子ぎつねヘレン ~レイとヘレンの物語~ 作:hasegawa
そのニュースは、突然だった。
アスカが自室でヘッドホンを付け、ベッドに寝ころびながら「ふら~いみとぅざ~むーん♪」なんて口ずさんでいる時に、突然やってきた。
「――――ッッ!!」
いま〈バンッ!!〉と結構な音を立ててレイが入室してきたけれど、のんびり「~♪」と寛いでいるアスカは気が付かない。未だに機嫌よく足をパタパタさせている。
「ッ!! ……ッ!!」
入口に立っているレイが、ゼーハーと肩を上下しながら目をひん剥いている。そして手をワチャワチャさせて何かを訴えているけど……アスカは相変わらず「ふら~いみとぅざ~むーん♪」だ。
無駄に発音も美しい。あいらみっぷれ~い♪
「……ッ!! ……ッッ!!!!」
「え゛っ?! キャッ! ちょ……なにごと?!?!」
ドタバタと駆け寄り、必死にアスカの肩を掴んでグワングワン揺らす。
まるで「寝たら死ぬぞ!」と身体を揺らされる雪山で遭難した人の如く、アスカの身体が激しく上下に揺れる。
アスカは〈ビックゥ!〉と飛び上がるくらい驚き、思わずヘッドホンを外してそちらに振り向くものの……なんか物っ凄い目をひん剥いて必死の形相をしてるレイの様子に、再びビックリしてしまう。なによアンタその顔。
「あわわ……! あわわわ……!」
「えっ、何があったのよファースト? ちょっと落ち着きなさいよ。
……あと『あわわ』は口で言わなくて良いヤツだからね?
アタシそれリアルに言ってる人はじめて見たわよ」
何かを伝えようと必死なのはわかるのだけど、レイはさっきからアスカの肩をパシパシ叩いたり、言葉もなく口をパクパクしたりで、どうも要領を得ない。正に「あわわわ……」の状態だ。
とりあえずアスカはテーブルに置いてあったいちごミルクのボトルをガボッと口に突っ込み、もがもがしているレイに無理やり飲み物を飲ませ、落ち着かせていく。
うむ、やはり甘い物の力は絶大だ。偉大だ。
なにやら「ほぅ……♪」と安堵の表情をするレイを見つめ、アスカはうんうんと頷く。
「へ……ヘレ! ヘレヘレ!」
「落ち着けと言ってるのよアタシは。もう一本いっとく?
……で、なによ。ヘレ? ヘレンの事?」
(こくこく!)
レイが「我が意を得たり」と、ブンブン首を上下する。
アスカはようやくヘレンに何かがあった雰囲気を感じ取り、片膝を立てて腰を浮かせる。
(バッバッ! バババッ!)
「えっとぉ~、なになにぃ~?
ヘ、レ、ン、が、に、く、を…………って手旗信号やめなさいよアンタ。
アタシだから分かんのよ? ただのラッキーよ今の? たまたまよ?」
日頃の訓練が実を結ぶ。知識は身を助けるのだ! 若いウチは何でも覚えておくと良いぞ諸君。いつか役に立つ。
「ファースト、いっかいビンタしとく? それで落ち着ける?」
(ふるふるふる!)
