僕は、アリーナまでの道を歩く。
僕は足で音を鳴らすと反響音を聞き取る。目の前に、轟くんがいる。
「ここまできたら、優勝しろよ、緑谷」
「ありがとう轟くん、勝ってくる」
「……お前のおかげで、俺も前に進めそうだ。
だから、爆豪も救ってくれ」
「轟くん……」
轟くんの声は晴れ晴れとして、僕との試合前とは雲泥の差だ。
「お前があいつを許してんのは分かってる。でもだからこそ、お前はぶつからなきゃならねえ。
あいつを許してんなら、だからこそ思いっきりぶんなぐってやれ」
轟くんの真剣な言葉に、僕は自嘲気味に返す。
「……本当は、分かってたんだ。かっちゃんが苦しいままだって。けれど、僕は全力でぶつかるのを恐れてた。
そうすると、かっちゃんが遠い所に行きそうだったから。
君のこと、偉そうに言えないね」
塩崎さんに言われたことだ。
かっちゃんに贖罪を与えることができるのは僕だけだ。
見て見ぬふりをしてた。10年間、縛り続けていた。
それは、健全な間柄じゃない。
だからこそ。
「僕達は、生まれて初めて全力でぶつかり合うよ。ありがとう」
そう言って、僕は轟くんと拳を合わせる。
僕はアリーナまでの道を歩く。
その鼓動は、メリッサさんだった。
「イズク君。頑張って優勝してね」
「はい、メリッサさん。ありがとうございます」
「大丈夫? かっちゃん君のこと、本気で戦えそう?」
「……正直分かんないです。かっちゃんは憧れで、凄い奴で、だからこそ超えたくて」
複雑なんだ、僕らは。
そんな僕を、メリッサさんは笑って受け止める。
「でも、だからこそ。そんな人でも助けを求められたら助けるんでしょう? それがあなたの目指すヒーローだもんね」
僕はその問にハッとし、直に笑顔を取り戻す。
「はい、僕はかっちゃんだって救ってみせます。だって僕はオールマイトだって助けてみせるんだから」
「その意気よイズク君」
そう言って、メリッサさんは右手を上げる。
僕は彼女とハイタッチをし、会場に向かった。
『さあ、登場したぜ! これで雄英1年の頂点が決まる!
一人は第一種目1位第二種目1位、最終種目は連続の名試合メーカー!
とどまるところをしらない小さなオールマイト! 緑谷出久!
対するは、そんな緑谷に常に競り続けてきたこの男!
圧勝ばかりのオールラウンドボマー! デンジャラスライオン爆豪勝己!
それでは、さっそく始めようか!』
「デク! てめえを超えて、俺がナンバーワンになる」
「いや、僕が勝つよ、かっちゃん。……そう言えば、かっちゃんとケンカしたのってここ10年でないよね」
「あ? まあそうだな」
「だからさあ、かっちゃん。この大舞台で、本気でケンカしよう。
……僕は君に思うところがあるんだ」
「そうか、俺はねえな……。俺が興味あるのは」
『スタート!!』
「ナンバーワンの称号だけだ!」
かっちゃんは飛び上がると、僕に向かって突っ込んでくる。
僕の風圧とかっちゃんの爆発がぶつかり合い、突風となる。
『再三の大爆発―!』
『だが、さっきまでの戦いと違うのは、これが小手先だということだ』
『確かに! 爆豪の爆破と緑谷の左ジャブによる風圧が連続でぶつかり合う! 先にどっちが綻ぶのかー!?』
いや、先に綻ぶのはかっちゃんの方だ、かっちゃんは、爆破に溜めが必要。だが、僕の方はただ左ジャブを撃つだけだ。
『ラッシュラッシュラッシュ! ボクサーの左ジャブによる風の一撃がダース単位で爆豪にぶつかり始める! このまま決まってしまうかー!?』
そううまくいけば苦労はない。
「まだだー!!」
かっちゃんは手のひらを後ろに向けると、爆速により空中を高速旋回する。
凄まじい速度に攻撃が当たらなくなってきた。
『これはさながら、戦闘機対地対空ミサイルの戦いか! 激烈に熱いぜ! 楽しそうー!!』
『だが、やってる方は気が気じゃないだろうな。あれだけの速度で飛び回る爆豪も、それに対抗する緑谷も』
これだけの高速移動に、僕の反響音による探査が追い付かなくなってきた。
修正。
かっちゃんの手のひらの爆音から、物理演算、動く位置を予測。予測。
ほうら来た。
『爆豪の爆撃と緑谷のカウンターが正面衝突! どっちか死んでねえだろうなー!?』
『いや、カウンターで当てた分緑谷の方が明らかにダメージが少ない。それに対し爆豪は……』
煙幕も、僕には関係ない、かっちゃんは立っていた。
だが。
『ば、爆豪ー! 左腕があらぬ方向にー!』
『咄嗟に、緑谷の右カウンターを左腕で庇ったか。……これではさっきまでの攻撃も、切島戦で見せたハウザーインパクトも……もう』
『こ、これは決まってしまったか! ミッドナイトの判断は』
「まだだ!!」
かっちゃんの叫びが、ミッドナイトの手を制する。すると、かっちゃんは右手だけで錐揉み回転しながら僕に突っ込んでくる。僕は迎撃しようとするが、予想外の動きに予測が間に合わず、正面からぶつかる。
