俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

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第22話

 ★1998年 11月10日★

 

 

 

 本来、魔術師同士による決闘であれば、まず相対する魔術師を理解するところから始まる。当たり前だが、この場合で言う『理解』とは敵対者の人柄を指すのではなく、行使する魔術の事である。

 

 如何なる魔術であれ、それが魔術である以上根底をなす理論が存在する。これを魔術世界では魔術基盤と呼び、敵対者が扱う魔術がどのような系統に属しているかで戦い方が決まるのである。

 

 例えば彼の一大宗教であれば『神の教え』そのものが魔術基盤と成りうる。吸血鬼や怨霊魍魎の類に絶大な効力を示し、しかし逆を言えば人間を直接傷つける手段には乏しい。無論、例外は往々にして存在するが傾向としてはそうである。

 

 

 では蒼崎橙子と荒耶宗蓮の魔術戦はどうなるのか。

 

 

 片や冠位(グランド)の人形師。片や激動の時代を生き抜いた台密の僧。両者とも根源を目指すために磨いた魔術は決して攻撃的ではない。副次的に得たものはあってもソレが本質ではないのだから当たり前である。ならば二人は戦闘に特化した魔術師ないし魔術使いに劣るのかと言えば、()()()()()()()

 

 蒼崎橙子の理念として、『魔術師本人が最強である必要はない、最強のモノを作り出せばいい』というものがある。それが八朝勝馬であり影絵のネコである。

 

 また同様に荒耶宗蓮は結界師でもある。三重に刻まれた境界は荒耶を起点として移動しており、絶対の防御を実現している。

 

 ましてや互いが互いの性格、手口を理解しているのだ。魔術基盤がどうとか、そういう段階は既に見極め終えている。故にここからは純粋な闘争、生き残りをかけた原初の法則に則るほかない。

 

 「———行け」

 

 橙子の号令により橙子の周囲をネコが疾走する。まるで意思をもった台風の如き苛烈さで、少しづつ荒耶を食い殺さんとその規模を拡大させていく。

 

 対する荒耶は眼前に広がる現象を気にも留めずに歩を進める。一歩、二歩と荒耶は自ら台風に呑まれに踏み入る。

 

 ついにネコが荒耶の第一の結界に接触すると、先ほどまでの猛々しい動きがぴたりと()()()()。不自然な静止。もがくことすら出来ず、ネコは宙に浮いたまま固定されていた。

 

 「———(しゅく)

 

 荒耶がネコに掌を突き出し、そのまま強く握りつぶす。するとネコは空間ごと圧壊され、目に見えないほど圧縮された後に細切れに消失する。

 

 そうして何事もなかったかのように、荒耶宗蓮は再度足を前へと動かす。視線の先には蒼崎橙子が。彼女は己の使い魔が一体消失したというのに、不敵な笑みを崩すことなく勝馬に告げた。

 

 「こういう事だ。絶対に中に入るなよ」

 

 「相性悪すぎないか」

 

 「まさか」

 

 つまりここまでのアクションは全て勝馬に見せるためだった。

 

 接近戦に限った話で言えば、勝馬は現代でも有数の実力者だ。八朝の最高傑作の名は伊達ではない。混血鬼に挑み、数多くの代行者や執行者、死徒に怪物と戦ってきた彼の戦歴は間違いなく随一と言えるだろう。少なくとも、単純な戦闘能力なら昨日荒耶と対峙した両儀式よりも数段格上である。

 

 しかしそれは敵対者に接近が出来てこその話だ。

 

 今の荒耶のようにそもそも近づけないのであれば意味がない。もし万物に死を与える眼球を持っていたのならば、或いは荒耶の結界を超える神秘ないし魔術があれば話は変わってくるだろう。しかし事実として、勝馬が持ち得るのは『人の(カルマ)』を見て触れる事しかできない眼と刀崎の骨刀のみである。

 

 「でも指針は決まった。すまんが橙子、俺を守ってくれ」

 

 「ああ、元からそのつもりだ」

 

