俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

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第13話

 ★1998年 9月21日★

 

 

 

 新免武蔵守藤原玄信、すなわち宮本武蔵の朝は早い。

 

 あらゆる世界を無意識に放浪(ドリフト)してしまう彼女にとって、就寝中に野盗悪党に襲われるのはもはや日常茶飯事である。そういう野蛮な土地に惹かれているのか、それとも単に武蔵の運が悪いのかは分からない。ハッキリしているのはおよそ安眠とは無縁の生活を彼女は送っていたという事であり、それにあたって外界に異変があればすぐさま瞼を開く術を身に着けていたという事である。

 

 だからここまで快適な目覚めを迎える事は大変珍しかった。

 

 武蔵は体を起こしてぐいっと伸びをする。それから朝の清涼な空気を享受すると、なんとも香しい匂いが武蔵の鼻孔をくすぐった。調理された食べ物の匂いだとわかる。

 

 「んーいい匂いっ」

 

 「起きたか」

 

 もはや匂いだけで満足できそうなところに水を差すような声色。武蔵が声のする方に顔を向ければ、そこには橙色の頭髪が映える女性が偉そうに踏ん反り返っていた。

 

 そう、見た目だけで判断するのならその女は確かに女性的である。身長は日本(ひのもと)の女性にしては高い方で、体格は華奢なように見えて凛としている。自らの容姿(強み)を遺憾なく発揮した服装(おべべ)は同性である武蔵も息を呑むほどだ。武蔵の趣味ではないが、別嬪さんという評価になんら文句はないといった様相である。

 

 しかし身に纏う雰囲気がどうしようもなく()()()()()に思えるのは、果たしてこの女性が紙巻きたばこを口に咥えているからだろうか。無論、そのような生易しい理由でない事を武蔵は感じ取っていた。どちらかと言えば―――

 

 「勝馬から話は聞いている。平行世界からの流浪人(ドリフター)だとな」

 

 女は口を開く。尊大な物言いからも、何となしに武蔵がその女が「()()()()なんだなあ」と悟る。面白いのが決して嫌いになれない、寧ろ気が合いそうな手合いだという事だ。

 

 「姿形を変えた彼の翁かと邪推したものだが、どう見ても違うな。お前の()()は本質的には体質に依るところが大きい。或いは超能力とも言い換える事が出来るかもしれない。夢の中で平行世界を渡る者も前例としてないわけではないが、さて」

 

 学者然とした分析だった。なるほどそう考えれば確かにそのようにも見える。実際、女性の言い分は的外れではない。人でなしと感じたのは目的は違えど同じ探求者だからかと、武蔵は一人納得する。

 

 「まったく、ごく一部とはいえ己が性質、しかも無意識で第二魔法を再現するとはな。もし協会の連中に知られたら黙っていないだろうに」

 

 武蔵にはその女性が言っている事の意味が分からなかった。ただ何となく女性が愉快そうにしている事は分かった。まるで見世物になったような気分だが、それで気を害すほど短気でもない。いつも通り朗らかな顔つきで武蔵は女に向き合う。

 

 「えーっとその、お楽しみのところ悪いんだけど、貴方は?」

 

 「橙子、お前が甚振ってくれた男の上司だよ」

 

 甚振った。最初その言葉を聞いて武蔵は何のことか分からなかった。心当たりがない、という意味ではない。その言葉が適切でないからこそ、反応が遅れたのである。

 

 「思ってもないことは言わない方がよろしくてよ?」

 

 武蔵が思ったままに言葉を返すと、橙子と名乗った女性は意外そうに眉を顰めた。言外に続けろと言われた気がしたので、武蔵はそのまま口を動かす。

 

 「だって彼強いもの。総合的な実力で言えば確かに私の方が勝ってる。だけど彼の敗因はそこじゃない」

 

 暗殺者とは思えないほどに一騎打ちに慣れていた。死線という死線を潜り抜け、その果てに幾度となく敗北を重ねようとも生還する生き汚さ。経験に裏打ちされた戦闘感で言えば武蔵すら上回るだろう。

 

 だからこそ、あのどうしようもなく寛容な殺し屋の本領を発揮させるには、命を天秤にかけた戦いでしか在りえない。大事なのは心持。相手を完膚なきまでに()()と判断した八朝(やとも)勝馬(かつま)と、武蔵は戦いたいとは到底思えなかった。

 

 「悪くない見識だ。特に眼が優れている」

 

 自らの部下を評価されて悪い気はしなかったのだろう。橙子は煙を吹かしながら、口元を歪ませて小さく喜びの表情を作っていた。

 

 「でしょう? たまーに未来が見える時もあるくらい」

 

 正確には違うのだが、感覚的にはそんな感じだからお茶を濁す。()()()と思ったら()()()のだから、それは未来予知と言って差し支えないだろう。実力で運を手繰り寄せるのが宮本武蔵の流儀である。

 

 「で、勝馬君の上司さんが私に何の用かしら」

 

 「いや、何。勝馬の魔が差した人間というのが気になっただけだ」

 

 「んー?」

 

 やはり橙子の告げる言葉の意味が理解できなかった。アメリカ大陸で出会い、現地ではかなりお世話になったシャーマンも自分しか理解できないような言葉を並べていた事を思い出す。

 

 したがって、首を傾げてあからさまに分からんと意思表示する武蔵。すると「気にするな」と橙子は付け加えた上で、武蔵の足元を指さした。

 

 「ん? これって」

 

 「ルーンで補助しているから見た目以上に頑丈だ。使ってやれ」

 

 そこには青色を基調としたリュックサックがあった。

 

