俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

24 / 35
投稿が遅れて大変申し訳ございません。
なかなかタイトな一週間でした(言い訳


第24話

 

 ★1998年 11月12日★

 

 

 

 白い息と火照った身体。いい感じに冬が到来したことを認識しながら、身体の調整を兼ねたランニングを終えた俺は伽藍の堂の事務所へと足を踏み入れた。

 

 「うっす、ただいま」

 

 「あ、勝馬さん」

 

 出迎えてくれたのは黒桐くんだった。彼は汗を流している俺を見るや否や、そそくさとタオルを持ってきてくれた。

 

 「ありがとう」

 

 「いえ、こちらこそありがとうございます」

 

 「ん?」

 

 タオルを受け取りながら、かみ合わない会話に顔をしかめる。すると黒桐くんは「小川マンションの件です」と付け加えた。それでようやく納得して「ああ」と曖昧に笑う。

 

 「いやぁ、正直最後の方は式嬢に任せっきりだったからな。締りが悪かっただけに恐縮だよ」

 

 「そんなこと。もし橙子さんと勝馬さんがいなかったらと思うとゾッとします」

 

 「そうかな」

 

 「そうですよ」

 

 黒桐くんは橙子か式嬢から今回の騒動の詳細を聞いたのだろうが、果たして俺と橙子がいなかったら本当に荒耶宗蓮の計画は成就したのだろうか。意味のない仮定だと理解していても夢想してしまう。だって、答えは分かり切っている。

 

 「手足は大丈夫ですか?」

 

 「ばっちりさ」

 

 荒耶宗蓮との戦闘により、欠損こそしなかったが手足は使い物にならなくなった。だから橙子の謎技術で新しい義手義足を新調したといった具合だ。

 

 既に体を消耗品のように扱っている自分の変化が恐ろしく思えるが、それで勝ち取れるモノがあるのだから仕方ない。生きていれば儲けだし、ハッピーエンドは泥臭くて構わないのだ。

 

 「ああ、そういえば彼は」

 

 「臙条君のことですか?」

 

 「そうそう」

 

 臙条巴、俺と橙子が気絶した式嬢を連れて帰宅する最中に出会った少年である。当時の彼の腕はぐずぐずに崩れて、ともすれば今にも死んでしまいそうなくらい()()()状態にあった。

 

 「……まだ部屋に籠ってます」

 

 「そうか。そりゃあまた」

 

 傷は深いな、と思う。

 

 臙条巴は荒耶の実験によって生み出された人形()()()。つまりは被害者だ。そもそも、あのマンションには二つの目的があった。一つは言わずもがな両儀式の幽閉、世界から彼女を隔離する装置としての側面だ。

 

 そしてもう一つは実験としての側面。崩壊間近の家庭に住まわせ、そして毎日同じ死を与えるという代物だ。その果てに狂いは生じるのか否か、発想そのものが狂気という他にない実験である。

 

 もっとも今の臙条くんは例によって橙子による謎技術、具体的には彼の身体を新しい人形と入れ替えることによって一命を取り留めている。無論、等価交換として彼には莫大な借金がある訳だがソレはソレ。

 

 「ふむ、しかしいつまでも居座られても困るからな」

 

 厳しいことを言うようだが、彼に出している飯もタダではない。最近は橙子の作品が売れ始めているので、実は金銭面では問題ない。しかし何事も()は大事にするべきだ。

 

 「どうしたもんか」

 

 そも心の傷というのはそう易々と癒えるものではない。しかしだからといって、肉体の自然治癒のように放っておけば勝手に治るという訳でもないのだ。時間が解決するという言葉は間違ってないが―――

 

 「何よりも大事なのは向き合う事、か」

 

 「はい。僕もそう思います」

 

 頷き合いながら、これからの事を考える。彼を非日常という歪んだレールから、もう一度日常という名の螺旋に戻すために俺は何をどうするべきか。どうやら黒桐くんは指針を見つけているようだが。

 

 「俺はどうすればいい?」

 

 「彼を部屋から引きずり出してほしいです。そこまでしたら後は僕が何とかします」

 

 「マジ? すげぇ自信だな」

 

 「一応、彼の事情は全て調べてますし」

 

 「こっわ」

 

 以前、橙子が黒桐くんの調査スキルは神業だと言っていたが、比喩表現抜きでそうなのかもしれない。ひょっとすれば本気で身を隠した橙子でさえ見つけるんじゃないだろうか、この子。

