俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
第1話
★1998年 5月23日★
「ああ、ではよろしく頼む」
その言葉を最後に、耳から受話器を離した赤髪の女性。彼女は机の上に置いてあった煙草の箱を指でトントンと叩いて、それを口に咥えた。
「ん」
そうして彼女はソファに腰かけていた俺を見ながら、咥えた煙草を指さす。どうやら手持ちの火がないらしい。
「喫煙者ならライターぐらい常備しとけよな、全く」
ズボンのポケットから昨日買ったばかりのライターを突き出した。すると彼女は明らかに不機嫌そうに目を細め、また煙草の先端を人差し指で叩く。
「本当に怠惰な人だな」
仕方がないのでしぶしぶライターで煙草に火をつけてあげる。すると途端に満足そうな顔つきになって、すうっと肺一杯に吸い込んだ後、煙を吐き出しながら―――
「ご苦労」
と心底偉そうに労いの言葉を述べてくる。
「はいはい」
「はは、そう怒るな」
「ならもう少しシャキッとしてくれよな」
不服を申し立てても笑顔を止めないこの女性は蒼崎橙子という。最近このカビ臭いビルに立ち上げた『伽藍の堂』の所長を務めており、俺の上司でもある。まず間違いなく美人といえる容姿の持ち主なのだが、この残念過ぎる性格で全てを台無しにしている素敵な人だ。
「因みにライターは持ってる、ほら」
わざわざ胸ポケットから取り出して見せびらかしてきた。自らの怠慢をひけらかすとは、見上げた女だ。
「はぁ。本当にどうしてこう……」
「なんだ、ただのスキンシップだろう?」
「だらしないって言ってるの。大体どうすれば昨日掃除したばかりのデスクの上にゴミと書類の山が出来るんだか……」
俺がため息交じりに呟くと、橙子も思う所があるらしく何やら言い訳がましい事を宣った。
「失礼な。これは調べものがあってだな」
「はいはい。ならせめて後片付けしましょうねー」
「お前がいる」
そうですねー。俺が全部片づけるからねー。自分でやる必要ないよねー。
「で、調べものってのは?」
橙子にだらしなさを咎めても、彼女がソレを改善しようとしない事はこの三年の間で痛感しているのでもういい。だから話題を切り替えるべくその書類の一部を手に取りながら問いかけた。いや、本当に不本意ではあるのだが。
「ああ、どうもこの伽藍の堂を魔術なしで突き止めた男がいてな」
「へぇ。それはまたスゴイ」
「だろう?」
つまりこの紙束はその件の男に関する事が書かれているという訳だ。名前は―――
「黒桐幹也。なんというか、普通だな」
顔写真から経歴まで、名前以外の何もかもが『普通』や『平凡』といった言葉が似合う男である。少なくとも橙子の目的である例の少女や俺のように非日常に身を置く人間とは違う。正しく一般人といえるだろう。
「ところでそいつ。ここに就職するぞ」
「マジ?」
「マジ」
ああ、哀れな生き物がまた一人生まれてしまった。少なくともこの人からまともな給料は出ないのだ。福利厚生なんて知らんと真顔で言えてしまう人だからな。
「でも大丈夫なのか? 執行者の可能性もあるんじゃ」
「いや、それはないだろう。騙るつもりならもっと巧くやるさ、奴らならな」
ならいい。仕事がないのならそれはそれで。
そうして俺がこの話題に興味を失ったあたりで、橙子は口を開いた。
「それに仮に奴らだったとしてもお前が何とかする。そうだろう?」
彼女は目を閉じて小さく微笑みを湛えている。それが間違いなく信頼からくるものであると俺は知っているから、思わず顔を背けてしまった。
「赤くなってるぞ」
「勘弁してくれ」
事あるごとに揶揄ってくるのは彼女の悪癖だが、それを心地よく思う自分もいる。白状すると、俺は彼女との生活を楽しんでいた。
★1998年 5月24日★
「あっと、その、すみません。ここが伽藍の堂で合ってますか」
買い出しをしようと思ったら、黒を基調とした服装の青年が職場の玄関前で立っていた。資料に添付された写真を一度見たため、彼が黒桐くんである事はすぐに分かった。
ばったりと出くわす形になったためか、黒桐くんは少し驚いた様子だった。
「ああ。君が黒桐くんか。とう、所長は中で待ってるから中に入ってどうぞー」
「はい、ありがとうございます」
扉を大きく開けて中に入るよう促すと、彼もそれに従って歩を進めた。後は橙子に任せばいいかと思い、俺はエコバック片手に外に出ようとすると、黒桐くんは「あっ待ってください」と声を出して俺を引き留める。
「ん?」
「ご存知だとは思いますが、黒桐幹也と言います。本日付で伽藍の堂に就職しました」
「ああ、これはどうも丁寧に。自分は八朝勝馬って言います、よろしくな」
手をひらひらと振って今度こそ外出しようとすると、黒桐くんは恭しく頭を下げた。そんな畏まらんでもいいのだが、まぁ本人がやりたいなら好きにすればいいか。
