子ぎつねヘレン ~レイとヘレンの物語~ 作:hasegawa
「――――朝日よ、昇りなさい!
ふぅ、どうやら昇ったみたいね。おはよう」
旧北海道の清々しい朝。アスカは自室で目を覚ます。
「カモン、サンシャイン! ついてきてアタシを照らし続けなさい!」
そして意気揚々とリビングへ降りていく。
満面の笑みを浮かべ、元気良く腕を振り、ノシノシと歩く。
「あら、今日はリビングにいるのね。
おはようヘレン。世界を感じてる?」
先ほどからアスカの口調が若干おかしな事になっているが……これは彼女が今ハマッているデレ〇テというゲームの影響だ。
何気なしに始めたゲームの中に"ヘレン"という名のキャラクターを見つけ、それに親近感を覚えてプレイしていく内に、影響を受けていった物と思われる。
「ハッ!? この毛並みと艶は!? ……ふふっ、ヘレンあんた、世界を知っているわね」
ぐいっとケージに顔を近づけ、なにやら芝居がかった口調で子ぎつねちゃんに語りかける。彼女は絶好調だ。
ちなみにヘレン(子ぎつね)の方は、現在よちよちとお散歩中。
今もゲージの柵にそって、ゆっくりとクルクル歩いている。とても愛らしい。
「……ほう、今日は左まわりなのね。昨日は右まわりだったのに」
「やるわねヘレン」というように、腕を組んでウムウムと頷くアスカ。誰も居ないリビングでひとりご機嫌だ。
ちなみにヘレンは、その日によってお散歩の仕方が違ったりする。
同じケージ内の散歩でも、その日の気分によって右周りだったり左周りだったりする。
そして、そのどちらであっても〈コツン☆〉と柵に頭をぶつけずに歩く事が出来るのだ!
これはヘレンの賢さ、能力の高さを表しているんじゃないかとアスカは思っている。とってもお利口さんなのだ。
「完成形でありながら、それを凌駕する。
常に新しい自分に生まれ変わり続ける……世界レベルの新陳代謝!」
絶賛するアスカ。
さっきから「世界レベル世界レベル」とうるさいが、これも全部あのゲームキャラの影響だ。
朝っぱらからダンサブルである。
「目指さずともトップ。
でも、目指し続けるベスト――――そういうものよ」
勝気でプライドの高いアスカと、自信に満ち溢れた性格であるヘレン(ゲーム)の思想は、もしかしたら親和性がとても高いのかもしれない。
このキャラクターの紡ぐ言葉は、まるで自分の物のようにしっくりくる……! その心地よさを感じる。
大変愉快な気分だ。言っててすんごい気持ちいい。非常に楽しい。
「よし。アンタが歩くのなら、アタシは踊るわヘレン!
止めてもムダよ。アタシが踊り出したら……プレジデントでも止められない!」
アスカがご機嫌な様子で「ヘーイ!」と踊り出す。
ダンスなんてやった事はないけれど、とりあえずは知っているモンキーダンスみたいなのを頑張って踊る。ようは気分なのだ。
「心が躍る、本能が叫ぶ……。
すると人は、踊り出す! このアタシのようにね!」
まぁ踊るっていったって、腰を落として両腕をブンブン振っているだけなのだが……重ねて言うがこんなのは気分だ。楽しければオッケー♪
「どうヘレン!? 世界レベルを感じる?!
魂の躍動を感じたのなら、アンタはもう、世界の片鱗を見ているのよ!
誰もアタシを……アタシ達を止められない! 心までダンサブル!」
あぁ愉快! 愉快よねヘレン! とっても楽しいわ!
腕を上下するのに加え、ノッてきたので頭もブンブン振ってみる。いわゆるヘッドバンキングというヤツだ。
アスカとヘレン。いま一人と一匹が共にこの瞬間を楽しみ、共に世界を感じ、生を謳歌している!
