俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
★1998年 10月4日 ★
観布子市の巫条ビルにて。
ガラスはいたるところが割られており、壁は黒ずんで朽ちている。外見だけを見ればおよそ廃墟と呼ぶにふさわしい様相だが、中身は意外にも片付いていた。というのも、予想していた瓦礫片やごみ袋などがどこにもなかったのだ。
生活感はないが、かといって不潔でもない。人の手によってそれとなく整理されたようにも見える環境。言ってしまえば、それは人目を憚る魔術師の手口である。
「工房ではなさそうだ」
勝馬は己の所感を口にした。
すでに
工房とは魔術師にとっての根城であり、切り札である。堂々と決闘紛いの招待状を送ってきたため、てっきり20層ぐらいの結界に魔力炉の一つや二つ、怨霊や魍魎の類も警戒していた勝馬としてはハッキリ言って拍子抜けだった。
疑問は残る。しかし構わず彼は階段を上った。ところどころ不安定な足場もあったが、特に問題なく屋上に到着する。するとそこには―――
「ようこそ。最高位の人形師の、その弟子よ」
写真通りの男がいた。赤いコートにシルクハット、手には小洒落たステッキが。現代の一般的な装いと比べると幾分も浮世離れしている。だが魔術師としてはオーソドックスな恰好である。
また見た目だけならば20代の端正な青年だ。しかし身に纏う
嫉妬と恨みだけで肉体だけでなく精神も旺盛になるとは。その執念深さに勝馬は素直に感心した。だが―――
「人を招待するのならまず礼節を学ぶといい」
大げさな動作で頭を下げる魔術師を無視して、勝馬は言い放つ。廃墟に人を呼び出すのもそうだが、そもそも魔道に関わり合いの無い人間を利用するなど言語道断である。
「これは失礼した。しかし君に私の秘術を見せるのは、如何なものかと邪推してね」
あくまで魔術師としての態度を崩さないつもりらしい。だから終始この男は勝馬を見下すのだろう。
とはいえ、確かに
そもそも魔術という存在自体、橙子に出会うまで知らなかったのだ。まして魔術を行使するための魔術回路の質と量共にDランク相当の勝馬に才能など望むべくもない。ただ敵対する機会の多い魔術師の生態を知るために、彼は魔道を学んでいるに過ぎないのだから。
「いいよ、そういう御託は」
「はは。確かにいい、実にいいね。その負け惜しみは実に心地がいい。私の心を存分に躍らせてくれる」
ぱんと手をたたいて心底愉快そうにする赤い魔術師。なんならくるっと一回転して、本当に踊りだしそうな勢いまである喜びぶりである。それが手前の優越感からくるのだから、大した自己暗示だと勝馬は思った。
思わずため息が出そうになるのをこらえる。前世を含めても、さまざまな趣を持つ人間とコミュニケーションをとってきた彼だが、ここまで面倒だと感じたのは久しぶりだった。それでも目の前の魔術師の名誉のために欠伸だけは我慢する。
「さっさと要件を言ってくれ」
「ああ、私としたことが。そうだ、そうだとも。私は君を評価したいんだ」
「……評価?」
「そう、評価だ。君が魔術師として、あのミス・アオザキの弟子としてどれだけの力を持つのか。私はとても気になっててねぇ。だからそう、あの
瞬間、魔術師の口が動く。まるでビデオで2倍速、いやそれ以上の速度で再生させている時の様な感覚。紡がれる言葉の意味がわからぬまま、ただそれが知識にある高速詠唱であると気づくのに約1秒。そして勝馬が手持ちのルーンを起動させるのにさらに1秒の時間を要した。
結果、摂氏1000度の灼熱が勝馬を襲う。
「———っ!」
「ふむ」
しかし勝馬の全身を燃やすよりも先に、空間に刻まれた
勝利と加護のルーン。蒼崎橙子に学び、そして自分に最も適する解釈を行った文字。勝馬が所有するあらゆるルーンの中でも、とりわけ防護に秀でた切り札である。
しかし強力であるが故に、正確には強力で
だが言い換えれば、勝馬は初手にして渾身の切り札を失ったともいえる。
次にアレと同等の魔術を行使されれば、勝馬の魔術では到底太刀打ちできない。むしろ一撃を防げただけでも大健闘と言えるだろう。それだけ赤い魔術師と勝馬の間には絶対的な差がある。
「蒼崎の弟子なら当然のようにルーンを所持している、これは想定内だ。だがなんだその体たらくは。たった一回の魔術行使だろう? それでもう終わりなのかい? 反射のルーンは? アンサズにエワズ、ダガズやカノ、炎のルーンだけでもまだ私の方が持っているぞ」
ぽんぽんとルーンを刻み、次から次へと手遊びを始める魔術師。愉快であると同時に、落胆を禁じえなかった。魔力の乏しさからして魔術師、コルネリウス・アルバは己の方が圧倒的に優秀な魔術師であると事を理解していた。
