みかづき荘に女オリ主ぶちこんで原作改変【完結】   作:難民180301

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最終話

「簡単に言えば、規格違いだね」

 

 キュゥべえはそう言った。ハナが四度目の死を迎えた翌日のことで、みたまが見立てたのとほぼ同じ意見だった。

 

 ハナの魂が分割されており、すでに半分が砕けていることを知ったみたまは、ハナの寿命を『もう長くはない』と見積もった。長くとも後一年はなく、みたまにも手の施しようがないと。ももこたちがどういうことかと問いただそうとした時、動かないハナを抱えたやちよとみふゆがやってきた。

 

 ハナの体は間違いなく活動を停止していて、一般的な遺体になっていた。しかし魔法少女の命そのものであるソウルジェムは健在であり、なぜ突如電池が切れたように動かなくなったのか、やちよたちには理解できなかった。

 

 みたまが悲痛な声でその理由を説明するもののやちよたちは納得できず、魂の専門家へ意見をうかがいに市外まで足を運んだ。ソウルジェムを生成した張本人であるキュゥべえだ。魔法少女の真実を伝えないことで信頼度は最底辺のキュゥべえだが、より好みはしていられない。

 

 駅を出てすぐのところでキュゥべえを呼び出し、告げられたのが『規格違い』の一言だった。

 

「魂は人が生まれてから死ぬまで大きさを変えない。それぞれの種族に適した規格があるからね。藤本ハナの体はサイズを縮めることで適応を試みたようだけれど、成長して無駄になったようだ」

 

 ハナは最近、背が伸びていた。縮む前とあまり感覚は変わらないと笑顔を浮かべ、フェリシアと背比べして競っていた。

 

 魔法少女の体は魔力による補修が容易になる以外は、普通の体と変わらなかった。急所を砕かれれば誰かに助けてもらわなければ動けない。成長だって願い事や固有魔法で止めなければ止まらない。

 

 キュゥべえの答えに閉口するやちよたちに代わり、イマイチ理解できないフェリシアが声を荒げる。

 

「ごちゃごちゃ言われても分かんねーよ! お前が耳毛でピカッとやってどうにかなんねーのかよ!」

「ならもっと簡単に言おう。人間は単3電池で動くけれど、藤本ハナの魂は単4電池サイズなんだ。理解できたかい?」

「おう、それなら分かるぞ! つまり……つまり……」

 

 フェリシアの脳裏に、無理やりいじったせいで使い物にならなくなったリモコンが浮かんだ。下手にハナの体をいじれば壊れてしまう。電池を大きくするような魔法もない。ハナは、助けられない。

 

 ハナは近頃急に手足や全身から力が抜け、転んでしまうことが多かった。肉体の成長と魂のサイズが噛み合わず、不調が出ていたのだ。

 

 薄暗い路地の街灯のてっぺんからやちよたちを見下ろしながら、キュゥべえは小首を傾げてみせて、

 

「理解に苦しむね。藤本ハナは自らの死を願った。ようやく願いが叶ったんだから、仲間として祝福してあげるべきじゃないのかい? 遺体の鮮度を魔力で保っても無意味だ。一生目覚めず魂だけで過ごすより、一思いに──」

「キュゥべえ」

 

 有無を言わさぬ眼力で、やちよがキュゥべえを睨みつける。少女たちの目から危険な衝動を読み取ったキュゥべえは、防衛本能として口を噤んだ。

 

 息を深く吸って吐いて、気を鎮めるやちよ。

 

「……何か方法はないの?」

「願い事だろうね。藤本ハナは祈りの力で魂を分割し、生き永らえた。なら、彼女と同等の素質を持つ誰かに救済を願わせればいい」

 

 ハナを救うため、見ず知らずの誰かを魔法少女の運命に巻き込む。ウソを言わないキュゥべえの性質を考えればその方法が正しいのだろう。しかし、そうして生き返ったハナが笑顔を見せてくれるだろうか。ウソをついて誤魔化したとして、あのまっすぐな子に向き合えるだろうか。