『爆豪の頭突きが緑谷の腹部を直撃ー!!』
『まだやる気か……。止めるべきか?』
あまりの痛みに、僕の頭が眩む。
かっちゃん。
「デク! てめえには負ける訳にはいかねえんだよ!」
そう言ってかっちゃんは右の大振りをする。
かっちゃん。
「俺が、お前から光を奪った!」
僕はそれを躱す。
「それなのに、お前は俺を許した!」
かっちゃんは折れた腕でなぐりかかる。
「だから、俺は俺を許さないんだよ!」
かっちゃんの蹴りが僕に刺さる。
「俺が! お前との約束通りナンバーワンヒーローになって! 誰かを救えるようになるまで!」
かっちゃんの爆撃が僕を襲う。
「俺は俺を! 絶対にゆるせねえ!」
そうだったんだ。
かっちゃんはかっちゃんであの日の約束を真剣に捉えて、
そのために毎日毎日努力して、
かっちゃんの夢を、
「ふざけんなバカヤロー!!」
僕の右ストレートが、かっちゃんを体ごと吹き飛ばし、かっちゃんは二転三転する。
観客席を静寂が包む。
『……今の、個性使ってねえよな?』
『素の力だな』
「君が、ヒーローを目指したのはそんな理由じゃないだろ!」
「君は僕が怪我する前から! ヒーローになりたがってたじゃないか!」
「オールマイトみたいに勝つヒーローに! なりたがってたじゃないか!」
「僕への贖罪のためにヒーローになるってんなら! そんなことは間違ってる!」
まだ、僕に光があったころ、かっちゃんと商店街のテレビでオールマイトの映像を見たことがある。
『4対1! 絶対負けるって思うよな!」
『でも見ろ! ここ避けて! 殴って! ほら勝っちゃった!』
『どんなに追い詰められても、最後に必ず勝つんだぜ!』
そう言ってテレビを見る君の目は、とても輝いていた。
きっとあれから、僕が光を失ってから、あんな顔をすることはなくなったんだろう。
あの日、塩崎さんを助けたあとの、あの約束が君を縛ったのなら、僕が君を解放しなくちゃならない。
「君は! 昔っから凄いやつで!
僕はただのデクの坊で!
でも! 同じ人に憧れた!
その憧れのために! 君は立ち上がれ!
僕への罪の意識で君の夢を歪めるな!
君は君自身の夢のために! 立ち上がっていいんだ!」
僕がそう、あらんかぎりの力で叫ぶと、かっちゃんはよろよろと立ち上がる。
かっちゃんの心臓の鼓動が、早く。力強くなる。
『爆豪の目に……力が』
その瞳の力を見れないのが少し残念だけど。
「ごちゃごちゃうるせえなあ! クソデクがよお!」
かっちゃんは爆速で近づき、右ひじを僕に叩き込む。
そして、すーっと息を吸い込むと、声高らかに宣言する。
「俺は! オールマイトをも超える! ナンバーワンヒーローになる!」
かっちゃんの宣言が、アリーナ中に響き渡る。
それは切島くんの時とは違う、本当の、かっちゃん自身の言葉だった。
罪に囚われて言った言葉じゃない。本当に本気の、彼の夢だった。
「だからデク! てめえが邪魔だ!」
そう言うと、かっちゃんは、右手を前に突き出し、叫んだ。
僕もそれに応え、ファイティングポーズを取る。
そして二人で激突し、額をぶつけ合った。
「うおー! 全力でぶつかれバクゴー!」
切島君の叫びが聞こえる。
「デクくん! 負けないで!」
麗日さんの叫びが聞こえる。
「全部出し切れ! バクゴー!」
芦戸さんの声がする。
「コンパクトに! 振りぬいて!」
葉隠さんの声がする。
「どっちも倒れないで!」
梅雨ちゃんの声がする。
「うわーん! 何だよ二人とも! かっけーよお!」
峰田君の涙声が響く。
かっちゃんは右のおお振り、僕はコンパクトにした打撃を放つ。
当然、僕が打ち勝ち、かっちゃんは倒れる。
僕は寝技に持ち込み、締め上げようとする。
その時、かっちゃんが不思議な動きをした。
僕の首が締め上げられる。
どういう技?
いや、まさか!
『ば、爆豪! 折れた腕を利用して首を締め上げている! なんつう無茶を!!』
『バカ! すぐに止めろ! 戻らなくなるぞ!』
「知るかボケが! 俺はナンバーワンヒーローになるんだよ!
ここでやりきんなきゃ! 出し切んなきゃ!
俺は一生後悔するんだよ!」
かっちゃん!
君が明日を捨てるなら、僕は。
僕は、力まかせにグリップを解く、ワンフォーオールはもうほぼ余力がない。
「勝て!」
心操くんの声。
「緑谷!」
轟くんの声。
「イズク君!」
メリッサさんの声。
「出し切ってください!」
塩崎さんの声。
そのまま、僕は至近距離でかっちゃんを殴ろうとする。僕の今使える全てで。
かっちゃんは、それを迎え撃とうとして、右手の爆破をする。
至近距離でぶつかり合った衝撃は僕らを転げまわらせる。
場外になったのは、どっちだろうか。
「―--君場外、優勝は―ーー」
僕としては、もう、どっちでもいいや。
次回、体育祭編最終回