俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
★1998年 11月5日★
黒桐鮮花。苗字の通り黒桐幹也くんの妹である。
現在彼女はルーン魔術に関する書物を食い入るように読んでいた。その所作は物静かで、確かな気品が垣間見える。高校一年生でここまで洗練されているんだから、同世代の男子がこの場にいたらそりゃあ魅了されることだろう。特に後輩とかに人気が出そうな感じ。
ちなみに鮮花ちゃんが読んでいる本の著者は橙子である。俺も大変お世話になった書物であり、魔術を志す者なら一度は見て損のない一品だ。
「鮮花ちゃん、休憩はしなくていいの? もう4時間は読みふけってるけど」
「大丈夫です」
「じゃあ紅茶淹れようか?」
「ええ、ありがたく頂きます」
こちらを見やり、育ちのよさそうな愛想笑いをする。なるほど容姿も端麗である。
さて話は変わるが1997年の頃、とある奇妙な猟奇殺人事件に巻き込まれた鮮花ちゃんに俺と橙子は出会った。事件自体は何事もなく解決したが、その過程で橙子はうっかり鮮花ちゃんに己の正体を明かしてしまう。無論口外しない事を約束して、俺たちと彼女は別れたのだが―――
そして一年ほど経過した1998年の六月。二度と会うことはあるまいと思っていた鮮花ちゃんが、実は黒桐くんの妹だったことを俺と橙子は知ることになる。というのも黒桐君の就職先を聞いて飛んできた(礼園女学院の生徒であるため校外に出る事は難しいはずだが)彼女は、
彼女の特異性を見抜いていた橙子は、何の気まぐれか鮮花ちゃんの弟子入りを認めた。つまり鮮花ちゃんは俺の妹弟子という事になる訳だ。もっとも彼女が弟子入りしたことを知ったのはつい最近の出来事なのだが。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
俺は彼女の前にティーカップを置く。すると鮮花ちゃんは「うーん」と体を伸ばして、そのまま本に栞を挟んだ。「おや」と彼女を見やると、疲労の相が目元に表れていることが分かった。
「やっぱ休憩する?」
「……はい、ちょっとだけ疲れました」
そりゃそうだと相槌を打ちながら、今度は俺がその本を開く。栞が挟まれていたのは、アンサズやカノを始めとした『火』に関するルーン文字が記載されたページだった。
火、もしくは炎とはこの地球上で最も普遍的な概念である。
太古の昔、人は『火』を自らの手で生み出した事で文明を開いた。ある時は夜に活動するための光として、ある時は肉を焼くための、そして暖をとるための熱として。時代が進めば鉄を鍛えるために『火』を用いたし、今日では人間が生活するための電気を生み出すのにも『火』は必要不可欠だ。
人類の発展と密接な関係にあるのが『火』という概念であり、それゆえに魔力で発現させた
単純な魔術的強度で言えば、積み重ねられた歴史が『火』にはある。なんせあの世に聞こえしアーサー王が携えた聖剣も、文献によれば光り輝く炎の剣と言われているくらいだ。魔術で得られる対価が等価なだけで、『火』それそのものは強力なのである。加えて普遍的であるがゆえに、『火』の魔術の難度は他の魔術と比べて低い。
そして、この妹弟子は何時もこの『火』の項目ばかり読んでいる。このことに因果関係を見出そうとするのなら―――
「鮮花ちゃん、もしかして君。誰か燃やしたい人がいたりする?」
「へ?」
推測を口にすると彼女はぶるりと体を震わせた。これでいろいろと察せる当たり、なかなかである。
「えっと、その、何を仰っているのか」
「いや良いんだ。気にしないで」
鮮花ちゃんを
ただまぁ、あの
「おいおいあんまり鮮花をいじめてやるなよ」
現在、この伽藍の堂には俺と鮮花ちゃんの他にその師匠の蒼崎橙子がいる。そしてどうやら仕事にいち段落ついたらしい橙子は会話に交じってきた。彼女は来週か、その次の週に美術展を開くためここのところ珍しく忙しそうにしていた。
ちなみに俺が全く知らないうちに話は進んでいたため、その美術展の件についてはマジで何もしていない。興味のない事にはめっぽう面倒くさがりな橙子の企画が何故かしっかり成立しているのは、きっと黒桐くんのおかげだろう。いやほんと有能で良い子だぁ。
これは余談だが、逆に興味がありすぎる仕事になると報酬すら投げ出して仕事に打ち込むという、大変困った特性を橙子は持っている。そのせいで心臓に悪い思いをするのはまだ先の話だ。具体的に言うと2年後ぐらい。
閑話休題。