 反復するようだが、武蔵はその体質故に旅を余儀なくされている。しかしこれまで武蔵は一度も旅装といえる装備を用意したことがなかったし、出来なかった。これは武蔵が何度も不定期に平行世界に移動してしまうため、まとまったお金が即座に用意できなかったからである。

 

 「え、いいの?」

 

 無論、果ての無い旅路に挑む武蔵からすればこのリュックサックは垂涎ものである。ぶっちゃけおにぎり三個分しか入らない巾着袋では些か以上に無理があった。

 

 「ああ。気にせずに持っていけ」

 

 「やったー!! 橙子さんって優しいのねっ!」

 

 武蔵は足元にあったザックを抱き上げて、喜びをあらわにする。その屈託のない笑顔があまりにあどけなかったから、橙子も苦笑い交じりに口を開く。

 

 「礼はアイツに言え。元々ソレは勝馬の私物だ」

 

 「え、勝馬君の?」

 

 見れば確かに使い古された印象を受けた。しかし草臥れている訳ではない。大変丁寧に使い込まれたのだろう、ちょっとした汚れや解れがみられるが、機能は十全に果たすと見える。

 

 しかも中には水の入った金属の筒や、干し肉を始めとした携帯食が詰め込まれている。加えてどうやら着物の類まで入っているようで、黒眼鏡(サングラス)当世の頭巾(日よけ帽)もついでとばかりにぶち込まれていた。

 

 「……そっか。彼、本当にお人よしなんだね」

 

 出会ってまだ一日も経過してない。だというのに他人にここまで気遣える人間というのが、武蔵はとても眩しく思えた。或いは、刀を振るうことでしか価値を示せない己と対比してしまうからか。なんにせよ、彼はどうしようもなく善良でお節介焼きらしい。

 

 「呆れるほどにな。お陰で当然のように面倒ごとを持ち込んでくる」

 

 「でも嫌じゃないんでしょ?」

 

 間髪入れずに武蔵が野次を入れると、意外にも穏やかな笑みを橙子は浮かべた。そして煙草の先端を灰皿に押し付けると―――

 

 「確かに退屈とは無縁だが、最近は少々お遊びが過ぎるな」

 

 ほんの一瞬だけ、武蔵は背筋に氷柱をぶち込まれたような錯覚を覚えた。一睨み、ただそれだけで武蔵は悟る。この目の前の美人は、彼女にとって八朝勝馬以上に危険な人物である事を。

 

 もし昨日の仕合で彼を一つでも傷つけていたものならどうなっていたことか。想像するだけでも悍ましい。なぜかそんな見当違いな感想を抱いてしまった。

 

 「……気を付けておけよ。世の中には損得勘定抜きに己が命を懸ける者もいる。特にお前のような浮浪者ならば、第一に弁えておくべきだ」

 

 こくこくと壊れたマリオネットのように首を縦に振る武蔵。満面に冷や汗をかく姿は稀代の剣豪とは思えない。

 

 とはいえ、真っ先に藪蛇を突いたのは武蔵の方である。ぶっちゃけいきなり鯉口を切った後に斬りかかったのは武蔵であり、そんな身の上で面白そうだからと口が軽くなってしまったのは完全な下策としか言いようがなかった。

 

 文句を言い終えた橙子は、頭を冷やすためにももう一度箱からシガレットを取り出す。そしていよいよもって料理の匂いが強くなってきたので―――

 

 「私からは以上だ。さて、そろそろ勝馬が朝食を作り終える頃合いだ。そこの机を空けてくれ……っと」

 

 

 ソファを陣取っていた宮本武蔵は忽然と姿()()()()()()()。まるで、最初から何もいなかったかのように。

 

 

 「……ふん。慌ただしい女だ」

 

 「あれ、武蔵は?」

 

 狙ったかのように遅れて現れたのは八朝勝馬である。両手と頭上にオーソドックスな日本食が載せられたお盆を器用に乗せている彼に、橙子は素直に「間が悪い」と感じた。

 

 「……別れの言葉もなし、か。彼女の旅路は我々が想像する以上に過酷なのかもしれないな」

 

 「あーそういう事」

 

 「なんだ、意外だな。悲しくはないのか?」

 

 「いや普通につらいよ。でもリュックが消えてるって事は、つまり()()()()()だろう?」

 

 勝馬の視線の先には、何もない床に向けられていた。橙子の記憶するところでは、確かそこには青いリュックサックがあったはずだ。それが武蔵と同様に消え失せているということは―――

 

 「ふむ、確かに(えにし)は繋がったな」

 

 あまり面白くない話だが、と橙子は心の中でつぶやく。たとえ勝馬に()()()()気がなくとも、青崎橙子という一個人としては僅かながら不満に思う。

 

 「おいおい、そんな不満そうな面しないでくれよ。同族に会えて嬉しかっただけじゃないか」

 

 「ふん、何が不満なものか。……だがそうだな、等価交換の話をしよう。あのリュックサックにルーン文字を夜な夜な刻んだ私に対する報酬を要求する」

 

 「そりゃあもちろん。橙子には迷惑をかけまくったからな。言い値で構わんぜ」

 

 「ほう、それなら―――」

 

 

 

 

 これは全くもって本筋に関わりのない、単なる幕間。何でもないたった一日の出来事である。

 

 





考えなしに武蔵ちゃんをいきなり登場させたのは良くなかったなと反省する地底人でした(土下座
おかげで終わり方も雑になってしまった感。
でも少しだけ武蔵ちゃんを書いてみたかったんや……ゆるして

ぶっちゃけ事件簿は……

  • 漫画だけなら見たことある。
  • 小説呼んだぜ。
  • アニメだけなら見たことある。
  • 見たことない。
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