 橙子が頷くと同時に、勝馬は駆ける。荒耶とは全くの()()()()、つまりエレベーターの方へと全力で疾走したのである。

 

 「———逃げるか」

 

 「お前とアイツは相性が致命的に悪いからな。これも仕方あるまい」

 

 「使い魔ならば主を守るために命を投げ出すのが道理、何のための使い魔だ」

 

 「同感だよ」

 

 面白くて仕方がないといった調子で、橙子は口元を三日月に歪める。

 

 ここに残されたのは早くも所有する使い魔を二体も失った人形師と、消耗がゼロに等しい魔術師のみである。勝負は決したと、純然たる事実として荒耶は認識する。

 

 黒いネコにそうしたように、荒耶は橙子に向けて右腕を突き出した。そして橙子を床ごと握りつぶさんとした時―――

 

 「———っが、はっ」

 

 胸を押さえる。まるで臓腑を抉られたかのような感触。不思議なことに、それは荒耶の所感だった。

 

 「確かに勝馬は逃げた。だがソレは勝負を放棄したのと同義ではない。早く追いかけた方がいい、アイツはこうしている今もお前の腹を食い破らんとするぞ」

 

 片膝をついた荒耶に橙子は告げる。

 

 「言っただろう、お前とアイツは相性が致命的に悪いとな」

 

 つまりはそういう事だった。

 

 相性の良し悪しは決して不可逆ではない。荒耶が勝馬にとっての天敵だとするのなら、勝馬もまた荒耶にとっての天敵でもあるのだ。

 

 「———八朝勝馬の魔眼か」

 

 「そうだとも。式が()()()()()()()()()だとすれば、勝馬は()()()()()()()()だ。貴様が人間から生まれ、業を積み重ねる限りアイツは活路を開くだろうさ」

 

 簒奪者という言葉に聞き覚えがあった。其は蒼崎橙子が従える二対の最高傑作、その片割れ。

 

 「奴は殺す、だがその前におまえが先だ」

 

 「だろうな。だがいいのか? 私を殺せば奴はさらに暴れるぞ」

 

 橙子と勝馬の間にはパスが刻まれている。したがって彼女が命を落とせば勝馬にも伝わるだろう。そして主人を失った()()()()()使い魔はどうする?

 

 「答えは台無しさ。お前が苦心して立てた計画は全て解体される」

 

 「なにを」

 

 絶体絶命の窮地に立たされているのは橙子の方だ。だというのにこの落ち着きぶりは何だ、思考を繰り返す内に荒耶は理解する。

 

 「———業とは、そういう事か」

 

 太極から両儀に二分され、両儀が四象を生み出し、四象からさらに八卦へと細分化されたように。業とは人の根底に限りなく近い因子だ。それを視て、触れる事が出来るという意味の重大さを荒耶は知る。今まで静止してたかのような仏頂面に、初めて焦燥という感情が刻まれる。

 

 「……ふむ。時間稼ぎとしては上々か」

 

 既に姿を消した荒耶を見届けた橙子は、胸ポケットに隠し持っていたシガレットを口に咥える。いつの日か勝馬から借りたライターでその先端に火をつけた。

 

 「うまくやれよ。援護はしてやる」

 

 今頃荒耶の猛攻をいなしているであろう使い魔に向けて、橙子はそう呟いた。

 

 

 

 ★

 

 

 

 このマンションはあまりにも異常だ。

 

 何故なら視界に映る全てに(カルマ)が刻まれていて、しかもそれら全てが同一人物に起因しているのである。だからもしかすればと思って勝馬が壁を斬ってみれば、やはりこの建物は()()()()()()()()だった。

 

 コンクリートの壁は皮膚に等しく、水道管は血管に相当する。だから切断すれば荒耶はダメージを負うだろうし、マンションを爆弾で倒壊させたら想像を絶する激痛が彼を襲うだろう。

 

 しかしそれは現実的ではない。着目すべきはもっと別のところにある。

 