 

 「でもそういう事なら、やってみるよ」

 

 「よろしく頼みます」

 

 「おう」

 

 要は引きこもりになった臙条くんさえ外に出せばいいんだ。難しいが、不可能ではないだろう。たぶん。

 

 

 

 ★

 

 

 

 「あー入るぞ」

 

 ノック音の後に、そんな間延びした声が聞こえてきた。

 

 入ってきたのは長身の男。少し頭髪の癖が強くて、どこか気の抜けた雰囲気を纏っている。二日前、小川マンションの前で血だらけの姿で、足を引き摺るようにして歩いていた事を覚えている。

 

 しかし今は五体満足に歩行している。それが奇妙に思えてしまい、床で蹲っていた臙条巴はその男を睨みつけるような視線を送っていた。もっとも、男は慣れているのかどこ吹く風といった様子だったのだが。

 

 その自由な姿は、ともすれば着物の上にジャケットを羽織る少女を想起させる。

 

 「お、今日もちゃんと食べてるな。食欲があるようで何より」

 

 テーブルの上に無造作に置かれた空の食器類を見ながら、男はそう言う。食べ残しはない、育ちの良さが見てとれた。そう言わんばかりの上機嫌さだ。

 

 「お隣失礼するぞっと」

 

 返事を待たずに、男は宣言通り巴の隣に座った。それは彼もまた地面に尻をつけるという行為に他ならないが、どうやら男は気にしないらしい。ただカランと、男が座ると同時に心地の良い音が聞こえてきた。

 

 「……なんだよ」

 

 自分のパーソナルスペースに侵入されたからか、それとも両儀式と同じ雰囲気を僅かながらも知覚したからか。臙条巴は不機嫌ながらも反応した。

 

 「いや、そろそろ踏ん切りつけてほしいなと思ってね」

 

 「は? どういう意味だよ、それ」

 

 思わず聞き返してしまった。それが会話を続ける免罪符であると、男は受け取ったのだろう。笑顔を浮かばせて、生き生きと口を開く。

 

 「だからさ、いつまでもそこで腐ってないで立とうぜって話。お前も根無し草になったんだろう?」

 

 「……誰のせいだと、思ってんだ」

 

 自分でも驚くくらいの低いうなり声だった。だが逆を言えば、それだけの恨みがあった。例え見当違いであったとしても、巴はどうしても怒りの矛先を向ける相手が欲しかった。

 

 「君の怒りは至極正当だ。帰る家を失い、家族を失い、そして君の不幸を象った元凶すら跡形もなく消滅した。もし君が奴に、荒耶宗蓮に引導を渡した俺を恨むというのなら、それは甘んじて受け入れようさ」

 

 意外なことに、この男は巴の不細工な怨恨を肯定した。どこまで事情を把握しているのかも分からない、しかも数日前は赤の他人に過ぎなかった少年の恨みつらみをだ。言い知れぬ気持ち悪さを、巴は率直に感じた。

 

 「とは言っても、君と仲良くなれないのはそれはそれで悲しい。と、いう訳でつまらないものだがこんなモノを用意したんだ」

 

 だなんて、重々しい空気を崩すように男は二本のビンを取り出した。それは所謂ビールという飲み物で、紛うことなきアルコールだった。

 

 「ちょっと待ってくれよ」

 

 どこから取り出したのか、男は栓抜きを使って瓶ビールを開ける。手慣れた手つきだ。そして「飲むかい?」と蓋の空いた瓶ビールを突き出してきた。

 

 何を思ったのか、本人も分からぬまま巴はがばっとソレを奪い取って勢いよく飲み込む。何かを飲みたいと思った訳ではない。だが悪い事をして、()()()()()()()()何か意味を見出そうとした。そういう印象を受ける。

 

 おいしくないなと、臙条巴は素直に感じた。

 

 彼の父親が現実から逃避するためにひたすら求めてモノは、なんてことはない。ただ不味くて、ほろ苦い。でも今更その味が共有できて巴は泣きそうになって、でもあんな奴のために泣いてやるかとぐっと堪える。

 

 「あ、そういえば君まだ未成年だっけか」

 

 遅すぎる指摘。しかし構わないと、巴は思った。どうせ自分は親殺しだ、こんな小さな罪なんて屁でもない。

 

 「そうだとも。君は今、他でもない自分自身で法を犯すという道を選んだんだ」

 