と、そこである事を思い出す。今度はこちらが黒桐くんに声をかけた。
「ああそうだ。今夜、予定でもある?」
「いえ、特には」
「それはよかった。今日黒桐くんの歓迎会を開こうと思ってたんだけど、良ければどう?」
「ええ、喜んで。買い出しをするのなら手伝いますが……」
なんと殊勝な。橙子の奴に黒桐くんの爪の垢を煎じて飲ませたい。
「全然気にしないでいいよ。どうせこれから苦労するだろうし、入社当日くらいはね?」
「は?」
「じゃ、頑張って」
俺の不穏な一言で笑顔が微妙に崩れる黒桐くん。これは俺なりのお茶目だが、同時に事実である。マジで頑張ろうな、お互いに。
★1995年 1月13日★
八朝勝馬と蒼崎橙子が出会ったのは今から三年前。雪の降る山中であった。
傷口から血がこぼれて、積もった雪を真紅に染め上げる。そうして冷たいという感触すら忘れそうになった頃に―――
「ほう、まだ生きていたか」
こちらを見下ろしながら赤髪の魔術師は呟いた。傘を差しながら静かに佇むその女性は確かに美しく、そして見事なまでに残虐な笑みを浮かべていた。
「……誰かは知らないが、ここに長居しない方がいい」
死にかけでも意外と声ははっきり出せた。
ただこの忠告はこの女性に対してあまり意味がないことを知っている。何故なら普通の人間ならば、まず夜中の山中、それも雪が降りしきる季節にいる筈がないからだ。
「確かにこの山には恐るべき鬼がいるが、あの神秘は自ら襲い掛かるような手合いではない。お前が
嘲りの感情が含まれているように思えた。何より間違いなく正論だった。
「……はは、耳がいてぇ」
だから静かにその言葉を受け入れた。復讐なんぞ、何も生みやしないのだから。ましてやソレが『本家』とかいう、あやふやなモノの敵討ちであるのなら猶更だ。
「意外だな。中々に殊勝じゃないか」
そうだろうか。有体に言えば無防備に熊蜂の巣を突いて、死にかけているようなものだ。勝算のない分かり切った脅威に首を突っ込み、そして返り討ちにあった。これはただそれだけの話だ。
「……俺が死ねば、八朝の皆も、きっと納得する」
一族の最高傑作と呼ばれた男が手も足も出なかったのならば、きっと里の者たちは畏怖するだろう。
勢力が膨れ上がった遠野とその最終兵器である軋間の頭目。第二の命を散らして、世話になった彼らにその脅威を知らせる事が出来ただけでも、いくらか上等な人生だった言えるだろうか。
「戯け。貴様、微塵も死にたいとは思ってないだろう」
「……そりゃあ」
別に自殺をしたくてあの鬼に挑んだ訳ではない。勝てる算段を自分なりにつけて、そして敗北したのだ。悔いはあるが納得している。
「ふっ、はは」
「何故笑う」
「……いや、なに。悔しいなって」
もっと生きていたいと思う。できればもう一度、普通の生活を送りたいなと。こんな『眼』を持ってしまったばかりに、殺しの才能に目覚めてしまった自分が恨めしい。
「なぁアンタ、助けちゃあくれないか?」
だから未練がましくそんな事を言ってしまう。どうせこの女も普通じゃない。その確信もある。
「……見上げた奴だ。見知らずの他人にどうして頼める」
なぜだろう。自分でも分からない。だが、アンタはきっといい人だ。それもやはり、確信を持って言える。
「何を根拠にそんな。少なくとも私はお前の言うようないい人ではない」
むしろその逆だと、女は付け加えた。
ソレは嘘であるとすぐに言い返す事が出来た。だって看取ってくれるではないか。鉄仮面のように表情こそ変えないが、死にかけの人間の話相手になってくれている。それだけでも嬉しいものだ。少なくとも、前世ではあり得なかった。
しかし、彼女に訂正の言葉を投げかけるだけの力は、もはや残されていなかった。
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本作品の主人公。『七夜』という退魔一族の分家である『八朝』の最高傑作と呼ばれた化物専用の元暗殺者の転生者(設定もりもり)。今は橙子さんのパシリ。あと結構グレードの高い魔眼所持者。
本家を殺戮した軋間さんの暗殺に失敗して、そのまま戦闘に映って善戦するも敗北。死にそうになっていたところを橙子さんに助けられる。
感性は前世に引っ張られているため、基本的に一般的。でも暗殺者として育てられたため割と死生観がドライなところもある。
・蒼崎橙子
なんか日本で良い感じのアジトを探してる最中に勝馬と遭遇。良い感じの使い魔も失っていたので、命を救う見返りに勝馬を使い魔にする。彼の事は意外と使えるのでそこそこ気に入ってる。無論使い魔なので『伽藍の堂』の給料を彼に与える事はない。
・黒桐幹也
原作主人公の一人。めっちゃいい人。普通であることが異常みたいな。
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。