だが技量をカバーするためのルーン魔術だ。
「もういい。とてもつまらない。奴には弟子を育てる才能はなかったんだ」
repeat、アルバはそう呟いた。
詠唱速度だけでなく、詠唱の文面も理論も何もかも全てが高水準にまとめられた魔術行使。熱と炎という原初の力を用いた魔術はシンプルであるが故に強大である。加えて、たった一文を唱えるだけで同程度の魔術を再現する革命的な詠唱、すなわちリピート・マジック。
所詮は20年余りしか生きない、一代限りの魔術師では防ぎようもない。
「———一度
しかしここに一つの例外が存在する。
横薙ぎの一閃。達人による斬り払い、ただそれだけで灼熱は消えた。
少なくともここに第三者がいれば、そのように映った事だろう。しかし同程度の魔力によって弾き返された訳ではない。そんなことが魔術の
しつこいようだが、コルネリウス・アルバは優秀な魔術師である。つまり目の前で起きた事象を、正確に観察する眼を持っている。たとえそれがどんなに理不尽であろうとも、観測しうる頭脳を彼は有しているのだ。
「そんな馬鹿なとか、三文芝居めいた台詞はよしてくれよ」
「そんな馬鹿なっ!!」
アルバはまるで邪悪の化身を見るかのように凝視していた。己が魔術が消失の瞬間ではない、八朝勝馬が内包するルビー色に変色した『眼』を見ている。
「最初からお前は勘違いしている」
ゆさりと、勝馬は前進する。たった一歩だけの行進が、どうしてかアルバは末恐ろしく思えた。
「俺は別に橙子の弟子なんかじゃない」
いつの間にか男の手には大掛かりなナイフが握られていた。それだけでも相当な神秘を備えている事が分かるのに、アルバの目はその真紅の瞳に釘付けになっていた。
「強いて言うのなら、俺はあいつの使い魔だ」
男の言葉でようやく。アルバは納得した。頭の中ですべてが繋がったような、パズルを埋め終えたような感覚を覚える。しかしそこに達成感はない。
「き、君は、お前が、『簒奪者』かっ!! repeat! repeat、repeat、repeat!!」
どこまでも優秀な魔術師に過ぎないアルバは、魔術を唱える事しかできない。それがどれだけ無意味であるとわかっていても。
魔術は霧散する。ただ男がナイフを振るうだけで、アルバの灼熱の炎は無色の魔力と化す。
「満足か」
己を『蒼崎橙子の使い魔』と評した男は、アルバの魔力が尽きるまで待った。それこそが礼節であると。それこそがせめてもの手向けであると信じて疑わないからだ。
気づけば男はアルバを見下ろせる位置にまで接近している。疲労困憊となり、一連の魔術行使で魔力の一切を出し尽くしたアルバは後ずさる。そんな彼に対し、男は語り掛ける。
「万物には
金網にぶつかるまで後退して逃げ道を失った事をアルバは知ると、今度はこの世の終わりを見たかのように端正だった顔つきを恐怖に歪めた。
「それは魔術であろうと例外ではない。人の手で編み出されたモノならば、そこに業が宿るのは自明の理というものさ。ただ問題なのは俺がソレを見て触れることが出来るって話なんだが―――」
「ま、待て! そ、それが本当だと仮定しても、到底正気でなんかいられないはずだ! 人の欲望は際限無い、そんなものを見続ければ精神の摩耗は抑えられない、どうあっても狂うのが先だっ!!」
地べたを這いずりつつも、アルバは魔術師としての見識を遺憾なく発揮していた。実際、アルバの言葉に何ら間違いはない。そう、普通ならば―――
「哀れだなお前さん。愛したことも、愛されたこともないだろう? だからそんな結論が出せるんだ」
図星というには、あまりにも今更過ぎる話だった。魔術師にとって愛など不要なものだ。そんな心の贅肉を摂取するくらいなら、対象の魔力を吸収して宝石にした方がまだ合理的である。
「いいかい、別に人間は神様でも仏様でもないんだ。醜悪極まるのは
「な、それならどうしてっ!!?」
「筋金入りだな。
男はアルバと目線を合わせるために腰を下ろしてしゃがみ込む。そして大振りのナイフをアルバの胸元にまで落とし込む。
「や、やめろ! 何をするつもりだっ!!」
「お前の業を頂戴する」
寝そべり最後まで喚き散らすアルバに、八朝勝馬は得物を刺した。
それでコルネリウス・アルバという魔術師は死んだ。若々しい肌は年相応の皺が生まれ、アルバの魔力は勝馬に吸収される。
「まぁだが、そうだな。もしお前さんなりに答えを用意できたのなら、その時は―――」
観布子市の巫条ビルにて。一人の老人が屋上で発見されたという。
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。