そして汗だくになりながらリビングで踊っている姿を、忘れ物を取りにきたレイにバッチリ見られている事に気付くのは、その数秒後の事であった――――
「なにしてるの」
「 !? 」
ピタッとダンスを止め、硬直するアスカ。
その様をただ「じぃ~」っと見つめているレイさん。
「…………」
「…………」
ギギギギ……っと首を動かし、アスカがゆっくりそちらを向く。
今もレイはとても無垢な瞳で、じ~っとこちらを見ている。無言で見つめ合う二人。
「こ……心まで、ダンサブル……」
「…………」
……やがてアスカは謎の言葉を残し、スゴスゴとこの場から立ち去っていく。
彼女は自室に戻り、パタンと扉を閉めたその途端……もうジタバタと枕に顔を埋めて暴れた。
「こころまで、だんさぶる」
わからない。わからないけれど……なんだか胸がぽかぽかする言葉だわ。
そんな事を想いつつ、レイはヘレンをひと撫でして、再びお仕事へと出かけていった。
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「アスカが部屋から出てこないんだけど、どうすれば良いと思う?」
『知らないわよ、そんなの』
実験施設の休憩室、現在リツコはミサトと電話中である。
「昨日から部屋に籠りっきりなのよ……何かあったのかしら」
『実験にはちゃんと参加してるんでしょ?
じゃあまぁ、いいんじゃない? 暫くそっとしといてあげれば』
二人して「うむむ」と唸るも、心当たりは無い。なので暫くは様子を見る事とした。
『まぁアスカの事はいいとして、そっちは今どんな感じ~?
実験は順調にいってる~?』
「うーん……順調とは言い難いわね。予定より時間がかかるかもしれないわ。
そっちこそどう? 使徒の出現は無いみたいだけど、問題なくやれてる?」
『あーだいじょぶだいじょぶ。最近シンちゃん調子良いしね~♪
たとえ使徒が来たとしても、一人でやっつけちゃうんじゃないかしら?
安心してちょーだいな』
旧北海道と、第三新東京市。二人はお互いの近況を報告し合う。
もうリツコ達がこちらに来てから1週間ほど経つし、本来これほどの期間、チルドレン達を第三新東京市から離しておくのは良くない事なのだが……。
まぁ使徒来襲などの緊急時には、飛行機飛ばせば1時間足らずで帰還出来るのだけれど。
『最近シンちゃん、熱血や鉄壁をおぼえた~って言ってたわ』
「鉄壁……? なによそれ」
『知らないけど、なんか"精神コマンド"? とかなんとか。
すごくパワーアップしたのよシンちゃん。頼りになるわぁ~』
「ホントに? 大丈夫なのそれ……?」
なにやら知らない間に、シンジくんは未知の力を手に入れたようだ。
ネルフとしては心強い事この上ないが、リツコはその得体の知れなさに眉をしかめる。
『あと最近、ガンタ〇クも凄く乗りこなせてるしね。まるで自分の身体のように』
「ちょっと待ちなさい。なんでガ〇タンクに乗ってるの」
この度ネルフは、エヴァの他にも新たな決戦兵器を開発していた。
『あ、ごっめ~ん! ……乗っちゃダメだった? 倉庫の鍵が開いてたから、つい♪』
「なにしてるのよ貴方! あれは私が内緒で開発してたヤツなのに!
バレバレじゃないの!!」
ネルフの潤沢な資金を使い、赤木博士は自分の趣味全開の兵器を、勝手に開発していた。
きっと帰ったら、碇指令にしこたま怒られちゃう事だろう。そんな未来が見える。
「台無しよ! 貴方のせいで私の計画が台無しよ!
……もうアダムとかいう気持ち悪いのでロボット作るのは嫌なのッ!
私はそんな物を作る為に科学者になったワケじゃないのよ!
ガンタ〇クとかガ〇キャノンを作りたいのよ!」
『作るのはともかく、ちょっち趣味が渋すぎない……?
これってシンちゃん達の世代に分かるのかしら?』
「そんなの関係ないわ! 私は自分の好きな物を作るの!
子供に夢を与えたいのなら、まずは大人が夢を持たなければいけないのよ!
そうでしょうミサト?!」
リツコのよく分からない情熱に押され、ミサトはタラリと冷や汗をかく。
ガ〇タンクを倉庫で見つけた時は「わ~いガンタ〇クだ~♪」とテンションが上がり、ネルフ職員総出でおもいっきり遊んでしまったものの……リツコの異様なまでの様子に、なにやら嫌な予感がしてきたミサト。
恐る恐るという風に、リツコに問いかけてみる。
『というか、まさかアンタが今回やってる"実験"って……。
そっちでガンキャ〇ンでも作らせてるんじゃないでしょうね?』
「!?!?」
何気なく、本当に何気なく言ってみた言葉。
それによってリツコは言葉を失い、二人の間に長い沈黙が訪れる。
「……」
『……』
ちょ……嘘よねリツコ? この人類が滅ぶか滅ばないかって瀬戸際の時に、アンタまさか、そんなしょーもない事してないわよね? 全力で趣味に走ったりしてないわよね?
