俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
★1998年 10月4日 ★
伽藍の堂のオフィスにて。使い魔を通して学友の末路を知った最高位の人形師、蒼崎橙子は眼鏡を静かに外した。その表情はあくまでも魔術師然とした冷徹さを崩さない。追悼は昨日に終えた。
「……終わったか、アルバ」
現実を口にしたのは唯の確認。歴然たる事実として、魔術師、コルネリウス・アルバはその血筋諸共に終わりを迎えた。しかし生命は絶たない。それが彼女の最高にして最悪の使い魔たる
―――生まれ持った邪悪すらも、生き方次第では聖人になれる。
何時の日か橙子にこぼした彼の言である。どういう話し合いで、どんな場面のことだったかは覚えていない。しかし即座に在り得ないと断じた彼女に、勝馬は「そうかな?」と曖昧に微笑んでも決して訂正はしなかった。それがあまりにも子供っぽい確信に満ちた眼をするものだから、間抜けにもポカンと口を開けてしまったことを未だに根に持っている。
でもその時分かったことが一つある。
それは、彼は根本的な部分で『人』を信じているという事だ。
勝馬が第二の人生を歩む転生者である事は知っている。前の名前も、どのような職業につき、如何なる人生を歩んだかも橙子は諳んじる事が出来るだろう。
だがそれでは腑に落ちない。
人生の酸いも甘いも全て経験しているのなら、人間のどうしようもない醜悪さも知っていて然るべきだ。その上で人間を、『人』を惟うのであれば。それは明らかな欠陥、異常と呼ぶほかない。
もとより
———精一杯生きる人間を、嫌いになれる理由がないよ。
何てことはない。勝馬は知っているのだ。今を生きる人間の素晴らしさを。人の可能性を。どのような人間でも世界を救うことさえできる事を。本当に馬鹿らしい話だが、そう信じて疑わないのだ。
だから彼は『人』の命を奪わない。
如何なる化生であろうと、魂の髄まで外道に染まろうと、根っこが『人』であるのなら彼は決して見放さない。ただ『人』に害を為さないのであれば、彼は究極的に寛容であると同時にエゴイストなのだ。
「奴の言う人の定義は恐ろしく広大だな。だが、アルバがお前を恨まない筈がないだろうに」
魔術師が魔術を使えなければ、それは最早ただの人間である。そして唯一にして絶対のアイデンティティである
だがきっと彼はその復讐心すらも
「……人殺しはしない、か」
「いいことじゃないですか。というか当たり前の話ですよね?」
橙子の独り言に反応したのは、そそくさと仕事に従事していた黒桐幹也であった。彼は神妙な顔つきで思考に耽っていた橙子に、「しっかり仕事してくださいよー」と小言を垂れる。
「幹也……いま私はだな」
「今月大変なんでしょう? 給料、しっかり出してもらいますからね」
「む」
痛いところを突かれた。ぶっちゃけヤバイ。確かに彼の言う通り、今月に入ってから何の創作活動も行ってない。なんなら仕事も受けてない。つまりは一文無しまで秒読みである。
魔術師としてだけでなく、売屋としてもそこそこ優秀な橙子は即座に思考を切り替える。正確には適当に作った人形を売り払う算段をつけていた。
ひとしきり経営者としての脳を働かせ、出店所と売却する商品にある程度の目途を付けたあたりで。橙子は再度口を開いた。
「……幹也、いいか」
「なんでしょう橙子さん」
「これで最後にするから、私の戯言にもう少しだけ付き合ってくれ」
「はぁ」
なんだかよくわからないといった面持ちになるも、素直に幹也は肯く。橙子の顔つきが真剣だったのもそうだが、先ほどから独り言をしていた内容の意味を知りたくもあったからだ。
「勝馬についてだ。もし目の前で殺人鬼に襲われている誰かがいると仮定して、奴ならどうすると思う?」
「あの人ならすぐに止めに入るんじゃないですか? うん、勝馬さんなら確実に仲裁するでしょう」
問いに対して、黒桐幹也は即座に答える。考えるまでもない。幹也も人のことは言えないが、それと同じくらい八朝勝馬もお人よしだからだ。
「そうだな、私もそう思う。では質問を変えよう」
しかし、しかしである。
八朝勝馬による『人の可能性を信じる』という言葉は、確かに聞こえはいいかもしれない。だがそれは本質的にはどこまでも厳しい代物だ。
なぜなら、
幹也の言う通り、もし八朝勝馬が橙子の言う現場を目撃すれば、きっと仲裁に入ることだろう。殺人鬼の
「しかし仮に現場にいなかったら。奴ならどうすると思う?」
「えっと、それは。なんというか」
「橙子、それは何の意味もない問い掛けだぞ」
唐突に会話に割って入ってきたのは、高級な和服の上に赤い革ジャンを羽織る麗人だった。現状、橙子の使い魔その2として甘んじて活動する両儀式その人である。彼女はいかにも気だるそうに言葉を続ける。
「殺人を止める人間がいないのなら、殺人はそれであっさり成立する。ほら意味がない。アイツがどうこうする以前の話だ」
当たり前の事を当たり前のように式は告げた。幹也もそれには同意するようで、「うんうん」と首を縦に振っていた。
「ああ、実にその通りだ。そして奴がその事実を知ったとしても、落ち込むことはあっても当然のことだと受け入れるに違いない。ただその殺人鬼の人間性が更生する
どこまでも人を信じているから、手の届かない範囲は全て当人任せ。つまりはそういう事だ。
「なんというか、そう聞くと普通ですね」
この事務所の中で最も普遍、普通、平均という言葉が当てはまる男が言う。
「結局、どれ程人間に対する期待値が高くても、アイツもただの人間だってことだ。目の届く範囲でしかアイツは動けないし、動こうとも思わないんだからな」
結論を口にする。それは戒めでもあった。
もし橙子が『人間』をやめて、外道に墜ちたときは。その時はきっと彼女の誇る最高の使い魔に引導を渡される事だろう。そして一切の宿業を断ち、抜け殻となった彼女に寄り添ってくれる事だろう。
「……それだけは御免被りたいものだな」
存外、橙子は今の関係を気に入っている。少なくとも今のところは、このままでいいと彼女は願うのだった。
今回は橙子さんと幹也と式の三人を交えた会話を書いてみたかったんだ。
そして原作の雰囲気を再現する事は到底不可能と悟った地底人。
でも楽しかったです。
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。