「今回皆様に集まって頂いたのは、先程の話に上がりました、そこの創里のことです。鬼を五〇体討伐するという柱に至る基準を満たしており、更に全ての鬼の首魁である、鬼舞辻無惨と接触。戦闘を行い、生き残った猛者ということで、今回柱就任の打診を出しました。そして、ここに来て下さったということは、了承ということでよろしいですか?」
「は!」
産屋敷家当主であり創里が所属する鬼を討伐する専門組織、鬼殺隊をまとめるトップの人物、産屋敷守通。彼の問い掛けに、創里は片膝を突いて、低頭の姿勢まま即答する。
十二鬼月の倒すことが条件に含まれていないのは、まずその存在が確認されたのが十数年前。そして、どうやら一二体の普通の鬼よりも遙かに強い鬼で構成された集団であるらしいという情報を掴んだのが数年前である為、まだ下弦すらも十分に情報が得られていない為と思われる。もう少しある程度の全貌が把握出来てくれば、もしくは下弦だけでも何体も倒すことが出来るようになれば、その基準も追加されることになると予想される。
(というか、そうなるんだけどさ。将来的に。つい、余所事を……集中しなければ……)
自身の柱就任に関する会議なのに、その本人が考え事とは話にならない。改めて前にいるであろう人物に意識を向ける。今は頭を下げている状態なので、その姿を、足先すらも視界に入れることすら出来ないが、先程ちらりと姿を見た時に、身長が高いが病弱そうな細身の男性が見えた。最終選別の頃から変わっていないようで安心する。
しかし、邂逅時でも感じたが、守通の気配は、そこら辺にある草木や土、石、空気、水のように自然と一体になっていると感じる程に、そこにいるというよりもあるのが当たり前という存在を放っていた。そして、当たり前過ぎて注意が向くことなく、視界に入っていても気付かないという人物だ。
(影が薄いというものとは違う)
いて当たり前、あって当たり前というのは、人に安心感を与える。存在そのものが当たり前。しかし決して偉ぶることなどなく、ひたすら一人一人と心を通わそうとする優しさが、言葉の端々から滲み出ている。
しかし、創里は一つ聞いておかなければならないことがあった。
「失礼を承知で、お館様にお聞きしたいことがあります」
「何でしょう?」
「柱の人数は九人と決まっているはずです。ですが、この場には私を除いて既に九人の柱が揃っています。私を柱に任命というのは、一体どういうことでしょうか?」
その問いに辺りは静まり返る。
創里は基本的に単独で任務に当たることがほとんどであり、他者と情報共有する場面がなかった。また同様に柱と共に任務をこなす機会もなかったことで、創里は師匠である炎柱の遠藤虎恭しか面識がない。しかし、この場で柱が揃っていると断言したのは、単純に柱合会議というのは、その名の通り柱が集う場である。であるなら、この場にいるのは柱しかいないと判断したからであるが、何故か周囲からクスクスと笑い声が漏れるのが聞こえて戸惑う。
(え? 俺、何か間違ったこと言った? でも、知らない顔ぶればっかだけど、明らかに気配が違うというか、強者だよこの人ら。痣や透き通る世界、蒸の呼吸がなかったら、俺普通に負けるかも)
その思考は、暗にそれらを身に付けている自分は、この中では誰にも負けないという意味になるし、実際にそうであるのだが、そのことまで考えが至っていない程度には混乱していた。
「お館様、ご冗談はそこまでにしては如何でしょうか?」
「じょ、冗談?」
「ククク、申し訳ない。確かに、その認識は正しいよ創里。前々から、柱の座から退いて後進の育成に尽力したいという申し出があったのですが、中々後釜がいなかったのです。そこに、あなたが現れましたので、今回、入れ替えという形で任命する運びとなったのです」
