最終選別を終えて、正式に鬼殺隊の隊員となって半年以上が経過した。その間に創里は順調に鬼狩りを続け、七日に二、三体。多い時は四体の鬼の頸を斬ってきた。
休みは討伐と討伐の間の移動時間と、藤の家紋のある家での滞在くらいである。大体三〇日を過ぎる頃にはこの生活にも慣れ、四〇日目からは少しの時間をみて街に繰り出すなど出来るようになった。
(まだ江戸時代には曜日がないから、週で数えられないから面倒くさい。それにしても、俺だけか知らないけど、単独任務ばっかりだな。それに、やたらと任務の量が多い気がする。まぁ、任務の数が多いのは良いとして、単独行動ばかりというのは……もしかして藤襲山での七日間、鎹鴉などに監視されていたのかな? そんでボッチ認定されたとか? それだとしたら悲しいな)
「なぁ、権三郎。話し相手になってくれないか?」
「……」
「ほんとお前って、任務以外に口聞かないのな」
「……」
「はぁ……」
権三郎とは、創里の下に来た鎹鴉で、普段は寡黙で余計なことは何も言わない。口を開いたと思えば、伝令と鬼の位置を報せる程度。
(カーナビだってもう少し色々喋るぞ? まぁこの時代にカーナビなんてないから言っても無駄だけど)
「しょうがねぇ。今の所は鬼の報告がないみたいだし、俺は夜ちっと出掛けてくるわ」
今日は何もないとのことで、創里はいそいそと出掛ける準備をする。しかし、万が一にも鬼と遭遇することを考慮し、日輪刀を持って行くことも忘れない。
創里の日輪刀は、最終選別で玉鋼を選んだ際に残り物を全てもらい、それを一本の刀……太刀? 大剣? のような巨大な刀を打ってもらった。
大きさは、創里の身長がおよそ五尺三寸なのに対し、長さが柄も含めておよそ五尺程度。刀身だけでおよそ四尺あり、幅もおよそ七寸と大きい。反りはなく、真っ直ぐな刃で先端のみ刀のようになっている。これだけのサイズだと当然厚さもあり、一番分厚い所でおよそ三分もある。そして何より重い。この時代にキログラムで量れる重量計など存在しないので分からないが、かなり重いとだけ言えるだろう。その分頑丈で、折れず曲がらず刃毀れせずのお墨付きだ。
別に『FFⅩ』のアーロンのようにしたいという思いがあった訳ではない。最も、完全にないとは言い切れないが、これだけの大きい武器にしたのには創里独自の呼吸、蒸の呼吸に関係してくる。
最終選別の時点では型が壱式しかなかったのだが、その理由は、弐式、参式を使うと並の刀では刀身が消滅してしまう程の熱量が発生するのだ。技を出す度に刀を新調していてはキリがないので、最初からこのような大きさで作ってもらったということだ。これならば、多少壊れても修復出来ると踏んでいる。
つまり、鍛冶師本人から壊れないと太鼓判を押されたにも関わらず、それでも密かに壊す宣言をしているのだからこの男無茶苦茶である。
「着物は良いとして、髪は……まぁいいか。面倒くさい」
白髪混じりの黒髪は、隊士なりたての頃はボサボサながらも短く整えられていたが、今は散髪する暇もほとんどなく、ほぼ伸ばしっぱなしでもう少しで肩に届きそうである。
日輪刀は鞘に納め、何重にも布を巻き付ける。このサイズを隠すことは不可能なので、琴を運んでいると思わせるように分厚く巻いていく。
「よし、じゃあ行くか」
こうして夜の街へ繰り出した創里。その行き先は……遊郭であった。
少しでも時間が出来ると、その街の遊郭や小規模でも水商売をしている所へ赴くのが習慣となっていた。言わば風俗通いである。
基本単独行動である彼のこの行動が、何故か密かに鬼殺隊の中で話題となっており、隊随一の不良隊士と影で呼ばれていたりするのだが、そのことを創里は他者と関わることが滅多にないので当然知らないままである。また、鬼を退治する為に全国を東奔西走し、その合間、行く先々にある水商売の店に行くようになり、歩く遊郭図鑑とも揶揄されていることも、当然本人の知らぬことである。
本日は駿府(現在の静岡市の一部)の遊郭に来ていた。東海道で故郷の尾張(現在の愛知県西部)と結ばれている為、行き来はしやすいはずだったが、何故か訪れる機会のなかった土地である。
「流石城下は賑わっているなっと、こっちか」
そして、目的地に到着した彼は、適当に空いている遊女のいる部屋へ通される。
「今晩お相手させて頂きます。格子の篝と申します」
まさかのお高い部屋に驚く。普通はランクの高い遊女程、簡単に会えないはずなのだが、どういう訳だろうか。首を捻るが答えは出ないので、とりあえず食事と酒を注文する。
(そういえば「ありんす」などの廓詞は江戸吉原からだっけか。駿府は吉原に近いから言葉遣いも似ると思ったが、そうでもないみたいだな。それとも時代が違うのか? まぁ普通の言葉の方が分かりやすいからこっちの方が良いけど)
料理が届けば数口食べ、箸を置く。不味い訳ではなく、満腹になる為の料理というよりも部屋に飾られた花や絵のような、一つの装飾品としての料理であるので口にするのは少々、メインはお酒である。とはいえ、創里は呼吸の関係上アルコールの摂取は控えていることから酒もほとんど口にせず、代わりに遊女に飲ませている。