 まるで心の内を見通したかのような発言だ。実際、この男はそういう事が出来るのかもしれない。両儀の知り合いで荒耶を殺したという話が本当なのだとしたら、それくらいできても不思議ではないから。

 

 「これは受け売りなんだが。人々は背負った罪で道を選ぶのではなく、選んだ道で罪を背負うべきなんだとさ。まったくもってその通りだと思わないか?」

 

 「……何が言いたんだ」

 

 「ん? そりゃあお前、俺が言いたかっただけだよ」

 

 殺してやろうかと、臙条巴は思った。気分屋すぎるだろう。だいたい飲酒を勧めたのはこの男だ、罪がどうこう言うのは卑怯な話だ。

 

 「はは、そう怒るな。でもね、今の君があるのは全て君の選択に依るものだ。それは分かるね?」

 

 そんなことはない。心ではそう思うのに、頭の中では言い切れない。だが一つだけ巴には言えることがある。

 

 「おまえに俺の何が分かるってんだ」

 

 「何も分からないよ。俺は君じゃないし、君は俺じゃないんだ。同情は出来るがね」

 

 上から目線なのが気に入らない。全てわかっていますよと、反論すらも常識で言い包める。だからやっぱりそれは、狡いというべきなのだろう。

 

 「甘えちゃいけない。何も話さないで他人から理解を得られるだなんて、そんなの在り得ないだろう?」

 

 実際問題、臙条巴は伽藍の堂に保護されてから誰とも口をきいてない。もしこの場に両儀式がいればまた話は変わってくるだろうが、当の彼女は未だ眠っている。

 

 「おまえなんかに理解されなくてもいい」

 

 「いやいや。俺が君のことを知りたいんだ」

 

 「あのな」

 

 いい加減鬱陶しくなって、巴は語気を強める。そして再度睨みつけるために男の顔を見やれば、男もまた巴を真正面から見ていた。その染み入るような瞳には嫌味なんて欠片もなかった。それが分かるから、巴は毒気が抜かれたような気分になる。

 

 「こうして知り合ってしまった以上、俺は君を無関心でいられないんだ。まして二日分の飯を作ってやった訳だしな」

 

 「あの飯、アンタが作ったのか」

 

 「おいしかった?」

 

 思い出すのは中華風の料理の数々。でも素直に答えるのは癪だから、「別に」とだけ巴は言葉をこぼす。すると男は大げさに「そうか」と喜んだ。本当に、幸せな奴だと思った。

 

 「さて、話を戻そうか。君は今、君の選んだ道でここにいる。いろんな葛藤や決断を迫られたと思うし、その度に苦心してきた事は見てわかる。そしてその悉くが思った通りにならなかったということも」

 

 分かったような事を言う。しかしその通りでもある。だから、本当に不本意だけれど巴は最後までこの男の話を聞いてやろうと思った。だって聞くだけならタダなのだ。

 

 「多分、君は幸福とは言い難い人生を歩んでいる。荒耶に目をつけられたというのは、そういう意味だ。だからそうだな、君はきっと()()()()()()()()

 

 なんて身勝手な言い分なのだろう。でも男の言葉には確かな温かさがあった。そして、「けれど」と彼は言葉を紡ぐ。

 

 「臙条巴、あの日君は式の刀を伴って小川マンションへ訪れた。それは何故だい?」

 

 息がつまった。それは答えに窮したから。

 

 あの時、臙条巴は何を思ったのか。あんなに強かった両儀式が目の前でやられて、そして死に損なった荒耶宗蓮に一睨みされただけで、巴は狂ったように叫んで逃げた。そして一日中式の部屋に閉じこもって、ただ蹲りながら震えていた。

 

 しかし気づけば臙条巴は小川マンションにいた。もちろん、全てが終わってしまった後だったけれど、確かに彼はそこにいたのだ。

 

 それは囚われてしまった好いた女を助けるため? それともそんな女の前で恥をかかせた男にやり返すため? どれもしっくりくるようで、その実そうとは思えなかった。

 

 「……分からない。でも、立ち上がらないといけない。その時はそんなことを考えてた」

 

 「じゃあなんで今は立ち上がらないんだ?」

 

 容赦なく切り込んでくる。感傷に浸っている暇すら与えないこの男の手口は、悪辣だが効果的だ。なんせ巴はその時の感情を鮮明に思い出せるようになったのだから。

 