 マンション自体が荒耶宗蓮と同調しているというのなら。それは強固な結界に守られた荒耶宗蓮に間接的であろうとも、()()()()が出来るという事である。そして触れる事が出来るのなら―――

 

 「———八朝、勝馬」

 

 真正面、荒耶宗蓮は待ち構えていた。否、唐突に現出した。

 

 「ここがお前の体内なら、瞬間移動ぐらいできて当然なのか。凄い話だ」

 

 理論は知らない。魔術なんぞ強化とルーンぐらいしか知らないのだから当然である。しかし目の前で起きた超常を受け入れるくらいの寛容さなら、勝馬は持ち合わせている。

 

 「よくもやってくれた」

 

 荒耶は勝馬の引き起こした惨状を見やりながら、忌々しく口を開いた。

 

 勝馬の通り道は、まるで斬撃と暴力を伴った台風が通り過ぎたかのような様相を呈していた。壁は微塵に切裂かれ、床は如何なる力によってかクレーターが形成されている。加えて水道の配管や電気配線も、その悉くが破壊されていた。

 

 無論、それらの参事は荒耶の肉体に対して、物理的にフィードバックされている。だが致命傷にはなり得ない。具体的に言語化すれば指の骨が砕け、少し肉が漏れ出る程度の裂傷といったところだろう。

 

 荒耶に看過できなかったのはもっと別の、魔術的な側面である。

 

 「———もはや生きて返さぬ」

 

 静かな憤怒、とでも言えばいいだろうか。感情を色として何となく認識できる勝馬は、荒耶が溢れんばかりの殺意を己に向けている事を自覚した。

 

 粛、という小さなつぶやきと掌を握りつぶす動作。しかしすでに勝馬は二度も()()いる、見切ることは難しくとも不可能ではないのだ。

 

 いかにこのマンションが荒耶にとっての神殿に等しかろうと、荒耶の知覚を上回る速度で駆ければ捉えられない。まして七夜の体術は三次元機動の集大成である。単純な速さだけでなく、建物内であれば人の認識を惑わせるには十分すぎる柔軟性があるのだ。

 

 「っ痛!」

 

 飛び退いた勝馬に走る激痛。荒耶の空間圧縮に巻き込まれたのか、右手首があらぬ方向にひしゃげており、一歩間違えれば千切れそうになっていた。

 

 (躱せなかった。というよりもそれを狙ったのか)

 

 先ほどに一撃より圧縮の速度が上昇し、そして圧縮する範囲が拡大していたが故である。同じ調子で回避を続ければ死は免れない。そして荒耶はまだ余力を残しているようで、掌を勝馬に向けて二射目に備えていた。

 

 「I(イス)

 

 癒しのルーンではなく、あえて停滞のルーンを右手首に刻む。勝馬の魔術的技量では、骨折の即時回復など叶わない。したがって痛みをなくす事よりも性能を維持することを優先する。つまり骨刀『三影』を握ったまま右手首を『固定』したのである。無論、治った訳ではないので痛みはそのままだ。

 

 そしてこの間、僅か一秒も要してない。これこそがかつてケルトの戦士が愛用していたルーン魔術が持つ強みである。刻めば出る、それは戦場においてこの上ないアドバンテージだろう。

 

 加えて勝馬は魔術を行使している間にも『三影』による斬撃を振るっていた。当然ながら壁や床など荒耶本人を傷つけるためではなく、間接的に荒耶の(カルマ)を奪うためである。

 

 「この戯け。欲張ったな」

 

 四度目の空間圧縮。今度こそ勝馬は完全に呑まれる。しかし同時に、両者の思惑が一致した瞬間だった。

 

 

 「———な、に?」

 

 

 またも疑問の音が零れる。なぜなら荒耶宗蓮の身体が切裂かれていたからである。

 

 「———解せぬ。なぜ、まだ()()()活動している」

 

 下手人は、荒耶が破壊した筈の影絵の黒ネコだった。ただ先ほどの個体と異なる点は、その大きさが一回り小さくなっていたという事。そして即座に姿()()()()()という事である。

 