ミサトは祈るような気持ちで、リツコの次の言葉を待つ。
「……」
『……』
なんか言って? なんとか言って頂戴? ……リツコ?
電話越しではあるが、二人の間に重い空気が漂う。
「――――貴方のような勘のいい女は嫌いよ、ミサト」
『 何してんのよアンタッ!! 今すぐこっちに戻ってらっしゃい!! 』
アカンかった。私の親友は私利私欲に走っていた。マッドな科学者に成り下がっていた。
大声にびっくりしているネルフ職員達にも構わず、ミサトは声を張り上げる。
「嫌よ、まだガ〇ダムもホワイ〇ベースも完成していないんだもの。
連邦のMSが全部揃うまで、私は帰らない」
『だから何してんのよ!! なにコンプしようとしてんのよ!!
北海道で何してんのよアンタ!!』
「ミサト、私は今とても充実してるの。
こんな気持ち生まれて初めてなのよ。がんばって科学者になって良かった」
『知らないわよそんなの!!
とにかくアンタすぐに帰って来なさい! エバどーすんのよ!』
「駄目よ、私は帰れない。
だって帰ったら、怒られてしまうもの」
『そらそうでしょうよッ!!!!
勝手に血税使ったら、怒られるに決まってるでしょうよ!
あたしだったらぶん殴ってやるわよ!!』
「――――人の域に留めておいたエヴァが、本来の姿を取り戻していく。
人のかけた呪縛を解いて、人を超えた神に近い存在へと変わっていく。
天と地の万物を紡ぎ、相対性の巨大なうねりの中で、自らをエネルギーの凝縮態に」
『 アンタ突然なに言ってんの!? しっかりしなさいよ!! 』
とりあえずなんか難しい言葉を並べて誤魔化そうとしたけれど、失敗したようだ。
ミサトはバカだし、これでけむに巻けるかな~と思ったが、そんな事はなかった。非常に残念な事だ。
『なんで?! なんでそんな悪びれずにいられるの?!
なんで素直にゴメンって言わないの?! どーなってんのよアンタの人間性!!』
「あ、そういえばこっちで、野生の子ぎつねを保護したのだけどね?
これがもう可愛いったらなくて」
『――――まだ話は終わってないでしょうがッ!!!!
えっ……なんでそれでイケると思うの?! なんで誤魔化せると思ったのよ!
科学者って皆そうなの?! みんなイカれてるの?!』
なにその鋼のメンタル。その強固なATフィールド。
リツコの大人らしからぬ精神性に驚愕しつつも、やがてなんやかんやで話は子ぎつねの話題に移っていく。……もう面倒くさくなったともいう。
『あ~、その子がシンジ君の言ってたヘレンちゃんなのね~。
今レイが飼ってるっていう』
「そ。まぁ野生動物だし、あくまで“保護“という名目だけど。
ヘレンは少し身体的に問題がある子でね?