とりあえず痛いのはイヤなので、涙目で必死に首を振る。
そしてレイは「すぅ~!」っと大きく深呼吸した後……、ハッキリした声で告げる。
「ヘレンが……ヘレンがじぶんで肉をたべたの……!」
「――――ぬぅあーーんですってぇーーーーい!!!!」
もう「よしきた!」とばかりにレイを小脇に抱え、ドタバタと部屋を出ていくアスカ。
……まぁ実は手旗信号の時点でうっすらと察してはいたので、レイが何を言うのかも、この後どう行動するのかも、しっかり事前に決めていたのだが。
とにかくアスカは「キリッ!」と意識を切り替え、「?!」みたいな顔をしているレイを抱えたまま廊下を爆走する。
何事も、緩急が大事だ。
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話によれば、それは本当に唐突だったという。
何も特別な事はなく、いつも通りの日常の中で起こった。
今日もレイがお肉を食べる練習をさせるべく「よいしょ」とヘレンを膝の上に乗せて、そして何気なく口元に生肉を近づけてやった、その途端……。
まるでなんでもない事かのように、当たり前の事かのように……ヘレンがそれを「ぱくっ」と食べてしまったのだそうだ。
自分でお肉を差し出しておいてなんだが、レイはその瞬間、もう飛び上がる程におどろいた。
おちつけ、まだ喜ぶのは早い……とばかりに、その後もレイはいくつかのお肉をヘレンの口元に持っていったが……その悉くをヘレンは「ぱくり」と食べてしまった。
まるで今までの苦労が何だったのかと言う程に……あっさりと自分からお肉を食べて見せたのだという。
「ちょっと! それはないでしょうヘレン! そんな殺生な!」
後に話を聞いて部屋にすっ飛んできたリツコが、おそるおそるヘレンの口元にピンセットでお肉を差し出すも……それは決して食べようとしない。まったくの無反応だ。
そもそもヘレンには視力も嗅覚もないのだから、お肉が口元に来たって分からないのは当然なのだが……もうワクワクと胸を高鳴らせていたリツコの心は〈ボッキリ!〉といった。
「赤木はかせ……見ていてください」
すると次にレイがヘレンを抱き寄せ、そっと自身の膝の上に乗せて、お肉を差し出してやる。
その途端、またしてもヘレンが「よっと!」とばかりに、パクリとお肉を食べて見せた。
「えっ……これは私がヘレンに嫌われているという……そういう事?
一応私、いつもヘレンの診察したり、身体を洗ってあげたりしているのだけど……」
「大丈夫よリツコ。そういう事じゃないの。
というか、多分アタシがやっても同じだから」
ポンポンと肩を叩き、絶望に打ちひしがれる彼女を慰めてやるアスカ。
「見てて分かったんだけどね? これ多分、ヘレンが“覚えた“んだと思うのよ。
ファーストってごはんをあげる時、いつもヘレンを膝に乗っけてやるでしょう?
だからヘレン、
きっと毎日やってるウチに、そう覚えちゃったのね」
よく観察してみると、ヘレンはレイにこの姿勢で抱っこをされたら、その途端にペロッと舌を出して口元を舐めるような仕草をしていた。
試しに一度床に降ろし、そしてまた同じように抱き上げて膝に乗せてみると、またヘレンは「♪」って感じでペロペロと舌を出し始める。
それはまるで、今から何かを食べる事が分かっているかのように。ごはんをもらえるのを待っているかのようにだ。
「つまり、レイにお膝だっこをされたらごはんの時間って……そういう事?」
「そゆこと。だから肉を食べ物だと認識して食べてる、というより……、
こうしてファーストに抱っこされてるから食べる。今はごはんの時間なので食べる。
そんな感じね♪」
「……なんと」
リツコは驚愕の目でレイを見つめる。
彼女は今も慈愛に満ちた表情でのほほんとしているが、レイのやった事は、成した事は決して普通の事じゃない。
それは決して、簡単な道ではなかったハズだ。
アスカに支えて貰いながらも、レイは毎日必死に知恵を絞り、様々な事を試し、そして手に噛み傷やひっかき傷を作りながらも、決して諦めずにヘレンと向き合い続けた。
それが今、ようやくこうして実を結んだのだ。
その二人の美しい姿、二人の素晴らしい成果を……リツコは目に焼き付けていく。
「ヘレンは、すごく賢い子よ? アタシに負けないくらいエライ子なんだから!