「な、なるほど。あ、いえ、失礼な問いに答えて頂き、感謝致します」
普段の乱暴な言葉遣い、特に鬼相手ではどちらが鬼か分からないくらいの暴言を吐く創里だが、何も礼儀を全く知らない訳ではない。勿論、江戸時代ならではの風習や規則、言葉などの違いで、これまでの経験が全く生かされない場面も多々あるが、それでも相手を敬い、それを何とか形にしようという姿勢はこの場面を見ても分かる。
「それでは話を続けましょうか。今回、風柱の理太郎が隠居の身になるということで、その空いた穴を創里、あなたに埋めて頂きます」
「御意! 謹んでお受け致します!」
「ありがとうございます。では、理太郎」
「は! 失礼します」
そう言って、創里から見て右端にいた男性が立ち上がって、隙の動作で創里の前に立つ。
「顔を上げろ」
「はい」
身長は創里の方が少しだけ高いだろうか。しかし、その風貌はまさしく歴戦の猛者であり、その顔に刻まれた幾本もの皺が、彼が長い間、刀を振るい続けてきたことが窺える。
「儂も歳だ。昔程満足に刀を振ることが出来ん。よって、貴様に柱の称号を譲ることとなった。柱として恥ずかしくない行動を楽しみにしているぞ?」
「は!」
そこで終わっていれば、立派な引き継ぎ式であったであろう。しかし、そこに柱の一人の男の言葉が、理太郎の表情が変わった。
「だが、創里と言えば様々な噂があると聞く」
「噂?」
「何でも、鬼殺隊切っての不良隊士と他の隊士から言われているらしい」
「不良だと?」
「最終選別後の玉鋼の儀式に於いて、根刮ぎ玉鋼を持ち逃げしたとか。炎柱の継子となったにも関わらず、何年も最終選別へ行くことを渋り、柱が匙を投げたとか。他者との連携が出来ず、単独での行動が多いとか。暇があれば遊郭へ通い詰めるとか様々だな」
「真か!」
「えぇぇぇ!」
(色々と曲解して伝わっているのは噂であるからまだ分かる。分かるが、何故今それを言う! ほら見ろ! 完全に理太郎さん滅茶苦茶怒ってるじゃん! 激おこだよ! というか誰だよアイツ! まぁ柱の一人なんだけどさ、ちょっとタイミングとか考えてくれないかなっ?)
発言者へ目を向けると、自身の左側にいる虎恭。またその隣にいる袈裟を着た坊主の男性がいた。
(お坊さん?)
「創里、貴様、答え次第では裁判に掛けるぞ?」
「裁判ですか! 裁きですね! では、是非ともわたくしめにお任せを! 安心して下さい。神は全てを平等に見て下さっています。よって、公平な裁きを受けられることをお約束します!」
目の前の理太郎が物騒なことを言うと、今度は右の若い女性の更に隣で膝を突く、先程の僧侶とはまた違った、袈裟のようなものを着た男性がいた。そして、その手には何やら分厚い本のようなものが見える。
「貴様、吉利支丹の出る場ではない!」
「そちらこそ、浄土真宗は引っ込んでいてもらえませんか?」
「何だと!」
(こんな所で宗教対立あるのかよ! というか良いのかよ。確か慶長にキリスト教を弾圧する、禁教令が出されていたはずだけど、それで隠れキリシタンの文化が出てくるって……この人、格好こそ僧侶っぽいけど、多分あの手にあるのって聖書だよな? 十字架は見えないし見た目も坊主にしていない点はともかくとして僧侶だけど、あまりにも堂々とし過ぎだろ!)
「三人ともそこまでです。まずは話を聞きましょう」
「「「御意」」」
理太郎は一旦怒りを静めて元の位置に戻る。
「噂の一部は私の耳にも届いています。しかし、最終選別に関しては、私が直接その場にいましたので違うと言えます。虎恭のことは、彼が一番よく知っているでしょう。そして、彼の為人も周知の通り。単独での行動は、その方がこちらとしても都合が良かったと言えます」
守通の発言に創里は驚く。
(偶々単独任務が続いていたんじゃなくて、わざとってこと? 何で?)