 

 救いのない現実に打ちひしがれた少女たちは肩を落とし、動かないハナの待つみかづき荘へ帰るのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「じゃあ、始めます」

 

 ハナのソウルジェムは組んだ両手の中に優しく収められており、その両手をいろはが包み込むように握る。変身したいろはは緊張の面持ちで大きく息を吸い、癒やしの力を発動した。

 

 やちよたちがまず頼ったのは魔法少女の固有魔法だった。ハナやマギウスのように、祈りから生まれた少女の力は不可能を可能にする。癒やしの力を持ついろはに事情を説明し、協力を取り付けた。

 

 もちろん説明にあたっては魔法少女の真実を明かしている。ソウルジェムのこと、魔女化のこと。いろははあまりに過酷な魔法少女の運命に一瞬たじろいだものの、涙を拭って立ち上がった。

 

『話してくれてありがとうございます。マギウスのこととか、どうして黙ってたのか、いろいろ納得できました。言いたいことはたくさんありますけど……とにかく、ハナちゃんのことが先決です』

 

 ハナはいろはにとっても大切な友達だった。危険な神浜を率先して案内してくれ、みかづき荘の頼れる仲間たちと引き合わせてくれた。自分の力で助けられる可能性があるなら是非もなく、二つ返事で協力を決めた。

 

 いろはの癒やしは強力だった。本人に自覚はないものの、魔力さえつぎ込めば四肢の欠損や重要な臓器まで再生可能な万能性を持っている。全力を出せばハナの欠けた魂を再生できるかに思われた。

 

 しかし──

 

「ごめんなさい、私じゃ無理みたいです……」

「いえ、いいのよ。ありがとう、環さん」

 

 万能なのはあくまでも肉体の損傷に対してだった。非常に複雑な魂を再生する力はなく、落ち込みながらやちよたちと共に頭を悩ませることになった。

 

 みかづき荘のメンバーはそれぞれの人脈から頼れる魔法少女を探し、片端から頼み込んで固有魔法治療を試した。たとえば『偽装』の魔法で、欠けた魂を十全なそれに偽装しようとしたものの、欠けている事実には干渉できず。魂と肉体の規格を合わせられる都合のいい魔法は見つからなかった。一人、また一人と効果なしが続くにつれ、みかづき荘の雰囲気は沈んでいった。

 

「なんか実感が湧かないよな。私にとっちゃ三回目だけど、やちよさんたちは四回目だろ。しれっと生き返って、降りてきそうじゃないか?」

「そうね……」

 

 そんなある日の夜、ももこが少しでも場を和ませるために明るく言うと、気もそぞろなやちよの相槌だけが返ってくる。みかづき荘にあるべき談笑はなく、ただ重苦しい空気だけが全員の肩に乗っかっている。限界が近づきつつあった。

 

 ももこが所在なさげに黙り込むと、突如みふゆが立ち上がる。

 

「どこに行くつもり?」

「やっちゃん、どいてください」

「どこに行くのと聞いているの」

 

 まっすぐ玄関へ向かおうとしたみふゆの前に、すばやくやちよが立ちふさがる。二人の視線は激しくぶつかり合い、一気に空気が張り詰めた。

 

「決まっているでしょう。魔力のある誰かを探しに行くんです。幻覚で催眠誘導すれば、願い事を操作するなどワケありません」

「本気で言っているなら、絶対にここを通すわけには行かないわ」

「お、おい二人とも!」

「……やめろ」

 

 ももことかなえがすぐさま割って入るが、二人の思いはぶつかったままだ。

 

 みふゆの魔力はやちよと同様、時が経つごとに増大し、魔法の幅も広がった。マギウスを欺いたあの大規模な幻覚も、かつてのみふゆなら不可能だっただろう。今のみふゆなら契約を誘導する程度造作もない。

 