野生の環境下で生きていく事は困難なのよ。
だから現状、野に帰す事が出来ない状態なの。まだ幼くもあるしね」
『ふ~ん。まぁ保護でもなんでも、動物と接するのは良い事だと思うわよん。
レイの情操教育ってワケじゃないけれど、いい経験になるんじゃない?』
正直この言葉を聞き「こちらの気も知らないで……」と思わない事もない。ここ数日リツコの心労はとんでもないレベルだったし、何を呑気なと思わないでもない。
ヘレンの症状についてはそちらには詳しく説明していないし、まぁ仕方の無い事ではあるけれど。
……しかしリツコは、ミサトの言っている事も、少し分かる気がするのだ。
実際ヘレンと出会ってから、レイは見違えるほどに変わった。
ただ子供のように可愛がるばかりでなく、最近はヘレンのおかあさん(?)としての責任感も芽生えたようだし、彼女にとってとても良い変化があったように思う。
アスカだってそうだ。彼女がヘレンと接する時の柔らかな表情は、今までネルフの大人達が見た事の無い物だった。
あんなにも優しい顔が出来るのかと、リツコもちょっとビックリしちゃった位なのだ。
聞く所によると“動物セラピー“という物もあるというし、アニマルパワー侮りがたし。恐るべし。
まぁ以前から危惧している通り、もしヘレンになにかあった時に、その反動が怖くはあるのだが……これに関してリツコはもう「なるようになれ!」と開き直っていくスタンスだ。
うん、私はもう知らん。知らんぞ。
……と言うよりも。現在リツコは「あの子たちを信頼してみよう」という気持ちでいたりする。
無理やりヘレンを取り上げるのではなく、あの子達に任せてみたい。そんな気持ちでいるのだ。
何度も言うように、ヘレンの持つ障害は並大抵の物では無い。それは獣医師やリツコといった大人達が安楽死こそ最善だと判断する程に、とても重い物だ。
けれどあの夜……ヘレンがミルクを飲んだ夜に、リツコの心情は変化した。
あの子がレイの膝で幸せそうにミルクを飲んでいる、あの美しい光景を目にした時に、不思議とリツコの頭から安楽死という選択肢は消えていたように思う。
……まぁこれにはアスカのおこなった“反逆“の効果も、多分にあるのかもしれないが。
ただ、「任せてみたい」、そう思ったのだ――――
きっとこの先、沢山の困難が待っている。
苦悩、悲しみ、心が引き裂かれるような想いを、あの子達は味わうのかもしれない。
どれだけ力を尽くそうとも、どうにもならない。そんなこの世界の理不尽さ、容赦の無さを痛烈に思い知るのかもしれない。
そして……悲しい結末を迎えるかもしれない。
命という物の“重さ“。それに打ちのめされる日が、やって来るのかもしれない。
大人であるリツコには、そんな非情な現実がハッキリと視えている。
けれど、あの子達に任せてみたい。信じてみたいのだ――――
痛みも、苦しみも、涙も、それは決して無駄な事なんかじゃない。
たとえ今回の事がどんな結末を迎えようとも、その経験はきっとあの子達の心を育み、大切な思い出となり、人生の宝と成るハズだ。
大人として、あの子たちをただ守ってやる事は出来る。そんな辛い経験をせずにすむようにと、ただ苦しみから遠ざけてあげる事は出来る。
……だが、それは違うと思う。それをしてはいけないのだと思う。
だってあの子達も自分と同じ、一個の“人間“なのだから。
たとえ子供であっても、彼女たちには自分で物を考え、困難に挑み、そして失敗をする権利がある。そうやって様々な経験をしていく権利があるのだ。
それこそが、あの子達の人間性を育む。決して取り上げてはならない大切な権利だ。
大人がしてやれるのは、きっとあの子達を、信じてやる事。
悩み、苦しみ、それでも頑張っているあの子達を、応援してやる事。
きっと乗り越えられると信じて、見守ってあげる事――――
あの夜、嬉しそうにヘレンに寄り添うあの子達を見て、リツコはそう心に決めたのだった。
(ようは、尻ぬぐいなのよ。大人の役目っていうのは。
……どーんと任せて、おもいっきりやらせてあげて、
そのフォローや尻ぬぐいをする事なのよ。私がすべきなのは)
“子供を導いてやる“……そんな偉そうな事、とても自分には出来ない。
私はまだ未婚だし、そんなご立派な人間ではない。……そもそも私の親や、今まで出会った学校の教師達だって、決して完全無欠のご立派な人間では無かった。
――――ハッキリ言って、中にはクソ野郎と呼ぶべきヤツらも沢山いたッ!
うん、心から軽蔑してるわ!
……だからもう、「
貴方たちはもう勝手に頑張り、物を考え、沢山の経験し、勝手に成長していきなさいな。
時にそれにアドバイスをしたり、フォローをしてやる事こそが、大人の役目なのよ。
結局の所……それくらいしかないのよ。きっと。
子供を信じる――――それはきっと“子供を尊重する“という事だ。
貴方たちを一人の人間として認め、尊重する。
そして、その上で傍に寄り添い、しっかり守ったるしかないやろがい!!
エヴァとかシンクロ率とか、そんなモンもう知るか! 後で私が必死こいてなんとかしてやるわよ! 全部!
それが大人の役目ってモンでしょう!? それでいいんでしょう!? ふーんだッ!
……リツコはもう完全に開き直り、やけくそ気味にそう思うのであった。なぜか関西弁も混ざった。
『でもキツネかぁ~。けっこう意外な所できたわね~。
レイって素直な子だし、どっか犬っぽい所あるじゃない?
