藤襲山。山の麓から中腹にかけて鬼の嫌う藤の花が一年中咲いている、鬼にとっての牢獄。しかし、そこに飛び込んで七日間生き延びることが鬼殺隊入隊の条件である。つまり、この牢獄の中で鬼の餌となるか、狩人となるかは、個人の覚悟と実力に掛かっている。
日は沈み、所々に立つ燈籠が、ぼんやりと寂しげに狭い範囲を照らしている。
鳥居を潜った先には、ちょっとした広場のようになっていて、創里と同じように最終選別を受けに来たであろう人達が集っていた。更に奥には、二本の朱色の柱が立っているが、もしかして壊れた鳥居だろうかと、首を傾げた。
集まったのは創里含めて三〇名弱。年齢は十代前半から二十代に行っているかいないか。当然だが若者だけである。性別も男だけでなく女もいる。割合では男が九割くらいだろうが。身なりはそれこそバラバラである。
創里は、今回の為に着物を新調している。着物の色は中心を境に左右別々の色で、右が橙色、左が水色。そして裾と袖の部分には、それぞれ右には水色で大波、左には橙色で炎を表す模様が描かれている。デザイン案は創里。炎の呼吸と蒸の呼吸を表すと思っている。左袖に腕は通さず、衿から腕を出して紺色の帯に乗せているような、浪人か風来坊のような着方である。
(『FINALFANTASYⅩ』のアーロンのような感じってこんなんかな? やっぱ刀が細いよな。うし、この試験突破したら、とにかくデカくて長くて重い剣作ってもらおう。これじゃあ軽すぎるし、すぐに折れそうだ。借り物だからちゃんと返すつもりだから折らないつもりだけど……)
乱雑に切られた白髪混じりの黒の短髪を乱暴に掻き、周りを見る。
着物はどれもしっかり整っている。恐らく、今回の創里同様に新調した者も多くいるのだろう。これはただの着物ではない。原作のような特殊な繊維で出来ている訳ではなく、これは正装。死に装束になるかもしれないものだ。だから誰もがキッチリと身なりを正している。
色は、意外と青、赤、緑に黄色、無地ではなく模様も格子状や、花や鳥、曼荼羅のような派手で複雑なものもある。中には、胸当てや籠手などの防具を身に付けている人もいるが、鬼の攻撃にどの程度耐えられるかは疑問である。
髪型は、男の半数以上は髷を結っていて、残りは創里と同じような適当にしている。女は特に結んだりせず、短く切り揃えられているものがほとんどだ。
これだけバラバラな人達であるが、一つだけ共通していることがある。全員が多少の差こそあれ、緊張した面持ちであるということである。
(まぁ、俺も実戦は初めてだからな。緊張しないって訳ではないけど……長年修行してきたんだ。それに、こんな所で躓いていたら、上弦所か下弦だって夢のまた夢。絶対に無傷で突破してやる)
突然、周囲の緊張感が高まった。
それぞれが向ける視線の先を見ると、創里が壊れた鳥居だと思っている二本の柱の下に、いつの間にか一人の色白で細身の如何にも病弱そうな男性が一人立っていたのだ。
いや、彼は最初からそこにいたし、創里も視界には入っていた。しかし、気付かなかった。あまりにも自然だった。まるでそこにある石ころと同化しているのではないかという程に、完全に自然の中にいた。
(俺もまだまだ修行が足りないな……しかし、気配がないとか希薄とかじゃなく、そこにあるのが当たり前みたいな感じだな)
新たなる自身の強化について構想を練り始めた所で、男性が口を開いた。
「皆様、お集まり頂き、感謝します。私は産屋敷家当主を務めております、産屋敷守通です」
(この人が、鬼殺隊のトップ……心地良い声色で、安心感を与え、心が落ち着くと同時に胸が弾むような高揚感が湧き上がってくる。まだ自己紹介なだけなのに、すごいものだな)