 加えて勝馬の左手には何時の間にかインスタントカメラが握られていた。

 

 「浅かったか。いや、複製品でこれなら上出来か」

 

 このフィルムカメラは蒼崎橙子が作り出した礼装の応用である。「幻灯機が大気にエーテル体のネコを生み出すのなら、同じくカメラに内蔵されたフィルムからでも映し出すことが可能なのでは?」という勝馬の頭の悪い意見によって生み出されたのが()()だ。

 

 だからこの勝馬がもつカメラの構造は、一般のカメラとはまるっきり違う。なんせ写真を撮るための道具が、画像を映す機能をもった小型映写機となったのだから。だから相応にネコも小さくなる訳だ。

 

 この小型射影機によって、シャッターボタンを押した一瞬の間だけなら、勝馬は橙子のネコを操る事が出来る。当然ながら幻灯機を基盤として操作しているため、彼女のトランクが壊されたらそれでおじゃんだ。しかし勝馬から目を離して橙子の礼装を破壊する程、影絵のネコは脅威ではない。まさに絶妙な匙加減と言えた。

 

 「———それは幻灯の魔物か」

 

 「ああ。よくわかったな」

 

 あっさり勝馬は認めた。どうせすぐにバレるだろうし、何より荒耶宗蓮は詰み始めている。

 

 荒耶宗蓮は八朝勝間を野放しに出来ない。何故なら勝馬は人の業という()()()()()()()()()()()()を解体しうるからだ。200年の歳月をかけて構築した結界の技術や武術も、時計塔で培った人形師としての腕も魔術師としての理論も、本当に何もかもをこの男は奪い尽くすだろう。

 

 (カルマ)(わざ)は表裏一体である。そしてこのマンションは業を探すのに事欠かない。

 

 ここに至るまで、勝馬は一階から三階までの階層を切り刻みながら上ってきた。さらに言えば、このマンションは10階建てである。ならばソレが意味するのは―――

 

 「さて、あとどれだけ刻めばお前の計画は頓挫するんだ? いや、もしかすると既に成就は難しいんじゃないのか?」

 

 十分の七。単純な話、荒耶の性能は七割強にまで減少している。そして荒耶の業を簒奪した勝馬は『荒耶宗蓮』という人間に対する()()が進んでいる。戦闘の癖、使う魔術、方針となる戦術、それが何となくではあるものの掴みつつある。

 

 でなければ敵の領域内で真正面から不意打ちかけるなど、普通なら成功する訳がない。

 

 「———ここが我が領域であるからこそ、か」

 

 例えるのなら腹の中に生きた熊蜂を入れたようなモノ。蒼崎橙子が言っていた腹から喰い破るとは、つまりはそういう事だった。

 

 小川マンションは荒耶宗蓮の体内である。だからこそ彼に敗北はあり得ない。しかし往々にして例外は存在し、そして八朝勝馬はそんな例外だった。或いは蒼崎橙子はここまで見据えていたのかもしれない。

 

 「———なんという、往生際の悪さ」

 

 それは目の前の男に対してか。それとも抑止力という、目に見えない人類の意思に対してか。ただ荒耶の声にはいっとうの憎しみが込められていた。

 

 「それでもお前は止まらないんだろう? ならここからはチキンレースだ。お前が先に()()()か、それとも俺が先にくたばるか」

 

 とんとんと、調子を確認するように勝馬は地面をつま先で突く。右手には骨刀、左手にはカメラを。そして何より彼は蒼崎橙子によるバックアップがある。二対一の状況は依然変わりはない。

 

 

 

 




 自分は原作のキャラにリスペクトをもってこのssを書いております。だから荒耶を踏み台にするつもりは毛頭ないです。なんなら荒耶さんは大好きなキャラです。

 そういえばFGOのキャラを登場させてるから、クロスオーバーのタグをつけるべきなのか(疑問

ぶっちゃけ事件簿は……

  • 漫画だけなら見たことある。
  • 小説呼んだぜ。
  • アニメだけなら見たことある。
  • 見たことない。
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