だからあたし的には“レイは犬派!“ってイメージなんだけどな~』
暫し自分の世界に入っていたが、リツコは受話器からの声により、この場に意識を戻す。
「いえ……あの子が犬っぽいのと、キツネのお世話をするのは、
全然関係ないと思うのだけれど」
『え~。その点で言えば、リツコって猫っぽいわよ? そんであんた猫好きでしょ?
なんか惹かれ合うモノがあるんじゃないの~?』
「なんだかよく分からない理論だけれど……そういえばキツネは、イヌ科の動物ね」
『え、そうなの!? ほらぁ~やっぱり惹かれ合うのよ~! こういうのって!
いよっ、似た者同士ぃ!』
「ところで貴方、ペンギン飼ってるけど……その点についてはどうなのかしら?
葛木ミサトはなんかペンギンっぽい、という事でOKなのね?」
『!?!?!?』
まぁそんな馬鹿な会話をしつつ……そろそろリツコの休憩時間が終わりに近づき、彼女達が別れの挨拶を交わす時間となっていく。
……定期報告のワリに、あんまし仕事の話をしてなかった気がしないでもない。正直。
『そんじゃね~リツコ。今度ペンペンとヘレンちゃん戦わせて、
どっちが強いか勝負しましょうよ』
「なんでよ。どうするのよそんなの決めて。なんの頂上決戦よ」
『あ、ちなみにヘレンちゃんって……もふもふ?
もしかして、触るとすんごい癒されたりする?』
「もふもふよ。私はいつも癒されてるわ。それじゃあねミサト」
『――――ちょっ、ズルいわよリツコ! あんたばっかり!
あたしだってキツネもふもふしたり、そっちで温泉入ったりし……』
プチッ! ……ツーツー。
リツコは無慈悲に通話を切り、ケータイをポケットにしまい込む。そして仕事を再開すべくスタスタと歩いて行く。
「貴方はいつも、シンジくんに甲斐甲斐しくお世話されてるでしょうに。
なにを癒される必要があるの。それ以上は罪よ」
いつもシンジくんの手料理を食べ、挙句の果てに家事までやってもらっているのだ。あの飲んだくれは。
あんなにも良く出来た子と一緒に住んでいるのだから、貴様はそれ以上を望むべきではない。それ以上の幸福は許さん。
リツコ(未婚、独り身)はなんかよく分からない義憤を燃やしながら、再び実験場へと入っていった。
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夕方。
リビングにて、レイはヘレンとの穏やかな時間を過ごしていた。
床に寝そべって目線を合わせ、ふたりで見つめ合うように顔を突き合わせる。レイの視界いっぱいにヘレンの顔がある。
うん、可愛い。とっても美人さんだヘレンは。
時折ヘレンがレイの存在を確かめるように、おててでレイの顔をてしてし触ったり、スリスリと頬ずりしたり、がんばって頭の上によじ登ろうとしてみたりする。
それに対し、レイの方は成すがまま。
ただただヘレンの愛らしい姿を眺めながら、ずっとこの子の好きなようにさせている。
耳をカプカプされても、鼻をペロッと舐められても、頭の上に乗られても微動だにしない。まるで人間アスレチックといったように、その身をもってヘレンの遊び道具と化していた。
まぁたまにヘレンがズルッと滑り落ちてしまってアワアワと慌てたり、〈てしっ!〉とヘレンパンチが目を直撃して「~ッ!?!?」となったりしもしたので、まったく微動だにしてなかったワケではないのだが……それでも出来る限り動かないようにはした。根性で。
でも良く見れば、レイの足が僅かに〈パタパタ♪〉と動いているのが、傍目に分かった事だろう。
これは無意識なのだろうが、レイの内面の気持ちを表すように、機嫌良さそうに足がパタパタしているのだ。まるでヘレンの尻尾のように。
ふたりで過ごす、暖かな時間。大切な時。
それを容赦なくぶち壊す大声が響いたのは――――玄関の方からであった。
『にゃーー!!』
「 ?!?! 」
ビックリしすぎて、思わず〈ビクゥ!〉と逆エビぞりになる。ヘレンの方はのほほんとしているけれど。
「おー! ここがみんなの住んでるコテージかぁ~。
すんごいオシャレじゃーん! いいなぁ~!」
驚愕しているレイをよそに、ズカズカと部屋に入ってくる人物の気配。
急いでそちらを振り向いてみると、そこにはレイと同じエヴァのパイロット、真希波・マリ・イラストリアスの姿があった。
「おっすファーストちゃーん! どもども! お邪魔するよぉ~!