とはいえ、酔わせるまで飲ませることはなく、適度に状態を見ては本題へと入る。
「最近、この街で変わったことなどはないか?」
「随分と漠然とした質問ですね」
「そうだな……人が消えたとか、理由もなく逃げ出したとか、逆に人が増えたとか」
「要領を得ませんね。でも、そうですね。ここの禿見習いで良いのでしょうか。盲人(目が見えない)の子だったのですが、楼主が身請けで買ったは良いけども持て余していたみたいで、最近、別の屋敷の人が引き取ったそうですよ?」
「ほう、盲人」
「禿見習いと言っても、元々教養があった訳でもないみたいですし、それを学ぶ為に禿にすることも出来なかったとかで。おまけに部屋に引き籠もって毎晩泣くものだから、困っていたと仰っていましたわ」
「して、その娘は今?」
「さぁ? 気になるのでしたら屋敷は近くにあるみたいですし、行ってみてはどうでしょう? 瞽女屋敷と呼ばれていますからすぐに分かりますわ」
「瞽女……なるほどな。それなら引き取ったとしても不思議はないか」
瞽女とは、日本の女性の盲人芸能者である。三味線や琴、時には鼓や琵琶の演奏を行っていたとされている。そして、そういった集団に屋敷が与えられる場合があり、その一つがここ、駿府にあるという。
(鬼の情報らしいものはなかったが、一度行ってみるか。また別の話を聞けるかもしれん)
その後も、何か行為をすることもなく、ただダラダラと世間話をして時間を過ごしていく。話をして時間を引き延ばすのは本来なら遊女が行うことなのだが、ここでは逆で、とにかく創里が様々な質問を投げてくるので、最初はほろ酔いということもあってドンドン答えていたが、次第に酔いが醒めると不思議に思うようになっていた。
それを敏感にキャッチした創里は、腰を上げて「帰る」と告げた。不思議が不安。不安が不満。不満が疑念に変わる前に早々に立ち去る。慌てて引き留めようとする篝に対し、優しく声を掛けて引き下がってもらう。その時に、時間としては線香一本半程度しか経っていないが、口止め料として線香三本分の料金を支払っておく。
「よし、じゃあ次行くか」
創里の遊郭通いは、鬼に関する情報を得る為の行動であった。
夜に活動する鬼の情報は、表の人間では手に入りづらく、裏社会に精通した人間でないと分からないことも多い。鬼殺隊の情報網に掛からないような情報が市中に転がっているとは考えにくいが、もしかしたらと思って裏社会と関わる機会の多い、夜の遊び場である遊郭に通うようになったのである。
特に、今回のように格子級のランクの高い遊女になると、その客層もどこかの金持ちや高い身分などの上客が多い。そうなると普段聞けないような情報を得ることが出来る場合がある。
勿論、遊女は口が硬く、無闇に他人の話をすることは早々ないが、そこは酒の力を借りて理性を緩くしてしまえば良い。話術だけで引き出せたら良いのだが、生憎と創里は他者を煽る言葉は出ても、心を開かせるような言葉は出せないと自覚している。
そもそも、衛生面でも医療面でも避妊面でも、色々と信用も信頼も出来ないこの時代。仮にそういう目的だったとしても、不特定多数の遊女と交わった挙げ句に病気に感染して早死にしましたとか嫌過ぎる。
(鬼殺隊末代までの恥になるな)
遊郭を出てしばらく歩くと、目的地と思われる建物が見えてきた。他が賑わっているだけに、この区域だけシンと静まり返っているのが少し気になるが、とりあえず行くだけ行ってみようと足を運ぶ。
「ここかな。想像よりも大きいな」
屋敷と言われていたが、精々が少し大きい程度の家を考えていたが、これは中々に立派な。門があるなどの、小さいながらも屋敷と呼べる佇まいをしていた。
門番はいない。門扉を少し押す。閂は掛かっていない。
(誰もいな……)
「っ! これはっ」
門の先を覗き込んだ途端、何かとてつもない違和感が襲ってくる。
(何が、何がおかしい? 見た目は普通。静まり返っているだけ。人の気配がないのは出掛けているのでは? いや、そういうことではない。でも、この嫌な感覚は……もしかして!)
最悪の事態が頭に浮かぶ。そしてすぐに屋敷の中へ飛び込むと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
「死体……鬼か! しかしどこだ……」
血だらけの女性の死体があちこちに転がっている。
懸命に気配を辿っていくと、屋敷の奥に人の人間の気配を感じた。死体を踏まないように注意を払いつつ、全速力で生存者がいるであろう部屋の扉を開け放つ。すると、そこには泣きじゃくる幼い少女と、その前に立つ背の高い顔立ちの整った青白い肌の男性が立っていた。
「何だね、貴様は?」
(っ! この声……まさか!)
原作ではなくアニメで聞いたことのある声。何よりも、この顔立ちはどこか似ているし、これまで遭ってきた鬼とは気配が圧倒的に違う。
「鬼舞辻、無惨……」
思わずその名前を口にした瞬間、男性の目は見開かれて創里を睨み付けてくる。そして明確なそれだけで人を殺せるのではないかという程の濃密な殺気を放ってくる。その反応だけで、全てを物語っていた。
上弦の鬼と対峙する前にラスボスと出会ってしまったのであった。