奇妙な冒険』の波紋法だよな。まぁ、太陽光の波と同じ波長とか分かんないから参考程度だけど……あ、いかんいかん。雑念が。呼吸が乱れる)
先に透き通る世界へ入ることが出来るようになったのは僥倖であるが、最悪、生きている間に到達出来れば良いとさえ思っていた。
ここまでする必要があったのかは不明であるが、ただ、縁壱は生まれながらにして透き通る世界を見ていたとされている。正しい姿勢、動作、呼吸が透き通る世界に入る条件ならば、それに合致した動きを、年齢や体格に合わせて無意識に行うことが出来ていたことで可能としていたのではないかと創里は考えた。
剣を振る時のみに意識した所で、文字通り付け焼き刃にしかならない。普段の生活から意識し、それが無意識で出来ることが重要と位置付け、今日まで努力し続けてきた。
そして、新しい呼吸。
「確か、蒸の呼吸だったか」
「はい」
創里が新しく会得した蒸の呼吸とは、簡単に言ってしまえば痣を無理矢理発現させる為の呼吸である。
痣とは、心拍数が二〇〇以上になる。体温が三九度以上になるという条件を満たすことで身体のどこか(主に顔のどこか)に浮き出る、に鬼の紋様のようなものである。これが発現すると、全集中の呼吸・常中よりも飛躍的に向上するだけでなく、鬼から受けたダメージも急速に回復するようになるチート状態である。
しかし、当然ながらデメリットがあり、痣を一度でも発現した者は、本来ならこの先も生きるであろう生命力を全て現在の身体能力に置き換えている為、寿命が短くなるというものがある。具体的には二五歳。二五歳を越えて発現した者は、直後に死ぬというものだ。
だが、例外もある。先程の透き通る世界である。爆発的な身体能力と寿命を注ぎ込んだ現在の生命力と、正しい呼吸と動作を組み合わせることで、暴走しないようにコントロール出来、それによって通常通りの寿命を迎えられるというもの。
江戸時代にはそんな精密な体温計なんてないので三九度かどうかは分からないが、先に透き通る世界に入る為の修行を行っていたことで、体内で起こる出来事を手に取るように分かっている創里は、自身の状態を寸分の狂いなく把握、制御することが出来ている。
そして、創里はこの呼吸を作るにあたって、ただ痣を出すだけでなく、更にその先へ進もうと考えた。普通の人間ならば生命に関わる心拍数に体温であるが、そのボーダーラインが“そこ”ならば、自分はそれを超えると決めた。
「技自体は弐式までしか出来ていませんが、既に参式の目処は立っています」
「よく、我慢したと言うべきか」
「いえ、とんでもありません。本来ならすぐにでも隊士になるべきであるにも関わらず、俺の我が儘で何年も引き伸ばしてしまって、誠に申し訳なく思っております」
「良い。よく耐えた。自分自身で分かっているのだろう?」
確かに目標を定め、そこへ到達するまで先へ進まないと決めたのは創里本人だ。しかし、だからといって全く迷いがなかった訳ではない。普段の日常生活では、あらゆる無駄な思考を削り落としていたことで考える暇もなかったが、ふと気が抜けた瞬間に、これで良かったのかと自問自答することが度々あった。
それでも、決めたのだ。
絶対に十二鬼月、鬼の中の上位一二体で構成される精鋭中の精鋭。その更に上位六体である上弦の鬼。これを討伐すると。
炎柱である虎恭に、強い鬼とはどういったものがいるのかと聞いたことがあった。その時に話に出たのが十二鬼月の存在である。まだないかもしれないと思っていたが、少なくともこの世界線では既にあるらしい。しかし、下弦と遭遇してこれを討伐する例があったとしても、上弦の姿を確認した者は、少なくとも生きている人の口から聞いたことがないとのことである。
原作開始時点では、上弦の鬼は一〇〇年以上討伐されていないと分かっている。今は慶安三年。一六五〇年といった所。原作が大体一九一二~一九一四年辺りだとすると、二六〇年以上昔になる。
仮に恐ろしい力を持つという奴らも、この頃ならまだ原作に登場した上弦の鬼も原作と比べたら、まだ倒せる可能性があると踏んだ。上弦は特別だ。そう簡単にホイホイと補充は出来ない。
(少なくとも半数を潰せれば、原作開始時点でかなり楽になると思う。鬼舞辻の血を大量に取り込む程、鬼は強くなるが、相応に器の大きさというものがある。その器に見合わなければ溢れ、器を壊してしまう。焦って自滅してくれれば更に楽になるが、流石にそこまでアイツも馬鹿じゃない。だからといって、悠長に鬼が育つのを待つのももどかしい。となると、アイツ自身が兵隊を増やす為に積極的に動く必要が出てくる)
しかし、縁壱のことを知っている創里は、更にその先を考える。
(縁壱怖さに、あの人が生きている間は碌に表に出てこなかった小心者だ。彼がいなくなってからも、鬼殺隊の警戒の網に掛からないように慎重に行動していた。だったら、俺が第二の縁壱となって、もう一回表に出てこれないように闇の中で潜伏していてもらう)
これが、創里が考えたプランである。
ただ上弦を倒すだけなら、痣発現だけでもまだ何とかなるかもしれない。だが、そうなると自身の寿命は残り一〇年にも満たない。そうなると、潜伏させる期間が短すぎる。そこで透き通る世界で減るべき寿命を取り戻し、自身は天寿を全うして数十年の空白期間を鬼舞辻無惨から奪う。
(荒唐無稽だけど、成功すれば原作のルナティックモードからベリーハード……いや、ハードモードくらいにまで難易度を下げることが出来るかもしれない。そうすれば、原作で死ぬはずだった人達も死なずに済むかもしれないし、家族を鬼に殺されず、鬼殺隊に入らずに家族と一緒に笑顔で暮らせる未来を作れるかもしれない。そんな少しでもマシな世界を俺は創る!)
そんな決意を胸に、虎恭と会話を交わした創里は、明朝、仮の日輪刀を借り受けて今期の最終選別へ向かうべく屋敷を出たのであった。