あれ? どうしたのそんなトコで寝そべって。目をひん剥いてからに」
「……」
「背筋? え、筋トレしてたの?
北海道に来てまで、そんな汗かいてトレーニング?
ちょーっと真面目すぎないかにゃ~ファーストちゃん。
人生もっと楽しい事、いっぱいあるよ?」
「……」
レイは無言のまま立ち上がり、そっとヘレンを抱きかかえる。
そのままマリに背を向け、スタスタと階段の方へ歩き出す。
「ちょ……! 無視はダメだよぉファーストちゃん! 傷付くよぉ~!
ほらファーストちゃん、私を見て? マリだよ?
ワレワレハ、ナカーマ! エヴァ友だよ?」
「……」
しかし、あえなく回り込まれる。逃走失敗。
真希波・マリ・イラストリアス。彼女はコミュ力のモンスターであった。
レイが少しぶすっとしながら「じぃ~」っと見つめるも、マリには一向に怯む気配が無い。
さすがエヴァのパイロット、第4の子供。彼女のATフィールドもうとんでもない。
「ほーらファーストちゃん、アメをあげるよ!
甘いのは好き? おいしいよ? 食べる?」
「……たべる」
まるで大阪のおばちゃんの如く、懐からアメちゃんを出して子供に与えていくスタイル。
まぁレイも喜んでいるし、なんだかんだと話を聞いてくれる姿勢になってくれた。
うん、飴玉を常備しておいてよかった。
「……赤いメガネの人、どうして……?」
「うん、ちょっと姫が部屋に閉じこもってる~って、小耳に挟んでねー。
第三新東京市からジェット機飛ばして、来てみましたっ!
まぁ任務もあるし、今日中には戻らないといけないんだけどにゃ……。
でも姫の事は、私に任せといてちょーだい♪」
レイは無表情で飴玉をコロコロしつつ、耳を傾ける。
どうやらマリは、アスカの事を心配してここに駆け付けてくれたようだった。なんという行動力。
「ちなみにさっき、蟹とかラーメンとか食べて来たよ! 堪能したね!
北海道の綺麗な景色も撮れたし、それだけでも来た甲斐があったにゃ~♪
……あ、ファーストちゃんも見る? 面白い写真いっぱい撮れたよ!」
「?」
マリが鞄からデジカメを取り出し、レイの隣に来て肩を寄せる。
そして手慣れた操作で、今日撮った写真の画像を見せていく。
「ほらっ、これ見て! キツネの親子だよ!」
「!」
沢山の綺麗な景色や、動物の写真。その中の一枚に、野生のキツネの親子の写真があった。
レイは思わずデジカメを〈はしっ!〉と掴み、大きく目を開いて覗き込む。
「これね、海で撮ったんだよ~。
砂浜の近くの草むらに、たくさん野生のキツネが住んでるの」
「……!」
これは、幼いきつねの子供が、おかあさんに甘えている姿。
愛らしい子ぎつねと美しいキツネが寄り添う、とてもあったかい写真だった。
「この子も、生後2週間って所かにゃ~? ヘレンちゃんと同じくらいだね♪」
「ええ、そうだと思う……」
きっと同時期に生まれたのであろう、ヘレンと同じ子ぎつね。その写真にレイは見入る。目を離せずにいる。
「……」
ふと、レイはいま腕の中にいる、ヘレンの事を想う。
写真のこの子と、ヘレン――――
この子はお母さんといっしょに暮らしているのに、ヘレンはひとりぼっちだった。
この子は仲間達と共に自然を駆けまわっているけれど、ヘレンにはそれが出来ない。
同じ時期に生まれた、同じ子ぎつねであるハズなのに……その違いを想い、レイの胸はキュッと痛む。
ヘレンは悪くない。なんにも悪い事なんかしていない。……なのにヘレンだけが背負わされている、この違い。
いったい何故なのか。
何が、誰が、いったいなんで。どうしてヘレンだけが。
それを想うも……答えは出ない。この理不尽に対する答えは、どれだけ考えようとも、見つからなかった。
けれど……。
(ヘレンがごはんを食べられるようになって、体力が付けば、治療を受けられる。
そうすれば、自然の中で暮らせるようになるかもしれない。
仲間のきつね達と暮らせるように、なるかもしれない……)
これは、あのミルク記念日の夜に、アスカが教えてくれた事だ。
今の幼いヘレンでは無理でも、この先しっかりと成長し、そして手術を受けられるようになれば、可能性はあると。
ヘレンがこの世界で生きていける……幸せを掴めるチャンスはあるのだと、そうアスカはレイに教えてくれた。
この上ない真剣さと、優しさをもって。
――――治る。ヘレンは身体を治し、しあわせを掴む事が出来る。
仲間たちと一緒に暮らせる日が、きっと来る。
その為に私は、出来る事をしよう。ヘレンの為にしてやれる事を、精一杯しよう。
それがレイの誓い。“おかあさん“の役目だから。
「リツコちゃんに聞いたけど……ヘレンちゃん身体を悪くしてるんだってね……。
でもきっとこの子みたいに、元気に走り回れるようになるよ!