「仮にその方法であの子が生き返ったとして、あなた顔向けできるの? 分かったらバカな考えは止めなさい」

「分かっていますよ。外道に堕ちたワタシはここにいる資格はありません。それでもいいんです」

「いいわけないでしょ! あなたがいなくなればあの子は──」

「分かっています!」

 

 やちよの怒声に、みふゆの悲鳴。やちよでさえ聞いたことのない悲痛な叫びに、みかづき荘の面々はハッと息を呑んだ。

 

「独りよがりだって分かってます……でもこんなの、あんまりじゃないですか! 自分の存在を否定して、死を願って、ずっと一人で苦しんで。やっと生きたいって本当に思えたところなのに。これからって時なのに!」

 

 泣き崩れるみふゆの肩に、やちよは弱々しく手を回した。誰かのすすり泣く声が響いている。その場にいる全員が、みふゆと同じ気持ちだった。

 

(私たちはもう、一人じゃないよ)

 

 一体になったみかづき荘の様子を見ながら、さなは親友にそう呼びかける。誰にも必要とされず、直接的にも間接的にも存在を否定される苦しみを、共有する親友。必要とされる喜びと、自分がありのままでいられる居場所を教えてくれたかけがえのない友達。さなはハナがいたから──

 

「……そうだ。そうだったんだ」

「さなちゃん? どうしたの?」

 

 さなは天啓を得た気分だった。むしろどうして今まで気づかなかったのか。ハナを救い得る最高の方法は、すぐそこにあったのだ。

 

 さなは夢中で二階へ駆け出す。ハナは変わらず穏やかな死に顔のまま、冷たい体を横たえている。

 

 その手に握られたソウルジェムを上から被せるように手で覆うと、やはり閃きの通りの感触を得られた。本能のままに、自身の魔力をソウルジェムへ流し込んでいく。

 

「二葉さん? 何をしているの!?」

「願いを、叶えてるんです」

 

 激しく輝き出すソウルジェム。後から駆けつけたやちよたちに、さなは決意に満ちた声を返した。

 

「今までどんな風に願いが叶ったのか、分からなかったけど……きっと今がそうなんです!」

 

 キュゥべえの言う通り願い事が唯一の方法であるなら、さなが希望になれないはずはなかった。

 

『君が望むなら、友達を守る力を与えよう。その代わり、魔法少女になってほしいんだ』

『私にも、ハナちゃんが守れるの……?』

『うん、きっと』

『じゃあ──』

『友達を、ハナちゃんを守って、助ける力をください』

 

 さなはハナ個人を守るための力を願っていた。知らないところで傷つき、苦しむハナを救うためだけの願いで、魔法少女の宿命を背負った。その覚悟は過酷な運命を知ってもなお揺らぐことなく、純粋な祈りの力がハナの魂を救っていく。

 

「くうっ……!」

 

 流し込んだ魔力を願いの力で魂へ変質させる。限定的に人の域を越えた業を行使するさなの魔力は、湯水のように減っていく。額に玉のような汗が浮かび、視界がかすんで穢れが溜まる。このままではさなの魂さえ削られてしまうが、構わない。さなはとっくに覚悟を決めているのだ。

 

 しかしさなは一人ではなかった。

 

「やちよさん……!」

「まったく無茶をして、誰の影響かしら」

 

 やちよが肩に手を置き、コネクト。波濤のように力強い魔力がさなを介して流れ込み、ハナの魂を補う。

 

「ワタシの分まで、お願いします!」

「頼む……!」

 

 みふゆとかなえ。夢のように甘く、猛々しくも優しい魔力が流れ込む。

 

「これが私の、全身全霊!」

「ボクだって!」

「頼んだ!」

「一緒にかまそうや!」

「あなたの力に……!」

 

 鶴乃、メル、ももこ、フェリシア、いろは。温かい深緑の炎がさなを包み込み、辛い過去を遠くする紫紺と、癒やしの桃色が流れ込んでいく。さなは意識が朦朧とする中全員分の魔力を制御、変質させていき、ハナの魂は十全な形に補修されつつある。