それからは、当主自らの口から試験の説明が行われ、皆それぞれ最終選別へ挑むのであった。
(今日から七日間ね……まぁ生き残るだけなら何とでもなる。ただ、せっかく弱いとはいえ鬼が沢山いるんだ。なら、俺の呼吸と剣技が、どれだけ通用するか、試させてもらうぞ)
現在創里は進行方向を西へ定めてゆっくりと歩いていた。多くの人が日の出の早い東へ目指すだろう、そしてそれを鬼が追うだろうと予想し、ならばその通り道くらいに網を張っていれば簡単に遭遇出来るだろうという、漠然とした考えからの行動であった。
そして、それは概ね正しかったようだ。
「これで三体目。順調なのか遅いのかは分からないな。まぁ良いか。まだまだ鬼はいるからな」
三体目の鬼の頸を斬った後、振り返ると二体の鬼が立っていた。いずれも人を一人か二人食べた程度の弱い鬼なのだろうが、それでも普通の人間からしたら十分脅威だ。何より、この試験が初の実戦である人も多いだろう。緊張と恐怖、後は家族や大切な人が食べられているのならトラウマもあるだろう。それらが混じり合って、動きが硬くなっていたら、例えどれだけの鍛錬を重ねようとも意味はない。
正直、創里にだって恐怖の感情はある。精神は未来の別世界の日本人。刀所か武器なんて碌に扱ったことも持ったこともない。そして、それを手に握って生き物を殺す。自身が殺される、食べられるという恐怖もあれば、相手を殺すという恐怖もある。例えその相手が異形の鬼であろうとも、元は何の罪もない人間だ。となると、遠回しに人殺しをすることになる。
―― 炎の呼吸 参ノ型 野火
地面を這う一筋の炎の如き激しい闘気を飛ばす攻撃。前方一直線にしか繰り出せないし威力も低いが、素早い遠距離攻撃が可能。射程距離は約九丈。
それによって一体の鬼を牽制しつつ、狙いをもう一体の鬼へ定める。
―― 炎の呼吸 壱ノ型 不知火
刀を上段で構えてしっかり足を踏み込み、一気に相手の懐へ飛び込む。鬼が反応する間もなく、そのまま斜めに振り下ろして袈裟切りにする。そして、返す刃ですかさず頸を斬り、首を跳ね飛ばした。
その断末魔を聞くこともなく、先程牽制した残る一体へ向けて疾走し、そのまま擦れ違い様に音もなくスッと刃を通して首を落とした。
「夜の山の森ってんだから視界最悪だと想像していたんだが、気配が丸わかりだし、何より見えていないのに見えている。透き通る世界ってこんな万能だったのか……?」
初日はまだそれ程頑張らずに、自身の剣技がどれだけ鬼に通用するかの確認の為の作業に費やした。勿論、襲われれば問答無用で斬るが、こちらから走り回って探すということはしない。ただのんびり歩いて移動しながら、呼吸を整える。
(初めての土地でも問題なく動けている。だったら、そろそろアレをやるか)
「ヒュゥゥゥゥ」
―― 全集中 蒸の呼吸……
その瞬間、ドクンと心臓が跳ね、急激に体温が上昇を始める。
―― 一速
「三〇〇〇……四〇〇〇……六〇〇〇……七〇〇〇……っ!」
―― 二速
胸が苦しくなり、呼吸の質を一段階引き上げる。
「……四〇〇〇……五〇〇〇……六〇〇〇……七〇〇〇……っ!」
―― 三速
自身の心臓を自動車のエンジンに見立てて、この鼓動を疑似的に回転数に置き換えることで、イメージしやすいようにしただけで、数字自体に意味はない。ただ、レッドゾーンに入った所でシフトアップを行わなければ、心臓に負担を掛け、最悪破裂するなんてことになりかねないので、しっかり見極めなければならない。