だってファーストちゃん、すんごい頑張ってるもん!
だいじょぉぉーぶ! 私が太鼓判押してあげる♪」
いまマリがレイの顔を覗き込み、もうとびっきりの笑顔をくれた。
それを受け、レイの胸は暖かくなる。心に勇気が湧いてくる。
「ありがとう、赤いメガネの人――――」
「!?!? にゃ……にゃはははっ!
まーまたなんかあったら、いつでも言ってちょーだい!
マリ・イラストリアスが、ジェット機飛ばして来るかんねっ!」
思わずドキッとしてしまうような、とても純粋な笑顔。それに見つめられたマリは顔を真っ赤にし、思わず照れ笑いする。
……ヤバかった。キュン性ショック死するかと思った。
なんだ、この胸が締め付けられるような笑顔は。やだこの子プリチー。やばたにえん。
(あっ……)
しかしふと、この幸せそうな子ぎつねの画像を見ながら、レイは気付く。
ヘレンにもいつか、この子と同じように、自然の中で暮らす日が来る。
(ヘレンは治ったら、また自然の中で暮らす。……いっしょには、いられない……)
ここ数日、レイには大変な事も多かった。だから今のいままで、それに思い至る余裕が無かったのだ。
けれど、いつか必ず、やってくるのだ。
ヘレンとの、別れの時が――――
「ヘレンも、とって……」
突然の、縋るようなレイの声。マリは少しびっくりし、キョトンとした顔。
「ん? とるって、写真のことかにゃ?」
(こくり)
真っすぐにマリの顔を見つめ、必死にお願いする。
ヘレンを、この子の写真を撮って下さい。思い出を下さい、と。
「……ん~、それは別にいいんだけどぉ~。
でもそれなら、もっと良い方法があるよ?」
まるで慈しむように、優しい顔でレイを見つめるマリが……そっとデジカメを差し出す。
「――――撮ってごらん? ヘレンちゃんの写真。
ファーストちゃんが撮るの」
ポスッと、手にデジカメを乗せる。レイはぽけっと放心する。
「私は今から姫の面倒みなきゃだし、今日中に帰らないとだしね。
だからそのカメラ、君にあげる。
いっぱいヘレンちゃんの写真とって、また私に見せてよ♪」
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
「ん? なにアレ? あの子なにしてんの?」
翌朝、キッチンでぐびぐび牛乳を飲んでいるアスカ。
「ああ、写真を撮ってるのよ。
マリからデジカメを貰ったみたいでね? ヘレンを撮影中」
ボウルにサラダを盛りつけながら、ほんのり笑みを浮かべたリツコが応える。
現在レイは「ムムム……」っと眉を八の字にしながら、カメラと格闘中。彼女の前にはよちよちと歩き回るヘレンの姿がある。
「デジカメぇ? そんな安い物でもないでしょうに。
まったくコネメガネったら……、ファーストを甘やかして!」
「ふんっ!」と鼻を鳴らし、再びアスカは牛乳をあおる。
(貴方も散々、マリによしよしと甘やかして貰ったでしょうに……)
そうは思うも、口に出す事はしない。リツコは大人なのだ。
とりあえず、アスカが部屋から出てきてくれて本当に良かった。マリに感謝である。
「じぃ~」
そして二人が見つめる中、いまレイが床に座ったり寝そべったりしながら、ヘレンの写真を撮っている。
あーでもない、こーでもないと、パタパタ動き回りながら撮影をおこなっている。
なんか被写体であるヘレンよりも、よっぽどコミカルな動きをしているように見える。
「じぃ~」
「……うん、なんだかシュールねコレ」
「……どうでもいいけど、パンツ見えるわよアンタ?」
時にシュタッ! っとばかりに跪いてカメラを構えたり、シュバババッと反復横跳びめいた動きをしながらシャッターを切ったり……普段のレイからは想像出来ないほどの機敏な動き。