 「意味がない、と思ったんだ。俺を取り巻く全てが偽物に思えて、無価値なんだって」

 

 「どうして?」

 

 「だって両儀はおまえが助けたじゃないか。荒耶もおまえが倒して。ならあの時、覚悟を決めた俺は何だったんだ」

 

 「お前はお前だろう」

 

 男はそう言った。何でもないその言葉がすっと自分の中に入る。

 

 「もしかしたら、俺は君が最も輝ける機会を奪ったのかもな。でもそれでいいじゃないか、こうして生きているんだから」

 

 「生きていたら、それでいいのか?」

 

 生きていることが最上だと定義するのなら、あの時抱いた臙条巴の覚悟すらも踏みにじっていい理由になるのか。だとすれば、そんなもの―――

 

 「そうだとも。俺が思うに、死とは生き方だ。だけどね、人間は絶対に死ぬ事を目的にしてはいけない。精一杯生きて、その報酬が死だとするのなら。やっぱり君は生きて寿命を全うすべきなんだよ」

 

 何故かはわからない。だがこの男の言葉には途方もない実感が備わっていた。説得力という言葉すら陳腐に思えるほどの()()がそこにある。

 

 だから真理とすらいえるその重みに対抗するには、臙条巴は自分のすべてをぶつけるしかなかった。

 

 「———でも、俺には本当に何もないんだ」

 

 「そんな事はない」

 

 男は断言する。自分の事ではないというのにきっぱりと言い切るその男の言葉で、巴はどうしてか泣きそうになった。

 

 「後悔や無力感、そして君が自分を偽物だと思う所感さえ君の物だ。ほら、君は何かを持ってるじゃないか」

 

 「屁理屈だよ。それは」

 

 「屁理屈でいいんだ、人生なんて。正直に悲観してる方がよっぽど時間の無駄だし、割と本気で馬鹿馬鹿しいぞ」

 

 何というか、この男のすべてを体現するような言葉だった。

 

 「さて、そろそろ立ち上がる時間だ。何が何だか分からないかもしれない。後悔なんてそれこそ沢山あるだろう。だから割り切ることは難しいかもしれない。それでも―――」

 

 足を止めちゃダメだ、と男は言い切った。

 

 「……あんた、見た目のわりに厳しいこと言うんだな」

 

 「そうかな? いや、俺もそう思う。それだけ生きる事って大変なんだ」

 

 頬をかきながら男は恥ずかしそうにしていた。それでようやくこの男も一人の人間なのだという当たり前の事を認識して、巴は僅かに笑みを浮かべた。

 

 「そういうあんたは後悔したことないのか」

 

 純粋な疑問だった。これだけ偉そうな御託を並べる男は、いったいどういう人物なのか。それがほんの少しだけ気になったのである。

 

 「それはもう後悔だらけの人生さ。今だって君に的外れな事を言ってないか不安だし」

 

 巴にとって、それはもう我慢の限界だった。噴き出すように笑ってしまい、口の中に僅かに残っていたビールの液体が飛んでいく。

 

 「はは、本当に変な奴だな。おまえ」

 

 「わかってるさ。でも気は楽になっただろ?」

 

 ビールを飲みながら能天気なことを宣う男に、俺もつられて「そうかもな」と、能天気な言葉で返した。

 

 

 

 「あんた、名前は」

 

 「八朝勝馬、しがない使い魔さ」

 

 

 




これはアラやんも言ってたのですが、巴くんって実は原作最後の方で明鏡止水の域にまで精神が成熟してるんですよね。
だからもし彼が矛盾螺旋に囚われずに、日常を生きることが出来ればきっと幸せな毎日が待ってると思うんです。
もちろん、彼の刹那的な生き方に魅力を感じる人からすればこの話は蛇足に過ぎないのですが……。
因みにこの後、黒桐君が原作通りに巴くんの実家に連れて行くので、巴くんはスーパー巴になってメンタルお化けになります。

あ、それと空の境界は単行本でも持っているのですが、最近iTunesでも空の境界を購入しました。マジで面白い。ついでにロードエルメロイ二世の事件簿も購入した、マジで面白い(語彙力くそザコナメクジ

空の境界編が終わったら次は

  • ロード・エルメロイ二世の事件簿やろ
  • 聖杯戦争やろ
  • バゼットや黄理との強敵との戦闘やろ
  • 全部見たい
  • 好きなタイミングで好きに書けや
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。