 

 足りない分はみんなで支え合う。仲間たちの想いを背負ったさなは歯を食いしばり、ひときわ強くハナの救済を願うのだった──。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 五月中旬。

 

 初夏と晩春が混じり合う暖かな空気の中、中央区の駅前は平時通りの雑踏で混雑していた。学生服姿の生徒たちとスーツ姿の新社会人たちが入り乱れ、中央区特有の雑多な空気を形成している。ターミナル駅に渡り廊下で直通の大型モールからは絶えず人が出入りしていた。

 

 すると、『MAGICA』と洒落たフォントで彩られたライブハウスから、目立つ集団が姿を現す。下は小学生から上は大学生程度まで年齢層のバラバラなそのグループの先頭は、小学六年生程度の童女だった。

 

 彼女は『WE LOVE KANAE』の旗を高々と掲げ、無駄にテンションが高い。

 

「FOOO! アゲアゲでいきましょぉーいだだだ!?」

「しばくぞ……」

 

 藤本ハナだった。

 

 すでにライブを終え私服に着替えたかなえが後ろからアイアンクローを炸裂させ、みかづき荘のメンバーが後ろで苦笑したり、構わず談笑していたりする。

 

「せっかく作ったし、ライブも無事終わりましたし。今がハッチャケ時だろうと」

「恥ずかしいから、やめて……」

「かなえさん、最高でした! 歌の中だと僕って言うの、ボクと同じですね!」

「ん……」

 

 その後、かなえはバンドメンバーとの打ち上げに顔を出しに行き、みかづき組は一足先にみかづき荘で祝初ライブパーティーの準備をしておくことになった。無事全員にライブを披露したかなえは自信を深め、更なる燃焼のための研鑽を誓った。

 

 長らく自粛ムードの続いた神浜だったが、みかづきチームがマギウスに平和的な話し合いを持ちかけたあの日以来被害が急減。街は元の活気を取り戻し、かなえのライブも実施される運びとなった。異常発生していた使い魔や魔女の数は適正に戻り、魔法少女たちは適度に日常と非日常を行き来している。

 

「ちょっと、薄くなったね」

「そうかな……?」

 

 みかづき荘に戻ったハナは上半身裸になって、いろはと二人きりになっていた。

 

 魔力をこめた手でいろはが背に触れ、ゆっくり撫でていくと、ハナはくすぐったそうに身をよじらせる。

 

「この調子なら、夏までにはきれいになるんじゃないかな」

 

 ハナの体に刻まれた傷跡は、いろはの魔法でもすぐには消えなかった。家庭の事情でいろはがみかづき荘に移住してきて以来、こうして毎日治療をほどこし、ようやく薄くなり始めたところだ。

 

 羞恥で顔を赤くしたまま、ハナはいろはと共に下へ降りる。そこではみかづき荘のメンバーが勢揃いしていて、それぞれの言葉と態度で二人を迎え入れる。

 

『死ね』

 

 魂にまで刻まれた古傷が痛み、ふいに過去を思い出すこともある。両親の言葉が残響のように心中で響くこともある。

 

『あなたを望む人がここにいる』

 

 けれどそのたびに優しい魔力で補われた魂が、暖かに心を満たしてくれる。仲間たちの気持ちを魂で受け止め支えられるハナは、もう揺らがない。

 

 仲間と共に過去を背負い、希望の今を未来へ向かって歩んでいく。きっとこれが生きるってことなのだろう。

 

 その生き方はあまりにも幸せで、夢のように現実味がなく、魔法のように都合が良くて。

 

 嬉しい気持ちを誤魔化すみたいに、ついつい口をついて出てしまう。

 

「まーじか」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ハナの部屋に立てかけられた、小さな国旗。みかづきに寄り添う色とりどりの星の中に、桃色が浮かび上がる。

 

 そして少し時間を置いて、遠慮がちにじわじわと、目立たないどどめ色の星が現れ──温かな風に、ゆったりとはためくのだった。

 

 

 


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