内心そう思うも、守通はそれを見通しているかのように言葉を続けた。
「彼の実力は、最終選別の時点で突出していました。これで他の人と組ませると、連携を重視する余りにその実力が十分に発揮されないと危惧していました。よって、彼がその力を十全に振るえるよう単独で任務がこなせるように調整していたのです」
柱の人達は、ただ静かに耳を傾けている。
「それと、遊郭の件ですが、こちらは私の方から要請した訳ではありません。内容に関しては、鎹鴉より聞き及んでいますが、今一度、その真意を直接創里の口から語ってもらいたいと思います」
(そこで俺ですか!)
しかし、別に疚しいことなどしていない上に、今回の無惨との遭遇は、そのおかげでもあるので、堂々と真実を口にする。
「私は、兼ねてより暇が出来れば遊郭へ通うことをしておりました。そのことは事実でございます」
噂が真実であったこと。それを本人が認めたことで、虎恭以外から落胆したという気配を感じる。だが「しかし」と続ける。
「この行動の意味は情報収集でございます」
先程の浄土真宗の僧侶が「偽りだ」と呟くが、それを無視する。
「我々鬼殺隊の情報網でさえも捉えきれない無惨と、その周りを固める十二鬼月の足取り。ただ手をこまねいていては全てが後手に回ると判断し、独自に調べることとしました。鬼は、裏の世界。決して光の届かない闇の中で蠢いています。そして、その闇と関わる機会が多い職業として、遊郭が挙げられます」
それからも話を続ける。遊郭は身分の高い人も訪れる為、その周囲の噂なども耳にするであろう。そして、そういった小さな噂を集めた時に、空白地帯が出来ることがある。そこを調べると、鬼と遭遇したなんてこともあった。
そして今回。特に怪しい点はなかった。とはいえ、何かが心に触れた為に情報のあった場所へ赴くと、無惨と遭遇し戦闘を行った。
「蛇の道は蛇です。闇を見つけるのなら、闇に精通した人に聞くしかありません。仮に的外れだったとしても、何もないという情報を得られる。そうなれば、後はそれ以外を探せば良いのです。ただそれだけのことです」
と締め括った。
しばらく沈黙が続く。守通と虎恭は予め話を聞いていたこともあるし、何より行動で示している。このことで全幅の信頼を頂いているが、他の人とは初対面で文でのやり取りすらない。そして判断出来る材料が噂のみ。そして、一つ二つではなく複数も出てくる。火のない所に煙は立たぬとあるように、何もなければ噂にならない。
このことに関しては誰が悪いという訳ではない。確かに噂を流した人へ多少思うことはあっても、創里は未来の原作の為に鬼を狩れれば良いと思っているので、その思考こそが邪魔である。
(出る杭は打たれるってね)
当然ながら噂が全く堪えない訳ではない。だが、遙か未来にあるインターネット。そしてそれに伴うネット上での交流からの誹謗中傷に比べたら、そのような噂など、お前の母ちゃん出臍レベルのものである。
「ありがとうございます。創里の発言にもあったように、彼の行動には一貫性があります。そして私はそれを容認しています。他に何もなければ次の議題に移りたいのですが、よろしいですか?」
守通の言葉に一同は沈黙で応える。
「では、また創里に話してもらう必要があります。鬼舞辻無惨は何者でしたか?」
その名が出たことで、一気に緊張感が高まる。そして、先程までの落胆から期待の籠もった気配を感じる。この僅かな時間で創里の株価は乱高下しており、とても不安定なものとなっているが誰も気にしないし、当人も気にしないことにした。
「鬼舞辻は……」
創里が口を開くと、更に注目度が上がったのが分かる。
「小心者で臆病者で卑怯者です」
その評価に、再び上昇に転じた株価が下落するのを何となく感じる創里であった。