そしてシフトアップとは、ギアを一段階引き上げる毎に、心臓を膨らませる行為である。心臓が大きければ、一回の伸縮で送り出す血液の量は増加する。そしてその速度が速ければ速い程、より多くの血液を流せるのだが大きさによって限界値がある。そこで、意図的に段階を踏んで心臓を大きくすることで、負荷に耐えられるようにしたということだ。
これを身に付けたことで、サイズアップした心臓に押し潰されて、左の肺が死んでしまった。それを補う為に創里が更に編み出したのが、“細胞呼吸”である。
(よし、酸素は十分に取り込めている。血流も問題なし)
人間は、一分以下であるが皮膚呼吸を行っている。その割合を六〇倍の六割まで引き上げることで、失った肺の代わりを担っている。勿論、最初の頃は死にかけた。そして生きていたとしても、そのまま呼吸が使えない身体となって隊士になれないかもしれない危機に陥った。それを、天性の才能かジャンプ補正か、いずれにせよ無事にクリアすることに成功した。
全身の細胞一つ一つ。それこそ外部に限らず体内の至る所で空気と接する部分があればどこからでも、喉でも食道でも胃でも腸でも、酸素と二酸化炭素の交換が行われるのならどこからでも呼吸が出来るようにした。
そして身に付けてみると、意外と利点は多い。口または鼻から息を吸って気道を通って肺へ送り、そこから血管に酸素を送って心臓へ運び、そして鼓動に合わせて全身へ送る。この一連の作業を、直接細胞に酸素を取り込むことで省略することが出来る。即ち、呼吸を行えば、タイムラグなしで強化が可能ということである。
そして、体温を上げ、心拍数が上昇するということは、当然痣が浮き出る。それだけでなく、自身が握る日輪刀にも変化があった。
「赫刀……!」
刀身が燃えるように赤くなり、熱を帯びる。
万力のような握力で柄を握ることで、鬼の再生力の阻害や強烈な苦痛を与えるといった、特殊な状態へと変化するものだ。
(これも問題ないようだな。初の実戦で緊張して上手くいかないかもしれないと思ったけど、何とかこれで……後は如何に呼吸を乱さず無駄な動きをしないか)
そこへ、更なる鬼が一体目の前に飛び出して来た。
余程空腹なのだろう。叫び声を上げながら、一直線に突進してくる。それを認めつつも創里は刀を鞘に納める。そして、ゆったりとした自然な流れで居合いの構えを取る。
―― 蒸の呼吸 壱式 雲蒸竜変
瞬間。膨大な熱が周囲を覆い、気付けば鬼は消滅していた。頸は確かに斬った。しかし、それと同時に蒸の呼吸の熱量によって焼き尽くされてしまったのだ。
強く踏み込んでから相手との間合いを一気に詰めての斬撃は、炎の呼吸の壱ノ型、不知火と同じであるが、居合いの構えは雷の呼吸の壱ノ型である霹靂一閃を参考にしている。ただ、刀を振り切るという点では漆ノ型、火雷神が近いのかもしれない。
蒸の呼吸の基本技でありながら、この一撃は上弦の頸にも届くかもしれないと炎柱からも太鼓判を押された技である。
(まぁまだ誰も上弦を確認したことないらしいけど)
「フシュゥゥゥゥゥゥゥゥ」
上がり続ける体温を調整すべく、一気に息を吐き出す。その吐息は熱と同時に水分も混じっており、それが蒸気となって周囲を漂う。
「到達点は四五度といった所かな」
人間は体温が四二度を超えると半日で死ぬ危険が高まり、四五度に至るとすぐにでも死ぬとされている。しかしこの男は、五一度まで耐えることが出来る。一度だけ五四度まで行って、生死の境を彷徨ったのはご愛嬌である。
何故か何か一つを成し遂げようとする度に命を賭ける大馬鹿野郎であるが、それもこれも、身に付けなければどちらにせよ死ぬからという思いからやっただけのことであり、本人は反省することは絶対にないのである。
そして、この身に付けた呼吸により急上昇した筋力とスピードを駆使して、鬼狩りを遂行していくのであった。