……でもこうして肉を食べられたのは、間違いなくファーストのおかげよ。
もう四六時中ヘレンの事を考えて、ずっと寄り添ってたあの子だからこそ、
信頼を勝ち取れた」
片方の眉を上げた得意げな顔。アスカは優しい声で呟く。
「たとえ無理やり肉を口に入れられても、
この人は自分を守ってくれる人だ、だからこれは大丈夫な物なんだって……。
そう思えたからこそ、ヘレンは肉を食べた。食べられるようになったのよ」
そしてアスカはスタスタと机の所に行き、そこに置いてあるデジカメを手に取って、レイの方に向き直る。
「ヘレン、ファースト、お肉記念日おめでと――――
後でこの写真、バカシンジとコネメガネにも送っといてあげるわ」
優しい顔で微笑むレイ、そして嬉しそうにお肉を食べ続けるヘレン。
いまアスカが二人をフレームに収め、パシャリとシャッターを切った。
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それからの日々は、あっという間だったように思う。
まるで歯車がガチャリと噛み合ったように、目まぐるしく日々が過ぎていった――――
『写真みたよ~ファーストちゃん!
おめでとうっ、頑張ったね二人とも! 今度お祝いしに行くからね!』
遠く第三新東京市にいるマリに電話をもらい、レイも静かな声で、心からお礼の言葉を返した。
「この子がヘレンちゃん? うわぁ~……小さくてかわいいっ……!
レイ、触っても大丈夫? 抱っこしてもいい?」
赤木博士の助手として(リツコに会えない寂しさに耐え兼ねて)こちらの様子を見に来たオペレーターのマヤさんも、感激しながらヘレンを抱っこしてくれた。その成長を喜んでくれた。
話によると、例のオペレーター仲間の二人も、ヘレンの写真を撮ってくるよう散々マヤにせがんでいたらしい。
どうやら知らないうちに、ヘレンはネルフでも沢山のファンを持つアイドル的な存在となっていたようだ。アニマルパワー恐るべし。
ネルフをたつ前「マヤくん、少し待ちたまえ」と呼び止められ、「これで羽でも伸ばして来たまえ」と結構な額のお小遣いをくれた冬月副指令も、もしかしたらヘレンのファンなのかもしれない……。
なんか普段とは違う、得も知れぬ雰囲気を感じたし、「……わかっているね?」みたいなプレッシャーも感じた。
これは気合を入れてヘレンちゃんの写真を撮って贈呈しなければと、若干へんな冷や汗をかいたマヤだった。
「せんせい……こんにちは」
「こんにちは先生! メンコと遊んでも良い?」
「はいこんにちは、レイさん、アスカさん。
もちろん良いですよ。メンコも喜びます」
あれから時間のある時に、レイとアスカはよく先生の動物病院に遊びに行くようになった。
もちろんヘレンを連れて、メンコに会いに行く為だ。
キタキツネの面目躍如か、とても鼻が良いメンコにはすぐ彼女達が来た事が分かるらしく、もう部屋に入る前の階段のあたりから、メンコがドタバタとゲージ中を駆け回る音が聞こえてくる。
もう「はやくきて!」とばかりに、ワチャワチャとすごく喜んでくれる。
ヘレン、そしてアスカやレイと会える事は、きっとメンコにとっても何よりの楽しみなのだろう。
「――――にんにくラーメン、チャーシューましまし」
「おぉ! ついにチャーシュー抜きから卒業するのねファースト!
しかもマシマシて! 意外とチャレンジャーねアンタ!」
夕食時には、毎日少しずつお肉に挑戦していくレイの姿も見られた。
今ではハムに加え、ラーメンに入ったチャーシューだって食べられる。チキンサラダの鶏肉だって食べられるようになったのだ!
レイの日々の食事に、ちょっとした冒険とドキドキが加わり、鮮やかな色が着いた。
「……1250、1260、1270ぐらむ……」
そして日課である、毎朝のヘレンの体重測定。
レイによる、ありふれたキッチン測りで行われるそれは、日を追うごとに熱を帯びた物になっていく。
「……1310、1320……1330ぐらむ……!」
自分の力でごはんを食べられるようになったヘレンはすくすくと成長していき、そしてその体重も、レイたちが目標としていた数値に近づいていく。
そして……。
「――――1350! 1350ぐらむになったわ……!」
ヘレンが治療を受けられる数値……。
その小さく幼かった身体が、手術に耐えられると判断できるまでの大きさに、ついに辿り着いたのだった――――