なにやら見ていて、すごく面白い事になっている。きっと気分は敏腕カメラマンなのだろう。
そして二人が見守る中……レイのカメラに、たくさんの写真が保存されていく。
これは、フローリングの床をツルツル滑りながら歩いているヘレン。
歩きにくくはあるんだろうが、でもなにやらそれが面白いらしく、楽しそうによちよち歩いている所。
これはテーブルの上で、備え付けのティッシュにいたずらをしているヘレンだ。
パクリと飛び出ているティッシュを咥え、よいしょよいしょと次々に引っ張り出している。
沢山の白いティッシュに囲まれ、ヘレンがモコモコしていた。
これはヘレンが、ソファーに寝そべっているアスカのもとに遊びに来たところ。
「ん~?」って感じで片方の眉を上げたアスカが、ヘレンと鼻をくっつけて向かい合っている。
嬉しそうなヘレンの顔と、慈愛を感じさせるアスカの表情。それがとても印象的な一枚だ。
そしてこれは、外の庭で楽しそうに駆け回っているヘレンの写真。
沢山の草木と花にかこまれたヘレンが、じゃれるように自然と戯れている。
赤い花、青い花、黄色い花。そして美しい緑色の草。その中で無邪気に遊ぶヘレンの姿。
レイは夢中になってシャッターを切っていく。
たくさんの思い出を、カメラに収めていく――――
(なぜ人が写真をとるのか、わかったような気がする……)
以前まで、興味なんてなかった。全然わからなかった。
クラスメイトの女の子たちが、なんであんなにもパシャパシャと写真を撮りたがるのか。レイにはどうしても理解できなかったのだけれど……。でも……。
(きっとこの世界には、つかまえておきたい瞬間っていうのが、ある……)
この時を、大切にしたい。
いつまでもおぼえていたい。ギュッとはなしたくない。大切に胸にしまっていたい。
そんな瞬間が、きっとあるんだと思う――――
「あーあ。こんなトコで寝ちゃってぇ」
しばらくして、何気なくキッチンまで紅茶を淹れにきたアスカが見つけたのは……、くぅくぅと絨毯の上で寝息を立てているレイの姿だった。
「まぁ、張り切って撮ってたみたいだしね。
遊び疲れて寝ちゃった~ってトコかしら」
ほのかな笑みを浮かべながら眠っているレイ。その胸元に大切そうに抱えられているのは、同じく愛らしい寝息を立てているヘレンだ。
なにやらとても幸せそうに、ふたりでスヤスヤと眠っている。
「寝た子は起こすなってね。そっとしときましょっか。
……あ、でもその前にぃ……」
カシャリと、静かにシャッター音が響く。
「これは、さっき勝手に撮ってくれた お れ い!
乙女の不用意な顔を撮りやがった罰よ」
いまアスカの手にあるデジカメの画面に、レイとヘレンの姿が映っている。
ふたりが寄り添って一緒に眠っている、幸せに満ち溢れた写真だ――――
「いつ気付くかしら? ファーストのビックリする姿が目に浮かぶようだわ」
そう「クスッ♪」と笑ってから、アスカがそっとデジカメを返し、リビングを後にしていった。
※追記。
今回のお話の中、ミサトさんのセリフに「とにかくアンタすぐに帰って来なさい! エバどーすんのよ!」という物がありましたが、これは意図的な物です。
エヴァではなく
何回指摘してもミサトさんはエヴァを「エバー」と言ってしまう……全然なおらない……昔そんなテーマの名作SSが存在していたくらい有名なネタであります。
実は先ほど誤字報告でご指摘を頂きまして、作者としてはネタとして書いていたものの「やっぱ分かりにくかったかな~」と若干反省しております。
まぁ当作品においては今後も機会があれば、ミサトさんのみエヴァを「エバー」と書いてやる気でおりますので、コンゴトモヨロシク。