「いじめてなんかないさ。ただどうして魔術を学んでるのか不思議に思っただけで」
黒桐鮮花は兄と同じく一般人である。先の事件に巻き込まれさえしなければ、きっと世界の裏側の事情なんて知る由もなかっただろう。たとえその身に特異な才能を備えていたとしても、魔術が魔術である限り世間様に公開される事などないのだから。
「まったくそれこそ野暮というものだろうに」
くっくっくと人の悪い笑みを浮かべて、橙子は鮮花ちゃんに視線を向ける。何をいってるんだかとまるで堪えてない素振り見せつつ、鮮花ちゃんは橙子の不躾な視線などまるで無視して優雅にティーカップを口元に傾けた。なんとも強かな子である。
「ああ、でもそうか。お前は確かリハビリでそれどころではなかったんだったな」
合点がいったようにする橙子。ただ思ったよりも鮮花ちゃんの反応が薄かったからか、彼女は書類とにらめっこする作業を再開させていた。
さて、これは俺にも共通して言える事だが、連絡が遅れるというのは大変な悪癖である。今回の場合だと橙子が俺に妹弟子が出来たという重大な事実を伝えなかった事である。
だがしかし。俺と違って彼女の場合だと、その根底にあるのは相手を驚かせたいという細やかな悪戯心、言い換えれば遊び心があるのだろう。つまり
だというのに、あまり悪い気はしないのだ。相手にそう思わせるのが橙子の巧いところであり、また狡いところでもある。ある意味性質が悪いといえる。
そういう、面白ければ何でも良いというのが蒼崎橙子の
「……で、そういう橙子師と勝馬さんはどうなんですか?」
反撃の狼煙を上げたのは、やはりというべきか黒桐鮮花だった。
「どう、とはどういう意味だい?」
無謀にも話を促したのは彼女の兄弟子、つまり俺だ。ぶっちゃけた話、この先の展開が読めたので鮮花ちゃんに便乗した形になる。被害は最小限に、戦術の基本だ。
「一年前からそうでしたけど、橙子師は勝馬さんとずっと一緒なんでしょう? なら
口調に圧を感じるのは決して気のせいではない。実際、鮮花ちゃんの宣戦布告を受け取った橙子は、作業を再度中断して彼女に向き合った。
「男女の関係をそういう側面でしか見れないのは思春期の特権だな。何、おまえがそう勘ぐってしまうのも無理もない」
「なら声高らかに宣言してはいかがでしょう。別に勝馬さんの事は好きでも何でもない、ただの弟子なんだって」
おー言い切った。思わぬ返答に橙子は目元をぴくぴく痙攣させて、ほんの僅かばかり不快そうに顔をゆがめた。鮮花ちゃんの挑発はこれ以上なく橙子に効いていたのだ。しかしこれが師弟のやり取りというのだから驚きである。
「……いいだろう、確かにこれは私の失言が招いた事態だ。ならばその責任を取るのが
一度深呼吸した後に、橙子は重々しく席を立った。そうして俺を見やりながら、そのまま近づいてくる。何か決意したかのような目つきに、思わずたじろいだ。
「どうした橙子———」
「黙ってろ駄犬」
呆気なく俺は押し倒された。抵抗はできなかった。もとより俺は蒼崎橙子という魔術師の使い魔であり、
ましてや俺の四肢は彼女の人形師としての技術で賄われており、破損した臓器の修復もまた彼女の手によって取り行われている。すでに俺の身体は人間というにはあまりにも人工物に置き換われているのだ。
故に俺は文字通り、彼女の使い魔という訳だ。
「……目を閉じろ馬鹿者」
彼女の言われた通り、俺の目は閉じる。そこに忌避感はないし、拒絶する理由もない。
地べたで這いずるようにして俺に乗りかかる橙子に、どこか色香を感じる。何より遊びの無い白いスーツ越しに、彼女の高鳴る鼓動が聞こえてくるようだった。いや、実際魔術的につながっている俺たちであれば杞憂などではないのかもしれない。
そうして彼女の吐息があたる位置にまで、顔が接近している事を悟る。無論、その先に何が起こるのか分からないほど俺は初心ではない。なんならとある事情で
「な、なんて不潔―――!」
まぁ俺と橙子がどれだけ慣れていようとも、この場にはいまだに十代の現役女子高生がいる訳で。大声で叫びながら、鮮花ちゃんは伽藍の堂の事務所から飛び出ていった。
「おっし」
対する橙子は、渾身のガッツポーズを決めていた。とても大人げない。
こうしてまるで意味のない闘争は、羞恥心に耐え抜いた橙子の勝利という形で終わりを迎える。
「で、最後までしないの?」
「しらん」
やってしまった感が半端ない。
でもやっぱり面白かったです。
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。